Force Detonater   作:世嗣

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星は見えない

 

 

 

 

 

 翌日、セルジオは三課のオフィスに一人でいた。

 

 時刻は定時を終えて、数時間。いつもはミッドを遍く照らす二つの月が輝いている時間だが、厚い雲によって街は暗い闇に閉ざされていた。

 

 今回の一件、どこに内通者がいるかわからない以上セルジオが三課の面々に伝えたのは短い言葉。

 

 戦闘機人事件が終わってないこと。

 もう一度関わるチャンスが現れたこと。

 しかしそれは任務などではないこと。

 そして以前と同じように死ぬ可能性もあること。

 

 その場で三課の面々は直ぐに快諾してくれた。

 

 暗いの中でオフィスセルジオがゆっくりと目を開いた。

 

「……ふう」

 

 懐の懐中時計で時間を確認する。示された時間は取り決めがあったよりも、一時間早い時間。

 オフィスには自分以外に気配はなく、その事にセルジオは密かに安堵の息を漏らした。

 

 今回の件、自分一人が行くべきだ。

 

 ゼストはああ言ってくれたが、それでも下手したら死ぬかもしれない任務だ。帰る人たちがいる仲間までは巻き込めない。

 

「セットアップ、ゼファー」

 

 一瞬だけ目が紅く光ってセルジオの姿が陸の制服から、いつもの白いバリアジャケットへと変わった。

 

「薬はのこりはこれだけか……」

 

 手の中には教授から渡されていた数ヶ月分の鎮静剤。これを飲み、マルチタスクを活用することでセルジオは破壊衝動の抑制を行なっている。

 そしてセルジオはいくつかの錠剤を解析にかけて、効果がちゃんと増加し、尚且つ人体にギリギリ有害になるレベルを見極めて、十数個の薬を水とともに流し込んだ。

 

 嘔吐感や虫が体を這いずり回るような嫌悪感を鎮静剤のお陰でいくらか負担が減ったマルチタスクに処理させ、最後に深い深呼吸と共に頬を叩く。

 

「よし、行くか」

 

 そしてセルジオが三課の扉に手をかける。

 

「どこ行くのよ、私たちを置いて」

 

 背中に、声がかかった。

 弾かれるように振り返れば、先ほどまではいなかったはずのそこに、たしかに見知った『彼女』がいた。

 

「クイントさんどうして」

 

「それは私たちのセリフ。ね、メガーヌ?」

 

「まったくよ、変な気回しちゃって」

 

「メ、メガーヌさん?」

 

「ま、私にとってはこの一件が最後の前線での仕事かしら?」

 

 突然横合いからメガーヌが現れたかと思うと、とん、と軽くセルジオの肩を叩いた。

 

「どうして、集合時間はまだ一時間以上……」

 

「あはは、まあ答え合わせは後でね?」

 

 ドン、とクイントが少し強めにセルジオの肩を叩くと、メガーヌが軽く指を鳴らした。すると薄暗かったオフィスに明りが灯り、扉が開いた。

 

「よーう、セルジオ、ワシ達を置いていくなんて水臭いぞ」

 

「まったく。いいとこ取りしようたってそうはいかないよ」

 

 酒を飲ませようといつも戯れてきた先輩二人がオフィスに入ってくると、ドン、ドン、と二発続けて強めのパンチを肩に飛ばしてくる。

 

「なんというか、君は根本的なところで一人でやりたがりだもんねぇ」

 

「というか、一人で何ができるつもりだったんだい? オペレーターくらい呼んでくれたまえよ」

 

 以前デートの時楽しそうにアドバイスをくれた女性オペレーターと、メガーヌの夫が入ってきて、それぞれ軽く肩を叩いた。

 

「お、やーっぱ言われた通りだったな」

 

「付き合いの長さじゃ負けてないけど……理解度だったら俺らボロ負けだな!」

 

「いいとこ取りはナシだぜー?」

 

「ふっ、近々お前いなくなんだろ? ならここで手柄立てといて、分隊長の座を貰っとかなきゃな……」

 

「いやいや、今回の件任務じゃないから昇進ないと思うわよ」

 

