全力で走る。
ヒールの踵が折れたのも無視して走る。
向かう先は第二アリーナのIS格納庫。
六つあるアリーナの中ではそこが一番先程までいた場所から近い。
体育館で定刻通り始まった入学式。
肩身が狭そうに周囲を見回す弟の姿を遠くから視認した後、正門前で一人倉持直徒の到着を待っていた織斑千冬の鼓膜を、突如耳障りな推進音が叩いた。
反射的に見上げた空を通過する三機のIS。
何事かとホロウィンドウを開くと、うち一機は寮で謹慎中のはずの教師、そして行先には連絡橋を走る一台の車。
恐ろしい可能性に身が震え、声を張り上げようとした時は既に遅し。
打鉄の放った狙撃弾は球体状のバリアに阻まれ、中から現れた朱髪の少年が待ち人の証である太陽炉搭載型二号機を展開、両手に銃を構えた。
「馬鹿共が……っ!!」
理解する時間など要るものか。
学園の教員と生徒二名が、世界で二番目の男性操縦者をISで襲撃。
一切の弁明も許されぬ最悪の事態だ。
弟の入学決定以降『信者達』の間に不穏な空気が漂っているのは掴んでいたが、初日からこうも大胆な行為に及ぶとは。
嘗て犯した罪から目を背け、十年間ただ己の見たい景色だけを見てきた英雄に突き付けられる、狂った世界の現状。
戦乙女の身内でなく一企業の跡取りを狙うところが、人の醜さの発露だ。
監視塔の連中は何をしている?
開放回線でコールするも応答はない。
事前に無力化されたか、或いはグルか。
どちらにせよこの体たらく。
狩人だけが翡翠色の繭の中、一人静かに舞台の幕が上がるのを待っている。
降り注ぐ銃弾の雨を歓声にして。
その姿に千冬は己がこの世で最も畏怖する人物──二代目国家代表の影を見た。
嘗てラファールで暮桜と互角に渡り合った猛者。
機体の性能の違いが戦力の決定的な差ではないことを示し、真耶達後輩の尊敬を一身に集めた同期。
時折気が緩むと故郷の訛りが出てしまい、さばけた性格ながら同性異性問わず多くの心を魅了した花。
そして第二回モンド・グロッソ閉幕後、突如引退宣言をした千冬に代わり二代目に就任、自身の引退と倉持技研への入社を一年遅らされた姫。
本来なら彼女が戦乙女の称号を手にするはずだった。
鶴の一声──兎の一声さえなければ。
「……っ」
眩しくもないのに目を逸らす。
千鳥の披露目に招かれた時も、初めは多忙を理由に断るつもりだった。
当時はドイツから帰ってきたばかり。
どの面下げて明乃に会えばいいのか分からなかった。
だが
攻防一体の無線誘導兵器を従え、独特の音色を奏でながら舞台の上で華麗に標的を撃ち抜いていく金剛石姫の姿は、嘗てのそれ以上に輝いて見えた。
まるで太陽のように。
その太陽を世に生み出した少年が今、二人目の男性適性者として千冬が生み出した女性至上主義という名の闇に飲み込まれようとしている。
彼の伝説は知っている。
だがどれほど生身の戦闘力が高かろうと、ISは搭乗時間が全て。
自由に使える訓練施設や
とてもあの状況を打破できるだけの力を持っているとは──
『あっ……あぁぁあああアアアアアアアっっっ!!??』
『いやあああっ!? 愛美いいいいっっっ!!!』
「な──!?」
戻した視線の先に広がっていたのは、鮮血の光景。
胴を装甲ごと両断されたラファールが、悲鳴を上げながら翼を失ったイカロスの如く海に落ちていく。
太陽の輝きは衰えず。
抱き留めた仲間が必死に呼びかけるも、ほどなくしてそれは慟哭に変わった。
援護を求める早乙女梨香の声が、行き場を失い宙に消える。
初めてだ、四月一日に嘘が欲しくなったのは。
「くっそおおおおおおおおおっっっっ!!!!」
そして現在に至る。
彼を責めることなどできはしない。
寧ろ事の全容が公になれば、世界から非難されるのは学園側だ。
最強の証人戦乙女。
逃げも隠れもするが、偽るのは十年前の白騎士事件限りと決めている。
だが、それと今起きている惨劇を放置していいか否かは別の話。
裁くなら暴力ではなく、法で。
力で世界を歪めた挙句、女だけの園に閉じ籠っている自分にそれを言う資格があるのか?
