「ええと、ここらは確か……」
三課のデスクでなのはが書類とにらめっこを始める。
今なのはが行なっているのは先日の違法研究所の調査に関する報告書である。新人のなのはには少し難しい仕事だが、物は試しと任されていたりする。
「大変そうね、なのはちゃん」
「メガーヌさん」
唸るなのはに声をかけたのは同僚であり、先輩でもあるメガーヌ・アルピーノ。
「どこらへんで悩んでるの?」
「ええと、ここの形式と、報告方法がほかの紙となんだか違って……」
「ああこれはね……」
なのはが質問すると、メガーヌは柔らかい表情のまま一つ一つ丁寧に書き方を指導していく。ただ、わからないところはこう書け、と言うだけではなく、なのはの方が理解しやすいように噛み砕きながら指導している姿はなかなか手馴れたもので、彼女がこうした指導が初めてではないことがわかる。
指導の甲斐あってか、なのはの報告書が完成する。
「で、できたー!」
「お疲れ様、なのはちゃん。ココアでよかった?」
「ありがとうございます、メガーヌさん」
完成した報告書を感慨深く見つめるなのはの元にココアの入ったカップを手渡しにしてくれるメガーヌ。
なのはと同様にコーヒーのカップを片手にした彼女は、柔らかい笑みを浮かべたままなのはの横、今は空席のデスクの椅子を引いて腰掛ける。
「どう、なのはちゃん、これからは上手く書けそう?」
「うーん、難しいです。算数とかの計算は得意なんですけど、こういう国語っぽいのは苦手です」
「あら、なのはちゃんって結構なんでも出来るイメージがあったわ」
「いえいえ、なのはなんて全然です。国語とか社会とかは苦手だし、体育だってお兄ちゃん達みたいにはとても……」
「なのはちゃんにはお兄ちゃんがいるのね」
「はいっ。なのはの家族は、お父さんと、お母さんと、お兄ちゃんと、お姉ちゃんで、五人家族なんです」
「へぇー、そうなのね。今私は旦那さんとの二人家族だからそういうの羨ましいかも」
「メガーヌさん旦那さんがいるんですかっ? じゃ、じゃあウエディングドレスも……」
「もちろん着せてもらったわ。とーっても綺麗なやつ」
「わぁー、凄いです……」
年相応にきらきらと目を輝かせるなのはと楽しげに笑うメガーヌ。やはり、なのはも女の子というだけあって『お嫁さん』『ウエディングドレス』という単語には憧れがあるらしかった。
「なーになになに、なんの話ー、私もまーぜて」
「家族の話をしてたの。というかどこいってたの?」
「んー、ちょーっと、準備? かしら?」
そんな二人の元にクイントも朗らかな笑顔とともに割ってはいってくる。
「クイントさんも結婚されてるんですか?」
「ん、そーよー。旦那さんと、娘二人の四人家族ねー。上の子はなのはちゃんの二つ下」
「どんな子なんですか、クイントさんの子どもさん」
「私に似てるわね、すごく。ご飯もいっぱい食べるし、髪も青くて、ほーんと私に似ててカワイイ子達よー」
「クイントってば、娘のこととなるいっつもこうなんだから……」
「ああ、でも旦那はちょっと頼りないかなぁ。もうちょっとどっしり構えてくれたら安心できるんだけどね。もちろん今のままでも大好きよ?」
「はいはいご馳走様」
「もう、何よその適当な返しは〜〜」
クイントの旦那への不満、側から聞けば惚気話のそれにメガーヌがコーヒーを飲みながら適当に対応した。
それにぶーぶー言いながら絡みつくクイントを、ため息交じりでメガーヌが引き剥がす。
なのはが、くすっ、と笑う。
「お二人って仲いいんですね」
まだ付き合いの短いなのはから見ても二人が話しているのはよく見るし、とても仲よさそうに見えていた。
「まあね! 私たち長い仲だし!」
「こんだけ長く一緒にいれば嫌でも仲良くなるわ」
「お二人ってそんなに長い仲なんですか?」
「そうそう、あたし達が入局したのが15の時だから……もう十年以上?」
「まあ、部隊が違う時もあったけど、まあそのくらいの付き合いになるわね」
「十年以上?!」
なのはがツインテールをぴょこんと立てて驚く。
