クラナガンの空を二つの影が飛んでいく。
一つは白い光を纏いながら飛行魔法による追跡を行うセルジオ。そしてもう一つはクラナガンの高層ビルの隙間を縫うようにして逃走を続ける魔導師の男。
男の飛行は空戦魔導士であるセルジオの目から見てもなかなか堂に入ったもので、なんらかの訓練機関で修練を積んできたと言うことがうかがえた。
「そこの魔導士の人!即刻魔法の使用を中止して投降してください! 悪いようにはしないから!」
「管理局の言うことなんか信じられるかよ!」
「さもないと凄いトラウマを植え付けられるかもしれないぞ!」
「うるさいって言ってんだろ!」
男が量産品の杖型デバイスの先端をセルジオに向けると、そこから青い三つの弾丸を発生させ射出してくる。
ビルに当たる、と判断したセルジオが急遽飛行を停止させて解析魔法を広範囲に発動させる。そうする事で高速弾の軌道を視線を動かすことなく把握、加速魔法を併用してその全てを叩き斬った。
青色の弾丸が銀色の槍に払われ、薙がれ、切り裂かれて、構成魔力を大気に溶かしながら薄い光を放つ。
その光の向こうで行われた曲芸じみた動きに男が悔しげに唇を噛む。
「バケモンかよ……!」
「練習すれば誰にでもできるぞ」
飄々と言ってのけるセルジオは、デバイスである槍、ゼファーを肩にのせて男に向き直る。
「これが一応最後の警告だ。現在のあなたの罪状は違法質量兵器保持、無断魔法使用。此方としてはこれに公務執行妨害まではつけたくない。あなたは取り締まるべき犯罪者でもありますが、守るべき市民でもありますから」
どうですか、と問いかけるも男から返答はなく、ただ先程よりも鋭い目で睨み返してくるだけだった。
その目が、何よりも雄弁に男の意思を語っている。
「(交渉は決裂?)」
「(ああ。いつも通りに頼む)」
「(了解です。セルジオくん慎重にお願いね)」
「(そっちこそ外すなよ)」
頭の中に響く声に軽く応答して、セルジオは槍を握りなおす。そして、デバイスでの代替演算と自己演算を両立させる事で、通常より遥かに早くかつ、低い魔力での加速魔法を発動させる。
白光が瞬き、ゼストのものによく似たコートの裾をはためかせながら魔導師の男へ向けて一気に距離を詰めていく。
男はそれを阻止するように先程のように無数の直射弾を撃って来るが、セルジオはその全てをいなし、流して、ビルや人への被害を防いでいく。
(マルチタスク分割ーーー
思考が分割され、男を見据えて槍を振るう自分と、転移のために演算をする自分とが同じ脳内に同居し、一つの目的のために動き始める。
(演算完了。
魔力を流し込んで魔法を発動すると三次元平面上からセルジオの存在が消失、
突如、搔き消え、そして現れた存在に男が慌てて杖を向けるが、それが間に合うほどの時間をセルジオは与えない。
セルジオが槍を握らない右手で拳の形を作ると、足場のない空中で飛行魔法で擬似的に体を固定、即席の力を伝える流れを作り出す。
心の中に、実現すべき姿を映し出す。
ゼファーに流し込んだそのデータを並列結合したマルチタスクで解析、分解したそれを自己流にトレースしなおす。
「模倣ーーー
閃光が、走る。
音を切りながら拳が振るわれて、魔導師の男の杖と腹をまとめて殴り抜きながら遥か上空まで吹き飛ばした。
「よし、撃て」
男の体がビルの間から抜けて、遮蔽物のない空に至ったのを空間解析で感じ取ると、遠くにいる相方へと念話を送る。
するとその後間髪おかずに桜色の砲撃が遥か遠距離から向かって放たれた。
まるで流星。空気をも消しとばして、まとめて薙ぎ払うような超一流魔導師にしか許されない高ランク魔法。
男はそれに気づき焦ったように回避しようとして、それを防ぐように砲撃と同色のリングバインドが無数に現れた。
急いで破壊しようとして、そのバインドの異常な強度が、男の力では歯が立たないということがわかる。
「ひ──」
男の絶望したような表情を見られたのは一瞬、あっという間に襲ってきた奔流が辺りをしばらくの間桜色に染め上げる。
「俺は一応、投降を薦めたぞ」
