「マニューラ、れいとうパンチだ」
「くそっ、スピアー!ヘルガー!」
「どうした、指示を出すだけか!」
バラル団強襲部隊班長のジンは強い。それは齢19にしてすでに班長になっていることからも明らかだ。修羅場をくぐった数も十分で、それこそポケモンに混じりトレーナーと戦うこともあった。
だが、それでもあくまで人対人、ポケモン対ポケモン。
これは、こんな戦いを彼は経験したことがない。マニューラ1匹しか相手は出していないのに、まるでダブルバトルをしている様な、人もポケモンのように戦うなんて経験があるわけがない!
「考え事か!やれ!」
「まずい……!スピアー、みきれ!」
ジンのスピアーは特別で、『まもる』ではなく『みきり』が使える特殊な個体であった。その身で躱す技であるため、その場に固まる事なくれいとうパンチに備えて動き出しが間に合った。
(これなら避けられる!……?)
だが、現実はそうならなかった。
スピアーに飛び込もうとするマニューラの体をイズロードが抱え、勢いそのままに自分を支点として回り、円盤投げの様なフォームで黒い弾丸と化したマニューラをヘルガーに投擲したのだ。
投げられたマニューラもこの動きが当然とばかりに回転を加えている。
「嘘だろ!?だが、氷タイプな…ら…」
見ていた限りイズロードは指示は出していない。いないのに、マニューラの腕にはすでに冷気は無く、代わりに黒いエネルギーを出しながら強く拳が握り込まれている。
「こそこそと『わるだくみ』をする奴には仕置きが必要だ」
「『おしおき』か!拙い、ヘルガー!」
だが、その声も虚しくヘルガーには凄まじい速度で飛びかかるマニューラを避けることは出来なかった。勢いそのままに吹き飛ばされ、動かなくなった。『おしおき』という技は相手の能力が上がっていれば上がっているほど技の威力が上がる。
ヘルガーが既にわるだくみをしていたことを考えればもう起き上がれないだろう。
恐ろしい程の信頼関係。
お互いが戦えると分かっているからか、無茶な動きも合わせてしまう。
イズロードがポケモンとの関係をビジネスパートナーと言うのは、仲間とか言う言葉が安っぽいからとか、そう言う理由じゃないことを改めてジンは実感した。
『ポケモンとは対等であれ』
これはポケモンをビジネスパートナーと呼ぶ自分の上司が言っていたことだったと思い出す。
「ポケモンと人は対等でなければならん。人はポケモンのような力を失い、誇りと牙を無くした生き物だ。故にポケモンとともに戦えぬと言うなら媚び諂い行動を願えばいい。だが、それは対等ではない」
桁違いの信念が。
「では、指示は?トレーナーの指示を聞くのは、その者を少なからず認めているからだ。しかし、いくら指示を聞いてくれるとはいえ、その指示を出すという行為もまた対等とは言い難い」
人への絶望か。
「牙を、誇りを取り戻すのだ。そうして真に対等に信頼したビジネス関係であれば、『報酬に見合う働きを先んじて出す』ものだ。報酬以下の働きなど、絶対にしないという安心が、その根幹に信頼として存在するのだ。」
捨て切れない希望を持つ者への願いか。
「……そうなれば、例え指示など無くとも自分で考え動き、自ずとパートナーが求めるパフォーマンスを発揮できる。一方から見るんじゃない。お互いに見抜くのだ。ポケモンはいつでも人間のチャチな想像など越えて行く。人間もまた、ポケモンの想像を超えて行くしかない」
全てで絞り出したかのような思いの篭る言葉だった。
今、その全ての言葉をジンは身をもって思い知っている。なんと恐ろしく、なんと対等な動きだろう。戦いの最中なのにどこかポケモンと人との在り方の一種の極致を見たかの様な想いが心に去来する。
そして、それで手を休める上司ではないことを彼はよくわかっていた。
「次が来るぞ!『こうそくいどう』だ、動き回れ!」
「ヒットアンドアウェイはいいが……ワンパターンなのだ貴様は!」
言うとほぼ同時に再開された戦闘。イズロードは素早くなり捉えにくくなったスピアーではなくジンへ攻撃を移し、殴りかかる。
しかし、彼もまた才能ある人間。当たれば一撃で昏倒する拳をギリギリ回避する。
「当たらない!俺の方が速いんだ!」
「ほう、よく躱す様になったな。だが……まだ青いな」
言うや否やマニューラもスピアーと同様に『こうそくいどう』を始める。誰の目にも止まらない程に動く中で、その爪を無差別に振るうために。
更に『かげぶんしん』に『みだれひっかき』を併用し、数多のマニューラが辺り一面を埋める。その効果はすぐに現れた。
同じ技で高速移動しているスピアーならばまだしも、生身であるジンが喰らえばただでは済まない凶爪の乱れ打ちで、あたり一帯がえぐれてゆく中で動き続けられるわけもなく、その自慢の速度を一瞬止めてしまう。
その隙を見逃さず、止まったジンへとイズロードは拳大の黒い球を投げつけ、そのまま殴りかかる。が、上空に逃げたスピアーは即座に反転、主人の危機を察知し、間髪入れず割り入り『ダブルニードル』にて球を弾いた。
「スピアー!」
「そうだ、いいぞ!その動きが欲しかった!」
主人の危機を察知したスピアーが咄嗟に間に割り入るその動き、それこそが狙いだった。
主人を守ろうと交差した針に拳が届く寸前に、その両手の針をイズロードは拳を開き捕まえた。
「その心掛けは見事なものだ。指示なく技を使い護ったのも良い。だが、問題は忠誠心ではない」
驚く相手を尻目に瞬時に背後を取り、細い胴体に腕を回し固める。アンカー代わりに地面を踏み抜き足を埋める。
そうして動けなくなったスピアーの複眼が捉えたのは、手元で「重そうな黒い球」をいじるマニューラの姿。おもむろに投げる態勢に入ったその姿を最後にスピアーは気絶した。
「鉄球なんていつのまに……あ、あの投げられた時か」
「避けるか弾くかすると思っていたからな」
「やっぱ、強え……こっちから訓練お願いしたのにすみません」
「なに、居なくなる前に少しもんでやろうと思っていたからな。現場での仕事も任せる以上中途半端には出来ん」
スピアーが動けなくなったとき、弾いた黒い鉄球を投げつけられスピアーもダウンした。ヘルガー共々ボールに戻しながらジンは呟く様に畏敬の念を口にした。
「……お前らならば、いつか俺に届くかもしれん」
「えっ?」
「いや、大したことではない。それよりも、訓練は終わりだ。治療に置いたらハートンの奴を拾って現場に行くぞ」
「またっすか?次はどこに……」
「ラジエスシティだ、すぐに出る。飛んで今日中には着くようにする」
その背はとても、とても遠いが、同時にとても大きく見えた。
ーーーーーーイズロード投獄まであと2週間
「ギーセ、またパトロールか?精が出るな」
「はい!まだ警部補になって日が浅いですから。ラジエスシティに赴任している間に少しでもやれる事をやるだけです!正義に休みはありませんので!」
「23で警部補になれりゃ充分凄いもんだがねぇ。ま、気をつけてな」
「はい!」
ーーー若き正義の体現者との邂逅は、目前に。