なんとなく長い付き合いなんだろうとは予想していたが、まさか十年以上とは思いもしていなかったなのは。
「お二人って、凄いんですね」
ほえー、と見上げるなのは視点ではクイントとメガーヌが歴戦の英雄のように見えていた。なにせ、なのはが生きた年数よりも長く管理局で働いているのだから。
しかし、そんななのはの言葉を、クイントはむず痒そうに否定してみせる。
「私なんてまだまだよ。陸の外での任務なんてほとんどしたことないし」
「なのはちゃんだって、すっごい才能を秘めてるんだから、私よりも、クイントよりも、みんなに認められる魔導師になれるはずよ」
メガーヌはそう言ってなのはの肩を優しく叩く。
「そ、れ、に、本当に凄い人って言うのは、ウチの隊長みたいな人の事をいうのよ」
「隊長……ゼスト隊長ですか?」
「そーそ」
なのはがこてん、と可愛らしく首をかしげると、クイントが間髪入れずに机の上に足を載せて吠える。
「ゼスト・グランガイツ! 我らが航空魔導隊の隊長! その魔導師ランクは総合AAランクながらも過去にはSランクの魔導師を完封したことすらある実力者! ついたあだ名は
「来た! クイントの高速説明長台詞!」
「相変わらず隊長のことになると気持ち悪い!」
「隊長なんで結婚してないんだろうな」
「心に決めた女性と死別したとか噂で聞いたことあるぞ」
「でもたしかに隊長は父親にして見たいよな……」
「それ知りたきゃセルジオあたりに聞いて見りゃいいじゃん」
「しっかし相変わらずミッドジャンプのランキングは意味がわからんな。この前は何だっけ?」
「『ビーフストロガノフを得意顔で作ってそうな魔導師』。うん、意味わからん」
「というか、どうでも良いけどクイント、スカートの中が見えそうよ。男衆に見られても良いの?」
「えっ? ……誰も見てないでしょうね?」
「「イエスマム!」」
やんややんやと楽しそうに騒ぎ立てる三課のメンバーを見て、なのはも笑って、ふと自身の相棒のことを思い出す。
なのはの陰った表情をメガーヌだけが気づく。
「なのはちゃん、今日も行くの?」
「……はい。それくらいしか出来ませんし」
メガーヌには、強がったように笑うなのはの顔が痛々しかった。
なのはの相棒、セルジオ・アウディ三等空尉。
未だ入院しており、その意識は戻っていない。
「すみません、ゼスト隊長、車出してもらっちゃって」
「ありがとうございます、隊長」
「構わん。どちらにしろ、俺も行く予定だったしな」
「流石、我らが隊長です!」
なのは、メガーヌ、クイントの三人はゼストの車に乗せてもらってセルジオの入院している病院へ来ていた。
地上本部の近くにあるこの病院は管理局員御用達のところで、前に似たような事で入院した時に知り合ったセルジオの主治医もいるらしかった。
ちなみに、他の隊員も見舞いに行きたがったのだが、一気に押し寄せても迷惑だろうと判断して今回はこの四人が選ばれた。
「えーと、確か道は……」
「こっちよ、こっち」
「ああ、そうでした」
一度来たもののイマイチ記憶のはっきりしないなのはが先導しながらセルジオの病室へ向かう。ところどころ大人たちからのアドバイスをもらっているが。
セルジオの病室は七階。エレベーターは他の患者の迷惑になるといけないから階段で行こう、という事になった一同はヒーヒー言いながら少しずつ上へと登る。
主に、ヒーヒー言ってるのは運動の苦手ななのはだけだが。
「アウディさん、大丈夫ですよね」
階段を登りながらなのはがポツリと呟いた。
それはなのはにしては酷く珍しい弱音だった。
高町なのはは
その心は折れず、曲がらず、自分の信じた道を突き進む。
一度や二度跳ね除けられたところで、戦うべき相手とわかり合いたいと思う心は無くならないし、むしろ相手が根負けするまで何度だって食らいついていく。
だから、彼女は友人たちにどんなに心配をかけても笑顔で「大丈夫!」と返すことがほとんどだ。
しかし、そんななのはがこの場だけは違った。
