Force Detonater   作:世嗣

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最近セルジオ視点少なかったので久々に入れました。




青年を取り巻く環境と、動き出す歯車

 

 

 

 

 

 

「最近あの二人怪しいと思わない?」

 

「何のことよ」

 

「なのはちゃんセルジオ君のことよ」

 

 航空魔導隊付きの食堂で頼んだパスタを頬張りながら対面でサラダとチキンを食べていたメガーヌへとクイントが話を振った。

 

「そうかしら?」

 

「だって二人でデートに行ったり、昼休憩とかよく一緒にご飯食べてたり、こう、なんというか、とにかく距離が近いというか気安い感じがするのよね」

 

「言われてみれば確かにそうかもしれないわね」

 

「極め付けは呼び方よ! あの堅物が『なのは』って! 名前で! しかも呼び捨て! あんなの初めて見たわよ!」

 

「まあ少し落ち着きなさいな」

 

「もぐっ」

 

 やけに興奮した様子のクイントの口に呆れ顔のメガーヌがチキンを一口突っ込んだ。

 しばらく肉を咀嚼してクイントは静かになったが、疾風の如く食べ終わる。

 

「それになのはちゃん、最近髪伸ばしてるじゃない? その理由を聞いてみたら」

 

 ささっとクイントが髪を横で括る。

 

「『ある人から、その髪型好きだーって言ってもらえて』…………ってめっちゃ赤い顔で言われたのよ! もうこれどう考えてもセルジオ君でしょ!」

 

「ふーん」

 

「……メガーヌ反応うすーい」

 

「だってあそこなのはちゃんが押せば後はなるようになるような雰囲気あるじゃない」

 

「いやいやそれは流石に…………」

 

「否定しきれないでしょ?」

 

「うん、否定しきれないわ」

 

 クイントが深く頷いた。

 

「昔は結構めんどくさい子だったんだけどねえ、セルジオ君。ずいぶん丸くなったわよねぇ」

 

「それには同意するわ」

 

 二人が顔を見合わせてくすりと笑う。

 

「初めてセルジオ君と会った日のこと覚えてる?」

 

「覚えてる覚えてる。たしかセピアさんに職場に連れてこられた時よね、まだ『僕』って言ってたころ」

 

「あの頃は身長だって私たちの腰くらいしか無くて、セピアさんの真似して杖持ってたのよね」

 

「そうそう! あっはは、なっつかしいー」

 

「もう、十年以上前になるのね……」

 

「もうメガーヌ、ちょっとババくさいわよ」

 

「仕方ないでしょ、私たちだってもう30代よ? 年相応よ」

 

「確かに、言えてる」

 

 メガーヌが柔らかく綻ぶように過去を思い出しながら、クイントは快活に太陽のように、それぞれ笑った。

 

「ほんとに、貴女とは長い付き合いになったわよね、クイント」

 

「まったくよ。初めて会った時はまさかこんなに長い付き合いになるとは思いもしなかったわ」

 

「それは私もよ。だって私正直言って貴女のこと苦手だったもの」

 

「あ、そういうこと言っちゃう? じゃあ私もカミングアウト。私もメガーヌのこと最初は結構苦手だったの」

 

「それはなんとなく察してた」

 

「ありゃ、そうだったんだ」

 

「でも、一緒に何年も仕事して、今では貴女ほど信頼できる相手は数えるくらいしかいないって、そう思うわ」

 

「なーによ、メガーヌ。急に照れるじゃないの」

 

「だからクイントには話しておくわね」

 

「へ?」

 

 しみじみと言いながらメガーヌがカップに入ったコーヒーに少しだけ口をつけて、ふっと遠いところへと目をやった。

 

「私、三課辞めることにしたわ」

 

「は、はあああああああああっ?!」

 

「声でかいし座ってクイント」

 

「え、ちょ、はぁ?!」

 

