詰め寄られたマスコミの猛攻をなんとかいなして隊舎へと帰ってきたセルジオがぐったりと椅子に座り込んだ。
「はい、お茶。喉乾いたでしょ?」
「すまん、サンキュー高町」
「このくらい大したことないよ」
お盆を胸に抱いて照れ臭そうに笑うなのはから受け取ったグラスの中身を一気にあおるとクイントへと向き直る。
「んで、これ何の間違いですか?」
「間違いじゃないわよ。ちゃんと推薦きてるし」
「いや何でそれを俺じゃなくてクイントさんが持っているかは甚だ疑問なんですが」
三課のオフィスでクイントから一枚の書類を受け取った。目を通せば確かにセルジオが戦技披露会の参加についてのあれこれが書いてある。
「そこはなんか広報と企画部と人事部のミスみたいね。ウチに連絡が来たのもセルジオ君が定期検診に行ってからだったし」
「なんすかそのミスの三重奏……」
「まあそうぐちぐち言わないの」
ばしばしと背中を叩いてくるクイントを何か言いたげな表情で見返すセルジオだが、クイントに文句を言ったところで特に解決する問題でもないので、ため息と一緒に不満を吐き出した。
セルジオの様子を隣から見ていたなのはが小首を傾げた。
「『戦技披露会』ってなんですか、メガーヌさん」
「あれなのはちゃん知らなかったかしら? 去年は……ああ、丁度遠くの方まで出向任務だったものね」
コーヒーを片手のメガーヌが指で唇をなぞって、ほんの少し考えるそぶりを見せた。
「まあ簡単に言えば管理局主催の格闘技の試合みたいなものね。なのはちゃんの世界でいうボクシングってやつかしら」
「格闘技ですか?」
「ええ。基本的には前座からファイナルまで合計三試合。それが空戦、陸戦にそれぞれある形ね。目玉であるファイナルではニアSの一流魔導師が参加するのよ」
「ほえー、ニアSですか」
「ちなみにクイントとゼスト隊長は出たことあるのよ」
「そうなんですか、クイントさん! 凄いんですね!」
「いやいや、私とゼスト隊長を一緒にしちゃダメよ。私は陸戦の前座。ゼスト隊長はファイナル、つまり大トリ。私なんかとは注目度が全然違うわ」
「こらこら、そんなこと言うもんじゃないわよ。戦技披露会はある意味武装隊員の憧れなんだから」
「だってゼスト隊長とかセピアさん見てたら私なんかーーー」
「セピア?」
唐突に出てきた聴きなれぬ名前になのはが繰り返すと、クイントが慌てたように言葉を重ねた。
「あー、戦技披露会の話よね? 良いイベントよー、出店とかいっぱい出るし! ね、セルジオ君!」
「……ですね。市民としても武装隊のエースクラスの魔法なんてなかなか見れるものでもないから、魔導スポーツ選手だとか、将来管理局員になる事を志す人、まああとは普通に観戦に来る人なんかも多い」
ま、一種のお祭りみたいなものだ、とセルジオがなのはの頭を雑に撫でた。
一瞬、セルジオの顔が泣きそうにも見えたが、撫でられたせいで視線が下がってしまう。手を振り払ってセルジオの顔を再び見た時にはいつもの何を考えているかわからない彼に戻っていたので、もしかしたらなのはの勘違いだったのかもしれない。
「しかし、なんでまた俺なんでしょうね」
やれやれとセルジオが書類を睨みながら頭をかく。
「航空魔導隊から人間を出すのはまだわかりますが、よりにもよって俺を出しますかね」
「ーーー? セルジオくん、強いよね?」
「いや、なんか勘違いしてそうだけど俺は高町が評価してるほど強くないからな? 魔導師ランクだってAA。AAA+のクロノはともかく、俺には少し荷が重いよ」
「……それもそうね。魔導師ランクで言えばなのはちゃんの方が上だものね」
「あー、それね、私はなんとなくわかるわよ」
「メガーヌさん?」
三人の視線がメガーヌに集まる。その中でメガーヌはびしり、とセルジオを指差して言い放った。
「顔よ!」
「顔っ!?」
「顔」
「……顔、ですか?」
クイントが背後に稲妻を走らせる用に大袈裟に驚いて見せ、セルジオは、あー、成る程、とげんなりした顔に、そしてなのは不思議そうにセルジオの顔をまじまじと見つめる。
「そんなに見つめて俺の顔に何かついてるか?」
「目と鼻と口がついてるかな」
「人間なら誰しもついてるもんだ」
「なら目が綺麗だね?」
「そりゃどうも」
今ひとつメガーヌの話に得心がいっていないのかなのははあいも変わらず首を傾げたままである。
そんななのはと目を合わせて、メガーヌがゆっくりと話し始める。
「なのはちゃん、セルジオくんの良いところってどんなとこだと思う?」
「い、良いところですか? ええと、うーん、誰にでも優しいこととか、ご飯を奢ってくれる事とか、とっても頭がいい事とか、いざという時に頼りになることとか、好き嫌いがないこととか、女心がわかんないこととか、デリカシーがないこととか、あと……」
「あぁ、ちがうわ。そういう内面的なことじゃなくて、誰にでもわかる事ね」
「?」
(最後らへんが悪口に聞こえるのは俺のせいか……?)
