Force Detonater   作:世嗣

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稽古

 

 

 

 

 

 

 

「お願いしますシロウさん!」

 

 海鳴のなのはの自宅のリビング、そのテーブルでセルジオが深々と頭を下げた。二つの湯気を立てるコーヒーを挟んで向こう側には壮年の男が座っている。

 

「ひとまず頭をあげてコーヒーでもどうかな。自分で言うのもなんだが、なかなかのものだと思ってるんだ」

 

「はい、いただきます」

 

 セルジオに声をかけた高町士郎ーーーなのはの父親であるーーーが手ずから淹れたコーヒーに口をつけて対面のセルジオへと目を向ける。

 

 彼の知る限り、なのはの上司で相棒で、食事の時にも時折名前がでる少年、いや年を考えるともう青年に差し掛かっている。

 なのはの出す男の名前といえば、彼と、親友の兄と、後はユーノくらいのものであったためよく記憶に残っている。

 

(それに少し刃を交えたわけだしな、忘れる事はない)

 

 軽く息を吹きかけて冷ましたコーヒーで僅かに口内を湿らせると、セルジオはほうっと息を漏らす。

 

「美味いです。以前お手伝いした時には飲み損ねてたので、残念に思ってたんです」

 

「それは良かった。なのはにでも軽く教えておくから仕事の時にでも淹れてもらうと良い」

 

「あはは、それも良いかもしれませんね」

 

 軽く二人は笑みを交わして、士郎がコーヒーのカップをテーブルに置いた。

 

「それで、話があるんだったね」

 

「はい。いきなり訪ねてきて手前勝手なものかもしれませんが……」

 

「構わないよ、話してみなさい」

 

 士郎の言葉にセルジオが再び居住まいを正す。

 

「俺に、稽古をつけていただきたいんです」

 

「ほう……?」

 

「一月後、『戦技披露会』という市民に魔法を披露する場があります。こちらの文化で似たようなものを探すならば、格闘技の試合のようなものです。それに選ばれるのは、武装隊員の誉れです」

 

「それは君にとっても?」

 

「……ですね。俺にとっても憧れの場所でもありました。それに俺もそこそこの立場のある人間なので無様を晒せません」

 

「だから私に稽古を、か」

 

 士郎の「その認識でいいかな」という問いに、セルジオが頷く。

 

「シロウさんは俺の知る中でも指折りの武芸者です。教えを請うなら貴方の他にはいないと思いました。突然不躾な話をしているとは理解しています。それでも」

 

 お願いします、とまた頭を下げるセルジオに、士郎はしばらく腕を組んで考え込んでいたが、やがて苦く笑いながら頭をかいた。

 

「まあそこまで言われて断るのも男が廃るか」

 

「な、なら……」

 

「ああ、構わないよ。君に稽古をつけてあげよう。私の納めている剣術は事情があって無理だが、戦闘の手ほどきくらいはしてあげられる」

 

「あ、ありがとうございますっ!」

 

 思わず弾かれるように立ち上がったセルジオに士郎は柔らかな笑みを返して、まあ座りなさいと声をかける。

 

「まあさっきも言った通り私としては稽古をつけるのはいいんだが……セルジオ君」

 

「はい、なんでしょうか」

 

「君には確か師匠がいただろう? 槍を扱うならその人の所へ行った方が良かったんじゃないのかい?」

 

「ーーー」

 

「正直、私の専門は小太刀だ。君にとって有意義な教えができるとは言い難い。もちろん一度引き受けると言ったからには言葉を違えたりはしないが……」

 

 士郎の言うことは最もである。

 たしかに高町士郎は戦闘経験という面においてはセルジオの知り合いの中ではトップクラスである。二十代の息子を持つ士郎は若く見えるとはいえ、セルジオの倍以上を生き、そして修羅場をくぐってきている。魔法文明のない地球に住んでるとはいえ、素で彼ほどの実力を持つ人間は多くないだろう。

 けれど、彼の本質は『小太刀使い』である。時折鉄針や鋼糸を使うとは言え、そこの部分は揺らがない。

 

 もし、セルジオが本当に槍使いとしての実力を伸ばしたいと思うならば、師匠にもう一度師事するべきなのである。

 

