Force Detonater   作:世嗣

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警護任務

 なのははいつものように学校が終わり三課のオフィスにやってくると、今までにないような超弩級におかしな絵面と遭遇した。

 

 オフィスの一角でゼスト含む三課職員が簀巻きにしたセルジオを部屋の隅に転がしてうんうん唸っていたのだ。訳がわからない。

 

「あ、あの、どうかしたんですか」

 

「ああっ! なのはちゃんじゃない! 奇遇ね!」

 

「一応お仕事なので奇遇じゃないと思いますけど……」

 

「それもそうね! まあまあ、取り敢えずお座りなさいな」

 

「は、はあ」

 

 クイントがニコニコしながらなのはの肩を掴んで座らせた。隣には何人かの女性局員、対面には難しい顔をしたゼストが座っている。

 

 取り敢えずなのはは部屋の隅の簀巻きに念話を送ってみるが、特に応答はない。どうやら眠るか気絶してるらしかった。

 

「実はねなのはちゃん、今回三課は厄介な任務を引き受けることになってしまったの。ええと、クラナガンの中央ショッピングモールってわかる?」

 

「あ、わかります。行ったことはないですけど場所くらいなら」

 

「それなら話が早くて助かるわ」

 

 そこは以前の事件でテロの標的にされたところでもあった。さすがに行ったことはないが、座標くらいならまだレイジングハートに入っている。

 

「そのショッピングモールではね、今度開業20周年を祝して、グループが発掘したロストロギアを展示するらしいのよ」

 

「そ、それって大丈夫なんですか?」

 

「うん。まあ、封印してあるらしいし、一応問題ないってことにはなってるみたい。ま、ロストロギアなことには変わりないんだけどね」

 

「じゃあ、今回の任務っていうのはそのロストロギアの押収ってことですか?」

 

 それなら、三課の人員がうんうん唸ってた意味がわかるような気もした。セルジオが簀巻きにされていた意味はわからない。

 

 なのはは深刻な顔で尋ねたが、それに対してクイントはあっけからんと手を振った。

 

「あ、違う違う。ロストロギアは企業のものだし、管理局は危険性を証明できない限り押収はできないわ」

 

「──? なら、任務ってなんのことなんですか?」

 

「警護任務だ」

 

「え? ぜ、ゼスト隊長?」

 

「ロストロギアの盗難や、万が一の封印崩壊に備えて魔導師を企業側には秘密裏に派遣してほしいと、上から命令が下った」

 

「と、いうことで、三課から人員を送ることになったのね」

 

 ゼストの淡々とした言葉を途中で引き継ぐクイント。

 

「一人は言わずもがなセルジオくん。あの子、結界も封印も転移も使えるし、広範囲解析のお陰で怪しまれずに監視が行えるし」

 

「あの今更なんですけど、なんでセルジオくん簀巻きになってるんですか?」

 

「んー、なんか作戦の説明したら死ぬほど嫌がったから当て身した後にああいう感じになったわ」

 

「せ、セルジオくん……」

 

 本気でやれば抵抗できただろうに、相変わらずセルジオはクイントに弱いようだった。

 

「あの、セルジオくんの事は分かりましたけど、作戦ってどんなのなんですか? 」

 

 なのはのイメージではセルジオはどんな仕事でも淡々と引き受けることが多い。そのセルジオが嫌がるとは相当だ。

 

 なのはの言葉にクイントがよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに目をきらーんと光らせた。

 

「それは、ゼスト隊長から説明してもらいましょう!」

 

「あー、今回の任務は、あー、秘密裏にと言う原則がある。そのためー、えー、少人数での行動が、求められる。警護先は、恋人や、女性の多い、ショッピングモール、そのため──次はなんだったか」

 

「セルジオと女性による〜ってやつです」

 

「ああ、警護先に紛れるために、セルジオと女性のバディによる、潜入警護にしようと言うことになった。よし、これでいいなクイント」

 

「はいバッチリです!」

 

 ぐっ、と親指を立てるクイント。

 

「それで、セルジオくんの恋人役として誰か女性の局員を送りたいんだけど、良さそうな人がいなくてね」

 

「ワタシは、その日有給で……」

 

「めちゃくちゃ行きたいけど私には別件の捜査任務があって……」

 

「悔しながらアタシも、その日は一週間後に迫るレポートを提出しなきゃいけなくて」

 

「私もその日は、その、アレなんで」

 

「そういうわけなの」

 

「あーー、誰かその日たまたま仕事がない女性職員いないかナーーーー」

 