随分見慣れてしまったその光景が終わると、バリアジャケットを大きく破損した男が落下していく。
それを空中で回収しながら言い訳するように呟くセルジオ。
『お疲れ様、セルジオくん』
男に魔力使用不能の手錠をつけていると、あるビルの上を陣取り超遠距離砲撃を難なく当ててみせたなのはが念話を送ってきた。
「そっちこそお疲れ。相変わらず鮮やかな手際だ」
『えへへー、じゃあ今日もご飯はセルジオくんの奢りかなー』
「それ昨日も俺だったよな。まあいいけどさ」
『やったー。アイスもつけてもらおー』
念話越しにも楽しさをにじませるなのは。その様子を耳にしながら、セルジオは魔導師の男を小脇に抱えて連行していく。
(高町、随分仕事に慣れたなぁ)
高町なのはが三課に配属されて二ヶ月近く。今の彼女はミッドの空で猛威を振るっていた。
「昇進、ですか?」
「ああ」
その日なのはは隊長執務室に呼び出されていた。二ヶ月がたちその間の働きぶりへの評価でも貰うのかな、と思っていたなのはに意外な話が飛び込んで来た。
なのはが執務室のソファでテーブルを挟んで反対側にいるゼストの顔を見てみる。相変わらず寡黙で何を考えているかわからなかった。
「本来はもっと時間がかかるが今の功績を見れば妥当なところだろう」
「えーと、ありがとうございます」
「近く正式に通達がある。詳細はその時にでも」
「わ、わかりました」
なのはは立ち上がるとゼストに深々と一礼、そして部隊長室を出て行こうとする。そんな背中に低い渋さのあるゼストの声が呼び止めた。
「高町」
「は、はい何でしょう?」
「昇進、おめでとう。これからもセルジオと頑張ってくれ」
その予想外の言葉になのはがはじかれるように振り向くと、そこには唇を緩めるだけのわかりにくい笑みを浮かべるゼストがいた。
「ありがとうございますっ!」
その寡黙な男の不器用な優しさを受け取って、なのははまた大きく頭を下げて礼を言うと執務室を後にして自身のデスクまで戻っていく。
「お、帰ってきた」
「セルジオくん」
「よ、お疲れ」
一人で黙々とホログラムのキーボードを叩いていたセルジオが、なのはが入ってくるのを見て軽く手を挙げた。
「隊長なんて?」
「なんかなのはに昇進のお話が出てるみたいで、そのことについていろいろ」
「ふーん」
なのははセルジオの隣に腰掛けるとぐでー、と机に体をもたれかからせると伸びてしまった。
(二ヶ月で昇進か。まあ妥当なところか)
高町なのはは少し特殊な形で地上本部預かりになっている魔導師である。
彼女の本当の所属は次元航行艦隊、つまり『海』であるのだが、その優秀さに目をつけた『陸』がいくつかの条件を提示して引き取ったのだ。
元からAAAクラスの超一流魔導師、しかも長年管理局の頭を悩ませていた『闇の書事件』を集結させた立役者でもある。
話題性は抜群であるし、見た目の方も少女らしい可愛らしさがあって人受けもしそうだった。支持率の低下している地上本部としてはこれ以上ない人物であるし、彼女をガンガン目立たせていこう、という思惑もあったりする。
なのはが三課に配属されて二ヶ月。午後と休日だけしか顔を見せないにも関わらずその出撃回数は三十を軽く超えており、その出撃回数にふさわしい数の検挙も行なっている。
上層部の、いい機会だしどうせ昇進するならさっさと昇進させて上手く使おうぜ、という考えが透けて見えていた。
(なるべく負担少なくしてやらなきゃなぁ)
セルジオが頭をかきながら隣の少女について考えていると、そろーっと後ろから忍び寄る姿が一つ。
「隙ありっ」
「ないです」
ひゅっと書類をまとめた剣が振り回されたがそれを感じ取っていたセルジオは頭を下げて回避した。
「何ですかクイントさん。俺は見ての通り仕事中なんですが」
「私だって仕事中よ。ただ暇になったからなのはちゃんと話しに来ただけ」
「なら俺への一撃を挟まずに話しかけて欲しいもんですね」
「ねー、なのはちゃん隊長と何話してたのー?」
「聞けや」
セルジオの文句もクイントには効かない。というかそもそもクイントは聞いていなかった。天衣無縫な彼女は、いつもセルジオを振り回していた。
