親というもの
「セルジオくん」
「なんだ」
三課のオフィスでなのはがじとっと睨む。
「なんでここで仕事してるの」
「ここが俺の職場だからな」
「昨日お医者さんから安静だって言われたよね」
「ああ、だから安静に仕事してる」
「ぜんぜん安静にしてないよ!」
それから逃げるようにセルジオは書類を片手にオフィスの中をウロウロ歩き回り、なのははそれを小言とともに追いかける。
「なんでそんなに自分のことに無頓着なの? みんな心配してたんだからね」
「はいはい」
「なのにセルジオくんはいっつもそうやって無茶ばっかりして。見てるこっちがハラハラするのわかってる?」
「はいはい」
「それに最近なんか隠してるでしょ。ちゃんと話してよ」
「はいはい」
「もー! こっち向いてってば!」
「はいはい」
頰を少し膨らませて怒るなのはの姿に、三課内の空気が「最近ああいう掛け合い増えてきたな」という感じになる。
いつからかはわからないがなのはから遠慮が抜けて、ああしてセルジオを叱り、セルジオはそれから逃げる、といった光景が見られるようになった。
以前はクイントやメガーヌがやっていた事なのだが、どうやらセルジオにはなのはの叱責の方が効くらしい。
「まあ待て高町。ここに俺がいるのにはちゃんと理由があるんだよ」
「理由?」
「そうだ。ちゃんと医療的な面も考えられた理由だ」
「あ、そうだったんだ……その理由って?」
少し申し訳なさそうに謝るなのは。その後首を可愛らしく傾げてセルジオを見上げる。
「簡単だ。まず治療をするってのは良いことだ。体の怪我が治ると俺は嬉しい」
「そうだね」
「仕事をするっていうのも良いことだ。人のためになるし、俺も嬉しい」
「そうだね」
「ならどっちも同じだし仕事をする事は治療と言えるんじゃないか」
「そうだ……って言わないよ! ぜんぜん違うよ! ちょっと悪いことしたな……って思ったなのはの気持ち返してよ!」
「うーん、流石に無理があったか」
「というか一つ目は肉体的な事で、二つ目は精神的な事だよ!」
「病は気からっていうだろ」
「それで押し通せるほどなのはの国語の成績悪くないからー!」
ははは、と笑うセルジオをなのはが叱る。
新暦六十七年。
航空魔導隊三課、通称
ある日、なのはとセルジオはクイントの家にお呼ばれをしていた。
先日のメガーヌの出産祝いも兼ねたホームパーティをするらしく、そこにもしよかったら、と誘われたのだ。
なのははもちろん喜んで頷き、悩んだ様子を見せたセルジオもクイントに引きずられる形で参加する運びに。
そうして、とある休日のナカジマ家。
「はじめまして、ギンガ・ナカジマです。お母さんがいつもおせわになってます」
ぺこり、とクイントと同じ長い青髪を揺らしながら頭が下げられる。
「はじめまして。高町なのはです」
「しってます! お母さんからすごい人だっていつも!」
「あはは、なんかこそばゆいな。ギンガちゃんって呼んでも良いかな?」
「はい! 私もなのはさんってよんでいいですか?」
「うん、よろしくね」
ナカジマ家の玄関で出迎えてくれたギンガとなのはが挨拶をすると、ギンガの視線は隣の金髪の少年へ。
「え、えと、おひさしぶりです、セルジオさん」
「ああ。ギンガちゃんも元気にしていたか?」
「は、はい。さ、最近はお母さんにシューティングアーツを習ってます。筋がいいってほめられたりするんですよ」
「それは凄いな。きっとギンガちゃんはクイントさんみたいに強くなるだろうね」
「えへへ、ありがとうございます。さ、はやく中に入ってください!」
頭を軽く撫でられて嬉しそうに笑うギンガは、赤い顔のままパタパタとリビングへと走っていった。
「あ、なのはちゃんにセルジオくん。いらっしゃい」
「どうも、お邪魔します」
「今日はお招きありがとうございます」
「いいのよいいのよ、そういうお堅いのは。自分ちだと思ってゆるーりとしてね。ギンガ、挨拶した?」
「うん、さっき玄関で」
「じゃあ、あとはスバルね」
ギンガの後を追い、リビングに入ると出迎えてくれたのはエプロン姿のクイント。そんなクイントの背中に隠れるようにしてセルジオとなのはを伺っている姿が一つ。
「クイントさん、その子は?」
「ウチの娘のちっちゃい方。ほらスバル、いつまでも隠れてないでちゃんとご挨拶しなさい」
「で、でも……」
