「ディバイダー550、ゼファー・
隣に娘であり助手であるウーノを侍らせてスカリエッティが愉しそうに顔を歪めた。
「エクリプス、ですか……? あまり聞き覚えのない単語ですが」
「そうだろうね。なにせまだ一般はおろかその道の研究者、管理局ですらほとんど認知していない代物だ」
スカリエッティが手元の端末を操作するとゼファーの設計図の横に『エクリプス』と書かれたデータを投影する。
「『エクリプス』……これはいわゆるウイルスの一つでね、ディバイダーと呼ばれる病原からそれを保有する人間へと感染するんだ。このウイルスの面白いところは、感染者──
「絶大な力、というと魔力の増加ですか? そういったウイルスがあったのは何かの論文で読むことはありますが……」
「いいや、そんな生易しいものではない」
ゆるゆると首を振るスカリエッティ。
「────『
『
それはエクリプスドライバーたちが共通して使うことのできる能力を言う。
それは魔力エネルギーの結合分断作用。簡単に言えばエクリプスドライバーには須らく
全ての魔法を破壊するその能力はまさしく『魔導殺し』。
そのウイルスをスカリエッティは手に入れていた。
「それは、恐ろしいですね」
「……魔法文明によって発展をしてきた『管理局』に対してはまさしく天敵。もし犯罪者がこの力を手に入れたとすれば、本腰を据えて対策すべき敵となることだろうね」
まあ今の所はそうはなってない訳だがね、と何が楽しいのかくつくつとスカリエッティが笑う。
「時にウーノ、そんな素晴らしい能力、まさか
「つまり、エクリプスウイルスには副作用があるということですか?」
「ああ、しかもとびきりのがね。それこそが──」
「『自己潰滅』、それと『破壊衝動』ですよねぇ、ドクター」
ねっとりと絡みつくような口調で、スカリエッティの言葉を遮る人物が一人。
「感染するのすら百人に一人といるかいないかなのに、その適合者も
「何の用ですか、クアットロ。あなたには待機命令が出ていたはずですが」
「あらあら、そう怒らないで欲しいですねウーノ姉様。私には姉様のようにドクターを楽しませるためにわざわざ質問する、なんて優しさは無いものでして」
「クアットロ、あなたは…………!」
「まあいいじゃ無いか、ウーノ。私のもとに来たということは何か用があるのだろう? 話してみるといい、クアットロ」
「はあい、ドクター」
くす、と声をこぼしたクアットロが眼鏡を押し上げてスカリエッティへとデータを送る。
そこには黒髪の厳つい男と、その後ろを追従する数人の魔導師の姿がある。
「航空魔導隊三課の魔導師です。先ほど、ここの第一層の警備ラインを超えて来ました」
「ほう、ついに。それで、誰がここに来ているんだね?」
「ドゥーエ姉様のデータによれば、部隊長の『ゼスト・グランガイツ』、分隊長『メガーヌ・アルピーノ』、後は『クイント・ナカジマ』ら十数名って所でしょうか?」
「『セルジオ・アウディ』は? 彼の名前がなかったが……」
「残念ながらここにはいませんねぇ。なんでも部隊長に言われて部下の下へ行ったんだとか」
「…………なんだ、つまらないな。彼はいないのか」
はあ、と興味が失せたとばかりに肩を落とすスカリエッティ。それはどこか楽しみにしていたおもちゃを壊してしまった子供のようだった。
「それでどうしますか、ドクター? 一応チンク姉様やトーレ姉様たちを第二層に送ってますけど、撃退でもさせますか?」
「AMF発生装置内蔵のガジェットを警備に出しているだろう? それで十分で無いかね?」
「お言葉ですがレリックウェポン用の魔導師の件での期限が迫っています。どうでしょう、この『ゼスト・グランガイツ』を殺し、その素体にするというのは?」
「ん、確かにそれもいいか。それならガジェットよりトーレ達の方がいいか、クアットロ」
「はいはーい、ではこの魔導師たち、みーんな殺しちゃいますねー」
何が楽しいのかくすくすと笑いながらクアットロがスカリエッティへと背を向ける。
