金と赤とが弾け、そして花が舞い散るように残光を漂わせた。
片や魔法により高速で飛行するフェイト。手にはアミタからもたらされたナノマシンにより多少の強化を経たバルディッシュ。彼女の生来の変換資質も相まってその剣からは雷光が光る。
片やアクセラレイターにより加速するイリス。体からフォーミュラ稼働の証の薄いオーラを纏って、三又に分かたれた斬鞭『スラストウィップ』を握る。
「アクセラレイター」
加速、そして斬撃。
「──バルディッシュ」
《 Sonic move 》
対し、フェイトが魔力に指向性を持たせ滑るように空を移動し、さらに慣性制御による減速なしでの追従を可能とする。
三本の鞭による同時攻撃を剣で払いながら、続けて手の中にスフィアを出現させる。
ばち、と青白い電弧が走る。
《 Photon Lancer 》
バルディッシュの低い声に導かれるようにスフィアから魔力弾が射出されイリスへと迫る。
「ザッパー」
けれどそれもイリスの手の中に現れた片手中により全て撃ち落とされてしまう。
そしてあろうことかフェイトのフォトンランサーを貫いた弾丸がそのままフェイトを狙う攻撃へと転じた。
堪らずフェイトは大きく旋回。剣での近接戦を挑もうとするが、イリスは鞭で空間を大きく薙ぐ事で近づかせない。
フェイトが慣性を維持したまま隣につつ、と滑っていき、紅い光弾がそこに待ち受けていた。
回避行動を予見していたイリスが、フェイトの視線が鞭へと移った瞬間に、迫撃砲へと変形させて、そこへ弾丸を置いたのだ。
さしものフェイトも回避が間に合うはずはない。
「──っ」
息を飲むのは一瞬。
フェイトが直撃を覚悟して身を固く縮める。
《 Protection 》
そこに挟み込むようにしてバルディッシュのフォローが入る。主人に防御を貼る余裕がないと見るや、デバイスによる高速演算で防御魔法を展開したのだ。
結果、フェイトに直撃するはずだった弾丸は金色の魔法陣に威力を大きく減衰させることとなる。
「ごめん、ありがとうバルディッシュ」
《 No problem sir. 》
助かった、とフェイトが小さく息をついた。
(イリスさん、本当に速い。移動速度も私と同じ、ううん、たぶんそれより速い)
もうもうと立ち上がった煙の中から身を踊らせ牽制の魔力弾を放つが、イリスはその全てをかわして、迎撃の弾丸の雨を叩き込んでくる。
(何より、思考が早い。私が一手打つ間に、それ以上の攻撃をしてくる……!)
イリスのアクセラレイターとフェイトのソニックムーブ。
どちらも簡単に言うと「速く動く」というものだ。
しかし、その理論から紐解けばその実情は大きく異なる。
フェイトのソニックムーブ。
これは飛行魔法により高速移動、その移動する力、つまり慣性を維持することにより最高速度で移動し続けるというものだ。直角に曲がることも、下降することもブレーキをかけることなくやってのけることこそがこの魔法の強みだ。
ならばイリスやアミタが使うアクセラレイターはどうなのかというと、これは『身体稼働率上昇』である。
ナノマシンから変換した周囲のエネルギーを一時的、または継続的に供給し続けることで身体の性能を大幅に引き上げる。それは移動速度だけにとどまらず、膂力、そして思考速度までその範囲内となる。
つまりフェイトはあくまでも速く動いているだけに過ぎないが、イリスは周りを遅くしながら自分はそのままのスピードで動けているという状態なのだ。
イリスの優秀さも相まり、フェイトが一つ考える間にイリスは三つのことを考えられるだろう。
そのアドバンテージは言うまでもない。
いくら速度が拮抗しているからといってフェイトが互角に相手取るのは難しいだろう。
だからこそ、今の戦闘開始から三十分以上たって、どちらもほとんど無傷であるという状況がひどく奇妙なものに感じる。
