インフィニット・ストラトス〜還るべき空へ〜   作:PRANA

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三ヶ月以上も間が開こうとは……よもやよもやだ。


所以

 世界が一個の人体なら、最も大きい胴部がユーラシアか。

 六つに分かれた早乙女梨香は千冬が回収した。

 拡張領域に入れて運ぶのは躊躇われたため、発見の度に海底と安置所を往復、予想以上に時間も気力も消耗してしまった。

 荒い息が呼び起こす忌まわしい記憶。

 十年前のあの日も、彼女は暗い海の底にいた。

 子供の癇癪と人生の憂さ晴らしが手を組み世界を変えた、白騎士事件。

 神社の娘が決行日に選んだ七月七日は、妹の誕生日だった。

 飛んでいる間は有頂天。

 水を被って夢から覚めて。

 気付いた時にはとうに手遅れ。

 明けることなき白い夜。

 数多の男が地獄を見る中。

 弟のためと口を閉ざし。

 斬って斬ってひたすら斬って。

 宇宙(そら)はどんどん遠のいて。

 そして現在は、自分を神と崇める者達の楽園でテロリストが聖職者。

 優秀な人材(敬虔な信者)を育て、社会に送り出す(世界を腐らせる)────ドイツで軍の教官を続けていた方が遥かにマシだったか。

 多分に負い目のある二代目国家代表と再び顔を合わせることもなかった。

 梨香と小栗愛美も、恐らくは死なずに済んだ。

 

「手厚い歓迎痛み入ります、轡木さん」

「返す言葉もありません。腐った花も陽の光を浴びれば幾分か持ち直すと思っていたのですが」

「白雪姫に振られた時点で気付くべきでした」

「免許制の導入と学園の高専化は、平手補佐官の悲願でしたね」

「車には乗れないが空飛ぶ兵器には乗れる──自分もそんな狂った現状を放置した人間の一人です」

「賠償については全てそちらの御意に従います。IS学園へようこそ、倉持直徒さん」

「今後も色々とお騒がせするでしょうが、どうぞよろしく」

 

 薄気味悪いやり取りの末に、握手する二人。

 傍らに立つ戦乙女と生徒会長の表情は優れない。

 人の命を奪う武器の重みを教える立場の教師が、あろうことか生徒二人と共謀し、世界で二番目の男性操縦者を入学初日に襲撃したのだ。

 直徒の入学がIS委員会の意思である点も、事を更に重くする。

 春雨の(カメラ)は全てを記録していた。

 唯一の生存者岡田京香は地下の独房に収容されるも、主人(・・)恋人(・・)を同時に失ったショックで現在は心神喪失状態。

 尋問などできるはずもない。

 監視塔にいた教員の供述から差入れの菓子に薬が盛られているのが判った以上、最早話は終わりだ。

 退学は不可避。

 決定後は政府の人間が到着次第、速やかに身柄を最小限の荷物と共に引き渡す。

 もう二度と日の光を浴びることはないだろう。

 それまでは口封じを含め絶対に死なせてはならない。

 無論自殺もできぬよう処置は施してある。

 

「……学園長、いい加減お聞かせください」

「何をでしょう、織斑先生?」

 

 質問を許された猪が狩人の視界に入る。

 千冬は直徒を鋭く睨みつけたが、何故か震えが再発してすぐに目を逸らした。

 

「あ、貴方がこの男を受け入れた真の目的です。委員会からの命令である以上無視できないのは分かりますが、我々が今回の話を聞いた時は既に事が決定していた。沈まぬ太陽の伝説を知っていながら、愚弟以上の火種になると分かっていながら、貴方は彼の入学を理事会での審議にもかけずご自身の権限で勝手に了承した」

「権限ですからね。周りの知恵を借りる時もあれば、一人で決断する時もある。今回は偶々後者だった。それだけの事です」

「そんな答えで納得するとでも!!」

「一教師の納得など不要」

「な──!?」

 

 真正面から切り捨てられた千冬は愕然とした。

 刀一振りで世界を獲った女が、なんという姿。

 一教師の納得が不要なら、生徒の長のそれもまた不要だろう。

 楯無は仕方なく我関せずとコーヒーを啜る直徒に視線を移した。

 相変わらず顔は嫉妬するほど綺麗だが、直線的なシルエットの制服は窮屈そうであまり似合っていない。

 足音の立たない功夫靴は、彼女の父に師事していた頃の名残。

 妹はもう見たのだろうか。

 できれば自分が先であってほしい。

 

「いいですか織斑千冬、いや────戦乙女!!」

「うっ!?」

「爆弾が火種を責めるなど滑稽の極み。そもそも火種とは誰しも大なり小なり抱えているものです。沈まぬ太陽の彼だけではない。貴女は直接その手で人を殺めたことはないのかもしれませんが、彼より遥かに多くの命と未来ある光を奪ってきたはずだ」

「……っ」

「私が貴女をこの学園に呼んだのは、償いの機会を与えるためでした。ここを新たな女性至上主義の聖地にするつもりかと反対する者もいたのですよ? 今の貴女のようにね」

「大した慧眼だ」

「直君!!」

「だって俺被害者ですし。あ、でもこれで零式と演習場の修理代が補填できるぞ!」

「商人ですねぇ」

「あっはっは♪ いやぁ何せ国にたかるとマスコミがうるさいもんで」

 

