東京タワーから東京の街を見下ろしながら『イリス』が目を細めた。
「始まったわね……」
イリス間のネットワークを通して、各地で戦闘が始まったことを感じ取る。
「随分広範囲に結界を張っているのね。少し骨が折れそう」
親指の爪を噛んで、イリスは小さく舌打ち。
現在管理局が張った結界は関東全域*1を覆い、その中では外への通信は不可能となっている。
「私の手札は量産した私の模造品*2と、機動外殻*3、そしてユーリ。時間はかかるでしょうけど、戦力としては充分ね」
そう呟いて、自分の口から出た『ユーリ』と言う単語に胸の中がざわつくのを感じた。
イリスは、エルトリアの『惑星再生委員会*4』の製作物であるテラフォーミングユニット*5であり、その目的は過去に親友と呼んだはずの『ユーリ*6』への復讐にあった。
その為に父を救いたいキリエを騙し、わざわざ遠い世界までやってきた。
そういう意味では、イリスはこの一連の事件の首謀者と言えるのかもしれなかった。
「……ユーリ」
その名前を口に出すたびに脳裏に蘇るのは、自分の大切だったものが全て壊された日のこと。
父と慕う人を、家族と思っていた大人たちを、自分の夢も全て、踏みにじられた。
他でもない親友だと思っていた人物によって。
嘘だと思いたかった。何かの勘違いだとも思いたかった。でも、現実はそうではなかった。
だって、イリスが血だらけの父を抱きしめながら問うた時、ユーリ自身が『自分がやった』と言ったのだから。
その言葉を聞いてイリスは思わずユーリを殴り飛ばしていた。そして、涙で滲む視界の中で、ユーリの体に父の血の赤が見えた時、まともな思考は全て吹き飛んだ。
殺してやる、と思った。
仇をとってやる、と思った。
いっそ殺してくれ、と思った。
しかし、その全ての思いは叶えられることなくユーリはエルトリアを去った。
体が朽ちて、思考だけが遺跡板の中に封じ込められてからは、ユーリを忘れたことなど一日たりともなかった。
常に復讐だけを心の糧として、ユーリに同じ事をやり返し、絶望を叩きつける日を夢に見て必死に生にしがみついてきた。
全てはユーリへの復讐のためだけの十数年だった。
「猫たちも、関係ない命も、この世界も、全部、全部あの子に殺させる。そして、私と同じ絶望を刻みつけてやる」
イリスが冷たい目でユーリがいるであろう方角へ吐き捨てるようにそう言った。
「だから、その為にまずは結界の破壊ね。そうしなければ、何も始まらないわ」
その言葉に質問を投げかける存在はない。
無数の群体イリスは個にして群、群にして個。
その意思はイリスの指示の元に統括される。故に、イリスの行動にも指示にも質問が投げかけられることはない。
「急いで行動しなくちゃ。最後に、笑うために」
自身の故郷とはまるで似ても似つかぬその風景を見下ろしたイリスの瞳が、ほんの一瞬赤く光った。
「せぁっ!」
「──ハッ!」
東京の地下鉄の線路上で、裂帛の気合の声とともに二つの影が斬り結ぶ。
ラベンダーの色とともに地をかけるのははやての守護騎士が将『剣の騎士』シグナム。右手には炎を纏わせた愛剣『レヴァンティン』を振るう。
対するのは片刃の長剣を手にした『固有型』イリス。本体とは似ても似つかぬ長い茶髪を揺らしながら、シグナムの斬撃を跳ね上げるようにして弾いた。
ちり、とシグナムの魔力が変換された炎が固有型の頰を撫でるが、全く身じろぎすらしない。
その容姿は変わることのない表情のせいか、作り物めいた美しさと、刃のような冷たさを宿している。
刃を交えながら「どこか昔の自分に似た雰囲気だ」とシグナムがひとりごちる。
「随分と良い太刀筋だ。量産品とは思えんな」
「当然だ。私は他の機体の約30体分の素材からできている」
「成る程。貴様が強いのも道理というわけか」
ふ、とシグナムが薄く笑みを見せながら剣を振るう。
「理解不能だ。何故笑う」
