Force Detonater   作:世嗣

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雪降る夜に

 

 

「セルジオくーん、お客様よー」

 

「俺、ですか?」

 

 桃子から声がかかると、翠屋のエプロン姿のセルジオが戸惑ったように眉を寄せた。

 

「そうそう。あそこの席のところよ」

 

「あそこ……?」

 

 桃子の指差した方を見れば、見慣れた黒髪が軽く片手を上げた。

 

「ちょうどいいしお昼の休憩に入っていいわ。ほら、遠慮せずに」

 

「はあ……」

 

 セルジオは桃子に押し付けられた昼の賄いのサンドイッチを片手に曖昧に頷くと、見慣れた黒髪へ足を運ぶ。

 

「何の用だクロノ。見ての通り俺は仕事中だったんだが」

 

「いや、なに。翠屋に新しいバイトが入ったと聞いたものでね。様子を見に来たんだ」

 

「冷やかしなら他所でやれよ」

 

「残念ながらここは僕の行きつけだ。士郎さんのコーヒーを飲みに時々訪れるんだ」

 

 対面で楽しげに笑うクロノを、サンドイッチを齧るセルジオが半目で睨む。

 

「もうすぐ年末だろうが。こんなとこで油売っていていいのかよ」

 

「だからここにいるんだ」

 

「お前の実家ミッドだろ」

 

「いやあそこは引き払った。今は僕の実家は地球にある」

 

「は?」

 

「母さんの思いつきだ。フェイトのためにもその方がいいだろう、とな」

 

「相変わらず行動力凄えな、リンディ提督」

 

 セルジオはあの年齢不詳のクロノの母親を思い出す。さすが、あの若さ? で提督まで上り詰めた女性らしい、大胆な決断力と行動力があるらしかった。

 

「あ、そういや昨日お前の義妹がトンチンカンなことを言いに来たぞ。なんでも」

 

「君となのはがどういう関係か、か?」

 

「知ってたのか?」

 

「なにせアレが最初にそのことを尋ねたのは僕だからな」

 

「てめ! そこはちゃんと否定しとけよ! そのせいで昨日俺はめんどくさい絡みをされたんだぞ」

 

「すまん、なんか面白そうだったもので」

 

「ふざけるなよ……。もしかして、妹が可愛くて否定できなかったとかじゃないだろうな」

 

「…………それもある」

 

「妹持ちはこれだから……。あいつらもお前も揃ってシスコンかましやがって」

 

「いや僕はあそこまで重症じゃない」

 

 きっぱりと否定するクロノだが、その言葉も怪しいものである。

 

「ちっ、もういい帰れクロノ。俺はこれからも仕事があるし暇じゃない」

 

「はいはい。午後からもヒモらしくせいを出すといい」

 

「ちゃんと家賃と食費は払うからヒモじゃない。ほら帰った帰った」

 

「はいはい」

 

 しっしっと、手を払うとセルジオ。クロノはそれに肩をすくめて立ち上がろり、二人でレジへ向かう。

 

 クロノが金を支払いお釣りを受け取ろうとして、あ、と小さく声を漏らした。

 

「ティーダ達から連絡がきてたぞ。また、今度食事にでも行こう、だと」

 

「ん、そうか。そういや最近集まってないな」

 

「それは君が一向に休みを取ろうとしないからだ。お前が休めば僕たちはいつでも集まれるんだぞ」

 

「それは、悪いな」

 

「そう思うなら軽く連絡でも入れてくれ。予定を合わせて集まろう」

 

 今度こそお釣りを受け取り、じゃあな、と軽く手を振って店を出て行くクロノ。

 

「あいつ、まさか最後のをいうためだけにここに来たのか?」

 

 だとしたら悪いことをした、とセルジオは頭をかいて、近いうちにゼストに休みを頼もうと決めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 高町家の屋根の上で一人セルジオはホロウインドウと向き合っていた。

 

 昼間のバイトもつつがなく終わり、日はもうとっぷりと暮れた。時刻はもう八時近く。12月25日、いわゆるクリスマスだけあって外にいれば冷たい風が吹くが、そこはバリアジャケットの防寒機能を応用してカバーする。

 

