ついに戦技披露会の日がやって来た。
その日、フェイトとはやてと三人でリニアで移動して来たなのはは、最寄りの駅に着いてからその賑わいに目を丸くした。
駅から降りると戦技披露会の行われる会場まで様々な出店が立ち並び、老若男女がやいやいと話しながら目的地に向かって歩いている。
「ほえー、すっごい人やなぁ。なあフェイトちゃ──」
「なのはー、はやてー、クレープ買って来たよー、食べる?」
「ありがとうー、フェイトちゃん」
「早っ! え、さっきまでここにおったやんな!?」
「あ、はい、はやての分も買って来たよ」
「それはほんまありがとう……って、流されとるこの超絶行動! 私がおかしいんか?!」
「あはは、はやて、今日も元気だね」
「それだいたいフェイトちゃんたちのせいやからァ! 私かてこんなツッコミセンス光らせたくないわ!」
天然ボケをかますフェイトにいつも律儀に突っ込んであげるはやては何だかんだ面倒見がいい。
相変わらずだなぁ、と思いながらもなのはが二人に挟まれたままクレープを頬張る。
イチゴと生クリームのシンプルな具は値段に見合った味で実家が喫茶店のなのはにとっては安っぽいとも取れる味だったのだが、こうして仲のいい友達と歩きながら食べると何割か増しで美味しく感じた。
もむもむとクレープを食べながら辺りを見渡すと、なのはより少し年上くらいの女性たちが雑誌を持ってなにやら興奮してように話している。
(あ、あれ戦技披露会に出る人たちのインタビューが載ってるやつだ)
三課の一人がセルジオをからかうために買い占めて、中の写真を引き延ばして三課に張り出していたからよく覚えているのだ。確かあの中に握手券かサイン会の参加券か何かが入っているらしい。
なのはがぼーっと雑誌を見ていると、隣のフェイトが不思議そうになのはを覗き込んだ。
「なのは、どうかした?」
「え、いや、セルジオくんが言ったみたいにほんとにお祭りみたいだなーって」
「まあなんや管理局も支持率アップの為に力入れとるらしいからなぁ。こんだけ大きなイベントになるのも頷けるってもんや」
にしても、と前おくと、はやてが会場の方を目を細めて見つめる。
「なのはちゃんは今日は私たちと来て良かったん?」
「どういうこと?」
「いやだって今回私たちが応援するの西サイドやん。それってセルジオさんのおる方とは逆サイドやろ?」
「うん、まあそうだけど……」
「そしたらセルジオさん応援する時凄いアウェイなんやない?」
「たぶん、そうだよね」
「そうだよね、ってんな適当な……」
はやての問いかけにもむすっとした様にクレープを頬張るだけのなのは。
これは何か喧嘩でもしたんかなー、と邪推するがそれを直接尋ねる気はしない。馬に蹴られるのははやてとしてもごめんなのである。
取り敢えずため息混じりになのはの隣にいるフェイトへと目を向けると、そこには真っ青な顔であわあわしている姿があった。
はやてが直感的に、あ、あいつまた何かやらかすな、と感じ取るが、悲しいかな距離があるためその蛮行を止めることはできそうにない。
「ご、ごめんなのは!」
「突然どうしたの、フェイトちゃん」
「だ、だって私たちと一緒に来るってよく考えたらセルジオさんは応援できないってことになっちゃうよね。なのははセルジオさんの方を応援したかったよね」
「ふぇっ!? そ、そんなこと……」
「なのはがセルジオさんの事(友達として)好きなのはわかってたのに、ごめんね……」
(うん、もう私は知ーらん、と)
いつものようにフェイトが爆弾を打ち込み、なのはが沸騰した。その横ではやてはツッコミを放棄してクレープを齧った。
「ご、ごめん、私、そんなつもりじゃなくて……」
「そ、そんな事ないっ! セルジオくんなんて知らないから!」
「え、でも……」
「いいの! あのデリカシーのないセルジオくんは一度くらいクロノくんにぶっ飛ばされればいいもん!」
ふんす、と鼻息荒く言い切るなのはに、フェイトは首をかしげるしか無い。
「あら、じゃあ今回なのはちゃんはセルジオ君のこと応援してあげないの?」
「べ、別に応援しないわけじゃないですけど、ちょっとは痛い目見た方がいいと思うだけです」
「そっかー、あの子少し落ち込んじゃうかもねぇ」
「でも、セルジオくんがどうしても応援して欲しいって言うなら考えてあげなくも……って、この声」
かけられた言葉に反射的に返答していたなのはだったが、その声の正体に気づくと驚きの声を上げて振り返った。
「く、クイントさん?!」
「はろはろー」
するとそこには娘二人と白髪の男性を伴ってにこにこと笑っているクイントの姿がそこにはあった。
「ぐえー、疲れた……」
戦技披露会、その会場の控え室の机に突っ伏したセルジオが呻き声を上げた。
「手が、痺れた……」
「お疲れ様、人気者」
「はいはい、どうも。ったく、なんで俺が握手会やらサイン会なんてしなきゃならんのです……」
「それもお仕事のうちなんだから仕方ないでしょう?」
「そりゃそうですが……」
戦技披露会で僕と握手!