「ん、じゃあ昇進のためにはここに来なきゃ良かった?」

 

「といいつつ、どっちにしろお前は空気を読んでここにきただろ?」

 

「ガハハ、違いねえわ」

 

 その後、三課のメンバー全員がオフィスに入ってきながら、思い思いの力でセルジオの肩を叩いていく。

 

「みんな、どうして……」

 

 セルジオが呆然としたように呟くと、不意に肩が大きな手で叩かれるのを感じた。

 

「まさか俺も置いていこうとするとはな」

 

「ゼスト、さん……」

 

「お前の相棒がいなければ、置いていかれるところだった」

 

 ふっとゼストがニヒルに笑ってオフィスの中に入ると、自然、そこで待っていた最後の一人がセルジオの目の前に現れた。

 

「…………お前が原因か、なのは」

 

 水晶の瞳、以前より伸びた亜麻色の髪は大人っぽいサイドポニー。

 きっと彼がこの中で一番信頼している人物。

 

 高町なのは。

 

「どうしてわかった」

 

「うーん、確信があったわけじゃないし、こう根拠を示せって言われても難しいけど、強いて言うなら……」

 

 なのはの表情が柔らかく綻ぶ。

 

「セルジオくんがそう言う顔してたから」

 

 その言葉を受けてセルジオが顔を覆って膝を抱えるてしゃがみこんだ。

 そして困ったように頭をかいてなのはを見上げて困ったように一言。

 

「ほんと、お前には勝てねえよ」

 

「ふふ、光栄です」

 

 セルジオが表情を引き締めて立ち上がると、背後にいる三課の面々の方へと振り返る。その隣に慌てたように部屋に入ってきたなのはが並んだ。

 

「みなさん、来てくれてくれてありがとうございます。正直、ちょっとこの状況は予想外です」

 

 そりゃあな、と三課の面々が頷く。

 

「今回の件は半ば俺の我儘みたいなものです。以前手が届かなかった事件に手が届きそうになってる。救えないと思ったものが救えるチャンスが目の前にある。俺はそれを諦めたくない」

 

 クイントを見た。軽い目配せで答えられた。

 

「安全じゃありません。何も得られないかもしれません。それでも、俺はこれを『やるべき事』だと思います」

 

 メガーヌを見た。小さく頷き返された。

 

「今回俺は誰も死なせるつもりはありません。全員で帰ってこれなければなんの意味もありません」

 

 ゼストを見た。深く頷かれた。

 

「守りましょう、笑顔を。

 救いましょう、大切なものを。

 止めましょう、悲しみを。

 俺たちはその為に戦ってきたんだから」

 

 なのはを見た。いつもの見惚れるような笑顔がそこにあった。

 

 

「────戦いましょう、俺たちの手で、未来(あした)を掴む為に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日は、星が見えなかった。

 

 

 

 

「白光一刃ッ!」

 

 斬、と振り下ろした槍が目の前のガジェットを真っ二つに斬り捨てた。

 

「ブリッツアクション!」

 

 白光に包まれたセルジオの体がブレると、自分に刃を振るおうとしていたガジェット達の背後に回り込み、横薙ぎの一撃を叩き込む。

 

 一拍おいて槍を受けたガジェットたちが煙を上げて爆発し、黒煙を立ち上らせた。

 

 次の獲物を探してセルジオが周囲に目を向けると、既に戦闘は終了しており、三課の面々がデバイス片手に一息ついているところだった。

 

「セルジオ君突出しすぎ! 少し落ち着きなさい!」

 

「え、あ、すみません……」

 

 メガーヌから叱咤が飛んでハッと正気に戻る。

 荒い息でセルジオは小刻みに震える自分の手を見つめて、何かを確かめるようにぎゅっと握りしめた。

 

 戦闘は久しぶりだ。最近はECの影響を恐れて後方支援や指揮が増えていたせいか、少し荒っぽくなってるのかもしれない。

 

「セルジオ、次のルートはどっちだ」

 

「次は……左ですね。構造的にそちらに下に繋がる階段があるはずです」

 

「わかった。オペレーターにマッピングを頼もう」

 