(もしかしたらイリスさんは……)
胸の内から一つの疑念が浮上してくる。
「…………確かめなきゃ」
ぽつりと呟くとソニックムーブで弾丸の雨をかわしていたフェイトが、閃光弾を使ってほんの一瞬イリスの視界を遮った。
その隙に一気にフェイトが加速、頭上に回ると剣を振り下ろした。
「────ッ」
イリスがほんの少し息を呑むと、鞭で迎え討とうとして、ほんの少しの間の後剣型の『ブレード』に変形させて受け止めた。
バルディッシュの電光とブレードの燐光がぶつかり、そして金属同士がぶつかるような甲高い音を立てた。
「あなたも、しつこい子ね」
「確かめたいことが、ありますから」
黒い刃の向こうで忌々しげに歪められた顔にフェイトは淡々と応じる。
「見たんですよね、キリエさんの持っていた遺跡板」
「──ッ、何のこと」
「マクスウェルさんのやったことが書いてあったものです。イリスさんを騙して──」
「知らないって言ってるでしょ!」
フェイトの言葉を遮ってイリスの銃のマズルフラッシュ。
競り合っていた剣を弾くと体を逸らすことで銃弾をかわす。
「ならなんで迷ってるんですか!」
「迷ってなんかない! 私は、迷ってなんか……!」
「私のこと、本気で攻撃もできないのに、ですか?」
「────それ、は」
「本気で倒したいなら銃だけじゃなくて剣も使えばいいじゃないですか! 近づいて斬ればいいじゃないですか! 私に避けられる余地なんか与えなければいい!」
加速しながら二人の銃弾と魔力弾が交錯する。その中で尚もフェイトがイリスへ呼びかける。
「それをできないのは、イリスさんが自分がやっていることを、マクスウェルさんの為に戦っていいかを迷っているからじゃないんですか?!」
「ならどうすれば良いってのよ!」
フェイトの言葉についにイリスが癇癪を起こしたように叫んだ。
「久しぶりに会えた! もう会えないと思ってた! 死んだと、思ってた!」
鞭を振るい、塾で牽制するイリスの目は既にウイルスコードの赤は見えない。ただ、その瞳には薄い水の膜が覆っている。
「私のことを愛してくれてたのよ! それが、それが、あんなちっぽけな遺跡板一つに『嘘だった』と言われて、信じられるわけないじゃない!」
マクスウェルにとってイリスは道具だったのかもしれない。便利な駒の一つだったのかもしれない。
けれど、イリスにとっては違った。
イリスは生まれた時からずっと一緒にいた、かけがえのない存在だったのだ。その過ごした時間は決して嘘じゃないのだ。
だって、と言葉を続けるイリスの瞳の涙の膜が割れる。
「所長の気持ちは嘘でも、
ぼろぼろと感情が決壊したかのように涙を流し始めるイリス。
彼女の言葉は、きっとキリエがイリスと戦えていれば彼女に言ったであろう言葉とよく似ていた。
「その所長が、私のことを必要だって、そう言ってるの! なら私は間違ってても良い! 騙されてたって良い! その気持ちを、私の気持ちを────」
イリスが頰を涙の雫で濡らしながらブラスターへと変形させた銃口をフェイトへと向けた。
「あんた達なんかにわかるわけないでしょうがっ!」
そして迫撃砲の引き金が引かれる。
真紅の弾丸が飛び出してアクセラレイターによる加速でフェイトに向かっていき、バルディッシュに真っ二つに叩き斬られた。
右と左とに分かれた弾丸が流れて、そしてフェイトの背後で爆発した。
背後からの爆風で白いマントを揺らしながらフェイトがゆるく胸を握った。
「わかります、たぶん、私だけはきっと」
そしてふ、とどこか儚さすら感じさせるような笑顔をイリスへと向けた。
「私も昔、大切な人にお願いされて、色々やってましたから。私の場合は母さんでしたけど……」
「ーーー」