「それでいてセルジオとある程度仲よくて一日中一緒にいても嫌がらないような子がベストだよなーーー」

 

「セルジオの苦手な射撃とかサーチャー系とかシールド系も得意だったら言うことなしだよなぁーー」

 

「いないかなーー、いないよなー、そんな都合のいい子ーー」

 

 なんというか、ぐだぐだだった。というか、クイントをはじめとする三課の人員に隠そうとする意思がない。

 

 メガーヌという三課の数少ない良識派が産休をとったせいで、クイント率いる過激派が野放しになってしまっている。

 

(まあ、どっちにしろセルジオくんが引き受けるならなのはもいかなきゃだよね)

 

 なのはが苦笑いをしながら、そろそろと手をあげる。

 

「あのー、なのはが行きますよ」

 

「ええっ! なのはちゃん行ってくれるの?!」

 

「なんだと?! セルジオと一日中一緒にいても大丈夫なのか!?」

 

「流石『闇の書事件』の立役者! ミッドの白い彗星!」

 

「というか年頃の男と女の子が一緒にショッピングモールで過ごすなんて……ひょっとしなくてもデートじゃないか!?」

 

「おお、たしかにこれは半分デートみたいなものじゃなぁ?!」

 

「よーし、そうとなれば作戦名は決まったわ!」

 

 クイントがばん、と近くにあったホワイトボードを叩くと、ボードがぐるりと一回転して裏に書いてある文字をあらわにした。

 

「デート大作戦! 決行よ!」

 

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

『あー、テステス。セルジオくん聞こえてるー?』

 

「はい、聞こえてますよ。残念ながら」

 

『なら良かったわ。久々に使うからちょっと心配してたのよ』

 

 ショッピングモールのベンチで一人座るセルジオが耳につけたインカムから聞こえてくる声に応じる。

 

『いいわね、今日の任務は二つ。一つは、あなたの場所からも見える宝石状のロストロギアをしっかり監視すること』

 

「はい、それはもちろんですけど……。二つ? もう一つはなんですか?」

 

『今日のデートでなのはちゃんを楽しませることよ』

 

「今日はデートじゃないです。潜入警護任務です。仕事です」

 

『こんな時にまでクソ真面目じゃなくていいの。なんのためにあなたの服を見繕ったと思ってるの?』

 

「ここで浮かないようにでしょ」

 

『全然違うわ。なのはちゃんをドキッとさせるためよ』

 

 インカムからの声に、げんなりとして頭をかくセルジオ。その服装はジーンズに黒のジャケットに眼鏡と、カジュアルなものとなっている。いかにも、『デートの為の格好』という感じだ。

 

(なんて爆発的に頭の悪い作戦なんだ、これ……)

 

 そう言いながらもセルジオがクイントの言葉に従っているのは、無茶苦茶なようで一応筋は通っているからだ。頭のいい馬鹿を相手にするとこういう時にすごく面倒だった。

 

『クイントさん、クイントさん、あと少しで集合時間ですよ』

 

『あら、ほんと。セルジオくん、もうすぐなのはちゃんが来るからね。来たらまず服を褒めるのよ、服』

 

『適当に良いな、とかじゃダメよ。具体的に、ここが良いって褒めるコトー』

 

「あんたら仕事あったはずでしょ」

 

 あからさまに楽しげな雰囲気の女性陣。それにところどころ男性の笑い声も混じっているし、おそらく三課総出で野次馬をしているのだろう。仕事しろ。

 

 そうこうしていると、セルジオの手の中の懐中時計が集合時間の十分前を示した。

 

(そろそろ来る頃か)

 

 ぱたん、と懐中時計の蓋を閉じて胸ポケットに入れたところで、セルジオの解析魔法に見知った反応が引っかかるのを感じた。

 

「ごめん、待たせちゃった、かな」

 

「いや、八分前だ。全く問題な、い……」

 

 俯いていたセルジオになのはの少しだけ照れたような声が降って来る。それに、薄い笑みを浮かべて対応しようとして、セルジオの目が丸くなる。

 

 灰色の薄い生地のカーディガンに、胸元の赤色のリボンがアクセントの膝下まである茶色のニットワンピース。そしてなのはの細い足を覆い隠す黒のロングソックス。そして、何よりも目を引くのは、なのはがいつもは二つに結んでいる栗色の髪を肩口までさらりと伸ばしていること。

 

 見慣れたものでもあるにかかわらず、随分と雰囲気が違ってセルジオは言葉を失ってしまう。

 

