八神はやてさん誕生日おめでとうございます。
今回特に出番はありません。
「以上で友人代表の言葉とさせていただきます」
ぺこり、と新郎の控え室でセルジオが頭を下げる。
すると、控えめな拍手と共にからからとした笑い声が響いた。
「なーんだ、大したもんじゃないっすか、セルジオ先輩」
「お前にそう言って貰えたならひとまずは安心か」
「本当は当日のこんな時間じゃなくてもっと前に時間とって欲しかったんすけどね」
「それは……返す言葉もない」
挨拶の原稿をスーツの胸ポケットにしまうと、ソファですよすよと寝ているルーテシアの横に腰掛ける。近くには同じくスーツ姿のヴァイスがネクタイを緩めて、軽く伸びをしている。
この部屋に本来いるべきクロノは今はいない。今はリミエッタの花嫁の姿を見に行っているのだ。
クロノには「お前たちも来るか?」と聞かれたが新郎と新婦の一生に一度の時間を邪魔するほど彼らは野暮ではなかった。
「そーいや、セルジオ先輩。最近前線の方まであんま出てこないって聞きますけど、なんかあったんすか?」
「……あー、気のせいじゃないか?」
「いやいやそれは無理ありますって」
誤魔化すように頬をかくセルジオ。
「まあ、心境の変化みたいなもんだ」
「ふーん」
「……なんだその目は」
「や、いちいち細々した事件まで顔出して煙たがられてたアンタが、ここ最近は現場に近づこうとしないどころか、魔法使ってる姿見すらみないらしいじゃないっすか」
「俺だってもう部隊長だからな、昔のようには行かないってことだ」
セルジオが自分の胸に──その奥にあるリンカーコアへと意識を向けながら──軽く触れて、くしゃりと笑った。
そして、ぽんぽんと傍で眠るルーテシアの頭を撫でる。
「ぐっすりっすね」
「まあここに来るまでかなりはしゃいでいたか。ガリューも出しっぱだったし、割と魔力消費もあったのかもな」
「ああ、あの黒くてカッコいいアイツですかい。今はどこに?」
「カッコいい……? 確か八神に引っ張って行かれたな。なんか重い荷物があるから人手が欲しいんだと」
セルジオがルーテシアの頭を撫でて、スカートの乱れを軽く整えた。
(……ずいぶんそれらしくなっちまって)
金髪のセルジオと紫髪のルーテシア。
二人の容姿は世辞にも似ているとは言えず、写真などで見比べて、二人を兄妹と見る者はいないだろう。
けれど今の二人はどうだろう。
安心しきったように身体を預ける姿を、愛おしげに指で髪をすく姿を見て、多くの人はなんと思うだろうか。
答えはいくつかあるかもしれないが、それでも今の彼らのカタチが『家族』であることなど疑いようもないことだった。
「……よかったっす、本当に」
「え?」
「いーえ、なんでも」
目の前の青年は二年前、三課の仲間を失って、親友の一人を失って、地上本部のホープとしての畏敬を失って、そしてかけがえのない相棒と分かれた。
それからまるで覇気がなくなって、死んだような瞳になってしまったセルジオを、ヴァイスは知っている。
けれど、そんな彼が今ルーテシアへと向ける優しげな目は、ヴァイスの記憶の中にあるセルジオを思わせた。
昔のままとは言わない。あの頃に戻っとも言えない。
けれど、セルジオ・アウディは前に進んでいるのだと、ヴァイスにはそう思えた。
ちらり、とヴァイスが腕時計を確認して大きく伸び。
「んじゃあまあ、俺はボチボチ行きますわ。受付、あんまり変わってもらうのもアレですし」
