インフィニット・ストラトス〜還るべき空へ〜   作:PRANA

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そろそろ出さないと。
あと、良いサブタイが浮かんだら変えます。


兎眼

 シャワーのハンドルを捻り、頭上から降り注ぐ湯の温もりに身を委ねる。

 ベタつく海水が白い泡と共に流れ落ち、現れたのは淑女の名に恥じぬ珠肌と曲線美。

 そして、百年の恋も冷める眉間の皺。

 

「……無様だわ」

 

 呟くのは一体これで何度目か。

 気配を完全に消していたにもかかわらず、対暗部用暗部の当主が背後を取られ一撃で気絶。

 相手がその気なら霧斬(・・)に首を刎ねられていた。

 岡田京香と同じで焼くにも値しない、イカロス以下の塵屑ということだ。

 監視・盗聴の禁止が破られた以上、直徒には三年を待たず学園を卒業する権利がある。

 そうなれば七国がISコアを手放してまで膳立した太陽炉搭載型のデータを得る機会が失われる。

 他でもないロシア代表一人のせいで。

 家族(社員)に更識の護が必要な副所長はそれをしないだろう。

 言い換えれば、その価値のみが同家を沈まぬ太陽の業火から守っている。

 家督を継ぐ折、楯無は先代である父から上には上がいると強く戒められていた、にもかかわらず此度の失態。

 八年あれば兎と亀に準えたくなるのは人情か。

 彼は途中で行く道を変えただけで休んでいたわけではない、と分かっていても。

 

「残りの二年でまた引き離された? 確かに千三百七人も殺せば錆落とし以上になるでしょうけど……そのうえISにまで乗られたら、もうこっちの誇れるものが何もないじゃない……」

 

 脈と鼓動が小さくなっていく。

 心が凍てつくように寒い。

 若き当主も学園最強も井の中の蛙とあしらう元兄弟子。

 ISの誕生から十年の節目に何故こうなったのか。

 だが御蔭で打鉄零式は女権団の手に落ちるのを免れ、彼女の首も繋がった。

 引換えに失われたものといえば精々、護衛対象の日常くらい。

 妹共々果報者だ。

 変わらぬ人間などいない。

 事実、楯無も簪が零式の開発を直徒に依頼したと知った当初は、動揺する一方で彼の忠義を量る好機と思った。

 可愛い妹が国家代表になる姿を想像したのも理由。

 平手里奈という壁を破るには文字通り比類なき最強が必要だ。

 下された決断にほくそ笑み、乗り手が馴致できない可能性を考えず。

 連絡役の虻人が裏でどれほど肩身の狭い思いをしているかなど、考えもせず。

 過去に己の放った言葉が原因であるのを認めつつそれでも向き合う勇気はないと、少女は全ての負担(ツケ)を『お兄ちゃん』に押し付けた。

 男が種を蒔き女が産むというのが命の理だが、呆れた父親。

 春雨と名が改まったところで罪は消えない。

 相手の一存で流せたと言うなら女でいる資格がない。

 

「……あの時は刺し違えてでも止めるなんて言ったけど、まったくどの口がよね。学園のため家のため、彼を社会的に葬るのは容易い。でもそれをやってしまったら私と簪ちゃんの仲は完全に破綻、同時に更識は沈まぬ太陽の手で今度こそ一族郎党皆殺しにされる。──元よりそのための免責特権だもの。ロシアも余所者の代表がいなくなって清々するから戦争にはならないわ」

 

 全てが終わる未来が見えた。

 十年前の誰かと違い、赤い瞳の奥に閃光は走らなかったが。

 固く閉じた目蓋の裏には在りし日の月見草。最愛の母を失い父とは離れ、それでも生きていかねばならないという悲哀が少年の強さと美貌を引き立て、年相応に王子様を求める姉妹の心を鷲掴みにしていた。

 だが、今の彼は向日葵。

 血塗れながらも仲間と共に日差しの中を行く。

 二度は通り過ぎてくれたが、恐らく次はない。

 尾行を察知できた理由も常時潜伏状態のISの謎も、迂闊に踏み込まず本人が語るか連絡係からの報告を待つべき。

 

「悔しいけど、おじ様の言う通り黙って見てる方が得策ね。折角助かった命だし、他にも女権団やら亡国機業やらで課題は山積みだし」

 

 かくして、更識楯無は戦うことなく白旗を上げた。

 だが打鉄零式の件に続いて此度も何も失わず、つまらぬ意地に己が(IS)を巻き込むこともなかった彼女を、はたして敗者と呼べるだろうか。

 幸運に甘え妹との不仲を放置しているあたり、怠惰ではあるが。

 湯上りのルーティーンは無になれる貴重な時間。

 だが眠っている間に昼を逃した胃が先程から窮状を訴えている。

 紅茶を与えれば逆効果。

 今夜は早めに夕食を取ろうと身形を整え、寮の部屋を出たところでミステリアス・レイディの個別秘匿回線が開いた。

 

『更識さん、今すぐ学園長室に来てください。理由はお分かりですね?』

「……はい」

 

 倉持直徒は社会人である。

 報告は基本中の基本。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 午後の授業は件の第二アリーナで実施。

 暗雲立ち込める学園の未来とは真逆の抜けるような青空。

 外の空気を吸い降り注ぐ太陽の光を浴びて、ISスーツ姿で整列する女子達の表情も幾分か晴れやかに。

 千冬は内心安堵した。

 白のジャージ上下で立つ隣には兵士を思わせる外観の訓練用IS【零央(れお)】が鎮座している。

 平手工業製の第二世代機。

 

(いいな四十院?)

