Force Detonater   作:世嗣

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彼と彼

 ユーノ・スクライア。

 

 弱冠十四歳にして管理局本局の巨大データベースである『無限書庫』の管理者の長たる司書長を務めている少年である。

 

 その功績は目覚ましいものであるが、それでも彼の人生を語る上で絶対に避けて通れない人物がいる。

 ユーノが管理局との接点を持った始まりの事件『P・T事件』、就職を決めるきっかけになった『闇の書事件』、地球で起きたその二つの事件で中心にいた一人の少女。

 

 『高町なのは』。

 

 彼が遺跡で発掘したデバイス『レイジングハート』を託され、以後友として共に戦った栗色の髪の、笑顔が素敵な同い年の女の子。

 

 そして、ユーノはびっくりするほど自然に、容易く彼女に心を奪われた。

 

 一族全体が家族のような環境で育ったユーノにとって、はじめて深く関わった同年代の異性であったせいもあるだろうが、一番ユーノの心を捉えたのは彼女の魔法だった。

 

 目を奪うような美しい桜色。その光は、彼の今までの人生を全て塗り替えるほどに鮮烈だった。

 

 一説において魔力は本人の心に影響されて色が変わるのだといつか本で読んだ事があった。

 当時は眉唾だと思っていたが、なのはと出会ったあとはその学説も捨てたものじゃないと思う。

 

 だって、なのはの心は魔力光が示したように、本当に素晴らしいものだったから。

 

 常に笑顔を絶やさず、誰かのために懸命に戦う。そして、何よりその在り方はどこまでも不屈であった。

 

 その声に、背中に、表情に、いつも勇気付けられてきた。

 

「いつかなのはの背中を支えてあげたいな」

 

 それは少年の淡い誓い。

 無茶しがちなか彼女が全力で戦わせてあげる、傷ついたときに、迷った時に背中を支えられる、そういう存在になりたかった。

 

 だから無限書庫で働きながら、彼女を支えられる自分になろうと研鑽を続け、そして、彼に一つの報が届いた。

 

 

 ──なのはが、墜ちた。

 

 

 無限書庫から遮二無二駆け出した日に頬をうった冷たい雨の感触を、病室で無数の管に繋がれたなのはの痛々しい姿を、何もできない自身の無力を、そして目覚めてから「リンカーコアに酷い損傷を受けている」と聞いた時のなのはの絶望したような表情を。

 それほど、彼の胸に深く刻まれた事だったのだ、なのはの撃墜は。

 

 なのはの撃墜の一件は不自然な程に詳細がわかっていない。

 目撃者の証言はもちろん、出撃ログ、書類での報告書、付近監視カメラの映像すら残っていない。そして、唯一の無傷の生還者、『セルジオ・アウディ』も口を閉ざしている。

 もちろんなのはにも聞いてみたが、「怪我したせいかあの時のことはよく覚えてなくて」という答えしか返ってこなかった。

 

 眉を寄せて硬い表情のユーノに、なのはは軽く微笑みかけて、「私のために、そこまで悲しんでくれてありがとう」と言った。

 

 怪我が痛んでいるはずなのに、あんなに大好きだった空を飛べなくなってるのに、自分を気遣った笑みを浮かべたのだ。

 

 ユーノはその時始めて、なのはのことがとても小さくみえた。

 

 だから、ユーノ・スクライアは誓った。

 

 絶対になのはを傷つけた人物を許さない。こんなに小さな子を、自分の大切な子を傷つけた相手を絶対に探し出して、然るべき報いを受けさせてやる、と。

 

 そして、彼が未だあの日の事件の真相にたどり着けないまま、二年の月日が過ぎていた。

 

 勿論、その間遊んでいたわけではない。

 

 彼の出来うる限りの手段で事件のことを洗ったが、掴めたのは陸の中将のいくつかの汚職と、三課周りの情報だけ。

 

「……正直、お手上げだよ」

 

 無限書庫の無重力空間でユーノが眼鏡を外して目頭を揉んだ。

 投影された無数のパネルには彼が集めてきたデータが纏められていたが、どれもあの日の事件に直接の関係があるとは思えない。

 

「今の僕の立場じゃ採れるデータが限られてる」

 

 ガリ、と親指を噛んで、ユーノが軽く手を振った。すると半透明のホロウインドウは手の動きに追随するように、無限書庫の中を滑っていき本棚にぶつかると弾けて溶ける。

 

「あ゛ー、甘いものが欲しい。出来ればゲロ甘なやつ」

 

 女性のようにも見える端正な顔立ちに似合わない、まるで夜勤明けのおっさんのような重低音を響かせるユーノ。

 疲れ切った彼の脳が甘味を求めて暴れていた。

 