「え、えーと」
なのはがちらりと視線を隣に送る。話していいのかな、と問いかけてくる視線にセルジオは特に何も考えず、いいんじゃないの、と目で答えた。
「実は隊長から昇進のお話を貰って」
「あら、そうなの。結構早めだったのね」
「なのはとしてはまだ早いとは思うんですけど……」
「うーん、でも能力がある子を下手に低い階級のままというのも外聞も悪いし、部隊運用もし辛いから。なのはちゃんなら妥当でしょう」
「そうなんでしょうか……?」
今ひとつ納得しきれていないようななのはを珍しく優しげな表情でクイントが小さく笑んだ。そして、なのはの頭をポンポンと優しく撫でる。
「そっかー、ついになのはちゃんも昇進ね。うんうん、よく頑張りました」
「あ、ありがとうございます」
「この分だとセルジオくんみたいに私の階級抜いていくのも時間の問題ね」
「そ、そんなことっ。クイントさんの上なんて……!」
「あっはっは、いーのよいーのよ。私階級なんて気にしないし」
クイントの階級は陸曹長。一応現在のなのはの階級、二等空士の三つ上だが、なのははその差を二ヶ月で二つ差にした。クイントはおそらくこれが一つ差になり、同じになり、抜いていくのに一年かかるまいと踏んでいた。
「というかなのはちゃんの頑張りなんだから気にしなくてもいいのよ」
「でも、セルジオくんに助けてもらうことも多いですし、なのはの力だけじゃ無いような」
「それこそ気にしなくていいじゃない。だってこの子はあなたのコンビなんだし」
「それを決めるのはクイントさんではなく俺ですがね。まあ、高町の頑張り、という点では同感です」
クイントの勝手な物言いに口を挟むセルジオ。
「俺には超遠距離からの砲撃なんてできないし、お前がいるから安定して戦えるって面もある」
「でもでもなのはは近づかれたらあんまりできること多くないし……」
「いやバインドでガチガチにしてから砲撃撃ったりとかあるよな。その畜生戦法昔やったんだろ?」
「それはやむを得ずです! フェイトちゃんものすごく強かったし! というかセルジオくんが言うほどじゃなかったし!」
「レイジングハートー、その時の映像見せて貰ったりできますー?」
「にゃー! やめてー! レイジングハートも真面目に応えようとしなくていいからー!」
セルジオの言葉に真面目に対応しようとする赤い宝石に必死に言い聞かせるなのはと、楽しそうに笑うセルジオ。
そんな二人をクイントが興味深そうに見る。
最初はどこか互いに遠慮がある風だったが、今では随分打ち解けているようにも見える。まあそもそもが誰に対しても比較的寛容な態度で接するセルジオと、人当たりのいいなのはでは仲良くなるのも時間の問題であったのかもしれない。
「結構二人って良いコンビになったわね」
だから、思わずクイントはそんな事を言ってしまい、二人が同時に不思議そうな顔で首をかしげる。
「まあ、二ヶ月にしてはそこそこ、ですかね。俺のバトルスタイルにも上手く合わせてくれますし」
「セルジオくん、フェイトちゃんと似た感じの戦い方するから比較的合わせやすかったんだよね」
「フェイトちゃんって言うと高町の親友の、か。どうりで慣れてると思ったよ」
クイントは、そう意味じゃなかったんだけどなー、と思いながらも本人たちに言うのも野暮かと結論づけて黙っておく。
ふむ、とクイントが腕を組んで考え込む。
「じゃあ、タイミングも良いしここら辺でやっちゃおうかな」
独り言のように呟かれたその言葉にセルジオが露骨に反応する。
「えー、それ俺行かなきゃダメですか……」
「なのはちゃんを一人にするのに心が痛まないなら別に良いわよ」
「またそうやって断りにくい事を……」
珍しく露骨に嫌そうな表情を浮かべたセルジオの背中を軽く叩くと、クイントはなのはの両肩を掴んでにこりと笑った。
「なのはちゃん」
「はい?」
「なのはちゃん次の休日の夜って暇だったりする?」
そう言って、にこりと笑うクイントの横で、セルジオが小さく息をついた。