半身を起こしてぼんやりと窓の外を眺める。
「生き残った、か……」
呟いてあの人と同じ金髪を触って、目蓋を閉じた。
俺はちゃんとあの人の想いを継いでいるのか、それだけが気がかりだった。
ある、魔導師がいました。
色素の薄い淡い金髪の翠の瞳の、とても優秀な魔導師でした。
魔力量も平均より多く、努力に裏付けされた確かな実力、そしてなにより人格者であった魔導師は、多くの人に慕われ、尊敬されていました。
そんな魔導師にも家族がいました。
自分と同じ瞳と、髪の色をした男の子です。魔導師には他に家族はいませんでしたが、その男の子をとても可愛がっていました。
時に厳しく、優しく接し、どんな時でも、男の子の憧れであり続けました。
周りの人たちも、あの二人が幸せに暮らせる日々が続けばいいと、そう思っていました。
でも、ある時大きなテロ事件が起きました。今でもどの組織が起こしたのかも、どういう技術が使われたのかもわかっていないほどの、大きな事件です。
たくさんの人が亡くなりました。多くの魔導師が犠牲となりました。そして、ほんの僅かな人がテロの現場から助けられました。数える程の魔導師が帰還できました。
しかし、その生存者の中に翠の瞳の魔導師の名前はなく男の子の名前はありました。
男の子の名前は『セルジオ・アウディ』。
今、魔導師の戦友の一人であるゼスト・グランガイツの下で戦う魔導師の一人となった、そんな少年の名前です。
がたがたと小さな音を立てる電車に揺られながら、なのははいつもの病院を目指す。
仕事が終わりいつもはまっすぐ転移ポートまで向かうのだが、最近は帰宅時間を少しだけ遅らせてセルジオの面会に向かうことにしている。
地球ならば一年は寝たままの生活なのだろうが、セルジオは少しばかり優秀な治癒能力と、ミッドの科学と魔法を用いた優秀な治療で一週間経った頃には目を覚ました。
最近では勝手にベットの上で書類仕事をしててよくメガーヌに怒られたりしているほどのワーカーホリックっぷりだ。
以前は、凄いなぁと思えていたなのはも、先日の無茶苦茶な様子をみてしまったせいか素直に受け取れず、なんとなくセルジオが生き急いでるんじゃないかと疑ってしまう。
(私って、めんどくさいなぁ……)
ごん、と電車の窓に頭をぶつけると、眼だけを動かしてクラナガンの町並みをぼんやりと見つめる。
なのはの故郷の地球とは比べ物にならないほど発展した町並み。
(三課の人たちはずっとここ守ってきたんだろうな)
ここにクイントやセルジオがいたならば、今はお前も一緒に守ってる場所だよ、とでも声をかけるのだろうが残念ながら今はなのは一人だけだ。
電車から降りると、セルジオの入院している病院はすぐそこだ。
すでに何度もきたところだし、今さら道順に迷ったりはしない。
「ちょっと寒くなってきたなぁ」
突然吹いた気まぐれな風に、なのはが軽く身を震わせる。
地球の季節はもう秋の終わりを迎えようとしており、なのはにとっての異世界であるミッドチルダも相応に寒さの兆しを見せ始めていた。
少し早足で病院へと入るといつものように面会のカウンターの女性へ挨拶をする。
「こんにちは。面会したいんですけどいいでしょうか」
「アウディさんのとこね? 後三十分くらいだから気をつけてね」
「わかりました。いつもありがとうございます」
「いえいえー。というか、アウディさんも男冥利に尽きるわねー、こんな可愛い彼女さんがお見舞いに来てくれるなんてー」
「にゃ、な、なのはたちはそういうんじゃないです」
なのはが否定するが女性は全て分かってるのよ、とでも言いたげな表情でニコニコに笑うだけだ。
ひとまず頭を下げて無理やり会話を打ち切ると逃げるようにセルジオの病室へ向かう。
いつものようにエレベーターは使わずに階段を登っていく。運動音痴のなのはからしたらなかなかの重労働だが、体を動かす訓練にはこのくらいがちょうどいいのかもしれない。
「彼女に、見えたのかなぁ」
