Force Detonater   作:世嗣

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二人の差

FS(フォーミュラスキル)()()()()()インパルス》」

 

 陽炎が爆ぜる。

 

 今まで互角に渡り合っていたはずのトーレが《ライドインパルス》より一段階スピードを増した。

 

 計算しきれば万象を読み解き、未知の未来を既知へと引きずり落とす『ゼファー』の行動予測システムを、トーレがたやすく上回る。

 

「あ────」

 

 ──りえない、と思わず言葉が溢れるよりも早く、群青の陽炎が搔き消えると解析魔法とセルジオの『本能的』探知からも完全に消失した。

 

 セルジオがその事に警戒を()()()()()()()、武器を構え直す暇すら()()()、トーレの使った能力について()()()()()()()()

 

 そして、全ては一瞬で終わった。

 

 トーレが背後に回り込む。

 ただ刃を構える

 背中を真一文字に斬り裂いた。

 

 特別な技巧を凝らしたわけでもなく、驚異的な攻撃力があったわけでもなく、ただ、近づいて斬るという、剣を握りたての新兵でも出来ること。

 

 ただそれを、瞬きすら叶わない速度、音が空気を震わせる速さを超えて、常人が思考できる速度を追い抜いて、行って見せただけ。

 

「──あ、が」

 

 それだけでエクリプスの侵食が末期のセルジオの回復力すら追いつかない一撃を叩き込んだ。

 

「私の勝ちだ、セルジオ・アウディ」

 

 それは、戦闘が始まってから僅か二分後の事だった。

 

 勝者(トーレ)は短く、けれど万感の想いを込めて、墜落して地に這い蹲る敗者(セルジオ)に告げる。

 

「く、そ……」

 

 トーレが陽炎に身を包んだまま地に降り立つ。

 見下ろした視線の先には半壊した研究所を背後に、取り落としたゼファーへと手を伸ばさんと(もが)くセルジオ。

 背中から細い煙を上げながらふらつく身体を叱咤する。

 

「ぜ、ファー、は……」

 

 ECは基本的にゼファー内にあるディバイダー550から供給される。ディバイダーはエクリプスを『感染させる』ものであって『制御する』ものではない。そこから供給されるのはエクリプスウイルスそのものに他ならない。

 故にセルジオが治癒能力を高めようとするならば、エクリプスによる感染レベルを無理矢理に引き上げるしかない。

 もしこれがディバイダーだけでなく『リアクター』と呼ばれる制御するパーツがあれば話は違ったのだが、それを手に入れられる可能性のあった『教授』は既にいない。

 

 セルジオが紅く霞む視界で槍の柄に震える手を伸ばすが、その腕をトーレが踏み潰す。

 

「ぐ、がぁっ」

 

「つまらん、つまらんぞ、セルジオ・アウディ」

 

 ぎしぎしと黒のガントレットごと腕を踏み潰しながらセルジオを見下ろすトーレ。

 

「以前の貴様はこんなものではなかった。こんな容易くやられたりしていなかった。熱意があった、根性があった、殺意があった、そして何より瞳の中に光があった」

 

 ところが今はどうだ、と言ってトーレはゼファーを蹴飛ばす。槍がごろごろと転がりセルジオの手が届かぬ遠くへと吹き飛ぶ。

 

「目は腐り、あるのは申し訳程度の意思と、中身の伴わない薄っぺらい言葉。あのセルジオ・アウディとは思えん。偽物と言われた方がまだ信じられる」

 

「────ッ」

 

「それになんだ貴様、本当にこの一年何もしてなかったのか、()()()()()()()()()()

 

「そ、れは…………」

 

 何も言えない。

 あの日からセルジオの時計の針は止まってしまった。時間は進んでいるのに、周りはどんどん変わっていくのに、その流れから自分だけが取り残されている。

 

 ずっと、あの日に見たなのはの顔が、ゼストの背中が、クイントの声が、メガーヌの手の感触が忘れられない。

 

 先ほどまで浮かべていた笑みを消して、トーレがセルジオの腕を解放すると、そのままの勢いで雑に顔を横合いから蹴りつけた。

 

 遠慮のない蹴りに、口の中が切れて頬の内側の肉が歯に突き刺さる。顔を地に擦り付け、げほげほと咳き込むと血反吐と一緒に細かな白い破片がこぼれた。

 

「早く本気になれ。私にあの時の輝きを見せてみろ。でないとお前は死ぬぞ」

 

「ーーーっ、ァ」

 

