3年前の今日にフォーデトの四章が始まったことを思うと大変お待たせしてしまいました。すみません。
「時空管理局です! 皆さん急いで避難してください!」
火炎と悲鳴に支配された空港で、局員が避難誘導を続ける。
局員は皆バリアジャケットを装着していたが、どうやら空戦魔導師はいないようで、誰もが市民を守るにように走っていた。
その中で最前線近くで指揮を取る人物が一人。
陸士108部隊の部隊長、ゲンヤ・ナカジマである。
彼の部隊は本日護送されるロストロギアの警備担当に割り当てられた『陸』の部隊の一つであったが、突如として起きた火災に状況も掴みきれぬまま対応をしていた。
「ナカジマ三佐!」
「おう、どうだ首都防衛隊は来てくれそうか? ウチでも出来ることはやるが、流石に地上だけじゃ手が回らねえ。空から見て、広範囲の鎮火に回れる手がいる」
「それがさっきからの通信不良がまだ治ってなくて。管理局全体につながる緊急通信なら使えるんですが……」
「……そっちだと時間がかかりすぎるか」
「はい。ほとんど全隊が同時に通信を取ろうとするのでどうしても階級や部隊の精査に時間がかかってしまいます。
一応こちらからの要望は伝えてありますが、肝心の首都防衛隊の末端まで通信が行き渡ってこちらに来てくれるまでどれだけかかるか……」
「ち、もともと臨時通信はここまで大人数の人間が連絡を取り合うことは考えられてねえ。基本簡易的な通信を一方的に送るだけのモンだからな。
俺たちは俺たちで出来ることをやるしかねえ、か」
陸士108部隊の臨時的な本部にしているトレーラーの中でギリ、とゲンヤが拳を握った。
(陸、空、それに本局の連中。通信が潰されたせいでどこも混乱しちまってる)
目頭を揉みつつゲンヤが思考を巡らせる。
(いっそどこかの誰かが軋轢も気にせず命じてくれりゃ楽になるのかも知れねえが、そんなことできるのは現場レベルの指揮官じゃ無理だ。それこそ将官レベルが現場に出てこねえと……)
この空港火災において対応にあたってる部隊は大きく分けて三つ。
一つが『時空管理局地上本部』の陸士部隊。
これはミッドチルダにおける犯罪者の取り締まりや治安維持を目的とした部隊。言ってしまえば地球で言う警察のようなものである。
ゲンヤ・ナカジマの陸士108部隊はこれにあたる。
次に『時空管理局本局』の首都防衛隊。
首都防衛隊は本局のエリート魔導師を中心として組織された、ミッドチルダ首都クラナガンでの魔導犯罪に対抗するための航空戦力である。
今回のような緊急時には現場へと急行し、現地局員との協力のもと事態を収める役目もある。
そして最後に現場に居合わせた臨時の魔導師たち。
現状動いているのは、いまは海上でガジェットドローンの群れを足止めする『フェイト・T・ハラオウン』、少し遅れて現場にやってきて民間人救助に向かった『高町なのは』、そして航空魔導隊三課からの応援としてやってきた『八神はやて』を筆頭とした数人である。
どれもが同じ『管理局員』という肩書きでありながらもその所属が違う。
本来はまず代表となる部隊を選出、合同本部とするはずだが、今は通信不良のせいでその本部設置すらうまくいっていない。
おそらくどの部隊も通信復旧の対応や、臨時回線の使用、付近の魔導師などに命じて動いてはいるのだろうが、広すぎる空港をカバーするにはそれでは足りないだろう。