 今度は猫が黙り込んだ。

 優しいだけの男に二人目は務まらない。

 あなたは無能のままでいなさい、だけならただの言葉足らずだが、その後の関係を放置したのは明らかに彼女や従者の怠慢だ。

 妹は姉を超えるべく圧倒的な力を渇望、幼き日からの木綱(・・)を辿り沈まぬ太陽の下へと走った。

 そこから先は最早語るまい。

 倉持直徒は年上好きである。

 積もりに積もった更識への借りが全て清算された今、語ったところで意味はない。

 

「それで轡木さん、話の流れから察するに俺を受け入れたのは初代様のお尻に火をつけるためですか?」

「ええ。三年様子を見るつもりでしたが、どうも効果が期待できそうにありません。これを機に少し焦ってもらいましょう。貴方は二代目と大変お親しい。それに先程のテストを見る限り、空でも沈まぬ太陽の伝説は揺らがないようですしねぇ」

「やれやれ、ここにも狸がいたか」

「貴方は貴方の目的を果たせばいい。その結果IS学園という名の花が枯れるなら、それもまた運命というものでしょう。何か他にご質問は?」

「はい! ズバリ、寮は一人部屋ですか?」

「更識さん」

「……いいえ、私の妹と同室です。同じ日本所属ですし、本人も強く希望していまして」

「そんな決定権がお前にあるのか!」

「ありますよ」

「ガーン……まぁ確かに一人になったところで無理矢理押し掛けてくるのがオチか。仕方ない、お仕事は隠れてやりましょう」

「……仕事だと?」

 

 幾分か持ち直した猪が狩人に問う。

 だが、先程と違い眼に力はない。

 結果見事に狩られた。

 

「会議に出たり、事業計画や経営戦略を考えたり、書類にサインしたり、政府への報告書を作ったり、将来有望な子を勧誘したり。パイロットだけをやってるわけにはいかないんですよ」

「う……す、すまん」

「もうよろしいですね。倉持さんには在学中の免責特権とISの任意使用権限が付与されており、更に今回の事件について彼は全面的に被害者。生徒のケアや加害者遺族との訴訟、マスコミ対策等々は全て学園側が負うものとします。織斑先生、彼を教室へ案内してあげてください」

「……はい」

「コーヒーごちそうさまでした〜」

「間に合わせの物ですみませんね。次はとびきり美味しい紅茶をご用意しましょう」

「結構です♪」

「おやおや」

 

 扉が閉まる前に再度一礼する二人。

 元兄弟子の気配が消えてようやく、楯無は深い溜息を吐いた。

 諸々救われたのは事実だが、こうも惨めな気分にさせてくれるものか。

 おまけに自分だけが何も失っていない。

 最愛の妹を汚されることも奪われることも、恐らくない。

 

道化師(ジョーカー)は全てを覆す最強のカードだが、同時に所有者自身に災いを齎す最悪(災厄)のカードでもある。──これからどうなりますかねぇ」

「……学園の秩序と平穏を守るのが私の役目。彼が自らそれを脅かすなら、刺し違えてでも止めるまでです」

「私からすれば、貴女も守るべき生徒の一人ですよ」

「黙って見ていろと?」

「千鳥の披露会での演説、覚えていますか?」

「彼が沈まぬ太陽になった日のこと。忘れるはずもありません」

 

 "私がこの発明を太陽炉と名付けたのは、科学の道を行く中で遠い宇宙への憧れよりも、目の前にある美しい自然への畏敬の念を強くしたからです。イカロスは偽物の翼で飛んでいることを忘れ太陽に近付きすぎたために、蝋が溶けて命を落とした。科学の力が全てを可能にするという人間の傲慢が、やがて宇宙さえ地球と地続きにする。無限の成層圏の名を持つこのISは、まさに現代に蘇ったイカロスの翼と言えるのではないでしょうか。その先にある光景は、嘗て戦争という鍬で異国の地を耕し言語という種を植えていった、あの大航海時代の再現"

 

「観覧席の一部がざわついてましたね」

「ええ、でも肌は彼の方が白かったです」

 

 "宇宙(そら)に上がれば、地球が人間の重みで沈むのを防ぐことはできます。しかしその前にもう一度我々はこれまで自分達を育んでくれた地球に対し、自然に対し、感謝の意を以て科学の力を還元すべきなのです。人が過ちの歴史を繰り返すだけの存在ではないことを証明するために。今はこの、小さな太陽で我慢して"

 

「ISに乗れる男が現れるなら一人目は彼しかいない。──そう思いました」

「私は……それより八年前から」

「つまり今からちょうど十年前、篠ノ之博士がISを発表した年ですねぇ。そして、彼が貴女の家を出て倉持に戻った年でもある」

「おじ様、貴方も近付きすぎない方がいいんじゃありません?」

「そうですね、しばらくは遠くから見守ることにしましょう」

 

 それぞれの思惑を胸に笑う、狸と猫。

 二人が〇〇一(エース)を手にした道化師に戦慄するのは、もう少し先。




話が進まない……でもこういった部分も疎かにできないし……
他の執筆者の方々、本当に頭が下がります。
評価、感想をいただけると嬉しいです。

続くかは分かりません。悪しからず。
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