廻る、廻る、歯車は廻る。
ぐるぐるぐるぐる、静かに廻る。
「ーーー」
『それ』の目が赤く光った。
『それ』が、目覚めたという事は『彼』が破壊、もしくは致命的な失敗をしたという事である。
『彼』の終わりは、『彼』の終わりにあらず、次があるのだと『それ』はわかっていた。
故に、それは目醒める。
鋼の体を震わせながら、己の運命を見定めて。
それは体の調子を確認すると、隠蔽能力を作動させる。
それは他の個体と異なり、存在隠蔽能力に特化した性能を持っていた。
『彼』が望みを絶やさぬためにつけた機能である。
ナノマシンは存在し、理論的には『アクセラレイター』も可能だが、それのボディでは不可には耐えられないだろう。
けれど、それで問題ないのだ。
それは戦うための機体ではない。
いつかの明日へと希望をつなぐための個体だ。
『彼』の記憶を継いで、そして未来へと。
そうして、時計の針は動き出す。
廻る、廻る、廻る。
歯車が、軋みをあげて動き出す。
ぐるぐるぐるぐる、廻り出す。
──『彼』が最後に笑うために。
そうして、廻って、廻って、廻って────
「ああ、見つけましたよ。アレが、ご要望のものですねぇ」
がきん、と歯車が外れた。
「────」
閃光が走り、それの身体を悉く撃ち抜いた。
魔力ではない。フォーミュラでもない。
閃光は、それにとって完璧に未知のものだった。
「ふう、全くドクターも無理を言いますねぇ。急にこんな辺鄙なところに行けだなんて。私のISがなかったら潜入すらできませんでしたよ」
「どうでもいいよ。早く、帰ろう。目当てはこれだよね」
「はあ、面白みがないわねえ、ディエチちゃんは。そうよ、そうそう。それを持ち帰るのが今回のお役目」
「じゃあこれでおしまい。早く帰ろう。万が一、管理局が私たちを捕捉する可能性がないわけでもないんだから」
やれやれ、と艶かしい雰囲気を潜ませて女が大仰に肩を落とした。
それに対し、少女は淡々と、いかにも機械的に応対した。
廻って、回って、回り続けるはずの歯車は、そうして、定めから外された。
大きなようで、小さな変化。
そして、それを知る者は未だ一人だけ。
喝采を、送り続ける一人だけだった。
戦いは終わった。
マクスウェルは拘束され、管理局との争いは終わった。
まだ事件が集結して半日、これからどう転がるかはわからないが、キリエやユーリの罪はほとんどないようなものだととクロノは言った。
流石にイリスも無罪扱い、というわけにはいかないが、本人も騙されて酷いことをしたということを理解し深く反省しているようだし、そこまで重い罪にはならないそうだ。
そこまで管理局は非道な組織じゃない、とはクロノの弁だ。
セルジオは臨時対策室のレティに軽く挨拶をすると、本局の廊下を一人で歩く。
青い制服ばかりの本局で茶色の制服は非常に目立つが、まあ仕方ないだろう。なにせ無理いって割って入ったのだし、このくらいは我慢すべきだ。
そうして『無傷』になったセルジオが軽く型を回す。
「結果だけ見ればマクスウェルが殆どの罪を負った形か」
利用していた『娘』の罪を自身が請け負うとは、ある意味親らしく、どこか皮肉にも感じる話だ。
「親、親、ね……」
やれやれとでも言いたげに頭をかいて、また歩き出して、金色の小さな少女と曲がり角でぶつかった。
「おっと」
「わ」
危うくぶつかりそうになったが、二人とも素早く身を捻りすれ違うようにして互いの事をかわしてみせる。
さらり、と長い金髪のテールが宙で踊る。
「テスタロッサさん」
「あ、セルジオさん、レティさんたちへの報告はおしまいですか?」
「一応ね。まあクロノには聴取とか書類の関係でまた会わなきゃだけど、憂鬱だよ」
「──? 兄さんと仲良いですよね、セルジオさん」
「いや、クロノじゃなくてな……。うん、そのなんだ」
「何がですか?」
「……リミエッタがいるだろう。あいつ、学生の頃から事あるごとにからかってきてな、口で勝てた試しがない。だからちょっと苦手なんだよ」
げんなりした表情を浮かべるセルジオに、フェイトがくすっと笑みを漏らした。
「そういうテスタロッサさんは? 見たとこ見舞いの帰りってところみたいだが……」
「あ、はい。なのはのところに行ってたんです」
「そうか。高町は元気だったか?」
「はい、お医者さんも特に洗脳の影響は見られないって……」
