前話に加筆してます。
多分読まなきゃ繋がらないので確認しておいてください。
結界から脱出し、ヴァイゼンの辺境に身を隠したトーレとディエチ。
彼女たちは隔絶の結界を発動すると
その様子をフードの影は見守ると何も言わずにその場から立ち去ろうとする。
「待て」
それをトーレの声が呼び止めた。影が足を止める。
「先程、何故止めた」
「……今回の任務は、既に達成している。奴のデータ取得と、一部遺物の取得」
「だから何だ? あのまま行けばセルジオ・アウディを殺せた筈だった」
「ヤガミ・ハヤテの横槍が入ってもか」
「当たり前だ。今私の力があればあの程度問題なかった」
「……果たして、本当にそうかな」
影が視界の端でトーレを捉える。
「左足の軸、右脇腹、右腿の筋断裂、といったところか」
「──ッ、貴様」
「フォーミュラスキル、だったか。そう都合のいい力ではないようだな」
影はそれ以上何も言わず、デバイスである槍を軽く振って待機状態に戻すと再びその場から立ち去ろうとする。
「……レリックのお陰で動けている死人の分際で」
トーレが毒づくと、影のフードの中から赤い光が飛び出した。
「旦那が黙っているのをいいことに好き勝手言いやがる! お前旦那が助けに入らなきゃ危なかったこともわかんねえのか!」
「アギト」
「──ちっ、わかったよ」
赤い光はふわふわと辺りを飛び回ると影のフードの中に再び身を隠した。
影は近くの木に背を預けると、ちらりと目を遠くの方へと向けて細め、先ほどの光景を思い起こす。
満身創痍の金髪の青年、影の知る彼よりも、少しだけ身長が伸びているようだった。
「…………セルジオ」
その声が誰かに届くことは無く、暗い闇の中に静かにとけていった。
第23管理世界『ヴァイゼン』での研究所襲撃の一件は一旦の終息を迎えた。
というのも依頼主であるヴァンデイン・コーポレーションがこれ以上の捜査は不要、と被害届を取り下げたのだ。
もちろんセルジオは詳しい説明を求めたがハーヴィスは「申し訳ありません、これ以上はお答えできません」としか答えることはなかった。
そうなればセルジオたち三課にできることは無い。
もともと管轄外の案件だ。レジアスから指示があれば直ぐにでも帰る必要があった。
「では、失礼します」
セルジオは報告書の提出と事件の報告をすませるとレジアスの執務室を後にする。
「はやく三課に────と」
歩き出そうとしたセルジオがふらついて思わず壁に手をついた。
「……少し無理したもんな」
セルジオは深く息を吐くと足を軽く叩いてレジアスの執務室に背を向けて歩き出す。
(見られてるなぁ)
階下に降り、地上本部の中を歩くといくつかの視線が刺さり、ひそひそとした呟きが聞こえる。何を言っているのかわからないが、一々それに思考を割くことすら煩わしくセルジオは足早に立ち去る。
フロアを抜けて単車を停めている駐車場に向かおうとして、目に入るのはにこにことこちらを見て手を振っている少女。
「お疲れ様です、セルジオ一尉」
「……俺は三課で待っててくれって頼んだはずだが」
「だからリインにお留守番してもらってますよ?」
「それはそれで心配だな……」
「あの子は結構しっかりしとるから大丈夫ですって」
「本当に?」
「……たぶん」
「そこは断言して欲しかった」
セルジオとはやてが並んで歩く。
沈む行く夕陽が二人の影を色濃く浮かび上がらせるが、暫くしても影は重なったままで距離が開く事はない。