 今回の突入にはオペレーターも同行している。通常ならば三課の本部で通信による援護をしてくれるのだが、AMFの影響が予想されるため現場でサポートする事を提案してくれた。

 そのお陰で、セルジオの広範囲解析による索敵とオペレーターたちのマッピングによって三課は素早く研究所を突破していた。

 

 ガジェットとの交戦は今までに三度。どれもAMF発生装置の付いたものであったものの、そうとわかっていれば三課の魔導師たちが負ける道理はない。

 

 セルジオが足元の壊れたガジェットに目を落とす。

 

(出てくるのはガジェットばかり、か)

 

 先程から彼らを襲うのはガジェットドローンばかりで、その他『ドクター』はおろか『戦闘機人』の影さえ見えない。

 

(誘い込まれてる、いや、ただ俺たちに対応できてないだけか)

 

 今回の突入は三課の中で極秘裏に進められた。具体的な話は全て念話で進めたし、盗聴器などの危険も考えてジャマーも流していた。変装などの危険性も考えて一人一人に魔力調査による識別認証もやった。

 バレる要素の一つもない完全な奇襲だ。

 

「……セルジオくん?」

 

「──え、ああ、悪い、解析だな、すぐにする」

 

 不意になのはに名前を呼ばれて目の前に分かれ道が現れているのに気づく。つい思索にふけって索敵を怠ってしまった。

 嗚呼ほんとうに最近の自分は気が抜けている。

 

(あれ、この反応はもしかして……)

 

 そう、ぼんやりと思いながら足を進め壁に手をついた瞬間、なのはとセルジオの間に、()()()()()()()()()()()()()()

 

「な、んだ、これ……?」

 

「ーーーー?! ーー!」

 

「声が聞こえない。遮蔽されてるのか」

 

 なのはが半透明の壁を叩くが、魔力か、はたまたセルジオたちの未知の技術により出現した壁はビクともしない。

 せいぜい聞こえるのはくぐもった音くらいで会話ができるほどではない。

 

「ならっ!」

 

 セルジオが槍に魔力を纏わせて全力で振るい────壁に当たった瞬間、魔力の構築ごと粉々に砕かれた。

 

「おい、これまさか、フォーミュラシステムの応用か……?」

 

 フォーミュラといえば管理局では半ばロストロギア扱いにされて封印された代物だ。もちろんなのはのレイジングハートからも取り外された。

 

 そんなものが、何故こんなところに。

 

『セルジオくん! 聞こえる!?』

 

「なのは、そうか念話で……」

 

『今からこの壁にディバインバスターをぶつけるから少し離れて!』

 

「いやたぶんお前の砲撃でも無理だ。側にゼストさんはいるか、少し話がしたい」

 

『……どうするつもりだ』

 

「たぶんこの壁は破れません。俺は一人でこの先に行きます。ゼストさんたちはそのまま通路を進んでください」

 

『危険すぎる。転移でこちらに戻ってこれないか、もしくは通路の壁をぶち抜いてこちらに繋げることは?』

 

「俺の短距離転移は目視が前提ですし長距離転移の応用も、正直このAMF下じゃ不安です。通路の件ですが……」

 

 セルジオが壁に手を触れて解析魔法を使おうとするが、電気に弾かれたように魔法が奥まで潜っていかない。

 

「たぶん高町の砲撃でもこの壁を抜くのには十分以上かかります。そんな事してたら相手は逃亡を企てるかもしれません」

 

『…………』

 

「それにさっき解析をかけた時、この先に()()()()()()()()()()()()()。あいつは、この先にいる」

 

『わかっているのか、セルジオ、これはどう考えても』

 

「罠ですよね。分かってます。それでも俺は諦められないし、前に進むしかありません」

 

 しばらくの間ゼストからの通信はなかった。だが、深い溜息と共に、「わかった」という念話がセルジオへと伝わった。

 

「助かります。下でまた落ち合いましょう」

 

 そしてセルジオが念話を切って前へと進もうとする。

 

『セルジオくん!』

 

「なのは?」

 

『あの、言いたいことが、あって……』

 

 それをなのはの念話が引き止めた。セルジオの足が止まり、硬質な壁へと、なのはのいる方へと目を向ける。

 