「ん、そうか」
「セルジオ先輩はどうします? 一緒に行きますか?」
「んー、そうだな、俺もそろそろ……」
言いかけて、止まる。
そして、まるで何かに迷うように、恐れるように視線をゆらゆらと揺らした。
それはいつもの泰然としたセルジオからしたら随分珍しい表情だ。
「セルジオ先輩?」
ヴァイスが首を傾げる。
「あ、いや、その、だな……」
口を開きかけて、閉じる。そしてまた開きかけて、また閉じて、もう口が開かないように唇を噛む。
「やっぱなんでも──」
「高町ちゃんならまだ来てないっすよ」
「───」
「あー、なんでとか聞かないでくださいよ、分かり易すぎて説明する方が難しいんで」
「……そうか」
「その様子だとあれからまだ会ってないんすね」
「……ああ」
「話しゃいいじゃないっすか。高町ちゃんだって、きっとアンタに伝えたいことがあるはずっすよ」
「いまさら、何話せってんだよ」
セルジオが拳を握り、ぼつりぽつりとこぼすように語りはじめる。
「俺が、離れたんだ。大怪我させて、それでも俺に笑いかけてくれたあいつから」
そんな俺が、今更どのツラ下げてあいつと会えばいいんだよ、と吐き捨てるように言った。
「……サーセン、少し踏み込みすぎました」
「いや、こっちこそ悪かった。その、受付、頑張れよ」
「ははは、言うほど大した仕事じゃないっすよ」
じゃ、と軽く手を振って出て行くヴァイスに、セルジオもまた軽く手を挙げて答える。
ばたん、と扉の閉まる音だけがやたら大きく部屋の中に響き、力なく手を下ろす。
そして、拳を力なく握る。
「俺には責任があった。義務があった。俺が本当に覚悟あるなら、全部全部守らなきゃいけなかったはずなんだ」
でも、現実の自分はどうだった?
「…………ゼストさん、クイントさん、メガーヌさん、みんな」
心のどこかが軋んだ気がして、天井の電灯を仰ぐ。
「会いたいよ」
その言葉は、むずがるようなルーテシアの声にかき消されるように、だだっ広い部屋の中に溶けていった。
しばらくしてクロノが戻ってきたので、寝ぼけ眼のルーテシアの手を引いて部屋を後にした。
「むー、ねむいぃ……」
「昨日夜更かししていたせいだぞ。まったく、ベッドに入ってもガリューと話せるのも困ったもんだな」
「むぅ……」
「よだれ出てる。拭ってやるから顔見せてみ」
もにゅもにゅと目を擦るルーテシアの口元をハンカチで拭きつつ、懐中時計を取り出し時間を確認する。
後三十分もすれば参列者も揃い、そうなればいよいよ本番。それまでにはルーテシアをドレスの裾持ちのために、新婦の控え室に連れて行ったほうがいいだろう。
(……アイツも、いるかもな)
怪我してから半年後、『彼女』は不死鳥のように管理局、しかもそのエースの集う教導隊に舞い戻った。今では冗談めかして『ミッドの白い彗星』と呼ぶ人もいるんだとか。
そんな噂は聞けども、基本はデスクワーク中心となり前線に顔を出すこともほとんどなくなったセルジオが顔を合わせる機会はなかった。プライベートのことは言わずもがなだ。
そんな彼女は、きっと今。
「おにーちゃん、どこかいたいの?」
「え?」
「だって、すごくくるしそうだよ?」
「ーーー」
ルーテシアが小さい手でセルジオのシワの寄った眉間をもみもみと揉んで伸ばす。
そんなルーテシアに、一瞬セルジオは驚いたように目を僅かに見開いて、すぐに立ち上がるとわしわしと頭を荒っぽく撫でた。
「わっ、わっ、もう、おにーちゃんっ」
