Force Detonater   作:世嗣

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始動

 

 高町なのは十歳。小学五年生。

 

 ついに夏休みである。

 

 日本の学生が遍く恋い焦がれ、別れを告げる際には涙まで流すあの夏休みである。

 まあ長さに応じてそれなりの量の宿題が出たりもするのだが、それはそれである。

 

 普段から友人にワーカーホリックではないかと言われ、もっと休めという言葉を睡眠時間は減ってないよとか会話になっているようななってないような言葉を吐くなのはだが、基本的には小学生。ならば夏休みという一大イベントに心を躍らせないわけはなかった。

 

 仕事はちょこちょこ入っているものの、アリサ率いる海鳴の友人たちのおかげで既になのはの夏の予定は埋まりつつある。

 

 現に夏休みが始まったばかりの今日も、自由研究も兼ねて『オールストン・シー*1』へ社会科見学に行くことになっていた。

 

 午前中は水族館や遊園地を見て回っていたなのはたちだったが、時間もお昼時になったということもありアリサの父親の引率で施設内のレストランで食事をとることに。

 

「にしても、はやても残念だったわねー。せっかく五人でこれると思ってたのに」

 

「お仕事なら仕方ないよ。それに夜にはこっちに来れるって言ってたから、ね?」

 

「それはわかってるけど、なんかちょっと悪いと思ったのよ」

 

「はやてちゃん、結構ガッカリしてたもんね」

 

 コップに挿したストローでジュースを飲みながらアリサがボヤく。

 

 一応はやても今日の朝から一緒に来る予定だったのだが、急遽入った仕事がずれ込んで出勤せざるを得なくなったのだ。

 

 その事情をアリサもわかってはいるものの、だからといってガッカリしなかった訳ではないわけで。

 

 なのはが昨日「仕事入ってもうた……」と肩を落として報告してきたはやての姿を思い出す。

 

「じゃあ、はやてちゃんが夜来るまでお風呂に入るのは待っているってのはどうかな? お母さんがホテルのお風呂は大きいって言ってたし」

 

「あ、それいいね。きっとはやても喜ぶよ。どうかな、アリサ」

 

「ん、それは悪くない考えね。そうとも決まればメールしときましょ」

 

「じゃあ私が送っておくよ。今たぶん本局にいるからデバイスを介さなきゃ送れないと思うし」

 

「そう? 悪いわね」

 

「いいよ。どっちにしろさっきの水族館での写真をユーノくんたちに送る予定だったから」

 

 そういうとなのははまずはやてにすずかの提案をメールで送り、その後午前の間に四人で撮った写真をレイジングハート経由でユーノに一言添えて送信した。

 

(……セルジオくん、興味あるかな)

 

 浮かんできたのは翠の瞳の先輩の姿。

 

 今は仕事中だろうし送ったところで一言、「楽しんでいて何より」とかそんな無愛想な返信しか来ないのだろうが。

 

(おやすみもらってるし報告くらいしとくべきかな。うん、きっとそう)

 

 えいや、と勢いをつけてメールと写真を送信して、ふうとため息を一つ。

 そして携帯からアリサたちへと視線を戻せば、今はどうやらはやての管理局でのことについて話しているらしい。

 

「にしても、本当に『管理局』って忙しい所よねー。小学生が仕事なんて」

 

「うーん、なんというかミッドチルダは全体的に地球よりもメインの働き手が若い傾向があるから。兄さん、クロノだって十六歳だけど今は支部局長してるし」

 

「なんというか、それはフェイトちゃんのお兄さんがとっても優秀なだけな気もするけど……」

 

「いやそれはそうとして問題ははやてよ。十歳に夏休みまで働かせるなんて社会としてやばいんじゃないの、ミッドチルダ」

 

「あはは、はやてちゃんは他の人の使えない魔法とかいっぱい使えるからどうしても引っ張りだこになっちゃうみたいだね」

 

 そう言って苦く笑うなのは。

 

 はやては夜天の書由来の『探索』『解析』『分析』のレア魔法、ミッドとベルカの魔法をどちらもSランクで扱えるという稀少な魔導師であり、その手を借りたい人間は多い。

 またはやては『闇の書事件』の中心人物であり、本人は被害者ということにはなっているものの、守護騎士たちが違法行為を行っていたのは事実。そういう後ろめたさも重なって、仕事をついつい引き受けてしまうのだろう。

 

「なのはとしてははやてちゃんはもっと休んで良いとは思うんだけどね」

 

