Force Detonater   作:世嗣

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ここからは間を置かずに更新した方が良いと思ったのでしばらく書き溜めをしていました。
四章が終わるまでは書き溜めが終わっているので、そこまで毎日更新されます。



選択

 

 

 ミッドの空を一人の少女が飛んで行く。

 それはまるで夜を貫く桜の流れ星。

 誰もが知る『不屈のエース』、高町なのは二等空尉。

 

『至急、魔導師に応援を頼む! 東部でまだ要救護者が残っている! 火の手が強く陸士では厳しい!』

 

「こちら本局戦技教導隊『高町なのは』二等空尉です! 現在ミッド空港からおよそ800メートル地点! 指示をお願いします!」

 

『高町なのは……不屈のエースか! 助かります二尉! 通信の通り東部で人手が足りていないのでそっちに。コールサインはひとまず本局01でお願いします!』

 

「了解です、本局01東部に向かいます!」

 

 なのはが方向転換し、加速。

 レイジングハートに送られてきた指定ポイントに向かうと、次第に空港の全容が見え始める。

 

「……ひどい」

 

 視界に広がる真っ赤な炎。

 そこらのショッピングモールなど凌駕する大きさの空港の至る所からの出火。

 見渡す限り燃えてない場所を探す方が難しく、とにかく規模が大きいせいで生み出す熱量もまた大きい。

 バリアジャケットのなのはですら肌に炎の圧を感じるほどだ。

 

 幸運なのはロストロギアが運搬されるということもあって、ある程度は一般客の行動制限があったことか。

 そのおかげで最も最悪な『救助者が散らばり過ぎている』という事態は回避できているようだ。

 

 しかし、依然して救助者の数も、居場所の詳細も未だ掴めていないのが現状。

 救助が長引けば長引くほど救助者の生存率は下がっていく。いまはとにかく迅速な行動が求められる。

 

《 Master, that is the designated point. (指定ポイントはあちらです、マスター。) 》

 It is recommended to make a way.(階下まで道を作ることを推奨します。) 》

 

「わかった。本局01から本部へ、これより砲撃魔法を使用します。許可と周辺マップの解析、誘導をお願いしたいです」

 

『砲撃魔法、了解です。では本局01に魔法使用許可を──ガ、ガガッ』

 

「本部?」

 

『すみませ──二尉……ぐ、本部に……認──』

 

「本部、応答してください!」

 

《 It is a radio wave interference. (電波障害です)

 we are unable to contact the headquarters.(本部と連絡が取れなくなっています。) 》

 

「そんな……!」

 

 なのはは『不屈のエース』と呼ばれるほどの魔導師だ。

 しかしそんな彼女は『時空管理局』に所属する公務員なのだ。許可がなければ魔法が使えないし、そもそも通信が使えない状況では誤射の危険性もある。

 

 なのはが唇を噛む。

 

「でも、このまま見てるだけっていうわけにはいかないんだ」

 

 自分は彼に「任せて」と言ったのだ。

 ならば自分はできることを精一杯にやらなければ。

 高町なのはにできることを、全力全開で。

 

 息を吸う。息を吐く。

 

 覚悟は、決まった。

 

「レイジングハート、私にフィールド系魔法を使って。そのまま壁を貫いて突撃する」

 

《 Really?(本気ですか?) 》

 

「レイジングハートに嘘はつかないよ。砲撃魔法が使えない以上そうするしかないもん」

 

 私とレイジングハートならできるでしょ?という主人の言葉に、機械仕掛けの魔導師の杖はまるでため息を吐くようにその宝玉をチカチカと明滅させた。

 

《 Please be careful, Master.(十分なご注意を、マスター。) 》

 

「おっけー! じゃあいくよ、せーの──」

 

 なのはの周囲に桜色のバリアが展開される。それは彼女の体を守る鉄より硬い魔法の装甲。

 そしてなのははそのまま勢いよく加速する。

 

《 ──Master! 》

 

「えっ、きゃあっ!?」

 