クイントは自身の陰に隠れてなかなか出てこようとしないスバルの背中を軽く叩くが、スバルは不安そうに母の顔を見上げるだけだ。
「ごめんなさい、なのはさん。スバルちょっと人見知りする方で……」
「ううん。初めて会う人だし仕方ないよ」
なのはがしゃがんでまだ小さいスバルと視線の高さを同じにすると、花が咲いたように明るい笑みを浮かべる。
「私、高町なのはです。あなたのお名前は?」
「スバル……」
「スバルか。とっても綺麗でいいお名前だね」
「きれい?」
「うん。私の出身世界では『スバル』っていうお星様があるんだ。だから、綺麗なお名前」
スバルはなのはの言葉に目を丸くしたが、やがて顔を赤くしながら嬉しそうに笑った。
その様子を後ろから見つめていたセルジオがへぇ、と感心したように声を漏らす。
「スバルちゃんとすぐに仲良くなったな。さすが高町、コミュ力モンスター だな。あのスバルちゃんを笑わせるとは」
「なのはさんは今のスバルにとって憧れみたいなところがあるので、あんまり人見知りしなかったのかも」
「憧れ?」
「はい。お母さんに話を聞いてて、なんか凄く気になってるみたいで」
「たしかに見た目も良くて才能もあって、実際会えば優しいんだもんな。いつまでもビビられている俺とは違うか……」
「せ、セルジオさんもやさしいですよ! 私はその、す、好きですよ、セルジオさん!」
「うんうん、ありがとな。そう言ってくれるのはギンガちゃんだけだよ」
「あ、はい。あはは……はぁ」
なにやらガッカリした様子のギンガの頭を撫でるセルジオ。九も年が離れてればこんなもんである。
その後、料理の準備があるクイントとギンガはキッチンへ。スバルは興奮気味になのはと話し続けており、セルジオは一人手持ち無沙汰になる。
「ご無沙汰しています、ナカジマさん」
「前会った時と比べると随分と背が伸びたな、セルジオの坊主」
「坊主はやめてくださいって」
なので、一人リビングのソファで新聞を読んでいたクイントの夫、ゲンヤの隣へと腰掛ける。
「ええと、いつぶりになるか。確か前会ったのが合同捜査の時だから……」
「ざっと半年ってところじゃないでしょうか。その節は高町共々お世話になりました」
「いんにゃ、お前達が来てくれて助かった。クイントだとどうも、な……」
たはは、と笑いながら頭をかくゲンヤ。
「やっぱり、奥さんがそばにいると仕事気分になりきれませんか?」
「いや、そういうんじゃなくて、ただ、緊張しちまうんだよ」
「え?」
「あいつ合同捜査になったら俺への当たりがきつくなるんだ……。飯の時もその話するから気が休まる時がない」
「ああ、そういう……」
「娘ができてからはそういうのはないが、まあそれでも仕事でまで嫁に叱られたくねえよ、俺は」
「し、尻に敷かれている……」
「まああんないい女の尻に敷かれるのは悪い気分ではないんだが」
「あ、これ愚痴に見せかけた惚気だわ」
照れたようなゲンヤと、全てを察して菩薩のような表情になるセルジオ。既婚者だらけの職場に長くいた彼は、こういう嫁、旦那自慢には慣れていた。
そうしてしばらくすれば、アルピーノ夫妻もナカジマ家に到着する。隣に夫を伴ったメガーヌの腕の中には小さな子どもがいて。
その小さな天使の登場にクイントやなのはなどが目を輝かせながら、覗き込んできゃあきゃあとはしゃぐ。
「ひゃー、メガーヌに似てるわね。名前は確か、ルーテシアちゃんだったわよね」
「あ、目がむずむずしてます。眩しいのかなぁ」
「おかあさん、おかあさん、私も赤ちゃんみたい」
「ええと、メガーヌさん、ほっぺた触ってみていいですか」
「ええ、いいわよ。優しくお願いね」
幸せそうに、本当に幸せそうにメガーヌが微笑んでいる姿をセルジオがじっと見つめる。隣のメガーヌの旦那も同じくらい嬉しそうな笑顔を浮かべていて。
「ああいうのが親、なんですかね」
「……そうだな。誰だって自分の子どもにはああなるもんさ」
「そっか。親がいるっていうのは良いことですね」
「坊主にはゼストさんがまだいるだろう。何か思うなら、しっかりと頼ってやんな」
「そういうわけにもいきませんって」
セルジオが、ナカジマ親子を、アルピーノ夫妻とその子供を見つめてポツリと呟いた。
「子どもにとって親って、大切ですよね」
ゲンヤがセルジオの顔を見つめる。まだ若いはずのその横顔は随分と大人びているように見えた。
