「アクセラレイター・オルタ」
「アクセラレイターッ!」
夜闇の中で二色の光が踊る。
一つは紫のエネルギー光をまとったフィル・マクスウェル。
一つは桃色のエネルギー光をまとったアミティエ・フローリアン。
「貴方も私と同じアクセラレイターをっ!」
「同じではないよ。稼働効率で言えば私は君を超えていく」
フィルが右手の剣を振り下ろしたのをアミタはザッパーで受け止める。甲高い金属音が響き、ぎじぎしとザッパーの刀身が軋んだ。
「『アクセラレイター・オルタ』。救助用の君達のフォーミュラと違い私のは戦闘用だ。そもそも理念からして異なるのさ」
苦しげな顔でザッパーを抑えるアミタに軽い笑みを返して、フィルが左手の中にヴァリアントウェポンである大型片手銃を出現させた。
「だからこういうこともできる」
「なっ────」
右手で剣を作りながら、左手で全く別種の武器を作り出す。それはアミタやキリエのフォーミュラでは使われない機能だ。
ヴァリアントシステムは体内のナノマシンによって外部の無機物をエネルギーを通す事で武器へと変える技術を指す。
その武器に定型はない。故に武器の形成には個人の想像力が大きく影響するところが多い。
そのため、アミタもキリエも、左手と右手で別種の武器を作り出す、ということはしない。
両方銃、両方剣、といった形態をとることはあっても、片手に剣、片手に銃、といったスタイルは、アクセラレイターで加速した思考速度でも形成が間に合わないのだ。
けれど、フィルは簡単にそれをやってみせた。
フィルの戦闘用のフォーミュラと、アミタの救助用のフォーミュラの違いが、武器の形成補助、という形で現れていた。
キュイン、と低い音を立てながらフィルの銃の中にエネルギーが充填されていく。
アミタでは避けられない。
けれど、この戦場においてアミタは一人で戦っているわけではない。
「──撃ちます」
桜色の光線がなのはの『レイジングハート・ストリーマ』から放たれてフィルの手に握られていた銃を弾いた。
「はぁっ!」
「む──」
その隙にアミタはアクセラレイターの稼働効率を上昇させ、フィルの剣を弾くと、そのまま加速。ザッパーをハンドガンに変形させた。
加速で距離を取りながら乱射される銃弾。雨のように降り注ぐそれをフィルはかわしながら自身も左手に再生成した銃によって迎撃の弾丸をアミタに放つが、なのはのディフェンサーがそれを遮った。
「なのはさんナイスです!」
「いえお気になさらず!」
空中でアミタが笑ってアクセラレイターの稼働率を通常加速状態から、再度高稼働状態まで引き上げる。
世界の動きが、遅くなる。
アミタの主観の世界の中で、全ての物理運動がゆっくりと流れる。音も、空気の感覚も、全てが遅い。
その中でアミタだけが通常の速度で動き、そして思考ができる。
「アクセラレイターッ!」
アミタの体が桃色のオーラに包まれてフィルに向かって一直線に空を駆けた。
ミッドチルダの飛行魔法とは違う、エルトリア式フォーミュラのエネルギー操作による空中移動。
その速度はとうに音を置き去りにして、空気を弾けさせる。
「行き、ますっ!」
アミタが両手にハンドガンを生成し、フィルを囲むようにして、弾丸を『置いた』。
時間が何倍にも引き伸ばされた中で、銃弾だけはその恩恵を受けることなく空間に固定され、フィルの動きを阻害する檻となる。
「アクセラレイター──」
けれどフィルもまた、アミタと同じ世界を共有できる数少ない存在だ。
「──オルタ」
ナノマシンによるエネルギー変換。しかも戦闘用にチューンされたそれはアミタの稼働率を容易く超えて、フィルの体感時間を数十倍に引き伸ばした。
「隙が見えるよ、アミティエ」
その速さがあればアミタが置いた青色の弾丸の檻をかわしながら、迫って行くことが可能。