「私たちのことを調べてたら知ってるんじゃないですか?」
イリスの攻勢が止まる。
過去フェイトは母親に頼まれて『ジュエルシード』というロストロギアを集めていたことがあった。それが世間的にはあまり褒められた行為ではないことを理解していたけどそんなことは見ないようにしていた。
全ては母親に『母さん』と慕う人に笑って欲しかったから。
後に『P・T事件』と名付けられるこの一件でフェイトと母親が和解することはなかった。フェイトは「あなたの娘だ」と言ったけれど、それでも母親が彼女を認めることはなかった。
だからこそ、思う。
「『親』って、とっても大切だと思うんです。その人が幸せなら、それだけできっと満足しちゃうくらい」
親が大切で、その人のためなら他の人がどうなっても良いとすら感じてしまう。
その為に、親が間違った行為をしたとしても、その人のためになるなら、と飲み込んでしまう。
『親』と慕う人に、『作られた生命』である二人は、その生い立ちから今の状況までよく似ていた。
「でも、だからってその人の間違いを見て見ぬ振りするのは、犯罪に走っちゃうのは、駄目だと思います」
フェイトとイリスが向かい合う。
彼女いわく『どこか似ている』二人が。
「私たちは心がある。きっと話し合えば理解できるはずです。『親』のためにできることは、他にもあるはずなんです」
そう、フェイトは友達に、今の家族に教えてもらった。
「そんなの、今さらよ」
ぽつりとイリスが呟いた。
「ユーリに、酷いこと言った。キリエを、ずっと騙してた。猫達にも。それに、この世界の人たちにも」
そしてイリスが顔を上げた。その美しい容貌にはどこか悲壮な決意すら浮かんでいるように見える。
「だから、今さらなのよ。ここまでやった私が、所長のためにすら戦わないなんて、そんなの一体なんだっていうのよ! どっちにもなれないなんて、そんなのどれだけ惨めになると思う?!」
目を鋭くしたイリスがフェイトを睨んだ。
「だからもう、所長の邪魔しないでよぉぉぉぉっ!」
感情の昂りに応えるようにアクセラレイターの速度が上昇する。そのあまりの速度に、向かい合っていたフェイトには対応できない。
無防備なフェイトへとイリスの凶刃が迫る。
「まーーーーーーった!」
ぎいん、と青い電光にイリスの斬撃が防がれる。
「あなた……」
「レヴィ……?」
突然の乱入者の存在に、イリスとフェイトの目が丸くなる。
名を呼ばれた人物は水色の長いツインテールを揺らしながら得意げに胸を張って、そして巨大な斧を片手にびしっとポーズを決めた。
「ふっふっふ、そうさ! 誰が呼んだか知らないが、僕はレヴィ! 王様の臣下で、シュテるんのマブダチ! ユーリがご主人様で、イリスの友達」
ばちりとレヴィのデバイス、『バルフィニカス』からまたもや青白い電弧が走った。
「『雷光』のレヴィ! それが僕の名前だ!」
最後ににっと悪戯っぽく笑ってみせる。
「レヴィ、なんでここに? 予定じゃ固有型の方に……」
「んー、なんか王様が『こゆーがたがいないから好きなところに行ってやれー』っていうから。フェイトを助けに来てやったんだ」
「私を、助けに?」
「うん。フェイトが怪我したり死んじゃうのは、なんか、こう、嫌だったし」
少し恥ずかしそうに唇を尖らせたレヴィは、それにと前置いて、今も自分たちを静かに見つめているイリスへと目を向けた。
「王様とシュテるんと話したんだ。ユーリも、イリスもどっちも助けるんだって。だから、イリスを止めに来た」
「猫のあんたが、私を止めるっていうの?」
「そのために力を手に入れたんだ。みーんな、みんな助けて、ハッピーエンドで終わるんだ!」
にぱ、と笑ったレヴィがバルフィニカスを長剣へと変形させてフェイトの隣へと並んだ。
「だからさ、やろう一緒に。フェイト」
「──うん! レヴィ!」
