ありふれた日常
目が、覚めた。
「やあ、随分と苦しそうだったが何か悪い夢でも?」
「別に何でもないですよ」
「そうかい。ならばいいが」
体に貼った電極をぺりぺり剥がしながらセルジオが半身を起こした。
「で、今回の検査結果だけど、進行度は初期ってところかな。この程度なら私の薬でも進行を遅らせられるだろうね」
「そうですか。助かります」
「意識レベルもグリーンに近い……まあこれは君のマルチタスクの練度のおかげでもあるか。今の所負担は?」
「まだですね。話を聞いていたほどは」
「そうかね」
教授が興味深そうに目を細めると手の中の端末をいじって情報を打ち込んでいく。
「それにしても教授が生体関係の研究もしてたのは少し意外でした。今まで機械工学が中心でしたよね?」
「本来は私の専門はこっちだよ。デバイスなんかは手慰みの一つだ」
「アレだけの物作れて手慰みって……他の人が聞いたら悪い風に勘違いされますよ」
「君はしないだろう? なら問題はないさ」
「確かにそうですが、教授だって人付き合いとかあるでしょう?」
「ないよ。というか、興味のない人間と話すのは苦痛なんでね」
「変わらないですね……」
病院着を脱ぐとセルジオの今までの事件でついた古傷の数々が晒されるが、それも何時もの陸の制服ですぐに隠されていく。
背後では教授がセルジオの体からのデータを興味深そうに見ているが特に気にしない。
もうそこそこ長い付き合いだ。裸の一つや二つ見せたところでなんとも思わない。
ベルトをつけてジャケットを羽織り、最後に手慣れた様子でネクタイを締めると胸元を軽く叩いて教授の方へと振り返る。
「では、これは頼まれていた薬だ。用法を守って使いたまえ」
「ああ、すいません有り難いです」
「……ま、私は君が薬を飲まなくて進行進めても面白いから別にいいけど」
「因みにもしそうなった場合は俺どうなります?」
「ん? 最悪殺処分じゃない? まあ唯の肉塊になって永遠に生き続ける可能性もあるけど」
「うーわ、マジか。気をつけなきゃな」
「まあ私も殺処分はやめて欲しいからちゃんと気遣いたまえよ。君はいいモルモットなんだから」
「……その気持ちは正直微妙ですが、一応感謝はしときます」
なんとも言えない表情で薬の入った紙袋を受け取るとポケットに突っ込む。
「では、俺はここで失礼します。午後からは仕事なので」
「はいはい、次回の診察は半年後ってところだ。それまで薬は郵便ででも送っておこう」
「助かります。次会うときまでお元気で」
手を振る教授に頭を下げて病室から出ると、先端医療研究所の廊下をあくび混じりに歩く。
「EC進行度初期、なぁ……」
口に出してみるが、それが大変なことだというイメージはそれほどない。
一応セルジオも自分なりに調べては見たが管理局のデータベースにはそれほど有意義な情報は載ってなかった。
せいぜい感染時に自己対滅の危険性と破壊衝動があるというくらい。
「自己対滅は乗り越えたし、破壊衝動だってマルチタスクを二つくらい維持に回せば問題ないしな」
ぐーぱーと軽く拳を握ってみるが以前と何か大きな違いがあるようには思えない。確かに少しばかりは以前と勝手が違うが、戦闘などは今のところ問題はない。
「まあだからって多用するつもりはないが」
ゼファーにはECウィルスを供給する機構はあるが、それを
なので現状ではECを使うときはゼファーの機能をオンにして無理やり体のウイルスを起動し、使わないときはゼファーのシステムで無理やり休眠させるという形がとられる。
なんでも、制御する機構に関しては研究データがほとんど無くて、これからセルジオのデータを取りつつ作るらしい。
「少し、涼しくなったか」
病院を出ると、ぴゅう、と吹いた気まぐれな風が制服の下に潜り込んでくるが、初夏のような嫌味な熱気は感じない。
辺りの景色を見れば以前来たときは青々としていた街路樹も次第に晩夏の気配を漂わせ始めている。
「もうそろそろ秋だなぁ」
ポケットからバイクのキーを取り出すと手の中で弄んだ。
「帰るか、三課に」
それが、セルジオのいる場所なのだから。
桜色の誘導弾が無数に放たれる。
なのはの魔力を固形化した弾丸は、指示に従って地をかけるクイントを囲むように向かっていく。
「ふむ、ウイングロード、かしらね」
クイントの足元から先天性技能である『ウイングロード』が出現し、空を飛べないクイントへなのはに追いすがる手段を与える。
青い道の上をデバイスであるローラーで滑るように移動しながら瞬時に距離を詰めていく。
「レイジングハート!」
《 Short Buster 》
それに対してなのはは瞬時に威力を犠牲にした規模縮小型の砲撃をチャージ、迎撃として撃ち放つ。
高速で飛来する砲撃に対してクイントは少し目を見開いたが、すぐにニッと笑ってみせる。
「カートリッジロード、ラウンドシールド」
「シールドで軌道を──」
「早いけど、まだ甘いわね」
放たれた砲撃をクイントはカートリッジ一発分の魔力ブーストをかけた盾で僅かに逸らすと、そのまま拳を強く握り込んだ。
(大きいのが来る。ならっ!)
