Force Detonater   作:世嗣

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ドライブ・イグニッション

 

 

 

 

 

 

 想いで覆る力はない。

 

 けれど、その想いに意味が無いことはない。

 

 決して、決して。

 

 

 

 マクスウェルに向けて魔力刃を叩き込む。

 

『スティンガーブレイド・エクスキューションシフト』。クロノの持つ中で最大射程を誇り、その総数百を超える。その形は剣であり、着弾とともに炸裂効果ももたらす非常に優れた魔法だ。

 

アクセラレイター・オルタ

 

 けれど、マクスウェルはそれをいっそ余裕すら感じる態度で躱す。

 

 ならば、とクロノはデュランダルの杖先に魔力光弾を収束し射出する。デュランダルに搭載された機能によりクロノの魔力は自動的に冷気へと変換され弾頭が氷結の力を帯びる。

 

「スティンガースナイプ!」

 

 光弾がクロノの杖の指示に従って高速で移動するマクスウェルを追うが、マクスウェルは恐ろしいことにクロノのスティンガースナイプの速度よりも速く移動していた。

 

「ならっ!」

 

 そこでクロノはマクスウェルを追いかけるのをやめて同時に直射弾で目くらましを行いながら、行動を予測することで光弾を先回りさせる。

 

「──はあ」

 

 けれど、それすらもマクスウェルはひょいと避けて、ため息を混じらせながら雑に剣を振った。

 

 アイスブルーの弾丸が真っ二つになり霧散し、その一瞬でマクスウェルの姿が掻き消えた。

 

「どこに……」

 

「ここだよ」

 

 一呼吸でマクスウェルがクロノの背後に現れる。それにクロノは魔力をブーストとして放出し、飛行魔法を活用することで体を半回転させしなるように蹴りを叩き込む。

 

「何度も言っているはずなんだけどね」

 

「────」

 

「君は遅い、と」

 

 マクスウェルはクロノの足を何でもないように受け止めるとそのままぐるりと振り回してビルの壁に叩きつける。

 

「かっ、は……」

 

 ひゅっと肺の中の空気が全て出てしまったのでは、と思うかの衝撃がクロノを襲い、悲鳴とも息とも判断できぬ音が喉から漏れた。

 

 マクスウェルが握った手を離してぽいと空中に捨てると落ちていくクロノに向けて、ヴァリアントウェポンの銃口を向ける。

 

 それは形状としては銃に近かったが、その銃口は何時ものよりも遥かに大口径であり、イリスの『ブラスター』と呼ばれる迫撃砲に酷似していた。

 

 引き金が引かれると銃声が響き、紫の光弾が無防備なクロノに撃ち込まれる。

 弾丸は着弾とともに爆発しながら強い衝撃を与え、黒のバリアジャケットの上着部分を吹き飛ばす。

 

 羽をもがれた虫のように地面へと墜落したクロノが激しく咳き込み、銀色のフルフィンガータイプの手甲がぬめついた液体で赤く染まる。

 

「く、そ…………!」

 

 体を震わせながら必死に立ち上がろうとするクロノを見下ろして、マクスウェルが小さく息を吐く。

 

「範囲攻撃、指揮官としての才覚、どちらも大したものだ」

 

 マクスウェルが手の中で剣を軽く回した。

 

「けれど、私と渡り合うには君は少し手札が少ないよ。あの凍らせる魔法も、あの展開速度では躱すのも難しくない」

 

 クロノが薄く唇を噛む。

 

 その通りだった。

 

 クロノは基本的に『スティンガースナイプ』や『スティンガーブレイド』といった遠、中距離魔法と『ブレイズキャノン』、『ブレイクインパルス』といった近距離魔法に、多彩なバインドでサポートを行うことで戦うタイプ。

 

 けれど、マクスウェルはとにかく速い。

 

 座標固定型のバインドはマクスウェルの動きの速さに座標を絞ることができず、発動すらできない。

 ならばと設置型バインドを用意したものの、最初の数度通用したのみで解析が完了された今では発動と同時に破壊されてしまっていた。

 

 頼みの綱のエターナルコフィンも大規模魔法ということもあり、マクスウェルの攻め手の激しさに詠唱すらできない始末だった。

 

 マクスウェルから見て、クロノが自分に勝てるとは思えなかった。

 

