「…………またか」
ミッドチルダにあるアパートでティーダが紙を睨んで、そしてがっくしと肩を落とした。
「あれ、兄さん、どうかしたの?」
「ああ、ティアナか。何もないよ、ちょっと疲れてるだけ」
「そっか」
「それよりこんな時間にどうしたんだ? もう夜遅いし、早く寝たほうがいいぞ」
「ちょっと喉が渇いただけよ。すぐに寝るわ」
「そうしてくれ。可愛いティアナの将来の美しさが損なわれる、なんて世界の損失だからね」
「……またそういうこと言う」
「あはは、嘘じゃないさ。ティアナは僕の自慢の妹だよ」
「はいはい」
ティーダの軽口をティアナは適当にあしらうが、その頰は明らかに緩んでおりまんざらでもない事が見て取れる。
けれど、ティーダの手の中の書類を見つけるとふ、と悲しげに曇った。
「それ、もしかして執務官試験?」
「まあ、バレちゃったら仕方ないか。そ、この前受けた奴の筆記の結果。不合格だってさ」
「そっか」
「いや、参ったな。流石にクロノみたいには上手くいかないな」
あえてティアナが寝る時を見計らって書類を確認するぐらいだ、不合格だった場合ティアナに教えるつもりはなかったのだろう。
それは、あまり合格している気がしなかったという理由もあったが、本当の理由は別にあった。
軽く笑うティーダの足元あたりを見つめてティアナがポツリと呟いた。
「ねえ、兄さん、私全寮制の学校に行こうか?」
「……何で?」
「私の、せいだから。兄さんが筆記で落ちちゃうのは私のお世話してるせいだもん。兄さんは私がいなければ勉強だってできて、それで──」
俯くティアナをティーダが優しく抱きしめて、回した腕で軽く頭を撫でた。
「ティアナ」
「兄、さん?」
「兄さんはティアナのことを負担に思ったことなんてない。いつだって、ティアナがいるから頑張れてる」
「ーーー」
「だから、あんまり兄さんを寂しがらせることをら言わないでほしいな。兄さん、ティアナがいないと頑張れそうにないからさ。我儘な兄さんだけど、許してくれるかな?」
「……うん」
小さな返事によし、とティーダが満足そうに笑ってみせる。
「それに、兄さんだってまだ諦めちゃいないよ。あいつに比べれば、うん、俺もまだ頑張れる」
「あいつって、前話してた魔力が低いのにAA取った人のこと?」
「そうそう。あいつみてたらまだ俺も頑張らなきゃなー、って思うんだ」
「ふーん、ちょっとあってみたいかも……」
「……まあ機会があればね。そんな事よりティアナ、実はケーキ買ってきたんだけど食べないか? 本当は明日の楽しみだったけど、たまには悪いことしちゃおうか」
「え、いいの?」
「いいとも。今日は俺も少しティアナと夜更かししたい気分なんだ」
「ふふ、なにそれ。仕方ないから付き合ってあげる」
仕方ない、と言いつつも自然と上がっている語調にティーダは気づきつつも、それをあえて指摘しない。
優しさからではない。そんな事よりも、彼の心は一つの感情に満たされていたからだ。
(ティアナをセルジオに会わせるわけにはいかない……! 初恋キラーのあいつだけには……!)
親友よりも大切な妹の初恋がティーダにはあった。
「えっくし! おかしいな、生まれてから風邪をひいたことはないんだけどな……」
「おにーさん、だいじょうぶですか?」
「あ、セルジオさん、ハンカチです!」
「ああありがとな、ギンガちゃん」
時は流れて夏休みも半ば。
なのはも退院し、仕事の合間にはやての家で模擬戦をこなす日々。
「ふー、今日は私の勝ちだね、フェイトちゃん」
「む、次の模擬戦は負けないもん」
「あはは、激しくなりそうやね」
機嫌良さそうにシミュレーションルームの観戦席に向かうなのはの後を少し不満そうなフェイトが追った。
「はい、お茶」
「ありがとう、はやてちゃん」
そんな二人を観戦席から眺めていたはやてが飲み物を渡しながら迎えた。
二人が受け取ったペットボトルの中のお茶を美味しそうに飲むのを見ながら、はやてが腕を組んだ。
「にしても、なのはちゃん最近いい感じに気合い入っとるなぁ」
「そうかな?」
「せやでー。なんて言うか、程よく覚悟決まっとる? みたいな?」
「ほ、程よく?」
「あ、それはなんとなくわかるかも。なんか前みたいに肩に力が入ってないって言うかのかな。見ててちょっと安心できるかも」
「あはは、そんな前は安心できなかったみたいな言い方……」
「いや前はかなりびびっとったで。この子風船みたいにどっか飛んでいきそうやなーって」
「ふ、風船」
「この前の事件の前は、喧嘩っ早いチワワみたいなイメージやったからな」