ミッドチルダは男性はともかく、女性は見た目と実年齢が釣り合っていない人が多い。そのせいか、外見年齢的にめちゃくちゃ離れてそうにも見える人たちが結婚していたりする事もよくある。身近なところで言えば、クイントとその夫、ゲンヤのナカジマ夫妻なんかがそれに当たる。
「セルジオくんが聞いたらなんていうだろ」
たぶん、いつだかのように「俺と高町はそういうのじゃない」とむすっとした態度で言うだろう。いや、案外「俺と付き合いたいのか」とか言ってからかってくるのかもしれない。
その様子を想像して、なのははくすっと笑みをこぼした。
まあそんなことを考えていると階段なんてあっという間に登り終わって、セルジオの病室も見えてくる。
ちら、と就職祝いに兄に買ってもらった時計をみれば、面会終了時間まであと二十五分ほど。たくさんあると言うわけでもないが、話すことも大してあるわけでもない。
今日の仕事はどうだった、とか、メガーヌさんが産休を取ることになったんだよ、とか、クイントさんが書類仕事手伝ってくれる人がいなくて大変そうだ、とかそんな感じのことだ。
「ん、そこにいるのはなのはか?」
「あれ、クロノくん」
ふと、名前を呼ばれて前を見れば、海の制服を着たクロノの姿があった。
「なのはもセルジオの見舞いか?」
「ってことは、クロノくんも?」
「まあね。ちょうどこっちに寄港してたし、あいつの醜態を拝みに来たんだよ」
「なにそれ」
いつものクロノからはなかなか聞かない皮肉めいた言い方にくすっとなのはが笑う。
なのはにとってのクロノはいつもどっしりと冷静に構えている先輩、雰囲気的には親戚のお兄ちゃんといったものに近い。そんな彼が、こうして少しくだけた話しをするのは、珍しく、なんだか不思議な感じでもあった。
「クロノくんってセルジオくんと仲良いよね」
「そうかな。別に普通だと思うぞ」
「そんなことないよ。だって、セルジオくんがクロノくんのことを話す時って、結構楽しそうだし」
「なんだか素直に喜べない情報だな、それは」
眉をハの字に歪めて、けれどどこか楽しそうに肩をすくめるクロノ。口では素直でないものの、悪い気はしていないことがなのはにもなんとなく伝わってくる。
たぶん、その関係はなのはと、その親友のフェイトのような友情とはまた違う。
なのはとフェイトは互いに互いが大切だと理解して、普段から言葉や行動でその意思を示す。だから、少々過剰なスキンシップ、有り体に言えばハグとか、をしたりもする。
だが、クロノとセルジオはそこまで表には出さない。適当に話し、時には貶し合うこともある。だが、ふとした行動に相手への信頼が見て取れる。互いに全てを語ることはないが、行動で伝わる相手への信頼があるようだった。
(あれ……?)
そこまで考えたなのはの中に疑問が一つ浮かんでくる。
それは、クロノがセルジオの事をどこまで理解していたのかと言うこと。
いや、そんなこと言うまでもないだろう。士官学校の友人であったティーダも、同じ部隊であるメガーヌも知っていたのだ。クロノが、セルジオの異常とも言えるそのあり方を、その想いを知らないはずはない。
「ねえ、クロノくん。どうして、なのはをセルジオくんに紹介したの?」
「……どうして、か」
なのはの問いかけに、クロノは少し困ったように制服のネクタイを触って、そしてふうと息をついた。
「まあ立ち話もなんだし少し座ろうか。なに、セルジオの面会には間に合うようにするさ」
そう言ってセルジオの病室の反対、いくつかの自販機と椅子が並ぶ、待合所のようなところへ歩いていく。
「飲み物はココアとコーヒーどちらがいい?」
「じゃあココアで」
「わかった」
クロノは自販機でココアとコーヒーを一つずつ購入すると、片方をなのはに渡して腰を下ろした。
なのはが人一人分の間を開けて椅子に座ると、クロノはコーヒーを一口飲んで、ゆっくりと話し始める。
