あの日から何をすればいいのかわからない。
身を捨てるほどに求めるものがあった。
必死に手を伸ばして掴もうとした光があった。
けれどもう星は見えず、ただ一人の義妹の為に日々を無為に繰り返している。
いつか、もう一度星が見える日は来るのだろうか。
第23管理世界。
一応管理世界の一つであるもののミッドチルダや他の一桁台の管理世界に比べると文化レベルは低く、次元通信なども全ての都市に配備されているわけではない。
けれど、この世界には一つ他の近隣世界には見られない特徴があった。
ここには『アルハザード』や『古代ベルカ』の関連遺物が眠っている遺跡があるのだ。
もちろん明確にそうであるとわかっているわけではなく、その時代の遺物である可能性が高い、というだけなのだが、それでも希少であることは間違いない。
現にミッドチルダでは見られなかった遺物もいくつか見つかっており、『エクリプスウイルス』もこの世界で見つかったものであるが、セルジオは知る由もない。
そういった理由から第23管理世界は、管理局の管理下にも関わらず殆ど手つかずのまま自然が残り、代表的な都市の一つであるルヴェラは『文化保護区』として指定されていたりもする。
そしてその遺跡のいくつかは一部企業による研究施設が付近にあり、セルジオたちが訪れている『ヴァイゼン鉱山遺跡』もまたそうだった。
「いや、お待たせして申し訳ない」
セルジオとはやてが待たされていたヴァンデイン・コーポレーションの研究所の応接室に一人の男性が姿を見せる。
「少し会議が長引いてしまって。私としてはさっさと終わらせたかったのですがね」
「構いませんよ、そのお若さで一部門の室長ともなればお忙しいのでしょう」
「ははは、陸きってのホープに言われるとどうにもこそばゆいですね」
悪戯っぽい笑みで差し出された手に、セルジオ、はやても立ち上がってそれぞれ握手に応じた。
男が控えていた事務員の一人に飲み物を頼むと、セルジオとはやての対面のソファに腰をかけ、机を挟んで向き合う。
「さて、私は『ヴァンデイン・コーポレーション』の遺失遺物研究室長の『ハーヴィス・ヴァンデイン』と申します。ハーヴィスとお呼びください」
「ご丁寧にありがとうございます。私は航空魔導隊三課のセルジオ・アウディ一尉です。こっちは分隊長のヤガミハヤテ二尉です」
「八神はやてです。よろしくお願いします」
「これはまたお若い。こちらこそよろしくお願いします」
男──ハーヴィスは興味深そうに目を見開いたが、すぐにまたにこりと笑った。
「ハーヴィスさん、今日のお話は確か研究所に不審者が、というお話でしたが、詳しいお話は貴方から?」
「それは勿論……と言いたいところですが、その前にお二人は我が社のことをどの程度ご存知ですか?」
「一応、最低限のことは」
『ヴァンデイン・コーポレーション』。
ミッドチルダや、その他管理世界を中心にさまざまな事業を手広く手掛ける大企業。
その中でも特に力を入れているのは『魔法兵器』についてであり、同様の研究を行っている『カレド・ヴルフ』社とは、わかりやすく言うならばライバル関係にある。
基本的には『ヴァンデイン家』による経営であるが、企業して40年経った二代目の今でも経営は傾いていない。
つまり、今セルジオたちの前にいるハーヴィスも二代目の跡を継ぐ存在、詰まる所次期専務取締役、と言うわけだ。
無限書庫で仕入れた情報と元からの知識を掻い摘んで伝えると、ハーヴィスは「素晴らしい」とぱん、と軽く手を叩く。
「なら本題に入って良さそうですね」
ハーヴィスは足を組むとポケットからペンを取り出して手の中で弄び始めた。
「始まりは一週間ほど前でしょうか。私共の研究所に侵入者がありました」
はやてが眉を寄せる。
「侵入者、ですか? 聞いていた話だと不審者だと……」
「ヴァンデイン・コーポレーションも大企業ですからね。無意味に悪評を立てられるのは困りますから」
「成る程、では、その侵入者については?」
「取り逃がしました。そして残念なことに遺跡から発掘された研究用の備品もいくつか盗まれました」
「それは、
表情を険しくしたセルジオの前でハーヴィスがチチチ、と指を振って舌を鳴らす。
「そこまで大騒ぎする程の事でもありません。確かにいくつか取り返しのつかないものもありましたが……それも本筋の研究に必要なものではありませんでしたから」
「……一応、それでも盗難届けは出していただきたいですね」
