真耶は途方に暮れていた。
相川清香から順に始まった自己紹介だが、誰も俯いたまま必要以上のことを口にしない。
名前と、よろしくお願いしますのドミノ倒し。
このままでは入試に合格した瞬間が学園生活のピークになりそうだ。
無論彼女達に非はない。
全ては事件を起こした犯人と、その模様を生徒の視界に入れた馬鹿が原因。
入学式の最中突如鳴り響く警報に驚いてホロウィンドウを開くと、宙を舞う梨香の右腕が目に飛び込んできた。
ビームサーベルの熱で赤黒く焼け爛れた断面。
噴き出す鮮血。
気付いた時には保健室の白いベッドの上にいた。
慌てて千冬に連絡するも既に事は終わった後。
ストレッチャーに被せられたブルーシート。
無残な鉄屑と化したIS。
交戦していたのは太陽炉搭載型だから、誰の手によるものかは問うまでもない。
夢なら覚めてほしい。
だが、残念ながら今しがた起きたばかり。
青白い顔で診察を受ける生徒の中には意識を保ったまま運ばれてきた者もいた。
いたたまれなくなりその場を飛び出す真耶。
ISは兵器、そして学園に潜む女性至上主義の闇。
逃れようのない現実が今、目の前にある。
彼女にも試練の時が始まろうとしていた。
「お、織斑一夏です────以上です!」
それ故、少年の空気の読めなさが今はありがたかった。
同じことを思ったのだろう、中にはクスリと笑いを漏らす者もいる。
道化にしたようで些か申し訳ないが、遅れて入ってきた姉も状況を察し般若を能面に和らげた。
席は最前列の中央。
戦乙女の弟という事実を横に置いても、一人目の男性操縦者という立場を考えれば至極当然。
そして廊下で携帯を弄りながら待つ
本当に沈まぬ太陽だ──扉のガラス越しに見える姿に思わず真耶は息を飲んだ。
「まったく、挨拶すら碌にできんのかお前は」
「げえっ!? な、何で千冬姉がここに」
「織斑先生だ馬鹿者」
「ぐへっ!?」
振り下ろされる出席簿。
事実なら指先一つであらゆる情報に繋がるこの時代に、今の今までよく隠し通せたものだ。
押し寄せるパトカーの群れは圧巻の一言。
だが迎える側の中には汚らわしいと吐き捨てる者もいた。
時々己の選んだ道に自信が持てなくなる真耶。
もし敬愛する金剛石姫を追って倉持技研に入社していたら、例の二号機には銃央矛塵が乗っていたかもしれない。
千冬様への黄色い歓声は今年は起こらなかった。
明乃の身内に止められるとは、因縁ここに極まれり。
「あの、織斑先生……彼は」
「分かっている。さて諸君、既にニュース等々で報じられている通り男性操縦者はもう一人いる。だがそいつはここにいる馬鹿とは違い国際IS委員会からの要請で入学してきており、在学中の免責特権とISを含む戦力の任意行使権限が付与されている。己の身を守るためなら何をやっても許される立場ということだ。そして先程、式の最中に起きた騒動だが……本校の教員と生徒二名が登校中の彼を連絡橋上で襲撃した。学園の訓練機を使用してな」
言って現人神が固く目を閉じる。
まるで過去に戻りたいのは自分も同じと訴えているかのように。
それは少女達にとって、初めて見る千冬の人間としての姿だった。
誰も言葉を発することができない。
各々の中の
そして残ったのは恐るべき一つの事実──教師と生徒によるISを用いた凶行。
旧華族出身の四十院神楽が意を決し手を上げた。
「……織斑先生、それで倉持様は」
「知り合いか?」
「恐れながら、この道で知らない者はいないかと」
「そうだな。……無事だ、倉持は」
安堵の声が漏れた。
英国貴族は忌々しげに眉を顰めた。
袖余りの狐はそんな彼女の姿を見て、後々面倒事が起きぬよう心中で祈った。
先日テレビで見て知ったばかりの少年は内心冷や汗をかきながら────姉の言葉に違和感を覚えた。
「襲ってきた奴らはどうなったんだ?」
千冬が賢明だったのは、それを告げる前に一区切り置いた点だ。
加害者と被害者を違えてはならない。
場所と状況を考えれば誰しも倉持直徒を後者と認識する。
遺憾ながら待遇もやむなしと。
入学させた学園長の意図は危険だが、あくまで本件とは別の話。
唯一の不安は内と外の境が曖昧な弟の心。
愛せなければ通過することを知らず、他者の世界を無邪気に己の色で塗り潰す『白』さ。