勢い良く回り始めるクイントのリボルバーナックルになのはが備えて目の前に桜色の盾を作り出した。
『バインディングシールド』。
捕縛盾とも呼ばれるこの魔法は、見た目は通常のシールドと変わらないながらも、シールドの表面に触れた物体へと彼女の特別硬いチェーンバインドで縛り付けるというオリジナル魔法。
そして、この後に砲撃を叩き込むことが魔導師高町なのはの必勝コンボだ。
クイントのナックルスピナーが回転することによって一撃の威力を増大させながら、なのはの捕縛盾へと迫っていく。
そうして、拳の先が盾に触れる直前、クイントが大きく、足元のウイングロードが撓むほどに強く踏みしめた。
力が生まれる。
体を通して、衝撃が伝わる。
拳の先へと、螺旋の力が加わった。
「
がしゃん、とガラスが砕けるような軽やかな音をたてて、なのはの捕縛盾が砕け散った。いとも呆気なく、クイントの拳に貫かれて。
けれど、クイントの拳の威力は衰えることなく、そのままなのはの腹部へと向かっていて、直前でピタリと静止した。
「私の勝ちね」
「うぅ、私の負けです……」
「まあまあ、かなり強くなってたわよ」
「でもクイントさんには勝てなかったです」
「そこは私ももうそこそこの年だし。あ、今のは年取ってるとかじゃなくて、そこそこ働いてるって意味ね?」
悔しげに負けを認めるなのはの頭をポンポンと軽く撫でると、二人はバリアジャケットを解除する。
いつもの陸の制服に汗がつくといけないので今は武装隊に支給されているジャージ姿だ。
二人は三課内の訓練室のベンチからタオルで汗を拭きながら、ペットボトルから水を飲んで一息つく。その後、シャワールームへと向かう道すがら、先ほどの模擬戦の反省会を始める。
「最後のバインディングシールドは上手かったけど、まあ私にはあんまり意味なかったかもね」
「セルジオくんの『繋がらぬ拳』なら防げたんですけど……」
「あー、あの子センスなくて上手く使えてないのよね。たぶん、いいとこ私の奴の八割の威力ってとこでしょうね」
「うーん、バインディングシールドは改善の余地ありかな」
「あとはー、アクセルシューターの使い方と、後は近接戦での立ち回りがかなり上手くなったと思うわ。何かあった?」
「なんというか、少し武装を変えて戦う機会があって、それでなんとなく近づかれた時の立ち回りが感覚で分かったというか?」
「なんでなのはちゃんが疑問系なのかしらね……」
「あはは、なんか上手く言えなくて……」
誤魔化すように笑いながらなのはが胸元で下がるレイジングハートをなんとなく触った。
一時期なのはのレイジングハートはフォーミュラシステムを組み込んだ、『ストリーマ』及び『エストレア』という形態への変形が可能だった。
しかし、今はその機能のどちらも取り外され事件前の『レイジングハート・エクセリオン』までバージョンが戻っている。
なのは個人としては今までの自分にない加速を失うのは少し勿体無い気もしたが、セルジオに小難しい理由とともに説得を受けたので大人しく従っておくことにした。
まあ、流石にデータを取らないのは管理局としてももったいなかったのか、ちょうど再戦をしたがっていたシュテルとの模擬戦は許してくれたが。
(シュテルとの模擬戦でアクセラレイターを使ったからかなんか近接のコツがわかった気がするんだよね)
どうやら今までできなかった加速の感覚を掴んだことによって、近接戦の立ち回りの感覚を掴んだらしい。
アクセラレイターと瞬間砲撃という鬼畜コンボの餌食、もとい実験台になったシュテルには合掌。
その後も模擬戦に関してあれやこれやと話していると、航空魔導隊に内接されたシャワールームに到着する。
「さ、早くシャワー浴びちゃいましょ」
「は、はい」
クイントが脱衣所で勢いよくシャツを脱ぐと、日々の訓練によって鍛えられているせいかよくくびれた腰と、弾かれるようにばるんと揺れる豊かな胸部が露わになった。
その圧倒的な乳のパワーに気圧されたように、なのはが自身の胸部を見下ろしてしまうが、悲しい哉、なのははまだ十一歳。広がるのは年相応の哀れな平坦。
