クラナガンの街をセルジオはバイクで疾走していた。
今日は以前クロノに言われていたように士官学校時代の知り合いと食事をすることになっているのだ。言ってしまえばちょっとした同窓会みたいなものだ。
その為に一応夕方は開けておいたのだが、突然書類仕事が舞い込んで来てずるずると残業してしまった。
(うう、スバルちゃんが風邪ひいたなら仕方ないんだけどさ……)
ごめん! と頭を下げてくるクイントの姿が今でもありありと思い出せる。
バイクを集合場所付近の駐車場に停めて、クロノ達の元へと走る。集合時刻からはもう三十分近く遅れているので、おそらくもう中に入っているだろう。
「焼肉って結構久しぶりだなぁ」
クラナガンの都市部にある焼肉店。そこが今日の集合場所である。中にはいり、店員さんに連れられて行くと、そこには既にじゃんじゃか肉を焼いている三人の男の姿があった。
「遅いぞ、セルジオ」
「や、怪我は治ったみたいで何より」
「お久しぶりでーす、セルジオ先輩!」
上から、クロノ・ハラオウン。ティーダ・ランスター。ヴァイス・グランセニック。みな、そこそこ気の知れた仲の、セルジオにとってはあまり多くない気を許した友人だ。
「いや、悪い悪い、ちょっと急な仕事でな」
「どうせそんなとこだろうと思っていたさ。君は確か飲酒ができるが、飲むのか?」
「いや、バイクで来たからやめとく。明日も出勤するつもりだし」
「かー、相変わらず真面目っすねー、セルジオ先輩は。明日休みでしょう?」
「ははは、確かセルジオ休み取らなさすぎて人事部からボヤかれてるって話だよ」
「うーわ、信じられないっすわー」
「そりゃお前みたいな不真面目な奴と一緒にされてもなぁ」
「ちょ、それは聞き捨てなりませんよ! 俺今は武装隊のエーススナイパーとか言われてんすよ!」
「はは、士官学校の女子風呂侵入未遂事件の主犯格は言うことが違うね」
「それは俺が主犯に祭り上げられただけでほとんど関係してないですからティーダさん!」
「管理局員とは思えないおぞましい前科だな」
「やめてくださいよセルジオ先輩!」
「君たちは本当にいつでもやかましいな……」
ぎゃーぎゃーと騒ぐヴァイスと、爽やかに笑うティーダ。それをからかうセルジオに、呆れたようなクロノ。
今の一瞬だけでもある程度の信頼関係が見て取れるような会話。
因みにこの四人、セルジオ十六歳とクロノ十五歳が同級生。ティーダ十七歳のヴァイス十五歳の二人が同級生で、セルジオ達の後輩というややこしい関係である。
クロノとヴァイスは同い年なのに後輩とかいう関係だ。ややこしい。
肉を食べながらも四人の話は続く。
「最近ティアナちゃんはどうしてる? 今年で七歳だっけ?」
「うん。最近は随分可愛くなってさ。この前学校で告白されたんだってさ。はははは、興味深いよね」
「なあティーダ、持っているフォークが曲がりそうだ、落ち着け」
「ははは、悪い、つい」
謝るティーダだが目が座っていて全く笑っていない。
「あ、ウチのラグナもめちゃくちゃ可愛くなったんですよ! ほら、写真! ね!」
「うわー、可愛いな。本当にヴァイスの妹か?」
「そりゃもうバッチリと! ここの、目のとこなんてそっくりじゃないっすか?」
「んー、残念だがお前は橋の下から拾われて来た子どもなんじゃないか?」
「アンタ人の家系に物凄いこと言いますね!」
「その、俺が隠された事実を暴いちゃって悪いな」
「何も暴かれてない! ラグナは俺の可愛い実の妹!」
「待て、僕のティアはもっと可愛い。それは譲れない、絶対にだ」
「あ、この人酒入ってるわ。すいませーん、水くださーい」
「ティアナは可愛い。それは真理だ。君の妹もそれは可愛いだろう。でも、ティアナはそれよりも可愛い」
「いやそいつは問屋がおろしませんぜ、ティーダさん。あなたの妹は既に七歳、全盛期の幼さを宿した俺のラグナにはかないませんよ」
「愛を見た目で判断するとでもいうのかい? 違うよ、ヴァイス。人は心で人を愛するんだ。そこに、見た目なんか関係ない」
「待ってくれ、ティーダは妹のティアナが一番可愛いと思う」
「ああ」
「ヴァイスは妹のラグナが一番可愛いと思う」
「おう」
「僕にはわからないな。所詮主観なのだから、そこに何の違いもありはしないだろう?」
「「違うのだ!」」
ハラウォーズマンの言葉に、ティーダとヴァイスの中のザ・ニンジャが吠える!