「心配かけて悪い。ちょっとヴァイスのやつの激寒ギャグを思い出したせいでお腹が痛くなってただけだ」
「えー、どんなのどんなの?」
「ルーが聞いたらあまりのつまらなさにひっくり返って凍ってしまうかもしれないからなぁ」
「え〜〜」
「そんな駄々こねてもーーー」
「セルジオくん?」
一瞬、空気が消えたかと思った。
口を開いても息ができない。目の前にルーテシアがいるのに視界に入らない。思考が乱れて、自分が今どこにいるのか──
「セルジオくん、私よ。大丈夫ちゃんと見えてる?」
「あ、シャマル、さん……だったんですか」
だが、すかさず軽く肩に手が添えられ、優しい声がかけられた。
そのおかげでなんとか自分を見失わないですんだセルジオが軽く咳払いをして、シャマルに向き直る。
品のいい薄緑色の服に身を包む彼女は白衣しか見たことのなかった彼にとっては随分と新鮮だった。
「ごめんなさいね。つい後ろから声をかけてしまって」
「いえ、こちらこそ心配おかけしたみたいですみません」
「今は私がセルジオくんの主治医だもの。心配するのは当たり前よ」
「主治医、ですか」
「……嫌だったかしら?」
「いえまさか。自分には勿体無いくらいですよ」
良かった、と微笑むシャマルと、表情を隠すように前髪をかきあげるセルジオ。
そんな二人を兄の足にしがみついたまま不思議そうに見上げるルーテシア。
「おにーちゃん、このおねえさんだれ?」
「まあお姉さんですって、ふふふ」
「あー、まあお兄ちゃんの仕事の知り合いだよ。お医者さんだからルーが風邪ひいたら診察お願いするかもな」
「お、おいしゃさん?」
「おう、ちゃーんと歯磨いて夜更かしせずにいないと、こーんなぶっとい注射お願いする羽目になるかもだぞ?」
「や、やだぁっ、こわい……」
「もうセルジオくんは私のイメージをどうしたいのっ」
「ーーー」
「どうかしたかしら?」
「……いえ、なんでも」
「ふうん、そう……」
呆れたようにため息をついたシャマルの姿が一瞬メガーヌに重なって見えた。彼女も、周囲の無茶苦茶にいつもこんな風に困ったように笑っていた。
そんなことを考えてしまうのはルーテシアといるせいか、それとも繰り返して見る悪夢と後悔故か。
(……この人はシャマルさんだろ)
頭を振って思考を振り払う。
「ルーテシアちゃん、おうちでのお兄ちゃんってどんな感じかしら?」
「おにーちゃん?」
シャマルがしゃがんでセルジオの足にしがみつくルーテシアと目線を揃えた。
「いつもごはん作ってくれて、髪とかしてくれるよ」
「それは素敵ね。お兄ちゃんのご飯はおいしい?」
「うーん、ふつう!」
「ルー、作りがいがない事言うなよ……」
「でも最近はよくおうちにいるようになったからすきだよ。あんまりぜんせん? にいかなくなったんだって」
「なるほど、ちゃんと私に言われた通り大人しくしているみたいですね」
「なんだ疑ってたんですか? 俺も問診に嘘答えるのは流石にしないですよ」
「そうね、確かにそうだわ」
クロノがいれば「お前は必要があればいくらでも嘘言うだろ」とでもいいそうだった。
シャマルと話しつつ親父控え室に向かっていると、くいくいとスーツの裾が引かれた。
「ルー?」
「おにーちゃん、あの、ちょっと……」
「ん? 喉乾いたのか?」
「そうじゃ、なくて」
「なにモジモジ……ああ、トイレ行きたいのか」
「おおきなこえでいわないでっ」