歩幅が違う二人では、そのまま歩けばすぐに離れていってしまうはずなのに。
す、とセルジオが視線を隣を歩く少女へと落とす。
まだ小さな少女だ。歳は自分より六つも下で、身長だって自分の肩にも届かない。
(けど、俺を助けてくれて、叱ってくれた子だ)
あの日はやては「家族を思うのなら生きろ」とセルジオに言った。その言葉は確かな楔となって彼の胸の中に打ち込まれている。
セルジオは『家族』とはどう言うものなのかわからない。
生まれが特殊であった彼に生みの親と言える人たちはおらず、育ての親である義母を早くに亡くし、義父とは「父さん」と呼びあったこともない。
だからこそ、はやての『家族』について語る言葉が心に残った。
仕事の合間に話すシグナムの不器用な優しさだとか、シャマルの案外ドジなところだとか、ヴィータの背伸びをして強がることだとか、ザフィーラの寡黙な頼り甲斐だとか、リインの末っ子めいた人懐っこいところだとか。
そんななんでもない事を楽しそうに語るはやてを、セルジオはとても好ましく思う。
「……ヤガミさんは」
「はい?」
だからだろうか、つい今の自分の置かれている状況を、悩みをはやてにこぼしてしまう。
「ヤガミさんは、家族にやむなくついた嘘があるとしたら、どうするべきだと思いますか?」
「それは、どういう……」
「あー、深く考えなくていいです。こう、軽い雑談だとでも思っていただければ」
苦く笑うセルジオの横顔からは特にそれ以上の色を伺い知ることはできない。
だから、はやては言われた通り友人と話す時のように、彼女がそうあって欲しいと思うように答えた。
「私は基本嘘は好きやないです。嘘をつかなきゃ守れへん関係なんて、本物と違うでしょう」
でも、とはやてが言葉を続ける。
「もし、その嘘を突き通す覚悟あって、本気で相手のことを思っているのなら、一概に悪いこととは言えへんと思います」
「嘘を貫く、覚悟」
「はい。その嘘が、『本気の嘘』であるなら、私はそれを駄目だとは言えへん」
『本気の嘘』を貫く。それは、セルジオで言えば一体何になるのか、言葉にするまでもない。
しばらくして二人が駐車場に停めてあるセルジオのバイクの下までやってくる。
「あ、じゃあ私はここから電車に──」
「ヤガミ二尉」
「え、わわっ」
胸元にひゅっとバイクのメットが投げられたのを、はやてが慌てたように受け取った。
「乗って行くといい、どうせ帰るところは同じなんだ」
「ええんですか、私と、仲良くして」
「君は俺の補佐なんだろう? なら、親しくして何が悪い」
ふ、とセルジオが頬を緩めると、受け取ったメットを抱いたはやてがちらりとセルジオを見上げる。
「……じゃあ、呼び方」
「ん?」
「呼び方、変えてええですか。いつまでもセルジオ二尉って呼ぶのも、ちょっと肩肘張ってしもうて……」
「ふふ、それくらいなら好きにしていいぞ」
「やた、なら私の事ははやてって呼び捨てでよろしゅうお願いしますね!」
「え゛?」
言葉を失うセルジオを尻目にはやては腕を組んでうんうんと唸る。
(そやなぁ、セルジオ一尉は上官やしな、でもあんまり距離のある呼び方は……、セルジオさん、アウディさん、アウディ先輩、あ、そや)
はやての脳裏に友人の影がチラついて、くすりと含むように笑う。
「なら『セルジオくん』って呼んでみたりして──」
そう提案するとほんの一瞬、セルジオの表情がまるで今にも泣き出しそうな幼子のように見えた。
(え……?)