 ね、と隣のフェイトへと賛同を求めると、そこには微妙な顔で笑う親友が。

 なにか変なこと言ったかな、となのはが首をかしげると対面に座っていたアリサが深い、本当に深い、肺の空気を全て吐き出したのではないかと思えるほどのため息をついた。

 

「あのね、なのは」

 

「なあにアリサちゃん」

 

「それ、あんたが言う?」

 

「え?」

 

「だーかーらー、休んだ方が良い云々をあんたが言うのかって言ってんのー!」

 

「その、悪いけどなのはちゃんにははやてちゃんの仕事に関してどうこう言う筋合いはないと言うか、盛大なブーメランというか」

 

「ええ、でもなのはは、ほら、大丈夫だから」

 

「なのはのことは信頼してるけど、根拠のない『大丈夫』を信じて本当に大丈夫だった事は無いので信じられません」

 

「フェイトちゃーん……」

 

「それこそ縁日でハズレなし! と言っておいて八等のハリセンをアタリと言い張るお店くらい信用ならない……」

 

「そ、そこまで信用ならないかな……」

 

「フェイトちゃんが去年のお祭りのことまだ気にしてる……」

 

 なのはが眉を寄せてむむと唸る。

 

「これでも休んでるつもりなんだけどなぁ。なのはより仕事してる人とか他にもいるし……」

 

「……ナポレオンとか歴史上の人物はナシよ。あと物語のキャラクターとか」

 

「ひ、ひどい! ちゃんと今生きてるもん! 現実にいる人だから!」

 

「ええと、参考にまで聞くけどそれって誰のこと?」

 

「え? セルジオくん」

 

 その言葉を聞いて、三人がまたか、と頭を抱えた。

 

「最近のなのは仕事関係になると『セルジオ』さんの話多いよね」

 

「その人実は人間じゃなくて仕事するために生み出されたアンドロイドかなんかじゃないの」

 

「そんなことないよ! ちゃんと血の通った人間だよ! 凄く頭が良くて向こう見ずで、いっぱい怪我してもへっちゃらの…………たぶん人間だよ?」

 

「なのはも自信がなくなってる……」

 

「薄々感じてたけどその人を基準に考えるのは間違ってる気がするかなぁ」

 

 なのはも自分で話しながら首を傾げてしまう。あの人は毎回入院するレベルの怪我を負っているが、果たして同じ人間なのだろうか。

 昔三課の職員たちが『セルジオの体は傷跡だらけだからノーメイクゾンビできるぜ!』とか騒いでいたのを思い出す。

 

 実際にはセルジオの服の下を見たことなんかないが、それでも無数の傷跡があるだろう事は想像に難くなかった。

 

「ねえ、なのは、なのはは少し自分の事に無頓着すぎだと思います。私とかアリサたちも心配してるんですからね」

 

「は、はい」

 

「そもそもあんたは小学生なの。社会人じゃないの。小学生が一人前になんでもできると思い上がるんじゃないわよ」

 

「そ、それはそうだけど……でもさ」

 

「でもも何もありません!」

 

 なのははフェイトとアリサのお叱りの言葉を頂戴しながら、すずかに助けを求めるように視線を送るが、すずかはにこにこと笑うだけで何も言ってはくれない。

 

 なのはが肩を落としたその時、胸元のレイジングハートを経由して送られてきたメールに卓上の携帯が軽く震えた。

 

「あ、あー! はやてちゃんとユーノくんからだ! ほ、ほら! みんなで返信考えよう!」

 

 チャンスとばかりに全力で話を逸らしにいくなのはに、アリサが小さくため息。フェイトの方も仕方ないなぁ、と薄く笑む。二人とも小言は言い足りないが、不承不承ながら乗ってやる事に。

 

 二人はただなのはが自身の体を少しでも顧みて、あなたの事を心配する人がいるんだよ、と伝えられればそれで良かった。それはきっとちゃんとなのはには伝わっているだろう。

 

 あんまり言い過ぎてもかわいそうだ。今日はせっかくの楽しい夏休みなのだから。

 

「はやてちゃんはなんて?」

 

「ほら、ユーノの方にも何か送ってやりましょ。たぶん羨ましがるわよ」

 

 アリサとすずかが席を移動してなのはの携帯を覗き込む。

 

 そして、四人が笑みをかわしながら返信の言葉を考える中、ふとなのはの頭の端にもう一人のメールを送った人物のことが思い起こされる。

 

(返信、いつ来るかな)

 

