Force Detonater   作:世嗣

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かつて信じた君へ

 

 

 

 高町なのははユーノ・スクライアにとって手のかからない教え子だった。

 でも彼女のことを心配しなかったかというと全くそんなことはなかった。

 何せなのはは自分の魔法の才能を誰かを助けることに使っていたのだ。時には自分を省みない行動も取るなのはは常にユーノの心をすり減らした。

 

 出会いはなのはが自分のやるべきことを手伝ってくれたことから。

 魔法という世界をなのはに教え、彼女が望む『泣いてる子を助けてあげたい』という目的のために導き、その背中を押してきた。

 

 なのはは優秀だった。高い魔力に、それを扱う地頭の良さ、何より空を飛ぶセンスがあった。

 ユーノの教えたことはあっという間になのはに吸収され、ユーノではとても追いつけないような高みまで行ってしまった。

 

 まるで、空を飛んでしまうかのように。

 

 それに悔しさを感じなかったかというと嘘になるが、でもそれよりも嬉しさと誇らしさの方が勝った。

 あの小さな女の子の背中を押せることが誇らしかった、あの危なっかしい女の子のやりたいことのために戦える自分に不満はなかった。

 

 高町なのははずっと「誰かを救う」ことに全力だったし、ユーノはそれを支える「なのはの先生」だった。

 

 でも、ある時少しだけなのはが変わって行った。

 

 いつものように話していると時折、今までになかった名前が出て来るようになってきた。

 

 『セルジオ・アウディ』。

 クロノの同級生でライバル。士官学校を次席で卒業した秀才。

 航空魔導隊三課の分隊長で、なのはの上司で相棒。

 

 セルジオといくつもの事件と向き合うにつれて、なのはの中のスタンスが少しずつ変化しているのを感じた。

 

 なのはを知る人たちが時折指摘する『自分を犠牲にしてもも誰かを救う』という信念に、なのは自身が疑念を抱くようになっているような、そんな気がした。

 

 それはきっとセルジオ・アウディの影響なのだということも、わかった。

 

 そしてある日高町なのはは空から堕ちて、セルジオ・アウディはそんな彼女に別れを告げた。

 一方的に、なのはの言い分も聞かずに、淡々と「教導隊に行け」とだけ言い渡した。

 

 ユーノ・スクライアにとって『セルジオ・アウディ』とはどんな存在なのか。

 

 世間の彼への評価は概ねこうだ。

 なぜか一人だけ無傷で生還した指揮官。

 部隊長の死で昇進した成り上がり。

 未来(つぎ)のエースとも言われた堕ちたホープ。

 

 でもユーノにとってのセルジオを言い表す言葉は上手く見つからない。

 セルジオ──高町なのはの()相棒のことを考えた時にざわつく心がわからない。

 

 いったい、ユーノ・スクライア(ぼく)は、何を思い、セルジオ・アウディに疑念を抱き、彼を助けに来たのだろう。

 

 

 

 

「空尉っ! 正気に戻ってください! 今はこんなことしてる場合なんかじゃ──」

 

「あああああァァァァッ!」

 

「──くそっ、ストラングルバインドっ!」

 

 空に響く叫びをトリガーに白混じりの紅いエクリプスエネルギーが放たれる。

 ユーノは素早く輪っか状のバインドでセルジオの手を拘束、引っ張ることで無理やり砲撃の方向を逸らした。

 

(……モロにあたればタダじゃ済まない)

 

 体の脇を抜けていく光に背筋が冷える。

 

「──かそ、く、機動……ッ!」

 

 ユーノの視界から黒鎧のセルジオが消失する。

 残されたのは苦しげな「加速起動」というワードのみ。

 

(僕じゃ目で追うのは無理だ。なら──っ!)

