学校が終わり、セルジオとの約束の前日、なのはは自室で服をとっかえをひっかえしていた。
「これじゃない……こっちはちょっと子どもっぽいし……うぅ、どうしよう……」
しばらく服を組み合わせていたなのはが小さな嘆息を漏らして身体をベットに沈めた。ぎしり、とスプリングが軋んでほんの少しの振動を伝えた。
デート!
高町なのは人生初めてのデートである!
フェイトたち女子の友達と出かける事を『デート』と茶化して言ったりはするが、『異性と一緒に出かける』という、狭義の意味の『デート』を行うのは彼女にとって初めての経験であった。
昔セルジオとは仕事の一環で一緒に出かけたことはあるが、あの時は三課の他の人の目もあったので、今回のように二人っきり、となると心持ちも変わってくる。
そんななのはの目下の悩みはデートに着てく服だった。
デートの定番と言えば少しだけおしゃれしてきた女子に男子が「かわいい」なり「似合ってる」なりを言ってから始まると相場が決まっている。
「でもセルジオくんは言わなそうだなぁ……」
くたり、と寝そべったままのなのはが呟いた。
あの唐変木がそんな気の利いたことを言うとは思えなかったが、それでもせめて心の中だけでも可愛く見られたいのが乙女心。
であるからして必然的に服選びに力が入る。
入るのだが……。
「やっぱり決まらない……」
どんなに時間をかけてもどうにも明日着ていく服が決まらなかった。
別になのはもよそ行き用の服を持っていないわけではない。むしろなのはは末っ子ということもあり、姉のお下がりや買い与えられたものも多く着る服には困らない。
けれど、今回はデートなのだ。しかも相手は六つも年上のセルジオ。小学六年生としては小柄な方のなのはと同年代からしても大柄な方のセルジオでは身長差も大きい。
12歳のなのはは現在身長143センチ。それに対して18歳セルジオの身長は180を超えている。およそ40センチの差があるのだ。
その身長差でいつものような服を着ていっても吊り合うと思えない。
周囲に「兄妹?」と見られるのは乙女的にノウ。絶対にノウである。
身長差はどうにもならないがせめて服くらいは並んでも不自然じゃない大人びたやつを選びたい。
「けど、お買い物最近行ってなかったからなぁ……」
以前は度々友人や家族と服を買いに行ったりしていたが、最近は忙しさにかまけて新しいものを買っていなかった。つまりなのはの私服は身長伸びが緩やかになり始めた小学四年生あたりで止まっているのだ。
無論六つも年が上の青年と釣り合うような服持っているはずもない。
「はあ……」
なのはの口から本日幾度目かの嘆息がこぼれた。
なのはは基本
人に役立つことが彼女にとっての存在意義であり、心の拠り所だ。それさえあれば彼女は他に何も求めない。
故に、なのはは自分を着飾ろうということをしない。人並みにファッションに興味もあるが、『服』を可愛いと思うことはあっても、『服を着た自分』が可愛いとは思わない。
年上の男性と並んで歩きたいと背伸びするような至って普通の少女としての感性。
誰かの為に力を使わない自分なんかが好かれるはずがない、そうでない自分に価値はないという強迫観念じみた確信。
それはどちらもなのはの根幹を形作るものであり、その両者は矛盾なく両立する。
ぼんやりと天井を見つめたまま服の上から首元に手を伸ばすとちゃり、と金属の擦れる軽い音。
胸元から引っ張り出すと光に反射してきらりと光るシルバーのネックレス。なのはが目を閉じて手の中の星のような光を閉じ込めた。
「遠いなぁ」
大人になれたならばもっと力になれるのだろうか。遠い背中に早く近づきたいな、とも。
そんな柄にもなくセンチメンタルな事を考えているなのはを微笑ましく見つめる人物が一人。
「何が遠いの?」
「お、おおおお、お母さんっ?!」
勿論なのはの母親の桃子である。
なのはが「どこまで聞かれてた?!」と、まるでエロ本が見つかった男子中学生のように慌てている横で、桃子が部屋を見回した。
「随分散らかったのねー」
「あう……」
「まあなのはの事だしちゃんと片付けるから良いんだけど、明日着ていく服は……決まってないのね」
「はい……」
途中でしゅんと肩を落としたなのは。
その様子に桃子がなのはらしくないな、と少しだけ違和感を感じる。
母親の桃子でもこうしてなのはが悩んでいる姿をみるのは珍しい。
(確かデートの服選び、よね)
桃子が指を口に添えて考えを巡らせる。