 故に高町士郎は、「どうしてわざわざ私のところに教わりに来るんだい」、と問うているのだ。

 

「……近いうちに、俺の上司が今の部隊から転属されるかもしれないという話が出ているんです」

 

 しばらくして訥々と語り始めるセルジオ。

 

「本当は戦技披露会にもその人が出る予定でした。けど、あの人はその役目を俺に譲った」

 

「その上司というのは、君の槍術の師匠なのかい?」

 

「はい。……正直あの人にどういう意図があって俺にこの役目を託したのかはわかりません」

 

 でも、と言葉を繋ぐ。

 

「もしあの人が俺の『何か』を見極めようとしているなら、絶対に無様を晒せない。いつか、あの人を送り出す時は、胸を張って、安心させてあげたいんです」

 

「……なるほど」

 

 それはセルジオにとって「貴方がいなくても戦える」、「自分は大丈夫だ」、という事を示すという事であり、その感情を地球、さらには日本人にわかりやすく例えるとするならば。

 

「『一人でジャイアンを倒せなきゃドラえもんが安心して未来に帰れないんだ』、というところか」

 

 人はそれをドラえもんが未来に帰る時ののび太の気持ちというだろう。

 

「銅鑼衛門? 歴史上の人物か何かですか?」

 

「あ、君はそう言えばこちらの世界の人じゃないのか。ずいぶん流暢に話すものだからつい忘れてたよ」

 

「そこらへんは魔法とかで。ええと、それで今の俺の気持ちは銅鑼衛門さんという人と似てるんですか?」

 

「厳密には違うが、まあその認識でいいよ。君の気持ちはわかった」

 

「はあ」

 

 セルジオは生粋のミッドチルダ人。地球では有名な某青い猫型ロボットにはとんと馴染みがなかった。

 

 その後首をかしげるセルジオと士郎の話は週にどのくらい稽古に通うかという話に。

 

「基本的に私や、美由希や恭也ーーーなのはの兄妹だがーーーは早朝から稽古をする事にしている。子ども達は大学もあるし、昼間は私も仕事だ。週に三度ほどは夕方も稽古している」

 

「ならお邪魔でないのなら朝と夕方、それに休日は通わせていただいてもいいでしょうか」

 

「構わないよ。私は忙しくていつもいないかもしれないが、君の事は恭也に話を通しておく。きっと稽古をつけてくれるだろう」

 

 はっはっは、と愉快そうに笑う士郎に、セルジオは恐縮したように体を縮こまらせる。

 

「何から何まで申し訳ありません。このご恩に報いるためなら俺にできることがあれば何でもします。何でも言ってください」

 

「ん? 今何でもすると言ったね」

 

「え、はあ、言いましたが……」

 

 柔らかな笑みを浮かべた士郎がぽん、とセルジオの肩に手をかけた。

 

「なら休日、空いた時間に店を手伝ってくれないかい? 去年、君が来た時は若い子に評判が良かったんでね」

 

「そのくらいなら喜んで」

 

「おおそうか! 助かるよ、もうすぐクリスマスだから人手が欲しかったところなんだ」

 

 士郎は上機嫌そうにセルジオの背中を叩くと、首だけを傾けてドアから覗いている茶髪のおさげへと声をかけた。

 

「おーい、美由希、そこで覗いてるんだろ。そんな感じだからよろしく頼むな」

 

「げ、バレてた?」

 

「バレてたも何も俺の方からは丸見えだったぞ」

 

「ありゃー、それは仕方ない」

 

 セルジオが振り返るとそこには長い茶髪を結った眼鏡の女性が悪戯っぽい表情を浮かべて軽く手を挙げていた。

 

「初めまして、私は高町美由希。なのはのお姉ちゃんやってます。歳は十八だからたぶん君の一つ上だね」

 

「これはご丁寧に。俺はセルジオ・アウディです。ええと……」

 

「気軽に美由希でいいよー。私は今年受験だから稽古には付き合えないかもだけど、見かけたら仲良くしてね」

 

「こちらこそよろしくお願いします、ミユキさん」

 

 セルジオが美由希の名前を呼んだ途端、廊下で何かがぶつかるような凄い音が響いた。

 

「今のは?」

 