 

 ユーノが手を広げると周囲に半径2メートルの球状の障壁を展開する。

 加速していたセルジオはそんなもの盾にもならないとばかりにエクリプスの「分断(ディバイド)」で魔力の構成をまとめて解くと、槍で力任せに突き砕いた。

 

 がしゃん、とガラスが割れるような音がする。

 セルジオはユーノの作り出した障壁の内側に踏み込み、そしてそれを待ち構えていたかのような鎖に絡め取られる。

 

 それはユーノの展開した()()()()()()()()()()()()魔力障壁。

 エクリプスを使ったセルジオの加速を自分の目で追うのは困難と判断したユーノは、敢えて壊されるように盾を作り、どこからやって来るのかを特定できるようにした。

 さらにそこから壊された障壁の座標に向けて、自動的にチェーンバインドで迎撃するように魔法を組んだのだ。

 

 曲芸じみた早技の魔法展開。

 これほどのスピードで魔法を組み合わせることは、同時に二つのデバイスを扱ってみせるクロノですら難しいだろう。

 

「──っ」

 

 狂気に呑まれた紅い瞳が細くなり、苦しげな声が漏れた。

 セルジオの体がギリギリと緑の鎖で締め上げられていく。

 だが魔力でできた鎖程度、エクリプス因子適合者(ドライバー)ならば誰でもこの程度の拘束を無理やり破壊することができる。

 

「させるか──!」

 

 だがユーノは拘束が解かれそうとみるや四肢、首、ディバイダーであるゼファーを握る左手を追加の鎖で絡め取った。

 

 セルジオの顔に苦しさが増し、ユーノの頬を汗が伝う。 

 ユーノの拘束とエクリプスの膂力は拮抗し、このまま膠着状態が続くかと思われた。

 

「──は」

 

 だが、小さな呼吸とともにセルジオが紅く目を光らせて、その膠着は一気に崩れた。

 

魔力分断(マギリングディバイド)

 

 急にユーノの維持していた魔法が()()なり、セルジオの拘束が困難になる。

 まずは腕、その次は足、それまで確かな強度でセルジオを繋ぎ止めていた鎖に細かなヒビが広がっていく。

 

 そして数秒後には粉々に砕かれて、お返しとばかりに刃に収束された紅い斬撃が射出された。

 それをあらかじめ待機させておいたチェーンバインドで自分を引っ張ってかわしたユーノは、セルジオと大きく距離を取る。

 

「エクリプスの分断効果か……! まさか十秒もたないとは……いや、むしろ数秒もっただけありがたいのか」

 

 はやてに頼まれてセルジオのためにエクリプスについて調べたのは他ならぬユーノだ。

 だからエクリプスについての知識は人並み以上に頭に入っている。

 文献の一つに、エクリプスは『世界を侵す毒』であると書かれていた

 

 魔力分断に、異常な身体能力の向上、無限にも等しい治癒能力。

 

 たしかにこれはいまの世界を根幹からひっくり返す可能性を持った毒であると言えるだろう。

 

(いや、そうじゃなくても、セルジオ・アウディ空尉は強い。

 いまは正気を失ってるせいで随分荒くなってるけど、あの身のこなしは少しの鍛錬で身につくものじゃない。

 戦うためにずっと鍛錬を続けてきたんだ。それが、実を結んでいる)

 

 無意識にユーノが唇を噛んでいた。

 

 またもや黒い影が加速し、ユーノのもとへと切り込んでくる。

 それを持ちうる魔法でなんとか防いで、いなして、自分にやってくる『死』の未来を少しでも遠ざけるために、足掻く。

 

 そして、その中でユーノの胸に言葉にできない想いが浮かんでくる。

 

(なんで)

 

 セルジオがエネルギーを最大まで収束して砲撃を撃った。ユーノはそれをシールドを重ねて勢いを殺して、分断が完了する前に回避した。

 

(なんで……っ)

 

 セルジオが今度は槍を大上段に構えて叩きつけるように槍を振るった。ECで強化された身体能力から放たれるそれを食らえば、ユーノの細い体など容易く引き裂かれるだろう。

 ユーノはそれをシールドのサイズを絞る代わりに硬度に回してなんとか防いで見せる。

 

(なんで、なんで──っ!)

