Force Detonater   作:世嗣

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雨は止まない

 

 

 

 高町なのはが墜ちた。

 

 その報は彼女と仲の良かった友人、特にアースラメンバーにすぐに伝わった。

 

「はあ、はあ、はあ──」

 

 フェイトが雨空の中自分が濡れるのも厭わずにひた走る。本当は魔法でもなんでも駆けつけたいのを必死に押し込めて、ただただ一生懸命に走り続けた。

 

「はやて!」

 

「フェイトちゃん……」

 

 フェイトが病院に着いた頃には既にはやてやヴィータ、ユーノ、そして驚いた事にディアーチェ達マテリアルズの姿もあった。

 

 しかしそんな事にフェイトが気を配る余裕はなく、沈んだ表情のはやてに詰め寄る。

 

「はやて、なのはは!?」

 

「……治療中やけど今も意識は戻っとらへん。血を限界まで失っとるって」

 

「────そん、な」

 

 ぺたん、とリノリウムの床にへたり込むフェイトにはやてが慌てたように駆け寄る。

 

「フェイトちゃん!」

 

「じゃあなのはは、なのはは……」

 

「案ずるな、フェイト」

 

「ディアーチェ……?」

 

「先程エルトリアのアミタ達に連絡を入れた。渡航禁止の指令がある以上大きくは動けんが、それでも医療器具について幾らか話をつけくれるそうだ」

 

「……エルトリアの?」

 

「ああ。人体科学についてはあちらの方が進んでおるからな。ナノハとて我らの友人だ、指を咥えて見ているつもりはない」

 

 ほんの少しだけフェイトの表情に光が射した。確かにナノマシンなどの人体改造技術が優れたエルトリアの医療技術や、ユーリの人を癒す力があれば治療の目処もたつかもしれない。

 

「イリスの裁判のついでに此方に来ていたのが幸いしましたね……ナノハのご両親に連絡は?」

 

「さっきシャマル達が連絡入れて、今迎えに行っとる。たぶんあと30分もすれば来れると思う」

 

「にしてもさー、あのナノハが墜とされるってよっぽどだよねぇ。誰がやったかわかればボクが直々にやっつけてくるのにさぁ」

 

「誰が、か…………」

 

 レヴィの声に、ぽつり、とユーノが呟いた。

 

「ほんとうに、今回の件はどうなってるんだろうね。僕の方で調べても情報が降りてこないんだ」

 

「ユーノ君でもわかれへんなんて」

 

「まあ諦める気はないし、独自で調査は続けるつもりだよ」

 

「ごめん、助かるわ。私も出来ることあったら力になるで」

 

「…………本当は生還した人から話を聞ければそれが一番なんだけど」

 

 ちらり、とユーノの視線が逸れて、黙って外を見たままのクロノへと動いた。けれどクロノはその視線に気付いてか気付かずか、尚も雨雲に覆われた空を見るだけで何も言おうとはしない。

 

 なにを考えているのかはユーノ達には窺い知れない。ただ、クロノの深い海の色の瞳は雨の向こうを見つめるだけだ。

 

 そしてその後、高町家の家族が駆けつけても、アリサやすずかがやってきても、エルトリアから許可を取って来たユーリが訪れてきた。

 

 多くの人がなのはの見舞いに訪れ、皆彼女の怪我に悲しみ、怒り、心の底から心配した。

 

 

 けれどどれだけ経っても、『セルジオ・アウディ』が現れることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レジアスが執務室の窓からクラナガンの街を見下ろす。深い雨に覆われた街はまるでそれ自身が泣いているかのようだった。

 

「……馬鹿野郎、俺を一人にしやがって」

 

 ゼストが死んだと伝えられたのは二日前。

 

 三課はレジアスが与えていた違法研究所の独自調査の権利を最大限に使い、半ば独断専行に近い形で突入し、二人残して壊滅した。

 

 今でも「ちゃんと管理してくれなければ困る」と言っていたジェイルの顔を思い出せる。

 まるで嘲るようなジェイルに怒鳴り散らしそうになって、やめた。

 