 クイントが頭の上に大量に?を浮かべながら、メガーヌを伺うが、当の本人はコーヒーを飲むだけで特に否定も訂正もしない。どうやら聞き間違えなどではないらしい。

 

「やめるって、本気?」

 

「本気。っていうかそのうち管理局もやめるわ」

 

「マジ?」

 

「マジよ」

 

「そりゃまた、どうして……」

 

 問われて「いくつか理由はあるけど」とメガーヌが前置きして続ける。

 

「一番はルーテシアのこと」

 

 視線は窓の外遠い向こうを見たままでとつとつと話し始める。

 

「仕事してて、質量兵器とか相手の魔法で怪我とかした時に思うのよ、『もし私が死んだらルーテシアはどうなるんだろう』って」

 

「ーーー」

 

「そんなこと考えたら死ねないじゃない。それに、親が子どものそばにいないっていうのは結構応えることらしいしね」

 

「それは、そうかも、しれないわね」

 

「だから辞めるの。隊長には事務職への転属願いを出してるから、そのうち私も後方勤務になると思うわ」

 

「……まさかあんたからそういう言葉が出るとは思ってなかったわ」

 

「奇遇ね、私もよ」

 

 あっけからんと言うメガーヌ。そして気落ちしたように少し目を伏せるクイント。

 

「最近のセルジオ君たちを見てたら思うのよ、もうあの子たちに後を託す頃なのかな、って」

 

「……………私たちだって、まだまだやれるでしょ」

 

「まあそうだけど、それでも先輩たちもきっとこんな気持ちだったんだなーってわかっちゃうとどうもね」

 

 クイントとメガーヌは同期で殆どを同じ職場で過ごしてきた。クイントにとって管理局においての戦いは常にメガーヌと共にあったと言ってもいい。

 その中で自分たちに後を任せて退職、事務職へと転向した先輩に多く出会ってきた。

 ずっと年上で自分とは遠い話だと思っていたが、1番の相棒と言える相手がまさに今その道を辿ろうとしていた。

 

「だいたい二十年。管理局で働いてきた。確かにまだ戦えると思うわ。けど、今はルーテシアのことが大切なの。あの子を、一人にしたくない」

 

「……そっか」

 

 クイントが目を閉じる。そして、大きな、大きな、胸の中の空気を全て吐き出すかのような、溜息をついて、ばちっと目を開けた。

 

「あーあ、それじゃあ私たちのコンビも解消かー! メガーヌとはもっと一緒に戦えると思ってたけど、仕方ないわね!」

 

 戯けたようにクイントが笑って、そして、ふっと一瞬だけ目を流した。

 

「もう、私たちもそういう年なのね」

 

 変わらないと思ってた。変わってないと思ってた。

 ずっとこんな日常が続くと思っていた。

 

 けど時計の針は進んでいく。

 

 入った頃は十代で正義感に燃えていたクイントも、いつしか恋をして、結婚をして、娘を持った。昔のように身軽に動けなくなった。

 食事をする時はゲンヤの好物や娘たちの食べる量を考慮するし、買い物に行ったって自分の為だけの買い物をすることなんてほとんどない。

 夜に突然思い立ってファミレスでご飯を食べに行ったりしないし、後輩たちの頑張りを微笑ましく見守り応援している。

 

 人はそれを『大人になった』のだという。

 

 いつまでも子どものままではいられない。嬉しいことがあって、悲しいことがあって、叶えたいものがあって、挫折して、妥協して、後悔して。そうやって、時を経てきた。

 

 メガーヌは少し早かっただけだ。自分だっていつまでも前線で戦い続けるわけにはいかないだろう。

 

「私も、そういうこと、考えるべき時なのかな」

 

 帰ったらゲンヤさんにそれとなく聞いてみよう、と薄く笑っているメガーヌを見て、ぼんやりと考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ティーダ・ランスター。

 

 十九歳。管理局首都防衛隊所属の三等空尉。

 