そこまで話して、フェイトが不思議そうに首を傾げた。紅玉のような瞳がセルジオのことを見上げ、まん丸になる。
「そんなこと聞くってことは、セルジオさんなのはのところに行ってないんですか?」
「ん、まあ。さっきまで報告とかで忙しかったし、でも元気ってことが聞ければ……」
「ダメですよ! ちゃんとなのはのところに行ってあげてください!」
「いや、俺が行って何か変わるわけじゃ……」
「心配なんでしょう、なのは?」
「そりゃ、心配じゃないとは言わんが」
「じゃあなのはのお見舞い行ってあげてください。きっと、喜びますから」
「そうだろうか?」
「きっと喜びますよ!」
イマイチピンと来ないのか煮え切らない返答のセルジオに、きっとですよ! 最後に言い残したフェイトがぱたぱたと駆けていく。
その背中を見送りながら、フェイトがやってきた方向、つまりなのはの病室へと目を向ける。
彼としては、なのはのことは大切だとは分かったものの、だからといって大きく認識が変わるわけでもない。
なのはは部下で、相棒。
セルジオにとってその認識はそうそう変わらないし、なのはにとってもそうだと思ってる。
なのでわざわざ自分がすぐさま見舞いに行かなくても大して変わりはしないと思っている。
「でもここまで言われて行かないのも変か」
なのでなのはのところに自分が行くのはそんなにおかしいことではないはず。あくまでも上司として部下をの様子を見に行くだけ。
なんとなく胸元の懐中時計に手を触れる。金属の固い感触は触ってるだけで、少し乱れ始めた意識を正してくれるような気がした。
「っと、ここだな」
本局の医務室の並びの一つの病室の前で足を止める。
セルジオが思わず調べてしまった情報に誤りがなければ、気を失ったなのははこの病室で寝かされているはずだった。
思わず息を呑んで、あれ、とまたもや首を傾げた。
「なんで緊張してるんだ、俺」
少しばかり早くなっている鼓動に首を傾げながらも、ひとまず目の前の扉に軽くノック。コンコン、という乾いた音が響くと、扉越しに「はーい」というくぐもった声が聞こえる。
「えと、俺だ、セルジオだ。その、今いいか」
「え、せ、セルジオくん?! ちょ、ちょっと待って!」
少しだけ扉を開いて声をかけると、中から何やらばたばたと慌ただしい音が聞こえてくる。
「あー、入っていいか?」
「だ、だめ! 今のなのは髪ボサボサだし、そのだめ!」
「いや、そのボサボサの髪のお前をここまで連れてきたのは俺だからな? 今更だ、今更」
「で、でもぉ」
「ほら、開けるからな」
「せ、せめて髪くらいは整えさせて────」
なのはの言葉を最後まで待たずに扉に手をかけると、するりと滑るように扉が開いて、中の様子をセルジオの瞳に映し出した。
「あぅ……」
白いリノリウムの床の清潔感のある病室。そのさまざまな計器に囲まれたベットの真ん中で、なのはが掛け布団で顔を隠すようにしてセルジオを覗き込んでいる。
「なんだ全然普通じゃ無いか」
「なのはから見たらボサボサだもん」
「そうか?」
「そうだよ」
「ふむ、俺から見れば充分……」
可愛いと思うぞ、と言葉を続けようとして言葉が詰まった。
(あれ……?)
いつもならさらりと言えていたはずの軽口が今は喉でつっかえたようになかなか出てこようとしない。そればかりかなのはの顔を見てるだけで、軽く胸の鼓動が早くなるような感覚すらする。
「セルジオくん?」
「ん、あ、いや、その、椅子。座っていいか」
「あ、うん」
急に黙り込んだセルジオを訝しむようになのはに覗き込まれたセルジオが逃げるように視線を彷徨わせて、ベットの側の椅子へと目をつける。
丸椅子へと腰掛けると、自身の気持ちを落ち着かせるために小さく息を吐く。
新鮮な酸素を頭へと回すと茹っていた頭がいくらかマシになって、いつものように思考が回り始める。
「それで高町、体の調子はどうだ? どこか悪かったりは」
「それは大丈夫」
「……本当だろうな? お前の大丈夫はあんまり頼りにならないとテスタロッサさんが……」
「それをセルジオくんには言われたくないですっ。ちゃーんとお医者さんも問題ないって言われたもん」
「……そうか、なら良かった」
「もう、心配性だなぁ」
ゆるりと安心したように頰を緩めるセルジオに、なのはが困ったように笑みを返す。そのなんでもない笑顔にセルジオの胸が軽く跳ねる。
(なんだ、これ? エクリプスの副作用か何かか?)