それは、知り合ってからずっと良くしてくれた先輩のセルジオが怪我したからかもしれない。配属されてからの初任務でのことだったからかもしれない。もしかすると、周りの大人が家族や友人のように近すぎない、適度な距離感を保つ人たちだったからかもしれない。
いずれにせよ、なのはは今少しばかり参っていた。
そんななのはを励ますようにメガーヌが優しい手つきで背中を叩いた。
「大丈夫よ、だってセルジオ君結構頑丈なのよ? ねえ、クイント」
「ん、んー、そうね! 前、お腹を銃弾でぶち抜かれた時も三日後にはピンピンしてたし!」
「そ、そうなんですか……」
「だから、ね? 心配しなくても大丈夫」
メガーヌの言葉に、ふ、となのはが綻ぶように笑う。
その後、病室に行くまでメガーヌはセルジオの失敗談や、今までの怪我などのことを話してなのはの気を軽くする事に努める。
(まったく、こんな子に心配かけて。目が覚めたらお仕置きね、ホント)
メガーヌが心の中で自身の召喚獣でもけしかけるか、と考えながら誓いを立てる。
そうしてなのはたちがセルジオの病室へとたどり着く。
なのはが扉に手をかけて、思い出したように軽くノック。しばらく待つが、そこから返答が返ってくることなどない。
もしかしたら、という淡い期待を折られてなのはがしゅんとなるが、すぐにハッとしたように顔をパンパンと叩いて引き締める。
そして、努めて明るい表情と声色を作って扉をゆっくりと開いた。
「────え」
そして、口から小さな音が溢れて落ちる。
あるはずのものが、ない。
病室の扉から見える景色はほとんど同じ。
よく見るリノリウムの病院の床。備え付けの小さなテレビに、小さな棚。申し訳程度の患者の私物。前になのはの持ってきた花のいけられた花瓶。
ただ、一つ違うところをあげるとすれば、患者が、セルジオが寝ているべき場所に、顔に白い布がかけられた人がいるということだ。
後ろで息をのむ声が聞こえるがなのはにはそんなことすら聞こえない。
「あ──」
ふらふらと魂が抜けたかのようになのはがベッドの方まで歩いていく。
勘違いだ、人違いだ、そう思いながら足を進める。耳に痛いほど響く、動悸の音を聞きながら。
なのはがいつもなら顔のあるであろう部分にかかった布をめくり、そこに青白い顔のセルジオを見た。
「う、そ────」
その現実を認識した瞬間なのはの膝から力が抜けてぺたん、と傍にあった椅子に腰を下ろした。そこに偶然椅子があったのは幸運か。
なのはがもう一度セルジオの顔を見る。その表情は以前見た時とほとんど違いはなく、まるで眠っているかのようだった。
じわりとなのはの視界が滲むと目頭が熱くなって、そのまま目の前を見ていられなくなって思わず視線を下ろした。
「──う、く……」
必死に唇を噛むがそれだけでは耐えきれずに、なのはの小さな手の甲に一雫の水滴が跳ねた。
水滴はそのままなのはの皮膚を滑るように落ちていき地上本部の茶色の制服に小さなシミをつくる。
悔しかった。救えたかもしれなかった人だった。
まだ付き合いは短かったが、尊敬できる人だと、そう思っていた。
これから長い付き合いになったらいいな、そう思っていた人だった。
だけど、それも伝える機会はもうない。
なのはの嗚咽が病室に響く。
そんな中、なのはの頭が優しく撫でられる。労わるように、ひどく優しい手つきで。
「や、めてください……」
「子どもは大人しく優しさを受けとくもんだ」
「そん、なの、いいです」
「自分の相棒が泣いてるのに放ってはおけないだろ?」
「え────」
その言葉を聞いて、なのはが顔を上げる。
「セルジオ、くん……?」
「ああ。そんなに泣かれると俺としても困る」
そこには、普段となんら変わりのない様子のセルジオが困ったように笑っていた。
なのはの思考が完璧に停止する。
「────ぇ」
「──?」
「えええええええええええっ?!」
そして部屋に響き渡る大声をあげて、勢いよく立ち上がった。
「な、なんで生きてるの?!」
「お、おまっ! なんてこと言いやがる! 人の心持ってるのか高町?!」
「だってさっき死んでたもん!」
「死んでねえよ! ずっと生きてたよ! なんならこれからだって生き続けるよ!」