「はあ、セルジオ・アウディがいるならば『私』として話しておきたかったんだが、まあ仕方ないか……」
呟いてスカリエッティがクアットロの送ってきたデータに目をやろうとした瞬間、その憂鬱を吹き飛ばすような甲高いアラームが鳴り響いた。
「アラーム? けど三課の魔導師はまだ……?」
「いえ、これは警備システムではなく、ゼファーの……」
「そこに、いたのか……」
「ドクター?」
戸惑うように声を上げる二人には目もくれず、響いた音の中男は痩躯を小さく震わせて、そして体を逸らして大きく声をあげた。
「く、くは、ははははははっ! そうか! 遂に! 遂に
狂笑が残響する。
「喝采を! 喝采を送ろう! その己を厭わぬ欲望に! 人が抱くには過ぎたる欲望に! 妄執とも言える夢に、身を滅ぼすようなその欲望に! 私は! 私だけは祝福しようじゃ無いか!」
ゼファーの設計図が投影されていたモニターが赤々と輝く。
「────君の無限の欲望を!」
おお、喝采を。
運命の歯車は回るのだ。
無知な生贄はその階段を登るのだ。
欲望、それ即ち生の活力そのものだ。
ならば、彼の思いは欲望以外の何者でもあるまい。
「────喝采を! 喝采を送ろう!」
暗がりの中でぼんやりと浮かび上がるスカリエッティの顔は、どこまで深い愉悦の色に歪んでいた。
「ゼファー・EC、アクティブ」
ゼファー・
このデバイスの内部には格納パーツがあるらしくそれを使えばセルジオの怪我を治すことができるらしい。
『エクリプス』ウイルスというそれは体に作用することによって、大きな力を与えてくれるらしかった。
そして、その危険性について、セルジオは
死の危険。
二度と戻れなくなる危険。
それを全て了承して、セルジオはゼファーを受け取った。
なら、迷う必要はないだろう。
だって、自分の命一つで人が救えるのなら、救える可能性が得られるのなら、それはきっとそれほど悪い賭けではないはずだから。
「エクリプス・ドライブ」
銀の槍を握って、静かに目を閉じた。
思い出すのはクロノ、ゼスト、クイント、メガーヌ。ティーダ、ヴァイス、ギンガ、スバル、三課のメンバー。
そしてセルジオにいつも優しい笑顔を向けてくれていた、『あの人』と『高町なのは』のこと。
(あの人たちのためなら、戦える。まだ死ねないけど、死んでもいいくらいには、感謝してる)
そうして、過ぎ去っていった走馬灯のような記憶から帰還して、
それは悪魔との契約。
地獄の片道切符。
自分の未来を、投げ捨てる行為。
「────イグニッションッ!」
そして、ゼファーからセルジオの体へと『ナニカ』が流れた。
どくん、と心臓が跳ねた。
「あ、が…………」
視界が真っ赤に染まり、体の端から熱が末端へと伝わっていく。
ばきり、と骨が砕けるような痛みが襲う。
ぐちり、と肉が磨り潰されるような気持ちの悪い感触が広がる。
どろり、と何か別の事のために体が最適化されるのがわかる。
「う、ざ、ぎぃ………!」
脳が、思考が、赤く染まる。
記憶が、大切な想いが端から侵食されていく。
「あ、ああああああああああっ!」
壊したい。
殺したい。
血が見たい。
肉を裂きたい。
何でもいいから力を使いたい。
早く、誰かを傷つけたくて仕方ないんだ。
叫ぶセルジオへとなのはがストリーマの砲身を向けて、引き金を引いた。
瞬間的にチャージされたエネルギーは桜色の閃光と変わり、そしてセルジオへと迫る。
眩い光の前に、視界が、思考が、さっきまで胸に確かにあった大切な想いが赤く染まっていって────
────セルジオくん。
声が、聞こえた。
「──こんなところで、死ねるかァッ!」
セルジオが何かに抗うように大きく吠えて、そして間髪置かずになのはの砲撃が炸裂した。
ビルに背をつけたセルジオを狙う砲撃が、地面へと炸裂して大きな粉塵を辺りに漂わせた。
なのはが紅く染まった瞳で無感動にその景色を見下ろして、ストリーマの砲身を下ろして飛び去ろうとする。
「待てよ、高町」
寸前、粉塵を白い閃光が貫いた。
