Force Detonater   作:世嗣

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想いのバトン

 

 夜闇の中、デバイスを片手にしたティーダが部隊長からの指定されたポイントに向かう。

 彼の任務はこのポイントで行われるはずの『ドクター』と質量兵器のブローカーの取引を抑える事。

 

 しかし、今回彼らが掴んだ取引の予測ポイントはクラナガン各地にあり、ティーダが配置されたのはその中でも使われる確率が低いところだった。

 

(まあだからといって気を抜ける訳じゃないんだけどさ)

 

 くるりと手の中でハンドガンを軽く回してオプティックハイドを発動、背景と同化するテスクチャを貼り付ける。

 

 そして足音を殺しながら指定ポイントである裏路地に足を進めて、一人の影を見た。

 

「────っ」

 

 思わず息を呑んだ。それはそこに本当に人がいたからや、自分が手柄を立てられると思ったからではない。

 

 闇の中に光なくとも輝く銀髪、ガラス細工のような作り物めいた無機質な光を宿す青い瞳。

 

 ただ、そこにいる少女は、ひたすらに言葉を失うほどに美しかった。

 

()()()()()()

 

 鈴が鳴るような声。ガラス細工の瞳は見えていないはずのティーダをしっかりと見据えている。

 

(……噂に聞いてた戦闘機人)

 

 ティーダが幻影魔法を解除し、銃口を銀色の少女へと向ける。

 

「管理局首都防衛隊のティーダ・ランスター三尉だ。抵抗をやめて投降しろ。悪いようにはしない」

 

「それは信じる道理はない。そも、私はお前を殺すためにここにいる」

 

「なに……?」

 

 ティーダが眉を寄せた瞬間、長い髪をはためかせながら少女が跳んだ。

 そして月光に煌めく一刃をティーダに向けて放ち、一言言葉を紡いだ。

 

IS(インヒューレントスキル)《ランブルデトネイター》」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ティーダの前夜式*1はクラナガンの聖王教会の一つで粛々と行われた。

 もともとランスター兄妹に親族は少なかったらしく今回の前夜式から葬儀までの手配は、生前の彼の友人が引き受けた。

 

 前夜式には彼の友人数名と同僚が来るだけの楚々としたものであり、説教、献花までが恙無く終わり、軽い茶話会が聖王教会の一室で開かれることになった。

 

 セルジオが一番最後に部屋にやって来ると既に食事や飲み物を用意し終えて、席についていたヴァイス達が手招きしていた。

 全員黒一色の喪服である。制服と最低限の私服しか持たないセルジオも今日のために急いでスーツを仕立てた。

 

 セルジオが呼ばれるままに二人の元へ向かうと、ネクタイを軽く緩めて上着を脱いだヴァイスと、きっちりとした黒服のクロノが迎えてくれる。

 

 ふっとセルジオが疲れたように笑んだ。

 

「……クロノ、お前死ぬほど喪服似合わねえな」

 

「ヴァイス程じゃない」

 

「ってなんで俺に振るんすかね。てか、セルジオ先輩の前じゃみんな霞みますって」

 

「む?」

 

「普段のバリアジャケットが白いから見慣れないが……セルジオは喪服が似合い過ぎて怖いくらいだ」

 

 クロノとヴァイスの髪色は黒と茶でミッドチルダの中では比較的おとなしい部類になる。普通は黒いスーツはこちら二人に似合うのだろう。

 けれどセルジオは淡い金髪に翠の瞳という比較的明るい容姿をしているにも関わらず、他の二人よりも圧倒的に喪服が似合っていた。

 

 二人とも無意識下でなんとなくセルジオに『死』に近い雰囲気を感じ取っていた。

 

「なんか嫁に先立たれた独り身の男の匂いがしますよ、先輩は」

 

「冗談やめろよ、覗き魔」

 

「困ったらそれっ引っ張り出して黙らせようとするのやめません」

 

「……すまん」

 

「ちょっと、謝らないでくださいよ。いつもみたいに、きてくれなきゃ困ります」

 