 こんな時のために常備してあるチョコレートを取り出そうと、ポケットに手を突っ込むが伝わってくるのは包装紙のがさり、とした感触だけ。

 もうとっくに全部食べてしまっていたらしい。

 

 はあ、と軽く嘆息。

 

 仕方ないので再びウインドウに向き合って手を動かし始める。次の昼休憩の時にでも補充する事をここに決める。

 

 情報を整理していたユーノの目が、一人の名前を見つけて、ピタリと止まる。

 

「……セルジオ・アウディ」

 

 なのはの元相棒。今は三課の部隊長を務める青年。

 彼に関しても、調べれば調べるほど謎が深まるばかりだった。まるで意図的に隠されているかのような、そんな意思すら感じた。

 

「気のせいだとは、思うんだけどね」

 

「ん、何が?」

 

「セルジオ・アウディの事がだよ。調べても養子になる以前の記録が出てこないし、何で仮にもAAランク魔導師を潰れた部隊に置いておくのかもわからない」

 

「ああ、それ。何でも三課の運用年数的にあと一年は持たせなあかんって私はきいとったけど」

 

「それなら尚のこと不可解だ。三課の運用年数は既に…………って、あれ?」

 

「やっほ、ユーノくん、ずいぶんお疲れみたいやなぁ」

 

「は、はやてっ?! いつから……」

 

「んー、ユーノくんが包み紙取り出してがっかりしてたくらいから」

 

 悪戯っぽい笑みを添えて、はやてがポケットから取り出したクッキーを差し出した。

 いいよ、と断ったもののはやてはニコニコしたままで、クッキーを引っ込める気配はない。

 

「声くらいかけてくれればいいのに」

 

「なんや真剣な表情しとったから邪魔するのも悪いかなぁと思うて」

 

 有り難くクッキーを受け取ると、小さな恨み言と一緒に一口齧る。

 しっとりとしたクッキー生地が口の中で踊り、細かな破片が溢れそうになるのを慌てて口に全部押し込んで防いだ。

 供給されたブドウ糖に頭がほんの少し、上手く動き始める。

 考えてみれば今日ははやてに頼まれていた調べ物の報告をする日でだった。ついつい忘れていたらしい。

 

 気分を入れ替えるのも兼ねて、ふう、と再び小さな嘆息。そして軽く手を振って昨日のうちにまとめて出力しておいた書類を手元に呼び寄せた。

 

「はい、頼まれてたE()C()()()()()()()()()

 

「さっすが、ユーノくん! 仕事が早くて助かるわ」

 

「褒めてくれるのは嬉しいけど、今回に関してはそう大きな顔もできないかな」

 

「どうゆうこと?」

 

「んー、なんというか、一応調べるには調べたんだけど、満足できるものは集まらなかった、って感じなんだよね」

 

 首をかしげるはやてにユーノが頬をかきながら、つまりね、と説明を始める。

 

「はやてが期待してるようなECの根治治療や、その由来については分からなかった、ってこと」

 

 そもそもECはヴァイゼン遺跡から発見されて十年程度の比較的新しいウイルスだ。そしてその危険性、有用性の低さから管理局では研究が進んでない。

 無限書庫はあくまでも『情報を収集する』ロストロギア。

 言うなれば全世界に繋がる巨大な検索エンジンだ。研究の進んでいないことは探してもないのだ。

 

「せいぜいわかったのは、その来歴と感染者のデータくらい。力になれなくてごめん」

 

「いやいや、これかなり凄いで? 私が調べても全然分からんかったんやし。ほんまおおきに」

 

「今度時間があるときにもう少し調べてみるよ。僕もこれだけしか分からなかったのは、少し悔しかったし」

 

「ふふ、最近のユーノくんはちょっと負けず嫌いになったなぁ」

 

「そうかな?」

 

「うん、なんちゅうか、なのはちゃんっぽいかも」

 

「また、そんな冗談」

 

 ふっとユーノが眼鏡を指で押し上げて、それにしても、と前置き、話を変える。

 

「突然ECの事を調べて欲しいなんて、何かあったの?」

 

「んー、まあ仕事の関係で少し、な」

 

「詳細を教えてもらえたりは?」

 

「いい女には秘密が多いもんやで。そしていい男は……」

 

「その秘密を詮索しない?」

 

「そゆこと」

 

 コケティッシュに流される目線に、ユーノも戯けたように乗っかって、示し合わせたように軽口を叩く。

 

「いやー、ユーノくんはこういうのにノってきてくれるから好きや。すずかちゃんはともかく、なのはちゃん達やとこうはいかへんからなぁ」

 

「なのは達……アリサや、フェイトとか?」

 

「せやせや。なのはちゃんならまだええんやけど、フェイトちゃんやとネタの解説から始めなあかんから……」

 