「はいはい、じゃあ待ってるからちゃちゃっと出してこい」
「もうおにーちゃんデリカシーない!」
ぽかり、と足を殴るとルーテシアがとてとてと近くのトイレに駆け込んでいった。
「仲良いのね、本当の兄妹みたいだわ」
「あんまりべったりなるのは良くないとは思うんですけどね」
「それは自分が死んだ後にルーテシアちゃんが傷つかないように?」
セルジオは何も言わずに近くにあった窓に手をかけ空を見上げた。
沈黙が何よりも彼の心を述べていた。
「ねえセルジオくん、出会って数ヶ月の医者が何をって思うかもしれないけれど、全部ダメだなんて投げ出してはいけないわ。今貴方がいなくなったらルーテシアちゃんは絶対にすごく悲しむわ」
「投げ出してなんかいません。ただ、現実的にこれからのことを考えると、俺がルーテシアの心の中に居座るのは、良くない」
「でも貴方が絶対に死ぬって決まったわけじゃないでしょう? セルジオくんのエクリプスはリンカーコアを基点にしてその侵食を進めている。だから魔法を使わないようにしてからは現に……」
「けどそれも誤差みたいなものです。破壊衝動の発症確率がほんの少し下がるだけ。根治治療にはならない」
「貴方を、助けたいの」
「十分助けられてますよ」
セルジオの薄い笑みはこれ以上の話には応じないと言う強い意志を感じた。
「さて、そろそろルーが戻って来ます。俺は控え室の方、に……」
「セルジオくん?」
「いえ、その、なんだ、あれ」
セルジオが先ほどまで見ていた空に明らかに魔法の光が散っている。周囲では僅かに黒煙が立ち上っているのも見える。
「航空隊の演習かしら? それにしても随分市街地の近くでやるわね」
「いや、今日あそこで予定されている演習なんて……」
セルジオがポケットから通信端末を取り出すと念話の波長を合わせて、付近の警邏の通信へと割り込んだ。
「……どうやら事件のようですね。違法魔法使用者と交戦中ですね」
「セルジオくん、わかってると思うけど」
「分かってます。俺は今日は非番だし、おそらく俺が行っても指揮系統の混乱が起きますから。それにあそこらへんは確かゲンヤさんの管轄で───は?」
「どうしたの?」
突如念話を繋いでいた通信端末を取り落とした。
そして、彼の窓枠に置かれていた手がぶるぶると震え始める。
「あり、えない。嘘だ、そんなことあるはずが、でも、そんな、でもほんとならーーー」
「セルジオくんっ?!」
途端、セルジオが駆け出した。
シャマルの制止の声など気にも留めない。
「どこに行く気なの?! 貴方は次魔法を使えば──」
「それでも! 俺が行かなくちゃいけないんです! だって、だって、あそこには、
駆けるセルジオはネクタイを緩めてスーツのジャケットを脱ぎ捨てると、ワイシャツをまくり左腕の下につけていた待機形態のゼファーを現にした。
「あれセルジオ先輩、もう直ぐ式始まりますけど」
「ヴァイス披露宴の友人代表挨拶任せた!」
「えっ、おっとと、え? なんで、ちょ先輩?!」
原稿を受付のヴァイスに投げ渡すと近くの窓を開けて、足をかけると空へと跳んだ。
「セットアップゼファーッ!」
身体が光に包まれ着ていた服が黒のバリアジャケットへと変わる。
「ーーー
一瞬の胸の痛みを抑え、赤混じりの白の光に包まれたセルジオは空の彼方へと飛び去っていった。
「……セルジオくん?」
ミッドの高く、澄んだ空。かつて友と守った空の下で、男は烈火を伴い佇んでいた。片手には身の丈にも迫る長大な槍。