これがフェイトやすずか辺りだと既にそこそこのサイズに膨らんでいるような気がする。後は意外なことにはやてなんかもそこそこ大きかったりする。
ぐむむ、となのはは小さく唸ったが、それで突然なのはの胸が膨らむことはない。せいぜい今できるのはクイントや、後はメガーヌの様に胸が大きくなることを祈るだけだ。
えいや、となのはがシャツを脱いだ。
すると布が当たったのか胸元でシルバーのチェーンに繋いである星のアクセサリとレイジングハートがぶつかって軽い音を立てた。
「それって、前は隠してつけてなかった?」
「えっと、はい。でも、この前バレちゃって」
「あら」
「だから、バレちゃったなら、もういいかなって」
クイントの記憶ではなのははシルバーのネックレスをそれはそれは大切にしていた。同じ女性なクイントだから知っているが、時たまこうしてつけていることも。
だが、それはオフの日や内勤だけの日のこと。こうした模擬戦のある日や、外回りのある日にはつけていなかった。
でも、どうやらとある人物に隠してつけていたのがバレたことをきっかけに普段からつけるようにしたらしい。
(……何かあったのかしらね)
クイントはなのはとセルジオの間に、先日の事件で何があったのかは知らない。
けれど、それでも年長者として察せることもある。
「そっか、私は似合ってると思うわ、そのネックレス」
「私はちょっと大人っぽいかなあ、とも思ったんですけど、なら良かったです」
えへへ、と照れたようになのはが笑う。
(ああ、良い顔で笑うようになったわね、なのはちゃん)
頰をわずかに赤らめるなのはの姿がなんだかいつもより何割かまして、子どもらしく、年相応の笑顔に見えてクイントが柔らかく笑う。
願わくば、この小さな後輩と弟分が、二人で自然に笑い合える日がくればいいな、と思った。
(うーん、流石にギンガじゃ勝てないかしらね)
初恋は実らないの法則はそんなに間違ってないかもしれないわね、とクイントはひとりごちたのだった。
三課の部隊長執務室でゼストが提出書類を纏めていると、扉越しに乾いたノック音が耳に届いた。
短く返答をすれば、古びた木の扉が開いて紫髪のロングヘアの女性が姿を見せた。
「失礼します。部隊長、私に何かご用でしょうか?」
「……立ち話もなんだ。ひとまず座れ、メガーヌ」
「はい、了解です。……コーヒーでもいれましょうか?」
「なら頼めるか。セットは──」
「そこの棚の下から二番目、ですよね。知ってます」
「助かる」
いいんですよ、と返答してテキパキとコーヒーを入れる姿は完全にデキる女のそれだ。
手慣れた様子のメガーヌはさくっと二人分のコーヒーを用意すると、ソファに腰掛けて待つゼストの前に置いた。
もう一つは自分の手の中のままで、テーブルを挟んだ反対側に腰掛ける。
「……娘は、変わりないか?」
「はい、お陰様で。最近では、少しずつ言葉を話したりして」
「すまんな、そんな時期に仕事に出させて」
「いえ、良いんです。今は夫が育休とってるんですし。お気になさらず」
「そう言ってもらえると助かる」
ずず、とゼストがコーヒーを啜る。
「俺が、三等空佐から一等空尉に降格したのは知ってるな」
「……はい。この前の責任を取ったと。すみません」
「お前らが謝ることでは無い。俺はそもそもそこまで階級にはこだわっていない」
そう言ってまたコーヒーを啜るゼスト。その表情はいつもと変わらず、本当に降格に関してネガティブな感情はないことがわかる。
「だが、まあ俺が降格したらしたでめんどくさいことも起こっていてな」
「面倒くさいこと、ですか」
「ああ。レジアスに他の部隊から『いつまでもゼストを航空魔導隊で遊ばせておくな』との抗議が入ったらしくてな、俺は部隊を移ることを打診された」
「──!」
「俺が三課の部隊長になってからもう五、六年。俺もそろそろ前線を引くべきだ、とレジアスにも言われた」
「レジアス中将が……」
「まあ今すぐ前線を引くわけではないが、それでも少し思うところはあってな」