 けれど、それに割り込むようにどこからかレーザーがなのはを狙撃した。

 偶然バリアを貼っていたためダメージはないが、多少のノックバックが発生して、なのはが空中でブレーキをかけた。

 

「──っ、レイジングハート!」

 

 そしてなのはは杖を構えると反射的に砲撃、攻撃してきた相手を迎撃する。

 砲撃と同時に使用したレーダー内で相手の反応がロストする。

 

「いまのは昔戦った機械兵……なんでこんなところに」

 

 でもこれで終わった──そう思ったなのはが言葉を失った。

 

「なに、これ……」

 

 探知魔法に敵の反応が増えていく。

 十、二十、その数は加速度的に増え続け、百を超えたところでなのはの魔法では識別が困難になる。

 

 なのはが敵の反応の方角に目を向けると、空港の彼方、海の向こうから何か黒い波が押し寄せてくるのが見えた。

 

「まさか、あれ全部がここに向かってるの……?」

 

 昔戦ったものはAMF発生器を搭載していないものもあった。

 遠くに見えるあの機械群もまたそうであるだろうが、問題はその数。

 

 おそらく小隊一つでも厳しい。

 あんなものを本気で相手するならば、それこそ広範囲殲滅特化の魔導師がいる。

 

「私は、あっちに行くしか……でも……」

 

 未避難民の救助が遅れれば、それだけで被害は拡大する。

 しかし、あれほどの数のガジェットドローンが空港に押し寄せてくるともなれば絶対に避難の手は足りなくなる。

 

 いや、それどころか未避難民がガジェットドローンに襲われるかもしれない。

 

(『アレ』を使えば、この距離でも殲滅できるかもしれない。でもそうしたら負担で……)

 

 なのはが迷い、それでもレイジングハートを握り────真っ赤な空の中で、一陣の雷光が空を駆け抜けた。

 

『サンダーレイジ』

 

 遠くの海で、眩い金色の閃光が弾けた。

 それは雷。黒い波を切り裂く、雷電の戦斧。

 

『遅れてごめん、なのは。こっちは私が引き受けるよ』

 

「フェイトちゃん!」

 

 フェイト・T・ハラオウン。

 史上最年少執務官で、オーバーSランク魔導師で、高町なのはの大親友。

 

『私もいるでー、やほ、なのはちゃん。

 こちら『航空魔導隊三課』部隊長補佐八神はやて二等陸尉です。本部通信不良のため代理指揮を取らせていただきます。……とまあ、個人念話やけど形式は整えさせてもらいます』

 

「はやてちゃんも!」

 

 声の主は『八神はやて』。

 航空魔導隊三課所属の幹部候補生で、小隊指揮権も持つ二等陸尉である。

 

「でもなんで、二人ともこんなところに……」

 

『私はエリオ……ちょっと保護観察の子を連れて空港の近くまで来てて。それで一旦は本部に行こうとしたんだけど、偶然海岸沿いにいたからこっちに』

 

『私は先輩となのはちゃんとルールーがちゃんと出かけるかを確認したついでに、家族と新居とか見てから三課で時間を潰してたら……って、そんなことはどうでもええ!』

 

 はやての口から今ちょっと聞き捨てならない単語が聞こえた気もしたが、緊急時故に聞き流す。

 でもなのはは絶対にあとで問い詰めようと決意する。

 

『とにかく、なのはちゃんいま本部通信不良のせいで魔法の使用許可出てへんのやろ?

 なら一旦なのはちゃんとフェイトちゃんを三課預かりって形にしてこっちから許可出しとくな。思いっきりやってええで』

 

「……いいの?」

 

『うん。さっき先輩からメールがあってな、一旦私に指揮権を渡すって来たんや。色々許可とるのに時間かかってもうたけど、今なら大丈夫や。まあ、フェイトちゃんはさっきもう大規模魔法使ってもうたけど……』

 

『き、緊急時ですから! というかたぶん執務官の権限内の緊急時魔法行使ですから!』

 

 友人たちのやり取りに少しだけなのはが微笑んだ。

 そして、はやてが漏らした言葉に目を細めた。

 

「先輩……そっか。きみはそれでもやるべきことはやめてないんだね」

 

