戦技披露会の日から半年、光陰矢の如く時は移ろう。あれほど寒かった日々も今や遠く、世間は次第に夏の賑わいを見せ始めていた。
そんなある休日の夜、セルジオは昔馴染みの友人と卓を囲んでいた。
「んじゃ、かんぱーい」
掛け声をかけて酒の入った缶を重ねるや否や、ゴクゴクと一気に中身を呷るヴァイス、そして缶をにらんでチビチビと中身を傾けるクロノ。
「あー、美味いっすねー、今日もあくせく働いた甲斐がある! セルジオ先輩も今日はどうですか?」
「あー、俺は遠慮しておく。明日も仕事だし」
「クロノは……あんまり美味しそうな感じでもないな」
「なんというか、あまり僕は酒は好まないみたいだな」
「それは少し残念だけど、まあ俺はこうして四人で酒を飲める歳になったことが嬉しいよ」
俺だけ少し年上だったからね、といつものように爽やかに笑うティーダ。
新暦68年。今年でセルジオは十九、ティーダは二十、クロノとヴァイスは十七になる。
ミッドでは十六から飲酒が許されており、ようやくいつもの面子でみんな酒が飲めることになったわけで。
まず「みんなで軽く飲もうぜ」と言い出したヴァイスにティーダが「ならウチで集まって飲もう」と乗っかり、「え、仕事あんだけど」と宣うセルジオをクロノが引っ張ってきて今に至る。
苦い顔のクロノの手からひょいと缶を奪い取ったティーダが別の缶を手渡した。
「ならクロノ、果実酒とかはどうだ? 多分飲みやすいと思うぞ」
「ふむ、これは飲みやすいな……」
「味自体はジュースとほとんど変わらないからね。つい飲み過ぎたりもするけど、まあクロノなら大丈夫だろう」
「そこらへんは自制のないヴァイスと違って安心できるからな、クロノは」
「なんか俺は自制ないって言われてる気がするんすけど気のせいですか」
「そう言ってるんだ。気のせいじゃない」
「あはは、ヴァイスは普段の行動がねぇ」
「……女子風呂」
「だからアレは冤罪だと何度言えばわかるんすかぁ!」
叫ぶヴァイスにティーダが軽く笑ってヴァイスの肩を叩いた。
「悪い悪い、ついからかいすぎたよ」
「ったく、別に気にしてねえっすけど」
「で、誰の胸が一番大きかったんだ」
「いや、それが後一歩のところでバインドに捕まって見れてないんすよね──はっ」
「やっぱり覗こうとしてるじゃないか……」
酒を飲めば口は軽くなる。これは自明の理である。
クロノが酒を喉に流し込みながら、ティーダの持ってきたつまみを口に入れて、ほう、と唸った。
「美味いな、自作か?」
「まあね。一応料理はティアの担当だけど、僕も全くしないってわけでもないし」
「へえ、普段は妹さんが料理するんっすね。ラグナの二つ上くらいだったから、確か九歳?」
「うん。でも『兄さんは仕事で疲れてるから』って、毎朝毎晩つくってくれてさ、最近は弁当まで作ってもたせてくれるんだ」
「良い妹さんじゃないか」
「はは、だね。本当によくできた妹だよ。俺にはもったいない。最近どんどん可愛くなってさ、僕としては変に言い寄られたりしないか心配だよ」
「まだ早いって。そんな調子じゃティアナちゃんが彼氏連れてきたりしたらどうすんだよ」
「彼、氏……?」
「何そのそんな単語初めて聞きましたみたいな反応。こじらせ過ぎだろ……」
「まあシスコンは立派な兄の証拠です。ここで一人だけ妹のいない先輩にはわかんないでしょうけど」
「待て、僕も一括りにするな。僕は普通だ」
慌てたように突っ込みを入れるクロノ。彼としてはそこのところは是が非でも譲れないポイントだった。
「そういや当のティアナちゃんいないな。今日はどうしたんだ?」
「ん、なんでも友達の家にお泊りらしくてさ。今日の朝からいないんだ」
「そっか。まだ直接会ったことなかったから挨拶したかったんだけどな」
「は? 殺すぞ」
「唐突な殺害予告」
「セルジオだけは死んでもティアに会わせるつもりは無いぞ、この初恋キラーめ……!」
「は、初恋キラー?」
「ああ、それセルジオのあだ名だよ。訓練校時代に密かにつけられたやつだ」
「バリバリに初耳なんだが」
聞き覚えのない単語にセルジオが首を傾げると、苦笑いとともにクロノが委細を説明してくれる。
「セルジオ、訓練校の行事の一環で近隣の小学校に行ったこと覚えてるか?」
「ああ。あの地域との触れ合いも兼ねてボランティアとして魔法を教えにいったやつか?俺達が低学年担当だったやつ」
「そうそう。アレ、君は気づいていなかったが女の子の半分くらいはお前にお熱だったらしいぞ」