フェイトはレヴィの言葉に嬉しそうに頷くと自身もバルディッシュを構えて、イリスへと向き直る。
「絶対に止めます! 昔なのはがそうしてくれたように!」
「またみんな一緒にエルトリアに帰るんだ! イリス!」
青白い電弧と、黄金の雷光が刀身から眩い光を発した。
シグナムのレヴァンティンと固有型のヴァリアントウェポンが鎬を削る。
「────ッ」
「ーーーー」
二人の間にあった差は固有型の身体性能の向上により埋められ、以前のようにシグナムが一方的に優位に立つということはない。
「アクセラレイター」
固有型の体が加速する。
一呼吸の間に自らへと迫る固有型の斬撃を払いながらレヴァンティンの刃に炎が纏う。
炎の魔剣が横薙ぎに振るわれる。だが、固有型は加速により容易くかわして見せると背後からの一撃にてシグナムを狙う。
「──はぁっ!」
「させんさ!」
背中へと袈裟懸けに刃が迫り、それをシグナムは左手で鞘を引き抜いて防ぐ。
そして右手のレヴァンティンを手の中でくるりと回すと脇を抜けて固有型へと突きを放つ。
がいん、と金属がぶつかる音が響き滑るように固有型の体がシグナムから離れて行く。
「はあ、はあ、はあ、はあ……、やはり、強いな……」
固有型が荒い息の中シグナムへと向き直り、小さく呟く。その体の関節部分はアクセラレイターの影響か皮膚が裂けて、そこから細かな煙が立ち上っていた。
「貴様、まさか体を…………」
「は、固有型三体分、は、少し私の体には、過ぎたものだったらしい……」
凛々しい顔を苦痛に歪めた固有型がふらふらと剣を構える。
「……やめておけ。貴様、これ以上戦えば死ぬぞ」
「元より戦うための身体だ。今さら、機能停止を恐れることはない」
眉尻を上げた固有型の体を橙色のオーラが包み、そして再びの加速が敢行される。一気に桃色の髪の剣士との距離を縮めることを引き換えに、固有型の体が軋んでいく。
みしり、と関節が悲鳴をあげる。
ぎしり、と内部の歯車が外れかける音がした。
ばしゅ、と何かが流れていく感覚を感じる。
それでも、固有型は剣を振るうことやめない。
自分の残り少ない活動時間を縮めながら、一度負けた相手へと果敢に挑んでいく。
「一度負けた! そして、胸の中に浮かぶものがあった! 理由はわからん! だが!」
剣閃が輝き、辺りに響くはラベンダーとオレンジの剣の見事な二重奏。
その音を彩る舞い散るシグナムと固有型の鮮血。
美しく、けれど相手へと破壊の一撃をもたらす残酷なオーケストラ。
「私は貴様に負けたままでは死んでも死にきれん!」
裂帛の叫び。
機械の咆哮。
その眩しいまでの光を受けるシグナム。
(ここまでの気合、一体どこから……)
そう考えてシグナムは相手の瞳に映る景色を、自身の姿を確認して緩く首を振った。
(愚問、か)
同じ剣士。
自身を『生命でない』と断じるその姿。
剣をぶつけた時に交わした会話。
そのどれがきっかけになったのかわからないが、どうやら目の前の固有型はシグナムに固執しているらしかった。
『心』などないと彼女は言う。
けれど、その瞳に宿るものはどうみても宿敵と相見えたものの熱い炎で。
(生命を分ける差とはなんなのだろうな)
シグナムは夜天の書の守護騎士システムのプログラムだ。故にその命も、姿も不変で、どれほどの時間を経ても磨り減ることはない。
それはまともな生命と言っていいのかわからない。人によってはきっと生命でないと言う人もいるだろう。
けれど、彼女の主であるはやてに尋ねればその言葉はすぐさま否定されることだろう。
「貴様には」
剣閃応酬を繰り返しながら自身と向き合う剣士へと言葉を投げる。
「心が、あるのだな」
「心、だと?」
「勝利の為に命を投げ捨て、そして省みることなく前へと進む。そんなもの、心がなくては成し得ぬ事だよ」