 しばらくゼファーの中にある魔法式や、戦闘データと睨めっこをしていると、不意に横合いから声がかかる。

 

「セルジオくん」

 

「おお、高町か。いつからそこに」

 

「ちょっと前かな。隣いい?」

 

「お好きに」

 

 いつのまにかセルジオの隣にやってきていたなのはが屋根の上に腰を下ろす。髪は少し濡れていて、肌もわずかに上気しており、ほのかに花のような香りが漂ってくることから、おそらくお風呂上がりなのだろう。

 

「風邪引くぞ」

 

「え、あ、ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 セルジオがバリアジャケットのコートを脱いでなのはの肩にかけると、コートを中継点にして防寒フィールドの拡大を行なった。

 

 しばらくの間二人が無言で並び、その間セルジオはホロウインドウを見ながら投影したキーボードを叩く。

 

 なのはがセルジオのコートで口元まで覆いながら、視線を隣へ移す。無表情で固められたセルジオは、何を考えているのか推し量ることもできない。

 

「こんなところで何してるの」

 

「今までの戦闘データと、行動予測プログラムの改良。士郎さんとの模擬戦の記憶が薄れないうちにゼファーに移しときたくて」

 

「いやそうじゃなくてさ……」

 

「──?」

 

「ううん、なんでもない」

 

 なのはとしてはなんでわざわざこんな寒いところで、と言いたかったのだがどうやら伝わらなかったらしい。

 

 なのはが落胆したように肩を落とす理由が分からず、セルジオが首をひねった。何か間違えたかな、と思ったが、なんでもないならいいか、と結論づけてまたキーボードを叩き始める。

 

 そしてまた無言の時間。

 

(やっぱり、セルジオくんの事はわかんないや)

 

 ぼーっと空を見上げてそんなことを考えるなのは。

 

 たくさん話すのに何を考えているのかは分からなくて、頭はいいのに理解できない行動をとって、笑うこともあるのに心底楽しそうに見えない。

 

 たぶん、セルジオとなのはが目指したいものは一緒のはずなのだ。

 

 ただ、セルジオがなのはより年上で、前を歩いているだけ。

 

 だからきっとセルジオがとった行動はなのはにとっては『理想の姿』のはず。

 

 でも、なのははセルジオが多くの人を『救って』、代償として大怪我をした時とても悲しかった。それが、正しいことだとそう思っていたはずなのに、だ。

 

 これは、高町なのはとセルジオの関係が抱える矛盾だ。

 

 なのはの救いたい『みんな』の中にセルジオは入っていて、なのは自身は入っていない。

 

 セルジオの救いたいであろう人に、なのはは入っていて、セルジオ自身は入っていない。

 

 互いに同じ目標を持つからこそ、絶対に相手のあり方を許容できないという矛盾。

 

 でも、その姿はどうしようもなくなのはの理想であるから、相手の行動を否定できない。

 

 その行動が、正しく、美しいと思っているから。

 

(もうぐちゃぐちゃだよ……)

 

 人の役に立ちたい自分。そういう自分じゃないと安心できない自分。フェイトたちと笑っていたい自分。何もできないことが嫌いな自分。セルジオに憧れる自分。セルジオのあり方が悲しい自分。

 

 いろんな考えが混ぜこぜになって、何が自分の事なのかわからない。

 

 まだ小学生のなのはには難しい事はわからない。でも、わかっている事が一つだけある。

 

(ぜんぶ、セルジオくんと会ってから考え始めたこと)

 

 セルジオ・アウディという、自分とよく似た夢を持って、自分の理想を体現する少年が悩みの起点だということ。

 

 はあー、と思わず大きくため息をついた。幸せが逃げるし、気分も落ちてしまうからため息は良くないとはわかっているものの、だからといってやめられるものではない。

 

 コートに顔を埋めて目だけを動かして空を見上げようとして、なのはの視界に白いものが横切った。

 

「あ、雪……」

 

 コートから顔を出してなのはが空を見上げれば、空には薄い雲がかかり、僅かに真白の雪を雨のように降らせていた。

 うすい雲間から時々月が覗いて、月の光が透けた雪はきらきらと輝く様は、まるで空から宝石が降るようだった。

 