 

 防がれた槍が手から溢れ落ちていく。

 だが紅い瞳は槍には目もくれず、右拳を握るとそのままユーノの顔へと向けて拳を振り回す。

 ユーノはそれを受け止めきれなかったが、なんとか顔はそらして肩で受けた。

 

 ミシリ、とユーノの肩が軋んで、そのまま振り抜かれた拳に吹き飛ばされて地面を転がる。

 

「なんで、だよ……!」

 

 ユーノが肩を抑えて立ち上がろうとしたが、すぐ目の前にはいつの間にか槍を手に追撃しにきた紅い瞳があって。

 息つく暇もなく多重のシールドを展開すると、それを前に押し出して防ぐためではなく、殴打する盾として使った。

 

 殺傷能力はないものの、面での強い打撃にセルジオの身体が吹き飛んでいく。

 

「なんで、貴方は! 僕は! なのはを! こんな……っ」

 

 ユーノが指揮者のように横に手を振ると、吹き飛んだ相手に向けて無数の魔法陣を展開。

 そこから魔力でできた鎖を射出し、加えてセルジオの周囲を魔力の障壁で覆った。

 

 横に振った拳をそのまま握りしめると、障壁は中心へと向けて縮まり、無数の鎖とともに中にいるセルジオの身体へと殺到する。

 

「戒めろ──封鎖牢獄(チェーンジェイル)!」

 

 シールド、バインド、結界の技術が高度に融合したユーノの工夫。

 支援魔法のスペシャリストとしての彼が使う、エースにも通用するかもしれないというコンビネーション。

 

「──分断(ディバイド)

 

 けれど、相手はエースではない。

 エクリプスだ。世界を殺す毒だ。魔法文明の破壊者だ。

 

 まるで当たり前のように障壁は破壊され、紅い瞳はユーノへ向けて加速した。

 ユーノは再び多重のシールドを展開──しようとして、二枚生み出したところで魔法の演算が引っかかった。

 封鎖牢獄の急速な演算で僅かに疲労が溜まっていた影響だった。

 

 先ほどは無数のシールドの密度で無理やりセルジオの身体を吹き飛ばせたが、たった二枚では押し留めることすらできない。

 

 シールドはまるで初めからなかったように破壊され、セルジオの右手がユーノの首を掴んで締め上げた。

 

「────はあ

 

 紅い瞳を光らせて、くるり、と手の中で槍を回して穂先をユーノの胸へと向けた。

 全てを失った『あの日』と同じように、エクリプスの狂気に呑まれて、自分が何をしようとしているかすら理解しないまま。

 

 そして、槍が振われる。躊躇いなんて、かけらもなかった。

 

 そして首を絞められて爪先が浮いたユーノが、今まさにやって来ようとしている自分の死を前に、叫んだ。

 

「なんで、そんなに強い貴方が、その力をなのはに向けたんだよッ!」

 

 

 

 ── なかせちゃって、ごめんね。

 

 

 

 紅い思考の中で、その名前が脳を貫いた。

 

「──あ」

 

 血が舞った。

 

 だがそれはユーノのものではなく、セルジオのものだった。

 ユーノを締め上げていた右手を離し、自分が振るった槍を自分の手で受け止めた、セルジオ・アウディの血だった。

 

、あ、ぎ、ああ……が、ァァァァッ!」

 

 からん、とセルジオの手からディバイダーである槍、ゼファーがこぼれた。

 そしてセルジオは血に濡れた右手で、震える左手を抑えて、膝をつく。

 

「か、あ、は……」

 

 ちかちかと目が紅と翠で点滅する。

 正気と狂気のスイッチが入れ替わるように、瞳の色が入れ替わる。

 

 一度始まったエクリプスの暴走は止まらない。

 でも、いまセルジオはそれに抗おうとしていた。

 

