朝起きてまずするのは朝食を作ることだ。
「よっと」
卵を割りベーコンと一緒に油をひいたフライパンに放り込むと、じゅわわと油が弾けた。そこに少しの水を入れて蓋をする。ベーコンエッグができるのを待つ間にトースターに食パンを二枚入れるとプチトマトとキャベツを洗って、キャベツの方は茹でておく。
そうこうしているとトースターがパンが焼けたと騒ぐのでパンを取り出すと手早くマーガリンを塗り、ベーコンエッグを野菜と一緒に皿に並べる。
「まあ、こんなもんか」
ベーコンエッグにトースト、茹でたキャベツにプチトマト。後は食後にヨーグルトを出すつもりでいる。
これでなら味覚がイマイチはっきりしないセルジオでもほとんど味見無しでそれなりの味にできる。
「ルー、起きろー、遅れるぞー」
リビングの隣の寝室でまだ寝ているのですルーテシアに声をかけると、もにょもにょと目をこすりながらルーテシアが起きてくる。腕の中には以前セルジオのあげたくまのぬいぐるみが抱かれている。
「おはよ、おにいちゃん」
「おはよう、ルー。早く顔洗って朝食にしよう」
「ん…………」
ルーテシアが未だ覚め切らない意識のまま洗面所に向かう。
その間にコップに牛乳を注いでいつものルーテシアの席に置いておいてやる。
「……あらった」
「ん、そうか。じゃあ食べようか」
幾らか意識がはっきりしたらしいルーテシアはいつもの席につくとパンに手を伸ばそうとして、対面の手を合わせていたセルジオを見てハッとしたように自分も手を合わせた。
「いただきます」
「いただき、ます?」
セルジオの言葉を真似したルーテシアは今度こそパンに手を伸ばして一口かじる。
それはルーテシアの兄の奇妙な所作だった。兄はいつでも食事の前に手を合わせて「いただきます」と食事に手をつける。
きっとミッドチルダの文化ではないだろう。少なくともルーテシアの行く託児所に同じことをしている人はいない。
別に強制されるわけでもないがルーテシアもなんとなくそれを真似していた。
「こら、ルー口元が汚れてる」
「んむんむ、とれた?」
「ああ取れた。綺麗になってるよ」
食事を終えると、寝室のベッドに座っているセルジオの膝の間で髪をすいて貰う。
壊れ物を扱うかのようなひどく丁寧で、恐れるような触り方。忙しい兄が自分の事を大切にしてくれていると実感できるその時間がルーテシアはとても好きで、同時になんだか距離があるような感じがして、少しだけ苦手だった。
「ねえ、おにいちゃん」
「ん?」
「今日はおむかえおそくならない?」
「うん、大丈夫。今日はちゃんとみんなと同じ時間帯に帰れるように迎えに行くよ」
「そっかー」
ルーテシアが髪を梳かして貰いながら足をぱたぱたと振った。
セルジオに迎えに来てもらうのは嫌いではない。周りの友人たちから「あれがルーテシアちゃんのお兄ちゃん?」と驚いて貰えるのは気分がいいし、兄が管理局員、しかも武装隊である事も羨ましいと言われた事も多い。
けれど、それでも、ルーテシアはしばしば思ってしまう。
「ママとパパ、まだ帰ってこれないのかなぁ」
ルーテシアも最初は両親を恋しがって酷く泣いていたが、一年もすればその回数は減っていく。だと言っても甘えたい盛りのの少女が親と引き離されて寂しくないはずがないのだ。
「ねえ、おにいちゃん、ママたちのおしごとってまだかかるの?」
「…………たぶん、そんなに遠くないうちに帰ってこれるよ」
「ほんと?!」
「こら、こっちむいたら髪、できないだろう」
「……はーい」
髪を整えてもらうと髪をリボン──以前
「えへへ」
くるりと姿見の前で回ると気分良さそうに声を漏らすルーテシア。
その隣で既にワイシャツ姿だったセルジオはネクタイを締める。ハンガーにかけてあった上着に袖を通すと卓上に置いてあったバイクのキーを取った。