 別に六も年下の相手に見惚れたりはしないが、驚くものは驚くのだ。

 

「高町、だよな?」

 

「は、はい」

 

 セルジオが戸惑ったように名前を呼ぶと、緊張を滲ませて返事をするなのは。

 

 しばらくぼーっとしていたセルジオだったが、やがて薄く笑みを浮かべる。

 

「服もよく似合ってて、髪も新鮮だ」

 

「お、お母さんが、やってくれたの」

 

「そうか。似合ってるぞ。きっと誰でも可愛いと思うんじゃないか」

 

「そ、そっか」

 

『ひゃーー、聞いた? 今の聞いた? なんという甘酸っぱい雰囲気……。私もこうありたかった』

 

『それに見てよ、なのはちゃんの格好、まあまあ背伸びしちゃって……。お母さんにやってもらったのかしら? インカムにカメラ付いてて良かったわ」

 

『はっはっは、セルジオが珍しく言葉に詰まってるなぁ。おーい、誰かお菓子食いながら鑑賞しようぜ』

 

 インカムの連中へ黙れ、と言いたいのをぐっと堪えて腰掛けていた椅子から立ち上がった。

 

「今日は俺たちはあそこのロストロギアの監視を行う。基本的には俺が広範囲解析を張ってるから高町は心配しなくても大丈夫だと思う」

 

「は、はい。私は、緊急事態にだけ備えておけば良いんですよね」

 

「そういうことになる」

 

 頷いたセルジオが、いつもよりも見上げて来るなのはの顔が近いことに気がつく。

 

「高町、今日はヒールか?」

 

「う、うん。あんまり踵が高くないやつだけど、なんでわかったの?」

 

「いつもより顔が近いからな。今日は気をつけながら歩かなきゃな」

 

「あ、ありがとう」

 

 少しうつむき気味に礼を言うなのはの態度は、いつものものよりもどこかしおらしい。

 

(誰かに何か言われたか。面倒だな)

 

 大方、クイントか桃子か友達か、そのどれかだろうがセルジオにそれを推理する力はない。というかなんだって良かった。

 

「ほら、行くぞ。いつまでもここにいるわけにもいかない」

 

「ま、待ってよ」

 

『よーし、セルジオくんちゃんとエスコートしてあげるのよ!』

 

 うるさい今日は仕事だ、と心の中で文句を言って、セルジオは歩き出した。

 

 

 今回のショッピングモールでは雑貨店や飲食店が立ち並ぶ一階、主に洋服、そしてフードコートが内接された二階がセルジオたちのメインの行動場所となる。

 問題のロストロギアは一階中央付近に展示されており、周辺には企業のガードマンもいる。

 近くでずっと監視していると怪しまれるので、吹き抜けになっており、二階から一階のロストロギアを監視しよう、というか作戦だ。

 また、不審人物についてはセルジオの広範囲解析で対処する予定だ。休日ということもあってモール内には数百人の人間がいはするが、セルジオの演算能力とマルチタスクであれば問題ない。魔法が違法発動されようものなら瞬時に駆けつけて、取り押さえられるだろう。

 

 セルジオとなのはがモールの中で並んで歩く。

 

「そ、そういえばセルジオくんは今日は眼鏡なんだね」

 

「ん、まあな。変か?」

 

「ううん。ちょっと新鮮だっただけ。それ、わざわざ今日のために買ったの?」

 

「いいや、これは自前だな。クイントさんに眼鏡で行けって言われたからな」

 

「へ? セルジオくんって目悪いの?」

 

「ああ。ないと生活に支障をきたすほどじゃないが、少しな。言ってなかったか」

 

「き、聞いてないよ! だってうちでは眼鏡してなかったもん」

 

「まあ他所の家だしな。そこは気がけてた」

 

「お父さんはくつろいでいいって言ってたのに」

 

「だからといって本当に寛ぐわけにはいかないだろうさ。俺は他人なんだし」

 

「むぅ……」

 

 少し不満そうななのはの頭をセルジオがからかい交じりに軽く撫でようとして、なのはのいつもと違う髪型を見てやめる。

 

 最近のなのはは撫でた時の反応が怒ったり無反応だったり、よくわからないのだが、今日は恥ずかしがられそうで面倒だったのだ。

 

(ほんとうに女性のことはわからん)

 

 頭をかきながら隣のなのはへと目を向けると、不意になのはの足が止まった。

 

「どうかしたか?」

 

「いや、ああいう店ミッドにもあるんだなー、と思って」

 