 思わず遠い空を見上げるが、きらりと光った太陽が眩しくてなのはは思わず目を細めた。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 三課のオフィスに向かってふらふらと頼りない足取りでセルジオが歩く。

 

 いつもはしっかりアイロンのかけられた制服も今日は皺が目立ち、セルジオがやたらと疲れている様子が見て取れる。

 

 ふらふらとセルジオがオフィスへと入ると、中の光景を見て顔をしかめる。

 

「こ、こんなとこで寝ないでくださいよ、皆さん」

 

 死屍累々の三課の面々がソファーや机、果ては地べたに転がって眠りこけていた。

 

「う、おう、セルジオか、今俺たちは死ぬ気で仕事を片付けてクソ眠いんだよ……」

 

「お願い、一時間、ダメなら三十分でいいから寝かせて……」

 

「それもこれもお前が今日までに期限の仕事片付けろとか無茶言うからなんだぞ……」

 

「隊長から頭下げられんかったら逃げ出しとったワイ………ぐがーー」

 

「……どうぞお眠りください。用があるときは起こしますから」

 

「まじ、たすか、んごーーー」

 

 半分寝ながら喋る同僚に感謝の念を送って自分のデスクへと戻るセルジオ。

 

  (期限ギリギリだけど、一応戦闘機人に関われるだけの人は集まった)

 

 ゼファーから抜き出したデータを見てセルジオの表情が曇る。

 

(けど思ったよりも情報が集まりきらなかった。たぶん場所とか規模に間違いは無いけど、防衛システムなんかまでは手が回りきらなかった)

 

 ぎり、とセルジオが薄く唇を噛む。

 

 通常なら今セルジオの手元にある程度の情報があれば充分だ。しかし、今回はいかんせん調査するべき場所が多い。

 そうなれば一箇所に割ける頭数は減るし、危険性も高くなってしまう。

 そのため少しでも多く情報を得たかったのだが、そんなものが三日やそこらで手に入るわけもなかった。

 

「くそ、ままならねえな……」

 

 髪をかきあげて天井を見上げると、備え付けのライトの光が眩しくて目にしみる。セルジオが僅かに目を細めて、息を吐いた時、ゼファーが小さな音を立てた。

 

「ん、メール? 誰からだ」

 

 セルジオが手元の、銀色の『ブレスレット』型のゼファーに目を落として、ウィンドウを開く。

 

「お魚がいっぱい…………ああ、高町か。周りのはいつぞやの友達だな」

 

 ぼーっとイマイチ回っていない頭で写真を見つめて、三秒後ほどにそこに写っているのがなのはだという事を理解する。

 

「返信、した方がいいか。なんと返したものかな」

 

 なんとなく卓上にあった古びた懐中時計を手の中で弄びながら返信の文面を考える。

 

「まあ、なんだっていいか。高町も気の利いた返しなんか求めてないだろう」

 

 適当に「楽しそうで何よりだ。怪我などをしないように」と打ち込んで送信してウインドウを閉じた。

 

 送られてきた写真のデータも一緒に閉じようとして、なのはと友人たちが楽しげに笑いあっている姿に目が止まる。

 

「……高町、楽しそうだな」

 

 なんだか、その笑顔がセルジオには嬉しい。思わずセルジオも頰に薄い笑みを浮かべてしまいそうになり、それを慌てて手のひらで隠した。

 

 今は仕事中である。それに、こんなのを誰かに見られた日には三日三晩からかわれまくることは目に見えていた。

 

「あらなのはちゃんの写真ね。わざわざ報告するなんて律儀ね」

 

「もしかしたら以前俺がこういう施設には行ったことがないって言ったから気遣ってくれたのかもしれません」

 

「あら、なら一緒に行けば良かったじゃない。誘われたって聞いたけど?」

 

「社交辞令でしょ、そんなの。俺はあいつが楽しんでくれているならそれでいいです」

 

「ふふ、セルジオ君もなのはちゃんが大切なのね」

 

「そういうのはやめてください、メガーヌさん。俺たちは只の相棒……メガーヌさん?」

 

 頭が回りきっていないからかかけられた言葉に半ば反射的に応じて、自分の言葉に正気に戻った。

 

 勢いよくセルジオが振り向くとそこには紫髪の柔らかな笑みを浮かべた女性、現在育休中のはずのメガーヌがそこにいた。

 

「はい、お久しぶり……でもないかしらね。この前クイントの家であった以来ね」

 

「え、メガーヌさん?! 何でここに?!」

 