「まだ、立つか……」

 

 なのに、クロノは立ち上がる。

 

 デュランダルを杖にして、ボロボロのバリアジャケットで、震える体に鞭打って、それでも立ち上がる。

 

 す、とマクスウェルの目が細くなる。

 

「何故立てる、君は」

 

 その質問に額から血を流すクロノが頰を緩めた。

 

「なぜ、か…………」

 

 その表情はどこか笑っているようで。

 

「そんなの────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 Exelion Buster 」

 

 破壊の嵐が吹き荒れる。

 

 僅かその距離二メートルあまり。

 

 セルジオは避ける事は能わず、命中は必至だった。

 

 故に、敢えてセルジオは攻勢に転じた。

 

模倣(インストール)ーーー繋がらぬ拳(アンチェイン・ナックル)

 

 クイントの技を瞬時に模倣し、足から力を流しながらわずかな魔力を混ぜ込んで増大させる。そして、生まれた勢いをそのままに、両手首に現れていた桜色のバインドを粉々に砕いた。

 

「アンチェインッ! ナックルゥゥゥッ!」

 

 そして砕いたエネルギーを使って更に拳を加速させながらゼファーを握っていなかった右拳を使って体重移動を行い、なのはのエクセリオンバスターをかわそうとする。

 

 幸運だったのはアンチェインナックルが魔法技術よりも、どちらかというと格闘技術だったこと。もし魔法だったなら中身がほとんどなくなろうとしていたセルジオは敢え無く胸を貫かれて死んでいただろう。

 

 不運だったのは、なのはとの距離が遠くアンチェインナックルはなのはに当たらず、首元を軽く空振っただけだったということ。

 

 そして、最悪なのは避けきれなかったエクセリオンバスターが、殺傷設定の砲撃がセルジオの肩口にあたり利き腕である左腕を根本から吹き飛ばしたということ。

 

「──────ぁ」

 

 エクセリオンバスターが、なのはの砲撃が、セルジオの腕を消失させる。

 

 思わず目を向けた先で、ゼファーの銀色の槍を握った手首だけが落ちていくのが見える。

 

 そして、肩口には二の腕の半ばから先は消えて、その断面では真っ赤な肉と何やら黄色いものがまじり、そして中心には白いものがあって。

 

 セルジオがぼやけた頭で、流石にここまでの怪我は初めてだな、と考えて、ようやく鈍っていた感覚が追いついた。

 

「あ、がぁぁぁあああああああああ!」

 

 視界が真っ赤に染まる。

 

 痛い。

 熱い。

 痛い。

 熱い。

 痛い。

 熱い。

 痛い。

 熱い。

 

 まともな思考などない。

 

 自分が今飛行魔法を使えず墜落を始めたことも気づかない。

 

 ただ、今までに感じたことのないような痛みと熱が無慈悲に襲ってきた。

 

 腕を失った断面から数瞬遅れて血を吹き出し始める。

 

 よく晴れた夏の日。

 

 頂点に登った太陽。

 

 透き通るような夏空の下で、東京の空で血の雨が降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クロノ・ハラオウンは所謂『天才』タイプではなかった。

 

 もちろん才能がなかったとは言わない。

 

 同世代に比べ魔力にも恵まれ、賢く、身体能力だって悪くはなかった。

 

 けれどそれはイコールでクロノが苦労しなかった理由にはなり得なかった。

 

 思えば学生時代には優秀な人間が多くいたように思う。

 

 高難易度魔法の構築に関しては他者の追随を許さなかったティーダ。

 

 射撃なら的を外すところなど見たところもなかったヴァイス。

 

 解析魔法によって割と飲み込みだけはよかったセルジオ。

 

 それに比べてクロノは特筆して優れているところというのはなかった。

 

『万能型』、と言えば聞こえはいいかもしれないが、クロノ自身は自分のことを『器用貧乏』だと思っていた。

 

 砲撃は決め手になり得ず、射撃は数を増やせば弾速が落ちる。加速魔法は申し訳程度で、満足なのはバインドだけ。

 

 こんなものでは自分の魔法の力を充分に使えているとは言い難かった。

 だから、友人や師匠の手を借りて魔法を自己流にアレンジした。

 