やれやれとでも言いたげに息を吐くとメガーヌと向き合って居住まいを正す。
「それで、だ、メガーヌ。お前を今日呼んだのは他でもない。お前を俺の後任に据えたいと考えている」
「それって、まさか」
「そうだ。メガーヌ・アルピーノ三等空尉、お前は、
「ーーー」
ゼストの言葉にメガーヌが言葉を失う。
まさか、そんな提案を受けるとは露ほども思ってなかったのだ。
今の三課はゼストを隊長として、階級の高い二人、つまり二等空尉であるセルジオと三等空尉であるメガーヌが分隊長に据えている。
なので、メガーヌが打診されることはそこまでおかしな話でもないのだが。
「あの、なんで私に話を?」
「不満か?」
「いえ、そういう訳ではなくて、ただちょっと理由が知りたかったものですから」
メガーヌの階級は高い。が、けれど一つ下にはゼストと同じベルカ式のクイントもいれば、他の局員にだってベテランも多い。
(それに、あの子だっている)
メガーヌに真剣に見つめられて、ゼストは間を持たせるようにコーヒーを口に運ぼうとして、既に中身がなかったことに気がつく。
「聞きたいか?」
「ええ、もし良ければ、ですが」
ふ、とゼストが小さく息を吐く。
「……お前が一番まともだからだ」
「んん??」
「お前はあのフリーダムな連中が部隊の長を務められると思ってるのか」
「あー」
「あいつらの誰かを後任にすると考えるだけで正直な話俺は胃が痛くなる」
メガーヌの脳裏に三課の面々の所業が思い出される。
なんというか、悪くない連中なのだが、ふざける時には全力でふざけようとするのだ。それこそ、少しばかりルールを破る、というかぶち破るレベルで。
「その点お前は安心だ。いざという時に奴らの手綱を握れるし、何よりフルバックという立場上後方からの指揮に向いている」
それに、とゼストが続ける。
「俺はお前のいつでも冷静に物事を見る事の出来るそのスタンスは得難いものだと思う。きっと、良い指揮官となれるだろう」
「そう、ですか」
「…………どうだ、もしその時が来ればやってくれるか?」
二人が静かに見つめ合う。
ゼストの鋭い黒曜石の瞳に見つめられたまま、メガーヌは静かに目を閉じて思考を巡らせる。やがて、一つの答えを口にした。
「申し訳ありませんが、お断りさせてもらいます」
「……だろうな」
「え?」
「お前を、いやお前達夫婦を見ていればわかる。……お前達にはもう、部隊より大切なものがある」
「そ、そんなことっ」
「良い。俺に気遣うことはない」
思わず立ち上がって叫ぶようにしたメガーヌを、薄い笑みとともにゼストは制した。
「俺は地上を守る事が使命だと思ってる。おそらく、レジアスもそうだろう。だがな、メガーヌ、それを管理局全体に強要しようとは俺は思わん」
「ですが」
「まあ聞けメガーヌ。俺は、人が戦う以上、最後の心の拠り所は必要だと思う。そして、それは人によって異なるのが当たり前だ」
「隊長」
「だからメガーヌ、お前はお前の守るべきものの為に生きろ。俺たちに気遣う必要はない」
そう言うとゼストは話は終わりだと言わんばかりにソファから立ち上がった。
その立ち去る直前の笑顔は、寡黙なゼストにしては珍しくニヒルな笑みを浮かべていた気がした。彼の養子がするような、悪戯っぽい雰囲気のある表情を。
(まさか、私に今の話をする為に……)
浮かんできた一つの疑問。
それはひどく独りよがりで、メガーヌの希望的観測にも近かったが、彼女はなんとなくゼストなら、部下のことをよく見ているゼストならばありえそうだと思う。
よっぽど口に出して問いかけたかったが、メガーヌはその言葉を飲み込んだ。アレが隊長の不器用な優しさだったのだと思って。
「隊長は、セルジオ君を後任にすると思ってました」
「…………そうだな、その事を考えなかったとは言わん」
飲み込んだ代わりに投げかけた言葉は、執務室の窓から見える空を見上げたゼストの心を僅かに揺らした。
「だが、今のあいつにこれ以上の重荷を背負わせる事など俺にはできんよ」
ゼストの見上げた先の、彼らが守る空は、今日も透き通るように美しかった。