それこそゲンヤが言うように『全ての人間に指示を出せるくらいの指揮官』が出てくれば違うのだろうが、それ程の権限を持つ人物が今のミッドチルダに何人いることか。
「ナカジマ三佐、第二班が帰ってきました」
「っ! そうか! それで状況は!」
「軽症者三名、大人二人と子ども一人です」
「そうか、ならそのまま市民を下げて今度は三班を出せ。一班は二班と情報共有をして未避難地域へと動く準備を頼む」
「了解。……あの、ギンガちゃんとスバルちゃんですが……」
「言うな。悪かったのは見学に来たいって言う二人を止めきれなかった俺だ。それだけの話だ」
ギンガ・ナカジマにスバル・ナカジマ。
クイントが拾ってきた人造魔導師計画の被害者で、偶然にもクイントの遺伝子で作られた『戦闘機人』。
正確にはゲンヤと血のつながりはない。
でも、娘だ。
ゲンヤはそう思っているし、娘たちもそう思ってくれている。
愛すべきクイント・ナカジマとゲンヤ・ナカジマの娘たち。それがあの二人だ。
「それにあいつらなら無事だ。ギンガは局員候補生だし、スバルだってクイントの娘だ。
心配することはねえ。……心配しても、仕方ねえんだよ」
「……すみません」
「なんで謝るんだよ。お前は何も悪くねえだろうが」
補佐官を下がらせたゲンヤが小さく嘆息。
(ギンガ、スバル……無事でいてくれよ……)
一秒だけ、娘の無事を祈る。
そしてすぐに気持ちを入れ替えたゲンヤは再び先も見えぬ部隊指揮を再開した。
「ユーノ・スクライア、司書長」
「……セルジオ・アウディ一等空尉」
闇夜の中、セルジオの前にユーノ・スクライアが現れた。
セルジオにとっては知らない顔ではない。
はやてを経由して知り合い、その後何度か仕事などで関わった。
深い関係とは言えないが、それでも決して知らない相手ではない。
(でも、なんでこんなところに。偶然、と考えるにはここらは人気がなさすぎる。なら……)
ユーノ・スクライアは自らの意思でセルジオに会いに来た。そう考えるのが自然だろう。
でもその理由が見えてこない。
ユーノがセルジオ個人に、しかもこの状況で会いにくる意味が、セルジオにはわからない。
『何故か分からないかな、セルジオ・アウディ君』
だがその理由に心当たりがある人物がこの場には一人いた。
夜の黒の中でユーノの瞳が瞬き、通信音声を中継するガジェットの方へと向けられた。
『二年前、三課が壊滅したあの日、ゼスト・グランガイツとその部下が死んだ日、君がエクリプスの狂気に呑まれた日、そして、
声の主はジェイル・スカリエッティ。
彼は出来の悪い生徒に一つ一つ物事を教え込むように、丁寧に語り始める。
『でもそれでも調査をやめない存在がいたんだよ。君が無くしたものを数えて、義理の妹と家族ごっこをしてる間にも、ずっとずっとあの日の真実を探し続けていた、そんな人物がね』
「……それは」
『そうだ。それがユーノ・スクライアだ。
彼は君が語ることを禁じられた真実を探し続けた唯一人』
ユーノは何も言わない。
ただ闇の中で薄ぼんやりと浮かび上がる緑の瞳を時折瞬かせるだけだ。
『彼はね、高町なのはのためにずっと調べていたのさ、あの日何が起きたのか。
無謀だ! 何せそれは管理局の上層部の手で隠された事実だ! 誰も知らない! セルジオ・アウディ以外は死んでいる! 忘れている!