「あー、もしかして私やっちゃったかなー」

 

「?」

 

「あー、うん。セルジオ君は気にしなくていいよ! だから、うん! 気にしないで!」

 

「こういうのは突っ込まない方が幸せでいられるぞ」

 

「……はあ、ミユキさんとシロウさんがそう言うなら、わかりました」

 

 途端、また音が響く。

 

「いや流石に見たほうが」

 

「まあまあ、そこは流してあげよう。あの子もそういうとこ見られたくないだろうし、うん」

 

 美由希は誤魔化すように笑うなか、セルジオは士郎達の態度に眉をひそめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、セルジオは休みを取っていたので一人で鍛錬をしながら士郎の仕事の終わりを待つことに。

 約束通り手伝うと申し出たのだが、まだそれほど忙しいわけでもないし、恭也が帰ってくるまで道場で待っているといい、と言われたのだった。

 

「ーーー」

 

 静かな道場の中でトレーナー姿のセルジオが槍を振るう。

 

 思い浮かべるのはゼストの姿。

 初めて槍を握った日から自身を導き、そして目標であってくれた師匠の槍術、その一突、一薙、一閃、その全てを脳内で再現しながら、模倣(トレース)していく。

 ゼファーによるシステムではなく、記憶の中にだけある師匠の姿を何度も再生して、噛みしめながら体に覚えこませる、染み込ませていく。

 

 今のセルジオに以前までできていたマルチタスクを駆使した演算待機による高速の魔法発動。さらには短距離転移、収束砲撃(ディバインカノン)を発動することは極めて困難だ。

 魔法による回避、迎撃が困難だとわかっている以上、体術による技術向上以外にセルジオに取れる選択肢はない。

 

 そして、ゼストに頼らず、かつクロノに対抗し得る体術を身につけるという点において、高町士郎にこれ以上ないほど適任だった。

 

(正直もし断られたらお手上げだったんだけど、シロウさん達が良い人でよかった)

 

 一通りやりを振り終わると今度は軽くステップを踏みながら、拳を握ってクイントから教わったストライクアーツの型を確認する。

 

 クイントにはよく「ストライクアーツのセンスがない」とは言われたものの、彼女の教えてくれた繋がらぬ拳は今でもセルジオの頼りにしている武器の一つだ。

 

 踏み込みから関節を通して勢いを殺さず加速、余すことなく拳の先まで伝達することで爆発的な勢いを生じさせる『繋がらぬ拳(アンチェイン・ナックル)』が虚空を削る音が耳に届いた。

 

(だいたいクイントさんのもの六割、良いとこ七割くらいの威力か)

 

 セルジオが自分の拳を見つめて、ため息を一つ。

 

「これでも結構練習したんだけどなぁ」

 

 ネガティブになりそうな思考を軽く頬を叩いて引き戻すと、近くに立てかけておいたゼファーに手をかけようとして、視界の端に一人の青年の姿が映る。背中を道場の入り口近くの柱に預けた彼は静かにセルジオを見つめている。

 黒髪と同色の瞳。肩幅はがっしりとしており、普段から鍛錬を怠らない人間であるということが窺いしれる。

 

 いつからセルジオのことを見つめていたのかはわからないが、少なくともその青年の名前をセルジオは知っていた。

 

「高町、キョーヤさん、ですね」

 

「俺のことを知っているのか」

 

「時々高町ーーー妹さんにお話は聞いていましたし、それにシロウさんに凄く似てますから」

 

「……確かに、それはよく言われるな」

 

 恭也が軽く笑って道場に入ってくる。その目線は身長が170後半に差し掛かっているセルジオよりも僅かに高い。

 

「初めまして俺は……」

 

「セルジオ・アウディ。妹たちから話は聞いている」

 

「あー、それはどうも……って、達?」

 

「ああ、なのはの方からは『無茶しがちだが尊敬できる先輩』だと、そして美由希からはさっき『なのはが父さんに話をする為に連れてきた男』だと聞いた」

 

「高町が連れてきた……」

 

「ん? 違うのか?」

 

「いえそうですね。俺は高町にシロウさんに(稽古をつけるお願いの)話をする為に連れてきてもらいました」

 

「そうか、やはり……」

 