 レジアスはもうとっくに悪魔に魂を売っている。

 陸のあがる犯罪率に、終わりなき戦いに疲れて、最高評議会に垂らされた蜘蛛の糸につい縋ってしまった。その日からレジアスは一番の親友と、親友の息子とを欺くことになった。

 

 後悔しても後悔したりない。

 

 心を殺して、ただ陸の平和のためにと言い聞かせる。

 その為に目先の犠牲に目を瞑り、いつかの未来にやって来るであろう希望を信じている。

 

 たとえそれが血に濡れた道なのだとしても、レジアスが選べる道はこれしかなかった。

 

「…………中将、そろそろお時間です」

 

 不意に秘書である娘のオーリスから声がかかって思考の海から帰還する。

 ちらりと時計を確認すれば、確かに次の公務の時間を考えるとそろそろ出発しなければ間に合いそうにない。

 普段は後五分はやく声をかけられるものだが、もしかするとレジアスの心情を慮ってくれたのかもしれない。

 

 軽く目頭を抑えると気持ちを入れ替えるためにネクタイを締め直す。

 

「なあオーリス、今後の三課をどうするべきだと思う」

 

「解体が妥当かと。高町三尉も意識不明の重体ですし、アウディ一尉も精神的摩耗が酷く自宅療養を言い渡されていますから」

 

「……だろうな」

 

 聞くまでもないことだ、とレジアスが目を伏せた。

 

(せめてあの二人の今後くらいは世話しなければゼストに申し訳がたたん)

 

 その程度で償いになるとは思わないが、それでもせめてそのくらいはやらなければあまりにも自分が惨めだった。

 

 不意に、レジアスの執務室に軽いノックの音が響いた。

 誰か来客の予定があったか、とレジアスが眉を寄せたのもつかの間、入ってきた人物に目を見開いた。

 

 茶色の地味な陸の制服。長時間雨にうたれたのかじっとりと濡れた髪は淡い金色で、前髪の隙間からはどろりと濁った翠色の瞳が覗いている。

 

「セルジオ、お前何故ここに……」

 

 その問いかけにセルジオは焦点の定まらない瞳で、右手をオーリスの方へと差し出し、小さなメモリーカードを落とした。

 

「報告書です。今回の、三課の一件の」

 

「────な、そんなこと誰が」

 

「すみません徹夜で作ったんですけど、なんか、イマイチ集中出来なくて時間がかかってしまいました」

 

「セルジオ貴様──」

 

「ゼストさんがいないから俺がしっかりしなきゃいけないのに、ははは、困りました」

 

「セルジ──」

 

「ああ、今回の件本当にご迷惑お掛けしました。降格もなんでも受けるので、責任は俺が──」

 

「セルジオッ!」

 

 レジアスが叫ぶと、セルジオがはっと顔を上げて、そして、いつもとなんら変わらない完璧な笑顔を浮かべてみせる。母親とよく似た、毎日鏡の前で練習していた笑顔を。

 

「なんでしょうか、レジアスさん」

 

 あまりにも痛々しい笑顔だった。いつもと変わらない。それが故に、この青年がどれだけ参っているのか、どれだけ必死に取り繕おうとしてるのかを感じ取る。

 さしものレジアスも言葉を失い、静かに目を瞑るしかなかった。

 

「いや、何でもない。報告書ご苦労。今日は帰って休め。これからのことは追って通達する」

 

「そのことなんですけど、あの、レジアスさん」

 

「どうした」

 

「一つ、頼みたいことがあるんです」

 

 

 

 

 セルジオが退室してしばらくして、オーリスは公務に向かう車の中でレジアスに問いかけた。

 

「中将、アウディ一尉の頼みを聞くのですか?」

 

「……ああ」

 

「本当にそれでいいとお思いなのですか? 正直言って今の一尉は任務に耐えられる状態とは思えません」

 

「だろうな」

 

「──っ、父さんは、セルジオ君が可哀想だとは思わないのですかっ」

 

 珍しく声を荒げたオーリスにレジアスが僅かに瞠目し、肩落としてそうだな、と声を漏らした。

 

「なにもずっと奴の言う通りにする訳ではない。それは奴もわかってるだろうよ」

 