指をおりおりセルジオを褒めていたなのはの動きが止まった。メガーヌの言わんとすることがわからなかったのだ。そんななか低く笑う人物が一人。
「ふっふっふっ、分かるわ、メガーヌ。私にはわかる!」
「じゃあ、クイント。何かしら?」
「セルジオ君の良いところ、それは…………」
「それは?」
がしっとクイントは苦い顔をしたセルジオの肩を抱くと大きく言い切った。
「容姿よ! この子無駄に顔が良いの!」
「おい無駄ってなんだ無駄って」
「そう正解。なのはちゃんが挙げたのもこの子の良いところではあるけれど、まあ初見じゃわからないしね。セルジオ君は身長が高くて、顔が良くて、愛想も悪くない。外面だけ見れば最高の素材よ」
「その内面は最悪みたいな言い方なんなんですかね……。なあ高町この二人になんとかーーー」
「確かに。セルジオ君外面は完璧ですもんね……」
「確かに?! 肯定しちゃったよ!」
一人で突っ込むセルジオを傍目に女性三人がうんうんと頷く。
短く切り揃えられた短髪。たまに寝癖がついてはいるものの淡いブロンドは清潔感があるし、高めの身長と武装隊にいるおかげで引き締まった体は、なるほど、内面を知らなければそこそこの美丈夫に見えるだろう。
その後、メガーヌがあくまでも自分の予想だが、と前置きして話を続ける。
「たぶん、先に決まっていたのはクロノ執務官の方だと思うの。彼くらいなら普通に名前が挙がってもおかしくないしね。
それで、たぶんクロノ執務官とつりあいが取れる人……ああ、これは容姿でも戦闘力でも、って意味ね、で、たぶんセルジオ君の名前が挙がったんでしょう」
プライベートでも仲が良くて、学生時代の同期とかマスコミが好きそうで宣伝しやすいしね、と言葉を結んだ。
「そ、れ、で? セルジオ君」
「はい?」
「もちろん参加するのよね? 前から興味はあったみたいだし、あんな大舞台に立つ機会なんてなかなか回ってくるものじゃないわよ?」
「……そうですね」
「それにきっとゼスト隊長に頼めば快く指導とかしてもらえるわよ。まあ、もうマスコミも動いてるみたいだし断れるものでもーーー」
「断ろうと思います」
「ないわよね、って、へ?」
けろりとした物言いにクイントがアホのように口をぽかんと開けた。
「こ、断る?!」
目を剥いたセルジオに詰め寄る。
「戦技披露会、しかもファイナル! 武装隊員にとっての最大級の名誉じゃない!」
「んー、でも俺には荷が重いと思います。それに俺しなきゃ行けないことも色々ありますし」
「セルジオ君、断るのは良いけれど、マスコミの方はもう貴方だと踏んで動いてたみたいだけど……」
「いや、そっちの方も多分問題ないかと。さっきの記者さんたちの腕章を見る限りまだ大きなところ、それこそMHKとかは動いてないです。このくらいの段階なら、まあギリギリセーフですかね。まあ広報は少し苦労するでしょうが、文句は言ってこないでしょう」
あっちがミスして僕に確認取ってなかったみたいですし、と言ってセルジオは軽く笑った。
「それに、俺は同年代の中では出世している方ですが、探せばもっと良い人が見つかりますよう。それこそティーダなんか御誂え向きでしょう」
セルジオの言うことは最もであるし、断る理由にも筋が通っている。確かにSランクの魔導師が行う三試合目にAAのセルジオには荷が重いのかもしれない。
(今日はよく喋るな、セルジオくん)
けれど、なのははなんだかセルジオが
(なんだか、ヘン?)