「君をセルジオに預けたのは、あいつが信頼できるってのもあった。でも、本当はさ、他にも理由があったんだ」
「うん……」
「なのはは、あいつを、セルジオのことをどう思う?」
それは、いつかメガーヌにも聞かれた言葉。その時のなのはは確か、頼りになる先輩、とか掴み所がない、と言った答えをしたものだった。
けれど、今は違う。
あの日の光景、血だらけになって、死にそうになりながらも、必死に現実に抗うあの姿を現わすならば、きっと。
「人を、助ける……救うことに全力な人、だと思う、セルジオくんは」
その言葉以外では表せない。
その答えを聞いて、クロノが薄く笑った。
「そうだな。セルジオを表す言葉は、きっとそれが一番正しいだろう」
「そう、だね」
「そして、それは君を表す言葉でもある」
「──!」
驚いた表情を浮かべたなのはに、クロノが自分で言うのもなんだけど、僕はこれでも人をよく見てる方でね、と薄く笑みを返す。
「君は、魔法が好きと言うよりも、自分の使う魔法が好きと言うよりも、自分の魔法が役に立つことが好きだろう?」
「なん、で…………?」
「そういう奴をずっと近くで見てきたんだ。結局、なにも変わらなかったがね」
自嘲気味に顔を歪めるクロノ。
「正直な話、僕は自分の気持ちを上手く言い表せない。もしかしたら、僕は君にあいつを見て止まって欲しかったのかもしれない。君とあいつなら、君たちの目標に届くと思ったのかもしれない」
そしてクロノはまだ熱さののこるコーヒーを一気に飲み干して、腕で目を覆った。
「────高町なのはに、セルジオ・アウディを救って欲しかったのかもしれない」
人を救うならば、彼をこそ、救って欲しかった。
そこまで言ってしまって、クロノは誤魔化すように軽く笑った。
「……勝手な言い分だった。突然すまなかった」
小さく謝ってクロノは立ち上がると、自販機横のゴミ箱に飲み干した空き缶を捨てる。
そして、最後に座ったままのなのはに軽く目をやって、優しい笑顔を浮かべた。
「これからも、セルジオをよろしく頼むよ」
セルジオがとベットの上で小さく伸びをすると、それだけで、この前受けた傷が痛んだ。
「あいたたた、さすがにまだ治ってないか」
瀕死だったのだから普通ならこんな軽口も叩けないのだが、どうやらセルジオの主治医は随分と優秀らしい。
「ふむ、高町は今日は来ないみたいだな」
手元の懐中時計に目を落とせば面会時間は残り十五分ほど。今からなのはが来るとは思い難かった。
「高町だって俺のとこなんかにきても暇だろうしな」
セルジオの中で『高町なのは』という存在は同じ三課の仲間で、一応パートナーで、クロノから託されたすごい才能を持つ後輩、という認識だった。
もちろん相応に信頼もしているが、それでもイマイチ守る対象というイメージからは脱却しきれていない。
だから、相手も自分への信頼はそのくらいだろうと思ってたし、なのはが来なくても不審に思うことも、不満に思うこともなかった。
「んー、これから飯までどうするか……。仕事はメガーヌさんが持って帰っちゃったからなぁ……」
セルジオの脳裏に産休で比較的暇だったのか、見舞いに来るなり片っ端から書類を持って帰ったメガーヌの姿が蘇る。その後、やってきたクイントとクイントの娘にそのことを笑い話として話したところ、めちゃくちゃに怒られたりしたのだが、セルジオは全くこたえていなかった。
「この前の戦闘ログでも確認するか」
頭をかきながら近くにあった銀色のガントレット、ゼファーに手を伸ばそうとして、不意にノックがされる。
「あの、セルジオくん、今いいかな?」
ひょこっと栗色の髪を揺らしながらなのはが顔を出した。
「いいよ……と言っても面会時間あと少しだし、遅くなってもいけないから、手短になら」
「ありがと」
なのはは少し俯きながらセルジオのベットの近くの椅子にちょこんと腰掛ける。その、いつもと違う様子にセルジオが眉を寄せた。
(うーん、こういう時はどうしたらいいんだ?)
