Force Detonater   作:世嗣

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ララバイ

 

 

 

 子どもの頃のセルジオは空を飛ぶ母を見るのが大好きだった。

 

 淡い白色の光を纏って飛ぶセピア・アウディはカッコ良くて、綺麗で、何よりも本当に楽しそうだった。

 

 ふと、空にいた母が地上のセルジオに気がついた。

 

「おーい、セルジオ〜!」

 

 地上のセルジオも大好きな母親に手を振り返し、笑った。

 それは間違いなくセルジオ・アウディにとってはきらきら輝いている、夢のような時間だった。

 

 だが、今ではその気持ちも本物だったかもわからない。

 

 セルジオ・アウディはセピア・アウディの複製体だ。

 使い捨ての強力な魔導士を生み出すことを目的とされたプロジェクトの失敗作。

 

 誰かを真似することでようやく自己を保つことができる、出来損ない。

 

 そんな自分が、『好き』っていう当たり前の気持ちを、理解できるんだろうか。

 

 彼は「俺には一生わからない」と思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ます。

 

「……戦いは、終わったのか」

 

 いつの間にかベッドに寝ている。

 首だけを動かしてみれば、そこは見慣れた清潔感のある病室。

 いや見慣れたと言ってもエクリプスに感染してから病院にかかってはいなかったから、ここに自分が寝ているのは随分と久しぶりだった。

 

「あれからどのくらい時間が……っ!」

 

 半身を起こし、部屋のどこかの時計を探そうとして、声を失った。

 

「なんで、ここにいるんだよ」

 

 ベッドの側の椅子に腰掛け、毛布に覆い被さるように寝息を立てる一人の女性。

 その髪は、かつて毎日毎日見た、栗色だった。

 

「……高町」

 

 高町なのは。

 彼のかつての相棒。

 今でも残る罪の証。

 

 起こそうと手を伸ばしかけて、すぐに力なく落ちた。

 自分が傷つけ、一方的に無慈悲に別れを告げた。

 そんな自分が彼女に触れる資格などもうあるはずもない。

 

「ずっとあなたのそばにいてくれたのよ」

 

「シャマル……先生」

 

「先生?」

 

「いや、その、なんとなく」

 

 いつの間にか病室に入ってきた白衣のシャマルは、言葉を濁すセルジオに出来の悪い弟を見るように頬を緩めると、なのはとは反対側の椅子に腰掛けた。

 

「シャマル先生、今は」

 

「あなたがこの病院に運び込まれて27時間。今は夕方ね」

 

「そんなに……っ、そうだクロノ! あいつらの結婚式は」

 

「ちゃんと無事に終わったわ。あなたが望んだ通りにね」

 

「じゃあルーも……」

 

「頼まれた通りナカジマさんに預けて来たわ。

 まったく、『俺のことは絶対にクロノには言わないでくれ』なんてはやてちゃんにメール送って。もう、はやてちゃん、カンカンだったわよ」

 

「俺が出なきゃあの場を抑えられたかわから……」

 

 言いかけて、自分で首を振りその先の言葉を否定した。

 

「いや、俺が出たかった。あの人が、いるなら、俺が出るべきだと思ったから」

 

 そして、また、何もできなかった。

 またエクリプスに呑まれて、思うままに暴れて、負けた。

 

「……俺が気絶して、高町が来てから、どうなったって聞いてますか」

 

「ほんの少し戦闘を行った後直ぐに離脱したそうよ。追いかけたけど途中で多重転移。今引き継いだ首都防衛隊が痕跡を追ってるけど、おそらく撒かれたでしょうね」

 

「そう、ですか」

 

 なぜあんなことをしたのだろう。

 ゼストの死はセルジオ自身の目で確かめた。

 なのにゼストは如何なる方法でか、生前と変わらぬ姿で、突如このミッドに舞い戻った。

 

 死体が見つかっていない以上、なんらかの形でその肉体が悪用されているのだろうか。

 

(いやあり得ない。最後のあの技の基本は、間違いなくゼストさんの『紫電一閃』だった)

 