だが、なのはその違和感を上手く言い表すことができない。
フォーミュラを『見て使える気がしたから』使えてしまえる感覚派のなのはは、こうした自分の感覚を言語化するのが少し苦手だった。
なので、なのはは何かセルジオの態度に違和感を抱きながらも、何も言えずに横顔を見つめることしかできない。
しばらくクイントは「勿体ない」とか「憧れてたじゃない」とか言ってセルジオを説得しようとしていたが、いつまでたってもセルジオの意思が変わらないので、やがてがっくりと肩を落とした。
「さて、話は終わりましたかね。俺、この後ゼストさんと話があるんで抜けさせてもらいますね」
書類を片手にオフィスを出て行くセルジオの姿が完璧に見えなくなると、メガーヌがやれやれとばかりに肩をすくめた。
「あの子はほんと強情ね……」
「うー、せっかく今年の年末は親子水入らずで過ごさせようと思ったのにぃ……」
「あの二人似た者同士っていうか、素直じゃないものねぇ」
「あーもー、あの親子本当にめんどくさい〜〜!」
彼女たちにとってのゼストは尊敬する上司で、セルジオは可愛い弟分。そんな彼らのお節介を焼くのは彼女たちにしてみれば当然のことでもあった。
これを機に二人がもっと親子らしくなれば良い、とも思っていたのだが、現実はなかなか思うようにはいかない。
そして残念そうに肩を落とす二人の横で理解できず首を傾げている少女が一人。言わずもがな高町なのはである。
「あの、『親子』って、 どういうことですか?」
こてん、と可愛らしく首傾けながらされた質問に、クイントが何を今更、とでもいうように答える。
「セルジオ君とゼスト隊長。あの二人、義理の親子じゃない」
「え?」
「あれ、知らなかった?」
「え、ええええええええっ?!」
「戦技披露会に俺が、か……」
ぎゅっと拳を握る。
戦技披露会と言えば武装隊に所属する人間の憧れであり、管理局の魔導師の顔として市民の前に立つという事だ。その責任の重さはいうまでもない。
「今の俺じゃあ、出られないよな」
憧れがないとは言わない。
クロノと戦いたくないわけではない。
どこかの期待をかけてくれた誰かの気持ちを裏切りたくない気持ちもある。
でも、駄目だ。
少し前までのセルジオならともかく、
「正直な話、今の俺は魔導師ランクAあるかどうかも怪しい……」
重くなったECの負荷。それは平静を装う彼の仮面の下で着実に進行し、破壊衝動についてはセルジオの武器の一つであった『無数の並列思考』の半分以上を奪っていた。
そんなセルジオが戦技披露会に出ればどうなるかなど言うまでもない。きっと、航空魔導隊や、地上本部の顔に泥を塗る結果になるまろう。
だから、断るべきなのだ。
「でも断ったらもう二度とこんな話来ねえだろうなぁ」
決意すれども、惨めったらしくぶちぶちと呟くセルジオ。やっぱりほんのちょっと出たかったのだ。
うう、と呻きながらセルジオが廊下の壁に頭を軽くぶつけると、背後の男子更衣室から声が響いたのは殆ど同時だった。
「おい、ほんとらしいぜ隊長が三課やめて教導隊に行くかもって話」
(は……?)
凍りついたように体がそこから動かなくなった。
「え、それほんとなのか? なんか一課の方じゃ噂になってたみたいだけどよ」
「うん。俺も眉唾だって思ってたんだけど、この前聞こえちまったんだよ、レジアス中将と隊長がそのことについて話してんの」
「マジかよ……、あの人が降格したのってそう言う理由もあったのかー」
「それにさ、次の戦技披露会、セルジオに話行ってただろ?」
「ああ、凄えよな。まだ十七なのにファイナル任せられるなんてさ」
「それ、どうやら本当は隊長に回ってきてたやつらしくてさ。レジアス中将から回ってきた話を頼み込んでセルジオにしてもらったらしい」
「え、なんでまた」
「うーん、そこは俺も扉越しに偶然聞こえただけだからよく聞こえなかったから自信はないけど……」
扉の向こうの人物がしばらく考え込むと、ゆっくりと話し始める。
「確かー『セルジオを見極めたい』だっけ? ちょっと自信ないけどそんなこと言ってた気が……」
「おいおい頼りねえなぁ」
笑い声が響く。
「でもさ、もしそうだとしたらセルジオには頑張って欲しいよな」
「だな。たぶんあいつならきっと完璧にこなしてくれるよ。あいつ、頑張ってるし」
「うん、あいつ、頑張ってるもんな」
そこまで聞いて、セルジオはそこから離れた。
手の中の書類がかさりと音を立てて、今聞いた話を何度も心の中で反芻させる。
(ゼストさんが、三課を辞める……?)