でも彼は諦めなかった。それが彼の欲だったんだろう。あまりにも健気で、思わず私も手を貸して、管理局の廃棄データの抽出を手伝ってしまったよ』
男は笑い、続ける。
『その果てに彼は辿り着いた。
誰が、高町なのはを。
そんなもの、答えは一つしかない。
セルジオの手の中に、槍から伝う血の感触が蘇った。
「スクライア司書長……は……」
「
その先の言葉を留めるようにユーノが言葉を重ねた。
「ディバイダー550。エクリプスウイルス。そして破壊衝動。全て知っています。貴方はあの日、エクリプスに呑まれ、なのはを傷つけた。そして貴方はそれをずっと口止めされていた。……調べたので、わかります」
淡々と告げられた言葉は全て事実だった。
ユーノの瞳に感情はない。
ただへたり込むセルジオを見下ろして、手を伸ばして緑の円形魔法陣を展開した。
「スクライア司書長、何、を」
「……僕はずっと誰がなのはを傷つけたのか、その真実が知りたかった。それは、償わせたかったから。その行為には代償があると、そう思っていたから。
そして、いまその相手が目の前にいる」
ほんの少しユーノの感情のない瞳に、薄い色が滲む。
「……でも、それでも、聞かせてください」
ユーノがセルジオを見下ろしたまま、淡々と事実を確認するように問いかけた。
「貴方が、なのはを空から堕としたんですか」
沈黙は一瞬だった。
いや、もしかすれば一瞬にも満たないほどの刹那だったかもしれない。
それほどまでに、セルジオにとってその質問の答えは分かりきったものだった。
セルジオがユーノを見上げた。
瞳に今までの揺らぎはない。きっと瞳の中には、その事実だけは絶対に目を逸らさないという、そんな想いが覗いていた。
「ああ。俺が堕とした。俺がこの手で彼女を傷つけた」
ぎり、とユーノが歯を噛み締め、手を振った。
「──凍てつけ」
はやての魔法行使によって空港の炎に包まれた一角がまるごと吹雪に覆われる。
『歩くロストロギア』とも言われるはやての広範囲にして丁寧に制御された魔法の負担に、はやては小さく息をつく。
そんなはやての耳に、融合機リインフォースIIの声が届く。
『はやてちゃん、ひとまず隊長さんから許可いただけたところは消化できたですよ!』
「ほんなら一度地上に戻ろか。まだ首都防衛隊さんの方がどう動くかわからへんし、魔法に巻き込んだら事や」
黒い羽を羽ばたかせて素早く地上へと降りたはやてが近くのトレーラーへと走る。
そこは本局──首都防衛隊の仮設本部となっている場所だった。
「航空魔導隊三課の八神はやてです! 指定区画の鎮火終了しました! 次はどこに行けばいいですか!」
「三課……奴のところのか」
はやての声に応じたのは首都防衛隊の部隊長──この対策本部の臨時的な指揮官となっている壮年の男だった。
セルジオの知識に沿うのならば、その人物を「ティーダの上官だった人」と言ったであろう人物である。
側には数人の通信士がおり、はやてはその通信士たちを横切り部隊長のもとまでいくと敬礼した。
「ご苦労八神二尉。だがまだ消火可能地域については絞り込めていない。少しの間待機命令を出す」
「待機て……そう言ってさっきは十分も! 今動かなかったら救えない命だってあるかもしれへんのですよ!?」
「そんなことは分かっている! じゃあ無闇矢鱈に魔法を撃ちまくり救助活動中の現地局員の邪魔をしろとでも言うのか!