あいにくセルジオに妹なんかはいないし、今は家族もいない。クイントの娘なんかとは微妙に付き合いがあるものの、こういう場面にはなかなか出くわさない。
「あー、高町、この前の案件のことだけど、どうだった? 」
「どうだったって、どういうこと?」
「いや、怪我人とか出てなかったか? ゼストさんに聞いたけど『怪我を治してからだ』の一点張りで教えてくれなくてさ」
「当たり前だよ。今は大人しくしてなきゃダメだよ」
「いや、被害だけでも頼むよ。一応、ほら、俺を安心させると思ってさ」
「……仕方ないなぁ」
頼む、と頭を下げるセルジオに、なのはが根負けしたように大きくため息をついた。
「計四ヶ所であったテロだったけど、セルジオくん以外のところは未然に防げたみたい。建物の被害は少しあったけど、目立った被害はなかったよ」
「死人は? 重傷者とかは? リニアの中の人も無事だったか?」
「うん。軽傷のひとはいたけど、それも擦り傷くらいだって」
「そっ、かぁーー、それは良かった。本当に良かった」
なのはの報告を聞いて、セルジオが心底安心したように肩を落とした。その表情はいつもと比べると随分柔らかなもので、被害が少なかったことが相当嬉しかったことがわかる。
「悲しむ人が、いなくてよかった。ちゃんと、救えてよかった」
そう、自身に言い聞かせるように呟くセルジオ。
その様子をなんだかなのはには素直に喜べない。
「ねえ、セルジオくん」
「ん?」
名前を呼ばれたセルジオが隣に座るなのはへと視線を送るが、俯いてしまっているなのはとは視線が交わることはない。
「なのはは──私は悲しかったよ」
ポツリ、となのはがそう言った。
「セルジオくんが死にそうになってて、とっても悲しかった」
「え?」
セルジオの眉が寄せられる。どうして、なのはがそう言ったか、わからない、とでも言うように。
「たぶん、なのはだけじゃないよ。クイントさんも、メガーヌさんも、ゼスト隊長も、クロノくんだって、きっととっても悲しかったと思う」
そう言って、なのはが顔をあげる。その瞳には涙こそ浮かんでいないものの、ひどく寂しそうで、深い悲しみの色が沈んでいる。
「そろそろ、時間だね」
言われて懐中時計を見れば、もう面会時間は二分くらいしか残っていない。下に降りることも考えれば、もうセルジオと話している時間は残っていないだろう。
「また明日ね、セルジオくん」
「あ、ああ、また」
立ち上がったなのはが薄く笑みを浮かべて、手を振るとセルジオの病室から去っていく。
その背中をぼんやりと見つめていると、胸の奥がちくりと痛みを訴えたような気がして、思わず手で抑えた。
ラボの中に床を叩く靴の音が、カツカツと絶え間なく響き、その音の主である痩躯の男の白衣が音が鳴る度にゆらゆらと揺れる。
辺りにはいくつかのポッドと培養液。その中には人型らしき、何かの影が浮かんでいるが、男はそんなものには気にも留めない。
「ドクター、ご報告が」
「そのまま言いたまえ、我が娘よ」
そんな男の後ろを付き従う姿が一つ。凛々しいその顔は無表情で固定されたように動かない。
「実験稼働中の二番から先日のテロについての報告書が届いています」
「テロ? 何の事だね?」
「管理局ではガジェットドローンと呼ばれているらしいあの機械兵を買い取った組織が起こしたものですよ」
「ああ、あのオモチャを買い取ったところか。ちゃんとうまく使えたのかい?」
「いえ、報告書を見る限り本拠地の防衛に使っていたため高ランク魔導師に一方的に破壊されたようですね」
「大方そんなところだろうとは思っていたよ」
男がつまらなさそうに息をつく。
「デバイスのデータは? ちゃんとアレを使って相手にしたんだろうね?」
「ええ。そこは上が上手くやってくれているようですね」
「そうかね。ならばもういいよ」
「報告書はどうされますか?」
「捨てておいてくれて構わないよ。ああでも二番に労いの言葉はかけておいてくれたまえよ」
「わかりました、ドクター」
名を呼ばれた男は、ふ、と笑みを浮かべて、自身の長髪をかきあげた。
セルジオはかなりの頻度で日頃から入院してるのでこれからも入院したら、ああまたかぐらいに思ってください。