「ではどうやって……?」

 

「儂がやるのはほんの少し問題を先送りにするだけだ。あとは、セルジオ自身が決めるべきだ」

 

 レジアスが窓越しの空を見上げて、目を細めた。

 

 友が駆けていた青空は、今はどこにも見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 雨の中を歩く。

 

 

「…………行かなきゃ」

 

 

 心が軋む音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なのはの病室の前で恭也が自分の腕に巻かれている時計を確認する。

 

「恭ちゃんどこ行くの?」

 

 おもむろに立ち上がりその場から立ち去ろうとするのを妹の美由希が引き止めた。恭也はしばらくの間何も言わ無かったが、背中を向けたまま「野暮用だ」と返すとその場を後にした。

 

 しばらく歩き、ミッドチルダの病院の様子に、このは地球とあんまり変わらないな、と考える。

 しばらくはここに足を運ぶことも多くなるだろう。なのはだって目を覚ませばきっと家族に会いたがるだろう。

 

(……なんだか昔を思い出すな)

 

 あればまだなのはが五歳に満たなかった頃、怪我をした士郎が入院した頃はこうして病院へ来るのが日課だった。

 

 まさか、今さらそれをまた経験することになるとは思わなかったが。

 

 しばらく歩いて恭也は一階まで降り、病院の玄関から外に出ると、雨の中に立ち尽くす人影を見つける。

 

「……お久しぶりです、キョーヤさん」

 

 それは恭也もよく知っている人物だった。

 セルジオ・アウディ。武術の才能がなくて、物腰が丁寧ななのはの相棒。一ヶ月という短い間稽古を共にしただけだったが、不思議と印象に残る、気持ちのいい青年()()()

 

 けれど久し振りに会ったセルジオは、随分と疲れているような、擦り切れてしまったようなそんな印象を抱かせた。

 

「やっぱり来たのか、セルジオ」

 

「俺が呼んだわけですし、来ないわけありませんよ」

 

「そうか、まあこっちに来い。いつまでも雨に打たれてるのも良くないし、せめてなのはの顔くらい見ていけ」

 

「……大丈夫ですよ、俺、風邪引いたこと──いや、風邪ひかないので」

 

 皮肉げにセルジオが鼻を鳴らして、ふっと目線を落とした。

 

「それに、そこに行く資格なんてありません」

 

 ──恭也さんとの、約束を破った俺では。

 

 ざあざあと降り続ける止まない雨は、病院の軒下にいる恭也と雨にうたれるセルジオとを隔てているかのようだった。

 

「…………お前のせいじゃない」

 

「違うんです、キョーヤさん、俺が、俺がこの手で、自分の意思で、あなたの妹を傷つけたんです」

 

 ぎゅっと拳を握り、セルジオが表情を歪めて、叫ぶ。

 

「俺さえいなければ! 俺なんかがあなたの妹に出会っていなければ! あなたの妹が怪我をすることなんてなかった!」

 

 セルジオが膝をついて、拳を打ち付ける。上手く息ができない、ちゃんと吸ってるはずなのに喉の奥で空気がつっかえて、ずっと息苦しい。まるで空気が鉛になったかのようだった。

 

「俺みたいな偽物が、生きてるせいで……」

 

 恭也はそんなセルジオを見下ろしてただ黙り込む。

 

 恭也にはセルジオの言う事はほとんどわかっていない。それもそうだろう、何故ならばセルジオに今回の一件に関して()()()()()()()()()()

 戦闘機人にジェイル・スカリエッティ。それはレジアス・ゲイズの上司である『最高評議会』にとっては重要機密であり、おいそれとバラす事は出来ない。

 

 だからセルジオは『なのはを刺したのは俺なんだ』と明かすことができない。

 

 例えどんなにそうしたかったとしても、そうレジアスに命じられた以上、それを破る事はできない。セルジオ・アウディとは()()()()()()()()

 

 それでも恭也はセルジオの要領を得ない話を聞いて、なんとなくの事情を察した。

 きっとセルジオはなんらかの事情を抱えており、そして、なのはのことを傷つけたのだと、そう感じ取った。

 

「……セルジオ」

 