通信が使えない上に地上本部の連中どころか非番の魔導師連中までいる! 大規模魔法行使にはいつも以上に気を遣わねばならん!」
「それ、は……」
「それに貴様はこの場にいる数少ない現場に出られる指揮官だ! 他にはできない役割をこなす責任がある!」
「……っ、でも、ならせめて臨時回線での指示に踏み切ってください! あれなら私たち本局魔導師だけじゃなくて地上本部の魔導師たちも聞いてます!」
「それが可能ならとっくにやっている! だがやつらと私たちでは指揮系統が違う! ただでさえ混乱してる現場に本局のこちらの指示でも出してみろ! 間違いなく救助の手は滞る!」
首都防衛隊の長たる男が、忌々しげに舌を鳴らした。
「私たちは私たちで動くしかない。それが、最善なんだ」
まるで、自分にそう言い聞かせるようだった。
広い世界を守護するために優秀な人材を必要とする本局と、その煽りを受け人手不足に悩み余裕のない地上本部。
どちらも「世界を守る」という目的は同じなのに、ただ所属が違うというだけで行動を共にできない。
いまだって陸士部隊も、首都防衛隊もそれぞれが同じ目的のために動いているのに、その気持ちは一つになれない。
でも、とはやてが心の中でひとりごちる。
(だとしてもこれはちょっと不自然やな。このタイミングで通信が使えなくなるなんて、まるで
陸と海は不仲だ。
でも彼らはその程度の大小はあれ、「人を救うために」局員になったのだ。
ここまでの事件の中で協力をしないほどではない。
だけど、利用されている。
陸と海の指揮系統の違いという、ここまでの事態にならなければ露呈しないような問題点を。
(……セルジオ先輩、私に何ができるやろう)
その問いかけに答えが返ってくることはない。
だがせめて今できることはしようと、部隊長の指揮の補佐に入ろうとした時、不意に通信士の一人が声を上げた。
「ぶ、部隊長!」
「どうした!」
「こ、これを見てください!」
通信士が手元の端末を操作するとトレーラー内のモニターに映像が投影された。
映像の中では、桜色の流れ星と暁の光が幾度もぶつかり、空港内を縦横無尽に駆け抜けていた。
「あれ、まさかなのはちゃん? じゃあもう一人の方は……」
はやてが映像に目を凝らしもう一人の光が誰なのかを認識するよりも早く、ぽつりと呟くようにその正体を言い当てる人物がいた。
「……グランガイツ。ゼスト、グランガイツ」
「ゼスト……?」
その名前に聞き覚えがあったはやてが眉を寄せる。
「それって、セルジオ先輩のお義父さんやなかったですか?」
「……そうだな。そして、航空魔導隊三課の元部隊長で、地上本部きっての『ストライカー』であり、『エース』だった男だ。
……死にたがりが、死んでから化けて出たか」
忌々しげに呟く部隊長は舌打ちひとつ鳴らして部下に檄を飛ばした。
「なぜあの二人はあそこまで動きながら戦っている! 何か目的があるのか!」
「わ、わかりません! 動きを見る限り何らかの目的意識があってのことだと思うのですが……」
「何らかの目的だと」
通信士の言葉に部隊長が黙り込んだ。
しかしそれも一瞬のこと、すぐに通信士に命じさせてカメラの捉えていたゼストとなのはの移動ルートを出して、それをじっと見つめる。
「……グランガイツの倅の補佐官」
「八神はやて二等陸尉です」
「ならば八神二尉、貴様はこの状況をどう見る」
「え、あの、いいんですか?」
「私は陸の連中のように実力者を差別することはせん。それにこのままでは私たちも陸と同じ、目の前のことをやることしかできん。
グランガイツが何故あそこで戦っているかはわからんが、この空港火災と無関係とも思えん。私以外の視点から何らかの打開策が欲しい」
ほんの少し、意外だった。
はやては『航空魔導隊三課』に配属されてからセルジオの補佐官として活動していた。
それは本局の口利きがあったとはいえはやての年齢からすれば異例の出世である。
そのせいか助けに行った先で煙たがれることもあったし、小娘と言われ侮られたこともある。
だからこうして正当に力を貸せと言ってくれる人──セルジオや陸の局員への当たりがキツイのは目につくが──は少し新鮮だった。
そういえば前首都防衛隊の話題になった時セルジオが部隊長を「上昇志向は強いけど正当に人を見れる人だよ。俺は嫌われてるみたいだけど」と言っていたかもしれない。
(……リイン、話は聞いてたな? なんか気づいたことあるか?)
(うーん……聞いてはいましたけど、私もあんまりわからないです。ただちょっと、なのはちゃんじゃない人の方はやけに機械的で、直線的な動きをに見えるですよ)
(機械的で、直線的……)
リインの言葉を口の中で転がしつつ、はやてがモニタ上に映し出された二人の動きの法則性を見つけようと目を細めた。
そして、気づく。
「これ、もしかして人の生体反応をもとに移動してるんと違います?」
「生体反応……そうか。この二人の交戦ポイントはどれもまだ未避難民がいると思われる地域だ。グランガイツはその生体反応に向かって飛び、もう一人の方はそれを止めに動いている、か」
「おそらく。こればっかりは当人に聞いてみなければわかりませんが……」
そこまで話した時、不意にリインがはやてに慌てたように呼びかけてきた。
(はやてちゃん! 通信が来てます!)