はたから見ればなんの違いもありゃしない。
「ほっとけクロノ。俺らには一生わからん…………わけでもないか、クロノには妹できたんだし」
「あっバカ!」
ティーダが微笑みながら、ヴァイスがへえ、と目を細めながらクロノを見る。
「なーんだ、クロノ先輩、水臭いなぁ。そんな事があったなんて」
「一緒に妹談義しないか、クロノ? きっと楽しいぞ」
「こうなるから言いたくなかったんだ……」
「な、なんか悪い」
ヴァイスがずりずりと席を移動して強引にクロノと肩を組む。
「で? 妹ちゃんにはなーんて呼ばれてるんですか?」
「クロノのキャラなら、兄さんだろうけど、あはは、案外兄貴とか兄様とかにいちゃんとか読んでもらってたりするの?」
「別に普通だよ。変な呼び方はされてない」
「じゃあお兄ちゃんか」
「そ、そんなのじゃない」
「あ、こいつ言い淀んだぞ! これをどうみますか解説のセルジオさん」
「ええ、これはお兄ちゃんと呼んでもらって恥ずかしかったことを思い出してる顔ですね」
「はっはっは、わかるよ、クロノ。普段兄さんなのに、ふとした時にお兄ちゃんと呼ばれる。その瞬間がたまらなく美しいよね」
「やめろ……! 僕をそちら側に引き込むな……! 僕はいい兄でいたい……!」
「へへへ、シスコンは立派な兄の証拠さ。一緒に妹談義続けようぜ、クロノ先輩」
「く、くそっ! せ、セルジオだ! セルジオには最近ロリコンの疑惑がかかっている!」
「クロノッ!」
ヴァイスの魔の手から逃れるためかクロノが親友のセルジオを売り飛ばした。クロノにそこまでさせるとは、妹とはなんと罪深い存在か。
「こいつは住むところがないから年末年下の女の子の家で過ごしてたんだぞ! 有罪だ!」
「いや、ちゃんと親御さんもいたから。無罪だから」
「両親公認の仲ということか……」
「違う。そうじゃない」
「顔がいいのに恋人作る気配ないからホモかロリコンだって昔から噂されてたもんな。うん」
「え、それ初耳なんだが……」
「ははは、まあそこらへんも含めてしっかり話そうよ。二次会にカラオケ予約してあるし」
「うーわ、嫌な予感しかしねえ……」
頭を抱えるセルジオに、楽しそうに笑うヴァイスとティーダ。矛先が逃れたことに安心して胸をなでおろすクロノ。
遠慮がなくて、馬鹿っぽくて、中身なんかなくて、てもだからこそ笑いながら話しができる。
そんな、セルジオにとって大切な友人たち。
「あ、お前とエイミィさんのこともきくからな」
「え」
どうやら、今日の夜も長そうだった。
セルジオが友人たちとカラオケでクロノを問い詰めている頃、なのはは自室のベッドに転がりながら、スピーカー状態にしたスマホでいつもの五人で話をしていた。
『で、結局あの『セルジオ』って人とはどういう関係なのよ!』
「いや、普通に先輩だって、アリサちゃん」
『甘いでなのはちゃん。そんな小手先の誤魔化し通用しいひんで』
『な、なのはのためなら私も応援するから。で、でも、私とも友達でいてね?』
「うーん、おかしいなぁ。お話が通じてない気がする……」
『まあまあ、みんな。そんなに一気に問い詰めたらなのはちゃんも可愛そうだよ』
「すずかちゃん……!」
なのはが感動したようにすずかの名前を呼んだ。さすが、五人の中では一番大人びていて、気配りができるだけある。
すずかの言葉次第ではどうやらなんとかなりそうだ、となのはが少し頰を緩める。
『こういうのはゆっくりじわじわ聞いていかなきゃ』
「すずかちゃん?」
訂正、外堀を埋めに来た。おそらくなのはでは逃げ切れない。
