インフィニット・ストラトス〜還るべき空へ〜   作:PRANA

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今年も書くぞー、おー。


天地

 篠ノ之という苗字はとても珍しい。

 一夏の隣にいる巨乳からその名を聞いた鈴は、思わぬ強敵の存在に内心フリーズした。

 想い人が昔通っていた剣道場の娘が天災の妹で、小四の終わりに転校するも六年の時を経てIS学園で再会。

 オセロで言えば両端を取られ一列をひっくり返されたようなものだ。

 これほどの大事を本国が事前に掴んでいないはずがない。

 恐らく鈴も共有は受けたが、残念ながら右から左に抜けていたのだろう。

 何せ例の謝罪声明と襲撃事件の報より今日まで正気を失っていた。

 脳裏には第二回モンド・グロッソから帰って来た少年の俯き顔。

 千冬がいるゆえ現実にこそなるまいが、間接的に人を死に追いやり剰え他人に血を流させるなど、正義感の強い彼なら自分で自分を殺してもおかしくない。

 そしてこんな時優しくされた女を、本能的に求めるものだ。

 経歴に傷が付くため入学は見送ると言う軍上層部を脅し、とどめに沈まぬ太陽と専用機のデータ収集。

 恋は盲目では許されるはずもない、代表候補生としてはあまりに危険な行為。

 そもそも中国はIS保有国の中で最も織斑一夏の獲得に消極的だ。

 今は古くからの独裁と弾圧が女尊男卑の浸入を阻んでいるが、戦乙女の血が入ればひょっとすると内から蟻の一穴。

 即ち欲しいのは可能性の遺伝子だけで、獣自体は不要。

 だが無論そんな我儘は姉と天災が許さない。

 二人目がいたお陰で、二人目が彼に匹敵する大物だったお陰で、二人目があの日愛しい男の身代わりになったお陰で、鈴は再び日本の土を踏み一夏に会うことができた。

 では、その先に未来はあるのか。

 

「(千冬さんを取り込めば)一夏が世話になったみたいね。礼を言うわ」

「(おまけに専用機持ちだと!? くっ……しかし、あの人を頼るのは)必要ない。幼馴染だからな」

 

 昼休み、食堂の一角で散る火花。

 所謂『絶対に負けられない戦いが、そこにはある』絵だが、先の見えない不安の中、今この時だけは現実を忘れたい周囲は迷惑そうだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 対抗戦を間近に控えた今、他クラスの人間と不必要に会うのはマナー違反。

 不満気な簪をそう言い包めた直徒は同じ頃、職員室の隅で千冬と相対していた。

 サバサンドは既に胃袋の中。

 何かと話題の人物が来たとあって初めは場に緊張が走るも、所詮事なかれ主義の集まり。

 自分にさえジョーカーが微笑まなければ、後は見て見ぬふり。

 幸い実家に帰った生徒の安否確認や未だ鳴り止まぬ抗議の電話等、仕事は山盛りだ。

 

「(兎から聞いてないのか?)今日の訓練、人払いの手筈は」

「(自然体……それでいて隙が全くない。余程の師がいなければ)グラウンドに出て開始できる状態になったら合図しろ。ピットを含むアリーナの全出入口をロック、観客席の遮断シールドも下げる。終了五分前に開く」

「同時に女権団が突入して俺を袋叩きか。また録画しとかなきゃ」

「……反論できんとはいえ、お前も少しは口を慎め。無用な敵を──」

「嫌な奴の方が弟君の弾除けになるでしょ? オルコッちゃんには逃げられたんだし」

 

 やはり反論できず渋い表情を浮かべる千冬。

 当然目の前の男がアリーナの仕掛に驚いていない点には、気付かなかった。

 

「チッ……流石天下の沈まぬ太陽は性悪も一級だ」

「一応お聞きしますが、監るのは貴女じゃないですよね?」

「不服か?」

「構いませんよ、たかが一人死体が増えるだけですから」

「……何だと」

「まぁ確かに杞憂かもしれません。ただ恋する乙女は無敵であり、同時に非理性的だ。愛しい彼に人殺しがISの手解きをする、おまけに恋敵も一緒と知ったら──」

「っ!? 凰が乱入してくるというのか」

 