(通信? いや今はちょっと……)
(相手は
(なっ……!)
その言葉に今度ははやてが慌てたように通信を繋いだ。
その際に隣の部隊長に確認をとってそのまま本部内の機器と臨時回線を繋ぐ。
『はやてちゃん聞こえる?』
「聞こえとるで! 今そっちはどういう状況──」
『ごめんあんまり詳しく話してる時間はないかも! いまは偶然近くまで来たからはやてちゃん個人に念話が届いてるけどたぶんそれも繋がらなくなる!』
なのはははやての返答を待たずに通信を続けた。
『さっきから私が戦ってるゼスト隊長は未避難者の生体反応を追いかけて空港内を飛び回ってる! 私は何とかそれを止めてるけど避難にまでは手が回らないの! できるなら……んの方……救助に回って欲し……』
「──やっぱりそうやったか。わかった! そっちはこっちでまわるから安心してええ! でも、大丈夫なんかなのはちゃん。相手は『エース』級なんやろ」
『大丈夫。……ううん、ほんとうは勝てるかわからないけど、私……てる、から、彼を──』
ノイズ混じりに通信が切れた。
「……通信、ロストです」
「応援は送れるか」
「難しいと思います。あの『エース』級の戦闘についていける魔導師なんて今この場には……。そもそも高町なのは二尉が加速なしで渡り合ってるのが異常なんです」
「フェイトちゃん……ハラオウン執務官なら追いつけたかもしれへんけど……でも、いま彼女が持ち場から離れたら機械兵の群れを抑える人がいなくなります」
「現状私たちが打てる手段はなし、か」
部隊長は小さく頷くと、周囲へと再度指示を出した。
「高町空尉の移動ルートを元に要救助者を捜索する。八神二尉、部下を預ける。小隊指揮権を役立ててもらおう」
「はい、大丈夫です。任せてください」
敬礼をしたはやてがトレーラーの外へと駆け出した。
(せめて、私が指揮しなくてもいいくらい状況が好転したなら……)
はやてが炎の中に時折桜と暁の混じる遠くの空を見つめた。
(なのはちゃん……もう少しだけ待っとってな)
ユーノの手が振り下ろされ、そこから魔法が放たれた。
生み出されたのはユーノの魔力光と同じ緑の鎖。
「──ロック!」
その鎖が、闇に溶け込むようにセルジオを囲んでいた
そしてジェイルの通信を中継するガジェットの前に立って、セルジオを背中で庇った。
『……これは驚いたな』
ジェイルが少しだけ意外そうに声を漏らした。
『君はセルジオ・アウディに真実を問いただすため、いや、もっと言うならば『高町なのはを傷つけた』彼への怒りでここにいると思っていたのだがね』
「……違う。僕は彼を
ユーノの表情はセルジオからは見えない。
だが声は力強く、いまの状況も含めてとてもその言葉が嘘だとはとても思えなかった。
「誰かが僕にセルジオ・アウディのことを調べさせようとしているのは分かっていた。その人物はずっと僕に細かなヒントを、真実へとつながるピースをばら撒いていた。
僕にはその理由がわからずずっとその痕跡を辿っていたけれど、あるとき気づいた。
この人物は僕がセルジオ・アウディへと不信感を募らせるよう誘導している、と」
『でも君もそれに乗っただろう? 実際に調べるまでに少し時間はかかったが、結局三課の真実を求めて私の廃棄ラボからデータを修復した。
そして、ここに、わざわざセルジオ・アウディが一人になるタイミングでやってきた。
私がここに来ればセルジオ・アウディの真実を知れると、メールで指示した通りに、ね』
「いま空港ではかつてない火災が起きている。だが航空魔導隊三課ははやてしか現場に来ていない。もし、僕とセルジオ・アウディを仲違いさせたい『誰か』がこの事件に関わっているのなら、それはセルジオ・アウディを追い詰めたいからだ。