 表面上はいつもの会話。けれどこの三人で集まっているからこそわかることがある。

 彼らはずいぶん長い間四人でつるんできた。だから、自然と会話するときにはあと一人の合いの手を待ってしまう。

 彼の飄々としながらも的確に芯をついてくるような指摘があるものと、つい思ってしまう。

 

 三人の視線がぽっかりと空いた一席に集まる。そこはいつもなら爽やかな好青年が座っているところで。

 

「ティーダさんの……ってまだ見つかってないんでしたっけ」

 

「……らしいな」

 

 何が、とは誰も尋ねない。そんなの聞かなくたってわかっていた。そして、その単語を出して彼のそれを認めるような真似がまだ出来ないことも。

 

「なんで行方不明じゃないんですかね。見つかってないならまだ生きてる可能性だってあるじゃないっすか」

 

「……いやたぶん、その可能性は低いだろう」

 

「どうしてっすか」

 

「見つかってんだよ、あいつのデバイスが。破壊状態で」

 

「でも……!」

 

 セルジオが空中に投影した一枚の写真をヴァイスの端末へと送る。

 

「──っ、これ、は……」

 

「最後にあいつが向かったと思わしき場所のだ。ツテで手に入れた」

 

 薄暗い廃工場の一角は、まるで質量兵器である爆弾を無数に爆発させかのようにコンクリートがめくれ上がっており、付近には赤いものがべっとりと付着している。

 

「爆発で粉微塵に吹き飛んだ。逃げのびていたとしてもこんだけの出血だ。たぶん助かってない。それが上の下した結論だ。そして…………俺もそう思う」

 

「アンタティーダさんのことが……!」

 

「じゃあいつまでもありもしない幻想に浸ってろっていうのか? 現実を否定して目を逸らしてその先に何があるんだ」

 

「そんな言い方っ!」

 

 ヴァイスが勢いよく立ち上がるとセルジオの胸ぐらを掴もうと手を伸ばした。瞳は怒りに燃え、温度を感じさせないトーンで話すセルジオを睨め付ける。

 そして、セルジオのスーツの襟元に手が届く寸前、ぱきん、と小さな音を立てて現れた青白いリングに絡め取られた。

 

「ヴァイス、セルジオ、いい加減にしろよ。そういう言い争いをする為に集まったわけじゃないだろう」

 

「…………悪い」

 

「こっちこそ、すみません」

 

 静かに宥めたのはクロノ。二人も深呼吸の後どちらからともなく頭を下げた。

 

「俺、今回のこと人ごとに思えないんですよ」

 

 ぽつり、とヴァイスが呟いた。

 

「ティーダさん妹いたじゃないですか、話に聞いてるだけでもめちゃくちゃ仲良い兄妹だっての伝わってきて…………それなのに、それなのに兄が妹遺して逝くって、あんまりじゃないですか」

 

「ヴァイス」

 

「わかってるんです、どうしようもなかったって! 俺じゃあ何にも出来なかったって!」

 

 でも、とヴァイスが拳を膝に打ち付けて顔を歪めた。

 

「だからって、認められるわけ、ない……!」

 

 二人は傍目から見ても妹を愛していることがわかった。きっとクロノもセルジオも知らない彼らだけが交わした話があったのだろう。酒を飲み交わして、妹のこんな未来が楽しみだと語った思い出があったはずだ。

 

「畜生、畜生……!」

 

 ヴァイスの握った拳に透明な雫が落ちて弾ける。

 クロノもセルジオも何も言わない。言えない。

 

「クロノは、ティーダの妹がどうなるか知ってるか?」

 

「さあな、僕も部外者だ。そこを根掘り葉掘りは聞けないさ」

 

「……たぶん、普通に考えて親戚に引き取られるんだろうな。まだ働ける歳じゃない。たぶん、ティーダだってそれを望んでいる」

 

「そう、だな」

 

 ティアナはティーダの死を伝えられてから二人が知る前では一度も泣かなかった。常に気丈に、そして凜として兄を見送っていた。

 

「ほんとうに、しっかりした子だ」

 

 そう話していた時、ふと彼らの視界に一人の人物が茶話会にやってきたのが映った。

 

「セルジオ先輩あれ……」

 

「首都防衛隊の、部隊長だな」

 