ボヤくセルジオはメガーヌに投げ渡されたペットボトルを片手で受け取ると、もう片方の手でゼファーで戦闘データを弄り始める。
出番まで時間は1時間と少し。勝率を上げるためにできることはやっておこうという訳だ。
その様子を見ていたメガーヌが真面目ねえ、と零した。
今日の彼女はセルジオのセコンド。こうしてサポートをしたり、いざとなった時に救護として彼の救出、治療に当たるのが役目となる。
召喚術による転移魔法、ミッドチルダ式をメインに古代ベルカ
「そう言えばメガーヌさん、今日旦那さんとルーテシアちゃんはどうしたんです?」
「んー、一緒に朝来ようかと思ってたんだけどルーがなんかぐずっちゃってねぇ。だから二人は後から」
「あー、それはなんというか、すみません。ルーテシアちゃんから引き離すみたいなことしちゃって」
「良いのよ、あの子は賢い子だからちゃーんと私のことをわかってくれてるし」
「いや、それは違うでしょう」
軽く笑みの添えられたその言葉にセルジオがホロウインドウから目を離した。
「『親』ってのは子どもには唯一無二です。だから、冗談でもそんなこと言わないでください。ルーテシアちゃんにはメガーヌさんは世界で一人だけの母親なんですから」
真剣な色合いを孕んだ物言いにメガーヌがほんの少し目を開いて、そうね、と息を吐く。
「今のは私の言い方が悪かったわね。セルジオ君に諭されるなんて、お姉さんちょっと驚いちゃったかも」
「餓鬼の戯言ですよ。そんなに重く受け止めずに」
「いいえ、とっても良い言葉だったと思うわ。君だからこそ、言えたことなのかしらね」
ふっとコケティッシュに目を流すメガーヌ。
「君は案外ウチのルーテシアのこと大切に思ってくれているのね。もしかして年下が趣味だったりする?」
「あんなに小さい子に何思えってんですか。ただ、俺は
「ふふ、君は変わらないわね」
「これが『セルジオ・アウディ』ですから。当然のことを言ってるだけです」
最後に少し冗談めかして言葉を濁すと胸を軽くドンと叩いた。二人の間でくすっと小さな笑みが交わされる。
「機会があったらまたルーテシアと遊んであげて頂戴ね。君のこと気に入っているみたいだから」
「俺ルーテシアちゃんと会ったの二、三回しかなかったと思いますけど……」
「でも時々『せお』とか『なー』と言うわよ?」
「む、それはたしかに俺と高町のことですね。何がそんなに気に入ったんだか」
不意に控え室のドアが軽くノックされる。
「あれ、来客の予定ってあったかしら?」
「あ、たぶんティーダですね。ちょっと頼み事してて」
セルジオがドアを開けると、案の定そこには爽やかな笑みを浮かべた彼の友人が片手を上げて待っていた。
「や、友人の晴れ舞台、見に来てあげたよ」
「恩着せがましく言ってんじゃねえよ、妹とデートする口実にした、の間違いだろ」
「ははは、言ってくれるね」
否定はしない。つまりイエスと言うことである。
「頼んでたものは?」
「ほら」
しゅっとティーダが手首のスナップを利かせて何かをセルジオの方へと放った。それを指で挟んで受け止めたセルジオは軽く解析魔法をかけて確認すると満足そうに頷いた。
「確かに。急な頼みだったのに引き受けてくれてサンキューな。今度飯でも奢るよ」
「いや、それはいいから君は絶対に今日勝ってくれよ」
「ーーー? お前らしくないな、何か裏があるな」
「セルジオは俺の事を何だと思ってるんだ……と言いたいが、強ち間違ってないから否定できないな」
くすりと笑ったティーダが胸ポケットから一枚のペラ紙を取り出した。
「なんだそれ?」
「さっき道すがらクロノとセルジオの模擬戦の賭博やってたから参加してきた」
「何やってんだよ管理局員!」
「オッズ低かったからセルジオに幾らか入れてきた。俺に臨時収入くれよ?」
「仮にも執務官志望がやっていい事じゃないだろうが!」
「はっはっはっ」
「笑って誤魔化してるんじゃねー!」
それでいいのだろうかティーダ・ランスター。
「と、冗談はこのくらいにして、セルジオを信じてるのは本当だ。まあ、見せてやってくれよ」
「見せるって、何を?」
「
「ティーダ」
その後、ま、信じてるよ、とティーダはセルジオの肩を叩いて去って行った。
負けられない理由が、少し増えた。