(畏まりました)

 

 目配せする大先輩と、淑やかに頷く後輩。

 青い耳飾りの英国貴族がいれば諸々手間も省けただろうが、今となっては考えても詮無きこと。

 サラ・ウェルキンは始末書一枚で今日も粛々と登校した。

 既に代表候補生で企業からも引く手数多の彼女は、学園が無くなったところで痛くも痒くもない。

 ただ母国に戻って研鑽を積むだけ。

 では目の前にいる一般生徒達(こいつら)はと思案の海に潜りかけた千冬だが、直後起こったどよめきにピットの方を見て覚醒した。

 一方はともかく、もう一方は企業秘密を盾に自主休講すると思っていたからだ。

 

「場所は覚えた?」

「子供じゃありませんよ」

「フ……そいつは失敬」

 

 並んで歩いてくる話題の男性操縦者二人。

 こうして見ると一夏の方が僅かに背が高い。

 直徒のスーツは漆黒の一体型。体は一夏同様無駄に隆起せず引き締まっており、付け焼き刃の鍛錬ではなく長い時と経験を経て育てられたものであることを伺わせる。

 そして左腕には、世界に血染めの波紋を呼んだISの待機形態である腕時計が。

 

「く、倉持さん!? ちょっと待って! 私の格好、変じゃないよね!?」

「変も何も指定品でしょ。まぁ、確かにスク水みたいでちょっと恥ずかしいけど……」

「うん、向こうは見慣れてるだろうし」

「おまけに未成年は地雷。内も外もガード堅いなぁ……織斑君はどうなんだろ? 全く反応ないのもそれはそれで寂しいんだけどな」

 

 色めき立つ少女達。

 片や鉄壁、片や鈍感だが、各々将来を考えれば此処で玉の輿を狙いたくなるのも分かる。

 望みがあるのは剣の折れた騎士か。

 女権団と思しき面々も神の一族は別らしく、熱を帯びた視線。

 それを見てこの一週間、憔悴した一夏を懸命に支えてきた箒が殺気立つ。

 再会を喜ぶ余裕などありはしなかった。

 剣道ばかりでISの訓練を疎かにしたのは要反省だが、アリーナの予約は全滅していたのだから結果的に正解。

 千冬は列の最後尾に向かう直徒に問うた。

 公式戦以外の場での許可なきデータ採取は禁止、それを自らISスーツ姿で出てきたということは、言わずともそういうことである。

 

「倉持、どういうつもりだ」

「可愛い子猫ちゃん達のお尻が見たくてね。先生もよくお似合いですよ、その()

 

 相変わらずの道化師。

 真に受けた一部は頬を染め俯くも、直徒に背後に立たれた布仏本音は顔面蒼白。

 心なしか震えているようにも見える。

 本鈴はまだだが、全員揃ったので千冬は授業を始めることにした。

 

「ではこれよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。四十院……それと倉持、前へ出ろ」

「はい」

「慌ただしいな」

 

 言いながらも直徒は急ぐ素振りを見せない。

 神楽が零央に搭乗してから装着完了するまでの時間を考えているからだ。

 個人認証された専用機とは勝手が違う。

 ましてや春雨は直徒に帰依している。隣で無邪気に〇コンマ一を切ろうものなら相手の面目丸潰れ。

 歩きながらゆっくり十秒かけて展開した。

 

「お優しいんですのね」

「弊社は貴女様と共に働ける日を心よりお待ちしております」

「……それが太陽炉搭載二号機、打鉄零式か」

「今は春雨です。入学前に提出した資料はご覧になってない?」

「そうだったな。──では二人とも、飛べ!」

 

 号令を受け飛翔、同時に指定の高度に到達する二機。

 性能差を考えれば狩人が力を抑えているのは明白だが、あくまで授業という直徒の横顔に神楽は口を開く寸前で話題を変えた。

 千冬も知りたがっているであろうことなら私語にはあたらない。

 

「食堂にいらっしゃいませんが、いつもお部屋で?」

「うん、口に入る物だからね」

「政府は男性操縦者を警護する特務隊を学園に置くそうですわ。何でもお土産の有効活用とか」

「すると面子は四人か。確かにそのまま各基地に配っても、女権団を喜ばせるだけ。やっぱ早乙女先生は女神だったわけだ。で、一候補生のキミがそれを知ってるってことは──」

「……はい、今朝内示がありました」

 