 遺憾ながら千冬は大いにありうると思った。

 四年前、大会の決勝前に誘拐され、姉の連覇をふいにした一夏。

 その一夏の心の傷を癒したのは他でもない親友の五反田弾と、鈴なのだ。

 彼女にとってエイプリル・フール(四月一日の襲撃事件)はまさに悪夢の再来。

 恨む相手が皆死亡、退学となれば、残る一人に矛先を向けたくなるのが人情。

 何故穏便に事を済まさなかった────彼女なら言ってしまうのではないか。

 否、一夏(発端)千冬(根源)が言えないからこそ、自分が代弁しようとするのではないか。

 公式戦以外の許可なきデータ採取の禁止が敷かれた、格好の場で。

 あわよくば想い人の気を引き、ライバルに勝つために。

 

「もしそうなった場合、弊社の企業秘密を見た他国のスパイを生かしておく理由はありません。それに実戦の経験は貴重ですからね。弟君と奥さんも加わればあの時と同じ四人プレイだ」

「貴様!!」

「睨む前にやることあるでしょ。今頃アタシも混ぜろとか言われて普通にOKしてるかもね、ホストは俺なのに。んで隣にいる奥さんがブチ切れて睨み合い再開、お昼を不味くされた周囲がますます彼へのヘイトを募らせる。…………血の繋がりだけじゃ守り切れなくなる」

 

 占いの才も一級と嗤えたらどんなにいいか。

 慌てて千冬は携帯の短縮一番をタップした。

 水出しコーヒーを飲む直徒に鈴の元気なEEGが届く。

 感情を処理できぬ人類とてゴミではないが、当たらなければ自慢の衝撃砲もただの嚏。

 

「……私だ。今ガキ二人と昼か?」

『千冬姉、丁度良かった。今日の訓練だけど』

「凰の参加は認めん。それと食事は静かに取れ。以上だ」

『えっ!? な、なんで分──』

 

 通話時間、僅か十秒。

 直徒に一夏の声は聞こえていない。

 聴く必要もない。

 

「アンタもワルだよね、身内のくせにチャイナ娘の入学止めなかったんだから。とはいえ、これで聞かずに凸ってきても榊原先生(二組担任)の責任。日出る国の阿呆が夢斬に素っ首刎ねてあげましょう、彼の目の前で」

「……私が見張りに立つんだぞ。来るものか」

「だからこそ無茶できる、負けても殺される前に止めてくれる人がいるんだから。それでぶち壊しがてら得た俺と春雨のデータを国に送れば、学園では織斑君に庇われ上からもお咎めなし────そんなの許されると思います?」

「っ、ならどうしろと言うんだ!! 頭を下げてほしければいくらでも下げてやる! 答えろっ!!」

 

 某三河武士のそれとは比較にならぬ迫力。

 世界は震え、空気は戦慄き、デスクで作業中の教師達は何事かと慌て始めた。

 それを考えるのが大人の役目と言えば、いかに正しくとも火に油。

 やれやれと直徒はボトルを拡張領域に仕舞い、海の深さと空の果てなさを湛えた青い瞳で、千冬を見据えた。

 

「じゃ、下げてもらいましょうか…………榊原先生に」

「え……」

「貴女が時間中付きっきりで凰鈴音を見張り、アリーナの台には彼女が立つ。但し向こうの顔が立つよう必ず貴女からこの件を相談し頭を下げること、そして事前に一度彼女からチャイナ娘に忠告してもらうこと。これで『担任の自分が言っても聞く気配がなかったため、やむなく対象が苦手とする織斑千冬と仕事を交換』という盾が出来上がる」

 