慌てて目を擦るが、今目の前にいるのはどこかつかみ所のない陰のある青年で、先ほどの表情は日の光に溶けてしまったのか、どこにも見当たらない。
「どうかしたか、ヤガミさん?」
「あ、いえ、何でもないです」
セルジオが不思議そうに首を傾げた。まるで、自分がどんな表情をしていたのかすら分かっていないように。
(……ちょっとだけ、ほんの少しだけ理解できた気がする、なのはちゃんがこの人を支えてあげたいって言っとった理由)
暁の中に一人佇む青年の姿が眩しくて、はやてがほんの少し目を細めた。
いつかこの人が、彼の大切な人たちと笑い合える日がくればいいと、はやてはそう思っていた。
セルジオの価値観の中で呼び方というのは、その相手をどう感じているのかを窺いしれる重要なファクターである。
例えば、セルジオは基本的に自分より年下の相手を名前で呼ぶ事はない。
なのはともそれなりの信頼関係を気づいても高町さん、もしくは高町呼びであった。
けれど、これが年上の相手になると変わってくる。
師匠のゼストやクイント、そしてメガーヌはみな共通して「さん」という敬称を付けていた。
答えから言えば、これは『相手を守る対象であるか否か』とというセルジオの無意識下での区別である。
守るべき相手は名字で、もしくはギンガちゃんの様に愛称で呼び、そして時には冗談を言って茶化す。
そして共に戦う相手には敬称をつけて敬語で接する。
そして、名前を呼び捨てにする相手は、彼の中でも特別だ。背中を預け、預けられている。変わりがない唯一無二の仲間、そういう相手を彼は呼び捨てにする。
故に、セルジオ・アウディが呼び方を変えるという事は、その相手との関係を変える決意をしたという事だ。
三課で仕事を終えたセルジオは彼とルーテシアの家の家であるクラナガンにあるマンションの一つの駐車場にバイクを止めると、ヘルメットを外して小さく息を吐く。
「『先輩』、先輩か…………」
数時間前、自分の事をそう呼んだ少女のことを思い起こして頬をかく。
──先輩、これからはそう呼ばせてもらいます。
男だらけの学生時代を過ごしたセルジオにとっては、女子に先輩と呼ばれるのは、ほんの不思議な感覚がした。学生時代、一人が欠けたせいでいつのまにか疎遠になってしまった友人たちを思い出させるようで、酷く懐かしい。
「八神か、はやて、か、まあどちらにしろ早く呼び慣れなきゃな」
苦く笑って一段一段、階段を上っていく。
その途中で胸の奥の暗い部分が問いかけてける。
信じていいのか、ドゥーエの能力を忘れたのか、あの子を信じたせいでまた騙されたら、そうやって誰かが傷ついたら、お前はどうするんだ、と。
そして、セルジオはその暗い考えに一瞬呑まれそうになったが、すぐに自分の中で一つの答えを出した。
「いいんだ、いつかの未来、俺が騙されるようなことがあっても」
セルジオが顔を上げる。その翠の瞳には紅の色が混ざり濁ってはいたものの、その奥には薄い光が宿っている。
「いつか騙される事を恐れて、いま八神を信じれないことの方が、俺は何倍も嫌だ」
人を信じたいから、信じるに足るものを見せてくれたから信じる。
きっと自分はそのくらいシンプルで良いのだ。
「……ふぅ」
簡素なドアの前で、セルジオが薄く息を吐く。
この先には自分の義妹──ルーテシアが待っている。数日間の間ゲンヤに預かって貰っていたが、今日はまっすぐ家に帰っているはずだ。
ずっと悩んでいた。
あの日ついてしまった『メガーヌが生きている』という嘘。
その引け目のせいで腫れ物に触るように、メガーヌの真似をするようにしか接することしかできなかった。
でも、それでは駄目だと、今はそう思った。
(自分がついた嘘が正しいかなんてわからない。けど、それでも俺は、この嘘を、『本気の嘘』にする覚悟ができた)
鍵を開けて、ゆっくりとドアに手をかけた。
「だからもう、迷わない」
扉を開けるとその音を聞きつけたルーテシアがぱたぱたと部屋の奥から走ってくる音が聞こえた。
「おかえり、おにいちゃん!」
廊下を駆けてくるとがっしと足にしがみつくルーテシア。絹のようにさらりと揺れる髪に恐る恐る手を伸ばす。まるで、壊れ物を触るかのように。
──セルジオ。
ふと、いつかの誰かの、大切だったはずの『あの人』の声が蘇る。
(あの人は、母さんは、いつも俺に……)
優しく撫でようとした手を一度止めて、軽く握ると、セルジオを不思議そうに見上げるルーテシアに視線を移す。急に黙り込んでしまった自分を訝しく思ったのかもしれない。
くすり、と笑みをこぼして、セルジオは片膝をついてルーテシアと目線を合わせる。
「うりゃ」
そうして、ぐしゃぐしゃと荒っぽく頭を撫でる。髪が乱れるのなんか御構い無しの、まるで本当の兄妹がそうするような、荒っぽいスキンシップ。
きゃー、とルーテシアは楽しそうに悲鳴をあげたのに、セルジオは追い討ちをかけるようにうりうりと重ねて頭を撫でた。
「ただいま、ルー」
もう一度ルーテシアと『本気』で向き合おう。
本当の家族を、始めるために。
ビンタされたら好感度が上がるタイプの主人公。