 彼は士官学校時代に両親を亡くしまだ幼かった妹と二人っきりになった。

 

 

「おかぁ、さん……、おとう、さん……」

 

 

 彼の前に二つの選択肢があった。

 

 一つは親戚の筋を頼り今のまま士官学校で勉強すること。

 もう一つは士官学校を中退し、中途採用で管理局に入局して妹と二人で暮らすこと。

 

 前者ならばティアナは自分のような安定感のない若輩者ではなく、安心できる親元で生活することができる。自分は士官学校が全寮制という形式上一緒には住めないが、それもしばらくのことだ。

 

 それに、彼には『執務官になる』という夢があった。

 士官学校を中退するということはその夢から大きく遠ざかるということであり、故に彼自身のためには選ぶべきは前者だった。

 

 でも、彼が選んだのは後者だった。

 

 

「ねえ、おにい、ちゃん……、これから、わたしたちどうなるの……?」

 

「ティア……」

 

「はなればなれに、なっちゃうのかな?」

 

「……ティアは、どうしたい?」

 

 我ながらずるい質問だったと思う。けど、潤んだ瞳に見上げられた時、ティーダの心は決まった。

 

「おにいちゃんと、いっしょがいい」

 

 それから、ティーダは数日としないうちに士官学校を中退した。

 

 だって、両親の墓前で涙を流す妹の手を握ったティーダは感じたのだ、妹は自分が守らなければと。

 それは義務や使命感ではなく、自分の夢よりも優先したいと思えた、胸の内より出でた新しい『夢』だった。

 

 それからの日々は楽なことばかりではなかった。

 それでもやってこれたのは偏に妹ティアナの存在があったからだった。

 

 辛くてもティアナが作ってくれた料理を食べると次の日も頑張れた。凹んだ時もティアナの笑顔を見れば自分を鼓舞できた。

 一人ではきっと自分はどこかで折れていただろうという確信にも近い想いがあった。

 

「ごめんって、ティアナ」

 

「ふんだ、兄さんなんて知らない」

 

「俺だって一緒に出かけたかったけど、仕事が入っちゃったんだ」

 

「今日は一緒にご飯食べに行くって前から約束してたのに」

 

「だからごめんって」

 

 ぷいっと拗ねたようにそっぽを向くティアナの頭を軽く撫でると、恥ずかしそうに頬を染めて「……誤魔化さないでよ」と口を尖らせた。

 そんな何気ない仕草に愛おしさを感じながらも、しゃがんで妹と目線を合わせる。

 

「じゃあ今日の埋め合わせって訳じゃないけど、今度一緒に買い物に行かないか?」

 

「買い物? 兄さんと?」

 

 ぴこん、とティアナの耳が動いた。

 

「な、なんでまた」

 

「兄さん、新しい服が欲しくてさ、もしよかったらティアナも付き合ってくれると嬉しいんだけど……」

 

「そ、そこまで言うなら仕方ないから付き合ってあげる」

 

「助かるよ、ありがとう、ティア」

 

「もう、その呼び方やめてってば!」

 

「あはは、ごめんごめん」

 

 今度こそ約束だからね、と言って見送ってくれるティアナに軽く手を振り返して約束の場所へと足を向かわせた。

 

 きっとティーダはティアナの親にはなれない。けどそれでいいと思っていた。支えて、支えられて、そうやって二人三脚で歩んできた。

 それはいつかティアナがお嫁に行くまではそうなのだろう。非常に遺憾だが……兄として妹のウェディングドレスを見れないというのはそれはそれで不満だ。

 

 だから、いつかやってくるその日までは、兄妹二人で歩んでいくのだ。

 

 外に出てぐいっと軽く伸びをして、管理局から支給されているデバイスから本部へと通信を入れた。

 

 すっと、ティーダの表情がほかの色を失う。

 

「こちらスレイヤーズ3ランスター」

 