フィルが弾丸の一つを斬り落とそうと剣を振るい、青色の檻に脱出ルートを作り出した。そこを紫のオーラに守られたフィルが飛び出して、横合いから桜色の砲撃に殴り飛ばされる。
「がっ──」
最高のタイミングでのなのはの砲撃支援に、アミタが手の中のハンドガンをくるりと回して、エネルギーを充填。
フォーミュラ由来の赤い光は銃口に高い音を立てて溜まりながら、臨界点を迎えて眩い光を集めた。
「ファイネストッ!」
キュイン、と小さな音を立ててアミタの弾丸が砲撃に殴り飛ばされたフィルの無防備な腹部を狙い、そして炸裂した。
赤い閃光は爆発とともに激しい衝撃をフィルへと与え、纏った紫のオーラを吹き飛ばしながら大きくのけぞらせた。
その光景を見てなのはは砲撃が当たったことに安心したように、ふう、と一息。直ぐに転送魔法によってストリーマの魔力バッテリーを交換する。
(アミタさんもマクスウェルさんも速いけど、なんとか目で追える)
バッテリーが交換が無事に行われたことを確認すると、ストリーマの先をフィルへと向ける。
「行くよ、レイジングハート」
《 All right,master. 》
「ディバイン────」
《 Divine Buster 》
「────バスターァァァ!」
高町なのはの代名詞『ディバインバスター』。フォーミュラと魔導の融合技術により、通常よりも遥かに早く充填されて、空中へのフィルへと真っ直ぐに延びた。
消しとばされた空気による悲鳴が聞こえそうな、そんな速度と威力。
「アクセラレイター・オルタァァァッ!」
フィルの姿がなのはの視界から搔き消える。そして、今の戦場で一番めんどくさい相手を高町なのはだと断定し、なのはを落とすために肉薄する。
なのはにはアミタやフィルのような加速の技術はない。飛行魔法である程度の高速飛行はするが、それだけだ。
視界から消えるような速さも、認知させないような攻撃もない。
だが、
なのはの親友はフェイト。
もう既に2年近くの付き合いで模擬戦も何度もしている。
なのはの今の相棒はセルジオ。
一年近くの間何度も共闘してきた。
そして、その二人とも
だから、なのはが、高速で移動する相手と、共闘するのも、戦うのも非常に慣れているのは当然とも言えた。
なのはには高速戦闘下においての仲間の取りそうな行動も、そのためにどのようなサポートをすればいいかの経験がある。
そして、フィルは数度の攻防の中でそのことを読み取って、なのはから先に倒すべきだと判断した。
「レイジングハート!」
《 All right,master. mode:Esutorea 》
アミタを無視して自身へと向かってくるフィルに対し、なのははストリーマを素早く近接戦闘型の『エストレア』に変形。多重のシールドを展開してフィルの行く手を阻んだ。
「ハッ──ッ!」
「うそ──」
「盾なんかで防げると思わないことだ!」
だがその多重シールドもフィルは銃で半分を破壊。残り半分は叩きつけた剣で斬り裂いていく。なのははなんとか剣をエストレアで受け止めたものの、余りの圧力に耐えきれず少しずつ刃が押し込まれてバリアジャケットの肩口に触れた。
桜色の粒子が漏れ出している『フォーミュラⅡ』のバリアジャケットのフィールド防御も、バリアジャケットの繊維も纏めてきれていく。
「やあっ!」
だがここでなのはは周囲に旋回したディフェンサーをフィルに叩きつけて、無理やりに距離を取ろうとする。
なのはの身の丈ほどの鉄の塊がフィルを横っ面からなぐりつけようと迫るが、当のフィルは片方の手の銃を剣に変形。距離を詰めてきたディフェンサーを横一閃、半ばまで大きく切り込みを入れた。
ディフェンサーから軽いスパークが走り、一瞬だけその動きが鈍った。
「ほうらっ!」
「あぐぅっ」
そしてその間にフィルは剣を手の中で半回転。持ち手を握り直すとナックルガードの部分でなのはの横っ面を殴り飛ばした。