 つまるところティーダの上司、いや元上司という表現が正しいか。

 セルジオの視線に気づいたのか三課の部隊長も、不意にセルジオに目を向けて、すっと細めた。

 

「そうか、ランスターは貴様の友人だったな、アウディ」

 

「お久しぶりです、三佐」

 

 憎々しげに吐き捨てた三佐にセルジオは敬礼で応える。

 

「相変わらず活躍してるみたいじゃないか、え? 最近は前線じゃなくて指揮官での動きが多いみたいだが」

 

「お陰様で」

 

 その物言いにヴァイスが一言物申さんと立ち上がりかけるのをセルジオが手で制した。

 

「三佐、お褒め頂けるのは光栄です。しかし今日はランスター一尉のための集まりです。私の話はいいでしょう」

 

「ふん、一尉ではない、奴は三尉だ。階級も知らないほど浅い付き合いだったのか、アウディ」

 

「二階級特進です。彼は今、一尉扱いのはずです」

 

「馬鹿を言うな、何故()()()()()()()を特進させる必要がある。私は奴に死ねと命じた覚えはない」

 

「──ッ、訂正、してください。ティーダ・ランスターは、優秀な男でした」

 

「断る。死にたがりの英雄気取りの無能にかける言葉に間違いはなかろうよ」

 

 その言葉にヴァイスが目を怒らせて三佐を睨み勢いよく立ち上がる。

 

「聞いてりゃオッサン好き勝手言うじゃねえか!」

 

「ヴァイスやめろ! こんなことティーダは望んでいない!」

 

「離してくださいクロノ先輩! こいつ、ティーダさんのことを……!」

 

 クロノがヴァイスを抑えてその場に押しとどめようとする。だが、クロノは分かっていなかった、今誰を一番押さえておくべきかを。

 

「セルジオお前もヴァイスを──」

 

 悲鳴が上がった。

 

「訂正、しろ……!」

 

「きさ、まァ、アウディッ……!」

 

 クロノが目を向けると、そこには三佐の胸倉を掴んで壁際に叩きつけているセルジオの姿があった。

 

「人の為に戦ったティーダが、無能、愚か者、だと……? 訂正しろッ! 今すぐッ!」

 

「断る! 貴様のような、貴様やグランガイツのような『死にたがり』に感化された愚か者を愚か者と言って何が悪い!」

 

「俺の悪口はいい! 何と言っても構うものかッ! でも、でも、殉職した、もう何も言えないティーダを貶める真似だけは看過できるはずがない!」

 

「そうだ、貴様は、貴様らはいつもそうだ! 『死』を美しいものだと履き違えている!」

 

 零距離から三佐とセルジオが睨み合う。セルジオの瞳が、赤く光り始める。

 

「人は生きるべきなのだ! 任務の途中で死ぬことに何の意味がある! 生きて次に繋げることが『組織』としての正しいあり方だろうが!」

 

「人を救う事が間違いなはずがない! そうやって誰かの犠牲の上に救われた命まで否定するのか!」

 

「粋がるなよ若造がッ! 奴が死んで救われた命がいくつあると思う?! 奴が、ランスターが生きていればこれから何十倍もの人間を救えたというのに! それを考えれば道半ばで死んだ奴を『無能』と言うのに何の問題があろうかッ!」

 

「ティーダ・ランスターは優秀な男だった! 人の為に戦える立派な局員だったんだ! 俺なんかより、何倍も生きる価値のある人間だったんだ!」

 

「また、また貴様はそれだ……!」

 

「落ち着け、セルジオ! 三佐も落ち着いてください!」

 

 そこで駆けつけたクロノによってセルジオが引き剥がされる。

 三佐は解放された喉元を抑えて咳き込みながらもいまだに食ってかかろうとしているセルジオを睨んだ。

 

「セルジオ・アウディ! 貴様は以前俺に『人を救うのを諦めない』とほざいたな!」

 

 赤い目のセルジオが荒い息で三佐を睨み返す中、三佐はまた忌々しげに言い放った。

 

「そんな英雄気取りの死にたがりは一番大事な時に何も選べない! そして大切なものを選べず結局全て失うのだ!」

 

