ルーテシア・アルピーノを引き取ることに決めた。
アルピーノ夫婦は親戚と疎遠だった。メガーヌ自身も早く家族を亡くしており、その夫も親戚づきあいはほとんどなく、ルーテシアは所謂天涯孤独の身となっていた。
故に、セルジオはルーテシアを養うことを決意した。それが、自分にできる唯一の償いだと思ったから。
「じゃあこれで必要書類は揃ったと思うぞ」
「すみません、ありがとうございます、ゲンヤさん」
ぺこりと頭を下げるセルジオ。
今二人は管理局の食堂の一角でルーテシアの引き取りについての書類について話をしていた。ギンガとスバルを引き取った経験があるゲンヤが話を聞いてくれたのだ。もちろんセルジオは遠慮したのだが、ゲンヤに押し切られるように力を借りてしまった。
軽く書類を纏めているセルジオにゲンヤが躊躇いがちに話しかける。
「なあ、セの字よ、ルーテシアはウチで預かってもいいんだぞ。メガーヌは女房と仲が良かってし、ガキどもだってルーテシアのことを迷惑には思うまい」
それに、とゲンヤが言葉を続ける。
「お前子どもを一人育てるってどういうことかわかってんのか?」
「……わかってます。俺だって、養子ですし」
「いいや、お前はわかってねえ」
ゲンヤがセルジオに向き直る。
「お前はルーテシアを養うだけじゃダメなんだ。『家族』にならなきゃなんねえんだ」
「家族……」
「時に喧嘩して、ぶつかって、でも一緒にいるのが当たり前で、そんで代わりがいないもの、それが家族だ。お前たちは、そういうものにならなきゃいけねえんだ」
「ーーー」
「飯食わせて学校に行かせるだけが家族じゃねえ。ちゃんとお前は、メガーヌの代わりをやんなきゃなんねえんだ」
「メガーヌさん、の」
セルジオが視線を落とし黙りこくってしまう。どうにもゲンヤは居心地が悪くて周囲を見渡して、ふと、やたらと自分たちを見ている視線が多いのに気づく。
(全部、セルジオを見てんのか)
ひそひそと何事かを呟きながら立ち去っていく局員たち。
それもそうだろうセルジオは三課唯一の無傷の生還者。管理局の一部では彼を『部下を切り捨てて逃げ帰った分隊長』と見る目があるのも事実だった。
(……気分
ゲンヤが吸っていたタバコを携帯灰皿に突っ込むと小さく嘆息を一つこぼした。
「……悪い、年取ったら説教っぽくなっていけねえな。まあ、とにかく手が足りねえって時はウチに連絡いれろ。いつでも面倒みてやるからよ。暇な時も顔見せに来いよ」
「お気遣いありがとうございます。でも、それはちょっと難しいかもですね」
「……スバルか」
「それにギンガちゃんだって俺の事をよく思ってないみたいですしね。顔は見せないほうがいいでしょう」
セルジオが書類をしまうと立ち上がる。
「もう行くのか? 今自宅療養中なんだろ、一緒に飯くらい──」
「いえ、ちょっと行くところがあって」
セルジオが困ったように笑って頬を指でかいた。
「あいつが、目を覚ましたらしいんです」
高町なのはが目覚めたことを伝えてくれたのはやはり、と言うべきか、意外にと言うべきか、クロノ・ハラオウンだった。
『なんで連絡したのかはわかるだろう』
「……ああ」
なのはが入院してから一週間。その間セルジオは見舞いに訪れたことはないし、恭也の一件を除けば近づくことすらしていない。
『なのはが、君に会いたがってるんだ。せめて、顔だけでも見せてやれ』
「…………ああ」
『必ずだぞ。彼女は君を待っている。だれでもない、君を』
「……そっか」
セルジオが小さく呟き、そして諦めたように表情を緩めた。
「じゃあ、ちゃんと終わらせなきゃな、自分の口で」
ゲンヤと別れ、一旦三課に戻り、そのあと一人、なのはの入院している病院へと向かう。ルーテシアはいない。ひとまず家の手配や受け入れの準備が整うまでは日中は託児所に行ってもらっている。
「…………雨か」
季節のせいか最近はどうにも雨が多い。三課の玄関に置いてあるビニール傘を取って開くと、雨の中へと一歩踏み出した。
さめざめと振り続ける雨は傘に弾かれて細かな音を立てながら表面を伝って、地面へと落ちていく。
彼女とあって自分は何を話せばいいのだろう、と考える。
あの日、全てが終わった日、セルジオは自らの意思でなのはを傷つけた。エクリプスのせいもあったろう、混戦状態だったせいもあるだろう、けれど、たしかにセルジオは自分の意思でなのはを傷つけた。
恭也となのはを守ると約束した。けれどそれも守れなかった。