『ランスターか、プライベート中に悪いな』

 

「いえ、構いません。それで隊長、何か?」

 

『今から隊舎の方まで来れるか』

 

「急ですね。何か事件ですか?」

 

『詳しくはこちらに来てもらってからになるが、事件が動きそうだ』

 

「──っ、それってまさか三課から引き受けた」

 

『察しが早くて助かる。では急行してくれると考えていいな』

 

「了解しました」

 

 通信を切ってふう、とティーダが一息。

 

「行くか」

 

 自身の職場へと走り出そうとして、ふと足を止めて振り返る。なんの変哲も無いマンション。ティアナと自分の暮らす家。

 

 そこを何故かやけに離れがたいような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、なのはー」

 

 仕事を終えた帰り、いつもなら三課から家に直行するなのはだが、その日は珍しく寄り道してミッドのとあるレストランにいた。

 

 店に入ると先に席を取ってくれていたフェイトたちが手を振っている。

 

「ごめーん、待たせちゃった?」

 

「ううん、そんなに。なのはもお疲れ様」

 

「フェイトちゃんもはやてちゃんもおつかれー」

 

 なのはを待っていたのは親友であるフェイトとはやての二人。明日は休日ということもあり、今日は三人で外食してそのままはやての家に泊めてもらう予定である。

 

「なのはもこんな時間までお仕事だなんて大変だね」

 

「ちょっと緊急のお仕事が入っちゃってね。まあ良くあることだからもう慣れたかな」

 

「ほえー、やっぱ陸は忙しいんやなぁ」

 

「ほんとはもうちょっとかかりそうだったんだけど、セルジオくんが引き受けてくれたんだ」

 

「そらいい上司さんやなぁ、セルジオさん」

 

「うーん、でもちょっとセルジオくんは仕事しすぎだから自分のこと労って欲しいんだけどね」

 

 お仕事任せて来ちゃった私が言うことじゃないけど、となのはは少し困り顔。

 

「やっぱり誰かがブレーキ役やってあげなきゃセルジオくんは危なっかしいんだよね……」

 

 しみじみというなのはにはやてとフェイトが同時にぷっと吹き出した。

 

「な、なに」

 

「だってそのセリフ、ちょっと前まで私とはやてで話してたことそのまんまだったから」

 

「せやせや。なのはちゃんほーんと危なっかしくてこっちまでハラハラしとったんやで?」

 

「そ、それは面目次第も御座いません……」

 

 しゅんと頭を下げるなのはに、フェイトたちは尚も楽しげに笑う。こういうことが冗談で言えるようになるくらいになのはが変わり始めてるのは二人にとっては嬉しいことだった。

 

「この分じゃあなのはちゃんはずっと陸におりそうやなぁ」

 

「え?」

 

「だってなのはちゃんの口ぶりやとセルジオさんと離れることとか今のところ全然考えてなさそうやもん」

 

 はやてが肘をついて手に顔を乗せるとくすり、と笑った。

 

「いやー、セルジオさんも罪な男やなぁ。なー、フェイトちゃん」

 

「うん、ちょっと妬けるかも、ね」

 

「べ、別にそういうのじゃ無いから! あくまでもセルジオくんとはパートナーだから!」

 

「うんうん、わかっとるで」

 

「たぶんはやてちゃんは全然わかってないっ」

 

 ぷく、と頬を膨らませるなのはに、こめんごめんとはやてが謝る。

 

「んじゃあなのはちゃんとは近々いっしょに仕事することがあるかもしれへんなぁ」

 

「どういうこと?」

 

「だって私、来年から『陸』の所属になるもん」

 

「え、えええっ?!」

 

「ほ、本局の方はどうなるの、はやて! レティさんの許可とか」

 

「もうとってあるで。シグナムとかヴィータが一緒に、ってのは難しいけど、私とリィンは動けそうなんよ」

 