 威力の足りない砲撃は物理破壊を伴う『ブレイズキャノン』にすることで底上げを。

 弾丸を一発にして貫通性能と速度を向上させた『スティンガースナイプ』。

 ひたすら演算能力を鍛えて展開速度を上げて広範囲攻撃の『スティンガーブレイド』も作り出した。

 

 楽な道などではなかった。

 

 毎日毎日血反吐を吐くような思いをしながら走り続けた日々だった。

 

 

 故に、クロノはここで自問する。

 

 

「どうしてクロノ・ハラオウンは戦うんだ?」

 

 

 なぜだろうか。

 

 なぜ自分は辛い思いをしてまで努力して、そして戦うのだろう。

 

 答えはすぐに出た。

 

 

 守りたいと思ったのだ、管理局という組織で、父と母が守ってきたものを。

 

 

 父に憧れたのが、始まりだった。

 

 幼い頃に『闇の書』によって殉職した父。

 

 周囲からは「優秀な人だった」と聞いていた。

 

 師匠からは「良い人だった。死ぬべき人じゃなかった」と言われた。

 

 恩師からは「法に背かない男だった」と言われた。

 

 そして、母からは「優しい人だった」と教えてもらった。

 

 そのどれかが間違いであったとは思わない。きっと全て父の側面を捉えていて、どれも『クライド・ハラオウン』という人間だったのだろう。

 

 父が死んでしばらくして、士官学校に入学し、幾人かの友人と出会って、何度か夢を語り明かしたことがあった。

 

 執務官になる、だとか。陸きってのエースになる、だとか。一人は、やけに夢想的なことを言っていたか。

 

 ある日友人たちと同じ任務についたことがあった。

 

 卒業前の検定のようなもので、他の二人は受けなくても良かったのだが不満を言うことなくついてきてくれた。

 

 それで友人らと同じ仕事をして、そして守った人たちを見てしみじみと胸に熱い想いが湧いてきたのを感じた。

 

 

 父の守っていたものを自分も同じところから見て理解した。何のために両親が、師匠が、恩師たちが戦ってきたのかを、頭ではなく、心で理解した。

 

 だから、守りたいと思ったのだ。

 

 自分が大切だと、美しいと思ったものを。

 

 

「なに、寝てるんだ、クロノ・ハラオウン」

 

 昔、決めたことだった。

 

 法に背かず、かつて父がしたように、辛い現実に、認めたくない現実に立ち向かって、そして守るのだと。

 

「なら、立たなきゃな」

 

 そして、クロノは立ち上がり、そして自分を見下ろしている男へと目を向ける。

 

「何故立てる、君は」

 

 男がクロノに問い、迷うことなくクロノは答える。

 

「守るためだ。法を、なにより僕が守るべきだと思うものを」

 

「この世界は君が生まれた世界ではないだろう? なのにそこまでして守るのか」

 

「ああ、そうだ」

 

 クロノはマクスウェルを見上げたまま小さく頷いた。

 

「理解できないな。君に一体何の関係があると言うんだ。君自身や家族の命ならともかく、見ず知らずの、しかも君たちの存在を知らない人間の方が多いんだろう? 一体何の価値があるというんだ?」

 

「話にならないな」

 

「なに…………?」

 

 ふん、と不満げに鼻を鳴らして、クロノが額の血を拭った。

 

「守ることに価値を求めた時点で、僕とあなたは決して理解し合うことはないだろう」

 

 自然と、クロノの手の中に力が入った。

 

「僕たちが戦うのは地球(ここ)が守られる価値があるからじゃない! ただそうあるべきだからだ! この世界にある現実が否定されて良いものではないからだ!」

 

「ーーー」

 

「あなたに過去に何があったかなんて関係ない! あなたがどれほどの力を持っているかも関係ない! 例えあなたにどんな事情があったとしてもこの世界を侵していい理由にはなりはしない!」

 

「…………人が、過去を捨て未来に進むことを否定するのか」

 

「未来に進むというなら、辛いことも、悲しいことも、全て抱えて前に進むべきだ。あなたは逃げてるだけだ。過去にあった現実から。今横たわる現実から」

 

 マクスウェルの顔から笑みが消える。その表情は、何の色もなくただ静かにクロノを見下ろす。

 

「僕は今のこの現実を守るためにここにいる。そこに価値があるからじゃない」

 