『なのはちゃん?』

 

「……ううん。はやてちゃん、使用許可をお願い。あとそっちから要救助者反応と周辺マップのデータこっちに送ってもらえたりできる?」

 

『大丈夫や。……よし、送ったで。いけそうか?』

 

「うん、オッケー。これならこのまま突入して救助に回れると思う。でもフェイトちゃんは……」

 

『大丈夫。私はここでこのままこの機械兵の相手をするよ。はやてほどじゃないけど、私も範囲魔法使えるしね』

 

『ごめんな。私はこれから陸士部隊の方と合流して指揮に回らなあかん。緊急時のせいでただでさえ指揮官が不足しとるみたいやから……。

 でも指揮権を代行してくれる人見つかったならそっちに助けに行くからな』

 

 打ち合わせは終わった。

 三人はお互いの戦場を定めると、小さく微笑む。

 

「じゃあ、二人とも」

 

『うん。なのはもはやても気をつけて』

 

『フェイトちゃんもな。しっかりみんな助けて、笑顔で朝を迎えないとな』

 

「うん、じゃあ、行こう!」

 

 念話が切れると、レイジングハートがチカッと光った。

 

《 Master, I can do anytime.(マスター、私はいつでもいけますよ) 》

 

「私もだよ! レイジングハート!」

 

 なのはがはやてに送られたデータをもとに照準を合わせて、レイジングハートを構えた。

 それに合わせるように円環状の魔法陣が展開され、桜色の魔力が収束されていく。

 

「ディバイン──バスターッ!」

 

 光線が伸びる。

 放たれた魔力の槍は空港の分厚い壁を燃え盛る炎ごと吹き飛ばし、人ひとりが余裕で通れる穴を開けた。

 

「行くよ!」

 

《 All right! 》

 

 桜色の魔導師が空を飛ぶ。人を救うために、これ以上泣いている人を増やさないために。

 

 そして奥へ奥へと飛ぶ中で、彼女は一人の男が佇んでいるのを見た。

 

「……え?」

 

 なのはの身長を大きく上回る大丈夫。

 手に握られる鉄の槍は身の丈に迫るほど。

 バリアジャケットは、『彼』のものとよく似たデザイン。違うのは色だけで。

 

 それは、まさしく、高町なのはもよく知る──。

 

 

 

 

 

第十七話 「選択」 

 

 

 

 

 

 

『久しぶりだね、セルジオ・アウディ君』

 

 忘れられない声だった。

 忘れようとすら思わなかった声だった。

 レジアスから「捜査はこちらで請け負う」と言われたせいで、追いかけることすら許されなかった、声だった。

 

「ジェイル・スカリエッティ……ッ!」

 

 その男、ジェイル・スカリエッティ。

 通称『無限の欲望(アンリミテッド・デザイア)』。

 

 ギリ、とセルジオが歯が砕けるかと思うほど強く噛み締め、声を絞り出した。

 

「お前が、やったんだろ。ルーテシアを、連れ去ったのは」

 

『ほう、自分で気づいたのか。私につながるような痕跡は残していなかったと思うが?』

 

「だからだ。ルーがいなくなった現場にはあまりにも痕跡がなさ過ぎた。まるで地面に溶けたみたいだった。しかも魔力反応もなしに、だ」

 

 そんなことができる存在は、セルジオが知る限り一つしかない。

 

「戦闘機人。

 どんなカラクリかはわからないが、戦闘機人がルーテシアを攫った、そう考えるしかない」

 

『しかし、君の妹なんか攫って私に何の得がある? 君の妹にどんな価値がある?』

 

()()()()()

 お前が昔言ったことだろう、『その方が面白そうだからそうする』って」

 

 通信の向こうでジェイルがくつくつと笑みを漏らす。

 

『いやはや、やはり君は面白いよ、セルジオ・アウディ君。たしかに私は君の苦しむ様を劇の演目のように思っているところはある。

 だからこそ、惜しいな。そんな君がもうすぐエクリプスの毒に殺されてしまう運命だなんて。しかも私の作った『ゼファー』のせいで。これは流石に謝った方がいいかい?』

 