『いろいろ、考えてみたんだ。私が何をしたいのか、とか。何をするべきなのか、とか』

 

「うん」

 

『それで、聞いて欲しいんだ、何をしたいか、何になりたいか。この戦いが、終わったら』

 

「それわざわざ今言う必要あったか? クイントさんたちにからかわれても知らないぞ?」

 

『あ…………で、でも今言うべきだってなんとなく思ったの!』

 

 だから、となのはが言葉を繋いだ。

 

『ちゃんと帰ってきてね、みんなのところに』

 

 心配そうな声色。少しだけセルジオの口角が緩む。

 

「わかった。約束だ」

 

『無茶しないでね!』

 

「……それは、約束しかねる」

 

 そうして、セルジオは念話を切った。

 距離が離れればAMFの都合上念話を飛ばすのは難しくなる。あちらにはオペレーターがいるが、こちらには状況に対応してくれる人員はいない。

 

 だから、ここからは正真正銘に一人だ。

 

「待ってろよ、ティーダ」

 

 青年は駆ける。一度失ったと思っていた友人の元へ、今度は手遅れにならないように、一直線に、全速力で。

 

 

 

 

 

 

 誓った夢があった。

 

 守ると約束した人がいた。

 

 幸せになって欲しいと思う人たちがいた。

 

 大切なものばかりで、俺にはもったいないものばかりだ。

 

 そしてそれが壊れる時は、拍子抜けするほど呆気ない。

 

 

 

 

 

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 研究所の道を進み、そして一つの部屋の前でセルジオが荒い息を整える。

 彼の探知に間違いがなければティーダはここにいる。魔力は微弱で正直生きているのかもわからない。

 

 ──兄さんは、『無能』でしたか

 

 あの少女の問いが胸の奥に染み付いている。あの少女を笑わせてあげたいと思う。勇気付けてあげたいと思う。あんな涙なんて、見たくない。

 

「その為には、お前が必要なんだ、ティーダ」

 

 解析魔法をかけて扉のパスワードを解き明かし、そして、祈るような気持ちで扉を開ける。

 

 そして、そこに──────

 

 

 

 

 

 

「セルジオ……?」

 

 

 

 

 いつもと変わらない、ティーダの姿を見た。

 

 

 身体は拘束されているものの、その身体に大きな負傷は見られない。体から力が抜けるのを感じた。

 

「良かった、本当に…………よかった」

 

 からん、と手の中からゼファーが零れ落ち、そして膝をついて深い息をついた。

 

「セルジオやっぱり来てくれたのか……」

 

「当たり前だろうが。友達を放ってなんか置けるかよ」

 

「この馬鹿野郎が」

 

「お前には言われたくねえよ、この色男」

 

 くくっと、二人が笑みを交わし合う。

 

「待ってろ、今拘束を解いてやる」

 

「悪い、助かるよ」

 

 ティーダが足枷を解こうとしてくれるセルジオを見下ろすと、頬を半月に歪めて、深い笑みを浮かべた。

 

「本当に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そして、首元に手を添えて、一気に電流を流した。バリアジャケットの保護のない首に直接触れられたため、セルジオの身体が電気で弾け、床に突っ伏した。

 

「な、にを…………」

 

 セルジオがティーダを見上げて、手を伸ばし──

 

 

「はい、カット」

 

 

 突然、背後から声がしてセルジオが飛びのくと、虚空から突然人が現れる。セルジオの解析にも引っかからなかったにも関わらず、()()()()()()()()()()()()

 

「なかなか面白い見世物でしたよー、死に別れた友達との感動の再会!みたーいな、感じで」

 

 くすくすと、現れた女性が深い茶色の髪を後ろに流して笑う。

 

「ああ、もういいですよ、ドゥーエ姉様」

 

「はいはーい」

 

 ティーダの姿が変わる。セルジオの友人の爽やかな青年から、暗い金色の髪の美女へと、まるで夢から覚めるように、姿を変えた。

 

 

「あ…………」

 

 

 ぱきり、とセルジオの中で何かが繋がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドゥーエ、という戦闘機人かいる。