「ははは、それはいずれ。それで、話を戻しますが、その後盗まれた備品を調査して、私たちは次の侵入者の行動を割り出しました」
「は?」
「侵入者はまたここに来ます。そしてもう一度ウチの研究備品……今度は本命のものを持っていくでしょう」
「ちょ、ちょっと待ってくださいハーヴィスさん」
セルジオが慌てたようにハーヴィスを留めた。
「侵入者の行動がわかってるんですか?」
「はい」
「もしかして知り合いだったりしますか?」
「いいえ」
「……なら声明文でもありましたか」
「いいえ」
「……こちらも調査したと言われても、根拠を示して貰わないことには信じられません」
「あー、やっぱりそうなりますか。こちらとしては『企業秘密です』としかお答えできないのが苦しいところですね」
くるくると回していたペンで頭をかくハーヴィス。先程から顔に貼り付けられた色は変わることはなく、その腹の中は窺い知れない。
「……此方が捜査資料の提供をお願いした場合はどうです」
「それも難しいですね。できるのは精々日付の予測くらいです」
「そうですか」
セルジオが表情を崩さないまま暫く黙り込むと、やがてわかりました、と絞り出すように声を漏らす。
「できる限りの情報提供をお願いします。私たちはしばらくは此方に滞在して対応します」
「おお、そうですか! 流石アウディ一尉! 此方の管理局ではなくわざわざ上に口をきいてもらった甲斐があったと言うものです」
ハーヴィスがペンをポケットに直すとソファから立ち上がる。
「話もまとまったところで一緒にお食事でもどうです? もし良ければご一緒しませんか? と言ってもウチの食堂にはなりますが……」
「いえ、私たちはここで失礼させて貰います、ヤガミ二尉」
「はい、お話ありがとうございました」
ほんの少し残念そうに眉を寄せたハーヴィスに会釈すると、セルジオたちは応接室を後にする。
セルジオが軽く眉間を揉みながら研究所の外へと向かう廊下を進むと、頭の中にはやてからの声が響く。
「(セルジオ一尉、さっきのハーヴィスさんの態度って……)」
「(十中八九侵入者の事について知ってるでしょう)」
「(ならもう少し突っ込んで聞いたりはできなかったんですか?)」
「(企業の人間はああいう時は梃子でも話しません。どれだけ粘っても同じでしたよ)」
そこまで念話を送って、不意にセルジオがふっと鼻を鳴らした。まるで、自らのことを自嘲するように。
「(まあ俺の人を見る目なんてあてにできませんが)」
「(? どういう意味ですか?)」
「(いえ、何でもありません。忘れてください)」
はやては何かを聞きたげにセルジオの横顔を見上げたが、セルジオは念話を一方的に切った。
(戦闘機人の変装も教授の嘘も見破れなかった俺だ。自分の目だって信頼ならない)
セルジオは局員になってもうすぐ10年に近い。その間に培った人を見る目と経験は確かなものだ。だが、それを信じられるかどうかはまた別である。
足音を鳴らして研究所の廊下をセルジオの靴底が叩く。 せかせかと無言で足を進めるセルジオにはやてが慌てたように声をかけた。
「セルジオ一尉、少し歩くの早いです!」
歩くのが? とセルジオが僅かに首を傾け、そこまでして漸くセルジオがはやてが半ば小走りに自分についてきているの気づく。
(歩幅が、違うのか)
セルジオの足がぴたりと止まると、小走りのはやてがセルジオの背中に追突する。
「あいたっ」
「む、すまない、ヤガミ二尉」
「いてて、別にいいですけど……」
「いや、その……」
セルジオが不思議そうに自信を見上げるはやてに視線を落とす。
彼女の頭は180以上あるセルジオからみれば肩にも届かない程の高さにしかない。それだけ差があれば歩幅だって違う。セルジオの歩幅に合わせようとすれば自然、はやてのように小柄な子は早歩きになってしまうだろう。
もしかして、昔セルジオの隣にいた少女もこうして歩幅を合わせてくれていたのだろうか。
いちち、と鼻を抑えるはやてにセルジオが向き直る。
「ヤガミ二尉」
「ほえ?」
「すまない、君のことにまで気が回っていませんでした」
「あ、いえ別に私はそんなに……」
「不甲斐ない上司です、俺は」
申し訳ない、とセルジオが頭を下げる。
しばらくはやてはぽかーんとしていたが、やがてぷっと堪え切れないように笑いをこぼした。
「そんなわざわざ謝ってもらうことでないです」