 あたりがしん、と静まり返り二人の荒い息だけが空間を支配する中、三佐が軽く制服を払ってその場を立ち去っていく。

 

「それが嫌だというなら、せいぜい足掻いてみせろ、セルジオ・アウディ」

 

 その背中がすっかり見えなくなってしまってから、クロノはようやくセルジオの拘束を解いた。

 

「セルジオ」

 

「悪い、少し頭冷やしてくる」

 

 ネクタイを緩めるとセルジオがその場を立ち去っていくのを見送りながら、クロノがポツリと呟いた。

 

「あいつ、あんな風に怒鳴るような奴だったか?」

 

 クロノの脳裏に真っ赤に染まった瞳がこびりついて離れようとしなかった。

 

 

 セルジオが一人、聖王教会の中を歩きながら、深い深呼吸を一つ。そしてマルチタスクの管理から漏れ出してきた破壊衝動を丁寧に、丁寧に、蓋をして閉じ込めていく。

 

 思考の落ち着きに従って、目が翠から赤へと点滅するように変わり、そして何時もの色に戻ってきた。

 

「………ティーダ」

 

 セルジオがやって来たのは礼拝堂、ティーダの棺桶のある場所だった。もっとも、彼の遺体はそこにはない。けれど、今彼を一番近くに感じられるのはそこ以外になかった。

 

 足を一歩踏み込んで、空っぽの棺桶の前で静かに、声もなく肩を震わせる少女の姿を見た。

 兄譲りの髪の色の小さな、小さな少女。

 たった一人の家族を失った子どもが行く場所なんて、セルジオが知らないはずがなかった。

 覚えがある。自分だって呆然とそこに何時間もいたのだから。

 

 その小さな背中にいつかの自分を幻視して胸が軋む。

 

「にい、さん……」

 

 どもりながらティーダを呼ぶ声。そんな彼女の名前を呼ぼうとして、思考が纏まらず名前が思い出せない。

 記憶の中の本棚が散らかって抜き出したい情報が上手く抜き出せず、赤い衝動だけが暴れ始める。

 

「────ッ」

 

 それでも、セルジオはなんとか踏み止まって目の前の小さな少女の事を()()()()()

 

「ティアナちゃん」

 

 セルジオが名前を呼ぶと、はっとティアナが顔を上げてぐしぐしと目元を擦った。

 

「兄さんのお友達の……」

 

「セルジオだ」

 

「……あなたが、あの『セルジオ』さんなんですね」

 

「何かティーダから聞いていたのか?」

 

「ちょっとだけですけど」

 

 隣いいかな、いいですよ、と短く言葉を交わして、拳二つ分空けてセルジオとティアナが並んだ。

 

「……いつも兄さんは、セルジオさんたちの話をしてました。自分には勿体無い友人達なんだって」

 

「あいつらしいな、無駄に自分を卑下したがる」

 

「兄さんは、自分の事を、凡庸な人間だと思ってましたから」

 

 力なくティアナが笑って、すぐにまた俯いてしまう。

 

「ずっと兄さんが側にいてくれると思ってました」

 

 ぽつり、と呟くティアナ。

 

「仕事から帰ってきた兄さんに『お帰り』って言って、晩御飯を『美味しいよ、ティア』って言って食べてもらえて、そして、休日には兄さんが魔法の使い方を教えてくれるんです。

 そんな、そんな『当たり前』がずっと、ずっと…………」

 

「…………わかるよ」

 

「気やすめ、言わないでください」

 

「違うよ。俺も、亡くしたことあるから。たった一人の、家族」

 

 ティアナがはっと顔を上げるとそこには困ったように頭をかくセルジオの姿がある。

 

「昔、尊敬する人に言われたことがあるんだ」

 

「そんけいするひと、ですか」

 

「『人は運が悪くて死ぬんだ』って。たぶん、それはある意味真理なんだ。間違えてない。きっと、運悪く死ぬ人はいっぱいいる」

 

「────っ」

 

 でもさ、とセルジオが緩い笑みを浮かべて、ティアナの頭を撫でた。

 

「そういうのじゃ片付けちゃダメなんだ。そんな理由で人が死ぬなんて、俺は認められない」

 

「セルジオさん……」

 