反芻する。
(俺に、戦技披露会の役目を譲った?)
反芻する。
(一体、何のために……?)
頭を回してみるが、今ある情報ではセルジオの中で納得できる答えは出てきそうにない。
「セルジオ?」
ふと、声がかかった。
「丁度良かった、この後の件だろう」
「ゼ、ゼストさん」
「どうした、そんな難しい顔をして。何か厄介ごとでもあったか」
「え、いや、その……ゼストさん、一つ、聞きたいことが」
「む? どうした」
ゼストの鳶色の瞳に見据えられ、ほんの少しセルジオが後ずさりそうになるが、意を決して口を開いた。
「あの、三課を辞めるって話、本当なんですか」
「本当だ」
「──っ。この前の、降格のせいですか」
「それもあるが、以前からレジアスにはそういう話を持ちかけられていた」
「そう、ですか…………」
消え入るように呟きながら視線を落としたセルジオ。そんな彼の頭を、苦笑い混じりのゼストが雑にぐしゃぐしゃと搔きまわす。
「そんな俺が死ぬような顔をするな。あくまでもそういう話が出ているだけだ。まだ、前線を引いてやるつもりはない」
「すみません、なんか、つい」
セルジオもまた苦く笑いながら、掻き回された髪を直そうと手を伸ばして、手の中の書類がかさりと揺れた。
「……む、それは……戦技披露会の書類か。どうする、参加するのか?」
「その、俺は…………」
一瞬、息ができなくなる。
断らなければならない。今のセルジオが戦技披露会に出ていい事などない。間違いなく普段の力量は出せないだろうし、最悪多くの人の顔に泥を塗ることになる。
けど、それでも、セルジオ・アウディは、ここで引き下がって良いのだろうか。
もし、ゼストが何らかの意図を持って戦技披露会の役目を、セルジオに託したのだとしたら、それを投げ捨てて良いのか。
この責任に、背を向けて良いのだろうか。
セルジオが、小さく深呼吸をして、視線をあげる。
ゼストの鳶色の瞳を見つめる翠にはもう、迷いの色はない。
「俺は────」
三課のオフィスでなのはほんの少しだけ拗ねていた。
(ゼスト隊長と義理の親子だったなんて……、教えてくれてもいいのに)
あのデリカシー無しは普段は相棒とか得意げにいうくせにこういう大事な事を言おうとしない。
「隊長のとこから帰ってきたら、顔が青くなるくらいとっちめてやるんだから」
むすっとしたなのはが腕を組んでいかにも「私怒ってます!」アピールをして待ち人を待っていると、しばらくして扉が開いた。
視界の端に映った淡い金髪に、なのはがすぐにセルジオだということに気づいた。
なのはが最大限に不機嫌そうな顔を維持しながら振り返って問い詰めようとする。
「セルジ──」
「高町! 俺をお前の家族に紹介してくれ!」
「…………へ?」
より早くセルジオからぶち込まれた言葉に全ての思考が吹っ飛んだ。
「あ、あの、それってどういう……?」
「どういうも何もあるか。俺の事を紹介して欲しいんだ」
「ええっ? で、でも、そういうのって、こう、順序というか……」
「──? そこあたりは俺が自分でちゃんと言うから、頼む」
あわあわとうわ言のように呟いていたなのはだったが、息が触れ合うような近さから緑色の瞳に見つめられて、顔が赤く染まった。
「わ、わかった……、紹介、する」
「ありがとう、高町」
にこりと笑うセルジオと、赤い顔で俯くなのは。
そんな二人を側から見ていたメガーヌは「何か盛大な勘違いが起きてそう……」と思っていた。