「……ああ、露店か」

 

 なのはが見ていたのはこういうショッピングモールには時々ある、アクセサリーなどを売っている露店。

 どうやらこの店は指輪やチェーンなどのシルバーアクセや、ブレスレットやイヤリングなどの装飾品を売ってるらしい。

 

「お、そこのお嬢さん方何かご入用かな?」

 

 なのはがぼーっと露店を見ていると、それに気づいた店主が声をかけてくる。

 

「ええと、別にいるものはないんですけど、ただ綺麗だなぁって思って」

 

「ハハッ、そいつは嬉しいね。俺も冥利につきるってもんだ」

 

「えっ? これって店員さんが作ってるんですか?」

 

「そうそう。全部俺の手作りだぜ?」

 

 そう言ってニカリ、と快活に笑う店主をよそに、監視のために発動していたセルジオの広範囲解析がアクセサリの解析を勝手に始めてしまう。

 

(構成材質は銀に、木に、ガラスに、ああ、あれに使われてるのはルビーか? 贅沢だな。指輪にはほとんどダメージがないな。無機物操作あたりの応用か)

 

 そんな事を考えていると、セルジオのインカムがやかましくなり始める。

 

『チャンスよ! ここでなのはちゃんにリングなりをプレゼントして好感度を稼ぐのよ!』

 

『そうだ、女ってのは光り物とかちょっとした小物が好きだ。ここでフラグをたてとけ!』

 

『ついでにグッとくる殺し文句が言えればベストだね。ほらほら、その頭を生かしなさいな』

 

『あー、楽しい。あ、ポテチ無くなったから誰かとってー』

 

 あいも変わらず聞こえてくる声は多く、どうやらまだみんなで野次馬してるらしい。本当に仕事しろ。

 

 セルジオがインカムを無視しながら、しゃがみこんでじーっとアクセサリを見つめるなのはへと視線を移す。

 

「何か欲しいものでもあるのか」

 

「あ、うん。なんか、買おうかなぁって思ってたんだけどね……」

 

「買えばいいんじゃないか? 俺は別に咎めたりはしないぞ」

 

「あはは、それがちょっとお金足りなくて。朝バタバタしてて換金するの忘れちゃった」

 

「なら、そこの兄さんに買って貰えばいいじゃないか。恋人なんだろう?」

 

「こっ、こっ、こっ!」

 

「高町、鶏の真似ならしなくていい。店主、悪いが俺と彼女は──」

 

『恋人でしょ、今日は。企業側にバレた時の裏どりがめんどくさいからちゃんと答えなさいよ』

 

「その通り、恋人だ……。よくわかったな」

 

「へへ、だろ? 伊達にここで数多の恋人を見てないぜ。恋人の判定にかけては俺の右に出るものはいねえと自負してる」

 

「なら、その自負は即刻引き下げるべきだ。目を養え」

 

 はあ、とセルジオがため息を一つして、しゃがんでなのはとの目線を合わせると、同じようにアクセサリへと目をやる。

 

「で、何が欲しいんだ。このくらいなら買ってやる」

 

「ええっ! 悪いよ、セルジオくんにお金使わせるなんて。また来た時に買うよ」

 

「その時にこの店があるかわからないし、俺を恋人にもの一つ買ってやれない甲斐性なしにする気か?」

 

「ええっ!」

 

 恋人、という言葉になのはが大きく声を上げたので、弁解の言葉を念話で送る。

 

「(アリバイ作りだ。万が一局員だって企業にバレてプライベートできたっていう時、ここの店主が証言してくれると助かるだろ?)」

 

「(ああ、そういうこと……)」

 

 なのはが納得したように声を漏らして、またアクセサリへと目を移す。

 

「えと、じゃあお言葉に甘えて、このネックレスとか、良いかな?」

 

 選んだのはシンプルなデザインの星のネックレス。

 

「わかった。店主、これ貰えるか」

 

「お、毎度。兄さんもおんなじの買うかい?」

 

「いや俺は結構だ。彼女の分だけを頼む」

 

「ほいほい」

 

 店主が提示した金額に、少しばかり眉をひそめながら金を払うセルジオ。こういう場所での買い物は割とバカにならない値段なものだ。

 

 ご機嫌な店主に別れを告げて、セルジオとなのはがまたぶらぶらと歩き始める。

 

 ちらりと横を見れば、なのはの方は胸元のネックレスをご機嫌そうに指で触っていた。

 

「好きなのか、そういうの」

 