 もう自分の意思で制御などできるはずもない。

 数年蓄えた破壊衝動の蓋はひとたび開かれてしまえば、もうどうしようもない。

 人を殺すまで、誰かの血を見るまで止まれない。

 

 でもセルジオは、かつては完全に暴走し、大切な相棒すら傷つけたその狂気を、いまはただ『そうしたくない』と、必死に抑えつけようとしていた。

 

 その姿に、地面に転がるユーノが声を漏らした。

 

「なんで、止まれるんだよ……なんで、僕の時に……」

 

 ぼろぼろと、ユーノの緑の瞳から涙が溢れる。

 そして、ユーノは叫んだ。

 

「なんでいま止まれるなら! なのはの時に、止まれなかったんだ! 貴方は僕なんかの時じゃなくて、なのはの時にこそ止まるべきだった! それができるのに、なん、で、いま……っ」

 

 なぜ涙を流してるのか、なんで暴走するセルジオに今こんなことを聞いてるのか、ユーノ自身も自分の行動の意味を説明できない。

 

 でも、ただ『セルジオ・アウディ』という人間を知りたかった。

 

「なんでエクリプスを()()()()()()()()使ったんだよ! 貴方だって使えばタダで済まないと分かってたはずなのに! 現にいま暴走して、さっき止まれたのは偶然だ!」

 

 セルジオはかつてエクリプスの紅い思考に支配された。

 そして破壊衝動に呑み込まれた果てになのはを傷つけた。その槍を止めることはできなかった。

 

 セルジオは今日再びエクリプスの紅い思考に支配された。

 そして破壊衝動に呑み込まれ、ユーノを傷つける寸前に狂気に抗った。その槍は直前で止まった。

 

「なんで、僕を助けようとしたんだ……」

 

 最後は消え入るような声だった。

 

 その質問にいまだ瞳の色が定まらないセルジオは、ただぽつりとつぶやいた。

 空っぽの心に唯一残っていた想いが溢れでたように。

 

「……わから、ない。でも、あなたが死ぬのは、人が目の前で死ぬことだけは、いやだったんだ」

 

 セルジオ・アウディは夢も、未来も、仲間も、何も残ってはない。

 でも空っぽになった器の中には、いまでも『目の前の人が死ぬのはイヤだ』という、子どものわがままにも似た想いが眠っていた。

 

 それはジェイルを許せないという想いでは使わなかったエクリプスを、思わず使わせてしまうくらいの、セルジオの心に根差した純粋な気持ち。

 

「なんだよ、それ」

 

 ユーノがぽつりとつぶやいた。

 

「なんで、貴方は間違っても、そこまで折れてしまっても、そこまで強くいられるんだよ……」

 

 紅く点滅する視界の中、セルジオは首を振った。

 

「強くなんて、ないです。俺はどうしようもないほど弱い。強くなんて、なれなかった」

 

 こんなもの強さではない。

 選んだわけでもなく、ただイヤだという子どものようなわがままで動いただけだ。

 自分はどうしようもないほど空っぽで、だからこそ、何も選べない。選んでこなかった。

 

 そんな自分のどこに強さがあるのか。

 

「俺は、変われないんだ。昔からずっと、『誰かに言われたことを真似する』ことしかできない、それだけの偽物だった」

 

 自分が失敗作だと、偽物だと言われた日から、自分の生き方に中身がなかったことをいやと言うほど思い知った。

 

 無力で、ずっと変われない、形だけのハリボテだ。

 

「俺はずっと、何も生み出せない、誰かから与えられることしかできない、それだけの偽物だった……」

 

 セルジオ・アウディにとってそれは自分を指す真実。目の逸らしようがなく、否定できないもの。

 

「それは、違うはずだ」

 

 けれど、ユーノ・スクライアは、それを否定する。

 

「だってなのはは、貴方が自分を傷つけたんだと知っても、それでもまだ貴方に助けられたと、そう言っていたんだから」

 

「……え」

 

「忘れてなんかなかった。なのははもう、気づいてた」

 

 

 

 

 

 