 恭也が雨の中のセルジオの側で膝をついてしゃがみ、肩を軽く叩いて言った。

 

 きっと、セルジオが今まで何回も胸に刻みつけてきた、その言葉を。

 

 

()()()()()()()()

 

 

 びしり、と胸の奥でナニカに皹が入る音がした。

 

「そんなことッ!」

 

 思わず感情の赴くままに怒鳴りそうになって、セルジオがそれを捩じ伏せた。拳を握り、歯を強く噛み締め、瞼をしっかりと閉じて、心の激情に蓋をして、立ち上がる。

 

「そんなこと、認められるはずがない……! それだけは、認められないッ!」

 

 そう言うとセルジオは恭也に背を向けて覚束無い足取りで雨の中を歩いていく。一歩、また一歩と遠くなっていく背中。

 雨粒で少しずつ遮られていく視界の中で恭也の口が形を作る。

 

「…………約束、か」

 

 以前、『強さ』とは何かと言うことを二人で話した事があった。稽古の終わりに二人で道場の掃除をしながらした、他愛のない会話。

 

 その中で、恭也は冗談交じりにセルジオに頼んだのだ。『なのはの事を頼んだぞ』、と。そして、セルジオはそれに力強く頷いた。

 

 そのお礼に恭也が『徹』を見せたり、その後話し込みすぎて料理が冷えたと桃子に怒られたりした。

 

 そんな思い出があった。

 

「──糞」

 

 恭也が先ほどのセルジオがそうしたように拳を受け付ける。

 何もできず、ただ妹とその相棒が苦しむのを見ているだけしかできない自分が、死ぬほど惨めだった。

 

 雨はまだ、やみそうにもなかった。

 

 

 

 

 

 

 雨の中を歩く。

 

 

「…………まだ、だ」

 

 

 心の奥が、罅割れていく音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 セルジオはそして、また一人大切()()()人の家族の元へ、足を進める。

 

「お前、セルジオ……なのか……?」

 

 玄関を開けてそこにセルジオがいるのを確認した時、ゲンヤは戸惑ったように名前を呼ぶことしかできなかった。

 だって、そこにいたのは間違いなくセルジオの姿をしていて、でも決定的にゲンヤの知っているセルジオではなかった。

 

「お悔やみ、申し上げます」

 

 まず紡がれたのはその言葉。

 

「あの、俺、なんでもします。これからお金を入れろって言うなら入れますし、二度と顔を見せるなって言うなら顔を見せません。だから、クソ、言いたい事はこんな事じゃなくて」

 

 ぎりっとセルジオが葉を噛みしめる。

 

「俺は、クイントさんに救われました」

 

「────」

 

「最後の最後、動けない俺と──あいつ、をメガーヌさんと、逃がしてくれて、それで…………」

 

 ゲンヤが、言葉を失う。

 

「ほんとは、ここにいるべきなのはクイントさんだったんです。怪我をしてても、それでも、生き残るべきなのはあの人たちの方で────」

 

「なあ、セルジオ」

 

 ふっと、ゲンヤが視線を外して、絞り出すように行った。

 

「俺に、殴られに来たのか?」

 

「──ちが、そうじゃ……」

 

「いやそうだ。お前は俺に殴られに来た。自分の代わりにクイントが死んだ事を誰かに責めて欲しくて、そして、一番適任だった俺のところに来た。そうだろ」

 

「そんなこと…………」

 

 ない、と言い切れない自分がいた。

 本当は、そうだったのかもしれない。謝りに行くなんて、自分のための言い訳で、ただ罰を与えられたかったのかもしれない。

 どうしようもない『偽物』の自分を痛めつけたくて、ここまでやってきたのだろうか。

 

 セルジオはそれ以上何も言えない。

 

「悪い、セルジオ、俺はお前を殴るつもりはない。今となっちゃ確かめようがないが、それでもクイントがそんなこと望むはずもねえ」

 

「…………はい」

 

「あと、償いとかも、良いからよ。今はそう言うの、考える余裕ねえんだ」

 

「……お忙しい時に、すみません、でした、ゲンヤさん」

 