すかさずなのははストリーマにフォーミュラと魔力の複合エネルギーをナノマシンの助けを借りて充填、粉塵へと放つ。
「
桜色の光線が解けるようにして、大気へと溶けていった。
思わず洗脳中でなお、なのはが驚いたように目を見開く。
そして、かつかつと地面を叩く硬質な音とともに姿を見せた男へと目を向ける。
《 Zephyr Eclipse Drive Active 》
機械的な人工音声が槍から響く。
ばさり、とバリアジャケットの裾がはためき、服の袖から無傷の『左腕』が現れる。
白かった服の色は、所々黒く染まり、腕を覆うガントレットは真紅から黒混じりの赤へと変わっている。
銀の槍も今は黒曜石の如く怪しげな色を湛える。
何より、セルジオの透き通るような翠の瞳が紅く染まり、襟からは藍色の痣が首元まで走っている。
そのセルジオの姿全てが、彼が『自己潰滅』の危険を乗り越えて、『
「マルチタスク分割────
紅く染まった瞳で、セルジオが呟いた。
思考が無数に分かれ、その中の一つへ今も心の奥底で暴れようとする意思を分割思考の一つへと押し込める。
「動けよ、俺の体」
死にかけのリンカーコアの魔力を熾して、飛行能力を発動させる。
今のセルジオの体は須らく魔力分断の影響下にあるため魔法を使うことはできない。
故に、魔力は火だ。
焚き火に火をつけ、さらに強く自身を燃やすための炎なのだ。
エクリプスウイルスによって作り変えられ、『世界を殺すための毒』のために最適化された体が魔力をエネルギーへと変えて、そして空を飛んだ。
白に青、桜の光を纏うなのは。
黒に紅、白の光を纏うセルジオ。
普段は同じ白のバリアジャケットの二人だが、今の二人の服装は対照的な色合いで、それが二人の変わり果てた姿を表すようだった。
「 Accelerator Alternative 」
「
エルトリア式フォーミュラの機能の一つ、『アクセラレイター』が発動し加速して距離を取ろうとするなのはを、ゼファーの演算機能によりトレースされた『加速機動』によりセルジオが追った。
青空の中で二人の姿が霞んで、そしてぶつかった。
「ぜ、アッ!」
セルジオの横薙ぎに振るわれた槍をなのはが旋回で躱すと、長大なストリーマの砲身の先をセルジオへと向け、照準を合わせた。
「 Dvine Buster 」
「
エクリプスの能力が発動する。
体を包むような分断能力が放たれた砲撃の半分が解いたが、残り半分は分断フィールドを突き抜けてセルジオへとダメージを与える。
「く────」
殺傷設定による砲撃が肩口を抉り、肉を削いで生温かい鮮血を散らせた。
(くそ、なんで分断しきれない? 魔力は無効化するんじゃ…………)
ぼこぼこと泡立つように傷口が修復されていく熱さを感じながらセルジオが薄く唇を噛む。
(フォーミュラエネルギーと、後はアレのせいか)
セルジオの目がなのはの左腕に固定された巨大な魔力砲、『ストリーマ』へと向けられる。
なのはのストリーマはCW社の『カノン』を元にフォーミュラシステムを組み込み回収した武装である。
その設計コンセプトは『AMFなどの魔法使用不能空間においての魔法の使用』であり、その対抗策として、カノンは魔力をある程度物理的破壊を伴うエネルギーへと変換するのだ。
それはつまりAMF下だけでなく、分断現象の下でも魔法を使用できるということ。
けれど、未だその理論は未完成で、本来は分断現象に対抗できるほどの出力は見込めないのだが、今のなのはにはフォーミュラがある。
フォーミュラと魔導、その二つのエネルギーを混ぜ込むことによって、たとえ半分だとしても、分断を突き抜けて砲撃を通してみせた。
「半分減衰できるだけありがたいもんか」
ち、と小さく舌打ちをするとゼファーを片手に加速、瞬きの間になのはへと肉薄していく。
「 Accelerator Alternative 」
だがそれよりも早くなのはがアクセラレイターを発動する。
なのはが桜色のオーラを包んで姿を霞ませてセルジオの頭上に回り込んでストリーマを構えた。
(クソ、速い……!)