 ベルカの騎士の秘奥にして基本『紫電一閃』。

 そろそろ十年近い鍛錬を積むセルジオですら『白光一刃』という限定的な形でしか再現できていないもの。

 何度も頭の中で思い描き、なぞる様にして使ってきたセルジオだからこそ、あれはゼストの意思のもとに振るわれたものだと断言できる。

 

 生者か死人か幽霊か。

 わかることはただ一つ。

 ゼスト・グランガイツが本気で殺しに来ていたということだけ。

 

 ふと、なんとなく自分の胸に触れて、傷が跡形もないのに気づく。

 

「傷が……エクリプスの影響、ですよね」

 

 シャマルに問うと、彼女は表情をさっと陰らせる。

 

「シャマル先生?」

 

「……そのことで、セルジオ君に伝えなきゃいけないことがあるの」

 

 しばらく彼女は目蓋を閉じて黙り込んでいたが、やがて、意を決したようにゆっくり目を開くと手の中の通信端末を二、三操作した。

 低い音を立てて、セルジオの目の前に半透明のウインドウが現れる。

 

 軽く目を通す限り、どうやらセルジオのカルテらしい。

 

「セルジオ君、私今からとても大切なことを言うわ。すごくショックだと思うけど落ち着いて──」

 

「使えなくなったんでしょう、魔法」

 

「ーーーっ、なんで、わかったの」

 

「初めての診察の時言ったじゃないですか」

 

「……そうね、自分の体のことだしわかる、か」

 

 シャマルが端末を操作して、解析したセルジオの胸部──リンカーコアのある場所──を拡大する。

 

「結論から言います。

 貴方のエクリプス侵食は『末期』。そして、リンカーコアは、完全に侵食が終了しているわ。

 厳密に言うと、貴方の胸にあるこれはもう『リンカーコア』じゃない」

 

 セルジオが目の前のウインドウに映し出された魔導師としての心臓(リンカーコア)をじっと見つめる。

 取り乱すわけでも、悲しむわけでもなく、ただ何も言わずに。

 

 予兆はずっとあった。

 

 ジェイルの下から生還した後、魔法が使いにくくなった。

 まるで、鋸で釘を打とうとするような、そんな違和感をずっと感じていた。

 それもきっと、エクリプスが半ば侵食を完了していたから。

 魔力を生み出すものとしての機能を、奪われていたから。

 

 シャマルが自身の白衣の裾を強く握る。シワがつくのも厭わずに、強く。

 

「次大規模な魔法使用や、エクリプスの使用があれば、こうなる可能性があることは言っていたはずよ。忘れたとは、言わせないわ」

 

「覚えてます。昨日も、俺が行く前に警告してくれたことだって、聞こえてました」

 

「ならなんで──!」

 

 シャマルが荒げた声を、セルジオはやんわりとした笑みで制した。

 

「……それでも、そうすべきだと思ったんです」

 

 あの人が人を傷つけるところなんて、見過ごせるわけがなかった。

 何がなんでも、止めなくちゃいけなかった。

 

「なん、で、笑うのよ……」

 

 それでもシャマルは納得しきれないのか、セルジオの胸元を力なく掴み悲痛な声を絞り出した。

 

「あなた、()()()()()()()()使()()()()()()()のよ?」

 

 リンカーコアが侵食されたということは、それはもう魔力を生み出せないということ。

 魔力が生み出せないならばそれは、もう魔法が使えないということ。

 魔法が使えないということは、もうセルジオは魔導士じゃないということ。

 

 ──魔導士じゃないセルジオはもう、母の意思を継ぐことはできない。

 

 暫しの沈黙の後、セルジオが優しくシャマルの手を振り解き、誤魔化すように頬をかいた。

 

「少し、一人にしてくれないですか? その、いろいろ考えたくて」

 

「……そうね、貴方もきっと辛いのに、ごめんなさい」

 

 シャマルは通信端末を操作してウインドウを消すと、「何かあったらナースコールして頂戴ね」と言い残し、病室から立ち去った。

 

 貸し与えられただだっ広い病室。

 僅かに開いたカーテンから朱に染まり始めた西日が指し、ぼんやりと伸ばした手の中に入った。

 遠くにある時はあれほど眩しく紅いのに、手の中にくればこの程度。

 