第十九話 「かつて信じた君へ」

 

 

 

 

 

「あの日、なのはを刺して消えない傷を作ったのは、エクリプスで暴走したセルジオ・アウディだ」

 

 星空の下、ユーノはなのはに真実を告げた。

 

 そしてユーノはなのはに説明してくれた。

 エクリプスとは何か、セルジオがなのはに何をしたのか。

 ユーノの調べた範囲でわかることは、全て教えてくれた。

 

 それを聞いた時なのはの中に生まれたのは、驚きでも、怒りでも、悲しみでもなくて、納得だった。

 

「……やっぱり、そうだったんだね」

 

「……覚えてたの?」

 

「覚えてた、と言うほどじゃないかもしれないんだけどね。もしかしたらそうなんじゃないかなって、ちょっと」

 

 言葉を選びながらなのはが垂れた髪を耳にかける。

 

「みんなには堕ちた時のことはよく覚えてないって言ってたよね。あれは嘘じゃないよ。でもね、ひとつだけ記憶に残ってるものはあったの」

 

 自然と手は胸元に向かっていた。

 もうずいぶん小さく、薄くなってしまったけれど、でも今もたしかにある傷跡に。

 

「あの人がね、泣きそうな顔してた。

 おかしいよね。一度も泣いてる顔なんて見たことないし、泣いたこともない人なんだよ?」

 

 でも、となのはは困ったように笑った。

 

「やっぱり泣いてたんだ。その顔がね、本当に見たことないくらい辛そうで。

 あの人があんな顔になるってことは、たぶん一番やりたくなかったことをやっちゃったんだろうなって」

 

 かつてセルジオ・アウディはなのはに夢を語った。

 『すべての人を助けたい。

 泣いてる人も悲しむ人も増やしたくない。

 すべての人に笑顔でいて欲しい』

 それは絶望的なほど遠くで輝く星に手を伸ばすような夢で、とてもじゃないが叶うとは思えない夢だ。

 現実は物語のように優しくなく、いつだってこんなはずじゃないことばかりで、運が悪くて死ぬ人がいる。

 でもセルジオ・アウディはそれを認めたくなかったから、ずっと一人で(ゆめ)に手を伸ばしていた。

 

「あの人は私を傷つけた。それは真実だと思う。

 そのせいなのかな。昔は近くに感じた心がもう私には見えなくて、あの変わらなさが、少しさみしくて、少し怖い」

 

 なのはが星空を見上げた。

 

「星が輝くのはね、燃えてるからなんだ。

 精いっぱいに生きているから、綺麗なの。ずっとずっと、星はそうやって生きてきた。それはきっと変わらないことなんだ」

 

 燃える星は、いまもなのはの頭上で輝いてる。

 

「彼は変わらなかった。一人でもなんでもやっちゃおうとする人で、一人で全部背負っちゃおうとする人だった」

 

 輝く星全てが燃えている。ひとつとして例外はなく、燃えてるからこそ、美しい。

 

「でも、彼が変わらないのなら私が信じた彼だって変わらずにあるはずなんだ。

 だから私は、まだ『私が昔信じた彼』を信じてみたい」

 

 そして、なのはは空に向かって手を伸ばした。

 まるで、届かない星に手を伸ばすように。

 

「だって、彼の想いが私を助けてくれたってことは、絶対に嘘にはならないから」

 

 

 

《 Master! 》

 

 ふと、レイジングハートの声で目が覚めた。

 ゼストとの戦いの中で吹き飛ばされて、ほんの少しだけ夢を見ていたようだ。

 

「いてて、ごめんレイジングハート、私どのくらい落ちてた?」

 

《 It's about 10 seconds. How are you?(十秒程度ですよ。お怪我はありませんか?) 》

 

「うん、それは大丈夫。レイジングハートがシールドを張ってくれたおかげだね。ありがとう」

 

《  Don't Wally. More than that, there are still enemies.(お気になさらず。それよりも、まだ相手が) 》

 