「うーん、どうだろう。あんまり買ったことがなかったから」

 

「そうか」

 

「うん、でも、これはなんだか好きかな。ありがと、セルジオくん」

 

「それは何よりだ」

 

 割と痛い出費だったが、まあなのはが喜んでいるようなのでいいか、とセルジオが結論づける。

 

 えへへ、と照れたように笑うなのはから目を逸らして、ロストロギアがある一階へと目を向ける。

 ケースに入れられて守られている赤い宝石状のロストロギアに一応解析をかけてみる。

 

(封印も頑健だし、特に危険な反応もない。聞いていたよりも魔力値は高めだがそれだけだ)

 

 メガネを押し上げて目を細める。

 

「まあ、多分なんもないだろ」

 

 ここはミッドチルダの首都なのだ。たかが用途不明のロストロギアごときに反応する犯罪者がいるとも思えない。

 

「──なんだこれ」

 

 そう思った時、突然、セルジオの広範囲解析に引っかかる影が現れた。

 

 それはモールの入り口からゆっくりと歩みを進めながら、ロストロギアの方へと向かってくる。

 

「高町、俺は少し外す。ここで待っててくれ」

 

「え? どこか行くならなのはも行くよ?」

 

「なんだ、お前は手洗いの時までついてくるつもりか」

 

「え…………」

 

「冗談だ。少しここで待ってろ」

 

 ふ、とからかうように笑うとセルジオはなのはを置いて駆け出した。

 

「クイントさん、聞こえてますか」

 

『なあに? トイレの時は通信切っといて上げるわよ。それともセルジオくんは自分のトイレを見てて欲しい人?』

 

「冗談は後です。解析魔法に不審人物の影が引っかかりました」

 

『──! 詳細は』

 

「敵意や、狙いはまだわかりませんが、俺が内部構造を見た限り、相手は────」

 

 一階に降りたセルジオが息を切らしながら走り、ロストロギアと入り口のちょうど中間で立ち止まる。

 

 目の前には、紫の髪をしたコート姿の女性が立っている。

 

「──戦闘機人です」

 

 インカム越しに、三課の人員が息を飲んだ。

 

 その単語を知らないはずがない。なにせ、いま三課が総出で追っている事件、それこそが戦闘機人に関することなのだから。

 

 にこり、とセルジオは笑うと、女性に相対する。

 

「今日はどういった要件で来られたんですか? もしよかったら教えていただいても?」

 

「お前は?」

 

「管理局の人間です。見た感じ、少しお困りのようでしたので」

 

 セルジオと女性の視線がぶつかり、しばし無言での睨み合いが続いていたが、やがて女性の方がゆっくりと口を開いた。

 

「金の髪、翠の目、貰っていた映像データの通りだ」

 

「何を……?」

 

「お前が、『セルジオ・アウディ』だな」

 

 名を呼ばれた途端、セルジオの表情が険しいものへと変わる。そして、いつでも臨戦態勢へと移れるように足を肩幅まで開いた。

 

「お前、何者だ」

 

 セルジオが問うと、女性は短く切りそろえた紫の髪の向こうで金の瞳を光らせながら、短く名乗る。

 

「トーレ。戦闘機人の、トーレだ」

 

三番(トーレ)、だと」

 

「ああ、そうだ。それが私の名前で──」

 

(来るッ!)

 

 トーレの体に力が入るのを見て、セルジオが瞬時にセットアップしようとして、()()()()()()()、トーレが目の前に現れた。

 

「お前を殺す者の名だ」

 

 ──IS(インヒューレントスキル)《ライドインパルス》。

 

 そして、トーレがセルジオに視認できない速度で腕のエネルギー刃を首を狙ってふるい──

 

「がっ!」

 

「む……?」

 

 奇跡的に左腕のガードに成功する。ごろごろと吹き飛ばされて地面を転がりながら、トーレとの距離を取る。

 

「今ほどゼファーが籠手型な事を嬉しく思ったことはないな……!」

 

「なるほど、防具を仕込んでいたか」

 

 腕がきれなかった事を不思議に思ったトーレが感心したように声を漏らす。

 

 その間に眼鏡を外し、破れたジャケットの下から覗くガントレットにセルジオが手を添えた。

 

「セットアップゼファー!」

 

 セルジオの体が白い光に包まれると、その姿が白のバリアジャケットに変わり、左手の中には銀の槍が現れる。

 

 そうしたところで、モールの人々が異常に気づいたのか、悲鳴をあげながらセルジオたちから離れ始める。その様子を横目で見ながら、セルジオは槍の穂先をトーレへと向ける。

 