「私を許せんだろう。憎いだろう。復讐したいだろう。痛めつけてやりたいだろう。同じことをやって謝らせたいだろう。ならさっさと覚醒するなり捨て身で向かってくるなりなんなりやってみろ」

 

「ふ、ざ、けんなっ!」

 

 セルジオががむしゃらに右拳を振るう。それは静かに佇む仇を狙って空気を掻き分け、そしてぱしん、と呆気ないほど軽い音を立てて受け止められる。

 

 

()()()()()()

 

 

 風切り音は一つ。瞬き一回にも足りぬ時間で陽炎を纏ったブレードは、セルジオの拳の先から肩口まで真っ二つに切り裂いた。

 

「ぐぁああああああっ!」

 

 痛みに耐えかねた絶叫が結界の中に木霊する。

 耳朶に響く音に関心を見せず、トーレが失望したように深い嘆息をこぼした。その顔は返り血に濡れている。

 

「なんだ今の適当な攻撃は。なぜ魔法を使わん。体術を使わん。初めて出会った時捨て身で私に炸裂弾を出した貴様はどこに行った」

 

 拳の先から肩まで二つに泣き別れた腕の断面から止めどなく血が溢れ、その間にぶよぶよした黄色い脂肪と濁った白の骨と、赤黒い肉が覗く。

 断面からは細かな煙が立ち上り泡立つように治癒されていくがそれでも背中の傷も治りきっていないせいか、再生スピードが明らかに遅い。

 

 都合のいい覚醒など起こらない。

 

 停滞を選んだセルジオは、進化を選んだトーレには敵わない。

 

 奇跡など起こらない。

 

 奇跡は一生懸命の報酬だ。ただ無為に日々を繰り返し、怠惰に時間を消費した者の元に奇跡は降ってこない。

 

 以前のセルジオならともかく、()()()()()()()()わかる。わかってしまう。

 

 セルジオではトーレに勝てない。これは、絶対に、絶対だ。

 

 痛みに呻くセルジオのトーレを見上げる瞳に、絶望の色が混ざる。

 

「嗚呼、()()()()()()()()

 

 小さな声だった。まるで子どもが玩具を取り上げられたような、そんな心底ガッカリした声音。

 

「もう、これ以上生きていても貴様は生き恥だ。ドクターが何と言うとしても、私は貴様はもう生きるべきでないと考えた」

 

 ひゅっとトーレが刃を鳴らした。

 

「だから、ここでは終わっておけ、セルジオ・アウディ」

 

 セルジオの首に群青のブレードが添えられた。

 

 へたり込んだままのセルジオの首元にブレードのエネルギーの胎動が肌を通して伝わってくる。恐ろしいエネルギー量だ。きっとトーレが軽く首を撫でるだけで胴体と頭は泣き別れ、自分という生命は終わりを迎えることだろう。

 

(死ねる、のか……俺……)

 

 良いんだろうか、このまま死んでしまって。

 

(俺は頑張った、よな)

 

 鍛錬は欠かさなかったし、一人になっても言われた仕事はこなしてきた。

 

(偽物の俺が、なり損ないの俺が、凡人の俺が、よくやった、よな)

 

 なら、いいんだろうか。

 

(ゼストさんとおんなじ風に死ねるから、悪くないのかな)

 

 ぼう、とトーレを見上げていると、体からすとんと力が抜けた。

 

 そしてセルジオはトーレの振るう狂刃に身を委ね────

 

 

「セルジオさんっ!」

 

 

 セルジオの身体を白銀の魔力盾が包んだ。ギン、と刹那の隙間トーレの刃を白銀が受け止めるが、トーレの目が青く光ると幻のように儚く消える。

 

 だが、その刹那の間、視界に白銀に混じって舞い散る黒翼。

 まるで雪の様な白銀に映える黒の色、だがそれが見えたのも束の間、身体を誰かに引き倒されそのまま地面を転がるとトーレの刃から逃れた。

 

「何やっとるんですかセルジオさん!」

『リインたちが間に合ってなかったら死んじゃってましたよ!』

 

「や、ガミさんに、その声は、リインさん……ですか」

 

「はい、そうです」

 

 断言できなかったのは自分をかばってくれた子が先ほどの魔力光と同じ白銀の髪をしていたから。地面を転がって土に汚れてなお強く此方を見据えるのは、コバルト色の澄んだ瞳。

 

(ユニゾンって、やつか……)

 

 融合機リィンフォース・ツヴァイとその主八神はやてが魔力的同調を起こし、その能力を飛躍的に上昇させる古代ベルカのロストテクノロジー。

 セルジオも知識としてはそのことを知っている。

 

