「もう一杯くれ」
ラジエスシティ西区にあるバー、「GOリッキー」に、閉店が近づいているのに追加を頼む客が1人。
「ちょっと、ギーセさん。飲み過ぎですよ?また明日も仕事なんですよね?」
「どのみち私は現場には出されん……飲まんとやってられんのだ……!」
給仕スーツを着たゴーリキーから酒を受け取り飲む男が1人。療養のためラジエスシティに来ていたPG本部警視ギーセである。
「雪解けの日」から2ヶ月。ネイヴュシティは甚大な被害を受けた。それでも人々とポケモンはたくましく、瓦礫をどかし家を建て直しと少しずつ復興に向けて動いているものの、バラル団による爪痕は未だ生々しく残っていた。
しかし、どれほど被害があってもバラル団の動きは止まらず、各地で活動する姿が見られていた。当然治安を守るPGはそちらをおろそかにはできない。とはいえ外部へ派遣し過ぎてしまうと、今度また追撃が来れば今度こそネイヴュは終わる。故にPG本部の人間達もネイヴュだけに留まることが出来ずにいた。
ポケモンもトレーナーも沢山の被害があったあの日の傷は未だ癒えず、療養のためにネイヴュ以外の街へ派遣され休む者もいた。PG本部警視であるギーセもまたその1人。
……が、彼が何か怪我をしたのかといえばそうではない。イズロード脱走からの2ヶ月を狂ったように捕縛のために各地のバラル団の殲滅に本来担当でもないエリアにまで乗り出していたところ、カミーラ支部長に半ば無理やり「無理矢理にでも休ませなければ過労死するのが目に見えていたから」と、無理矢理叩き出されたのだ。
「本来ならすぐにでもイズロードを捕まえに行きたいくらいだ!あいつは俺が捕まえねばならん……」
だが、立場はそれを許さない。派遣されて休養を言い渡された後、冷静に考え直せば自分はイズロードを捕まえる現場に出る事こそあれ不明瞭な情報のために各地を好き勝手に回ることは最早許されない程にギーセという存在は要になっていた。イズロードという存在と生身で戦える者を消耗させるわけには行かないから。
どうしようもないジレンマを抱えながらも生来の正義感故に何かに当たり散らすこともせずただ深酒をするばかり。叫び散らしても結局は何も変わらないと分かっているギーセはただ大人しく愚痴を吐くことしか今はできない。
「こんなことになるならば、警視になどならない方が身軽だった……」
「俺を功績にして得た地位だ、もう少し執着したらどうだ」
バッ、と。
バーカウンターの隣の席を見る。忘れたくても忘れられない男が居た。
「貴様、何故ここにいるイズロ「静粛に飲めんのかこの正義脳が」モガッ!」
その男は大声をあげそうになったギーセの口にツマミを無理やりねじ込み黙らせた。
バラル団幹部、イズロードがそこに居た。サングラスをかけ、髪もオールバックにし変装しているが、この声を聞き間違えることなどギーセはしない。
「この店は数少ない行きつけだ。ゴタゴタを起こされて出禁になっては敵わん。貴様も5年前を忘れたわけではあるまい……マスター、カイリキウィスキーをロックでくれ」
「はーい。ギーセさんのお知り合いの方ですか?」
「ああ、昔のな。先代マスターは壮健か?」
何が昔のだ!と叫びたくなる。
というか行きつけを教えていいのだろうか。いや、多分なんとも思って居ないのだろう。行きつけなんて言ったところで怪しい動きがあればすぐに来なくなるだけであろうし、それにこの店はギーセにとっても良し悪しはともかく忘れられない事があった場所でもある。雰囲気も店も壊したりしたくはない。それを知っているからこそ話しているのだろう。
「あ、お父さんの頃からいらしてた方だったんですね!私は3年前に引き継いだんですよ。その2年くらい前になんか事故で腰を痛めて立ち仕事が大変になってきちゃったらしくて」
「……そうか」
「う、うむ……」
事情を知らない者は、時に辛辣な言葉を知らずに発している時もある。
バーカウンターから人がはけ、静かになった場で目の前のグラスを傾けながら言葉を出す。
「……なぜ俺の前にノコノコ出てきた。捕まえるとは思わなかったのか」
「普段ならば貴様の前に出てくることなどしない。だが、今貴様はウィンディ以外の仲間を連れていないだろう。今日はお前に話が通じる数少ない日だと感じただけだ。とは言え正義脳は何をするか分からんのでな」
保険はかけてある、と呟いてイズロードはカイリキウィスキーを呷った。
何処かで見られていたのかは分からないが、確かに今日はポケモンも休ませようと思い、モンスターボールから出して宿でくつろがせている。手元には相棒のウィンディのみ。自分を含めても7対2では分が悪い。相打ち覚悟で行こうにも、すでに保険をかけていると言ったからには、どこかにポケモンを潜ませているに違いない。相打ちすら先んじて止められたと悟ったギーセは釈然としない顔のまま手元の酒を飲んだ。
「遅いか早いかの違いだ。すぐにまた冷凍庫にぶち込んでやる」
「できるものならな。貴様に不覚をとったあの頃と違い、全員が揃っている。来るなら構わんぞ?クレベースもダダリンもリベンジに燃えていて貴様を叩き伏せたいようだからな」
「減らず口は相変わらずか。貴様はやはりその口ごと冷凍保存されているのが似合いだ」
「ビジネスパートナーと交渉する口が無ければ仕事は成り立たんのでな」
隣の男は話は通じる男だ。それは話し合いで解決できると言う意味ではなく、会話ができると言うだけだが。
当時ギーセがイズロードを逮捕した際の罪状はポケモン拉致、不当譲渡、暴行などあげればキリがない。ポケモンとトレーナーとの間を無理矢理に引き裂き、別の人間に渡す。抵抗するようなら容赦はしない、血も涙もなく冷徹で、人をなんとも思っていない恐ろしい男。そういう奴だと言われていたし、ギーセ自身そう思っていた。
「クク、俺が捕まっている5年の間、お前は面会にも来ないからな。手紙の一つでも書いてやろうかと思ったくらいだ」
「わざと捕まっておいてよく言う……」
逃走した際の手際を見ればわかる。その上モンスターボールから逃がした野生に帰った筈のポケモン達が、イズロードの脱走の手助けをしていた。モンスターボールすら必要としない強固な繋がりに、ある種の羨望さえ覚える。しかし、問題はそこではない。多くの作戦が絡んでいたから気づくが、目的は不明だが最初から捕まるつもりでいたのだ、この男は。
「捕まったこと自体は予定通りだ。しかしその前の貴様との戦いは本気だった。全員で戦えなかったことは腹立たしいが、それでも尚本気だった。あれから貴様も各地を見たのだろう?……ギーセよ、あの時の問いをもう一度聞こう」
「バラル団に来る気はないか?」
「…………」
ラジエスシティのバー「GOリッキー」。この店は5年前、当時PG警部補であったギーセと、バラル団幹部イズロードの伝説的なポケモンバトルが行われた最初の場である……