「だから俺は今管理局で戦ってる。『運が悪くて』人が死ぬなんて、絶対に認められないから」

 

 ティアナが頭を撫でられながら、潤んだ瞳で翠の瞳の青年を見上げた。

 

「セルジオさん、ひとつ、教えてください」

 

「ん?」

 

「兄さんは、『無能』な人でしたか」

 

 それはさっき三佐との言い争いの中で出た言葉だった。それは憧れの兄を失った少女にはどのように聞こえたのだろうか。

 

 セルジオが静かに、けれどはっきりとした口調でティアナに言い切った。

 

「あり得ない。誰が何と言おうと、ティーダ・ランスターは『優秀』な男だった。あいつなら、エースにだってなれていた」

 

「あり、がとう、ございます……」

 

 ティアナから静かな嗚咽が漏れ始め、セルジオは目の前の少女を躊躇いがちに抱き寄せた。

 

 ティーダを救えなかった自分にその資格があるかは分からなかったが、少なくとも今は、そうするのが正しいような気がしていた。

 

 

 

 

 

 

 しばらくしてセルジオはティアナと別れ、なんとなく聖王教会の外に出た。

 

 夜の冷たい風を受け、薄ぼんやりと浮かぶ二つの月に照らされながら、母親の形見の懐中時計を手の中で弄ぶ。

 カバー部分がひび割れて、フレームは熱で曲がってはいるがそれでもまだ時計としての機能は果たしている。

 

「死にたがり、か……」

 

 心に深く刻まれた言葉。ほかの事は反論できても、それだけはセルジオは否定できなかった。

 母親を失った日から自分は死に場所を探している。

 多くの人を救い、母の代わりを成し得た時、それが代わりに生き残った自分が死ぬ時だと思う。

 

 もとより紛い物。セルジオ・アウディの人生はセピア・アウディの代わり以外の何物でもない。

 

「……俺が、お前を殺したのか、ティーダ」

 

 自分の行動が、人を救うという想いが、行動がティーダに影響を与えていなかったと言い切れるだろうか。

 それで感化されたティーダが、死地に赴くようなことをしたのだろうか。

 

 考えても仕方がない。けれど、考えずにはいられない。

 

「…………こんな時になんだよ」

 

 不意にデバイスに連絡が入った。手首のゼファーではなく胸ポケットの中の『S2U・カスタム』。ティーダが作ってくれたものだった。

 そのまま彼のことを思い出しそうになるのをなんとか押し込めて、通信を繋いだ。

 

「こちらアウディ、何か用──」

 

『セルジオか? 俺だ、()()()()()

 

 

 

 

 

「………………は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三課の部隊長の執務室でゼストは窓の外を見つめる。

 

 今頃セルジオは友人の前夜式を終えて茶話会をやっている頃だろう。

 

「……友人が、か」

 

 ゼストも入局してもうすぐ四十年だ。そうともなれば殉職した友人の数は片手では数え切れないほどいる。

 セピアもその一人であるし、共に同じ釜の飯を食った男を失ったことも、大切な部下を失ったことも、可愛がってくれた先輩を失ったこともある。

 そういう別れを何度も管理局の武装隊という職業である以上、セルジオもこういった事がこの先あるはずだ。

 

 ゼストが飲んでいた珈琲を机の上に置くと、名も知らぬセルジオの友人のために目を閉じて黙祷をする。

 

 暫し執務室を静寂が支配して、突如、開け放たれた扉によってその沈黙は破られた。

 弾かれるようにデバイスに手を添えたゼストが振り返ると、そこには汗を垂らしながら荒い息でこちらを見ている義息の姿が。

 

「セ、セルジオ……おい、お前今日は友人の……」

 

「生きてたんです! ティーダが! それで俺に連絡を! しかもその時にとんでもないものまで俺にくれて!」

 

「待てセルジオ、落ち着け、一度会話の内容を整理しろ」

 

「あ、その、すみません」

 

 セルジオは深呼吸を一つして表情を引き締める。

 

「さっき俺のデバイスに死んだはずの『ティーダ・ランスター』から連絡がありました」

 

「なに……」

 

 

 ティーダ・ランスターはセルジオに言った。

 