近接戦闘などまともにできないなのはは交わすこともできずに、まともにその一撃を受けて吹き飛んでいく。
「少し手間取らせてくれた」
フィルが手の中の剣を再び銃へと変形させて、なのはに銃口を向ける。吹き飛んだなのははその攻撃が見えているが、頭が揺れたせいか思うように飛行魔法を使うことができない。
フィルの銃口へとエネルギーが圧縮され、引き金が引かれた。
「アクセラレイターッ!」
だが、アミタは弾丸が到達するよりも早くなのはの元へ駆けつけて、横抱きにしてなのはを攫った。
「アミティエ……!」
「私のフォーミュラは救助用! 人を助ける事が本分です!」
アミタはフォーミュラ起動の証である淡く光る髪を揺らしながらなのはを横抱きにして縦横無尽に飛び回る。
それを銃で狙おうとするフィルだが、空中をジグザグに移動し続けるアミタになかなか照準を合わせる事ができない。
「あ、アミタさん……」
「目を覚まされましたか! 大丈夫ですか?」
「は、はい。なんとか、動けそうです」
そんな中アミタの腕の中のなのはの朦朧とした意識が通常まで戻ってくる。軽く頭を振って意識をはっきりさせたなのは。
「……アミタさん、何か勝つための方策はあったりしますか?」
「残念ですが、今はこれといって思いつくものは……」
なのはの質問にアミタの表情が曇る。
(今問題なのはマクスウェルさんの動きが速いこと。そのせいで、二対一の状況じゃなくて、一対一と、一人の状況を作らされてる)
ちら、と射撃をやめてアミタを追いかけてくるフィルへと視線が映る。
(必要なのはマクスウェルさんの動きを止めて二対一の状況に落とし込む事)
よし、となのはが作戦を組み上げて小さく頷いた。
「アミタさん、今から私はわざとマクスウェルさんの前に出て囮になります。それで、なんとかして動きを止めるので、後はお任せしますね」
「な、何を言ってるんですか! そんな危険な事させられるわけないです!」
「でもこのままじゃどっちにしろジリ貧になっちゃうと思います」
「なら私がやります! 私が囮をやりますから!」
「それも正直難しいです。例えアミタさんに足止めしてもらっても、私の攻撃じゃアミタさんも巻き込んじゃいますし」
「でも……」
「大丈夫ですっ。アミタさんほどじゃないかもですけど、なのはも結構頑丈なんです!」
曇った表情のアミタになのはは笑みを返して答える。
「じゃあ、よろしくお願いします!」
「なのはさんっ!」
最後にそういうとなのははアミタの制止の言葉を聞く事なく、腕の中から逃れると追いかけてきていたフィルに砲撃、注意を自分へと逸らした。
低い唸り声を鳴らした桜色のビームは、それをはるかに上回るスピードを持つフィルによって容易くかわされてしまう。
アミタをはるかに上回る速度で移動するフィルがなのはへと向けて銃を乱射する。
それをシールドと体運びで避けるなのはは速射弾と誘導弾で応戦するが、視認するのも困難なフィルには有効に機能しない。
(──来る)
なのはが目の前に桜色の魔法陣によるシールドを五枚重ねて展開する。
「これで、終わりだっ!」
フィルが肉薄しながら先ほどと同じように速度と体重を乗せて叩きつけるように剣を振り下ろす。
一枚、二枚と魔法陣が真っ二つに斬られていき、そして、五枚目の魔法陣によるフィルの剣が触れた時に、『事』が起こる。
《 Buinding sheild 》
「これは、鎖……っ?!」
なのはのバインディングシールドが発動し、フィルの剣と体を魔法陣に縛り付けた。
今までになかったその未知の技術にフィルが目を見開き、そして、それをはるか上空から確認したアミタは、手の中のヴァリアントウェポンを作り変えた。
「良い位置に来ました」
がしゃん、と音を立てながらアミタの手の中のハンドガンが変形を始め、青をメインカラーにしたロングライフルへと変わった。