「それで、お前はいつまでそうしているつもりだ」

 

 唐突に、セルジオが口を開く。目線はそのまま掌中の光に向けたままで。

 すると、今まで眠って目を閉じていたはずの高町なのはが、ぱちりと目を開き体を起こした。

 

「……気づいてたんだ。いつから?」

 

「それを聞きたいのは俺の方だ。いつから起きてた」

 

「んー、シャマルさんが声を荒げたあたり、かな。ごめんね、盗み聞きをするつもりはなかったんだけど」

 

「……別に、そのうち広まることだ」

 

「それでも、ごめんね」

 

 なのはがポニーテールを解き、癖のついた髪を手で梳いた。

 その仕草を、セルジオは見たことがある。

 

「髪、また伸ばしてるんだ」

 

 視線に気づいたのか、なのははほにゃりと笑ってそう言った。

 

「色々、忘れたくなくて」

 

 その言葉を聞いて、窓の向こうの夕陽に目を向ける。だが思ったよりも眩しくて、うっすらと目を細めた。

 

「……だ」

 

「え?」

 

「クイントさんと同じ髪型だ」

 

「──やっぱり、わかっちゃうんだね」

 

 会話、というにはあまりにもテンポが悪い。

 まるで深海の中を手探りで進むような、そんな恐る恐る互いの独り言に応じるようなやり取り。

 

 大人になったな、と思う。

 もともと童顔だった顔はこの二年でぐん、と大人びた。

 手足もすらりと長く、クラスではさぞ目立つことだろう。

 

 でも同時に変わってしまったな、とも思う。

 あの頃と変わっていないような笑顔を、あの頃ではしなかっただろう誤魔化すことに使っていた。

 

 笑顔で誤魔化すのはセルジオのやることで、なのはがすることではなかったのに。

 

 でもそれは、きっとセルジオのせい。

 

 また二人の間に息を止めたくなるほどの静謐が横たわる。

 ただどちらも窓の向こうの夕陽を見つめる。同じ物を見ているはずなのに、彼らはまるで分かり合えていなかった。

 

 どこか遠い病室で、子どもが泣いたような気がした。

 

「最近ルーちゃんはどうしてる?」

 

「にんじんを食べないことと夜更かしをすること以外はいい子だ」

 

「はやてちゃんに聞いてるよ。料理、作ってるんだってね」

 

「オーリスさんに……知り合いに習ってな。そう上等な物でもない」

 

「毎日大変だったりしない?」

 

「それほど負担はない。最近は八神も時々作りに来てくれるしな」

 

「…………そっか、はやてちゃんが。そうなんだ」

 

 話題が途切れる。

 

 不意に、ふっとなのはが目線を落とした。

 指と指を重ね、絡めて、その後、ほどく。自分の中の感情の絡まりを一つ一つ整理するように、ゆっくりと。

 

 そして彼女は、先の見えない静けさの中を一歩踏み出した。

 

「昨日の、さ。ほんとに、ゼスト隊長、だったのかな」

 

 一瞬、セルジオが横目になのはを見た。

 

「私も少し戦ったからわかる。あの人は本気だった。本気で人を傷つけようとしてた。あの人が、ほんとにあんなこと……実は偽物なんじゃ」

 

「本物だよ」

 

 手を組み、解いて、また組んで。

 答えはわかっているけど、それを認めたくなかった。

 

 でも、セルジオは言い切る。

 

「本物の、ゼスト・グランガイツだ。……間違いない」

 

 どこか遠いところを見たまま、彼は言う。

 そんな彼の横顔を見つめて、またもなのははほにゃりと笑って見せた。

 

「……君は、変わらないね」

 

「そういうお前は、変わった」

 

「二年だからね。もうすぐ、中学も卒業」

 

 すう、となのはが小さく深呼吸。

 そして背筋を伸ばし、まっすぐセルジオを見据える。

 変わったものは多い。でもその瞳だけは、二年前と変わらず水晶のように澄んでいた。

 

「追うんだよね、ゼスト隊長を」

 

「……教導隊のお前には関係ないことだ」

 

「そんなことない。ゼスト隊長は私にとっても大切な人だよ」

 