 

 『ドクター』の助手である長女の次に産まれ、それからずっと彼の目となり耳となり様々な情報を得てきた。

 

 そんな彼女に与えられた先天性技能(インヒューレントスキル)は《ライアーズマスク》。

 

 その力は簡単に言えば『変装能力』。

 

 聞いただけならば大したことがないようにも感じるその力。ただ他の誰かに成り代る、それだけならば幻影魔法でいくらでも代用できる。

 

 だが、彼女のISは現代の管理局の科学による識別技術では()()()()()()()()()()ともなれば話は変わる。

 

 偽りの仮面(ライアーズマスク)を見分けるのは彼女の親である『ドクター』以外には不可能。

 

 故に、仮面は剥がされない。

 

 だから、三課内部に入り込んでデータを奪ったとしても、航空魔導隊の一員として情報を操作したとしても、気づかれないし、気づくことができない。

 

 それが、ドゥーエの仮面。

 

 偽りの仮面(ライアーズマスク)は道化師の仮面。

 道化師が自ずから正体を明かすことはなく、ただ彼女は嗤うだけだ、楽しそうに、彼女の父とよく似た笑みで。

 

 

 

 

 

「正義感っていうのは厄介ですねぇ」

 

 眼鏡の女──戦闘機人クアットロが愉しげに嗤う。

 

「こうやって死んだはずの誰かを助けられる可能性を捨てられない。本当に、可愛いいくらいに愚か」

 

「ティーダを、どこへやった……! 貴様らが、貴様らがあいつを……!」

 

「おお、美しき友情です。ま、私たちは戦闘機人なので貴方達の言う友情なんてこれっぽっちもわかんないんですけど」

 

「く、そ、うご、け……」

 

「ていうか、心配するのはお友達でいいんですかぁ?」

 

「なに……?」

 

 くすくすと笑いながらクアットロがしゃがみこんで、セルジオと目線を合わせる。眼鏡越しに彼女の父親と同じ色の瞳が細められて、邪悪な色を宿した。

 

「だって、貴方達誘き寄せられたんですよぉ? 私たちが三課への対策立てなかったと思ってるんですかぁ?」

 

 思考が、真っ白になる。

 

「因みに、この下には戦闘機人三体に、戦闘データをたーっぷり詰め込んで性能も向上させた新型ガジェットにー、今日のために特別に設えたAMF発生装置って、皆さんをもてなす機械(オモチャ)が目白押しでーす」

 

「ーーーーー」

 

「ああ、フォーミュラの壁はもうなくなってると思うので行きたければお好きにどうぞ」

 

 もう、迷う暇はなかった。

 

「エクリプスドライブ、イグニッション」

 

 思考が真っ赤に染まり大量のエクリプスウイルスが体に流し込まれると同時に、ついでとばかりに身体が修復され、痺れが取れる。

 そしてクアットロとドゥーエには目もくれず加速を発動させる。

 

 途中、細かな機械音を響かせながら数体のガジェットが襲いかかってくる。

 

「Eclipse Divide」

 

 起動句(トリガーワード)と共に分断能力が発動する。

 

「どけ」

 

 一体目を槍で切り捨て、返す刀で二体目のカメラ部分に槍を突き刺して、そのまま振り回す。数十キロの金属の塊が振り回されるのにガジェットの体が耐えられるはずもなく、振り回された同族共々内部を砕きながら単眼から光を消した。

 

「邪魔だ」

 

 来る時にいなかったのが嘘のように次々と現れては襲ってくるガジェットを消しとばしながら加速する。

 

「邪魔だ!」

 

 ガジェットの爪が脇腹を斬り裂いたが、痛みなんてもう感じないので無視して先に進む。

 

「邪魔だッ!」

 

 何かが自分の中から削げ落ちていくような感覚がする。でも、もう止まることはない。

 

「邪魔だァァァァァァァッ!」

 

 そうしてガジェットの波を叩き伏せて、やってきた先に、見た。

 

 

「────あ」

 

 

 血に濡れたトーレ。

 

 側の赤く染まった銀色の少女──戦闘機人チンク。

 