「ルー、そろそろ行くけど準備できてるか」
「あ、うん、すぐ行く!」
ルーテシアは玄関の兄に返答して、ふと先ほどのことが思い起こされる。
振り返った時に見えたセルジオの表情は、ほんの一瞬だけ、酷く悲しそうな表情をしているように見えた。
(なにか、いけないこと言っちゃったかな)
けれどそれも一瞬のこと。驚きで瞬きした時にはもう既にいつものような感情を伺わせないものへと変わっていた。
(きのせい、だよね)
だってセルジオが弱音を吐くところなど一度も見たことがない。きっとルーテシアの勘違いだったのだろう。
バックを持って駆け出すルーテシアはセルジオからヘルメットを受け取ると手を繋いで駐車場に向かった。
セルジオがルーテシアを引き取ってから一年。
まだルーテシアは自身の両親に二度と会えないことを知らないままだった。
航空魔導隊三課。
それは
しかしそれも既に過去のこと。
今はゼストの後継として元分隊長のセルジオ・アウディを隊長として再編成が行われている。
だが一度全滅した部隊、しかも部隊長は19歳の一尉。そんな部隊に志願して入るものはおらず、セルジオ一人で三課としての機能を回しているのが現状だ。
セルジオが一人地上本部を歩いていると、見知らぬ人たちの視線を背中に感じる。
(俺もとんだ有名人になったもんだな)
たった一人の て武装隊にいる変わり者。部下を死なせて逃げ帰り、そしていなくなった上司の後釜にまんまと収まった若輩。
それがセルジオを見る周囲の目だ。そしてそれは何一つ間違っておらず、セルジオの現状を表す言葉だ。
だからセルジオも否定しない。
しばらく歩き地上本部の高層、中将クラスの執務室までやってくると軽く扉をノックする。
「入れ」
扉越しに聞こえた低い声に従って扉を開け中に入る。
柱のように天井まで聳え立つ本棚の向こうにいるのは、神経質そうな顔をした小太りの男と、その側に控える一人の眼鏡の女性。
地上本部の司令官の一人、『レジアス・ゲイズ』と、その娘オーリス。
今のセルジオの──正確には三課の──直属の上司に当たる人物である。
「お久しぶりですね、アウディ一尉。
「はい、お陰様で」
「そうですか。料理でしたらまたいつでも教えます。何かあれば遠慮なく連絡を」
「ありがとうございます、助かります」
「……少し疲労が見て取れますね。ちゃんと寝ていますか、身体は資本です。大切にしなさい」
淡々と告げるオーリスだが、その言葉の裏にセルジオを気遣うような意思が潜んでいる。
セルジオが薄い笑みでオーリスに答えると、視線をその隣のレジアスへと移す。
「それで今日は何のご用でしょうか。先日回していただいた案件なら報告書を提出したと思うのですが……」
「ああ、それは既に確認した。良くやってくれた、迅速な対応に感謝する」
「それが
ふっと自嘲げに表情が歪む。
(……エクリプスの侵攻は、そこまで見て取れん、か)
そう考えてレジアスが首を振る。
見てわかるならそもそもゼストがセルジオの異変に気付いていただろう。きっとセルジオはエクリプスの侵食を他人に感じさせることはなく騙し切る。
(セルジオの寿命が最低あと半年足らず……)
最高評議会にセルジオについて教えられたのはおよそ半年前。
それからなんとかエクリプス治療の方法を探したものの中将とは言え、魔法もなく、あてになる人脈もあるわけでもないレジアスでは何も掴むことはできなかった。
最高評議会の後ろ盾こそあるものの、今回の件で彼らがレジアスが手伝ってくれることはないだろう。
「レジアスさん?」
ふと、セルジオに名前を呼ばれてレジアスが顔を上げる。
まだセルジオとの話の途中で少し考え込んでしまっていたらしい。
「すまん、用はお前の顔をみておきたかったのもあるが、三課の今後について少し、な」