「有り得ない。私は、群体だ。個にして全、全にして個。己と他を分けるものなどありはしない」
「それでも、私は貴様に心があると、そう思う」
「…………そうか。お前がそう言うならば、そうなのかもしれんな」
固有型が剣を振るいながらも、一瞬なにか面白いものでも見たかのように笑みを漏らした。
「ならば一層この戦いに勝たねばな。私の、『心』が命じたものであると言うならば」
そして、またもや加速。
その橙のオーラはちかちかと眩く光るその姿はさながら蛍のようで、その命が尽きようとしていることを示すようにすら見える。
おそらく、彼女が手を下さずとも固有型の命は長くない。
きっと十五分と持つことはないだろう。
けれど、だからこそシグナムは決着をつけねばならないと思う。
「レヴァンティン、シュランゲフォルムだ」
《 Aber ………… 》
「いい。これは、私がとるべき責任だ」
いいのか、と問いかけてくる相棒にシグナムは短くいいのだ、と返す。
つきかけの蝋燭が最後に眩く光るように、そんな強さを孕んだ光で固有型がその姿を霞ませながら高速で動き回る。
歴戦の勇士であるシグナムすら目で追うのは困難な相手。
そして、その相手に対し、シグナムが愛剣へと短く起動句を告げる。
「シュランゲフォルム、機能凍結解除」
《 Schlangeform 》
機械音とともにカートリッジが装填されるとレヴァンティンに魔力が満たされ、そして刀身に薄い線が入り、そして剣が細いワイヤーで繋がれた蛇腹剣に形を変える。
「これ、は……!」
加速していた固有型が、『視界を埋め尽くすように』広げられた刃とワイヤーに目を見開く。
それはさながら半径十メートル近くを覆う炎と刃の結界だった。
無闇に動けば斬れる。焼ける。
剣を振るおうにも、展開されてなお生きているかのように動き続けるレヴァンティンは固有型の自由な動きを許さない。
シュランゲフォルム。
剣、弓、に続くシグナムのレヴァンティンの形態の一つ。
そして、緊急改修によって凍結されていた形態の一つ。
それを起動したと言うことはシグナムのレヴァンティンがこれから先での戦闘を考えないと言うことで、そして、目の前の相手に全力を出したと言うことの証左だ。
「貴様は、我が全力で相対するに相応しい敵だった」
故に、眠れ。
「────飛龍一閃ッ!」
氷が吹き荒び、青光は高らかに謳う。
青空の中を高速で飛ぶマクスウェルと最低限の位置どりをして、牽制を続けるクロノ。
二人の戦いは均衡状態にあると言っても良かった。
「スティンガースナイプ!」
アイスブルーの魔力弾がレーザーのようにマクスウェルを追う。
マクスウェルはそれを振り切ってまだ年若い指揮官を銃で狙い、引き金に指をかけた。
ヴァリアントウェポンにナノマシンから供給されたエネルギーが装填されて、そして、目の前へと銀色のビットが現れた。
「スティンガーブレイドッ!」
「な、くそっ!」
傍から飛んできていた魔力刃がビットで反射することで通常よりも早くマクスウェルの前へと割り込む。
ほのかな冷気を纏わせた刃は手の中のハンドガンの銃口に飛び込むと、内部に装填されていたエネルギーで誘爆を起こしながら爆発する。
マクスウェルが慌てたようにハンドガンを捨てると、あらかじめ用意していた素材を元手に新たな銃を作り出す。
「──させるかっ!」
だが、その刹那の隙を縫ってクロノは飛行魔法での加速、そしてS2Uの先をマクスウェルへと向けた。
「──っ」
「ブレイクインパルスッ!」
《 Break Impulse 》
ズ、と大気を振動させながらS2Uから魔力をエネルギー波へと変換させた衝撃が放たれる。
小さく息を呑んだマクスウェルがクロノから距離を取ろうとする。