「クイントから呼ばれたのよ。どうも手が足りないらしいじゃない?」

 

「で、でもルーテシアちゃんは……」

 

「今日は託児施設に預けてきたわ。こればっかりは仕方ないわ」

 

「何考えてるんですか! そんな、娘を一人残してくるなんて、もし何かあったら」

 

「ないわ」

 

 その先は言わせない、とばかりに断言するメガーヌ。

 

「私が娘を置いて死ぬなんてことは絶対にない。あの子を親無し子にする気は無いわ」

 

 メガーヌはぽんぽんとセルジオの頭を軽く撫でると、ふと目を細めて笑う。その笑顔を見てセルジオは唇を噛んで、顔を上げる。

 

「……俺がちゃんと、メガーヌさんを無事に返してみせ──あいたっ」

 

「三年早いわ。せめて二十歳になってからそういう事は言って欲しいものね」

 

 セルジオの脳天に撫でていた手をチョップに変えて落としたメガーヌは、はあと隠す気もなくため息をする。

 

「私もまた弟分に守られるほどじゃないわ。それに君と同じ場所に行くかもわからないでしょう?」

 

「それは、そうですが……」

 

「だからいいのよ。君は自分のことだけを心配しなさい」

 

 そう言ってまた柔らかく笑うメガーヌに、セルジオは俯きながら小さく頷いた。眉間には深い皺が刻まれており、唇はへの字に曲がっていて、いかにも不承不承と言った様子である。

 

 そんな自らの弟分の頭をまた軽く撫でるメガーヌ。彼女の弟分は昔から『親子』という関係に関しては少し過剰に反応するきらいがある。それが悪いこととは言わないが、こと今に関しては余計な心配に感じた。

 

「…………メガーヌさん」

 

「何?」

 

「無事に帰ってください。貴女のことを心配する人がいるんです」

 

 そんな此の期に及んでまで他人の心配をするセルジオに、メガーヌは思わず困ったように笑った。

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 三課のオフィスにゼストを含めた全ての三課局員が姿を見せていた。ここにいないのは現在地球で夏休みを過ごしているなのはだけだ。

 

 ゼストがオフィスから見えるクラナガンのビル街に視線を送ったまま、背後の部下たちへと声をかけた。

 

「全員、来たか」

 

「はい。高町空曹長を除く三課職員、計十五名ここに」

 

 ゼストが振り返ると、そこには一糸乱れぬ姿で整列している部下たちの姿があった。

 

「ここに来たという事は、今回の件についての詳細を聞き、そして了承したという事だな」

 

「戦闘機人及びガジェットドローン生産プラント、その違法研究施設計十三箇所の制圧。また万が一存在するかもしれない()()()()()()()()()()()()()()()。そう、聞いています」

 

「そうだ。そして、これは正規任務ではない。むしろ、独断専行として罰される可能性すらある。それでも、やるか」

 

 答えはない。しかし、その無言こそが三課の総意だ。

 

「安全な任務ではない。最悪命を落とすことになるかもしれん。それでも、やるか」

 

 答えはない。既に、ここに来たことが彼らの答えだから。

 

 ゼストが瞼を閉じて、そうか、と呟いて、そして、目を大きく見開いた。

 

「諸君! 俺たちが今から赴くのは命を弄ぶ許されざる行為を行う研究所だ!

 

  許してはならない! 見逃してはならない! それで踏みにじられる命がある! 人知れず消えて行く命がある!

 

  俺たちの戦いは正義を守るものではない! 俺たちが管理局員であるならば、守るものは正義ではない! 守るものは法ではない!

 

  俺たちは無辜の人々を守るために! 虐げられる命を守るために武器を握れ!

 

  危険であろう! しかし、俺に言わせてくれ必ず生きて帰って来い! そして、そしてまた共に同じ釜の飯を食うぞ、仲間達よ!」

 

 ゼストが叫ぶと、セルジオが、メガーヌが、クイントが、全ての三課職員が声を合わせた。

 

「行くぞ、戦闘機人その全てに終止符を打つ」

 

 

 

 

 

 

 

*1
アリサとすずかの親の会社が共同で開発をしている海上レジャー施設。内部には目玉である巨大水晶の展示された水族館、そして遊園地が内接されている





みんなも察しているでしょうがセルジオくんは『陸』所属なので今頃なのはがキリエにぶっ飛ばされてるなんて微塵も知らないです。

今回の研究所突入に関してはなのはには全く知らされていないので、セルジオはひっそりやって全て終わってから事情を説明する気でいます。
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