 見たことのない無数の巨大なガジェットドローン。

 

「あ、あ、ああ、あああ……」

 

 そして、トーレの腕が、一人の男の胸を貫いている。

 

 その背中を知っている。ずっと憧れていて、追いかけていて、大切に思っていた、その背中。

 

「ゼスト、さん」

 

 トーレが腕を引き抜くと、胸に開いた巨大な穴から血が溢れ出て、男が膝をついて動かなくなった。

 

「ああ、遅かったな、アウディ」

 

 トーレがひゅっと腕の血糊を払って、無感動に言い放った。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 呆然としたセルジオが後ずさろうとして、足元の何かにつまずいて転んでしまった。

 地面に手をつくと、なにかねっとりとした温かいものがてにこびりついている。

 

 心臓が早鐘を打つ。

 

 見たくないのに、見ずにはいられない。信じたくないのに、本能がそうだといっている。

 

 そこには瞳から光を失って、足元で事切れているメガーヌの夫の姿があった。

 いや、それだけではない。今日セルジオの肩を思い思いの強さで叩いてくれた先輩達が、同じように、真っ赤に染まって倒れていた。

 

「そう、だ、メガーヌさんにクイントさん──」

 

「それならあっちの部屋で転がっているぞ。私が殺した」

 

「うそだ」

 

「嘘ではない。信じられないなら見てくるか」

 

 ふらり、とセルジオが立ち上がる。

 

「おまえらが、やったのか」

 

「そうだ」

 

 翠の瞳が、紅く染まっていく。

 

「ゼストさんは、クイントさんは、メガーヌさんは、みんなは────なのはは、死んだのか」

 

「まだの者もいるが、皆直にそうなる」

 

 侵して、喰われてく。

 

「…………俺のせい、なのか」

 

「お前が発端か、と聞かれれば、そうだと答えよう」

 

 何かが零れて落ちていく。

 

 

 

 

 

 ずっと辛かった。

 

 エクリプスの破壊衝動は甘いものなんかじゃなかった。

 

 心の奥にいる誰かが、毎日毎日目の前にいる人たちを殺せってうるさくて。血が見たいって騒いでた。

 

 そんなこと出来るはずもなくて必死に眠ろうとしたけど、寝ぼけてなのはを絞め殺しそうになってからは怖くて眠れなくなった。

 

 それからは眠る代わりに自分を傷つけることが多くなった。ナイフで自分の肉を切った時に痛みよりも先に快感が襲ってきた。

 

 肉を切るのが楽しくて、溢れてくる血が美しくて、そんなことを考えてる自分にたまらなく吐き気がした。

 

 でも、もういいだろ?

 

 みんな死んで、誰も守れなくて、ならもう、好きに生きていいだろう?

 

 だってセルジオ、あいつらはきっと殺していいやつだ。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、殺していいよな」

 

 

 そうしてセルジオは初めて、完全に破壊衝動に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セルジオの姿が掻き消えて、瞬間、トーレが本能的に背後に刃を振るった。

 それは機械らしからぬ()()()という第六感が教えてくれた警鐘(アラート)。チンクではこうはいかなかった。

 一度セルジオと戦っているという経験が彼女に与えた幸運だった。

 

 白刃とトーレのブレードが爆ぜた。

 

「《ライドインパルス》」

 

「────加速機動」

 

 加速は同時、技量はトーレの方が上、しかし()()()()()()()()()()()()()()()

 

 トーレがインパルスブレードをセルジオの腹部へと向けて振るった。以前ならば槍で受けた一撃、しかし、それをセルジオは無視して腹でまともに受けとめた。

 

 トーレが目を見開いたのもつかの間、傷口から鮮血が溢れたものの、瞬きの間に傷が塞がって行く。

 

「エクリプス、まさかここまで────」

 

「知るかよ」

 

 セルジオが全力で槍を薙いだ。迷いのない、あまりにも鮮やかな一閃、それをかろうじてトーレは上体を逸らして避ける。

 

「ライドインパル──」

 

Eclipse Divide(させるわけねえだろ)

 

