航空魔導隊三課。
ゼスト・グランガイツを部隊長とするたたき上げの魔導師が数多く所属する武装隊の一つ。
ミッドチルダの首都クラナガンの航空防衛を行うが、有事の際には他の部隊の応援に向かう事もある遊撃部隊という面も持っている。
そこに所属する魔導師『セルジオ・アウディ』。彼こそが実力派の多い三課で十八歳という若さで分隊長を務める男である。
そしてその彼は今まさに!
「しにたい」
うっかりそんなことを口走るほどテンションが下がっていた。
(酔っていたからとは言えあの醜態……マジでしにたい)
机にゴリゴリと額を擦り付けて記憶をなんとか抹消しようとするが、残念ながらそんな程度で消えるほど頭の出来は悪くなかった。
ティーダ達と集まった翌日、朝起きて周囲に転がる三人を見て、羞恥のあまりセルジオはうっかりマルチタスクを解放して暴走しそうになった。ちょっと飲んだだけで酔っ払って色々根掘り葉掘り聞かれて、いらんことまで口走ったのを思い出したのだ。
彼は記憶が残るタイプの酔い方をする男だった。
(マルチタスク暴走しなくて良かった。うん、ほんとよかった……)
普段の制御の大半をゼファーに任せるシステムを教授が組んでくれたおかげだった。本当に頭が上がらない。
「取り敢えず酒はもう二度と飲まない。どんなに勧められても飲まないったら飲まないぞ」
フラグ臭いことを言いながらセルジオが再び頭をガンガンと机に打ち付ける。
「……あれ何か言うべきなんでしようか」
側から見ていたなのははそう言うが、クイントがゆるゆると首を振って留めた。
「放っておいてあげなさいな。誰でも一度は酒で大きなポカやるものだし」
「ふふ、経験者は語る、ね」
「う、その話はナシって前約束したでしょ、メガーヌ」
クイントが気まずそうにコーヒーを口に運んだ。どうやら彼女も飲みすぎて痛い目を見たことがあるらしい。
「まあセルジオ君のことだししばらくしたら気持ちを入れ替えて仕事するわよ。あの子異様に切り替え早いし」
「あははー、それそれ。人の心持ってんのかってくらいだし」
「それは流石に言い過ぎなような……」
「でもこいつ人間か疑う瞬間ない? 平然とリニアレールに突っ込むようなやつよ?」
「凡そ欲と呼ばれるものを持ち合わせているとは思えないものねぇ。あの子の有給半年くらい溜まってて人事部の方が怒り狂ってるって話よ」
「マスコミにすっぱ抜かれたらたまったもんじゃないものねー」
「あの子には買い物にでも行って私服を買いなさいとは言ってるんだけれど……」
「え? 前潜入警護の時私服着てきてましたよね?」
「あれクイントが選んだものよ。あの子の部屋クローゼットとかなかったでしょ?」
「そう言えば私物が冷蔵庫以外には何もなかったような……」
なのはが空っぽのセルジオの部屋を思い出して黙り込む。
「ね、あの子仕事するためのサイボーグかなんかじゃないかって思えてくるでしょ?」
「そ、それもセルジオくんの味ですから……」
「だとしたら相当劇物よね、彼」
散々な言われようである。
女子の結束を強くするのは第三者の悪口と相場が決まっているから仕方ないとも言えるかもしれない。
「そういえばなのはちゃん、セルジオ君と仲直りしたのね」
「え?」
「いやー、この前までなんかギクシャクしてたじゃない。お姉さん心配してたのよ」
で、とクイントが前置きするとなのはに顔を近づけてにっこりと笑った。なのはの頬にたらり、と汗が流れ助けを求めるようにメガーヌへと目を向けたが、メガーヌはコーヒーのカップを手にいつものように柔らかい笑みを浮かべているだけで何も言ってくれない。
「セルジオ君から話は聞けたの?」
「な、なんの話ですか」
「この期に及んで言い逃れしないのー。家族の話よ、家族の話」
流石にもう聞いたでしょ、というニュアンスを含ませた問いかけをクイントが投げた。彼女からすればセルジオのなのはへの信頼度であれば躊躇わないだろうという予想だった。
けれど、予想に反してなのはの反応は芳しくない。
「もしかして、まだなんにも?」
なのはが頷くと、あちゃーとクイントが頭を抑えた。
「なんだか聞くタイミング逃しちゃって……」
「まあ確かにいきなり家族の話振るってのも難しいわよねぇ。ちょっとセピアさんの話はデリケートなところあるものねー」
「セピアさんって、前にも話されてましたけどもしかして……」
「うん、セルジオ君のお母さんの名前」
ピンと指を一本立てたクイントが「ちなみに私の先輩でゼスト隊長の同期」と付け加えた。
「その、セピアさん──セルジオくんのお母さんって今は……」
「……たぶん察してるでしょうけど、セルジオ君がまだちっちゃい頃に、ね」
ふと、以前セルジオとルーテシアのお守りをした時のセルジオが思い出される。彼はなのはの幼い頃の境遇を聞いて、ひどく寂しそうな、泣きそうな顔で
──なんか、その気持ちはわかる気がする。
──俺も、そうだったから。
そう言ったのだった。
あの言葉にはどういう意味が込められていたのだろうか。そう、考えずにはいられない。
ふーとメガーヌがコーヒーに軽く息をかけるとのどを潤した。