「まあ、その、フェイトは、フェイトだから」

 

「フェイトちゃんやもんな……」

 

 悪い子ではないのだ。ただ少しだけ察しが悪いだけ。

 そうやってしばらくユーノと談笑していたはやてだったが、やがて携帯端末に連絡が入ると表情を引き締めた。

 

「ごめん、ユーノくん今日はここらへんでお暇させて貰うわ。そろそろ先輩の方に行かなあかんくて」

 

「先輩?」

 

「あー、セルジオさん。今日シャマルんとこで身体見てもろうてるんよ」

 

「病院、ね。どこか怪我でも?」

 

「まあそんなもんやよ」

 

 はやては最後に「データありがとな」と言ってバッグに書類をしまうと、ユーノに手を振って無限書庫を立ち去っていく。

 ユーノもまた手を振って見送って、はやての姿がすっかり見えなくなってから手を下ろした。

 

「……先輩、ね」

 

 どうやらここ数週間で随分と仲良くなったらしい。

 

「でもシャマルさんを紹介するまでか。まあはやては少しお節介焼きの気があるみたいだもんな」

 

 データを調べた限り以前の主治医の所にはもう三年近く行ってないようだし、懇意にする医者を探していたのかもしれない。

 そう考えて、細かなノイズが思考の淵に引っかかる。

 

「……三年以上、病院に行ってない、んだよな」

 

 なら何故今になっていきなりシャマルの元へと行きだしたのだろうか。

 

 ユーノが無限書庫の虚空で指を踊らせると、以前調べたセルジオのデータ、特に通院記録に関するデータをファイルの奥から引っ張り上げる。

 

「四年前、ここまで殆ど毎月病院に行くか、重傷で入院してるのに、急に病院に行かなくなってる……」

 

 最後の通院記録は新暦の67年の春。それ以降は不思議な事に、セルジオ・アウディが怪我をしたというデータが残っていない。

 

「67年に何かあったのか」

 

 新暦67年、それはフィル・マクスウェルの事件が起こった年。そして、その場にセルジオ・アウディがやってきて、洗脳されたなのはを奪還したとの記録が残っている。

 

「……まさか、ね」

 

 ほんの一瞬浮かんできた馬鹿げた考えを頭を振るって振り払うと、ユーノは司書としての業務に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よろしくお願いします、シャマル先生」

 

 ぺこり、と丁寧に下げられた頭。身長はすらりとして高く、身体つきは服の上からでも良く鍛えられているのがわかる。

 ザフィーラのような筋骨隆々なタイプではなく、必要な筋肉を鍛え、不必要な肉を削ぎ落とす、シグナムよりの技巧者なのだろう。

 

 彼が頭をあげると、燻んだ翠の瞳にシャマルの姿が映る。

 

「俺はセルジオ・アウディ。今日は八神の紹介で来ました。お忙しい中、お時間を作っていただきありがとうございます」

 

 ピンとした姿勢、ハキハキとして丁寧な言葉遣い。

 その態度にシャマルがほんの少しだけ虚をつかれた。

 

「あ、いや、そんな硬くならなくていいのよ。とりあえず楽にして座って」

 

「ありがとうございます。失礼します」

 

 本局の彼女の医務室、そこの椅子の一つを勧めるシャマル。セルジオもまた軽く頭を下げると、椅子に腰掛ける。

 

「あ、これ差し入れです。よければ食べてください」

 

「これはご丁寧にどうも…………これは」

 

「うまい棒です」

 

「うまい棒」

 

「安価でありながら味のバリエーションも多く、ウチの妹もお気に入りです。取り敢えず100本くらい買っておきました」

 

「100本」

 

 因みに地球では一本十円で売っているが輸入しているミッドでは一本辺りの単価は約三十円程。なのでコスト面から言えばこの差し入れはそうおかしいものではない。

 まあ初対面の、しかも女性への差し入れが駄菓子はどうなのか、という話はまた別だが。

 

「ええと、ありがとう」

 

 取り敢えず曖昧な表情で礼を述べると、うまい棒のぎっしり入った袋を机の端に置いた。綺麗にラッピングされた袋と、子供に受けそうなカラフルな包装は非常にアンバランスだった。

 

(……ちょっと、思ってたのとは違うかしら)

 

 シャマルの『セルジオ・アウディ』に対するイメージは『冷静で徹底した合理主義者』というものだ。

 エルトリアの一件での会議の様子や、ヴィータから伝え聞いたなのはの見舞いに訪れた時の様子からそういう先入観が形作られていた。

 

 ちらり、とシャマルが書類の向こうのセルジオを伺う。

 端正な顔立ちと丁寧な物腰は非常に人にウケそうだったが、女性の差し入れに駄菓子を持ってきたんだと思うと、なんだか抜けて見える。

 