「それでは俺の気が済まない」
糞真面目にまた頭を下げるセルジオ。
十九の男が中学生ほどの少女に深々と頭を下げて謝罪する姿は、はやての感性では珍しいものだった。
(これはなんちゅうか『セルジオくん』らしいかも)
少し頭が固くて糞真面目。どんな人にも丁寧に対応する不屈の人。なのはから聞いていた『セルジオ』評に少しだけ納得するはやてがいた。
その後、はやてに許してもらったセルジオは歩幅を少し緩めて研究所の外へ。
そして付近の鉱山町で待たせてあるリインの元へ。
「さてリインフォース空曹はどこにいるか」
「確か聞き込みをしておくとか言ってましたけど……」
「聞き込み、ですか」
二人の脳裏に「バッチリ任せとくですよ!」とサムズアップしたリインが思い起こされる。
「……新種の魔法生物と勘違いされてなければ良いですが」
「や、流石にそれはないでしょう……」
「どうでしょう、ここでは魔法生物が日常的に食べられているそうですから。案外ありうるかもしれませんよ」
「え、う、嘘ですよね……」
「ええ、冗談です」
「ん?」
「──ん、あちらにリインフォース空曹の魔力を感じますね、行ってみましょう」
あまりにもフラットに言われたので今なんと言ったか問いかけたい衝動にかられるが、当のセルジオはリインの魔力を辿って行ってしまった。もう真実は闇の中だ。
セルジオについていきながらはやてが周囲の様子を確認する。
民家はどれも一階建の木造を主としたものが多く、クラナガンに見られるような高層ビルや、車などはほとんど見受けられない。
しかし住民は皆忙しく働きながらもどこか満ち足りた表情を浮かべている。
はやてが何となく『いい町だな』と頬を緩めると、またもやセルジオが急に足を止める。
「ぶぎゅ」
セルジオの背中に顔をぶつけてはやてが蛙が潰れたような声を出した。
「セルジオ一尉今度は一体なんですかぁ〜」
「いや、リインフォース空曹が、その……」
「リインが?」
ひょっことはやてがセルジオの背中から頭を出す。
すると、そこに確かにリインはいた。
いつもの妖精のような手のひらサイズではなく、七、八歳ほどの大きさのモードになっており、どうやら連れ去られているのは杞憂だったようだ。
局員として町に溶け込もうとしたのはなるほど、確かに良かっただろう。
そう、町の子どもたちと空き地で一緒に遊んだりしていなければ。
リインは数人の子どもに混じって鬼ごっこに興じており、弾けんばかりの眩しい笑顔を見せている。
「リインフォース空曹……」
「リイン……」
まあ確かにリインフォース・ツヴァイは
しばらく二人が何も言わずにリインを見ていると、一緒に遊んでいる子どもの一人、銀髪の子どもが「管理局員だ!」とセルジオたちを指差した。
何人かの子どももセルジオたちへと視線を向けて、リインもまたつられるように視線を動かして、笑顔がピシリと固まる。
「…………」
リインはしばらく気まずそうにはやてたちを見つめていたが、急にこほん、と咳払いをすると、何も言わない二人の元にかけてきた。
びしっと敬礼を見せるリイン。
「リインフォース空曹、聞き込みの結果特に問題は見つからなかったですよ!」
「いや今めっちゃ遊んでましたよね空曹」
「気のせいです!」
「いや服めっちゃ汚れとるで、リイン」
はっとしてリインが服を払うが、語るに落ちていた。
「ご、ごめんなさい?」
「リーイーンー」
「ひゃあっ、ごめんなさいですよはやてちゃーん」
てへっとしなを作って謝ったリインだが、はやてはその程度で許してくれそうにはなかった。
「た、隊長さーん」
「私は少しレジアス中将に連絡した後、知人に連絡を入れてきます。妹のことがありますから」
「そ、そんなぁ〜」
「空曹、しばらくお仕事が大変ですよ」
「わーん、はやてちゃんと隊長さんのいじわるぅ〜〜」
リインがはやてに叱られる姿を見ながら、セルジオがくすっと思わず笑って、慌てたように自分の顔に手を触れる。
(……笑ったのか、俺)
誰かのおかげで笑ったのは随分久しぶりな気がしていた。
セルジオ君敬語モード。
それとご報告、というかちょっとした自慢。
めりっとさんから支援絵を頂いてしまいました。
【挿絵表示】
セルジオ君のおかーさんことセピアさんです。とても嬉しい。
活動報告にツイートのURLも載ってるのでそちらも良ければ。
あ、もう気づいた人もいるかもしれませんが『ヴァイゼン』はForceに出てくる地名だったり。