「それは、なんというか、どうしてまた」

 

「んー、まあ大した話やないんやけど、私、指揮官になりたいんよ」

 

「指揮官に?」

 

「というか、高官? そのためには陸でキャリア積んで部隊持てるだけの地位を持つのが手っ取り早いなーって思うて」

 

 はやてがきゅっと手を握るとそばにあったお冷の入ったグラスを手の中で弄ぶ。水の中で軽やかに氷が踊るの様子に視線を落としながら、はやては言葉を続ける。

 

「私は『闇の書』の主や。その事で私の家族(ヴォルケンリッター)を恨んでる人たちはぎょうさんおる」

 

「はやてに悪いところなんて……」

 

「ありがとうな、フェイトちゃん。でも、世間様はみんなそう思ってくれるわけやあらへん。管理局の中にも、私たちの事をよくない風に思っとる人もたくさんおる」

 

 そのせいでヴィータなんかはちょっと『陸』の人たち苦手になっとるしなぁ、とはやて。

 

「だから私にはある程度の立場が必要なんや。家族を守って、夜天の書(この子)の罪を償って、そして何より、私と同じような思いをするような人がいないように」

 

「はやてちゃん……」

 

「なーんて、たは、ちょっとしんみりしてもうたな! まあ、とにかく! 二人も私が管理局のトップまで登りつめていく覇道を応援してくれると嬉しいで!」

 

「はやてちゃんならきっとできるよ」

 

「おーきに」

 

 なのはがぐっと拳を握って断言するとはやてが照れたように感謝の言葉を述べる。フェイトは二人をぼんやり見ていたが、突如はっとして自分もなのはに続いてはやてを激励する。

 

「うん! 私もはやてならできると思う!」

 

「またまた、フェイトちゃんも私をおだてて」

 

「だってはやてはフクゲイが上手いもん! きっと他の人を蹴落として這い上がっていけるよ」

 

「あはは、おーきに……って、ん?」

 

「?」

 

「フェイトちゃんそれ褒めとる?」

 

「え、褒めてるよ?」

 

「フェイトちゃん……」

 

 すっと真顔に戻るはやてと「何が悪かったんだろう」と不思議そうに首をかしげるフェイト。そんな親友の姿になのはは名前を呼ぶことしかできない。

 

 生粋の日本人のなのはとはやてと違い、ミッドチルダの人間であるフェイトは、多少国語が苦手(控えめな表現)だった。

 

「ま、まあみんなそれぞれ頑張ろうな!」

 

「雑! はやてちゃん話題の切り上げ方が雑!」

 

「ねえねえ、はやては腹黒そうだからいけるよ、とかの方が良かったのかな?」

 

「フェイトちゃんって悪気がない分怒りにくいよね……」

 

「なのはちゃんようやくわかってくれたんやね……」

 

「え? え? 私なんかダメなこと言っちゃった?」

 

 結論、フェイトはいつも通りフェイトだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 毛布を被って部屋の隅で膝を抱える。

 

「クイント・ナカジマ。セルジオ・アウディの姉のような存在。大切な人。格闘技の師匠。ゼストさんの部下。髪の色は青。娘が二人。夫はゲンヤ。大丈夫忘れてない」

 

 虚空の一点を見つめながら手に握ったナイフで自身の手首を切りながら、ぶつぶつと何事かを呟く。

 

「メガーヌ・アルピーノ。セルジオ・アウディの姉のような人。大切な人。ゼストさんの部下。魔法と事務仕事を教えてくれた。娘はルーテシア。髪は紫。召喚魔法を使う。大丈夫忘れてない」

 

 刃に切り裂かれた肌が血を流す暇もなく泡立つように治り、そしてその上からさらに傷が刻まれる。

 

「クロノ・ハラオウン。親友。はじめての友達。負けたくないやつ。髪の色は黒。バインドが上手い。執務官。一つ年下。大丈夫忘れてない」

 