 最後に深々と頭を下げてその場から去ろうとした時、がつん、と何かがセルジオの頭を強打した。

 

 髪の隙間を通ってつつ、と赤い筋が走り、顔の輪郭を伝って顎へと流れて、地面に雫を落とした。

 

「嘘つき!」

 

 セルジオが顔を上げると、どろりとした瞳で、声の主を見て、また、息ができなくなる。

 

 そこに、『クイント』がいた。

 

 いや違う。いるのは娘のスバルと、ギンガだ。

 

 ただギンガの髪型がいつものストレートのロングヘアではなくて、後ろで一つに結んだポニーテールになっている。リボンの色も、結ぶ位置も、クイントと全く同じ。

 

 どんな気持ちで、彼女がその髪型にしたかなんて、わざわざ言葉にする必要があるのか。

 

 ひゅっとまた何かが飛んできて、今度は肩に当たって地面で数度跳ねると、足元で止まった。

 

「おにいさんの、うそつき! おかあさん、まもってくれるっていったのに!」

 

「すばる、ちゃん……」

 

「わたしの名前よばないで! おかあさんにつけられた大切な名前を、あなたが呼ばないで!」

 

 足元で止まったものはナカジマ宅の玄関に飾ってあった集合写真で、その中では、クイントがいつかのように、快活な笑みを浮かべていた。

 

「スバル、やめろ、セルジオだって辛いんだ」

 

「じゃあなんで怪我してないの! おかあさんは死んだのに! なんであの人はけがしてないの!?」

 

「スバル……」

 

 スバルがギンガとゲンヤの制止を振り切って外へ駆け出すと、セルジオの服を掴んでボロボロと涙を流し始める。

 

「かえしてよ! わたしのお母さんを! あんなに、やくそくしたのに! まもるって! だいじょうぶだって!」

 

「スバル、スバルやめろ!」

 

「だいっきらい! おにいさんなんてだいっきらい!」

 

 スバルがセルジオに拳を叩きつける。何度も、何度も、駄々をこねるように。

 

 写真の中のクイントは何も言わずに、その光景を静かに見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 雨の中を歩く。

 

 

「…………ここか」

 

 

 もう何が残っているかも分からなかった。

 

 

 

 

 そこは以前メガーヌに聞いていたルーテシアがいつも預けられている託児所だった。

 メガーヌ達は長期の仕事などがあり、どうしてもルーテシアの面倒を見れない時には必ずそこに預けるのだと、そう言っていた。

 

「あの、えっと、ルーテシア・アルピーノって子、いますか?」

 

 職員の一人に声をかけると、一瞬不思議そうな表情をされた後、首を傾げられる。

 

「ええと、ルーテシアちゃんの、お知り合いでしょうか?」

 

「はい、俺は────」

 

 言いかけて、言葉に詰まる。

 自分は、何だ。一体ルーテシアの『何』だと言うのだ。

 結局言うに困って、目を伏せてしまう。

 

 その様子に眉を寄せた職員がセルジオを怪しげに見つめる。

 

 

 

「おにい、ちゃん?」

 

 

 その時、躊躇いがちに声がかかった。

 

「ルーテシア、ちゃん」

 

「やっぱり! おにいちゃんだ!」

 

 だっとルーテシアはセルジオの下まで駆け寄ってくるとびしょ濡れのセルジオの脚に抱きついて、嬉しそうに顔を擦り付けた。

 

「まあ、お兄さんだったんですね!」

 

「えっと、そんなところ、です」

 

「じゃあ一応身分証の提示と、ここの所にサインお願いしますね!」

 

 私その間にルーテシアちゃんの荷物取ってきますから、という言葉を残して職員が去っていく。

 それを見送った後、セルジオは手早く必要事項を記入すると、足元のルーテシアに視線を落とす。

 

「えへへー」

 

「ルーテシアちゃん、俺、濡れてるからさ」

 

「えー、たのしいよ?」

 

「服が濡れたらメガーヌさんに────」

 

「ママ?! ママはどうしたの?」

 

「メガーヌさんは────」

 

 言いかけて、また息ができなくなる。

 どの口が、そんなことを言うんだ。メガーヌの命を犠牲にして、ここにいるくせに。

 