 自分は確かに接敵し敗北し、通信手段であるデバイスを失った。

 けれどその直後隠蔽魔法を発動、自身を撃破した戦闘機人を追跡する事で、本拠地となる研究所を見つけたのだ、と。

 デバイスを失っているため本部に連絡はできない。けれど研究所から一つの端末を盗み、なんとか管理者権限でアクセスできるS2U・カスタムには連絡が入れられたらしい。

 

 そして、ティーダはセルジオに研究所の位置のデータを送ったのち、今回の事件の予想を語ってくれた。

 

「ティーダの予想では今回の件は、管理局の『裏切り者』が関与している、という話です」

 

「裏切り者、だと……?」

 

 はい、とセルジオが頷いた。

 

「ティーダが指定のポイントに向かうと銀髪の戦闘機人は『やはり来たか』と、言ったのだそうです」

 

「つまりランスターがそこに来るのを知っていた、ということか」

 

「基本的に管理局の回線は秘匿回線です。基本的にパスワードは常に変更され続けており、それを破るのは不可能と言っていいでしょう」

 

「つまりランスターが来るのを知り得たの管理局内部の人間だけ。それで、裏切り者、か」

 

「前から違和感はありました。管理局が運行しているリニアのジャック。何故か漏れた三課のデータ。そして今回のティーダの一件、それもすべて()()()()()()内通者がいるのだとしたら……」

 

「…………すべて繋がる、か」

 

 ゼストがむう、と深く唸る。

 

「他にランスターは何を言っていた?」

 

「いえ、そこまで話したところで突然通信が切れて、それ以降は連絡が取れなくなりました」

 

 ですが、とセルジオが言葉をつなげる。

 

「切れる直前、ティーダ以外の声が聞こえました。一応、ゼファーで解析にかけましたが間違いありません」

 

 セルジオの表情が険しく変わり、暫く黙り込んだ後、重々しく口を開いた。

 

「あの声は、『戦闘機人』トーレのものでした」

 

 それを聞いてゼストは目を見開くと、額を抑える。

 

「ゼストさん」

 

 セルジオが今何を言わんとしているか、ゼストにはよくわかっていた。

 曲がりなりにも彼はセルジオの父親で、こういう時何をしようとするかよくわかっていた。

 

「セルジオ、わかっているのか、お前がやろうとしていることは独断専行と命令無視、それにもっと言えば法律すら犯す可能性がある」

 

「わかってます」

 

「いくら戦闘機人の声がしたとてそれが聞き間違いの可能性もある。お前の友人だってまだ生きているかはわからん」

 

「わかってます」

 

「…………本当にやるのか?」

 

「はい、俺は────」

 

 ゼストが顔を上げる。そこには翠の瞳の中に決意を宿らせ、ゼストを見据える青年の姿があった。

 

「ティーダを救って、ドクターを逮捕し、『戦闘機人』の一件に終止符を打ちます。俺一人でも、やります」

 

 永遠に思えるほどの刹那、二人は言葉なく見つめ合い、果たして視線を外したのはゼストの方が先であった。

 ゼストがふっと気障に笑うと「わかった」と漏らした。

 

「三課全員に声を掛け希望者を募る。そしてメンバーが集まり次第、ランスターから提供された研究所に突入する。責任は、全て俺が取る」

 

「ゼストさん、それは……」

 

「もともと転属されかかってたんだ。お前が教導隊から帰ってくるまでは部隊長でいれそうにないが…………まあ仕方ないだろう」

 

 ゼストは椅子から立ち上がるとセルジオの胸に軽く拳を打ち付けて、優しい笑みを浮かべた。

 

「好きにやれ、今回はお前が三課のリーダーだ」

 

 それはゼストからセルジオへのバトンタッチ。後は任せたぞ、という、言葉でなく想いで伝える行為。

 

 セルジオ・アウディを一人前だと認めた証拠だった。

 

 そしてセルジオは万感の想いで細く息を吐いて、力強く両目を見開いた。

 

「はい。今度は必ず、助けます」

 

 

 そうして、止まっていた歯車はまた廻り始めた。

 

 

 

*1
いわゆる通夜。




 

おお、喝采を。

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