レジアスが机に肘をついて腕を組むと、セルジオの表情が硬くなる。
「知っての通り、三課は一年後に解体となる。それは事前に通達しておいた通りだ」
「はい。運用期間が最低十年を想定したためそこまでは部隊を存続させなければならない、と聞いています」
「そうだ。故に今貴様一人だけでも部隊として運用している」
本当は何をするかわからないセルジオを監視する意味も込めて寿命が尽きるまで三課に押し込んでいるだけなのだが、それをセルジオは知る由もない。
「しかしかといって今のように、お前一人を部隊に置いておく、というのは外聞も悪い」
「はあ」
「故に、貴様に一人魔導師を預ける。せいぜい上手く使うといい」
「え、新人、ですか?」
「有り体に言うとそうだ。お前が育て、助手として扱き使え」
「む、無理です!」
セルジオが叫んだ。
「今の三課にそんな余裕はありません! そもそも、残り運用期間が一年なのに、新人だなんてそんなの無茶苦茶──」
すっとレジアスがセルジオを手で制する。
「案ずるな。完全な新人と言うわけではない。むしろ、名前は間違いなくお前も知っているだろうさ」
セルジオが眉を寄せると、レジアスが忌々しげに鼻を鳴らした。
「
「レアスキル持ち?
「なんでも本人の希望だそうだ。実地での経験を積みたいと、あの三提督経由で言ってきおった」
とにかく、とレジアスが前おく。
「しばらくはお前には出向してきた魔導師と共に動いてもらう。異存はないな?」
「……はい。レジアスさんがそう言うなら、俺は異論を唱えるつもりはありません」
翠に他の色合いが混ざったような濁った瞳のセルジオ。レジアスは僅かに目を伏せて息を吐くと、隣に控えているオーリスに声をかけた。
「奴を呼べ、今はちょうどここにいただろう」
「良いのですか? 正式な配属は来週からですが」
「構わん。ウチのを何度もここに足を運ばせることを考えればアレを呼ぶ方が良いだろう」
わかりました、とオーリスが頷くと端末を操作して、通信を繋ぎレジアスの執務室に来るように伝えた。
「レジアスさん、件の新人、俺も知ってるって言ってましたけど……」
「ああ、確か二年前か? お前が高町空尉の救援に行った際にその場で指揮官をやっていた魔導師──いや、騎士か」
「騎士、ベルカの、騎士」
一人、思い当たる人物がいる。
数年前に一度出会い、その後なのはを通して何度か話したことがある、ベルカ式の魔法を扱う『騎士』。
「失礼します」
独特のイントネーションで扉が開かれ、声の主がレジアスの執務室に姿を見せた。
「ご無沙汰しています、レジアス・ゲイズ中将、オーリス・ゲイズ二等空尉」
小さな背丈。ブラウンのショートヘアは『陸』の茶色の制服の肩あたりまで伸ばされていて、髪を一房纏める髪留めが彩っている。
そして、此方を見つめる瞳は深い海の青。
「そして、
その少女を知っている。何度か話したこともあったし、何より『彼女』と別れた日、目の前の少女もそこにいた。
「『八神はやて』二等陸尉、現着しました」
『夜天の魔道書』最後の主。守護騎士たちの主で、SSランクの埒外の魔導師ランクからついたあだ名は『歩くロストロギア』。
「よろしゅう、おねがいします」
そうして少女は──八神はやては、にこりと人当たりの良さそうな表情を浮かべた。
と言うわけで4章開始です。まだ作中時間は70年となります。
ここで少し紹介を。
Twitterでなしぜさん(@NASHI_jelly )からフォーデトのなのはの支援絵を頂いたのでここでご紹介させていただきます。
【挿絵表示】
作者もはじめて支援絵を頂いたのでとても嬉しかったです。
しかもなのはとのデートスタイル。死ぬほど嬉しかったです。
と言うわけで話は少しズレましたが、光を失った『彼』のForce Detonater第4章、始まります。