 暗闇の中、刹那の隙間で瞳が赤と翠が明滅する。

 

「ティーダ・ランスター。年上。後輩。友人。妹が一人。航空魔導隊。髪の色は焦げ茶。デバイスは狙撃銃。ええと……風呂を覗いたんだっけ」

 

 ぼうっとしばらく考え込むと、舌を軽く噛んで記憶を覚醒させる。

 つつ、と唇の端から一筋の赤色が滴る。

 

「ちがう、ヴァイスと、混ざってる。ティーダの髪は橙。デバイスはハンドガンだ。忘れるな、間違えるな、()()()()()()()()

 

 震える手で懐から薬を取り出すとそばに置いていたペットボトルの水と一緒に流し込んだ。

 

「まだ、大丈夫。おれは、おれだ……」

 

 不意にカーテンの隙間から朝日が差して部屋の中を仄かに照らす。

 

 以前ある少女はこの部屋を『がらんどう』と表したことがあったが、今の状況を見てその感想を抱くことはないだろう。

 

 最低限の金額しかかけなかったとわかる粗末なベッドは切り裂かれて棉がこぼれ出している。

 水と携帯食料や缶詰の入っていた小さな冷蔵庫は扉がもぎ取られもう動きを止めて長いことが見て取れた。

 申し訳程度の参考書などの本も引きちぎられ、破り捨てられ散らばり、もうどんなに手を施しても本来の用途では使えそうない。

 

 まるで竜巻が部屋を襲ったかのような見るも無残なそんな部屋。

 

 差した光が部屋の隅の人物の淡い金髪を照らして透かした。

 

「あさ、か……」

 

 のそり、とその人物が立ち上がると、夢遊病者のような頼りない足取りで洗面所へと向かうとばしゃばしゃと顔を洗う。

 そのついでに腕にこびりついて固化した血を洗い流していく。

 

 いつもの朝、ここ最近続けている日課だった。

 

「……酷い顔だな」

 

 鏡に映った自分の姿に青年が弱々しく笑った。

 

 目の下に刻まれた深い隈。肌はいつもに増して青白く、病人のように生気がない。

 彼が最後に心置き無く寝たのは一体いつなのだろうか。

 

 いくらかはっきりした頭でそこいらに転がしてある携帯食料を手に取った。包装紙には深い紫の文字で商品名が刻まれており、その隣には葡萄のイラストが載っている。

 

 特にそこに何かを思うことなく手早く包装を剥がして、一口かじって、そのまま食べ進める。

 

 味がしない。まるで泥を食べているようだった。

 

「……ちゃんと、上手く笑えてるかな、俺」

 

 毎日毎日鏡を見て笑顔を練習する。記憶の『あの人』と同じ笑顔ができてるか、理想と離れていないかどうか。

 

 不意に携帯端末が甲高い音を立てた。ポケットから取り出して表示された名前を見る、

 

「…………クロノ」

 

 さっき確認した名前。忘れていない。

 

 ぱしん、と一度顔を叩いて、心の在り方を切り替える。

 

「俺は、セルジオ・アウディだ」

 

 大丈夫。ちゃんと()()()()

 

「おう、どうしたクロノ、こんな朝早く」

 

『セルジオ、起きててくれて助かったよ』

 

「ん? なんだよ、そんな暗いトーンで。あ、まさかリミエッタに……」

 

『セルジオ、聞いてくれ』

 

「……どうした、何があった」

 

 しばらくクロノが黙り込む。

 

「クロノ、話せ。俺に隠し事をするな、俺たちは友人だろうが」

 

『…………これは、僕もさっき聞いたことで、正直、俄かに信じがたいことなんだ。でも、それでも、これは、夢なんかじゃない』

 

 どくん、と胸が大きく脈打った。

 

 

 

 

 

『ティーダが、死んだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい。

あ、隠してた章タイトル見れるようになってます。

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