「……俺は俺が選んでここにいる。俺の愚かさも、俺の罪も、全て俺のせいだ」

 

 だから、とセルジオが拳を握る。

 

「ルーテシアを、返せ。あの子は関係ない。あの子はただ俺の妹という場所にいただけなんだ。だから……解放、しろ。俺を狙うのなら他人を巻き込むな」

 

『……ウーノ』

 

 パチン、と通信越しにジェイルが指を鳴らした。

 するとどこからか一体のドローンが現れ、滑るようにセルジオのそばへと寄ってくる。

 

 そして、そのガジェットが一つの映像を投影する。

 そこには手を縛られてぐったりとしたルーテシアと、傷だらけで倒れる召喚獣ガリューが映し出されていた。

 

「お前……ッ!」

 

『安心したまえ、気を失っているだけだ。まあ急に召喚された召喚獣の方はかなり抵抗したから少し痛めつけてしまったが、それでも生きてるだろう。

 不必要に痛めつける趣味はないし、今助けに来るなら、どっちもまだ間に合うかもね。苦労はするだろうがこの通信を逆探知すればここを探し出せるかもしれないね』

 

 だが、とジェイルは続ける。

 

『君が来るのは()()()()()()()()()()()()

 

「なに、を……」

 

 セルジオは『彼女』に任されたのだ。

 

 本当は戦えるのなら戦いたかった。

 でもいまのセルジオには魔法が使えない。かつてのように自分の力だけで状況をひっくり返すことができない。

 

 だから、せめて自分は何としても妹だけは助けなければならない。

 それが、いまのセルジオ・アウディに残された唯一のものなのだから。

 

 でも、 そんな思いは、ルーテシアの映像が消えて、空港の映像が映し出された時、揺らいでしまった。

 

「……は」

 

 燃え盛る炎の中、2人の魔導師が──否、魔導師と『騎士』が戦っていた。

 

 見覚えのあるバリアジャケット。無骨な黒鉄の槍。

 そして、使われるセルジオと同じ()()()()

 

「……ゼスト、さん」

 

 あの日、セルジオを叩き斬った男。

 セルジオの師匠。かつて父と呼べなかった人。

 

 紅蓮の炎を纏ったゼスト・グランガイツが、金色の髪を揺らして、そこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 燃え盛る空港の中、暁と桜が炸裂する。

 

《 Master! 》

 

「大丈夫! まだ飛べるよ!」

 

 側を抜けていった炎をかわしたなのはが旋回。地面を這うようなスレスレの軌道で飛行する。

 

「────炎よ」

 

 そしてそんななのはを狙い撃つように追撃の炎熱が迫る。

 それは刃。魔力を変換した炎を固め、物理的な破壊と、猟犬の如く目標を狙う追尾の性質を持ち合わせた、不可避の炎刃。

 

(かわせない──ならっ!)

 

 くるり、となのはが反転するとレイジングハートのグリップを掴み、マガジンをロード。杖先に桜色の魔力球を収束する。

 

「ディバイン──バスターッ!」

 

 なのはの眼前で刃と砲撃魔法が激突、轟音を伴う爆発を引き起こした。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 爆煙の中からなのはが荒い息のなのはが姿を見せると上を見上げる。

 いま自分に焔の刃を飛ばした、かつて『ストライカー』を経て、『エース』とも呼ばれたその男を。

 

(やっぱり強い、ゼスト隊長は)

 

 ゼスト・グランガイツ。

 かつての地上本部所属の管理局員の中でも指折りの実力者。

 局員でありながら『騎士』と呼ばれるほどのベルカ式の使い手。

 三課にいた頃のなのはの上司であり、何度も陰ながら助けてくれた人。

 そして、『セルジオ・アウディ』の養父であり、師匠。

 髪色こそ記憶とは違う金色になっているが、それはおそらくユニゾンしているデバイスのせいか。

 

 たぶん前は使ってなかった炎熱の変換資質もユニゾンデバイスさんの力かな、となのはが推測する。

 

「……ゼスト隊長、なんでこんなことを」

 