「ねえ、なのは、こんなのじゃダメなの?」
床に広げてある服の一つを手にとってみせる。確か去年か一昨年かに買った薄いピンクのワンピース。腰のあたりの大きなリボンがアクセントにっている。
「これに後はカーディガンとかを合わせれば可愛くなると思うけど、どうしかしら?」
「うん、かわいい、けど……」
「けど?」
「ちょっと、子どもっぽい、から、なんかやなの」
そう言って俯くなのはを見て、桃子がははーん、と今のなのはの考えを大体察した。
(セルジオくん身長高いものね)
このピンクを基調とした服ではまだ身長の低いどうしても子どもっぽい印象を与えてしまうだろう。
因みに今回のお出かけの相手はセルジオとはなのはは伝えていないのだが、桃子と美由希には大体雰囲気で察されていた。
(なんか自分の時を思い出しちゃうかも……)
士郎は若く見えるが桃子よりも一回り年上である。若き日の桃子もなのはのような悩みを持っていたものだ。
(やっぱ親子、なのかしらね)
うふふ、と声を殺して桃子が笑う。そして、「ちょっと待ってね」と言い残すとなのはの部屋から立ち去り、しばらくして戻ってくる。
その表情にはとても楽しげな色が浮かんでいて。
「お母さん?」
なのはが不思議そうに桃子の腕の中を見ると、そこには化粧のセットと彼女のものらしき服が。
「なのは」
「?」
「今からお母さんがちょっとお手伝いしてあげる」
ぱち、となのはに向けて目配せが飛ばされた。
ついにデート当日。
緊張した面持ちのなのはが集合場所へと足を運ばせる。
今日は11時にクラナガンの中央駅前に集合してからその後二人で昼食を食べた後デパートに向かうことになっていた。
「……ちょっとあつい」
未だ季節は初夏。東京のような茹だるような熱気はないとはいえミッドでも夏は暑い。
天辺近くで熱気を垂れ流す太陽を見上げるとふわりと乾いた風がなのはの栗色の髪を揺らした。
ツインテールではなく、揺れたのはいつもと違うサイドポニー。
ふと、なのはの視界の端に駅の柱に映る自分の姿が目に入る。
少しベージュの色合いに近い桃色のフレアシフォンブラウス。シルバーのネックレスの覗くゆったりと大きく開いた襟元は、なのはの白い肌とを惜しげもなく晒している。
そして花の刺繍があしらわれた深い藍色のフレアスカート。いつもは自分のイメージとは離れているから身につけることない色だが、そのおかげか少しだけ大人っぽく見えるような気がする。
その場でなのはがくるりと回ると、動きに従ってサイドポニーとスカートが揺れた。
「うん、大丈夫」
なのはが満足げにほにゃりと頬の筋肉を緩めた。
「レイジングハート、待ち合わせまであと何分?」
《 It is 15 minutes more, my Master. 》
「ありがと」
リニアから下りて駅前の噴水の前まで少し早歩きをすると、夏らしい涼やかなヒールのあるサンダルが軽やかに音を立てた。
以前買っていた夏用のもの。それほど高いヒールではないけれど、それでも彼女のことをほんの少し背伸びさせてくれる。
駅前の噴水は多くの人で賑わっていた。家族連れや、年配の夫婦らしき人々、しきりに時間を気にしている人たちの目的はきっとなのはと同じなのだろう。
(たぶんセルジオくんもう来てるよね)
くるりと軽く見渡すと、見知った背格好の青年がぼんやりと空を見上げているのを見つけた。額に軽く汗を浮かばせているので、やはり約束の時間のかなり前からそうしているらしい。
オフの日にかけるという眼鏡に、暗い色合いの薄手のジャケット姿のセルジオは落ち着いた雰囲気も相まってとても大人っぽく見えた。
ただ側によって声をかければいいだけなのに、何故かそうするのがためらわれる。
しばらく物陰から様子を伺っていると、胸元から取り出した懐中時計を見ていたセルジオに女性二人が声をかけた。
身振りから察するに何か誘っているようだ。いわゆる逆ナンというやつである。
「大人っぽい人だな……」
声をかけている女性はなのはよりも年上で、セルジオとの身長差はほとんど無い。連れ立って歩けばさぞ映えることだろう。
やがてセルジオがにこやかに笑って女性に手を振った。爽やかな、よそ行きの笑顔。
残念そうに去っていく女性の後ろ姿をなんとなしに目で追って、またセルジオに戻した。
(私デートするんだ、あの人と)
とくん、と胸が跳ねたような気がして思わず胸を抑えるが、年相応の慎ましやかな柔らかさを感じるだけだ。