「む、すまんな、気を引き締めなければならないのはわかっているが、好敵となるとどうにも抑えきれん」
「お前は戦闘行為に愉悦を感じるのか?」
「行為自体に楽しみを見出すのではない。好敵との戦いの過程に意味を感じるのだ」
「戦闘とは目的を勝ち得るための手段だ。過程に愉悦を感じるのは不合理だ」
「こればかりは性分だからな。機械である貴様には、理解しがたい話なのかもしれんが」
そう言うシグナムが苦笑した。
もしかすればプログラムであるシグナムがそういうのもどこか皮肉な話である、と言ったことを考えてるのかも知れなかった。
二人の剣戟は絶え間なく響きながら、薄暗い地下鉄の中を炎と、エネルギー光により断続的に明るく照らす。
シグナムが横薙ぎに剣を振るうと、それを量産型は峰の部分で受け止め、シグナムの騎士甲冑から覗いた足を払おうとローキックをしてくる。
だがそれをシグナムは空いた左手でレヴァンティンの鞘を動かす事で防いで見せると、受け止められた刃にぎりぎりと力を込めた。
炎の魔剣が量産型の剣を押し込んでいき、炎が肌を焼く直前で固有型は自分から後ろに飛んでシグナムと一旦距離をとった。
(なんとなく間合いは掴めたな)
守護騎士であるシグナムと固有型イリスの身体性能は概ね互角。
「レヴァンティン、行くぞ」
《 Jawohl 》
ならばそれを分けるのは積み上げてきた技量の差に他ならない。
シグナムが自身のデバイスを呼びかけると、相棒は短く了承の意を示した。
ラベンダーの魔力光にシグナムの体が包まれると、地を蹴って固有型へと一気に肉薄していく。
固有型も同じように体に光を宿しながら両手で握った剣を唐竹に振り下ろして迎撃を行う。風を切る音ともに白刃がシグナムの頭を狙う軌道で振るわれる。
高い肉体の性能よるその一撃は常人では目で追うのは困難なほど鮮やかで、素早いものであった。
「だが、速いだけで届く刃はないと知れ」
シグナムは腰の鞘を左手で引き抜くと、刃を滑らせるようにして逸らして、固有型の懐へと潜り込んだ。
「レヴァンティンッ!」
《 Explosion! 》
業、とレヴァンティンに纏われた炎が主人の魔力を吸い上げて、今までよりも一層紅く燃え上がった。
シグナムが弾いた勢いをそのままに鞘を動かしてレヴァンティンの刃を納刀して、カートリッジを装填する。がしょん、とユニットが動くと一発分の魔力のブーストがかかる。
「──紫電一閃ッ!」
闇の中で煌く炎の剣は、抜刀の勢いそのままに腹部から肩口にかけて切り上げながら魔力ダメージのみを固有型に与えてみせる。
「あ、か……」
非殺傷モードによる魔力付与の一撃は的確に殺さないよう加減されて固有型の意識を刈り取った。剣の扱いにおいて熟達し、達人の域に足を踏み込んでいるシグナムだからこそ可能な妙技。
呻き声を上げながら倒れる固有型を視界の端に捉えながら、シグナムが空中でレヴァンティンを軽く薙いで炎を消した。
「すまない、誰か此奴を拘束してくれないか。私はあまりバインドが得意でなくてな」
量産型イリスの拘束に当たっていた魔導師の一人が杖を片手に駆け寄ってきて、シグナムの足元に転がっている固有型を拘束し始める。
それを確認したシグナムはふう、と小さく息をついて静かに鞘に剣を納めた。
シグナムが固有型と刃を交えている頃、高町なのはと八神はやては『オールストン ・シー』で別の固有型との交戦。
フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは結界防衛の要である東京ドームに。
シグナムを除いた他の守護騎士も各地で固有型との戦闘を。
そしてディアーチェ率いるレヴィとシュテルの三人は夜天の守護者たるユーリと交戦中。
そして時空管理局東京支部の支部長たるクロノ・ハラオウンが何をしているのかというと。
「デュランダル」
《 ok,boss 》