「ひ、ひどい……、そんな風に思われてたなんてなの……私ちょっとびっくりだよ」
「それ」
「へ?」
びしっとはやてがなのはを指差した。
「なのはちゃん最近一人称変えたやろ」
「そう言えばそうだね。なにか心境の変化でもあった?」
「そ、それは……」
フェイトの質問になのはが言い淀むと、ほほう? とはやてが目を光らせながらにじり寄った。
「その態度、さては件の『セルジオ』さん関連やな。ほら、吐くんや、私ら親友やろ?」
「え、えと、流石に親友でもプライバシーは守っていきたいというか……」
「なんやケチやなぁ。私らもう肌許し合ったなかやんか」
「言い方、言い方! ただお風呂一緒に入っただけだと思うの!」
「まあほら痛いの一瞬だけやから、へへへ」
「な、なんの話?! ふぇ、フェイトちゃーん……」
にひひ、と笑いながら手をわきわきと動かすはやてに、なのはが後ずさるが椅子の端まで追い詰められてしまう。
なのでなのは一番の親友であるフェイトに助けを求める。
「え、えと、私もなのはが良ければ聞きたいな。ちょっと気になるかも」
だが、助けは来なかった。
フェイトは少し気恥ずかしそうに、けれど興味を隠しきれない様子でなのはを見つめてくる。
小学生女子、三度の飯よりも男女の惚れた腫れたの話が好みなのである。
「わかったよ、お話しするからちょっと待ってよ……」
なのはががっくりと肩を落とす。
数は力である。この場でそれはつまりフェイトとはやてであって、か弱き少数であるなのはに抗う術はなかった。
(もしここにアリサちゃんかすずかちゃんでもいれば…………いや、あの二人はさらに面白がりそうな気がする)
どっちにしろ未来なんてなかった。
一度なのはがお茶を飲んで気持ちを落ち着けると訥々と話し始める。
「この前のイリスさんの事で、なのは洗脳されちゃって、その時ってなんか意識がふわふわしててずっと夢を見てる感じだったんだ」
「ふむふむ」
「その時にうん、ちょっと自分の事を考える機会があってね。それでちょっと色々考えて、そしたらさ、声が聞こえたんだ」
「声?」
「そ、なんだか熱っぽくてさ、あんまり覚えてないんだけど、その声だけはしっかりと届いてきたんだ」
なのはが手の中でペットボトルを弄びながら遠くを見つめる。
「セルジオくんが、私の──なのはのこと『大切』って言ったのが聞こえたの」
まあその後もかなり好きだとか、殺されていいとかも聞こえてきたがそれはわざわざ口にしない。
なのはの夢のことを話して、今のなのはのこと心配して、それで、彼女が大切だと、セルジオはそう言った。
「私ね、セルジオくんのこと尊敬してて、大切だなぁって思ってて、それで怪我とかして帰ってくるのが悲しいなって思ってたんだけど、セルジオくんに『大切』って言われて、自分に置き換えて見て、思ったんだ」
シュミレータの中の空は目に痛いほどの青色で、その色があの日、セルジオと戦った日の空と重なる。
「『ああ、今のなのはが怪我したら悲しむ人がいるなぁ』って」
「なのは……」
「それに気づいたら無理できないなぁって思ったんだ」
そしてはにかんだようになのはがはやてとフェイトへと向き直った。
「だから、人を助けるのも、自分を守るのも、私の夢のためには大切かなって、今は思うんだ」
「……そやな、そういう変化は嬉しく思うで」
「私も。今のなのはの考え方、凄く好きだよ」
「そう、かな?」
フェイトとはやてからの言葉に少し顔を赤くしてなのはが照れたように笑う。
「んで? なんで自分のこと『私』言うことにしたん? それも『セルジオ』さんがらみ?」
「それは、何といいますか……」
「なあに、なのは?」
「えっと、それは何というか、セルジオくんはちょっと危ないかなぁ、と思って。でも、夢とかは一緒に頑張って、それで支えてあげたいなぁとか思ってて、そのなのはって言うのはちょっと子供っぽいかなぁとか…………」
「──?」
(ははーん、わかったわ)
最後の方はごにょごにょと言い淀んだなのはの態度にはやてがあたりをつける。
つまりなのはは『セルジオと対等になりたいのだ』。
守る対象でも、年下の女の子でもなく、一緒に道を歩む相手として背中を預けてほしいのだろう。
(そのために、取り敢えず一人称を『私』に変えて見た、と。可愛いことするもんやなぁ)
以前から『なのは』と『私』を使い分けていた彼女だが、どうやらこれを機に変えてしまうことにしたらしい。
なんとなく察したはやてが楽しげににやにやと笑う。