思わず胸を手で抑えるが、懐中時計越しに感じる鼓動は運動したわけでもないのに僅かに早くなっていた。
「そういえば、セルジオくん」
「ん?」
胸を抑えて小首をかしげるセルジオに、なのはから声がかかる。
「なんでここにいるの? お仕事、良かったの?」
「あ、それは…………」
「なのはに通信して来た時『俺は来れない』って何度も言ってたよね? 何か、こっちに来なきゃいけないことでもあった?」
「それは、その、なんだっていいだろう。お前には関係ない」
言葉に詰まったセルジオがぶっきらぼうに言って、目を逸らそうとすると、その顔をなのはの小さな手が留めた。
無理やり合わせられたなのはの水晶のような薄紫の瞳は不満げな色合いに染まっている。
「ねえ、なのはとセルジオくんは何?」
「何って、そんなのいう必要……」
「なあに」
「……相棒、です」
「だよね。なら、関係なくなんかないもん。ちゃんと教えてよ、セルジオくん」
「そ、れは……」
「セルジオくん」
ぷくとなのはが頰を膨らませて、半眼でセルジオの翠の瞳をじとっと睨んだ。その圧力に目を逸らそうとするが、なのはの手で顔を挟み込まれているせいで思うように動かすこともできない。
(話せって、言うのか。高町に)
なのはに関係ない話ではない、とは分かっているものの、だからといって自分が地球に来た理由を話せと言うのか。
よりにもよって、『高町なのは』に。
「セルジオくん」
なのはがゆっくりと名前を呼ぶ。一字一字、しっかりと名前を通して自身の気持ちを伝えようとするかのように。
「だめ、かな?」
そしてなのはが少しだけ不安そうに覗き込んできて、ついにセルジオが折れた。
「心配、だったんだ。上司とかじゃなくて、高町の事が、心配だった」
「……なのはのことが?」
「ああ」
「そ、それだけで、地球に来たの?」
「……仕方ないだろ、大切だったんだよ、高町の事」
「え、えぇっ?!」
最後の方は不貞腐れるようなセルジオの言葉になのはの顔が赤くなる。
挟まれていたセルジオの顔が解放される。
「え、えと、その、それはありがとう……でいいのかな?」
「……別に、感謝されるためにやったわけじゃない」
「そ、そっか」
頬を朱に染めたなのはが目を床に落としていじいじと指を付き合わせた。そんななのはを視界の端に捉えながらセルジオも気恥ずかしげに頬を人差し指でかく。
しばらく二人の間に無言の時間が広がる。
セルジオは早くなる鼓動を必死で抑えながらそらしていた目線を一瞬なのはの方へと向けて、ちょうど同じように顔を上げていたなのはと視線がぶつかり、弾かれるように逸らす。
そんなことを三度ほど繰り返して、なのはの方がポツリと呟いた言葉によってその沈黙が破られる。
「じゃあ、夢の中で聞こえたセルジオくんの言葉、なのはの聞き間違えとかじゃないんだ」
ぽしょり、とつぶやかれた言葉。
普通なら聞こえない声量だが、今二人は無言であり、病室というのは得てして静かなものだ。
だから、聞こえた。聞こえてしまう。
「な、え、おま、は? まさか、俺と戦った時の聞こえて……!」
「い、いちおう。ぜんぶ、聞こえたわけじゃないけど、だいたい覚えてる、ような」
「…………嘘だろ」
これには流石にセルジオの顔も赤くなる。
痛みとエクリプスの疲労のせいでやたら思考が熱っぽく、相当小っ恥ずかしい台詞を宣っていたが、アレも全て聞かれたというのか。
いつもは何を考えているかよくわからない、と言われることもあるセルジオに浮かんだわかりやすい羞恥の赤。
「あ、あのさ、セルジオくん」
そんな、セルジオに、未だ赤い顔のままのなのはが意を決したように口を開く。
「セルジオくんって、もしかして」
そうして、なのはの口から続きの言葉が────
「おわっ!」
「にゃっ!」
出る前に、甲高い電子音がなのはの言葉を遮った。
そろり、と二人の視線が互いの目から、セルジオの手首の電子音を響かせて喧しく存在を主張する銀色のブレスレットへと移る。
「……出ても?」
「あ、うん」
予期せぬ乱入者に落ち着きを取り戻した二人がフラットに応対する。
その事は果たしてセルジオにとってよかったのか悪かったのか。そのことを判断する術はない。
なにせなのはが何を言おうとしたかなど彼女にしかわかりはしないのだから。
「あれ、レジアスさん?」
ホロウインドウを出現させ、その表示させた名前に眉を寄せた。
(もしかして『戦闘機人』の引き継ぎのことか?)
こほん、と軽く咳払いをしたセルジオが表情を引き締めて通信を繋ぐと、半透明の液晶の向こうにふてぶてしい態度の男性を映し出した。
「レジアスさん一体何でしょうか? 引き継ぎのデータなら……」
『セルジオ』
「ああ、もしかして俺がここにいることでしょうか。一応許可はとりましたが、確かに褒められた行為ではないですね、罰則ならいかようにも──」
『セルジオ、聞け』
一方的にまくしたてるように話していたセルジオの言葉を、レジアスの短い言葉が差し止めた。
「レジアス、さん……?」
モニターの向こうにいる男の名前を、セルジオが呼ぶ。
まるで、何かに詫びるように目を閉じて、ただ静かに。
『お前に、三課の分隊長の『セルジオ・アウディ』に言わなければならないことがある』
砲台チャンはフローリアン姉妹が倒してくれました。本当はかっこいい見せ場があったんですがテンポが悪くなるのでオミットしました。今後の活躍に期待してください。