クロノとマクスウェルはそもそもの性能の差が存在する。この程度ならばアクセラレイターを使わなくても離脱は十分に可能であった。
がきん。
「何っ?!」
バックステップにて距離を取ろうとしていたマクスウェルの体を鉄のような硬さのリングが空へと縫い付けた。
ストラングルバインド。
拘束の名手、クロノによる疾風の如き術式展開による妨害。
止まった体へとアイスブルーの衝撃が叩き込まれる。生体部品も多いとはいえ、マクスウェルの体の多くは精密機械。純粋に物質を破壊する波へと変換された魔力が、体を内部から軋ませる。
「アクセラレイター・オルタァァァッ!」
堪らずフォーミュラシステムによる加速でバインドを砕いてクロノの頭上へと回り込むと片手の剣を迫撃砲へと瞬時に変形して特大の砲弾を叩き込んだ。
「デュランダル」
《 Protection 》
たが、クロノはそれを今までとは比べものにならないような速さで障壁を展開すると砲弾を魔法陣によって防いだ。
もちろん一枚で防ぎきる衝撃ではなかったものの、デュランダルの氷の壁が受け止めている間にS2Uのブレイクインパルスを解除、シールドをさらに一枚重ねてダメージゼロで乗り切った。
(何だ、此奴は……!)
マクスウェルが片手で先程撃ち抜かれたハンドガンを再生成しながら二本の杖を手に此方を見つめる少年を睨んだ。
(『魔法』の展開が早くなった。そのせいで、速さの利点が潰される)
今まではそうではなかった。クロノはマクスウェルの速さに対応できていなかったし、目で追ったとしても魔法の展開が明らかに間に合っていなかった。
(あの杖のせいか……)
黒と白。
対照的な色合いの杖二本。
クロノの動きが変わったのは一本だった杖を二本へと変えてからだった。
ほう、と障壁の砕けた氷に包まれながらクロノが小さく息をついた。
(上手くいったな)
フルフィンガーグローブの先に確かな鉄の感触を両手で感じながら気を引き締め直すクロノ。
白銀の氷杖デュランダル。
父の形見であり、恩師から託された彼の杖。
漆黒の魔導の杖S2U。
士官学校の頃から長い時間を共にした彼の武器。
今まで同時に握られることなどなかったその杖は、今までで最もの難敵を前に主人の手の中で静かに魔力を宿している。
(前から出来るかもと思って練習はしていたが、ここ一番でしっかりハマってくれたな)
マクスウェルとクロノには超えがたい一つの壁があった。
それは『速度』。
アクセラレイターの移動速度に、攻撃速度に、クロノのデュランダルはついていけていなかったのだ。
デュランダルの演算は早い。けれど、それでもマクスウェルには敵わない。
ならもう一つデバイスを足せばいい、というシンプルな発想。けれど、そんなこと普通の人間は思いつきもしない。
デュランダルが広範囲攻撃をしている間に、S2Uをサポートに回せばいい、などと。
本来なら出来ない。
術式を同時に二つ展開し、なおかつ二つのデバイスを扱うなど。
けれど、デュランダルもS2Uもどちらも『ストレージデバイス』である。レイジングハートやバルディッシュにあるようなAIは搭載されておらず、故に純粋に代替演算器としての使用ができる。
「────はぁッ!」
「く────」
クロノが右手のデュランダルにスティンガーブレイドを演算させながら左手のS2Uのスティンガースナイプの陽動で時間を稼ぐ。
「スティンガーブレイド・エクスキューションシフトッ!」
「──ッ、アクセラレイター・オルタ」
百を超える剣の雨がマクスウェルへと降り注ぐ。それを加速にて振り切ったマクスウェルの前へと回り込んでいたスティンガースナイプが迎え撃つ。
だがマクスウェルはそれを容易く剣にて斬り捨てる。
ち、とマクスウェルとクロノが小さく舌打ちをこぼす。
(此奴、手札が多い。これじゃあ)