いつか二人で誓った夢があった。けれどそれすらも他ならぬ自分の手で打ち砕いた。
そして、何より自分が『人間』なんかじゃないと思い知った。
味覚も視覚も触覚も、感情さえも人に劣ったなりそこない。フェイト・テスタロッサという『アリシア』にはなれなかったが、『人間』ではあったのとは違う。
セルジオは正真正銘の『ニセモノ』だ。
そんな自分が今更どんな顔で彼女に会えばいいのか。
「あの、ここの病院に、先日入院した管理局の魔導師がいると思うんですが」
「魔導師の方ですか?」
「えっと、まだ子どもで、髪は茶色の……」
「ああ、高町なのはさんですね。今はお友達が面会にいらしてるみたいですよ」
「そう、てすか」
受付の看護師から病室を聞くとエレベーターではなく階段でなのはの病室を目指して登っていく。
一段一段上りながら、ふと、セルジオは自分が拳を強く握りしめているのに気づいた。
(……怖い、のか、俺は)
彼女と会うのが、怖い。嫌われるのが、怖い。
いや違う、この感情が溢れてきた源はきっとそこではない。もっと許し難くて、深いところだ。
なのはの病室は5階にあった。管理局の若きエースというだけあって個室のかかなり上等な部屋を用意されているらしい。
個室の前に何人かの人がいる。
みんな知っている。
フェイト・テスタロッサ、八神はやて、ヴィータ、それにあの特徴的な赤髪はアミティエ・フローリアンだろうか。そう言えば一時的に裏技でこちらにやって来たとかそんなことを言っていた。
本当に彼女の周りはぶっ飛んでいるというか、底抜けのお人好しが多いようだ。
少しだけ表情を緩めると、深く息を吸い込み、一歩踏み出した。
「セルジオさん?」
最初に気づいたのはアミタだった。たった数度の間会って話しただけだったのに、どうやらセルジオのことを覚えていたらしい。
軽く頭を下げて病室へ向かおうとしたセルジオの足が止まる。
「何しにきた」
「…………少し話しに来たんです、ヴィータさん」
「目が覚めない時は一度も来なかったくせに、目を覚ました途端見舞いに、か。ハン、いい身分だな」
「ヴィータセルジオさんだって忙しかったんやよ」
「忙しかった?! それでも一度も顔見せれないとかあるわけねえだろ! こいつはなのはの事なんかどうでもいいんだよ! だからこうやって──」
「ヴィータ!」
セルジオは何も言わない。ただ、黙り込んだまま、扉の側にいるフェイトへと視線を動かした。フェイトが小さく笑んで扉の前から退いた。
「会ってあげて下さい。あんまり長くはダメですけど、たぶん喜びます」
「……ああ」
セルジオが扉に手をかけて、小さく、小さく息を吐き出すと、ゆっくりと扉を開いた。
そして、それまで考えていた全ての思考が吹き飛んだ。
真っ白ながらんどうの病室。規則正しく響く機械音、繋がれた無数のチューブ。病室が薄暗いのは外から入る光がほとんどないからか。
そして、彼女は──高町なのははベットで半身を起こして、外を見つめていた。決して晴れることのない、雨雲に覆われた空を。
その姿は、どこまでも物悲しく、儚く、嫌になる程美しい。
最初に何を言うべきか考えながらここに来たのに、もう何も言い出せない。何を言うべきか、言わないべきなのか。顔を見せていいのか、近寄っていいのか、それすらもわからない。
「…………セルジオくん」
小さな声だった。弱々しい、閉じきった病室でもギリギリ聞こえるようなそんな声。きっとそれ以上大きな声は傷に障るのだろう、なんせ彼女は胸を突き刺されたのだ。
「えっと、久しぶり、になるのかな」
「…………そうだな」
彼女はあの時のことをどれ程覚えているのだろうか。全部覚えているのか、それとも全て忘れてしまっているのか、部分的に覚えているのだろうか。
「取り敢えず座らない? 立ち話もなんだし」
「いや、いい。長居する気もないしな」
「そっか」
そこまで話して、ふとセルジオが一つのことに気がついた。
なのはの髪が短くなっている。今まではサイドポニーにしていただけにそこそこの長さがあった亜麻色の髪が、今は肩口までも届かない程の長さになっている。
(俺が、斬ったんだろうか)
セピアと似ていて、思わず母親の姿を幻視したなのはの髪型。似合っているって言ったら嬉しそうになのはは髪を触っていた。
それが何のせいなのか、それすらも覚えてない自分に嫌気がさした。
(────もう、なんだっていいか)
どろりとした瞳でなのはを見つめる。