「……生徒一名が退学処分。他は戦闘中に死亡した」
「な──!? し、死んだ……ってことは、その倉持さんに殺されたってのかよ!?」
「そうだ、だが過剰防衛ではない。三人がかりで襲われしかも教師が主犯では鎮圧部隊を信用できんのも無理からぬこと。それに倉持は反撃前に一度警告を行っている」
真耶が生徒達の反応を観察する。
大半は必死に気を保ちながら聞いているが、あからさまに狼狽する一部は女権団か。
無論前者の中にもいないとは限らない。
二代目が代表を退いた後、徐々に各基地で息を吹き返したのが証拠だ。
「だからって……だからって殺していいわけないだろっ!!」
「犯人は被害者の部下が運転する車にも銃を向けた。ISの銃をだ。未遂に終わったとはいえ悪質極まりない。──午後には学園長が倉持技研への謝罪声明を発表する。警備上の理由から直接の訪問は見送られたが、学園の公式サイトに教職員、生徒会との連名で同内容を掲載する。以上だ」
「それと私の失態で皆さんに余計な不安と混乱を与えてしまいました。この場を借りてお詫びします。本当にごめんなさい」
「答えてくれ! 千冬姉は納得してるのか!?」
「織斑先生だ。これ以上SHRの進行を妨げるなら退出させる」
「くっ──」
有無を言わせぬ威圧。
だが日頃言葉を尽くさない彼女にしては十分丁寧に事を運んだ方だ。
発端は機を見て姉弟の会話で明かせばいい。
真耶が頭を上げて時計を見ると、終了まで残り五分を切っていた。
「織斑先生、もうお呼びしないと」
「ああ。……入ってこい倉持」
「っ!!」
扉が開かれ、視線が集中する。
様々な感情の入り混じったその中を、あの日と同じ穏やかな笑みを湛えて彼が入ってくる。
雪のように白い肌。
三つ編みに束ねた朱い髪。
静寂と情熱を宿した青い双眸。
衆目に晒されても一切乱れることのない、自信と余裕に満ちた空気。
イカロスの墜落が背景に見えそうだ。
招かれたのは当時のIS委員会幹部、各国政府閣僚級、国家代表及び候補生、報道機関、その他主催者特別招待。
この場にいる生徒は皆、テレビや携帯の画面越しに直徒と目が合った仲である。
俯く簪の従者を除いて。
「すまん、待たせたな」
「インシデント報告と専用機の使用報告が終わっちゃいましたよ。ところで、なんか睨まれてるんですけど?」
「ッ!!」
「……山田先生、織斑を外へ」
「は、はい」
「まぁまぁいいじゃないですか、彼もいきなり女性至上主義の苗床に放り込まれてストレスマッハでしょうし。適度に発散させないと、殺される前に死んじゃいますよ?」
サラリと笑顔で恐ろしいことを言う。
そして誰も否定できない。
人の命を奪った直後に何故こうも飄々としていられるのか。
理解し難い存在を前に一夏の無垢な正義感は更に膨れ上がった。
今はまだ、己の馬を持たぬ白い
「ありゃりゃ、嫌われちゃったみたいだね。でも元気なのは良いことだ」
「うるさい。いいから挨拶しろ倉持」
「はい、
「……チッ」
行き場を失くした出席簿が瘴気を放つ。
促されて直徒が壇上に立つと、黒板に名前が表示された。
子供ばかりの舞台で臆するはずもない。
波が重なりすぎていて今は困難だが、織斑一夏以外の波も順次記憶しなければ。
「やっはろー♪ 今日は折角の入学式を台無しにしてごめんね。自称天才、温室育ち、未成年は地雷、ナルのくせに寂しがり屋の十八歳倉持直徒さんだよー♪ 織斑君のニュース見ながらISの整備してたら突然動いちゃってさ。こっちはついこないだ高校出たばっかだし家の仕事もあるから無理って言ったんだけど、委員会のおじさん達が『第二世代で頭が止まってる教師達のお尻蹴飛ばしてくれ』って日本にいっぱいお土産くれちゃって、それで政府に頼まれて入学してきたってわけ。アンタ達のせいで二人分の椅子がーとか言わないでよ? ここ編入制度あるし、なんならもうすぐ向こうの方が勝ち組になるから。好きなものはコーヒーとお金、嫌いなものは紅茶とヒーロー。よろしくできるコもできないコもよろしくっ♪」
終了を告げるチャイムが鳴った。
やっとおりむー登場。
敵か味方か? 専用機は?
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続くかは分かりません。悪しからず。