(速い。僕の最大射程でも逃げ切られるか)
「決着が、つかないな」
「僕じゃあ、決め手にかけるか」
マクスウェルはクロノの攻撃は当たらないが、クロノの魔法の展開速度によって距離を詰められない。
クロノはマクスウェルの攻撃を防ぐが、マクスウェルの速度を上回れるような攻撃は持っていない。
将棋で言うような千日手に近いような状況が二人の間に横たわっている。
「いや、魔力の消費がある分僕の方が不利か」
フォーミュラシステムは体内のナノマシンによって外部のエネルギーを変換して、自分へと注ぐ技術。
対して魔法は術者のリンカーコアから外部へと力を放出する技術。
長時間戦い続ければガス欠になるのはクロノの方なのは火を見るよりも明らかなことだ。
(なら後を気にしている場合じゃないな)
クロノの顔が引き締められて、体にアイスブルーの燐光が現れる。
「次で、決める」
デュランダルとS2Uとが、唸りを上げる。
「スティンガーブレイド────」
クロノの周りを旋回しているデュランダルのビットが大きく散会した。
クロノの残存魔力のおよそ半分を吸い上げて氷の魔力刃が辺りの空、上下左右に至る全てを埋め尽くすように展開される。
その数、およそ五百以上。
「────ジェノサイドシフトッ!」
三百六十度から迫る刃の嵐の中で加速したままのマクスウェルが眉を寄せた。
(後先見ない大技だと? よっぽどこの技に自信があるのだろうが)
ふ、と唇だけを笑みの形へと変わる。
「私を倒すには少し遅い」
嵐の中で、その姿が霞む。
白銀の刃の中で、黒紫の光は踊るように刃を避けて、躱して、薄い笑みを浮かべながら一直線に嵐の外へと向かっていく。
大技を撃って、肩で息をするクロノへと、向かっていく。
(大方一か八かの勝負にでも出たか)
あたりをつけたマクスウェルが息をつく。まるでできの悪い生徒を見た教師のように、小さく息をつく。
「君は指揮官としては優秀だったが、戦闘者としては今ひとつだ」
紫のオーラに包まれたマクスウェルがクロノの目の前へと踊り出す。
「ならっ──!」
クロノが素早く『S2U』を振るって魔力刃を操作。五本あまりをマクスウェルへと向ける。
「その程度、私に見えないと思っていたのかい?」
けれど、マクスウェルにはそれすらも遅い。その驚異的な身体能力によって迫っていた魔力刃を剣で斬り裂いて────
「かかった」
────がきん。
剣が、何かに受け止められる。
驚きに目を張り砕いたはずの氷刃を見れば、白い氷の中から覗く青と銀の金属のビットが一つ。
(まさか、氷の刃の中にビットを隠して────)
最早隠す意味を無くしたからかばらりと氷による偽装が剥がれて五本の魔力刃のうち四本からデュランダル付属のビットが飛び出してくる。
「く、アクセラレ──」
「逃すか!」
四本のビットがクロノの命令によってマクスウェルを挟み込んでその体を固定してみせる。
そして、クロノが右手のデュランダルを構えて、吠える。
「凍てつけッ!」
《 Etenal coffin 》
ビットを基点にしてSランク級の氷結魔法が、挟み込まれたマクスウェルへと叩き込まれる。
一瞬で霜が降りて、氷の棺へと閉じ込められていく体。だが、焦ることはない先ほどと同じように加速を使えば抜け出すのは難しくない。
「ア────」
ぱきり、と開けた口が一気に凍結した。
「ーーーーー」
絶対零度の息吹はマクスウェルの口内を余さず凍らせて、そしてそれだけに留まらず内部機関へと侵入しナノマシンを端から凍らせ始める。
(此奴、狙いは私の体ではなくナノマシンを────)
「凍、れえええええええッ!」
足止め程度にならなかった魔法も、体内へと送り込みエネルギーの供給源を立てれば必殺の一撃へと変わる。
(問題は僕の氷結に魔力が持つかということだが…………!)