 クロノがしかとマクスウェルを見据えて、言い放つ。

 

 

「それが、管理局(ぼくら)だからだ」

 

 

 マクスウェルが、はあ、と大きく息をついた。

 

「成る程、概ね理解したよ。私と君たちでは絶対に相入れる事はない、という事がね」

 

 そして手の中のヴァリアントウェポンを銃型に戻して銃口の先をクロノへと向けた。

 

「それで? 御大層な題目を並べたところで私と君の実力差は変わらない。それで、君は私をどうするつもりなのかな?」

 

「勝つさ。勝って、そして守る。その為の方策だって、ちゃんとある」

 

 なに、と眉を寄せるマクスウェルをよそに、クロノのデュランダルを握る手とは反対の左手がジャケットから引き抜かれる。

 

 現れたのは、一枚のカード。

 

「S2U────セットアップ」

 

捧ぐ歌(Song to you)』。

 

 それは、もう一つの彼の杖だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ずっと自問していた。

 

 なぜ自分は『戦闘機人』の事よりも、なのはのところへやって来たのか、と。

 

 セルジオの手元にあるデータではなのはの怪我はそこまで大した事がなかったとなっていた。

 

 クロノにも任せたし、フェイトもいる。

 

 セルジオが行く必要などない。そも行ったとしても、いや行けるかどうかもわからない。

 

 セルジオは『陸』の人間で、今回は『海』の案件だ。そうやすやすと受け入れられることはないだろう。

 

 なのに、セルジオはなのはの事を考えない事が出来なかった。

 

 事件の規模と、相手の能力を見て、ただ友人と、彼女のことを心配するだけ。

 

 何度振り払おうとしても、振り払えなかった。

 

 セルジオにはその理由がわからない。なぜ、こうまで『高町なのは』という一人の人間が気にかかるのかがわからなかった。

 

 

 

 

 左腕を消失したセルジオが地べたを無様に這い蹲る。

 

 先程まで痛みと熱さで全く頭が回っていなかったが、地面に激突する直前で一度気を失って解除されたバリアジャケットから帰ってきた魔力でなんとか飛行魔法が発動、地面への着地ができた。

 

「ミスってたら、挽肉だったな」

 

 青い顔で強がるように軽口を叩く。

 

 茶色の地上本部の制服に身を包んだセルジオが残った右手で袖を引きちぎると口を使って左腕をギリギリと縛って止血する。

 

 今までとめどなく流れていた血が少しだけ遅くなる。

 

「高町は…………まだ探してるか」

 

 血が足りないせいで青白い顔を上げると、ビルの谷間に時折桜色の光が瞬くのが見えた。

 

 どうやらビルを根こそぎ破壊したりという無茶苦茶な方法を取る気は無いらしい。それはマクスウェルの資源を破壊されては困るという意思なのか、果たしてなのはに僅かに残った意思がそうさせているのかはわからない。

 

「たちまちここが見つかるってことは、ないとは思うが」

 

 だがのんびりもしていられない。

 

 セルジオはあまりにも血を失いすぎた。なのはに襲いかかられても死ぬが、かといってこのまま隠れていても失血死で死ぬだろう。

 

「八方塞がりだな」

 

 くは、と乾いた笑いが漏れる。

 

 責任を仲間に任せて、己の無茶を通して、そして、『救う』と豪語しておいてこの始末。本当に、もう笑うしかなかった。

 

 でも、だからと言って諦めることだけはない。それでは、何のために生き残ったかがわからない。

 

「『あの人』のことの、責任を取れてない」

 

 歯を噛み締めて、セルジオが立ち上がろうとして、片腕がないせいでバランスが取れずに盛大に転んだ。

 

「ーーーーッ」

 

 声にならない叫びが硬く引き締められた口から溢れた。

 

 セルジオのなくなった左腕はただ立ち上がるだけでも凄まじい激痛を訴えかける。それが、転んだ時にどうなるかなど言うまでもない。

 

「痛みが、あるなら、大丈夫だ。ほんとにやばいときは痛みもなくなるからな」

 

 気が狂いそうな痛みの中必死に頭を巡らせる。

 

「打つ手がないわけじゃない…………まあ片手はないんだが」

 

 へへ、と自嘲するように笑う。

 

「ゼファーは、どこにあるか…………」

 