「何が目的だ、戦闘機人トーレ。やはりロストロギアか」

 

「ふ、特に言う必要もないだろう、セルジオ・アウディ」

 

「確かに愚問だったな」

 

 こんなモールに堂々と姿を現したのだ。目的はロストロギア以外にはあるまい、とセルジオが推測する。

 

「投降を勧める。いまならまだ罪は軽い」

 

「すると思うか?」

 

「これも、愚問、か……」

 

 セルジオが目を閉じる。交渉は決裂。ならばもう取るべきでは一つだけ。

 

「実力行使に移らせてもらう」

 

「望むところだ、セルジオ・アウディ」

 

加速機動(ブリッツアクション)ッ!」

 

IS(インヒューレントスキル)《ライドインパルス》」

 

 セルジオの体が白に、トーレの体が紫の光に包まれ、加速、刃と槍を交えた。

 

 ガイン、と激しい音ともに、ゼファーが軋みを上げる。打ち勝てない、と判断したセルジオは槍をひいて穂先を滑らせるようにしてトーレの刃を受け流す。

 

 そしてまた加速しながらトーレの背後を取ろうとするが、トーレはひるむ事なくセルジオについて来る。

 

「どうしたセルジオ・アウディこの程度かッ! スピードが落ちているぞッ!」

 

「ぐっ──」

 

 セルジオが苦悶の声を漏らすが、トーレのでは休まる事を知らない。

 

(くそ、こいつ()()()()()()……! 攻勢に、移れない)

 

 一閃、また一閃とトーレが刃を振るうたびに守りを抜いた刃がバリアジャケットを削り、セルジオの体に傷を刻み込んで行く。

 

(このままじゃジリ貧。安易に見せるのは頂けないが、そうも言ってられない)

 

 セルジオがエネルギー刃を防ぎながら脳内のマルチタスクを分割、そしてゼファーを併用する事で一秒足らずで魔法式を組み上げて行く。

 

(演算完了ーーー短距離転移(ショートシフト)

 

 世界から、セルジオという存在が消失。100万分の 1秒(マイクロセカンド)のラグの後に、三メートルの距離を歪める事で三次元平面状を跳躍、トーレの背後に出現する。

 

「これで、終わりだっ!」

 

 そして、魔力を込めた槍を叩き込み────トーレはあらかじめ()()()()()()()()()()()受け止めた。

 

「──は」

 

「残念だったな。それはもう()っている」

 

「ご、はあっ!」

 

 そして、トーレは槍を引き寄せると自身へ向かってきたセルジオの体に向けて全力の蹴りを叩き込んだ。

 

 エネルギー刃を纏った蹴りは、セルジオの腹部に深い切り傷を刻みながら、肋骨を大きく軋ませた。

 170センチ以上のセルジオの体がいとも容易く蹴り飛ばされ、周囲の椅子や鑑賞物を纏めてなぎ倒しながら、サッカーボールのように地面を転がる。

 

 ようやく体が止まった時には、その白いバリアジャケットは薄汚れて、腹部からの血で赤く染まっていた。

 

 無様に地面を這いつくばるセルジオをトーレが感情を感じさせない顔で見下ろす。

 

「な、んで……」

 

「動きが読まれたか、か? なに、簡単な事だ」

 

 トーレがセルジオのコートの襟首を掴み無理やり自分の方へと引き寄せた。

 

「私にはお前の一年以上にわたる戦闘データ、その()()()搭載されている。動きを読むのは赤子の手をひねるより容易い」

 

「な、んだと…………」

 

 セルジオの愕然とした表情に、トーレはそれ以上注意を払うことはない。既に、彼女の中では決着はついてしまっていた。

 

 後は、腕を振るうだけだ。

 

「さらばだ、セルジオ・アウディ」

 

 そして、トーレのエネルギー刃が低い唸りを上げて、セルジオの胸めがけて振るわれて────

 

 

 

「がっ────」

 

 

 

 小さな声が、空気へと溶けた。

 

 





トーレのロールアウトは新暦55年の夏。
セルジオの士官学校入学は新暦58年ですから、二人の間には超えられない三年の壁があるわけです。

加えて加速のスピードもトーレの方が早いというおまけ付きです。


ちなみにセルジオくんは解析魔法の才能だけはズバ抜けており、その道のプロにも匹敵するレベルです。こいつは学者になった方が才能を生かせてたと士官学校時代にはよく言われてました。

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