フードを目深にかぶったバリアジャケットは管理局のものではなく、青空に馴染まぬ燻んだ色合いがまるで幽鬼のようだった。
そんな彼の元へ、数人の管理局員がやって来る。
「そこのお前、ここは市街地、許可ない魔法使用は禁じられている。即刻武装を解除して同行を願おう」
局員たちは取り囲むように空中の男へと、構えた管理局支給の杖型デバイスの切っ先を向けた。
だが目深のフードからわずかに覗く表情はぴくりとも変わらない。
「おい、そのお前、なんとか──」
やがて、おやすみ何も答えようとしない男に、局員の一人が業を煮やしたように声を荒げた時、強く吹き上げるように風が吹く。
男の顔を隠していたフードに風が孕み、今まで隠されていたその素顔が白日の元に晒される。
「な、お前、いや貴方はーーー」
その言葉が言い終わることはなかった。
それよりも早く口を開いた局員の腹に紅蓮に燃える槍が突き刺さっていたから。
局員が血を流しながら意識を失い、落下しかけたのを仲間の一人が受け止めた。
それを無感動に見下ろしながら、彼は槍を回して魔法を展開すると、自分に言い聞かせるように、呟いた。
「俺は、亡霊だ」
だから。
「止めてみろ、管理局の小童ども」
お前たちが正義を掲げると言うならば。
そうして、男は周囲の局員たちを斬り伏せていった。
非殺傷などと言う管理局の優しいシステムなどではなく、殺傷設定、人を傷つけ殺すための魔法を振るった。
「く、そ……」
黒衣の男が人気のない街に足をつけた。薙刀にも似た槍の切っ先は腕を押さえ痛みを堪える局員の喉元へ。
「避難誘導が迅速だったな。褒めてやる」
槍に暁色の魔力が満たされ、そして振り下ろされる。
「──
だが、それを許さない人がいた。見過ごさない、救うと叫ぶ人が。
セルジオ・アウディ。かつて次の『陸のストライカー』と言われていた青年。
彼は黒衣の男と局員の間に体を滑り込ませ槍を籠手で受けると、反対の腕で速射砲で反撃した。
赤混じりの砲撃が胸に突き刺さり男が付近のビルへと突っ込み、粉塵が吹き上がった。
「あ、あんたは、
戸惑う局員にセルジオが男が吹き飛んだ方から目を逸らさず、意識だけを向ける。
威力を殺しきれなかったのか槍を受け止めた籠手は半壊し、血が滴っていた。
「避難状況は」
「え?」
「避難状況はどうだって聞いてるんだッ!」
「ほ、ほぼ完了している。だ、だが、くれぐれも南の区画には敵を送らないでくれ!」
「南……?」
「二十分後グリューエンからの罪人移送が行われるんだ! もし攻撃の余波でも行けばーーー」
「……わかった。ここは俺が引き受ける。貴方は周囲の気を失った仲間を起こして退避してくれ」
「引き受けるって、俺たちは……」
「
「ーーーっ」
「それより、あなたたちには生きてしなければならないことがあるはずだ」
「わかっ、た」
局員がデバイスを杖代わりにして立ち上がると近くにいた仲間に肩を貸してその場から立ち去っていく。
「……信じたくなかった」
粉塵の中からゆっくりと出てくる人影。
その背格好、武器、そして、魔力の反応に、セルジオが手の中の槍を強く握る。
「なんで、なんで……!」
煙が晴れ、一人の男が再び姿を見せる。
身の丈ほどに迫る槍。長く乱雑に伸ばされた髪から覗く狼のような鋭い目。そして、セルジオと良く似た防護服。
その姿を、セルジオが見間違うはずがない。
「なんで、なんでこんなことしてるんですかッ!