そして、僕が来なければ彼は更なる苦境に立たされる可能性もある」
『……随分と頭が回るようだ』
「半分は勘でしたし、まさか貴方だったとは思いませんでしたがね、広域次元犯罪者『ジェイル・スカリエッティ』」
『私のことまで知ってたか。これは流石に私が『ユーノ・スクライア』という人間を見誤っていたことを認めなければならなさそうだ』
ハア、と通信機の向こうでジェイルが大袈裟に息を吐いた。
『なんとも状況は思い通りにいかないものだ。やれやれ、故にこそ人の心とは、欲望とは面白いとはいえ、厄介であることもまた事実』
故に、とジェイルが指を鳴らした。
『少し無理やりではあるが、状況を動かさせてもらうよ』
いままでユーノに縛られて身動き一つできていなかったガジェットドローンの単眼が光る。
それと同時にいままでユーノの魔法によって精密に操作されていた魔力の鎖が構成から解かれて霧散する。
「な、AMF対策の表層を魔力の膜で覆った特別性なんだぞ!」
『私とて既存技術で満足などしないさ。いままでの断続的なAMF発動と違い最新式は継続的なAMFの発動を可能にしている。まさに、魔導殺しだ』
魔導殺し、ガジェットドローン。その最新型。
しかもいまここにいる数十体、そのどれもが伸ばしたマシンアームに魔力ではない鋭利な鉄刃を持ち、その単眼からは物理的な破壊を生み出す熱線を放ち、『魔導殺し』たるAMFを持つ。
『存分に足掻いてくれたまえ、君たちの欲望を満たすため』
通信が切れ、そして一斉にガジェットドローンが動き出した。
「く、ワイドプロテクション!」
ユーノが手を振ると、セルジオの周囲に緑の半透明の障壁が現れる。
「スクライア司書長! 俺は一人でも」
「貴方は今魔法が使えない! 僕が何とかするのでそこにいてください!」
「でも、俺はあなたに守ってもらう価値なんて──」
「いいから動かないで! こっちは僕で何とかできます!」
すう、とユーノが息を吸い、襲い来る鉄の嵐へ向けて腕を振るった。
「チェーンバインド! ストラングルバインド! プロテクション! フォトンスフィア──」
ユーノは魔法を打ち消す相手に対し、チェーンで地面を抉って土の重みで吹き飛ばし、魔力を固めて魔法が消える前にバインドで相手を握り潰す、多彩な魔法で戦った。
だが競り合えたのはほんの一瞬。機械たちの攻撃は打ち寄せる波のようで、数十体の絶え間ない攻撃は刻一刻とユーノを追い詰めていく。
そんな様を、セルジオはただ見ていることしかできない。
(俺は、何もできないのか。魔法の力を失ったせいで、戦うことすらできないのか)
手首を、正確にはそこにある暁の色のブレスレットを握る。
次使えばおそらく正気を保てないと言われた。
残り少ない寿命を残らず消し飛ばすことになると言われた。
(それでもこれを使えば戦うことはできる。そうだ、あの人同じなんてダメだ。ゼストさんが死んだ。メガーヌさんが、クイントさんが、みんなが……)
ユーノがガジェットと戦う光景があの日の三課の仲間達と重なる。
もうあんな風に無力を感じて失うなんてごめんだ。
(そうだ、戦えるなら戦えばいい。戦って、戦って……)
あれ、とセルジオの思考が止まった。
(何のために、戦うんだ。偽物の俺が、この力を、何のために……)
何もわからなかった。
なぜエクリプスを使う手が止まったのか、さっき起動を押しとどめた声は何なのか、セルジオには何もわからない。