唇を噛みしめるクロノへの視線怒りに歪む。
(ここで、終わらせるものか!)
端から凍らされていくマクスウェルは体内へと流し込まれたせいか、術者の魔力不足のせいか、未だ凍結しきっていなかった体を無理やり動かす。
ばきばきと氷を砕きながらハンドガンの銃口がクロノの額へと向けられる。
「良い位置です。しっかりと見える」
火炎が、ハンドガンを欠けらも残らぬほど完全に燃やし尽くす。
「この、炎は……」
デュランダルとS2Uによる凍結を続行するクロノが遠くへと目を向ける。
すると、そこには。
「過去の我が主、ユーリとその友イリスへの非道を、ここで返しましょうフィル・マクスウェル」
真っ赤に燃える火球が、そこにあった。
強大な熱量を内包したその収束砲撃はもとからそこにあった魔力、クロノが撒き散らした魔力、そして彼女の──シュテルの魔力を、彼女たちの、彼らの思いを束ねて、もう一つの太陽へと変える。
「ルシフェリオンブレイカーッ!」
業火が、太陽が落ちる。
紅蓮の炎は彼女の二つ名の通り、クロノの拘束していたマクスウェルもろとも辺りを悉くを『殲滅』せしめる。
そして、残るのは業火に焼き尽くされて墜落していくマクスウェルと崩れ落ちそうな満身創痍のクロノ、そしてそれを受け止めるシュテル。
「お一人で立てますか」
「あ、ああ、けど君は確かユーリの方へ行く予定だったはずだが……」
「王に言われて此方の方へ。余計な手出しだったならば謝りますが……」
シュテルが腕の中のクロノへと楽しげにふふ、と含むような笑みを浮かべてみせる。それにクロノはよっぽど何か言おうと思ったが、結局素直に礼を述べることにする。
「いや、助かった。正直僕だけじゃ手が足りてなかった」
「それは良かった」
なのはとよく似た容姿、けれどどこか大人びた態度に居心地の悪さを感じながらクロノは自分の力で立ち上がる。
急いでマクスウェルを拘束しなければならない。
彼の戦いは、決着がついた後も聴取という形で続くのだ。
逃げられたり、新たに手を打たれてしても面倒だった。
「──僕はやったぞ」
クロノの目が、細められて透き通るような青空へと向けられた。
その言葉が、誰に向けられたのかは彼のみが知るところだ。
遥か上空、シャマルの旅の鏡によって衛星砲ごとマクスウェルとイリスの根幹データのバックアップは砕かれた。最早復旧は不可能であり、その意味ではマクスウェルの企みは潰えたと言える。
けれど、そこに誰もいないかと言えばそうでもなく、『彼女』ができることがないわけでもなかった。
音のない世界で、『彼女』は巨大な銃を構える。
『彼女』に意思はない。
けれど、砕かれる前にされていた命令によってやるべきことだけは決まっていた。
かくして、銃は構えられる。
『彼女』はいつだって命令を遂行するためだけに動くのだ。
ぐるぐるぐるぐる、歯車が回る。
全ては、マクスウェルが最後に笑うために。
結界の中、『彼女』の通信を受け取った量産型の内の一体の目が、赤く光った。
そうして、彼女は見下ろすだけだ、今フォーミュラエネルギーをまとって自身を撃ち墜すべく迫る姉妹を殲滅せんと、その巨大な銃を構えながら。
時が、来るまで、歯車は廻る。
ストレージデバイス、杖のデバイス二つ持ちは筆者の記憶が間違ってなければたぶんクロノだけだと思われる。
次回はみんな大好きエクリプスだよ!