「シャマル先生、どうかしましたか、俺の顔をじっと見て」

 

「な、なんでもないです。少し考え事を」

 

「そうですか、何か無礼を働いてしまったかと思いました」

 

「え、ま、そうですね……大丈夫よ、たぶん」

 

 こほん、とシャマルが軽く咳払い。

 

「ええと、はやてちゃんからはセルジオくん──ああ、セルジオくんって呼んでも構わないかしら? いい? ありがとう。

 それでセルジオくんの身体を徹底的に調べてあげて欲しいって頼まれたんだけど……、前の担当医の方のデータとかってあったりするかしら?」

 

 あるなら随分助かるのだけれど、と続けるが、尋ねられたセルジオは苦い顔。

 

「あー、あることはありますけど、正直役に立たないかなぁと思います」

 

「それはやてちゃんも言ってたわ。どういうこと?」

 

「なんというか、上手く言葉にできないので、先に俺の体を調べて欲しいです、かね」

 

「……まあ、そういうならそうさせて貰うけど、後でデータは頂きますからね」

 

「……わかりました。後で、お渡ししますね」

 

 お役に立てば良いですが、と困ったようにセルジオが付け加える。

 

 

 その時は首を傾げたシャマルだったが、全ての検査を終えて、その言葉の意味を理解した。

 

 

 半日後、今の設備で出来うる限りの検査を終えて、シャマルとセルジオは、医務室に戻ってくると、先ほどのように向かい合って座る。

 

「……こういうことだったのね、はやてちゃんがわざわざ私に任せたのは」

 

 セルジオは何も言わない。ただ困ったような笑みを浮かべているだけだ。

 

「EC適応者(ドライバー)、まさか自分の目で見る日が来るなんて……」

 

「知ってたんですね」

 

「私も一応医者の端くれだから」

 

 一時期ECは再生治療の面から注目されたことがあった。EC適応者達の異常な再生能力は、魔法による再生技術とは比べるまでもない。

 彼らは身体を自在に操り、時に失った腕までも生やしてみせる。もしそのシステムを解明し、自在に操れるようになった時の恩恵は言うまでもない。

 けれど、現技術では御しきれないと判断され、計画は頓挫したはずだった。

 

 けれど、目の前の青年を蝕む症状は明らかに、エクリプスウイルスであった。

 

 シャマルが検査の結果に目を落として、唇を噛む。

 

「そんなに悪いですか、俺は」

 

「あっ、いやそんなこと────」

 

「自分の体の事です。なんとなくわかりますよ」

 

 暗い表情のシャマルが慌てて取り繕おうとしたのを、セルジオが軽く笑って制すると、口を開く。

 

「俺、後どのくらい生きられますか?」

 

 安らかな表情だった。まるで死ぬ事をなんとも思っていないような、そんな表情。

 

「それ、は……」

 

「遠慮しないでください、シャマル先生。もう長くないことはわかります。俺の見立てでは、半年後に生きてるのは少し厳しいかな、とは思ってるんですが」

 

「そんなことっ!」

 

「なら後どれくらいですか」

 

 淡々とセルジオが言葉を続ける。そしてシャマルは、悩みながらも肩を落として、答える。

 

「今のままなら、後一年、だと思うわ」

 

「……一年、一年ですか」

 

「あくまでも今のままならよ。勿論私も治療に協力するし、きっと症状だって改善するわ」

 

「ありがたいですけど、そこまでご迷惑はおかけできません」

 

「じゃああなたは医者の私に目の前で死にそうになっている重病人を見なかったことにして忘れろっていうの?」

 

「──ー」

 

「悪いけど、それは無理よ」

 

「シャマル先生」

 

「聞かせて頂戴、どうしてあなたがEC(これ)に侵されたのかを」

 

 良い人だな、と思う。

 はやてが紹介してくれたのも、彼女を信じてあげて欲しい、と言った理由もわかる。

 

「話すと、少し長くなります」

 

 そして、セルジオが訥々と語り始める。

 

 ECに侵されてからの日々を。

 

(……俺が死んでからのルーテシアの、こと、考えなきゃな)

 

 

 終わりの日は、それでも近づいてきていた。

 

 

 

 

 

 

 




 

セルジオが口止めされているのはジェイルのことと、事件の日のことでありECについては口止めされてません。本人が話すとは思われていなかったからです。
EC発動の瞬間を見て、話さざるを得ない状況と、それなりの信頼を勝ち取ったのではやてはECについて教えてもらいました。
今回のシャマルに関してもはやての勧めで検査を頼みにきていたり。
セルジオとしては「八神が言うから変な人ではないだろう。ちょうど体の具合も気になっていたしちょうど良いや」ぐらいの気持ちで訪れました。
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