「さーて、お仕事やりますか」
バイクを三課の車庫に止めて、セルジオはキーホルダーで纏めたキーを指でくるくると回しながら隊舎に入る。
「お」
「あら」
「あ」
すると、ちょうど午前の訓練を終えたなのはとクイントと遭遇した。
「定期検診終わったの、セルジオくん」
「はい、一応。問題ないそうです」
「あら、何か風邪でも引いてればなのはちゃんがお見舞いに来てくれたのにね」
「わ、私?」
「残念だったわねー、セルジオくーーん?」
「あはは、残念ですね」
主にクイントの頭が。
「クイントさん達は、訓練終わってシャワーでも浴びてきたとこですか」
「あら、わかる?」
「ま、そりゃ見ればわかります。高町の髪とか少し湿ってますし」
「み、見ちゃダメ!」
「いや、別に減るものじゃないだろ?」
「減るの! 私の、こう、乙女的な何かが減るの!」
「……そういうものか?」
「そういうものなの!」
「セルジオくん、デリカシー持とうね?」
その後、三人で道を進んでいると、オフィスの扉の前でちょうど扉を開けようとしているメガーヌとゼストが目に入る。
「珍しい組み合わせですね、ゼストさんとメガーヌさんって。何か厄介ごとでも?」
「ま、ちょっとね」
メガーヌが曖昧な答え方をしたのが少しだけ気にかかったが、すぐにまあいいかと流してしまう。
「セルジオ、クイント、高町、この後三課のメンバーを食事に誘うつもりだが、お前達もどうだ?」
「あ、行きます! 私行きたいお店あるんですけど奢ってくれますか!」
「うむ、良いだろう。昼休みの間に帰って来られるなら皆で行くか」
「やた! 今度家族と行くつもりだからリサーチしときたかったんですよねー」
「クイント、アンタ死ぬほど図々しいわね」
「あはは、たまには良いんじゃないでしょうか。みんなでご飯、楽しみです」
「ふむ、じゃあ一応予約しときますかね。取り敢えず中のメンツの予定を」
聞きますかね、と言いかけながらセルジオが扉を開いて、高速でパイが飛来した。
「ハッピィィィィィ、バーーーーースデェェェエイ!」
「────ッ、ゼファー!」
雄叫びと共に放たれた飛来物を瞬時にゼファーを起動して行動予測プログラムで認識すると、体の各部を通した勢いを使って手首のスナップだけで逸らしてみせる。
(習っててよかったストライクアーツ! クイントさんに感謝)
もっと有意義に使え、という気がしないでもない。
何はともあれセルジオの顔面炸裂コースからパイは逸らされて、そして、遥か上方へと飛んでいく。
が、ここで一つだけ誤算。
今廊下にいるのは五人。
セルジオを先頭にして、その後ろに四人、なのは、ゼスト、そしてクイントとメガーヌ、が並んでいる。
セルジオの身長は170後半。その顔の軌道より上となると、相当身長の高い人間にしかパイは当たらない。
そう、身長180を超えているゼストのような。
べしゃ、とゼストの顔にパイが当たる。
「あ」
「あちゃー」
「あら」
「あ」
「む」
全員の時間が止まり、やべ、という空気が三課の中に広がる。
「あなた達ね…………」
そして、最も早く復活したメガーヌが蕩けそうなほど魅力的笑顔で、右手のグローブ型デバイスを起動させた。
「良い加減にしなさいよ!」
「ぎゃー、すいません今日メガネが誕生日だったから祝ってただけなんですゥ!」
「ゴリラや! 全部ゴリラが悪いんや!」
「問答無用よ。さっさと片付けなさい!」
「ゼストさんごめんなさいごめんなさいごめんなさい。ほんとごめんなさい」
「……甘いな」
「ゼスト隊長今言うべき感想はそうじゃないような……」
「ちょっと待って、もう無理、ひーひーひーひー、お腹痛い、ほんと勘弁して」
喧しく、賑やかで、どこか家族のような、そんな三課の温かな日常。
高町なのはが配属されて二年。
あの夏の事件からしばらく月日が流れた、三課のありふれた一日だった。
なのはの一人称が「私」に変わりましたが、きっと目指したい人がいるんでしょうね。一人称が「私」で、セルジオに頼られてて、彼女に良いアドバイスをくれる良い大人とかが。