「貴様、『八神はやて』だな。事前情報の中に入っていた、夜天の書の主」

 

「知って貰えてて光栄です。そういう貴女はどちらさんですか」

 

「貴様に名乗る名などない」

 

 はやての問いかけを切り捨てると、トーレが刃を構えるけれど、はやては怯んだ様子すらなく、傷だらけのセルジオを胸に強く抱いた。

 

「退け、娘。私はそこの男に用がある」

 

「退きません。この人はもう傷つけさせへん」

 

「勘違いするな。これは命令だ、さもなくばお前共々ここで殺すになるぞ」

 

()()()()()()()()()()()

 

 なに、とトーレが眉を寄せる。

 

「貴女とセルジオさんが研究所を出て四分。私が一体今まで何しとったと思います」

 

 リイン、とはやてが小さく声をかけると、今まで幻影魔法で隠蔽されてたベールが剥がれ、はやての背後に展開された追尾式魔力刃(ブラッディダガー)と、石化付与魔力弾(ミストルティン)が露わになる。

 

 その数、二つ合わせて実に数百。

 

 そして、その弾幕の背後に、巨大な収束砲をチャージした白銀のベルカ式魔法陣が鎮座していた。

 

「貴女がそこから一歩でも動けばこれを撃ちます」

 

 はやてがやったことは単純だ。セルジオがトーレを連れて空へと向かった直後現地管理局へ連絡を入れ、命じられた通り広域結界を発動。戦闘機人と自身らを隔離。

 その魔力量に幅を利かせてたっぷり三分かけてる最大展開できる攻撃魔法を限界まで待機させると幻影魔法で覆い隠した。

 

 誰にもできることではない。桁違いの魔力量と制御用魔導杖(シュベルトクロイツ)魔導収集制御デバイス(夜天の書)外付けの演算回路(リィンフォース)がいるはやてだからこそできたことだ。

 

 伊達に『歩くロストロギア』と呼ばれているわけではない。時に一つの次元世界を左右できるだけの力を持つロストロギア、それに等しい力が彼女の体には宿っている。

 

「そんな脅しが通じるとでも?」

 

「脅しと思うかどうかはあんた次第やな」

 

「……ほう」

 

「私は今融合機とユニゾンしとる。そして最低限のダメージは融合機と私とで分担することができる。たぶん、あんたがどれだけ早くても私か融合機のどっちかがトリガー引くくらいできるで」

 

「当たると思うか?」

 

「この数で当たらへんと思うん?」

 

 ミストルティンは触れた箇所を石化するという付属効果を持ち、それはかするだけでも効果が発動する。一度起動して仕舞えば石化は全身に広がり、解除するには特殊な魔法が必要になる。

 そしてブラッディダガーは追跡起爆弾、言ってしまえば永遠に追いかけてくる爆弾の様なものだ。

 いくらトーレの速度が驚異的と言えど視界いっぱいの弾幕を完全に避け切るのは不可能に近い。

 

 ならば、とトーレが戦闘機人としてのシステムを使って数百メートル離れた森の中で息を潜めている狙撃手、ディエチに通信を入れる。

 

『ディエチ、話は聞こえていたな』

 

『うん。あの女の子を撃てばいいって事?』

 

『そうだ。相手は流石に倒れはせんだろうが……反撃のチャンスにはなるはずだ』

 

『相手の盾を消せないの? トーレ姉さん最初の狙撃の時にあの子の盾消したよね』

 

『そう都合のいいものでもなくてな。では頼んだぞ』

 

 トーレが通信を切ると、エネルギーを内部に新設されたフォーミュラ駆動路に流し込んでいく。すると光が弱まっていた『青』の目が次第に輝きが増していく。

 

 その事にはやてがハッとしたように身を震わせると、腕の中で物言わないセルジオを守るように抱いた。

 

「FS《アクセル────」

 

「──ッ、響け、終焉の笛!」

 

 そして、結界の中で互いの切り札を切ろうとした瞬間、はやてとトーレの間に、暁の閃光が穿たれた。

 

 トーレとはやてが思わず動きを止めると、穿たれた暁の光が晴れて、その中から真っ黒のフード姿の影が姿をあらわす。

 

「リイン、あれは」

『少なくとも局員出ないことは確かです。デバイスに管理局登録がないです』

「ということは、新手の敵さん、ちゅうわけか」

 

 はやてが警戒から身を固くしたが、影ははやて達を一瞥すらせず背を向けると、トーレに向き直る。

 