因みにフェイトは全くわかってない。
「こ、この話はおしまい!」
はやての下世話な笑みに耐えかねたようになのはは強引に話を打ち切ると手の中のペットボトルをかぷかぷと飲み始める。
「(ねえ、はやてさっきのどう言う意味?)」
「(んー、なんちゅうか、フェイトちゃんに説明するのは難しいけど、なのはちゃんもお年頃で、なりたい自分があるんやないかな)」
「(???)」
「(ま、簡単に言うと、なのはちゃんは『セルジオ』さんと私らと違う関係を築いてるってことやな)」
「(それは、なのはが頼れる人、って事?)」
「(たぶんそんな感じやろなぁ)」
「(やっぱり、なのはにとって『友達』は、背中を預ける相手じゃないのかな)」
「(さあ、どうやろなぁ。私からはなんとも)」
フェイトの質問にはやては言葉を濁す。
もちろんなのはがフェイトとはやてを信頼していないわけがない。背中を預けられないわけがない。
けれど、それでも二人は一度なのはに『助けられた』側の人間である。
なのはの中に二人を『助ける相手』として見る思いを完璧に払拭する事は難しいだろう。もっと時間が経って、それこそ十年以上経てば同僚として信頼される事はあっても、今すぐにその認識を覆す事はできないだろう。
「(まあ急ぐことでもあらへんから……ってフェイトちゃん?)」
「ねえ、なのはってやっぱりセルジオさんのこと大切なの?」
「ふぇっ?! な、なななにゃに?」
「フェイトちゃーーーーん!! それも口に出して言ったらあかんやつーー!」
「え? そうなの?」
「前もこんなんあったやんな! ほんま、フェイトちゃん悪気ないからタチ悪いで!」
「だって、なのはがセルジオさんのこと好きで、大切に思ってるなら、言葉にするべきじゃないの? だって───」
「いや、だってセルジオくんは相棒で、えっとえっとえっと……はにゃ」
「やめたげて! フェイトちゃんこういうのはあんまり触っちゃ駄目なんや! 友達なら察してやらなあかん!」
「あ、そうなんだ。なら、友達で思い出したけど、セルジオさんってなのはのこと『高町』って呼ぶけど、それってなのは的にはどうなの?」
「だからあかんってぇっ?! 追撃やめたげて、ほんま!」
オーバーヒートしたかのようにくったりとしたなのはを腕に抱えてはやてが怒涛のツッコミを入れた。
だが、当のフェイトは「訳がわからないよ」とでもいいたげに首をかしげるだけだ。
フェイトの無自覚故の鬼畜っぷり、健在。
「……これ、模擬戦ではなのはちゃんの勝ちやけど、総合的には引き分けなんちゃうかな」
はあ、とため息をついてはやてが空を見上げる。
どこまでも青い人工の空はやたら目にしみるような気もした。
クラナガンの飲み屋街の一角で、ゼストとレジアスが向かい合っていた。
「じゃあ、今日は来てくれて嬉しかったぞ、ゼスト。正直、来てくれないだろうと思っていたからな」
「……俺とお前の誓いが、そう容易く破れるはずもないだろう。あの日、あいつの前での俺たちの事を」
「そうだな。言われてみればそうかもしれんな」
言葉を交わす二人の間には同じ日の出来事が誓いとして共有されている。
大切な仲間で、掛け替えのない存在を失い、そして罪の証を引き取った時の出来事が。
「ではな、ゼスト。さっき話した件、考えておいてくれ」
「ああ、またなレジアス。新しい案件は、きちんとこなす」
そして、男たちは互いに背を向けて去っていく。
いつも通りにあっさりと、されどどこか険しく、何かを決意したかのような表情で。
夜に吹く一陣の風が、ゼストの手の中の書類をかさりと揺らす。
「俺も、身の振り方を考えなければならんか」
槍を握り、節くれだったいかにも武人らしい手の中では『教導隊への異動について』という書類と、『降格処分』という文字が踊っていた。
二章も終わりましたし軽くステータスでも纏めますか。
『セルジオ・アウディ』
【立場】
航空魔導隊三課分隊長 二等空尉
【リンカーコア保有魔力】 B +
【魔導師ランク】
陸戦AA - 空戦AA + 総合AA
【使用デバイス】
ゼファー・EC550
相手の行動を予測する『行動予測』と
指定の技術を模倣する『技術模倣』のシステムを持つ。
エクリプスと呼ばれる『魔導殺し』を感染させる。
形態は槍と砲撃特化の二つ。
フルドライブは行動予測をフルで使えるようになるが負担が大きい。普段発揮できるのは六割程度。
【使用魔法】
・転移 ・砲撃 ・加速 ・解析
【身体状態】
健康。左利き。目は翠。淡い金髪。
EC感染状態 : 「初期」