『じゃあ、なのはちゃん』
「なあに、はやてちゃん」
『さっきみたいな質問はやめるわ。やから、なのはちゃんから見た『セルジオくん』のことを教えてくれへん?』
「ええと、どうして?」
『いや、聞けばクロノくんのお知り合いや言うやんか。それにそこそこ優秀らしいし、気になるなぁと思うて』
「ふーん。なら別にいいけど」
電話の向こうではやてが小さくガッツポーズ。後はゆっくりとなのはの本心を聞き出すだけだ。文学少女は伊達ではない。
「そうだね、セルジオくんは、頼りになるけど目を離せない先輩、かなぁ」
『ほうほう、その心は』
「普段から割と普通なんだけどね、いざっていう時に、びっくりするようなことするんだよね」
(なのはみたいね……)
(なのはちゃんみたいだなぁ……)
(なのはちゃんみたいやなぁ……)
(なのはみたい……)
「後は割と無茶もしてるみたい。人のために頑張って、それで怪我しても、相手のことを先に心配したりして」
(なのはね……)
(なのはちゃんだ……)
(なのはちゃんや……)
(なのはだ……)
「ほっておいたら、なんかふわーっとどこかに行っちゃいそうっていうか。肝心な時は一人でやっちゃいがちっていうか」
(なのはね……!)
(なのはちゃんだ……!)
(なのはちゃんや……!)
(なのはだ……!)
四人の心が一つになる。なのはの言っていることはそっくりそのままなのはにも当てはまることだと思っていた。
「後は、強い人、かな」
その最後の言葉を聞いて、四人がおや?と思う。
『その、なのは、それはどういう意味?』
おずおずとフェイトがたずねるとなのはは寝転がったままうーんと唸る。
「力が強いのはもちろんなんだけど、迷ったりしないっていうか、こういうの、なんて言えばいいのかなぁ」
自分の中にあるイメージが言語化できず、なのはがもどかしそうに膝から先の足をパタパタと振りながら頭を悩ませる。
その話を聞いて、はやてとすずか、の文学少女二人はぴったりの表現を思いつく。
『なあ、なのはちゃん、それにぴったりの表現あるで』
「え?」
なのはが驚いたように声を上げると、電話の向こうから二人の含む笑いが聞こえてくる。
『たぶん、その『セルジオ』って人は、『不屈の心』を持ってる人なんだね』
『英語にすれば、『
「レイジングハート……」
偶然にもなのはのデバイスと同じ言葉。まあはやてとすずかはそれを狙って言ったのだろうが、そんなことまでなのはの中で考えは及ばない。
ただ、その偶然になんとなく気恥ずかしさを感じるだけだ。
もちろんすずかとはやて、そしてアリサもなのはの様子を察している。たぶん、さっきの口ぶりからして満更でもないはずだ、と。
だが、それを口にしない優しさが三人にはあった。
『なのはのデバイスと同じ名前だね!』
「ふぇ、フェイトちゃん?!」
だけど、フェイトにはそれを感じ取れる力がなかった。
『フェイトちゃーーん! それ口に出したらあかん奴ーー!』
『え、そ、そうなの』
『あー、ほんと今のはフェイトって感じね。うん』
『あはは、今のは流石に、ね』
『だ、だって偶然にも『レイジングハート』なんだよ?! まるで運命みたいだなぁって思って──』
「う、運命?!」
『フェイト、アンタよくそんなこっぱずかしいこと淡々と言えるわね……』
呆れたようなアリサの声は、もうなのはの耳には届かない。
セルジオをそんな目でみたことなどほとんどなかったが、そんな単語を並べられればなのはも流石に動揺する。
(う、運命? せ、セルジオくんとなのはが……?)