思わず直撃を覚悟しかけたセルジオが槍を構えるが、突如なのはの肩口がばぢ、と弾けたのだ。
無表情を貫いていたのなのはの表情が痛みに歪む。
「高────ッ」
その表情に思わず一瞬敵ということを忘れたセルジオが駆け寄ろうとして、その腹部へとストリーマが向けられる。
「しまっ────」
「 Dvine Buster 」
ズ、と魔力砲が無防備なセルジオへと放たれる。
「
瞬間的に対応したセルジオが桜色の光線を分断で消滅、突き抜けてきたものも槍で払うものの、全てを防ぐことはできず、4割程がセルジオの腹を貫いた。
「────ぎっ」
痛みにはを噛みしめるが、直ぐに傷口が沸騰して逆再生のように魔力砲によるダメージを癒していく。
「 Shoot 」
腹を抑えて呻くセルジオへとなのはが追撃の速射弾を放つ。
「────加速機動」
雨の如く降り注ぐ弾丸をかわしながらセルジオはなのはの桜色の粒子が漏れ出すバリアジャケットへと目を向ける。
普段よりも黒の色合いが強くなった服は所々桜色のラインが走っているものの、セルジオが頭に入れていた情報よりもその色が濃く、漏れ出しているエネルギーが多いように見えた。
(あの加速、もしかしてかなり無理した仕様なのか? それこそ高町が使いこなせないレベルの)
思わず槍を握る力が増して、セルジオの顔が悔しげに歪む。
(長引くと高町が危険だ。解析で読みきれたわけじゃないが、それでも高町にかなりのダメージがあるのはわかる)
腹部が泡立つのを感じながら、意識を研ぎ澄ますように息をつく。
「これ以上アイツに怪我させてたまるか」
それに、とセルジオが心の中で続ける。
(長時間戦えないのは俺も同じだしな)
目線が今も肉を泡立たせながら傷口を修復する腹部へと向けられる。
傷口が熱を持つのはいつものことだ。
けれど、今はまるで傷口はそのまま炎のようで、その炎は体へともへ広がっていくようだった。
それと同時に今も必死に保っている意識がごりごりとヤスリに削られるかのように、端から屑となっていくような気がする。
使い過ぎれば、それこそ炎に焼かれて、削られきって『セルジオ・アウディ』という存在がなくなってしまいそうだった。
(だからといって、途中でやめる気はないが)
俺は高町を助けにきたんだから、と呟いたセルジオが再び加速、向かってくる魔力弾を分断で消しとばしていく。
そのセルジオをなのはが瞬間的にチャージした砲撃によって狙って、引き金に指をかける。
「──短距離転移」
その間際、回り込んだセルジオがなのはの背後へと立った。
虚をつかれたなのはが急いで振り返ろうとするも、もう遅い。
「俺の相棒を返してもらうぞ」
セルジオの目が一瞬白く光り、なのはの背中へと手をつけた。
「
ずるり、と外からエネルギーを引きずり出して、セルジオの目が瞬時に背中へと触れた手を通してシステムの解析を始める。
(情報が、多い……! それに、この強化状態はレイジングハートを通したものか。くそ、駄目だ時間が────)
「 Accelerator Alternative 」
なのはの体を包んだオーラがセルジオの接続を弾いて、瞬きの間にセルジオの死角へと回った。
「 Dvine────」
「加速機動ッ!」
チャージが完了されるより早くセルジオが加速、なのはのディバインバスターをかわした。
光線が頰をかすめるが少しの肉を削ぐにとどまる。