 遠い目をした恭也がため息をつくと壁にかけてあった小太刀二本へと手をかけると、そのは話で軽く振った。

 

「……妹は幼い頃俺が一人にしてしまってな、そのせいで少し孤独な幼少期を過ごさせてしまった」

 

「え、はい」

 

 セルジオは「え? なんで突然高町の話が出てくるんだ」とは思ったものの神妙に頷いておく。

 

「そのなのはが男を連れてくるとは俺も少し思うところはある。まあ美由希より早いのはまあこの際良いだろう」

 

 恭也が木刀の切っ先をセルジオに向ける。

 

「構えると良い。その覚悟、見極めてやろう」

 

(……! そうか、キョーヤさんは俺が稽古についていけるかどうか確かめようとしているのか!)

 

 多分違う。

 

「どうした、怖気付いたか」

 

「いえ、胸を借りるつもりで行かせてもらいます。一太刀、ご教授ください!」

 

「その意気や良し!」

 

 セルジオが魔力で作った槍を握り、恭也へと向かっていく。

 

「せ、ァっ!」

 

「ーーーシッ!」

 

 美由希が意図的に伏せた言葉からの勘違いによる壮絶な戦いが幕を開けた……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高町なのはは腹を立てていた。

 

 必ずやかのデリカシーなし野郎に一言言ってやらねばならないと思っていた。

 彼女にはこの感情の詳しいところはわからぬ。

 けど、取り敢えず何か一言言ってやろうと思っていた。

 

「セルジオくんのばか」

 

 ていっと枕に拳をいれたなのはが自室の窓からセルジオのいる道場を伺う。

 おそらく今もそこで彼は一人きりで槍を振っているのだろう。彼の当初の目的通り。

 

「ほんと、ほんとにばか」

 

 なにやら真剣な目で家族を紹介してとか言われるから思わず勢いに任せて頷いたなのは。詳細を聞くまで顔を真っ赤にしていたが、蓋を開けてみればなんて事のない稽古の話。肩透かしもいいところである。

 

 しかもその後なのはの態度を察して「もしかして何か勘違いしたのか?」と聞かれ、さらには「突然そんなこと言うわけないだろ」と続いたものだからさあ大変。

 あんまりな言い様に、流石のなのはも腹に据えかねたと言うわけだ。

 彼は乙女の純情をなんだと思っているのだろうか。

 

 まあ、それでもちゃんと士郎に話を通してくれるあたり、なのはらしいと言えばらしい。意地悪で話に取り合わないこともできたのに、そんな事を考え付きもしないなのはは根本的なところで『良い子』なのだ。

 

 なのはがいじけたように枕に顔を埋めていると、枕元のスマホがバイブ音が響いて顔を上げた。

 

「フェイトちゃん……?」

 

 液晶の名前になのはが首を傾げながらメールアプリに送られてきた文を読み上げた。

 

「『今度クロノの戦技披露会はやて達と一緒に同じ場所から応援しませんか。シグナムも同じサイドみたいだし』……そういえばシグナムさんも出るんだっけ」

 

 戦技披露会が行われるのはミッドの都市部にある東と西に別れたステージである。基本的に観客は応援したい魔導師がいる側で模擬戦を観戦するのが通例だ。

 

(ええと、セルジオくんが東サイドだったから、クロノくんとシグナムさんは西サイドって事なのかな)

 

 つまりこのフェイトの提案は一緒に戦技披露会を見ようという申し出なのである。

 結論から言えばなのははこの申し出を断る理由はない。どうせ行こうと思っていたのだし、どうせならフェイトやはやてと一緒の方が楽しいだろう。

 

「でも、それじゃあセルジオくんの応援できないのかな……」

 

 こぼすように呟いて、なのはがハッとしたように顔を引き締めた。忘れそうになっていたがなのはは今セルジオに怒っているのだ。

 

 ふう、となのはが気持ちを落ち着かせるために小さな嘆息。そして、スマホでフェイトへの返信を書き始めた。

 

 

 

 

 戦技披露会まで、後一ヶ月余りとなった、そんな日の出来事だった。

 

 

 

 




 
あらすじ変えたので良ければ見てください。頑張って書きました。

タイトルが何も思いつかにゃい……
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