 燻るリンカーコアからほんの雀の涙ほどの魔力が供給され、それでなんとかワイドエリアサーチを行う。

 いつもの制度に比べれば酷いものだが、デバイスを見つけるだけならばこの程度で十分すぎるほど。

 

 ゼファーを探す傍ら、『ゼファー』、否改良型『ゼファー』を受け取った時の製作者の言葉を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

「君は、何のために戦うのかね」

 

「ああ、そういう表向きのはいいから。ちゃんと、本当に思ったことを言って欲しい」

 

「ほらほら、そんなに困った顔をしないでくれたまえ。安心していい、私は口が硬い方だ」

 

「ならば私の荒唐無稽な欲望も明かしておく。ーーーーーだ。ほら、次は君の番だろう?」

 

「ほら、言いたまえ………………ほう、ふむ」

 

「ん? ああ、悪い悪い少し考え事を、ね」

 

「いやいい夢だと思う。まあ一人の人間が持つには少しばかり大きなものだとは思うが、ね」

 

「ははは、そうだとも、君はそれを分かった上でなおそれを目指すのだろう」

 

「ならば、一つだけ問いたい。ん? 何、そう難しい話でもない。これまた正直に、イエスかノーかで答えてくれればいい」

 

「君は、欲望のためならば自分が死ぬかもしれない方法を取ることをできるかね?」

 

「くく、そうだとも。そうだとも。やはり君はそう答えるだろうね」

 

「いいや、いけないことではないさ。その証拠に私は君にこの『ゼファー』を与えるよ。上手く、使いたまえ」

 

「ああ、そうそう忘れていたよ」

 

 

「君の欲望に喝采を送ろう、セルジオ・アウディ」

 

 

 

 

 

「あった、けど、これは…………」

 

 ぎり、とセルジオが薄く唇を噛む。

 

 ビルから少し離れた道路の中心。そこに何か問題があるわけではない。

 

 ただ、上にあるものが問題だった。

 

「高町の、真下か……」

 

 なのはは今動きを止めてただ静かに槍の上空で佇んでいた。

 まるで、ゼファーを餌にセルジオをおびき寄せようとするかのように。

 

 奥の手を使うための種火はゼファーの中に入っており、使うにしてもセルジオが手に触れなければならない。

 

 それはイコールで、なのはの砲撃の嵐を切り抜けなければならないということで、今の片腕のないセルジオがそれをできる可能性など絶無に近い。

 

「クソ、どうしろって…………!」

 

 残った右拳を握りしめて、軽く金属がこすれるような音を聞いた。

 

「なんだ、これ…………」

 

 アンチェインナックルを撃ってから握りっぱなしの拳の端から、血に濡れても薄く光る銀色のチェーンがのぞいている。

 

 どうやらアンチェインナックルがなのはの首元を掠めた時に引っかかっていたらしい。

 

 ゆっくりと、拳を開いた。

 

「これ、高町の、か……?」

 

 ちゃり、と音を立てたのはシルバーの小さな星のネックレス。

 

 それは、いつぞやにセルジオがなのはに戯れで買ってやったもので、部屋にしまってると聞いていたもので。

 

「なんで、こんなもの、持ってるんだよ」

 

 どうしてこんな戦場にまでつけてきているのか。

 

 ほとんどつけてないと、そう言っていたはずだった。

 

「なん、で………………」

 

 ネックレスを握って額につける。

 

 

「どうして、俺は高町のところへ来た」

 

 

 幾度目かわからない自問をする。

 

 尋ねることはいつも同じ。

 

 ただいつも「わからない」としかいえなかった答えでなく、胸に巣食う言葉にならない思いに名前を与える。

 

『高町なのは』。

 

 初めて会ったのはクロノに引き合わされてからで、そこからはもう一年の付き合いだ。

 

 机を並べて仕事をして、時に背中を預け、時に隣に並んで、時には正面から向かい合って。

 

 一年にしては、随分と濃い付き合いだ。

 

 いろんな、表情を見て来たと思う、見せて来たように思う。

 

 泣いたり、恥ずかしがったり、怒ったり、拗ねたり、呆れたり、緊張してたり、いろいろだ。

 

 でも、なのはの事を思い出そうとして浮かんでくるのはいつだって笑顔だ。

 