ゼスト・グランガイツ。かつて『陸のストライカー』と呼ばれた男。
三課の前隊長で、武術の師匠で、義母の相棒で、彼の後見人で、気恥ずかしくて『父親』と呼べなかった人。
セルジオのせいで、死んでしまった人。
「なんで、何も言ってくれないんですかッ?!」
ゼストが槍を構え、足元に逆三角形の魔法陣を展開する。その色は沈みゆく夕陽。
「何も、言う気はないって、ことですか……!」
セルジオが槍を構え、足元に円形の魔法陣を展開する。ECの赤が生来の魔力光の白と混じったその色は奇しくも同じ夕陽。
まるで鏡のような二人の間に一陣の風が吹き、それが合図となった。
「「
同じ魔法式、同じ
光となった二人の男が槍をぶつけ、そしてそのまま打ち合いながら空へ行く。
かつて、彼らが力を合わせて守った空へ。
「ーーーシッ!」
加速した世界の中でセルジオがゼファーでの突き。
何度も何度も繰り返した、ゼストから教わった基本の技。
だが、それもゼストには通じない。
まるで子どもの手を捻るように容易く突きがかわされ、お返しとばかりに背後に回り込んだゼストが全く同じ技を放つ。
セルジオがその挙動を感じ取り「避けよう」と考えーーー次の瞬間には腹を槍が貫通していた。
「な────」
それは確かに同じ技であった。だが、その完成度はセルジオと比べるのすらおこがましい。
それは、基本を繰り返した者が行き着く一つの到達点。
「か、は」
セルジオが血反吐──と言うには黒すぎる液体──を口から漏らしかけ、それよりも早く顔面に蹴りが叩き込まれる。
ばきり、と頬骨が砕く衝撃がセルジオから槍を抜き、そのまま付近のビルへと叩きつけた。
「ーーーひゅ」
ガラスを突き破り、机や椅子を吹き飛ばして無人のオフィスを転がるセルジオ。
大量の出血と臓器の著しい損傷。普通の人間ならとうに致命傷。
だが、もうセルジオは『普通の人間』じゃない。
翠の瞳が、彼女が綺麗だと言ったその瞳が、真っ赤に染まっていく。
「えく、りぷす……どらいぶ」
ざわり、と肌が泡立った。
心臓の音があまりにもうるさい。
胸の奥、
──これ以上は取り返しがつかなくなると本能が言っていた。
「イグ、ニッションーーーッッ!!」
そして、それを全部無視した。
「アアアアアアアァァァァァァッ!」
懐から銀色のカードを取り出して、S2U・カスタムを槍へと変形させると、ゼストの元へと加速する。
それはもう、ゼストに教わった魔法ではなかった。
「◼️◼️◼️◼️◼️ッ!」
声ならぬ叫びを上げながら二槍を振るうセルジオ。
そしてそれを呼吸一つすら漏らすことなく受け流すゼスト。
「なん、で、なんで、なんだよッ! 」
もう、破壊衝動をマルチタスクで抑えることはできない。
今までに強固に蓋していた本当の自分を、彼はもう抑えることができない。
「死ねよッ! 消えろよッ! 全部全部俺の前にあるものいるもの全部壊れてくれよッ! 」
二槍の乱舞。
ゼストの教えだけではなく、自分で模索した次に進むための力。
それが今や力任せに振り回すだけで、確かな鍛錬の後など見て取れない。
今のセルジオでは、鍛錬の記憶すら思い出せない。
こんなものはゼストが認めたセルジオ・アウディの強さではない。
まるで、怒り狂う獣ように、癇癪を起こす子どものように、ただ意志のままに暴れていた。
けれど。
「アアアアアアアアアアッ! 」
セルジオの槍が今まで触れることすらできなかったゼストの防護服に浅い一撃を入れた。
「ーーーッ」
初めてゼストが僅かに表情を崩した。
セルジオはその隙を見逃さず喰らいつくように次撃を繋ぐ。
きっと誰が見てもセルジオらしくないと言うだろう戦い方なのに────今までのどんな時よりも強かった。
攻撃を受けても治るから気にしない。
己の命を削るから魔力が減ることなど気にしない。
それが、エクリプス。人を世界を侵す毒へと変える異形のウイルス。