「あ、あのさ、あそこで別れる前に、『聞いて欲しいことがある』って言ったの覚えてる? その件で私言いたいことがあるんだ」
「────」
「私ね、セルジオくんと──」
「お前『教導隊』に行け」
なのはの言葉を遮ってセルジオが言葉を続ける。
「現役に復帰するなら教導隊に行け。辞令もレジアスさんに頼んで取ってある。たぶん向いてるよ、お前は。クイントさんたちもよく褒めてたし」
「────」
「そもそも
高町なのはは優秀な魔導師だ。今は若き『エース』候補だとかそんなことを言われているが、三課でなければ、それこそ『本局』所属であればもっと活躍できただろう。
もしかすると今の年でも『エースオブエース』だなんて呼ばれた未来もあったかもしれない。
なのはが言いかけた言葉を飲み込んで、へにゃりと笑った。
「そ、そっか。じゃあセルジオくんを待たせないように急いで復帰しなきゃだね」
強がるように、誤魔化すように笑みを浮かべるなのは。誰がどう見ても無理してて、作り物の笑顔。けれど、そんなことにすら頓着せずセルジオは無慈悲に言い放った。
「いや、俺は行かない。教導隊に行くのはお前だけだ」
なのはが言葉を失う。
「どう、して…………」
「俺は三課に残る。やらなきゃいけないことがあるんだ」
「なら私も──ッ」
「動かない方がいい。傷に障るぞ」
なのはが思わずセルジオに駆け寄ろうと僅かに身動ぎしただけで、苦しげな悲鳴を漏らしてベッドに倒れこんだ。
あっという間になのはの顔から血の気が引いていく。
「要件はそれだけだ」
「待ってセルジオく────うぐぅ」
背中を向けたセルジオをなのはが呼び止めようとしたが、最後まで言い終わることもできずに、荒い息で胸を抑える。
「セル、ジオ、くん…………!」
何かを訴えかけるように水晶の瞳がセルジオの背中を見つめる。けれど、セルジオは振り返ることはせずに、ただ、最後に一言だけ彼女へと言葉をかけた。
「達者でな、
そう、呼んだ。
「あ────」
なにかが決定的に壊れた音がした。
セルジオが病室を出て行くと、扉の隙間からなのはの様子を見たフェイトたちがなのはへと駆け寄った。
視界の端にそれを捉えながら、その場から立ち去ろうとして、声がかかる。燃えるような赤髪の女性、アミティエだ。
「それで、いいんですか」
「…………良いんですよ。あいつを支えるべきなのは、あの子達ですから」
ふっと物憂げにアミティエが目を逸らす。
「セルジオくん! なんで、なんで何も言ってくれないの!」
「なのは、ダメだって身体が…………」
「そんな泣きそうな顔して! 悲しそうな顔でお別れなんてできるわけない!」
「ダメやてなのはちゃん、一旦落ち着いて」
「なんで、なんで頼ってくれないの! 私たち、相棒だったんじゃなかったの!」
なのはが病室の中から、痛みをこらえて必死に叫ぶ。友の制止も聞かず、ひたすらに。
「セルジオくん!」
けれど、その声がセルジオに届くことはなかった。
『父』と呼びたくて、でもなんだか照れ臭くて、呼べなかった人がいた。まだ教えて貰いたいことが、返したい言葉がたくさんあった。
大切に思っていて、姉のように感じていて、感謝の言葉も、想いも伝えきれなかった人たちがいた。
かけがえのない仲間たちがいた。良い人ばかりで、自分のことを気にかけてくれた人達。
初めて特別に思って、笑顔に見惚れて、隣にいると安らぐ少女がいた。これからも一緒にいたいと思っていた。
けれど、もうそれを取り戻す術はない。
時計の針は戻らない。
辛くても進むしかないのが、人生だ。
これが今回の事件の顛末で、これ以上何かが進展することはない。
そしてセルジオは三課に一人残されたまま、一年の時が過ぎた。
これにて三章新暦68年《喪失の代償》終了となります。
次回、いつも通り閑話を挟み四章が始まります。
軽くこの時点でのセルジオのプロフィールをば。
『セルジオ・アウディ』
【立場】
航空魔導隊三課 隊長 一等空尉
【リンカーコア状態】 「侵食済」
【魔導師ランク】
陸戦AA - 空戦AA + 総合AA
【使用デバイス】
ゼファー・EC550
S2U・カスタム
【使用可能魔法】
・転移 ・砲撃 ・加速 ・解析
【身体状態】
淡い金髪。濁った翠と紅の混ざった色合いの瞳。
EC感染状態 : 「末期」。
【家族構成】
亡母『セピア・アウディ』
亡父『ゼスト・グランガイツ』
義妹『ルーテシア・アルピーノ』