 優しく、柔らかく、微笑むなのはの姿が胸の奥にある。

 

 そうして、この笑顔はいつの笑顔なんだ、とぼんやり考えて、答えはまたすぐにでた。

 

「あの時の、高町だ」

 

 トーレと戦った後、入院した先端医療研究所のベットの上で、なのはと二人で話した時のことだ。

 

 なのはに面と向かって夢を告げたのだ。

 

 自分でも荒唐無稽で、けど諦めきれなくて、そんな自分の夢をなのはに教えた時、なのはは柔らかい笑顔を浮かべていた。

 

 否定しなかった。驚くこともなかった。

 

 ただ一緒に背負おうと言って、素敵な夢だと、そう言ってくれた。

 

 

 

「ああ、なんだ、簡単じゃないか」

 

 

 一つずつ丁寧に確かめればすぐにわかることだった。けれど、今まで理解できていなかったのは、今の関係に甘えていたからだ。

 

 温くて、曖昧な関係で、満足していた。

 

 けれど、一度なのはが離れて、怪我をしたと聞いてそれじゃあ駄目だと思ったのだ。

 

 

 セルジオがゆっくりと目を開いて、思考の海の底から帰ってくる。

 

 体は自然に立ち上がる。

 

 血を失い、左腕を失い、しきりに体が痛みを訴えてなお、それでも心は前を向く。

 

 ちゃり、と手の中の星のペンダントが音を立てた。

 

「距離は、ギリギリまで陰に隠れていけば、150ってところか」

 

 にっと無理矢理に笑みを浮かべてみせる。

 

「じゃあ、行くか」

 

 そして、未だバランスが上手くとれない体で、ゼファーめがけて走り出した。

 

 一歩、二歩、と歩みを進めていき、程なくなのはがセルジオの存在に気がついた。

 

 ストリーマの砲身がセルジオに向けられ、素早く速射弾が連射された。

 

「擬似解析ーーー十四手」

 

 それをゼファーがない状態での擬似的な予測によってかわして、また一歩、また一歩と足を進めていく。

 

 その間も弾丸の雨が止むことはないが、セルジオはその全てを紙一重でふらふらと躱す。

 

 そして、遂になのはが痺れを切らしたように瞬間的に砲身にエネルギーを充填し、セルジオへと撃ち放つ。

 

「こ、こだっ!」

 

 セルジオへと真っ直ぐに飛んでくる砲撃、それを見てセルジオが迷う事なく前へと跳んだ。

 

 体が少しの間浮いて、そして背後へと着弾したなのはの砲撃の衝撃で体が吹き飛んで行く。

 

 そう、百メートル近い距離があったゼファーの方へと、飛んで行く。

 

「ぐ、届け……!」

 

 残った右腕を必死に伸ばして、地面に転がる銀色の槍を掴み取った。

 

「よし────ぐ、おう、ぶ……」

 

 とったはいいものの今の体の状態で受け身など取れるはずもなく無様に地面を転がって、そしてビルに背中をつける形で止まった。

 

「なあ、聞こえているか高町」

 

 槍を片手に抱くようにして、自身を見下ろすなのはへと視線を向ける。

 

「いろいろ、迷ってたんだ。俺がお前のところに来ていいのかとか、なんでお前のことになったら悩んでいるんだろうとか」

 

 でも、その答えは、もう出た。

 

 

 

「きっと俺はお前のことが大切なんだ」

 

 

 つまりは、そういうことだったのだろう。

 

 自分と同じものを目指して、隣にいてくれる小さな彼女のことが、いつのまにか掛け替えのない存在になっていた。

 

 それだけだった。

 

 だから、とセルジオが前置く。

 

 

「今度こそ俺は高町を助けるよ。俺の、全力全開で」

 

 

 そうして、セルジオが銀色の槍を、改良型ゼファー、正式名称『ゼファー・EC』を強く握った。

 

 

 

 

 

「デュランダル、S2U」

 

 

「ゼファー・EC、アクティブ」

 

 

 

「──デュアルドライブ」

 

 

 

「──()()()()()・ドライブ」

 

 

 

「 「 ────イグニッションッ! 」 」

 

 

 

 

 

 






セルジオもクロノも秀才タイプで、なんで二人が仲良くなったか、ウマが合うかはそこあたりにも理由があったりするのかもしれません。

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