全世界で一斉に行われた男性向けIS適性検査。
各地域ごとに指定された場所で一人ずつ機体に触れるというもので、北から南まで、西から東まで、二十九歳を上限に戸籍上の男は全て反応をチェックされた。
だが、結果は空振り。
元より実施に反発していたレディー・ファーストは「それ見たことか」とISの神聖性と女性の優位性を叫ぶ。
その猛々しさは、まさに男だった。
差別とはいつの時代も力を持たない一般市民が標的になる。
逆を言えば、たとえ男でも一定以上の『高さ』にいる者は女尊男卑の影響を受けない。
政治、経済、宗教、或いは芸能。
各ピラミッドの上に行くほど権力という名の盾は強固となり、同時に足下の景色は遠ざかる。
現実が見えなくなる。
二人目の男、倉持直徒は倉持技術開発研究所総所長倉持俊哉の子として生まれた。
日本有数のIS製作室。
無論それ一つで糧を得ているわけではないが、問題はそこではない。
ネットや報道で直徒の出自を知った『被害者達』が、彼を自分達と同じ痛みを抱える同志だと思うか。
希望を見出すか。
力を持たない人々に代わり、この暗く沈んだ世界に夜明けの鐘を鳴らしてくれと願うか。
答えは否だ。
結局生まれが全て。
己が恵まれた身であることにも気付かず温々と安寧を享受してきた御坊ちゃま。
科学者なら自分で自分を
彼もまた、我々にとって絶望の象徴だ。
直徒もそれは分かっている。
事実、沈まぬ太陽としてこれまでに相手した客の中には女権団や他国の意思とは無関係の者もいた。
敵であることに変わりはないが。
裏切者、恥知らず、女権団の犬──届かぬ刃の代わりに様々な負の感情をぶつけられた。
女性至上主義の根源たるISに関わっている以上、避けては通れぬ道だった。
ゆえに彼らは、他の刺客と違い己の罪を確かめさせてから殺した。
自分だけならいい。
だが、大切な
望み通り男女平等をくれてやろう。
人の数だけ
同じ過ちを繰り返すだけだ。
◇
体に刷り込まれた前任者の癖に辟易しながら三十七機目のラファールを
春雨を解除し、ISスーツの上に白衣だけ羽織って向かう。
汗はかいてないのだから問題ないはずだ。
なんという罪深きペアルック、篝火所長が一歩リードか、でも今朝食堂でお会いした時は『I♡62』のTシャツ着てたわ、完璧に調教されてる、ホワイトデーはさぞお楽しみだったんだろうなぁ──大きなお世話と言いたいところだが、緊張感のない会話が今は寧ろありがたい。
ここを戦場にしてはならない。
研究開発棟から徒歩で敷地内を移動、事務所ビルへ。
四階エレベーターのドアが開き所長室の前に立つと、ハバナの香りがした。
脳波パターンで判別するまでもない。
議員宿舎は全館禁煙だ。
幹部職用のIDでパネルに触れ、扉が開いた。
「よう坊主、相変わらず美しいな。種馬ライフは順調か?」
「来年には
「ハッハッハ!! ……倉持、お前一体どういう教育してる」
「初孫が楽しみですな。お互い、来年まで生き延びねば」
黒革のソファーで冒頭から灰になっている男の名は、平手明夫。
第二世代型ISの世界シェアで倉持技研、デュノア社に次ぐ平手工業の会長であり、品川本社のある東京三区を地盤とする衆議院議員だ。
二〇一五年十月、当時僅か十八の息子に社長職を譲り立候補、初当選後は経済界への影響力を買われ一年目にして総理補佐官に就任。
以降IS政策担当として、次世代技術の開発推進や国家操縦者の育成を軸に日々奔走している。
沈まぬ太陽の『名付け親』でもある。
直徒達からすれば商売敵の親玉だが、今は第二の人生らしい。
何か厄介事が起きるとよく此処へ葉巻を吸いに来る。
フォローする子供達二人も大変だ。
「まっ、冗談はこれくらいにして早速本題に入ろう。──直徒君、今朝ニューヨークの委員会本部から君にIS学園への入学要請が出た」