またもやドアがノックされ、セルジオたちの返答を待たずに大きく開け放たれてクイントたち中島一家が姿を見せた。
「やっほー、セルジオ君! 緊張してない?」
「せめてこっちが返事してから開けなさいよ、クイント」
「そうですよ、俺が着替えでもしてたらどうしたつもりなんですか?」
「そしたらギンガ喜ぶわ!」
「お、お母さん! よ、喜びませんからね! た、たぶん!」
「はいはい、わかってるよ、ギンガちゃん」
「そうね、ギンガならたぶん露骨に喜ばず指の隙間からチラッと見るくらいに留めるわよね」
「お母さん!」
「てへー」
赤い顔でクイントに食ってかかるギンガの姿にセルジオが苦く笑っていると、旦那として責任でも感じたのか眠りこけたスバルを背負ったゲンヤも苦く笑った。
「悪いな、試合前だってのに喧しくしちまって。クイントのやつが来るって聞かなくてよ」
「いえ、このくらいがいつも通りで落ち着きますよ。ゲンヤさんもわざわざありがとうございます」
「ま、世話した坊主の晴れの日だ。見に来ねえ手はねえだろ?」
「坊主はやめてくださいよ。もうそんな歳じゃないですって」
「おっと、そりゃ悪かったなセの字」
ニッとゲンヤが男らしく笑ってみせる。
何度言っても「坊主」呼びはやめてくれなさそうである。
まあたしかに彼のような歳の人間から見れば、セルジオのような四半世紀も生きていない人間は坊主になるのかもしれないのだが。
「にしても、凄え人だな。クラナガンの人間の半分くらいはここにいるんじゃないのか?」
「流石に半分は言い過ぎでしょうが確かに中々の賑いですよね。さっき友人に聞きましたけど、賭け事やってる連中までいるとか」
「管理局の足元で何やってんだそいつらは……」
「あ、それ私も参加したわよ」
「は?! おま、いつの間に?」
「ゲンヤさんがスバルたちのお茶会に行ってる時に、さくっと」
「うっそだろ……」
「因みにゲンヤさんの来月のお小遣い全額セルジオ君に突っ込んだわ!」
「オイぃ! クイントォ!」
「さあセルジオ君! ゲンヤさんのお小遣いをゼロにするか倍にするかは全て貴方の腕次第よ!」
「俺の模擬戦に他所様のお財布事情を背負わせないでくれますかねぇ!?」
その後ギンガとクイントからは熱い声援を、気負わずに頑張れよという声援をゲンヤからは貰った。その時のゲンヤが菩薩のような悟った目をしていた事をセルジオはきっと忘れないだろう。
負けられない理由が一つ増えた。
クイントたちが帰った後、セルジオがバリアジャケットに着替えて軽く槍を振っていると、ドアが軽くノックされる。
「どうぞー」
声をかける。だがドアは開かない。
「あれ聞こえなかったか。どうぞー!」
少し声を大きくしたがドアは開かない。
「どうぞー! 入っていいですよー!」
だが、ドアは開かない。ほんの少しだけセルジオがムッとする。
「だから入っていいって……高町?」
「……うん」
セルジオが嘆息しながら扉を開けると、そこには私服姿のなのはがむすっとした不機嫌そうな病状でそこにいた。胸にはいつものシルバーの星のネックレス。
「えーと、何か用か?」
「べつに……」
なら何のために来たんだよ!と言いたくなったが、最近のなのはがなぜか不機嫌なのはわかっているのでぐっと堪える。
セルジオが困ったように頭をかく。
「何もないなら、いいか? 俺も一応しなきゃいけないこともあるし……」
「今日、私、応援、フェイトちゃんたちと、する」
「何故にカタコト?」
思わず尋ねるとなのはが頬を膨らましてセルジオを見上げた。
「セルジオくんの! 東サイドじゃなくて! 西サイドで! クロノくんの方で! 見ます!」
一瞬、セルジオが言葉に詰まったが、すぐにいつもの笑みを浮かべてみせる。
「そっか、友達と見た方が楽しいもんな。楽しめよ」
機嫌の悪そうななのはを気遣ってそう言ったのだが、なのはの方はなおも不機嫌そうなオーラを濃くして、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
「もうセルジオくんなんて知らない! ばか!」
べし、となのはが後ろ手に隠していたタオルをセルジオに投げつけると走り去ってしまう。