 訴えかけるようななのはの言葉に、セルジオが目を細めた。

 

「それでも、お前はこの件に関係ない。あとは俺がやる。お前はもう帰れ」

 

「……相変わらず、なんでも一人でできると思ってるんだね。なんでそう思っちゃうの?」

 

「話すことはない。この件は陸が、三課がなんとかする。空のお前にはもう関係ない」

 

「昔は私の──()()()のこと相棒って言ってくれた! なら──」

 

()()、な。()()()()。足手まといだ」

 

「──もう魔法が使えない君が、それを言うんだ」

 

 その言葉が最後だった。

 なのはが服のシワを軽く手で伸ばすと、立ち上がりつかつかと病室から出ていく。

 

 伸びかけのポニーテールが、ふわりと跳ねる。

 

「……あの日と、逆になっちゃった」

 

 なのはが病室の扉に手をかけて、ぴたりと動きを止める。

 そしてセルジオに背を向けたまま、ポツリと呟くように、喉を震わせた。

 

「もう、名前では呼んでくれないんだね」

 

 そして、扉が閉まった。

 

 セルジオはそこでようやく目線を、彼女が座っていた椅子へ、そして去っていった扉の方へと滑らせた。

 

 思い出す空がある。

 そう、あの日もちょうど今と同じような暁だった。

 

 あの暖かな光が自分たちの未来を照らしてくれていると、そう信じていた。

 

 

 ──今日からは私のこと『なのは』って呼んで。

 

 

 ──呼んでほしいんだ、セルジオくんに。本当の貴方が、見えた気がしたから。

 

 

 セルジオが自身の胸に触れる。

 

「お前だって呼ばなかっただろ、高町

 

 怪我はとっくに治っているのに、なぜか胸が酷く痛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、なのはー」

 

 日も沈みかけ、夜の帳の気配に人々が足早に帰宅する頃、ユーノの待ち人は姿を見せた。

 

「あれ、ユーノくん? なんでこんなところに?」

 

「ああ、フェイトから迎えを頼まれてさ。ちょうど僕も帰るところだったし」

 

「え、ええっ。もう、フェイトちゃんは心配性なんだから。……もしかして、待った?」

 

「んー、まあね」

 

「ご、ごめんね。わざわざ来てもらったのに待たせちゃって……」

 

「ああ、いや気にしないで。新車を何かと理由をつけて見せびらかしたくてさ。いい機会だったよ」

 

「ふふっ、そんなつもり全然ないくせに」

 

 ユーノが運転席から操作して助手席のドアを開けると、なのはが「ありがとう。お願いします」と言って乗り込んだ。

 

 その拍子になのはのポニーテールがユーノの視界を横切った。

 ユーノは最近伸ばし始めたなのはのこの髪がなんだか好きだった。

 小学生の頃から可愛いのは知っていたけれど、最近では伸ばした髪のせいか大人っぽさも加わって鼓動が早くなる時がある。

 

(ポニーテールだと、狙ったわけじゃないけど、なんか僕と髪型が似るんだよなぁ)

 

 車が滑るように走り出す。

 

 その間、二人はいくつか会話を交わした。

 何、どれも中身のあるものだったわけではないが、もうかれこれ六年以上の付き合いだ。会話のテンポも、話題も今更困ることはない。

 友人のことを話し、家族のことを、仕事のことを話して、時に笑い、からかい、怒ったふりをして見せた。

 

 なのははころころと転がるように笑い、ユーノもその笑い声で胸が温かくなった。

 そのせいかつい、普段なら聞かないようなことまで口から滑り出た。

 

「あのさ、なのは」

 

「なにユーノくん」

 

「その、なんで、あの人……セルジオ・アウディ……さんのお見舞いに行ったりしたの?」

 

「え」

 

 なのはが目を丸くして、困惑と驚きの入り混じる細い声を車の中で転がす。声はエンジンに揺られるように、次第に空気に溶けていく。

 

 信号が赤に変わり、車を止めたユーノが助手席のなのはに目を向けた。

 

「悪い人じゃないのはわかる。でもあの人は昨日の結婚式だって途中で抜けてたくさんの人に迷惑をかけたし、それに二年前のこと、忘れたわけじゃないだろう?」

 