 空港の吹き抜けの高所から地上のなのはを見下ろすゼストの瞳に感情はない。

 以前は確かな意思と強さを宿していた鳶色の瞳がいまはまるで深い穴のようだった。

 

 ゼストがなのはの問いかけに答えることはなく、返答の代わりとばかりに加速して今度は、鋭い槍術による乱打になのはを巻き込んでいく。

 

「──う、く」

 

《 Protection 》

 

 目で追うのすら困難な鉄の嵐の中、レイジングハートの力を借りてなのはは槍一つ一つを捌こうとするが、全てを防ぎきることはできず、次第にバリアジャケットにダメージが蓄積されていく。

 

(だめだ近づかれたら防ぐのがせいいっぱい。救助にはフェイトちゃんに回ってもらえることになったけど、けど──)

 

 かわしきれなかった槍の穂先がなのはの頬を撫でる。

 ぴ、と薄い赤の線がなのはの肌に刻まれた。

 

「私じゃ、ゼスト隊長を抑えておけない……!」

 

 苦しげななのはの声が炎に呑まれて消えていく。

 いまの管理局に、彼女のもとへ送れる人員は、いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なん、で、ゼストさんと、あいつが……」

 

 ガジェットの映し出す映像の中ではゼストとなのはが戦っている。

 セルジオはそれを遠く離れた街の外れでただただ見ていることしかできなかった。

 周囲に人気はなく、普段ならば『ルーテシアを探す中で自分が孤独になる機会をジェイルが待っていた』ということに気づけただろうが、いまのセルジオはそこまで考えが及んでいないようだった。

 

「これもお前の仕業なのか、ジェイル・スカリエッティ」

 

『ん?』

 

「ゼストさんは、もう死んだ。死んだはずだ。でも、あの人はいまあそこにいて、そして、あいつと戦っている。

 これも、お前がやったことなのか」

 

 もはや声に先ほどまでの怒りは無く、ただ苦しげに、確認するように言葉を絞り出すことしかできない。

 それに対してジェイルは先ほどまでと変わらず、ただただ愉しそうに答える。

 

『そうとも。

 私が火災が起こるようにロストロギアの封印を解き、管理局の連携を乱すための妨害電波を出して、その上でゼスト・グランガイツを送った。

 いまの彼はレリックウェポンという擬似的な死者兵士の技術によるものでね。苦労はしたが、中々の出来になったと自負しているよ。

 もっとも、高町なのはと出会ったのは偶然とは言え少々出来過ぎだが』

 

 そのせいで少し予定もズレているしね、と付け加えるジェイル。

 

『ああ、勘違いしないで欲しいがあのゼスト・グランガイツは先日君と戦った時の彼とはもう違う。

 あの時は彼には意思があった。そのせいでエクリプス状態の君にトドメを刺さずに帰るなんて勝手も許してしまっていた』

 

 映像の中のゼストが槍を振るう。その技は生前と変わらずセルジオの目では追うことすら難しい。

 

「だがいまの彼は違う。もはや()()は私の命令を忠実にこなすだけの人形だ。私が壊せと言えば壊し、殺せと言えば殺す。死ねと言えば死ぬ。そういう()()だ」

 

 くつくつ、とジェイルは笑う。

 

『彼は殺すだろう。何せ命じたのは鏖殺だ。目の前にいるのが誰だろうと、ゼスト・グランガイツは殺してくれるさ。君のかつての相棒は、そんな彼に勝てるかな?』

 

 レリックウェポン。

 死者を蘇生し兵士として使う技術。

 使者の尊厳を冒涜し、かつての生の軌跡を踏みにじる。

 ジェイル・スカリエッティはその上で意思をも奪い、自らの思うままに操れるのだという。

 

 そんなことを、ゼスト・グランガイツがされているのだという。

 

『さて、セルジオ・アウディ君。君は()()()()()()()()()()()?』

 

 ジェイルが嗤う。愉しそうに、まるで喜劇を見る観客のように、口で半月を描いてくつくつと。

 

「どち、らを……」

 