「 Accel Shooter 」
「
桜のかけらと、白のかけらが青空を彩る。
それはさながら雪の中に、桜吹雪が混ざるようで、現実にあり得るはずのない美しさで。
その中に時折毒々しい血飛沫が舞う。
その血の主、セルジオは沸き立つ思考を必死に押さえ込みながら、なのはの一挙一動を逃さぬように目を凝らす。
(俺の今の分断じゃ高町の洗脳を解けない。かといってエクリプスを攻撃に転用できるほどこいつに使い慣れてない。分断するので精一杯だ)
なら、とセルジオが魔力弾を斬りはらいながら小さく呟く。
「高町を解放するのに必要なのはシステムを焼き切れるほどの飽和魔力攻撃」
なのはと戦うに当たってなのはとよく似た容姿の少女──シュテルといったか、にどうやればウイルスコードを破壊できるかは聞いてあった。
魔力攻撃。しかも、特別に硬いなのはをノックアウトできるほどの威力の魔力。
そんなもの、魔力などとうに底をついて、リンカーコアのダメージと引き換えに魔力を絞り出しているセルジオにあるはずがない。
──セルジオくん。
一瞬、声が聞こえて、瞬きよりも更に短い一瞬で、いつかの光景がよぎった。
「────いや、手は、ある」
おそらく分の良い賭けではない。
けれど、できると信じる。
ゼファーと、自分と、そしてなのはのくれたものがあれば、きっとできる。
だって、あの日見た光はとても綺麗だったのだから。
あの光景を忘れることなんて絶対にない。
すう、とセルジオが静かに息を吸い込んで目を見開く。
瞳の赤の中に、翠が混じって、白い光が走った。
「
過度な演算にゼファーのシステムが唸りを上げて、その負荷に頭が激しい痛みを訴えた。それも纏めて赤い唾棄すべき思考とまとめてマルチタスクに押し込める。
──痛みは、後だ。
──自分のことは、後だ。
──今は高町を救うことが何よりも大切だ。
「加速、機動ッ!」
リンカーコアを燃やして、絞り出したエネルギーをエクリプスにて増幅、擬似的な加速魔法として再現する。
なのはのストリーマから砲撃が放たれる。
分断で消しとばす。
消しきれなかったものが体を襲うが無視。
ディバインバスターの一部が左足を貫く。
もう避ける余裕はない。この程度ならエクリプで治癒ができる。
だから、進め。
「────届け」
速射弾が雨の如く降り注ぐ。
視覚には頼らない。解析と先読みを併用して高速で移動するなのはを追う。
「届け」
なのはとの距離が数メートルになり、そして最後に目前へと桜色の光線が走る。
ディバインバスター。なのはの代名詞。
「届けぇぇぇぇぇぇえええええッ!」
それを、ゼファーの行動予測によって見通していたセルジオが分断によって半分を解いて、残りを斬りあげた槍で逸らしてみせる。
血まみれのセルジオの前に、なのはが、砲撃を撃ち終わって無防備な姿を晒した。
「──ぜ、アぁッ!」
一歩でなのはの懐へと潜り込んで槍を振り下ろした。
セルジオ最後の魔力を乗せた、彼による正真正銘最後の魔法。
音の速度に追いつかんと振るわれた槍。
けれど、それでもなのはには届かない。
ストリーマを握らない右手、それが先ほどのようにセルジオの槍を受け止めようとする。
「 Accelerator Alter──── 」
詠唱が紡がれ、なのはの負担を顧みない無茶な加速が実現する。
──そんな事、させてたまるか。
そして、セルジオはそんなことを、これ以上なのはの体を酷使することを許さない。