 目が紅く光り、加速しかけていたトーレのエネルギーが纏めて解かれ、肩を掴まれる。

 くるり、とセルジオが手の中で槍を回して持ち替えると穂先をトーレの喉元へと向けた。

 

「死ね」

 

 ゼファーの穂先が振り下ろされる。

 

 

「《ランブルデトネイター》ッ!」

 

 だがそこに鈴のなるような声が爆発音とともに割り込んでくる。戦闘機人チンクの爆発による攻撃が間一髪で間に合ったのだ。

 

 横合いから不意打ち気味に叩きつけられ、セルジオの身体が地面に叩きつけられる。

 

 だが、()()()()()()()()()

 

「は、はは、ははは、はははははッ!」

 

 セルジオが狂笑する。

 

 楽しくて、嬉しくて、心が踊っていた。

 

 半月のようにな笑顔が歪む。いつものような柔らかいものは陰も見当たらない、壊れたような笑み。

 

 セルジオが加速すし槍を振るうと、トーレとチンクもそれに応じた。

 

 白光が弾け、深紅が暴れ、紫光が切り裂き、爆発の紅蓮が踊るのを、鮮血が彩った。

 

 それはどこまでも残酷で、泣きたくなるほど美しい光景だった。

 

 

 誰かのために戦うと言っていたセルジオ。そんな彼の今までの強さからは最も遠く、それでいて今までのどのセルジオよりも強い。

 

「あ、あははははっ!」

 

 瞳を深紅に染めたセルジオはもう何も見えていない。

 

 そもそもEC適合者(エクリプスドライバー)は完全にECを発動させると、まともな視界を喪失する。

 

 今の彼の瞳が映すのは熱源カメラを通してみたような、人の形をした魔力と熱。それ以外には叩いて血が出るナニカでしかない。

 

 だから、彼は()()()()()()()()()()()()、それがなんであるかなんてわからない。

 

 ただ自分の快楽を満たすためにそれを斬るだけだ。

 

 例え、それが()()()()()()()()()()()()()、彼女が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そして、セルジオは目の前に現れた人影に何の疑問を持つこともなく、ただ愉しそうに、嬉しそうに槍を振るった。

 

 斬、とナニカが斬れて、セルジオに鮮血が降りかかった。

 

 それは、とっても、とっても、綺麗だった。

 

 

『破壊衝動』。

 

 それはエクリプスウイルスに感染した者が遍く抱く、()()()()()()という思い。

 これがあるためエクリプスは『世界を殺す毒』となり、排除される存在となる。

 

 ならば、人を殺すというのは何を基準に判断するのか?

 

 それは簡単だ。

 

 血だ。エクリプスドライバーたちは血を見て己の破壊衝動を鎮める。セルジオが自傷行為に及んでいたのもその為だし、他のドライバーたちも殺しをする際にはなるべく血が出る殺し方をする。

 

 じゃあ、今血を浴びたセルジオが破壊衝動を解消して、突然正気に戻っても、なんの不思議があるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 長い夢を見ていた気がする。

 

 ゼストさんが死んで、クイントさんが死んで、メガーヌさんが死んで、仲間たちもいっぱい死ぬ夢だ。

 

 本当に怖い。なんでそんな夢を見たんだろう。

 

 そんなこと、現実にあるはずが無いのに。

 

 なんだろう、手がぬめぬめする。

 

 おかしいな、なにか変なものでも触ったか。

 

 いや待てよ、()()()()()()()

 

 俺はトーレと戦ってて、それで、楽しくて、邪魔だったから誰かを刺して、俺は()()()()()

 

 動悸がする。

 

 視界に色が戻ったのに目線を上げるのが怖い。

 

 あげてしまうと、決定的な何かが、壊れてしまう気がする。

 

 けれど、俺の中の何かが俺の体を勝手に動かして顔を上げてそして──────

 

 

 

 

 

 ──────あ

 

 

 

 

 

 なんで、お前が、そこに居るんだよ。

 

 なんで、刺されてるんだよ。

 

 おかしいだろ、だって、これじゃあまるで俺が刺したみたいじゃ無いか。

 

 彼女が俺を見つめる、いつもと同じ、俺が好きな笑顔で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なの、は…………?」

 

 

 

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