「……そうだね、そうだった」

 

 瓦礫から出てなのはがレイジングハートを構え直すと、と目の前に金髪のゼストが降り立った。

 

 なのはのバリアジャケットは既に所々が敗れ、焼け焦げたような穴が空いているが、対するゼストのバリアジャケットに目立った損傷はない。

 所々砲撃をくらったあとのようなものが残ってはいるが、それがゼストへ明確なダメージを与えられているかはわからない。

 

「やっぱりゼスト隊長は強いね。ただでさえ強いのにユニゾンデバイスとフルドライブモードの併用だもん」

 

《 Master…… 》

 

「うん。わかってる。でも私たちがやらなきゃたぶんここにゼスト隊長に勝てる人はいないよ」

 

 すう、となのはが小さく息を吸うと、ゼストを再び見つめた。

 

「隊長、聞こえてますか。私、高町なのはです。いまは管理局教導隊にいて、泣いてる誰かを助けてあげられる人を育てるために戦ってます」

 

 ゼストの瞳に意思の光はないが、それでもなのはは語るのをやめない。

 

「二年前とはいろんなものが変わりました。でも変わらないものも、変えてしまっちゃいけないものもきっとある。

 そしてそれは、いまのゼスト隊長もそうです」

 

 なのはが杖を構えて、グリップを握る。

 マガジンを確認する。カートリッジは不足なし。

 

「隊長は誰かを守る人だった。そんなあなたが誰かを傷つけるために戦わされてるなんて、そんなのいいわけないっ!」

 

 そして最後に崩れかけた天井から空を見上げる。

 炎の光に邪魔されて、星は見えなかった。

 

 けれどむしろ、その事実に気合が入った。

 

「だから止めます! 私と、レイジングハートで!」

 

 そして、その言葉を紡いだ。

 

「レイジングハート・エクセリオン! リミットブレイク! ブラスター1!」

 

《 Bluster mode 》

 

 桜の吹雪が魔力の嵐となって吹き荒れる。

 その中に立つ高町なのはが、杖をゼストへと向けて、言い放つ。

 

「私とレイジングハートの全力全開で、あなたを止めます!」

 

 桜と暁の光が、再び燃え盛る空港でぶつかり、弾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『だから私は、まだ『私が昔信じた彼』を信じてみたい』

 

 昔信じたセルジオ・アウディとは、いったい何か。

 

 いやそもそも自分はいったい『何』なのか。

 

 いま一度自分に問いかけてみる。

 

 セピア・アウディの遺伝子から作られた。

 戦うために、命じられたことを遂行するために、人を真似するためにデザインされた。

 

 愛された結果生まれてきたのではない。

 偶然生まれて、捨てられなかった失敗作が、たまたま優しい人に拾われただけ。

 その人が母親になって、名前をくれて、生きる場所をくれただけ。

 

 でもそんな優しい人も死んで、母の遺言を守り、母の代わりに生きようとしていた。

 

 それが『セルジオ・アウディ』。

 

 セルジオはそんな自分を「偽物だ」と吐き捨てる。

 

 人を守る、悲しむ人を減らすなんて夢も口先だけで、何よりも大切なものを自分の手で壊した。

 守りたかったものは指の間から溢れて落ちていった。

 

 必死に残ったものをかき集めて取り繕うとしたけど、それでも駄目だった。

 魔法の力は失った。ルーテシアは守れなかった。

 なのはは前に進んでいたのに、自分のやるべきことすら選べない。

 

 犯した罪は消えないし、失った過去も取り戻せない。

 でも前へと進んで何かを作ることはできたはずなのに、それもできなかった。

 

 なんて無様で、不恰好。

 好きになれるはずがない。嫌いになって当然だ。

 

 ああ、そうだ。セルジオ・アウディは自分のことが世界で一番嫌いなのだ。

 

 こんな存在、誰かのために命を使って消えてしまえばいい。

 それだけのためにしか生きていてはいけない。それだけのために死ねばいい。

 