その言葉を心の中で表した瞬間、なのはの中にとてつもない恥ずかしさが襲ってくる。
「な、なのは用事思い出したから電話切るね!」
『え、あちょっとなのは』
「おやすみ!」
ぶち、となのはが通話を切ると、そのまままくらへ顔を埋めた。顔はほとんど見えないが、まくらに隠れない耳はわずかに赤みを帯びており、足はパタパタと揺れている。
(なんでこんなに恥ずかしくなっちゃったんだろう)
セルジオはコンビだ。先輩だ。ただの、頼りになる同僚だ。だから、恥ずかしがる必要はないはずだ。
「セルジオ・アウディ……」
なんとなく呟いてみて、なんとなくそのことが恥ずかしくなったなのはは、またまくらに顔を埋めた。
黄色の培養液に満たされたポッドを痩躯の男が見上げていた。
そこには男と同じ髪の色をした全裸の女性の姿がある。やもすれば男がやましい目を向けているのか、と疑いそうだが、男の金色の瞳にはそのような雰囲気はない。
ただ、興味深いオモチャをみつめる子どものように、嬉々としたものがあるだけだ。
そんな男のすぐ後ろに、一人の女性が立っている。きっちりと胸元まで止められたボタン、伸ばされた背筋は、彼女に凛とした雰囲気をもたらしている
「ドクター」
「なんだね、我が娘」
「また上からです。あのデバイスのプロトタイプはまだできないのか、と」
「またかね」
男がうんざりしたようにため息をつく。
「何度も言うがあのデバイスに搭載されたシステムはデータの蓄積と経験の積み重ねでしか成長し得ない。もう、私の手ではどうしようもないのだ」
「ええ。上にもなんどもそう言っているのですが、一年以上たったのだからもういいだろう、と」
「やれやれ、ご老人方は本当に頭が硬い」
男が髪をかきあげながら手元にある携帯端末を弄り始める。
「あのデバイス、『ゼファー』はこの前のメンテナンスで完成度は幾つだったかね」
「私の把握している限りでは、戦闘データ集積96.3%、予測精度87.4%、予測可能時間は最大134秒といったところでしょうか」
「ふむ、まあそこまで集まっていれば、後は私の方でも何とかなるだろう」
「そろそろ回収なさいますか?」
「そうだね。上に不機嫌になられても厄介だ。そろそろゼファーは返してもらおう」
「はい。では、担当者に回収の日程を連絡──」
「いやいや、それには及ばないよ我が娘よ」
男は女性の声を遮ると、ぺたりと目の前の培養液が満たされたポッドに手を触れる。
「せっかくの新しい娘だ。彼女に任せよう」
「それは、強奪する、という意味でしょうか?」
「おや、それは人聞きの悪い言い方だね。私はただ、預けたものを娘に取ってきてもらうだけだ」
くつくつと男が楽しそうに笑う。
「では、『セルジオ・アウディ』への処遇はどのように? なかなか興味深い演算能力があるようですが」
「セルジオ? 誰だね、それは」」
「『ゼファー』のデバイス保有者です。『セルジオ・アウディ』。三課のAAランク魔導師ですね」
「ああ、そういえばそんな名前だったね」
男はしばらく笑みを浮かべたまま考えるそぶりを見せたが、やがて興味を失ったかのように小さく息をついた。
「まあ、殺していいんじゃないかな」
そう言って、男はポッドを見つめて、手元の端末を操作した。
「さあ起きたまえ、
男が、嗤う。
ただ、楽しそうに、狂ったように、嗤い続ける。
そして、その声に応えるかのように、ポッドの中の人物の瞳が、ゆっくりと開かれた。
かくしてそれは、遅々として、しかし確実に、彼へと迫まろうとしていた。
次回なのはとデートします。