食事も終わりパーティゲームに誘ってくるギンガに謝罪して、セルジオはナカジマ家のベランダから中庭に出た。
「このタイミングのメールはたぶん……やっぱゼストさんか」
不意に届いたメールを開封すれば宛名には『ゼスト・グランガイツ』の文字が。
「なになに………………んー、やっぱそうなったかー」
メールを読んで頭をかくセルジオ。その口調は軽いものだが、顔に浮かんだ表情は眉が寄せられていて、少し悩ましい。
「この分だと少し計画を早めなきゃいけない……」
「なにそれー」
「おわっ」
一人で唸っていたセルジオの背中に突如クイントが抱きついてくる。
その拍子にクイントの大きく主張するアレやこれがセルジオの肘やらに当たる。
「それ、仕事の件かなにか?」
「人妻がやめてください」
「なーに、恥ずかしがってるの? セルジオくんも男の子ねー」
「いえクイントさんは付き合いが長すぎて女とはちょっと……。いいとこ姉です」
「ふーん、この胸を見てもそう言えるかしら?」
「正直クイントさんの胸はただの脂肪の塊にしか見えませんね」
胸を強調してみせるが表情一つ変えないセルジオに、クイントが眉を寄せた。
「あんた本当に思春期男子? ちゃんとマンゴーとかちんすこうで大喜びしてる?」
「なんなんすかその爆発的に頭の悪い思春期男子のイメージ」
「三課の男連中はこの前飛行魔法でどのくらいのスピードで飛べば一番胸の感触に近いかを熱く語ってたわよ」
「あの人たちもう25超えてる人ばっかなのに……、馬鹿じゃないだろうか……」
「この前はすね毛剃って誰が一番女子っぽい脚か競ってたわね」
「間違いない。あの人たちはただの馬鹿だ」
基本的に人の悪口を言わないセルジオでもさすがにかばいきれないレベルの行動だった。なんというか、知能指数が低すぎる。
「で? 話を逸らさないで答えなさい。なんかきな臭い案件見つけたんでしょ?」
「……クイントさんには勝てないなぁ」
「何年の付き合いと思ってるのよ。ほれ、吐いちゃいなさい」
困ったように頭をかいていたセルジオも、もうバレているならば仕方ないと思ったのか大人しくデバイスを操作していくつかの報告書を投影した。
空中に投影されたそれをぼーっと読んでいたクイントが何かに気づいたように、目を見開いた。
「これ、どこから」
「俺とゼストさんの今まで担当した案件と、レジアスさんに口をきいてもらったのと、後は裏でごにょごにょっと」
「呆れた。これなのはちゃんには?」
「いつかは言いますけど、まだ内緒ですかね」
「それは、私たちにも、か」
「ん、まあ、まだその時じゃないってだけです」
誤魔化すように笑うセルジオ。
「この報告書にうつってる写真の素体サンプルって……」
「たぶんクイントさんの見立てで間違いないです。ついでにその付近の研究所からはガジェットのプロトタイプっぽい残骸もありました」
「この案件どの程度足はつかめてるの」
「場所は絞り込めてますけど令状がないことには踏み込めませんね」
「じゃあまだ動く時じゃない、ってことね」
「そう言っていられる状況だったら良かったんすけどね……」
「どういうこと?」
「ま、それもそのうちゼストさんから話がありますよ」
クイントが報告書から目を離して、隣のセルジオの横顔を見やる。
とても優秀で、自分の目標が見えていて、その為の努力を欠かさない、だからこそとても危なっかしい、そんな少年の姿。
見た目は多少変わってもその本質は幼い頃からほとんど変質していない。
「ねえ、セルジオくん」
「なんでしょう?」
「もしかして私と娘のためにこの案件調べてるの?」
「あはは、クイントさんって結構自惚れてますね。普通はそんなことなかなか言えませんよ」
からかうように笑うセルジオ。しかし、それが否定を意味しないことは付き合いの長いクイントだからこそわかる。彼は、人のために平気で自分の時間を割く人間だ。
(ここまで情報が集まったってことは、ついに終わりが見えってきたって事なのかしら)
クイントがセルジオから目をそらしてまたじっと報告書を見つめる。
そこには、『戦闘機人及びガジェットドローン生産プラント』というタイトルがつけられていた。
二章開始。
パワー不足ですがあんまり空けるのもあれなんで取り敢えず更新。
前みたいな速度になるかはわかりませんが毎日更新できるよう頑張ります。
因みにこの年はゼスト隊の全滅及び高町なのは撃墜の年です、