「まあそれ以上はセルジオ君に直接、ね。ちょうど彼もなのはちゃんのこと呼んでるみたいだし」
言われてなのはが目を向ければいつもと変わらない雰囲気のセルジオが手招きしているのが見えた。どうやらひとまず酒に関しては切り替えたらしい。
メガーヌやクイントの予想が外れていないあたり、流石の付き合いの長さ、と言ったところか。
「悪い高町ー、ちょっと仕事頼まれてくれー」
「はーい」
なのはが返事を返しながら駆けていく姿を見て、メガーヌとクイントが含むように二人で笑った。
遅々として彼らの関係は進んでいないようだが、それはそれで彼ららしいとも思えたのだ。
「この前高町に纏めてもらったデータ欲しいんだけど頼めるか?」
「うん、わかった。あ、これってさ──」
「ん、それはな──」
「それと明日二課の方に挨拶行くから準備しといてくれ」
「わかった。合同捜査の件だよね」
「そうそう」
「じゃあアポはこっちで取っておくから提出ファイルの方は任せるね」
「助かる」
一つのモニタを挟んで話す後輩たちを尻目に、ずず、と二人がコーヒーを啜る。もはや見慣れたいつもの光景だ。
打ち合わせを終えたなのはがセルジオの背後の棚からファイルを引っ張り出していると、セルジオが何かを思い出したように、ああ、と言葉を漏らす。
「そういや高町、今度の休日暇か?」
「うん、暇だよー」
「ならその日デートしないか」
「うん、いいよー」
「ブーーーーッ!」
「…………え?」
「あ、高町、合同捜査の件だけどさ……」
「え、ちょ、ちょっと待ってぇっ?!」
「──?」
さらっと返答して「あれ? いまなんかすごい会話なかった?」と遅ればせながら理解したなのはが理解しきれずにピシリと固まる。
因みにメガーヌはあまりの衝撃展開にコーヒーを吹き出してクイントの顔を黒く染め、周囲の局員は絶句し、クイントはコーヒーをかけられたことには頓着せずもう次の会話に移行していたセルジオを慌てたように制した。
「せ、セルジオが休みを……?」
「それにこんな所で堂々と…………嘘だ……」
「いや待て聞き間違いだったんじゃねえのか?」
「なんて聞き間違えたってのよ」
「こう、『ひでえことしないか?』とか」
「そもそもひでえことってなんだ、犯罪者に砲撃でトラウマ作ることか?」
「ワシたちはいま集団幻覚を見たんじゃないのか? あの人でなしが女の子デート誘うか?」
「ひでえこと言ってんのはあんたらだよ」
全くである。
「ええと、セルジオくん、誰と、誰が、何するって?」
コーヒーを滴らせたクイントが大きく深呼吸をして、ゆっくりと、まるで子供に読み聞かせをするかのように、セルジオへと言葉を投げかけていく。
もしかして聞き間違いだったのでは、と思ったのだ。
それ程に、『セルジオ・アウディ』という人間と『デートしようぜ』という言葉はかけ離れていた。
けれど、そのセルジオはというと不思議そうに首を傾げて、同じ言葉を繰り返す。
「いや俺と高町が今度の休日にデートしようって話です」
「マジ?」
「マジマジ」
さて、とセルジオが膝を打って立ち上がると軽く伸びをした。
「まあ
(タイミング……?)
ほんの一瞬メガーヌが眉をひそめたが、疑問が明確に言語化されるには至らない。
「じゃあ細かい日程は追って連絡するな」
セルジオがなのはの頭を軽く撫でると書類を片手にオフィスを出て行く。オフィスの全員がその背中が見えなくなってもじっくり十秒固まって、そして、残された人物である少女に集まった。
「デート、デート、デート? 私とセルジオくんが? 二人で? 付き合ってもないのに? なんで? え? えーとえーとえーとどうしたら。あこういう時はお姉ちゃんかお母さんに──」
「な、なのはちゃん?」
「──きゅう」
「た、倒れたぁ! 知恵熱! 知恵熱よ!」
「メディーック! だれかー、早く来てーーって、この中で治癒魔法使えるの私だけか」
あまりの異常事態についていけずなのはが目を回しながら倒れ込んだ。
オフィスから出たセルジオは自分の起こしてきた波風など気に留めることもなく、なんなら「なんかやかましくなってきたな」とか人ごとに感じながら、手首のゼファーを起動する。
「ティーダは思ったよりも情報持ってなかったな。あいつらが引き継いだ俺らの案件、
残念ながらティーダのデバイスを調べても目当てのものは見つけることができなかった。もう少し期待していたのだが。
セルジオが軽い嘆息を漏らしてウインドウを消すと胸ポケットにある古びた懐中時計を取り出した。
「あれから十年以上経つのか」
古びた懐中時計は鎖は半ばから千切れ、カバーに刻印してある文字は潰れて読めなくなっている。あの日、火の中から掬い出せて、掴みとれたのはこれだけだった。
「────母さん」
思わず呟いて、自嘲気味に笑ってしまった。
今、自分にあの人をそう呼ぶ資格がないことなんか、誰よりもよくわかっていた。
「あの人の未来も、夢も、全部俺が
熱で歪んだフレームが電球の光を反射して鈍く光る中、ひび割れたガラスの向こうの長針が音を立てて動いた。