 言ってしまえば至極単純。

 恥や見栄といった虚は横に置き、実を第一に誰かの助けを乞う。

 ただ真耶では事を全て一組の担任副担で処することになり、菜月の立つ瀬がない。

 ガラス張りや風通しも結構だが、時には縦横の筋を守ることも必要。

 

「……成る程。だがいいのか? それではお前の機体を榊原先生に見られてしまう」

「札はちゃんと伏せておくさ。この学園の誰が見ていようと、誰と戦うことになろうと」

「大した自信……いや、今のは忘れてくれ。これはオルコットの時を上回る慈悲だ。あの日早乙女を容易く葬ったお前なら……こんな相談は必要ない。寧ろ黙って凰に襲われた方が実戦云々だけでなく、後の火消しも有利になる」

「ついでに今度こそ弟君は寝たきり、いや腹切りかな? そうなりゃアンタは自制してもお友達が出てくるでしょ。嘗て二度(にたび)明乃さんとの代表争いを潰したように」

「っ……やはり知っていたか」

「よって先日の『今回限り』発言はドボンされました。めでたしめでたし」

 

 優雅な敗者と惨めな勝者。

 零落白夜より圧倒的に鋭い刃が、戦乙女の鎧越しに千冬を切り刻む。

 これで『箱』はまだ閉じたままなのだから、直徒は彼女にとって最悪の『鍵』。

 この学園に彼を御せる者は一人としていない。

 

「……恩に着る」

「その代わり兎さんのストッパーはよろしく。もうとっくに嫌われてるだろうし」

「二年前の演説か。確かにISをイカロスの翼呼ばわりしたのは迂闊だったな」

「いや、理由はシンプルに早乙女先生を殺った件さ。彼女にとってISは世界にかまってもらうための道具であって、端から宇宙に興味はない。行きたきゃ一人で勝手に行けばいいんだし」

「!!!!!!!」

 

 あまりの衝撃に千冬は声すら出なかった。

 彼の言う通りなら、自分は束という人物を今まで欠片も理解できていなかったということ。

 あれだけ派手に挑発したにもかかわらず生きている本人が証拠か。

 迷いなく言い切る姿に冷や汗。

 加えて何度瞬きをしても、その背後にいる二つの白い影が消えない。

 一人は自分と同じほどの背丈、もう一人は小学生くらいの子供。

 明乃以外に恐れる存在(もの)など、いなかったはずなのに。

 

「お……お前は一体何者だ。何故一夏と同じ日にISを起動させた!」

「さあ? でもお陰で彼が死なずに済んだんだから、いいじゃないですか」

「なら更識とはどういう関係だ。特に何故姉の方は目に見えてお前を恐れる! 二年前千鳥の会場で見た祝いの花も、あいつからのが一番見事だった。今まで数多の刺客を葬ってきたその強さ、もしや先代の──」

「貴女が第二回モンド・グロッソ決勝を棄権し結果金剛石姫(プリンセス)の入社が一年遅れた理由と同じ、どうでもいいことですよ、弟想いのお姉さん♪ ああ、一応言っときますけど明乃さんには聞かず自分で調べました。その一年があったお陰で出会えた人もいるし、ま、憎むべきは犯人達ってことで」

 

 人間、真に恐るべきは己の過去からやってくる。

 ワナワナと身を震わせる千冬を尻目に、朱い三つ編みの悪魔は職員室を出ていった。

 狭くなっていた視界の外から一本の缶コーヒー。

 今なお女尊男卑の神である彼女を慰めるには、年上かつ同じ爆弾持ちでなければならない。

 

「お疲れ様」

「榊原先生……」

「まいるわよね、あれでまだ十八なんだから。そうでなきゃ二人目なんてやってられないって言われちゃ、それまでだけど。──ほら、糖分補給しなさい」

「……いただきます」

 

 お陰で下げる頭も軽かった。




原作で純粋に一夏に会うため入学してきたのは鈴だけ。
健気かどうかはともかく、それが事実。
評価、感想いただけると嬉しいです。

続くかは分かりません。悪しからず。



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