 空からの白銀の如き煌めきに、なのはの脳裏に蘇る記憶があった。

 ちょうど一年前の今日、柔らかな笑みとともに空へと還って行った高町なのはが救いきれず、そして今の原動力となった記憶が。

 

「セルジオくんは『闇の書事件』についてどのくらい知ってる?」

 

「……まあ公表されていることくらいは知ってるよ」

 

 なのはがぼんやりと空を見つめたまましてきた問いかけに、セルジオは手を止めて答える。

 

「闇の書、正式には『夜天の書』は悪性プログラムが内部に潜んでおり、現地協力者と『アースラ』の局員は協力し打倒。世界崩壊の危機は免れた、とまあこのくらいだ」

 

「そっか。やっぱり、あの人のことは書かれてないんだね」

 

 少しだけ、寂しそうになのはが笑って、舞い落ちてくる雪に手を伸ばすと、ひとかけらの雪が手のひらに落ちて、じわりととけた。

 

「なのは──私はね、闇の書事件で助けられなかった人がいたんだ」

 

 ぽつり、となのはが呟いた。

 

「夜天の書の管制人格、リインフォースさんって言って、私のお友達の大切な人だったんだ。でも、なのはの力じゃ助けられなかった」

 

 そして、ゆっくりと言葉を続ける。その間セルジオは何も言わない。ただ、静かになのはの話を聞いていた。

 

「泣いてる人だったんだ。自分のあり方が悲しくて、大好きな人を助けられないのが悔しくて、涙を流してる人」

 

 なのはが雲の向こうにぼんやりと見える月へと目を向ける。

 

「それからかな。私の魔法の力は、泣いてる人を救うための『素敵な力』として使いたいなって思ったんだ」

 

「…………そうか」

 

 セルジオはそれ以上何も言わない。でも、なのはと同じように空を見上げて何事かを考えているようだった。

 

(あれ? なんでセルジオくんにこんな事話してるんだろう)

 

 ふと、なのはの中にそんな疑問が浮かんでくる。あんまりほいほいと人に話すような内容ではなかったのだが、いつのまにか全部話してしまっていた。

 

 クリスマスという日のせいか。リインフォースを思い出す色合いの雪のせいか。それとも考えごとをしていたせいでセンチメンタルな気持ちになっていたのか。

 

(でも、セルジオくんならいいか)

 

 いずれにせよ、そう思えたので、なのはにとっては、ダメなことではなかったはずだ。

 

 なのはの言葉を聞いてか、否か、薄く笑んでセルジオが口を開いた。

 

「ここは、いい所だな」

 

「そう、かな」

 

「人は優しいし、空気は澄んでいる。緑も多いし、近くに海もある。それに、空がとても綺麗だ」

 

「それは、そうかも」

 

「ああ、そうさ」

 

 セルジオが雲間からまた姿を見せた月に向かって手を伸ばした。

 

「叶えばいいよな、人を救うってこと。哀しんでいる人を減らすってこと。幸せを守ることとか、さ」

 

 なのはが隣にいるセルジオの方を見る。

 

 そこには、先ほどのなのはのようにぼんやりと雲の向こうに輪郭だけを写す月を見つめるセルジオの姿があった。その表情は、どこか柔らかなものだが、なのはにはそれが泣いているようにも見えた。

 

「みんな、笑っていれればいいよな」

 

 そしてセルジオは黙り込む。まるで、なにかを思い出すかのように。

 

(この人の助けになれたらいいな)

 

 なのはの中にそういう思いが浮いてくる。どうしてかはわからないが、今はその思いが強かった。

 

 雲に隠れていた月がまた姿を見せて、ちらちらと雨のように舞い散る雪(Snow Rain)を、透かして光らせる。

 

 その光景を二人が、静かに見つめる。

 

「月が、綺麗なんだな、ここは」

 

「そうだね。今日はとっても月が綺麗」

 

 それ以上二人が何かを話すことはなく、月を通して、自らの過去へと思いを馳せた。

 

 

 

 そんな二人を、月はただ静かに見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 





一話挟んで、一章ボス戦が始まります。
ひとまずそれでなのはとの関係に一区切り。

正直これやるためだけに屋根に登らせたよね。
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