それでも、と千冬は走り続けた。
『れ、連絡橋上空で戦闘発生! 太陽炉搭載型と打鉄、ラファール二機が交戦中! 教師部隊は直ちに鎮圧に向かってください!』
居眠りか、それとも爪塗りか。
怠慢の叱責は免れないが、グルならこの局面で梨香を助けるようなことはしない。
彼女は一人目の男性適性者を生んだ元凶。
仮に負けて沈まぬ太陽に焼かれたとしても、女権団からすれば処刑の手間が省ける。
刺客はそこら中にいるのだ。
監視付きの謹慎が今日まで延びたのも、本人からの要望だった。
二人目の首と太陽炉を献上して名誉挽回。
現実は汚名挽回。
距離を取ろうとした梨香にぴったり張り付き、ビームサーベルを展開したまま移動してきた狩人の猛攻が続く。
間断も容赦もない。
無残に散っていく打鉄の装甲。
気でも触れたか
目的地に着いたところで生徒会長から通信が入る。
入学式を混乱させたくはなかったが、最早手遅れか。
『織斑先生! 今どちらに!?』
「二アリの格納庫だ。既にガキが一人殺られた! 陸奥の身内なら欠片の慈悲もあるかと思ったが、早乙女ともう一人のガキも時間の問題だ。そっちは」
『今しがた数名が倒れて保健室に運ばれました。教師がすぐそばで映像を開いていたので、恐らく先程の瞬間が目に入ったかと。後は祝電披露だけですが、事態が収まるまで会長権限で式を中断させます』
「分かった。後で馬鹿の名を教えてくれ」
沈まぬ太陽の伝説を間近で見てきたゆえか。
性格には少々癖があるものの、流石有事には他の誰よりも頼りになる。
だが何故副担任の山田真耶から連絡が来ないのか。
楯無は数名が保健室に運ばれたと言ったが、生徒がとは一言も言っていない。
察しろということか。
内心嘆息しながら千冬は打鉄の一機をロック解除した。
ホロウィンドウの中、四肢を失い、首だけで持ち上げられた梨香が悪魔を睨みつける。
『ぐ……アタシはっ、代表候補生だったのよ。努力して、厳しい訓練にも耐えて、序列三位までのし上がって、目障りな田舎者がアンタの所にスカウトされたって聞いて、やっと、やっと戦乙女の次は自分だと思ったのに。それを政府の奴ら、アタシなんか見向きもせず必死にあの女に縋り付きやがって! 何が
『……』
『ヒック……なのに……アイツが迷い込んできて、ISを動かしたせいで』
『アイツって、ひょっとしなくても織斑君?』
『他に誰がいるってのよ!!』
『そうだね。……でも逢えてよかった』
『ガッ──』
女神の刻は止まった。
彼女の屈辱と怨嗟に満ちた日々も、また。
分かれた首と胴が、静かに全ての命の源である海へと帰っていく。
とどめに
たとえ田舎者と揶揄されようと、同じ高みを目指した者の死を喜びはしないだろう。
そのくだらぬ感傷が直徒を人間に繋ぎ留めている。
GNバスターソード、名を夢斬。
簪が握っていた頃は霧斬だった。
『彼は……私に任せてください』
「いいのか?」
『一応護衛役ですし。それに世界最強の後に学園最強が出るのは、ナンセンスかと』
「そうか。千鳥の会場でも、お前の
『弟さんの守りは布仏が。教師部隊が太陽に近付かないよう、お願いしても?』
「了解だ」
友の亡骸を胸に嗚咽するラファールの少女。
大剣を手に降り立つ死神を見て初めこそ錯乱したものの、やがて全てを諦めたかのように目を閉じた。
だが、彼の網は広い。
春雨が警告する前から、遠くに面倒臭くも懐かしい波長を感じる。
打鉄零式は姉妹のすれ違いが生んだ鬼子だが、今は直徒の翼。
沈まぬ太陽の伝説も、いずれ途絶えるならこの辺が機か。
無論相応の落とし前はつけさせるが。
一分後、二人の間に降り立った更識楯無が即座にISを解除、直徒に深々と頭を下げた。
こうして入学初日の男性操縦者襲撃事件は、終わった。
候補生序列一位=国家代表。
設定で話を作るのは好きですが、内容が進まないのが難点。
かといってガバガバにするわけにもいかないし。
アニメ知識のみでどこまで行けるか。
評価、感想をいただけると嬉しいDEATH。
続くかは分かりません。悪しからず。