「じゃあこれなに!」
ベットで半身を起こしたセルジオに涙目のままのなのはが先程まで顔にかけてあった白い布を見せる。
「高町のハンカチか?」
「さっきまでセルジオくんの顔にかけてあったのーーーー!」
「え、嘘ぉ……」
訳がわからないという表情のセルジオの胸になのはが飛び込んだ。流石にこれにはセルジオも驚いたのか僅かに顔を赤くする。
「た、高町?」
「私、アウディくんが、死んじゃったかと、思って……」
(あ、これはいかんな……)
「本当に、心配したんだよ……」
ぐず、となのはの目からとめどなく涙が零れだす。そして次の瞬間には、なのははついに堪えきれなくなったかのように声をあげて泣き始めた。
「心配、かけたな」
胸の中でなく年下の相棒の背中を軽く撫でながら、扉付近にいる大人三人、特に気まずそうに頰をかいているクイントに、じとっとした視線を送るセルジオ。
「俺、昼前には目覚ましたって連絡が入っているはずなんすけど」
「えっ?! そうなのクイント?」
その言葉にメガーヌが隣を見ると、クイントが誤魔化すようにたははー、と笑っていた。
「え、えーと、外回りの時セルジオくんの病室に寄ったら丁度目を覚ましてたって聞いてさ。連絡まだみたいだったから、私が引き受けたんだけど……」
「まさか、クイントあなた……」
「いや、ちょっとした悪ふざけのつもりだったのよ? 現に隊長には伝えたし! ま、まさかこんな重苦しい雰囲気になるとは思わなくて」
ゴメンね、と舌を出して戯けるクイント。
メガーヌとセルジオはよっぽど何か言ってやろうかと思ったがそんな気力も湧いてこず、大きくため息をついた。
「隊長はもちろん知ってたんですよね」
「ああ」
「何でセルジオ君が生きてるって教えてくれなかったんですか?」
「……そういうコントなのかと、な」
「人の生き死にで遊ぶのはやりませんって……」
ゼストが寡黙すぎるのも問題だとメガーヌが頭を抑えた。
その微妙な空気は、自身の胸の中で泣きじゃくるなのはをセルジオが何とかなだめるまで続いた。
「ご心配おかけしました。ゼストさん」
「構わん。体は大事だからな」
泣き止んで突然自分のしたことが恥ずかしくなったのか、顔を真っ赤にしてなのはをクイントとメガーヌが連れ帰った後、病室はセルジオとゼストの二人っきりだった。
「タカマチとは随分仲良くなったみたいだな。俺も嬉しい」
「いや、あれは仲の深さに関係なく泣くタイプだと思いますよ、俺は」
そんな事より、とセルジオが真剣な面持ちでゼストと向かい合う。
「今回の報告書、高町から提出されましたか?」
「さっき目を通してきた。謎の機械兵器に、魔力使用不可空間を作り出す装置……あれはまさか……」
「ああ。実用化されてないはずのAMF、ですね。あんなとこの研究所にあっていい代物じゃない」
ランクとしてはAAAランクの防御魔法に分類されるものだが、二年ほど前これが魔力を消費せずとも機械的なシステムだけで発生させられるという論文が発表された。
そこそこの説得力のある論文ではあったものの、その発生に必要なメカニズムがやたらと難解で、金も食うことから机上の空論扱いされた。
一応いくつかの研究機関で研究は始められたものの、持ち運びできるサイズとなるには最低でも五年は必要になるとの事だった。
だったのだが……
「今回俺が見たAMF発生装置は、自動車くらい。管理局の研究機関がこの前発表したのは、確かスパコン並みのでかさだったから比べるまでもないな」
「……誰か、管理局も知らない違法科学者がいる、そういうことか?」
「わからない。わからないけど……」
セルジオがゼストから目をそらして、窓の外へと目を向けた。
「この件、もしかしたらこれだけじゃ終わらないかもしれない」
薄く雲のかかった夏空をからの太陽が眩しく、セルジオは思わず目を細めた。
第一印象が違えば同じものもなんだか違って見えてきますよね。
300円のものをこれは3000円のものですと言われて食うとなんだかうまく感じる理論と同じです。