「 Divide────Eclipse 」
全てのエネルギーが、
がくん、となのはの魔力も、フォーミュラも纏めて一時的に機能を止める。
「────ッ」
なのはが息を飲む中セルジオが槍の軌道を無理やり変えて、ストリーマの砲身を突き刺す。
「少し、我慢しろ!」
そしてエクリプスのせいで上手く空を飛べていないなのはをストリーマごとビルへと投げつけた。
「────い、た」
水平に投げ捨てられたなのはがビルの壁へと突き刺さり、ほんの一瞬その動きを縫い止めた。
「なあ、高町」
その姿を視界の端に捉えたセルジオが、しきりに訴えられる痛みを無視して、静かに口を開いた。
「俺さ、正直お前になら殺されてもいいかも、くらいには思ってる。それくらい、お前のことが好きだと思う」
ゼファーのシステムを駆動。いつか見た『あの魔法』を再生、解析して魔法式を起動。
セルジオの前に、白い巨大な魔法陣が現れる。
「けど、今のお前は、違うだろ。お前の魔法は、誰かの為の『素敵な力』なんだろ。そのお前は、きっと俺の好きな高町じゃない」
この魔法に、セルジオ自身の魔力は必要ない。
何故なら彼の魔力は既に先の槍に使われたからだ。
故に、この魔法は彼のみで撃つものではない。
「だから、帰って来い、高町なのは」
集めるのはなのはとセルジオの戦いで撒き散らされた魔力。
分断能力によって普段より遥かに多くが大気へと溶けており、なのはほどの『収束』のセンスがなくとも、十分な魔力を集めることができる。
一人じゃ撃てなかった。
なのはがセルジオと戦ってくれたからこそ、撃てる一撃だ。
「行くぞ、俺の、俺たちの、全力全開」
それは、いつかセルジオが見惚れた、心を奪われた、初めて相棒となった日に見た光。
心からずっと離れない桜色。
その名を─────
「────スターライトォォォ、ブレイカーァァァァァァッ!」
白の砲撃が放たれる。
混じり気のない、だからこそ美しい、そんな白の色。
それを見た人は、きっと同じことを口にするだろう。
────まるで、
ごろん、と槍を投げ捨てたセルジオが空を見上げて小さく息をつく。
「ギリギリ、なんとかなったか」
本当に危ない賭けだった。
魔力が途中で足りなくなる可能性も、受け損ねたなのはの弾丸でノックアウトする可能性も、なのはが思ったよりも早く復帰する可能性もあった。
けれど、その全てに勝って、今セルジオはここにいる。
じくじくと頭は痛み、赤い思考は恐ろしいほどの衝動で精神を蝕む。
「けど、こいつのためなら、うん、そんなに悪くない」
セルジオの目が空から自分の胸元ですうすうと寝息を立てる少女へと移る。
魔力ダメージでノックアウトしたなのはを受け止めたのだが、そのタイミングで魔力が切れてしまった。
なんとか受け身とブレーキをとって地面に転がったが、どうや、怪我はないようだった。
「今度こそ助けられて、良かった。俺の手が届いて、良かった」
ぽんぽんと亜麻色の髪を軽く撫でるとむず痒そうに手を払われて、苦く笑う。
そして、そのまま払われた手を拳の形へと変えて空へと突き上げた。
「やったぞ、俺は」
澄み渡るような青い空の下で、セルジオが柔らかく笑って目を閉じた。
あと二話ほどで二章も完結。長かったですねー。
個人的にはエクリプスのディバイドは、『構成を断つ』能力だと思ってます。魔力しかり、生命力しかり。システムもまたしかり。