「……うん、そうだね」

 

「なのはのためを思って言うけど、あの人はきっとなのはのことなんかなんとも思ってない。僕には、人として必要なことがあの人には欠けているように見える」

 

「そうだね、私も、そう思うかな」

 

「ならなのははもっと自分のことを考える時間を増やしてもいいと思う。悪口を言いたいわけじゃないけど、あの人は……」

 

「信号、変わるよユーノくん」

 

「え、ああ、ごめん」

 

 低いエンジン音。夜、街灯に照らされて時速40キロで自分を追い抜いていく生活の光。少し開けた窓から滑り込んでくる外気が肌を滑っていく。

 

「あの人は、確かになにも言わない。ぜんぶ、自分でやっちゃう人だよ」

 

 でもね、となのはが空を見た。

 かつて陸で、今は空で守っているその遠い青を。

 

 思い出すのは、あの病室。

 告げられた言葉に納得できなくて、でも、彼が疑わなかったことがひとつだけ。

 

「あの人はさ、私が空に戻ること、疑わなかったんだ」

 

 なのはがなんとなく胸元に手を伸ばして、レイジングハートの感触だけを感じ取って、ほにゃりと笑った。

 

「だから、私も」

 

 その日、なのはがそれ以上何かをユーノに語ることはなかった。

 ただ降りる時に「ありがとう、またね」と言って、いつもの笑顔で帰っていった。

 

 彼女の人混みに消えていく背中を見送りながら、ユーノが唇を噛んだ。

 

「……いつも、そうだ」

 

 結婚式の時、セルジオは受付の側の窓から飛び去っていった。

 もうすぐ挙式だったこともあり、既に人はまばらであり、それに気づいた人は少なかったが、その場にちょうど、ユーノが連れてきたなのはがいた。

 

 セルジオはまるで周囲なんて見えておらず、何か紙を受付の男性へと投げ渡すとあっという間にどこかへ行ってしまった。

 

 その時は、噂に聞いていた通りの人だと呆れるだけだった。

 だが受付の人が「嘘だろセルジオ先輩〜!」と頭を抱える横で、なのはの雰囲気が『変わった』時、そんな気持ちは吹き飛んだ。

 

 なのははレイジングハートでどこかに二、三連絡を入れると、ユーノに言った。

 

 ──私、行かなきゃ。

 

 手を掴んで呼び止めなきゃ、反射的に溢れた思考に、ユーノは従い一歩踏み出し、手を伸ばす。

 だが、彼女はユーノの静止よりも早く、セルジオの後を追って空へと飛んだ。

 

 まるで自由に飛ぶ鳥のように、空へ。

 

「なんで、いつも僕は、背中しか……」

 

 ユーノ・スクライアにとって『高町なのは』は憧れの女の子だった。

 自分に使いこなせないレイジングハートを用いて、抜群のセンスと、天に愛されたとしか思えない才能で、悲しみを希望に変えていく。

 

 だからそんな彼女を後ろから支えるのは彼の誇りだった。

 なのはのやりたいことを助けて、思い描く未来へと繋げていくのだ。

 

 その役割に、満足していないはずなかった。

 

(でも、今の僕は、本当に今のままで……)

 

 いつからだろう、高町なのはの中の危うさに目が行くようになったのは。

 誰かを助けるために全力で、そのことで自分の幸せを認識する。そんな在り方が『高町なのは自身の幸せに繋がらないのではないか』、そう思い始めた。

 

「でも、僕の手はなのはには」

 

 目蓋を閉じると、一人の青年の姿が焼きついていた。

 

「セルジオ・アウディ……あなたが、なのはを……」

 

 何故ダメなのか。何故、自分の手は届かなかった。

 

 ユーノが目を開けて、映し出している虚空のウインドウに目を向けた。

 

 

『 セルジオ・アウディには大きな『嘘』がある 』

 

 

 そこには、いつか届いた一通のメールが映し出されていた。

 

 

 

 今、止まっていた時が、動き始める。

 

 

 

 




 
彼は彼女と見た暁を思い出した。
彼女は彼と別れた病室を思い出した。
彼は彼女に届かなかった手を思い出した。

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