《 master? 》
「あ、ううん、何も無いよ。なんにも」
ふるふると首を振ると、よし、と気合いを入れて待ち人の方へと駆け寄って、声をかけた。
「ごめん、待たせちゃったかな」
「いや、十分前だ。全く問題ない」
セルジオは視線をあげると淀みなく返答をして、くすっと含むように笑った。
まさか自分を笑われたのか、ムッとしたなのはが問い詰めると、「お前を笑ったんじゃないよ」とセルジオが頭をかいた。
「ただ、こういう会話、前もしたなって思ってさ」
「……そうだっけ?」
「ん、覚えてないならいいよ」
「そう言われると気になるんだけど」
「まあ大したことじゃないって」
セルジオが最後にふっと笑って、今度はなのはをしげしげと見つめた。
また、胸が軽く跳ねた。
「服、いつもと違う感じだな。高町が寒色系だと新鮮だ」
「似合ってないかな……?」
「ん? いや似合ってると思うぞ。まあ俺はファッションわからんから勝手な意見になるが」
「そっか、ありがとう」
きゅっとなのはがスカートを握って眼鏡の向こうに見えるセルジオの翠の瞳を見上げるが、相も変わらず涼しい顔のまままだ。
ティーダあたりならここでさらっと可愛いの一言でも言うのだろうが、残念ながらセルジオにそこまでの甲斐性はなかった。
(髪、なんも言われなかったな)
似合うとは言われたものの、何というか微妙にピントを外した答えに、なのはがもにょる。
「そういえば、今日なんで私と、その、デート……する事にしたの」
「ん? まあタイミングも良かったし、ちょっと買い物に付き合って欲しくてさ。女子からの意見が欲しかったんだ」
「買い物?」
何やらおかしな流れをなのはが感じ取った。
「今度ルーテシアちゃんの誕生日だろ? だからプレゼントを買いたかったんだよ。だから、高町にも一緒に選んで欲しかったんだ」
「……そうだね」
「俺こういうの初めてだったからさ、付いてきてくれてほんと助かるよ。どうせなら喜んで欲しいしさ」
楽しげにセルジオが笑う。普段はこんな顔で笑うことなんかないのに、それほどまでにルーテシアの事は大切なのだろうか。
やがて「じゃあ行くか」とセルジオが歩き始める。その背中をほんの少し恨めしげに睨んだなのはがぽしょりと呟いた。
「ルーテシアちゃんのためだったんだ」
まあ確かにセルジオが恋愛感情を込めてデートに誘うなんてそんな事考えにくい。むしろ、そう言われて納得したまである。
だが、落胆する気持ちがないと言ったら嘘になる。
「仕方ないなぁ」
嘆息とともにそう零してなのはがセルジオの隣に並ぼうとして、不意にセルジオがなのはの方を振り向いた。
「髪」
「え?」
「いつものじゃないんだな。なんか大人な感じがして、少し不思議な感じだ」
「似合ってないかな……?」
伏し目気味に問いかけるなのはの声色は心配するかのようで、それに対してセルジオはさらりと迷う事なく返答した。
「いや似合ってる。なんというか、俺はその髪型の方が好きだな」
「そ、そそ、そっかぁ」
「ああ……って、どうした口なんか隠して」
「な、なんでもにゃい」
思わずなのはの口角が緩んでニマニマと笑いそうになるのを手で覆って隠した。しばらくセルジオは眉を寄せていたが、まあいいかと零してまた歩き出す。
(この髪型の方が好き、だって)
しゃらりと栗色のポニーを触ると、セルジオの背中を追った。
からん、とサンダルが軽やかに音を立てる。
とくん、と小気味よく胸が弾む。
ふわり、とフレアスカートが風を孕んで膨らむ。
「ねえ、セルジオくん、今日はこれからどうするの?」
「んー、まずはデパートに行って軽くおもちゃ屋にても行こうかと思ってる」
「お昼ご飯はその時に?」
「だな。一応高町が気に入りそうな店は調べてあるから、まあ好きなの選ぶといい」
「ふふっ、ならエスコートお願いしていいのかな」
「はいはい、任せといてくれ、お嬢さん」
いつものように気負いなく会話を交えて、なのはがふとさっきまでのもやもやした気持ちがなくなっているのに気づいた。
たった一つの褒め言葉でそうなるとはなんとも現金な事だとは思うが……。
(なんか、すごくデートっぽいかも)
どうやら、自分はこのデートがかなり楽しみになってきているらしかった。
セルジオ「めっちゃかわええ」
12歳なのはさんポニーは少し短め、いつもと違って少し落ち着いたファッションスタイルとなります。今回のなのはにゃんかわええー(自画自賛)