 直徒はこの画を描いたであろう人物に感謝した。

 たとえ建前でも専用機を与えられれば、丸腰ではなくなる。

 沈まぬ太陽に二人目の男性操縦者、更に梨香の仇という勲章が加わり、ますます女権団の憎悪を集める直徒。

 ならば彼と白雪姫で繋がっている神楽もまた、連中の標的になっていると見て然るべき。

 兎の臍帯付きだがその点は『箱』がある。これで一つ心配事が減った。

 

「平手さんにとってキミは娘の大事な友人でもある。次の査定(序列決め)まで待ってられないのさ」

「ですが──」

「運を掴める位置にいたのはキミの努力の賜物だよ。餌が言うんだから絶対」

「……何でもお分かりになるのですね。オルコットさんへの対応には感服しましたが、やはり怖い御方ですわ」

「ドン落ちの織斑君を守っておやり、と言ったら怒りますか先生?」

『……急降下と完全停止をやってみせろ。目標は地表から十センチだ』

 

 やはり聴いていたらしく、開いた小窓には険しい表情の姉。

 十年前の七月七日を思わせる構図に雛鳥は春雨の中で己の罪を反芻した。

 あの日と同じ────直徒だけが身も心も透き通るように真っ白。

 そして張られた網には不自然なほど均一な(EEG)を放つ虫が一匹。

 

「お先に、かぐや姫」

「? ではお言葉に甘えて」

 

 優しく促す声に神楽は背部スラスターを噴射、地上へ向かった。

 視界隅の高度を示す数字はあてにせず、己の経験と感覚に風向きを加えたタイミングで停止。

 結果は九センチだった。

 

「流石だな代表候補生。飛行中も機体のブレが全くなかった」

「恐れ入ります」

「四十院さん凄い……私だったら地面に突っ込んでるよ」

「てゆーか代表候補生だったんだ。初日の自己紹介で言ってたっけ?」

 

 内心不満な神楽だが、戦乙女に褒められては受け取る他ない。

 観客からの拍手にも笑顔で応えた。

 見届けた直徒は頭上の虫を警戒しながらも仕掛けることなく降下。

 背中の太陽は安売りせず、純粋なISの力のみでノルマを目指す。

 三度忖度するか迷ったが、流石に露骨とピタリ十センチで停止した。

 

「……見事だ。が、スピードは終始手を抜いたな」

商人(あきんど)ですから。それに自由飛行の快楽に慣れて元の生活を忘れたくない」

 

 悠然と答えISを解く直徒に、千冬は内心歯噛み。

 少しでも多く情報を得ようと目を凝らしていた己が、酷く卑しい存在に思えた。

 だが理由をそのまま授業と答えていたら直徒は中立(思想)の面々からも不興を買っていただろう。

 独特の煌音は鳴らなかったが、先程と同じくらい大きな拍手が起きた。

 見上げるだけで出番のなかった一夏は、その光景を呆然と見つめていた。

 

「……俺、あんな風になれるのか?」

「愚問だな。千冬さんの弟だぞ。なれないはずないだろう」

「そっか、そうだよな……サンキュ箒。弟が不出来じゃ格好つかないし、俺、頑張るよ」

「フン……まったく世話の焼ける奴め」

 

 僅かに凛々しさの戻った顔。

 姉の発明によって絆を引き裂かれた少女が、六年間ずっとずっと会いたかった顔。

 立ち直ることで二人だけの世界が終わるのは寂しい。

 だが一夏にとって自分が唯一の幼馴染であり、ベストパートナーであることは変わらない。

 ついでに体躯も、袖余りの狐以外には負ける気がしない。

 箒は前途多難ながら縮まった想い人との距離に喜びを感じていた。

 

(誰よりも近くにいる。一夏の隣は私の指定席だ)

 

 その夢に、もうすぐ夜明けの鈴が鳴る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「束様、これより帰還します」

『おっけー。不細工なコブの動くところを見れなかったのは残念だけど、暮桜の在処は分かったし、箒ちゃんもしっかりいっくんの奥さんやってたし、十分収穫ありだね♪』

「……もしや、気付かれていたのでは? 下りる時に女の方を先に行かせたのも、そのため──」

『アッハハハ、ないない。でなきゃくーちゃん、今頃あいつに出刃包丁で真っ二つにされてるよ? んーでも罠を無力化してコア・ネットワーク切ったりウイルスでこっちのデータ壊したり少しはやるみたいだし、特別にあれは凡人じゃなく雑種って呼んであげよう。で、白騎士のコアを取り戻したら即殺す。会社もゴーレムでメチャメチャのグチャグチャに潰してやる! いっくんの古傷まで開いたんだ、当然の報いだよね♪』

「……箱が開けば此方も終わりです。どうか、どうかご慎重に」

『んふふー、さて、いつまでその重みに耐えられるかな〜?』




れお=リーオー
少々強引ですが、当初の設定を忘れないように。
評価、感想いただけると嬉しいです。

続くかは分かりません。悪しからず。
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