 手が震える。思考が乱れる。思考の乱れは身体に伝わる。

 

『決められないなら制限時間をつけようか。

 そうだね……じゃあ、一時間以内だ。それより早く来なかったらルーテシア・アルピーノは殺すよ。

 ああいやそれとも実験材料にするとしようか。召喚獣を操る素体は中々手に入らないのでね、貴重なサンプルになってくれるだろう。もちろんそうなれば命の保証はないけれど、君が選ばなかった方がどうなっても興味はないだろう?』

 

 手が、震える。

 

 ルーテシア・アルピーノはセルジオ・アウディに残された唯一のものだ。

 ずっと「メガーヌが死んでいる」と言うことを伝えられなくて、壊れ物のように扱っていた。

 それでも偽らない「本物」を始めたくて、家族になった。

 ルーテシアの未来と幸せは、セルジオが守るべき責任だ。

 

 ゼスト・グランガイツはセルジオ・アウディの失った理想だ。

 ずっと「父さん」と呼びたくて、それでも呼べなかった。

 あんな風に強くて、大きな大人になりたくて、そのために槍を学んだ。死んでからもずっと心の中にはゼストがいた。

 そんなゼストの死が凌辱され、守りたかった地上を破壊していると言う事実を、守ろうとした人々を殺そうとすることを見逃すなどできない。

 

 迷う時間などない。

 いまもゼストは誰かを傷つけ、ルーテシアは人の命をモノのように扱う男のもとにある。

 

 決断は、いますぐしなければならない。

 

 全てを失った日、ドゥーエの『ライアーズマスク』に騙された。

 何故か自分たちの動向は完全にバレていたのは戦闘機人ドゥーエの諜報のせい。

 そのせいでセルジオの心の奥にはへばりつくような他人への不信がある。

 

 ずっと一人でやってきた。

 たった一人で三課で戦ってきた。

 

 八神はやてが先輩と呼んでくれても、リインが隊長と慕ってくれても、シャマルが身体を心配してくれても、クロノが未来に歩む道を教えてくれても、『彼女』と再会しても、セルジオ・アウディは一人だった。

 

 だから、今も一人だ。

 一人でできる限界で、手を伸ばすしかない。

 

 故に、決めるしかないのだ。

 

 妹か、父親か。

 

 セルジオ・アウディにとってそれは()()()()()()()()()()()

 

「そん、なの……」

 

 セルジオが膝をついて、地面に拳を叩きつける。

 魔力は感じない。ただの非力な青年の、ちっぽけな拳だった。

 

 セルジオの顔が歪む。そして終わることのない葛藤の果てに、言葉を絞り出した。

 

「そんなの、選べるわけねえだろ……。俺に、そんなの……選べるわけがない……」

 

 自分の胸をかきむしり、髪を掻き乱し、赤の混じった翠の瞳は揺れる。

 それでもセルジオ・アウディには決められない。

 

 だってどちらも大切なのだ。

 どちらも偽物のセルジオに『本物』を教えてくれた人なのだ。

 

 ゼストは親のいないセルジオに『父親としての背中』を教えてくれた。

 ルーテシアは家族のいないセルジオに『妹と繋いだ手の温かさ』を教えてくれた。

 

 どちらも大切だからこそ優劣などつけられない。

 

 セルジオ・アウディはそういうイキモノだ。

 誰かを模倣することを定められた人造魔導師の成り損ない。

 

 人間のフリをしようとしていただけの、そんな存在。

 

「俺が死ねばいいのなら死ぬ。俺が消えればいいのなら消える。でも、こんなのどうすればいいんだ……」

 

 自分の壊れかけの心を取り繕い続けた二年だった。

 孤独な二年で傷ついた自分が崩れないように必死に走り続けた日々だった。

 

 でも限界だ。

 リンカーコアは動きを止めた。魔力はなくなった。

 もうセルジオ・アウディにできることなど何もない。

 

 情けなく地面に這いつくばることしか、できない。

 

『……はあ、つまらなくなったね、君』

 

 だが、そんな状況を退屈そうに見るジェイル。

 