「これで、終わりです!」
アミタの網膜に弾道ルートが映し出され、なのはに当たらない軌道で弾丸が射出される。
「ファイネストカノンッ!」
青い閃光と共に弾丸がフィルの体に命中して、そのままなのはのバインドを引きちぎり、吹き飛ばす。
アミタの弾丸はそれでも消える事なくフィルの身体を押しながら、海面に叩きつけて、ようやく炸裂した。
ズ、と辺りを震わせる振動と共に海水もろとも弾丸が弾けて、そして凄まじい水しぶきを散らせた。
「終わった、かな?」
《 Probably he is fainting. 》
「そっか。なら一応安心だね」
「なのはさん!」
「ひゃっ!」
やれやれ終わったと言わんばかりになのはが息をつこうとして、隣にやって来たアミタの声で身を竦めた。
「本当に無茶をします! 私のは確かに攻撃範囲は狭いですが、それでも当たる危険性だってあったんですよ?!」
「あー、あはは、すみません」
「もう、ああいうのはご家族もお友達も心配されます。気をつけてください」
「はぁ……」
叱る姿と叱られる姿がやけに板についているのは、アミタが姉で、なのはが末っ子だからなのか。それとも、アミタが日頃から叱る側で、なのはは叱られる側だからなのか。
「でも、本当に勝てて良かったです。アミタさんもお疲れ様でしたっ」
「…………フェイトさんたちの苦労が少しわかる気がしますね」
「──?」
「ご自愛ください、という事です」
にこりと笑って労りの言葉をかけてくるなのはに、アミタががっくりと肩を落とした。
「では所長の拘束に行きましょうか。起きられては面倒です。申し訳ありませんが────」
────キュイン。
「──は?」
アミタの腹部を、弾丸が貫通した。
貫いた弾丸はなのはのバリアジャケットに炸裂して、少なくないダメージを残す。
アミタの体から力が抜けてなのはの方へと倒れかかってくる。
「くっ──アミタさんっ!」
「あ、なの、はさん……ご無事で、すか……」
脇腹を抑えながら受け止めたアミタの貫通銃創から、どぼどぼと赤い液体が溢れ出して海へと落ちていく。
「ほう、守りきったか。流石、拍手を送らせてもらうよ」
ぱちぱちと乾いた拍手が辺りに響いた。なのはがアミタを腕に抱いたまま、弾かれるように音の方を見ると、
「は、え……なんで?」
なのはは慌てて、先ほど倒したはずのフィルへと目を向けて、
「混乱しているようだね」
ゆっくりと言い聞かせるように、フィルは口を開いた。
「さっき、あなたは倒したはずで──!」
「さて、なんでだろうね。君でもいくつか理由は思いつくだろうが……」
ぱちん、とフィルが指を鳴らした。
「私が教える必要はないだろう」
瞬間、青い閃光が空からなのはたちへと降りて来た。
それはなのはのディバンバスターをはるかに凌ぐ範囲ですっぽりと包み込み、速射に優れたショートバスターよりも遥かに高速で二人を狙っていた。
それはさながら青白い壁。そんなもの、アミタならともかくなのはでは避ける手段などない。
(逃げられ────)
びゅう、と風が吹いた。
「また来たな、地球」
リンディやユーノの尽力で作り出された結界の外ギリギリの市街地に転移して来た、少年は茶色の制服のネクタイを緩めながら遠くを見つめる。
魔力を持たない人間にはわからないが、ミッドチルダの魔導師である彼には、その『現実』と『非現実』を分ける境界線を感知することができる。
少年が軽くシルバーのブレスレットを叩くと、体が淡い白の光に包まれる。
そして晴れた時には茶色の制服は消え失せ、代わりに白のコートに長い槍を手にしていた。
「こういう形では、来たくなかったが」
そう言った少年の翠の瞳がほんの少しだけ細められた。
バインディングシールドって結構な初見殺しの確殺コンボよね。
脚注は消えました。さらば。