ほう、とクロノの吐息が白く染まる。
それは地球の季節でいう『冬』などの寒い時期にしか起こりえない現象であり、七月半ばである現在、いわゆる『夏』に起こるはずがないもの。
ならば、いかな理由で白い吐息が出ているのか。
その答えはクロノが行使した魔法により明らかになる。
「悠久なる凍土、凍てつく棺のうちにて永遠の眠りを与えよ」
眼下の街に動く無数の機動外郭、量産型を視界に捉えながらクロノが静かに詠唱すると、その意思に従うようにして周囲を旋回していたビットが捜査範囲限界まで飛んでいく。
「──凍てつけ!」
《 Eternal coffin 》
クロノの詠唱によりデュランダルが唸りを上げて、Sランクの高範囲凍結魔法を発動させる。
はじめに一陣の風が吹いたかと思うとクロノの魔力がデュランダルの機能により、氷結の息吹をへと形を変える。
クロノの魔法により発動した吹雪は旋回するビットによって反射、射程範囲を広げていきながら、辺り一面を白銀の世界に閉じ込めた。
「状況終了。エイミィ敵性反応は」
『バッチリ沈黙してるよー。たぶん取りこぼしはないよ』
「わかった。一応周囲を確認した後次のポイントへ急行する」
『オッケー。敵の生産拠点と洗っておくね』
「頼んだ」
クロノが吹雪の中一人で小さく息を吐いた。
『エターナルコフィン』。
今したようにその気になれば一つの都市をまるごと凍りつかせることすらできる大規模凍結魔法。
それは本来なら魔力量がさほど多いわけではないクロノにとって一回使うのすら困難なもの。
しかし、それをクロノは彼の父の形見のデバイス『デュランダル*7』に備え付けられている凍結機能により遥かに少ない魔力で発動を可能にしていた。
だからといって魔法の難度が下がるわけではないし、その削減された魔力も軽視できるレベルではない。
発動速度、射程範囲をこのレベルまで持ってこれているのは一重にクロノの努力の賜物であった。
空を飛びながら凍りついた機動外郭や、雪に埋まるようにして固まった量産型を見ながらクロノが眉を寄せた。
「こいつらは何故結界外部を目指しているんだ?」
それはクロノがイリスが動き出していた時から感じていた疑問だった。
「イリスの目的は言動から察するにユーリへの復讐。なら、何故
本当にユーリが憎いならすぐに殺せばいい。
ユーリに人を殺させたいならユーリを戦力に組み込まず単体で結界外周部を目指させればいい。
ユーリの真意を聞き出したいなら量産型を作るなど捕捉される可能性を増やさずずっと潜伏しておけばよかった。
結界を壊したいなら全戦力をスカイツリーにでも集めればいい。
ちぐはぐだ。イリスの行動は言葉と矛盾する点があまりにも多すぎる。
「イリス、君は一体何を企んでいる」
クロノは直接イリスと言葉を交わしたわけではない。けれど、ユーリの残した映像から推察されるイリスの目的からはあまりにも行動が伴っていない。
「何か、なにか、言葉にできないものが動いている気がする」
執務官としての経験が警鐘を鳴らしている。
理知的なクロノとしてはこうした直感はあまり好まないが、時に経験則に基づく感覚がバカにできないことをクロノは知っていた。
「今考えても答えは出ないか」
だが、それは後回しだ。
今はすべきことが他にもある。
「今回の事件、一筋縄ではいきそうにないな」
銀色に染まった街並みに佇む巨大な機動外郭をひと睨みすると、クロノは背中を向けて次のポイントへと飛び立って行った。
「ふむ、なかなか驚異的な能力だ」
クロノが立ち去った街で、その声が響いたことは誰も知らない。
見えない意思が、動き出そうとしていた。
推して参るさん対シグナム。
相手も無傷で勝ってしかもバインドで拘束してる当たり管理局もめんどくさいなって思いますね。
固有型みたいな意識がありそうなやつは殺しちゃいけないってことなんでしょうな。
たぶんシグナムさんは危なげなく勝ってるはず。