人殺しも千人積めば
誰かが聞いたら卒倒しそうな台詞だ。
二年前のJPCX-62GN発表で【沈まぬ太陽】と世に認知されて以降、今日まで意図せずレッドカーペットの上を歩いてきた直徒。
要人保護プログラムのお陰で全て正当防衛となってはいるが、一期一会が信条の
国内外問わず彼を危険視する者は多い。
その倉持直徒の顔が、二人目の男性適性者としてニューヨーク国際IS委員会本部議場のスクリーンに映し出された。
詳しい内容は別の機会で語るが、『大火力』『高出力』『高防御』『低燃費』を同時に実現する太陽炉は第三世代型ISの実用化に苦心する各国にとって喉から手が出るほど欲しい品だ。
引退後間もない二代目国家代表を主に迎えた【千鳥】は、誕生から二年を経た現在も空の頂点。
イカロスの墜落を背景に登壇する十七歳が世界に与えた衝撃。
金、地位、女、暴力──あらゆる国家、組織があらゆる手段を使い太陽に手を伸ばした。
だが、それらは皆届かなかった。
豊かな環境で育った者が見せる心の余裕、亡き母に生写しの華麗な容姿。
そして、才能のみでは決して持ち得ない洗練された技と術。
己が醜さを突きつけられた者の一部は憎しみから女権団の尖兵と化した。
愛せなければ通過せよ、と本人が説いても火に油でしかない。
ならばせめて訣れは笑顔で。
絨毯は紅く染まっていく。
彼が律儀に数を数えていたら、去年の十二月二十四日に英雄になっていた。
事後処理を担当する日本の対暗部用暗部、更識の記録である。
故に昨年昇格したばかりの代表候補生が打鉄零式で事故を起こし、パイロットを降りたというニュースは世界を騒がせた。
何せ垂涎の二号機だ。千鳥以降、首輪付きでは企業秘密を守れないと依頼の悉くを拒否していた沈まぬ太陽が何故彼女に対しては首を縦に振ったのか、理由は定かではない。
だが国費で作られた機体は国に所有権がある。
レディー・ファーストの計略を委員会は黙認した。
──修復が完了次第、直ちに機体を国に返却せよ。
自分達の息のかかった政治家、官僚を通して倉持技研に圧力をかける。
マスコミに二号機の存在を大々的に報じさせ、同社が零式の凍結を選択できない熱気を作る。
組織の性質上、女権団の信者は候補生やその下の訓練生にも多い。
更識簪が姉に劣等感を抱いているのは掴んでいた。
あの白い顔が
いつの時代も税金の無駄遣いは民衆の敵だ。
技研が修復に一ヶ月の猶予を求めてきた時は勝利を確信した。
その目論見が全て崩れてしまった。
新たな男性適性者、倉持直徒の出現によって。
パイロット自身が開発した機体に乗るという鉄壁の道理。
加えて狩場に引きずり出そうにも、相手は既に研究所暮らしのご令息。
操縦者としての練成? 自宅には最新の設備と常時使用可能な演習場があるとのこと。
まさにジョーカーだ。
委員会での審議は終始お通夜ムードだった。
二つも爆弾は不要と言われれば引き下がるしかない。
だが、戦乙女と天災の身内に
織斑一夏は所属国、担当企業共に未定のままIS学園入学と決定された。
「にゃはは、これじゃどっちがババか分かんないね」
「言ってやるなよ。改めて調べてみると中々複雑なご家庭みたいだし」
「敵を知り己を知れば何とやら、か」
「命は一つしかないからね。悪いけど、千鳥のコア・ネットワークも切らせてもらう」
「構わん」
山梨県北杜市絹美村。
八ヶ岳、南アルプス山脈、奥秩父山塊といった山々に囲まれた自然豊かな地の一画に、倉持技研第二研究所は存在する。
元はとある製薬会社が所有していた工場で、同社が地元民との公害訴訟に敗れ撤退する際に倉持が権利を買い取り、現在の形に改築した。
規模こそ横浜の本店に及ばないが、建物設備は新しい。
通勤ルートも整備されている。
結果、環境負荷の軽減と賠償金の回収で両社の思惑が一致した。
「春雨か」
「いいセンスだろ?」
「まさか白騎士のコアとはねぇ。こりゃ天災と倉持技研の戦争になるぞい」
「科学者としては尊敬してるんだけど」
「十歳と契ったんじゃ。腹括るか首縊るかぜよ」
「あぁ……母よ、刻が見える……」
「おーい、帰ってこーい」
目覚めの季節を感じる陽気の下、両手に華。
適性発覚前に申請していたとはいえ、『箱』の中身を父に見せていなければ出張は許可されなかっただろう。
政府は自重を求めてきたが、「社内恋愛は貴重な男性操縦者の流出阻止に繋がる」で黙らせた。
簪の訓練は他の者が見ている。
三月十四日は年に一度きり。
──外部からの接続を確認
──自壊プログラム作動
──GN粒子で記憶領域を保護
──汚染箇所遮断、春雨より抽出したワクチンを投与
──完全治癒まで五、四、三……不正接続を阻止……二、一、〇
──システム再起動、最適化処理開始
──シールドバリア、絶対防御、パワーアシスト復元完了
──基本装備、後付装備復元完了
──単一仕様能力【■■■■】復元完了
──創造主に警告文とAPTウイルスを送信
──コア・ネットワーク切断
──全システム正常
──千鳥、最適化処理完了
「よっし、これでうちの機体は全て兎の手を離れた」
「太陽炉のデータは、盗られていると見るべきじゃの」
「でなきゃ寧ろ怠慢だよ。こっちは休み返上で訓練やったり臍の緒切ったりトラップ組んだりしてるってのに」
「ISスーツ着た美女二人侍らせてね」
「ヒカルノさんは相変わらず眼福だけど、なんで今日は明乃さんまで?」
「一服したら死合うのだろう? 冥土の土産じゃ」
「……最後に食べたのは苺大福でした」
「「「あはははは!!」」」
春雨の中で三人の笑い声を聞きながら、雛鳥は思った。
十年間、諦めずに直徒を待ち続けて本当によかったと。
忘れてしまえば楽になれたのかもしれない。
だが彼を通して目に飛び込んでくる色とりどりの景色が、空と雲しか知らなかった少女の心に温もりを与えていく。
風にそよぐ木々、流れる川の水のせせらぎ、朝露を纏い両手を広げる新芽。
命は散るばかりではなく、生まれもする。
限りある生命が幾重にも連なり、明日になる。
嘗て自分は世界の明日を白く塗り潰す手助けをした。時を経て依巫に迎えた直徒もまた、罪の一つといえるだろう。
だからこそ、彼だけは守らなくてはならない。
彼の『インフィニット・ストラトス』が『外から見る地球の美しさを知ること』なら、それを叶える翼は自分でありたい。
たとえ最愛の人を殺すことになろうとも。
同じ悲しみと苦しみを知る直徒となら、乗り越えられると信じているから。
JP:Japan(日本国)
C:Civilian(民間)
X:試作機
62:??
GN:太陽炉
続くかは分かりません。悪しからず。