『なんでエクリプスを使わないんだい。君には魔力はないがエクリプスなら起動できるはずだろう』

 

 セルジオの視線が手首のゼファーへと向かう。

 

 ゼファー。正式名称『ゼファー・ディバイダー550』。

 ジェイルの手によって組み込まれたエクリプスを供給するディバイダー550と、そこにシャマルの手によって付け加えられたエクリプスを制御する『リアクター』の基礎理論のみが組み込まれている。

 かつてセルジオを世界を侵す毒へと感染させ、いまはシャマルの尽力によってセルジオの破壊衝動を僅かに抑えてくれているデバイス。

 

『ゼファーを起動すれば君はまた戦える。

 まあリンカーコアのある頃でさえあっという間に暴走させられていた君だ。リンカーコアの完全な機能停止に陥ったいまでは、おそらく制御などできずあっという間に飲み込まれるだろうが……いや何、そのくらい安い代償じゃないか』

 

 だって、とジェイルが続ける。

 

『君はずっとそうやって戦ってきただろう?

 自分を犠牲にして、危機に陥るたびにその力に頼ってきた。今回もそうすればいい。自分の欲するものを求めて、欲望のままに戦えばいいのさ。そうすれば少なくともどちらかは救える。いつもと同じだよ』

 

「どちらかは、救える……」

 

『ああそうさ。それが『セルジオ・アウディ』だったろう?』

 

 そこにあるのは悪意だった。

 その決断が生み出す最悪を理解した上での囁きだった。

 でもその言葉は、『セルジオ・アウディ』というイキモノを理解しているが故の言葉だった。

 

 セルジオがブレスレットを握る。

 そして赤の混じる翠の瞳を揺らしながら、それでもふらふらと立ち上がる。

 

 そして起動句(トリガーワード)を思い起こす。

 

 それは悪魔との契約。

 

 地獄の片道切符。

 

 自分の未来を、投げ捨てる行為。

 

 でも、今はそれに頼るしかない。

 

 だって許せない。

 こんな風に誰かを笑って、楽しいからという理由で人の尊厳を踏み躙るこいつを、許しておけない。

 そうだ、コイツの企みを打ち砕けるなら命だって惜しくない。

 

 だから、もういい。

 

「ぜ、ファー。エクリプス──」

 

 不意に、声がよぎる。

 

 

 ── それは、先輩だけで背負わなきゃいけないものでもないと思います。

 

 ── まだ、諦めちゃダメよ、セルジオ君。あなたが死ぬと悲しむ人は、たくさんいるのだから。

 

 ── なるべく長く生きろ。お前には、三課が解散してからもしてもらいたいことが山ほどあるのだから。

 

 ──おにーちゃんっ!

 

 ──きみは、さ。いま、なんのために戦ってるの?

 

 

 すとん、と足から力が抜けた。

 

「だめ、だ……」

 

『……何?』

 

「だめ、なんだ。なんでかわからないけど、おれは、この力をこういう風に使っちゃ、だめだ」

 

 力なく首を振る。

 

 理由はセルジオ自身も理解していない。

 でも、これはダメだと心の中で何かが言っている。

 

 そういう戦い方をしてはいけないと、そういわれている気がする。

 

『……トーレの言う通りだ、君は随分つまらなくなってしまった』

 

 セルジオの姿に落胆したような声色でジェイルは指を鳴らそうとし──ガジェットに搭載した計器の反応で、誰かがセルジオに近づいてきていることに気がついた。

 そしてそれが『誰』かを理解した時、ぐんにゃりと愉しげに顔を歪めた。

 期待外れの演劇が、面白くなりそうな兆しを感じ取ったように、愉快そうに。

 

「……本当に、いたとは」

 

 地面を踏む音がする。ゆっくりと、けれどもたしかに地面を踏みしめ近づいてくる。

 そこまでされてセルジオは、ようやくその『誰か』の存在に気がつき顔を上げた。

 

「ユーノ・スクライア、司書長」

 

「……セルジオ・アウディ一等空尉」

 

 燃える夜の中で、緑の魔力光が瞬いていた。

 

 

 

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