 それでも、その胸の軋みすら閉じ込めて、いつものような笑顔を浮かべてみせる。

 

「すこし、迎えに来るのが遅れるんだって、だから俺が代わりに」

 

 吐き気がする。

 

「それにパパも仕事が忙しいらしくて、ちょっと会えないかもしれなくてさ」

 

 吐き気がする。

 

「しばらくは俺がルーテシアちゃんの面倒を見るかもしれないけど、それでもいいかな?」

 

 本当に、自分が気持ち悪くて仕方がない。

 

「いい、かな?」

 

「うん! おにーちゃんとならいいよ!」

 

「そっか、じゃあ、取り敢えず帰ろう」

 

 

 罪が、背負うべき責任が、少しずつセルジオを絡め取っていく。

 

 

 

 

 

 

 ひとまずルーテシアを三課の仮眠室に寝かしつけると、セルジオの足は一人でにオフィスへと向かっていた。

 

 ぱち、とスイッチを押して電気をつけると、一瞬で三課のオフィスが明るく照らされる。

 

 あの日の、ジェイルの元へ全員で行った時から、何も変わらない。

 

「──────畜生」

 

 セルジオが呟いたと思ったら、目の前にあった机を全力で蹴り上げた。魔力で強化された蹴りにただの安物の机が耐えられるはずもなく、簡単にひしゃげて部屋の端を転がっていく。

 

 ──ねえー、セルジオくーん、ここの仕事手伝ってよー。

 

 ふと、幻聴が聞こえて、振り返るがそこに誰かがいるはずもない。

 

「黙れよ、黙ってくれ!」

 

 がむしゃらにセルジオが近くの棚を殴りつけると、書類の入ったファイルが溢れ、雪のごとく紙吹雪を舞い散らせた。

 

 ──もう出来たの? セルジオ君は物覚えが早いのね。

 

「うるさい、うるさいうるさいうるさいッ!」

 

 部屋の隅にあったコーヒーメーカーを叩き潰して、床に叩きつける。

 

 ──ん、このコーヒー美味しい。さっすがなのはちゃんねー。

 

 ──あ、ありがとうございますっ。

 

 ただただ、手当たり次第に、目が着き次第に、本能の赴くまま、壊して、砕いて、殴って、蹴って、三課のオフィスで暴れるセルジオ。

 

 ──おーい、セルジオー、パイ投げやらねーかー。

 

 ──セルジオ、訓練だ、少し付き合え。

 

 ──んお、みろよセルジオ! 隊長の買ってくれたケーキめっちゃ美味そうだぞ!

 

 ──セルジオ君に頼らず自分で仕事しなさいっての。

 

 ──イタズラして悪かった! 明日から真面目にやるから許せって、セルジオ!

 

 ──セルジオくん、ここの所なんだけど……。

 

 思い出が詰まった三課を壊していく。まるで聞こえる声をかき消すかの様に。

 

「俺は、あの日から、母さんが死んだ日から、何も変わっちゃいない」

 

 運が悪いなんて理由で死ぬ人なんか見たくなかった。

 

 自分のように、親を亡くして悲しむ子どもを作りたくなかった。

 

 誰かのために、戦える人でありたかった。

 

「何が守るだ! 何が救うだ! 何が悲しむ人を減らしたいだ!」

 

 セルジオは叫ぶ。まるで自分を呪うように、慟哭するように。

 

「なにも、なにも守れてない……救えてない……減らせてない……!」

 

 なのはを傷つけ、ティーダは救えず、そして、自分がメガーヌとクイントを殺し、同じ悲しみをする子どもを作った。

 

「なんにも、なんにも変わってねえじゃねえか……!」

 

 誰もいない三課で、セルジオが顔を覆い、地面に崩れ落ちた。

 

 

「────俺は、無力だッ……!」

 

 

 悲しくて、辛くて、折れそうになって、溢れた想いが、セルジオの瞳を濁らせる。

 

 

 でも、それでも涙は出なかった。

 

 

 

 まだ、雨は止まない。

 

 






物語が進行したので軽いタグの整理を行ってます。

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