 そしてボソボソとした声で何事かを伝えると、トーレの表情が嫌悪に歪む。

 

「貴様────、いや良いだろう。今日のところは従ってやる」

 

 ちっとトーレが小さく舌を鳴らすと目の光をそのままに身を固めるはやてに視線を送り、吐き捨てるように口を開く。

 

「今日は私たちは引く。もうここに来ることもないだろう。良かったな」

 

「それは、どういう意味や」

 

「額面通りだ。私たちはここから逃げる、そう言っている。どちらにしろ、もう時間制限だったようだしな」

 

 ちら、とトーレが遠くへと視線を向ける。そこには夜空を切り裂くような光が結界越しに見えていた。恐らく現地管理局の増援だろう。

 

 トーレははやての腕の中でぼんやりと黒い影を見つめているセルジオを視界の端に捉えると、忌々しげにふん、と鼻を鳴らした。

 

 

「セルジオ・アウディ、せいぜい腑抜けたその根性を鍛え直しておけ、()()()()()

 

 

 

 そうして、トーレは、黒い影は、セルジオ達の前から姿を消した。

 

 その後、駆けつけた現地局員が調べたところ、脱出不能の結界の中であったにも関わらず、逃亡先どころか脱出の痕跡すら見つけることができなかった。

 

 

 

 

 

 

「じゃあよろしくお願いします」

 

はやてはぺこりと頭を下げて、その後の処理を現地管理局に委ねる。

そして研究所の裏で膝を抱えるセルジオのもとへと向かう。

 

「はやてちゃん」

 

「リイン、セルジオ一尉は」

 

青白い顔をしたセルジオに付き添っていたリインがはやての姿を見ると側までやってくる。

 

「やっぱり傷が自然に治ってるです。たぶん、魔法とかじゃないですよ」

 

「そっか。付き添ってくれてありがとな」

 

「いえ、リインも隊長さんには助けられたですから」

 

リインがはやての肩にちょこんと腰掛ける。

 

「セルジオ一尉、体の具合はいかがですか」

 

「……ああ、ヤガミ二尉か、仕事ならすぐに──と」

 

立ち上がろうとしたセルジオがよろめいて倒れそうになるのをはやてが慌てて受け止める。

自分よりも一回り小さなはやてに倒れこんだセルジオは、自然と肩に顔を埋める形になる。

 

疲労からか息が荒いセルジオは喋るたびにはやての髪を揺らして、吐き出される呼気は襟の中から首元を撫でる。その感覚がなんとも言えずこそばゆい。

少し気恥ずかしさが襲ってきたものの、はやてはそんなことをおくびに出さずセルジオ先ほどと同じように背中を研究所の壁に預けて座らせた。

 

「無茶せんでください。報告なら私たちがしましたから」

 

「悪い、な。最近どうにも……治癒の速度が、落ちている。昔は、けほっけほっ、このくらいどうとも、なかったんだが」

 

「治癒の速度って……」

 

ちらり、とはやてがセルジオのトーレに切り裂かれたはずの右腕を見る。ボロボロのバリアジャケットの袖の中には、痛々しい怪我が覗いているものの既に血は止まっている。

信じられないことだが普通なら再起不能レベルとも言える負傷がもう治り始めているらしかった。

 

「セルジオ一尉、早く病院に行きましょう。お医者さんに診てもろうて治療を……」

 

「病院はいい。どうせ治るんだ、そんなことってよりトーレ達の事だ」

 

「そんなことって、あなたの身体のことですよ?!」

 

はやてが声を荒げると、肩の上のリインがびくりと身を震わせておたおたと視線を二人の間で彷徨わせる。

だがはやてはセルジオから、セルジオははやてから視線を動かすことなく、互いに見つめあったまま動かない。

 

辺りを支配する静寂。

 

「ヤガミ二尉、君は……」

 

やがて、それを破ったのはセルジオの方だった。

 

「君は、『良い人』、だな」

 

ぽつりと呟いて、セルジオの顔が哀しそうに、けれどどこか嬉しそうに歪んだ。

 

「たぶん、君は俺のことを本気で心配してくれてる。出会って間もない俺のことを、それこそ本気で」

 

「当たり前、です」

 

「うん、それを当たり前と感じれることが凄いんだ」

 

セルジオが傷ついた腕をぎゅっと抱く。

 

「普通は出来ないよ。出会って間もない男を、上司を仲間を殺した上司を、自分の親友(あの子)を捨てた奴の心配までするなんて」

 