いかにゼストと言えどこのセルジオを相手にすれば無事では済まない。力は拮抗し始め、戦いは泥沼となるかと思われた。
けれど、奥の手を持っていたのはセルジオだけではない。
「──ユニゾン・イン」
業火が吹き荒れた。
ゼストを包む炎は、その髪を鮮やかな金に変える。
そして、決着は一瞬でついた。
「ーーー火竜一閃」
ゼストがギアを上げ、灼熱の槍を唐竹に振り下ろす。ゼストが振るう故にその速度は神速。
内包された威力たるや、傷を負うことを恐れないセルジオに無意識で防御を選択させたほどだった。
かろうじて反応できたセルジオはなんとか滑り込ませたS2U・カスタムで受け止めようとして、
「あり、え──」
ばちり、とS2U・カスタムからスパークを弾け爆発し、ゼストの火竜一閃が爆煙を斬り裂きセルジオに突き刺さった。
「ゼス、と、さ──」
セルジオが吹き飛び、空から地面へと叩き落とされた。
「げ、げほっ、げほっ……」
セルジオが傷口を抑える。本来なら数秒で治るはずなのに、一向に治癒する気配すらないのは、流石にエクリプスの限界がきているのか、それともゼストの一撃の桁違いの威力のためか。
「なんで、何も言わないんだよ。そんなに、俺が憎いんですか……」
地に伏したまま、空の死したはずの男へ、青年は叫ぶ。
「ずっと、夢に見る。みんなが死んだのが嘘で、クイントさんも、メガーヌさんも、みんな生きてて、そして、ゼストさんも、そこにいて……」
血だらけで、傷だらけで、惨めに這うしかできないセルジオが、ゼファーを杖にふらふらと立ち上がろうとする。
いつも決して他人に本心を明かさなかったセルジオの強固な仮面。それが、限界までエクリプスに侵され、中身がぐしゃぐしゃになったせいで剥がれかけている。
「ずっと、会いたかった。ずっと、ずっと、会って謝りたかった。クイントさんにメガーヌさんに、みんなに、ゼスト隊長、ゼストさんに、あな、た、を……」
セルジオの瞳が、翠に変わる。
「父さん、って、呼びたかった……」
それは、ずっとセルジオの隠していた本心だった。
本当は、ずっと父さんと呼びたかった。
でも母親のセピアを蔑ろにしてしまうんじゃないかって怖くて。
そしたら『彼女』と出会って、前へ進もうと思えて、初めて『息子』としてプレゼントをあげられた。
けどなんだか今更呼び名を変えるのが気恥ずかしくて、怖くて、今のままでいいかなんて、また今度でいいかなんて、思ってしまった。
でも、その機会は永遠に失われた。
もうセルジオがゼストを父と呼ぶことはない。
ゼストがそれに答えてくれることもまた、ない。
「ーーー」
満身創痍のセルジオの前に、ゆっくりとゼストが降り立った。
彼はなおも表情を変えずに、セルジオの首に槍を添えた。
(……ゼストさんに、殺されるなら、仕方ない、よな)
この人に死ねと言われるならば、セルジオは拒否できない。
指一本動かせないセルジオの脳裏に無数の記憶が浮かんでは消えていく。
親友、仲間、友人、後輩、先輩、妹。
(ごめん、な)
いくつもの名前と顔が浮かんでは消えていく中で、最後に残ったものは、一人の少女だった。
「……たか、まち」
声が誰にも届かず、虚空に消えていく。
そして、ゼストが刃を振り下ろし────刹那、
それは目に焼き付いて永遠に忘れないとすら思えるような、そんな美しい光だった。
それを最後に、セルジオが気を失う。
ゼストが思わず飛び退き、槍を構え直して距離を取る。
その中で彼女はゆっくりとセルジオのそばに降り立つと、そっと頬に触れた。
「遅れて、ごめんね」
今のセルジオと対象的な、青と白のバリアジャケット。
長く流した髪は後ろで一つに結んだポニーテール。
手には彼女の在り方を現すかのような名のデバイス、『
「管理局教導隊、高町なのは二等空尉、現着しましたっ!」
前回更新が5/29であんま間を開けずに次のが投稿できてよかったです。
前回の話の区切り的になるはやで投稿したかったんですよ。