基本、小学校の頃のモテる条件は自分より凄い人である。それが足が速いやら頭はいいやら、細かいところは関係ない。とにかくわかりやすく自分より『大人な』部分を持つ人に憧れる。それが子供心というやつである。
その点、セルジオは外側だけ見ればしこたま乙女の理想を体現していると言えた。
背はすらりと高く、顔立ちも整っており、自分より幼い相手ゆえに人当たりも良く、いつも優しい笑顔が貼り付けられている。ついでに言えば訓練校に通っているという箔もある。
簡潔に言おう、幼女アイにはセルジオがめちゃくちゃ理想の大人に見えるのである。中身を見れば気も変わるのだろうが、生憎そこまでの目を彼女達は持っていなかった。
ハートなんてずきゅんずきゅん撃ち抜きまくりである。
セルジオの方はそんな事を微塵も気づいていなかったが、側から見たティーダは「なんて残酷なことを……」と頭を抱えたものだ。
「結果、ついたあだ名が初恋キラー。みんなの畏怖がこもってる」
「そういうことから、セルジオの存在は妹持ちの奴らからは世にも恐ろしいものとして認識されている」
「く、くだらねえ……! たかがそんな事くらいで……」
「は? たかが? セルジオ先輩今たかがっつった?」
「ヴァイス……って酒臭っ! お前かなり酔ってるな」
がしり、とセルジオの肩を掴むヴァイスの顔は見るからに赤い。
「セルジオ先輩! アンタ『初恋』ってどんなモンかわかってるんすか!」
「そりゃ意味ぐらいは……」
「違うんだセルジオ! 君は何もわかっていない!」
「めんどくせえなこの酔っ払いども」
初恋! それは人間誰しもがいずれの時に経験する甘酸っぱい経験である。大体の人間は年齢一桁の頃に経験し、そしてその相手は大抵手の届かない相手であることも多い。その為に『初恋は実らない』という格言があるほどだ。
それは甘酸っぱく眩しいものである。
だが! この初恋がめちゃくちゃ厄介なのである!
「いいか、初恋というのは恐ろしいものでな。例え、すっかり振られた相手でも、数年後出会って『綺麗になったね』なんて笑いかけられただけで、その子はころっと落ちかねないんだ! 人はこれを初恋マジックと呼ぶ!」
「参考に聞くけど誰が呼んでるんだ」
「俺だ!」
「ティーダだったかー」
遠い目をするクロノ。彼はこの中で一番酒に強かった。
「わかりますか、『初恋』つったらそんだけ大切なモンなんすよ。どんなに縁が薄くなっても『初恋の人』ってのは永遠に特別ポジであり続けるんすよ!」
「その大切な初恋を! 妹の大切な初恋をコイツみたいなほっといたら死にそうなやつにするわけには行かないんだよ! 俺は!」
「わかりますかティーダさん!」
「ああ、わかるともヴァイス!」
がしっと腕を組む赤い顔をした二人。明らかに酔っ払っていくつかタガが外れていた。
腕を組んだ二人がどうだわかったか、とばかりに視線を向けてきたが、当のセルジオは首をかしげるばかりだ。
「くそー! もうこうなりゃヤケだ! 今日はあんたにも飲んでもらうぞ!」
「いや、俺は仕事が」
「まあまあ、一口くらいいいだろう」
「ティーダァ!」
羽交い締めにされて酒を飲まされるセルジオ。まあたまにはセルジオにとってもいい息抜きになるだろう。そんな友人たちの姿を側から見ていたクロノの中にふと一つの疑問が生まれてくる。
「そういう君たちは初恋したことあるのか?」
「そりゃ俺も男です。したことあるに決まってるじゃないですか」
「へえ」
「まあかなり前のことなんで詳しくは覚えてないっすけど、確か隣に住んでたお姉さんでしたかねえ。鍵落として家に入れない時に、慰めてから飴くれたんすよねー。それで一発でコロッと」
まあ、途中であっちはすぐに引っ越しちゃったんですけどね、とヴァイスが照れたように笑った。
「じゃあ、流れついでに俺の方もカミングアウトを一つしようかな」
くすり、とティーダが笑って手の中のグラスを見つめて呟いた。
「俺、訓練校の頃、エイミィが好きだったんだ」
「な、へ、え、エイミィ?」
「そ。みんなご存知のエイミィ・リミエッタ」
「へぇ、リミエッタを。そんな素振り全然なかったけどなぁ」
「まあ隠してたし。というか、エイミィに関しては俺だけじゃないと思うけどさ」
「まあエイミィ先輩、人当たりよくて美人だし、まあ俺たち世代は一度は憧れる存在でしたよね」
「はは、だよね」
クロノが口をパクパクさせるのを見て、「そんなに焦るなよ」とティーダがけらけらと笑った。
「その、彼女に告白、とか、しようと思わなかったのか?」
「んー、まあ考えたことはあったけどさ、何というかクロノとエイミィ見てたら、何となく察しちゃったんだよな」