その後ろ姿にセルジオがはっとしたように言葉を投げた。
「高町! スカートで走ったら下着が見えるぞ!」
「もうほんとセルジオくんデリカシーない!」
「君ほんと言葉選びなさいよ」
致命的にデリカシーのかけらもなかった。
しばらくして、ドアがノックされる。眉を寄せたセルジオがドアを開けると、そこには鳶色の瞳の大丈夫が佇んでいた。
「ゼストさん」
セルジオの表情と一緒にクイントたちのおかげで解れていた心も引き締まる。
「今日は解説に呼ばれてるって聞きました」
「ああ」
セルジオとゼストが静かに見つめ合う。
何を言うべきか、何を言わざるべきか、しばらくの間逡巡するが、やがてセルジオは短く、けれど力強くゼストへと言い放つ。
「勝ちます」
「期待している」
交わした言葉はそれだけ。けれど、彼らにとってはそれ以上の言葉は必要なかった。
負けられない理由が、一つ増えた。
係員に呼ばれてクロノがステージに向かって足を進める。
隣にはセコンドを買って出てくれたリーゼロッテ。
「緊張してる?」
「多少はね」
「それは相手が『セルジオ』って彼だから?」
「……さあどうだろうね。もしかしたら、そうかもしれないな」
ふっと、クロノが笑うのに、ロッテが不思議そうに首をかしげる。
「なあ、お前なんであたしたちにもう一回師事しようと思ったんだ?」
「何故って、それは戦技披露会だから」
「違う違う。あの日、私たちのところを訪ねてきた時、クロスケは『僕も負けられない』と言った。何でお前は
「あー、それか。そう聞かれると自分の中に明確な答えがあるわけじゃないんだけど……」
クロノがガントレットに覆われた指で頬をかいて、口を開いた。
「たぶん、僕は────」
係員に呼ばれてセルジオがステージへの通路を進んでいく。
その隣では薄紫のロングヘアのメガーヌ。
「緊張してる?」
「まあ、多少は。でも、いい緊張感ですよ」
セルジオが軽く伸びをしながらメガーヌに笑いかけた。
その笑みに頼り甲斐を感じて、ふとメガーヌが一つ問いかけをしてみる。
「そういえばセルジオ君、なんで急に戦技披露会出る事に変えたのかしら?」
「え?」
「だって君、最初は『戦技披露会には出ません』とか言ってたじゃない」
「あー、ですね」
セルジオは何故最初に断る気だったのか、そして、何故その言葉を撤回して出る事にしたのかを稽古をつけてもらった士郎と恭也を除いて誰にも話していない。
なので、メガーヌはなぜセルジオが急に戦技披露会に出る気になったのかを不思議に思ったのだろう。
セルジオが困ったように頭をかいた。
「色々理由はあるんですけど、俺はたぶん────」
「ようクロノ、体調は万全か?」
「そういう君もしっかり対策立ててきたか、セルジオ」
「俺はお前が涙目になるくらいバッチリ立てて来たさ」
「奇遇だな、僕の方もセルジオを情けなく地面に叩き落とす方策を考えて来た」
互いに背後に多くの声援を受けながら二人が軽口を交わす。
「お前との戦いなんていつぶりだ?」
「おそらく士官学校の卒業試験が最後だから、ざっと六年か七年というところだろう」
実況と声援を耳に捉えながら会話を続ける二人の間に油断はない。
どちらも、互いの力量を警戒して、評価して、そしてきっと誰よりも信頼していた。
──たぶん、僕は相手がセルジオだから、負けられないと思ったんだろう。
──俺はたぶん、クロノが相手だからっていうのも、戦う理由の一つだと思います。
──セルジオは僕の一番の友人だ。あいつの努力は、僕が一番知っている。
──俺はクロノの事を信じています。あいつの事は無条件で信じられるかもしれない。
──でも。
──だからこそ、セルジオには負けられない。友人で、信じてるからこそ、僕は全力でぶつかりたい。
──だからこそ、クロノを落胆させるわけにはいかない。全力でぶつかって、勝ってみたい。
セルジオが左手のブレスレットに手を添えて、同じように銀色のカードを構えたクロノを見据えた。
「行くぞ、クロノ」
「来い、セルジオ」
二人は親友で、似た境遇もあり、違うところも多くある。
だからこそ、負けられないと互いに思っている。
その関係をきっと、人はこう呼ぶだろう。
「セットアップ、ゼファーッ!」
「デュランダル、セットアップ!」
──