凄いな、ヤガミ二尉は、と青年はまた笑う。その笑顔が、きっと本人は笑顔のつもりであるボロボロの顔が、あまりにも痛々しくてはやてが言葉に詰まる。

 

「それが、さっきトーレに殺されようとした理由ですか」

 

「────」

 

「自分が生きちゃいけないって、生きる価値がないって思うとるんですか? だから、私たちの身代わりになっても良いって、それで死んでも良いって……そう思ってるんですか?」

 

 

 

 

─────────────

 

 

 

(死ねる、のか……俺……)

 

 良いんだろうか、このまま死んでしまって。

 

(俺は頑張った、よな)

 

 鍛錬は欠かさなかったし、一人になっても言われた仕事はこなしてきた。

 

(偽物の俺が、なり損ないの俺が、凡人の俺が、よくやった、よな)

 

 なら、いいんだろうか。

 

(ゼストさんとおんなじ風に死ねるから、悪くないのかな)

 

 

 

─────────────

 

 

 

ずっと胸の奥に占拠する想いがある。

 

それは、あの日死ぬべきだったのは自分ではないのか、という強迫観念めいた思想。

 

ゼストは父親のように思っていて、誰からも頼りにされていた『陸』のエースだった。

クイントはみんなに慕われ、やさしい家族にも囲まれた姉のように思っていた人だった。

メガーヌは娘のルーテシアとこれから大切な思い出を作って行く過程で、幸せになるべきだった人だった。

他の三課のみんなだって、誰一人だって死んで良い人はいなかった。

 

もし、死ぬべきだとしたら、家族もいない、偽物の自分であるべきだったのに。

 

「セルジオ一尉」

 

はやての海の色の瞳の中に映る自分の姿。斬られた腕を抑えた、ボロボロの死んだ目の男。

 

そして、セルジオが心の奥から吐き出すように、言葉を絞り出した。

 

「だって、俺が死んでも悲しむ人なんていないから。

 ヤガミさんとは、違うから。

 どうせ死ぬなら俺が死ぬのが一番────」

 

言いかけて頬を熱が襲った。一拍おいてぱん、と軽い音が耳朶を打ち、そこまでして今自分が頬を張られたのだということを理解した。

 

「ヤガミ、さ──」

 

「馬鹿ッ! 自分が死んでもええやて?! そんなこと有り得るはずないやろ!」

 

ぽかん、とセルジオが張られた頬を抑えてはやてを見上げた。海のような瞳の奥に今は怒りの炎が燃えている。

 

「同じや! 私も! セルジオさんも! 『今』を生きてる人間や! そのまだ生きとる人が過去を追って、過去に囚われて! 挙げ句の果てには死んでもええやて?! 寝言を言って良いのは夜寝てる時だけや!」

 

なんでこの子は、こんなに怒っているのだろう。こんな自分なんかの為に、どうしてここまで感情を荒げているのだろう。

 

「セルジオさん言うたやないか! 『妹』がおるって! その子が、あなたが──たった一人のお兄さんが死んで悲しまへんはずないやろ!」

 

ああ、この子は、自分を叱ってるんだ。きっと自分の行動が許せなくて、そのままにできなくて、背中を押したくて、叱ってくれている。

 

「あなたが本当に妹のことを思うなら絶対に死なへんって、生きて帰ってやるって思うはずや! だから、だから──」

 

そこまで言って、はやてが傷だらけのセルジオの頭を引き寄せて抱くと、頭を優しくポンポンと撫でた。

 

「ちゃんと生きてください、セルジオさん。『家族』が死んで一人残されるっていうのは、案外きついものなんです」

 

それは『家族』を亡くした事のある彼女だからこそ言える言葉だった。

 

「…………ごめん」

 

「別に気にしてないです。仮とはいえ、私はあなたの補佐ですから」

 

くすり、とはやてが笑って、また指で髪を梳くようにセルジオの頭を撫でる。

 

(……頭を撫でてもらうなんて、随分と久しぶりだ)

 

昔彼の頭を撫でてくれた人たちのことを思い出し、セルジオは静かに目を閉じた。

 

(……『家族』、か)

 

今は、きっと自分の帰りを待っている妹に、はやく会いたかった。

 

 

 

 

 




 

平成最後の更新ですかぁ。
しばらく書き溜めしながら放出する準備をしてるので少しばかりお待ちを。


あ、そんなことよりしばらくの間でたくさん支援絵を頂きました!
割烹の方に全てまとめてあるので良ければどうぞ!
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