「僕と、エイミィ?」
「うん。なんか『ああ、これ俺じゃないな』ってさ」
「あー、すげえそれわかるかも」
「たしかにエイミィとクロノなかよかったもんにゃあ」
「ま、だから告白はしなかった。俺もエイミィとは仲良い友人でもいたかったし。だからさ、クロノ」
「──?」
「さっさとエイミィに告白したらいいと思うよ」
「な──」
ぱちっとウインクを一つ飛ばしたティーダに、クロノが言葉を失う。
「ぼ、僕は別にエイミィの事を……」
「いや割とモロバレだから隠す意味ないと思うっすよ」
「は、え、そ、そんな事ないはずだっ!」
「まあそんなに気負わない方がいいって話。エイミィの方はクロノのことを憎からず思ってるはずだしさ」
「う、む……考えておく」
「で、だ」
そこまで話して、三人の視線がセルジオに集まって、固まった。
「えっと、セルジオ?」
「ほわ?」
「んん?」
「なあ、セルジオ、俺たちの話、聞いてたか?」
「あたりまえらろ? 恋愛話だろ?」
「こ、これはまさか……!」
三人に見つめられるセルジオの顔が明らかに赤い。というか真っ赤で、いつもは理知的な光をのぞかせる瞳がとろんとして眠たげな色を見せている。
「おい、どんだけセルジオに酒飲ませたんだ!」
「いやほんのちょこっとっすよ! マジで一口くらいしか飲ませてませんよ?!」
「まさかと思うが……」
「「「めちゃくちゃ酒弱いのでは……?」」」
正解である。
セルジオはとにかく酒に弱い。もし仮に飲んでもグラス一杯明け切ることがないだろう。
本人が知っていれば、断固拒否したのだろう。けれど、そもそも彼はいつでも仕事を入れているため翌日に響くのを恐れて基本酒は飲まない。だから、セルジオの周囲は、いやそれどころかセルジオ自身も自分がこれほど酒に弱いなど知らなかった。
三人が無言になり、こくりと頷いた。
今のふわふわしたセルジオなら普段聞けないとこまで聞ける、とそう確信したのだ。
ここには聞かないで置いてやる優しさを持った友人は一人もいなかった。哀れ。
「セルジオ、お前も何かないのか、恋愛話」
「恋愛話?」
「そうそう、そんだけ見てくれがいいんですしちったぁ浮いた話があるんじゃないっすか」
「初恋、はつこい……」
急に話を振られたセルジオが赤い顔のまま頭をぽりぽりとかく。
「恋、『恋』ってなんだ? ふつうのすきとはちがうのか?」
「おおっと、そのラインか」
「いや『好き』って感情はわかるんだ。でもその感情がどうして『恋』ってわかるんだ。人を『好き』って思うことに変わりはないだろう?」
「うーん酔っててなおこの感じ……実にセルジオって感じだ」
セルジオの熱に浮かされたようなその質問に、ティーダがふっと気障に笑ってみせた。
「いいか、セルジオ、昔どこかで偉い人はこういった」
キリッと表情を引き締めたティーダがぱちんと指を鳴らした。
「『恋は奪うもの、愛は与えるもの』ってね」
「わけわからん」
「あ、そっか」
ティーダはちょっとしゅんとした。その横で、呆れたようにクロノが嘆息を一つ零してこめかみを指で軽く叩く。
「まあ、わかりやすいのは一番近くにいる女の子だろう」
「へ?」
「セルジオ、君は今『大切な人』は誰かって聞かれて、誰が思い浮かぶ?」
「クイントさん」
「は? 人妻?!」
「それにメガーヌさん、ギンガちゃんたち、ゼストさん、クロノ、ティーダ、ついでにヴァイス」
「俺だけついでで泣きそう」
最初は驚いたが、セルジオが話を進めて、あ、そういう、と二人が察した。ヴァイスはちょっと涙を流していた。
しばらく名前を挙げていたセルジオが、思い出したようにああ、と一つの名前を零した。
「それに、高町」
出てきた名前にへえ、と三人が興味深そうにセルジオを覗き込んだ。
「タカマチさんは、セルジオにとって大切な人なのか?」
「よく、わかんないけど、高町は、大切だと、思った」
「大切」
「うん。なんというか、あいつの笑顔見てると、あんしんして、まもりたいなー、とか……わらわせてあげたいなー、とかおもうん、だ……」
セルジオがぼーっと天井を見つめる。
「どうやったら、『好き』ってわかるのかなぁ」
ぽつり、とセルジオが呟くと、ティーダとヴァイス、そしてクロノが視線を合わせて、やれやれと肩を竦めた。
「なあ、セルジオ」
「うん?」
「一つ、俺たちからアドバイスというか、提案があるんだ」
首をかしげるセルジオに、彼らはただにっこりと笑ってこう言った。
「一度、気になる子とデートしてみろ」