「目的と値段は」
「驚かないのか?」
「ハーレムは男の夢ですから」
「……そうか」
ますます母親に似てきたな、と明夫はデスクの写真立てを見た。
倉持春夜──曰くこの世には客として来た女であり、その生涯は春の夜の夢の如し。
残された夫の胸中はいかに。
「目的は一人目こと織斑一夏君の精神的負担軽減と第三世代分野に疎い教師陣の危機意識向上。そして対価は、我々日本に対するIS七機の追加配備だ」
「
「決まれば次の国家代表は男でしょうな。それだけの商いだ」
「技術はいずれ廃れるけど、形あるものは残るからね。つまり、初手にしちゃ数が多すぎる。いくら向こうにとって太陽炉が魔法のアイテムだとしても。零式の暴走事故を知ってるなら尚更だ。……平手さん、この件我々は初めてのテーブルですが、委員会と政府の間では何度か予備交渉が?」
青く澄んだ瞳が客を射抜く。
嘘偽りは許さないという絶対の意思を込めて。
元手が
組織のため、己のために結果の最大化を図るのは当然。
見抜かれた明夫もそれでこそと満足気だ。
「──ISを管轄する航空自衛隊は現在、大きく五つのエリアに分けられている。知っているな?」
「ええ。中空関東地区は現代表である御息女の目が行き届いているものの、それ以外の四エリアでは女権団の信者が徒党を組んで限られた機体を独占、自分達の思想に従わない者達の訓練を妨害しているとか」
「
「里奈は聡く腕も申し分ないが、非情さに欠ける。それにまだ十六と若い。更識君のように大きな後ろ盾を持つ者でなければ候補生の道すら見えないのが現状なんだ」
「それで今回、獲得したISを未来ある蕾達に?」
「ん、安易だが機体を増やすチャンスなど二度とあるか分からんからな。君には餌になってもらいたい。そして質問の答えだが……三度目だ。春雨の
この狸め──内心で親子の声が重なった。
否、よくよく聴けば
いずれにせよこの話は渡りに船。
学園には猪の弟や兎の妹も入る。『箱』の力が失われた時の保険は必要だろう。
「自分は二度目の高校生活になります。御承知ですね?」
「ここへ来る前に総理の了承は得た。君が入学を承諾してくれるなら、本件で我々日本政府が獲得するIS七機のうち三機をそちらに無償譲渡しよう。
「条約なんぞ犬に食わせちゃえですね」
「言ってくるなら商談不成立だ」
「在学中の免責特権と、ISの任意使用許可を」
「抜かりはない。腐った芽など根ごと焼き払ってしまえ」
「平手会長!? それは──」
「毒を以て毒を制すだ。沈まぬ太陽の伝説を知ってなお挑む愚か者がいるとは思えんが、君も亡き妻の面影に傷を付けられたくはあるまい?」
「っ……分かりました。但し、私からもお願いが一つ」
「何だ?」
短くなった葉巻を灰皿に押し付けながら明夫が問う。
その目に腐った時代への怒りを滾らせて。
しかし俊哉は怯まなかった。
たとえ相手が狸だろうと蛇だろうと。
親としての想いは同じのはずだ。
「いただく三機のうち一つを、平手に」
「む……何故だ?」
「故あって今は『敵は強大』としか言えません。ですがもし倉持が消えることになれば……その時は、我々の家族をよろしく」
「……分かった、歩人に確と伝えておこう」
「あーあ持ってかれた。ハゲのくせに」
「ハゲじゃない! 頭の爽やかなお父さんと言え!!」
この日の夕刻に開かれた幹部会。
厄介払いではなくビジネスという直徒の一言で、同人のIS学園入学は承認された。
元より二研の光明とは遠距離恋愛。
一人暮らしを経験するにも良い機会だ。
来年の六月一日で二十歳。
無邪気かつ無責任に人生を楽しめるのも、あと一年と少し。
兎と猪の対策以外にも、考えることは山ほどある。
平(平和):ピース
手工業:クラフト
続くかは分かりません。悪しからず。