でもユーノの戦う姿からずっと目を逸らさなかったから、限界を迎えたユーノが腹部にガジェットの熱線が直撃したことは見逃さなかった。
「ぐ、が……」
ユーノの細い体が吹き飛び、一体のガジェットの足元で止まった。
そして、ガジェットは目の前に現れた熱源反応の元を絶とうとマシンアームを掲げて、振り下ろす。
「しまっ──」
ユーノが目を見開き、なんとかそれを防ごうとするが、生み出した急場凌ぎのバリアはまるでガラスのように容易く砕けた。
人が死ぬ。ユーノ・スクライアの命の灯火が、いままさに吹き消される。
「────ゼファー、エクリプスドライブ、イグニッション」
全ての思考は吹き飛んだ。
ゼストたちを失った過去も、自分の無力も、さっきから聞こえていた人たちの声も全て遠くに吹き飛んで、残った気持ちはたった一つだった。
けれどセルジオ・アウディはその気持ちを理解する余裕もなく、ただ黒鎧を纏ってユーノとガジェットの間に割り込んだ。
ズ、とガジェットドローンの刃がセルジオの胸を突き抜けた。
「──え」
ユーノの顔にぴしゃり、と血飛沫がかかった。
「ごぶじ、ですか、スクライア、ししょ、ちょう……」
セルジオがいつものように笑って見せる。
その無理やりな笑みは血に濡れていて、とてもじゃないが誰かを勇気づけられるようなものではない。
それでも、セルジオは笑っていた。
「どうして、僕を──」
ユーノが問いかけるよりも早く、セルジオは自分を突き刺したガジェットドローンごと後ろに跳んだ。
そして、自分の胸を突き抜けているブレードを掴んで、ぎりぎりと力を込めていく。
刃が肉に食い込み、傷から鮮血が伝っていくが気にしない。
ただ目の前の物が無くならないのがイラついたようにただ力を込めて、ついには粉々に砕いてしまう。
ばらばら、きらきら。鉄が散って、ようやく邪魔な物が消えてくれた。
いい気分になって、呼び出した槍で背後の機械を叩き潰す。
「……はー」
視界が赤い。思考が定まらない。心がちっとも満たされない。
だから、壊そうか。
「はは」
くるり、と彼は手の中で槍を回した。
ユーノはそんな彼の名を呼ぼうとて、自分の傍を通り過ぎた突風に煽られて吹き飛んだ。
槍を手にした黒い影が加速したのだと理解したのは、先ほどまでユーノを苦しめていたガジェットドローンの三分の一が粉々に砕け散ったのを見てからだった。
「ああ」
影が再び加速し、手にした槍を投擲した。
ユーノの目で追うのが難しいほどの速度で投げられた槍はまるで空を貫く雷のようで、ガジェットドローンを5体まとめて貫通してからようやく止まる。
そして無手になった影はそのままガジェットドローンの群れに飛び込んでいく。
無数の刃に切り裂かれ、レーザーに焼かれても彼は止まらない。負った傷はたちまち癒えて、むしろ傷を負った分だけその行動は苛烈さを増しているようだった。
それは黒い破壊の嵐だった。どこまでも紅い、世界を侵す毒だった。
「はあ……」
そうして、ガジェットドローンの全てを破壊した彼──エクリプスに呑まれたセルジオ・アウディがユーノに目を向け、頭を抑える。
「う、ぎ、が、あ、ああ……」
セルジオの瞳が紅く輝く。
「セルジオ空尉……」
ユーノがセルジオに近づこうと手を伸ばすが、頭を抑えて苦しむセルジオはその手を乱雑に払った。
「く、るな。ダメなんだ、もう、俺じゃ……」
瞳が輝く。紅く、紅く、どこまでも紅く。
「あああああああァァァァッ!」
叫び、黒い影は目の前のユーノへと襲いかかる。
夜の闇、赤く燃える空すら染め上げるように、セルジオ・アウディの最後のエクリプスの暴走が、いま始まった。
その暴走は、渇きを癒すまで止まらない。