「なのに、なんで、まだ見捨てないんだ、信じようと、してくれるんだ……」

 

 ルーテシアは血の繋がりのない自分のことを「おにーちゃん」呼んでくれる。

 ゲンヤは二人の娘を育てるのに忙しいだろうに、それでも気を遣ってくれる。

 クロノは前に進めてない自分へ、違う道もあると示してくれた。

 ヴァイスはわざとらしくバカをやって、自分を笑わせようとしてくれる。

 はやては不器用な自分に懲りずに付き合って、「先輩」と慕ってくれる。

 シャマルは諦めて俯いた自分の顔をもう一度あげて、可能性を見せてくれた。

 

 そして、『彼女』は、未だに自分を──セルジオ・アウディを信じたいと、そう言っている。

 

 優しい人たちだ。なんで、ずっとこんな自分に手を差し伸べてくれるのか、わからない。

 

 なんで、『彼女』は信じたいと、セルジオの想いが嘘じゃないって、そう言えるんだろう。

 

 だって、自分にそんな価値はないはずだ。

 

 差し伸べられた手に返せるものなんて何もないんだ。

 

「なのはは、今も戦ってる。たったひとりだ。

 状況だって混乱してるせいで援護も送れない。

 ……僕だって助けにいけない場所だ」

 

 でも、とユーノが拳を握る。

 

「あなたなら、できることがあるんじゃないのか。まだ、その手の中に残る何かがあるんじゃないのか」

 

「そんなもの……」

 

 あるはずがない。

 魔法の力はもう失った。助けてくれた仲間だってもういない。自分を突き動かしていた夢だって、母親の真似の偽物だ。

 

「俺は、空っぽだ。なにも残ってなんかいない、それだけの──」

 

 不意にぐいっと胸ぐらを掴まれ引き寄せられた。

 やったのはユーノで、彼はそのまま彼らしくなく、セルジオを怒鳴りつける。

 

「いつまで、いつまで零れ落ちたものを見てんだよあんたは!」

 

 勢い余って額と額がぶつかって、ユーノとセルジオの顔が近づいた。

 

「まだ、まだわからないのかよ! なんでみんながあんたに手を差し伸べてくれるのか! ほんとうに、わかんないのかよ!」

 

 目の前には緑の強い光があって、ユーノはまるで何かに癇癪をぶつけるように怒鳴った。

 

「あんたが()()()()()()()()だからだ!」

 

 ──言葉が、胸の奥まで響いた。

 

「みんな、セルジオ・アウディに助けられたと思ったんだ!

 あんたの戦いで、救われたと思ったから、だから今度はあんたを助けたいって、そう思ったんじゃないのかよ!」

 

 ユーノの言葉には熱がこもっていた。

 ユーノはセルジオに助けられた人間ではない。

 

 けれど、その言葉には確かな確信と、熱があった。

 

 だって、その生き方はユーノ・スクライアがずっと後ろから見ていた『高町なのは』の生き方と似ていたから。

 周囲がセルジオに向ける感情が、ユーノが高町なのはに向ける感情によく似ているから。

 

 だからこそ、確信とともに、そう言える。

 

「あんたはずっと、()()()()()()()()()()()()()()()、そういう生き方をなのはに見せてきたんだろ!」

 

 セルジオの胸ぐらを掴んだままのユーノの言葉止まらない。

 ユーノもまた、自分の心をむき出しにするように、溜め込んだ全てを吐き出していく。

 

 セルジオの服を掴んで詰め寄ってるのはユーノなのに、縋るようにひとつひとつ、心が形になっていく。

 

「ずっと、僕はなのはの背中を見てた。彼女の背中を守れることは僕の誇りで、彼女の背中を押せることは、僕の喜びだった」

 

 高町なのははユーノにとって教え子で、とても大切な女の子。

 その背中をずっと守ってきた。それが誇りだった。

 

 だけど、いや、だからこそ。

 

「ほんとうは、僕はあの子を守ってあげたかった。なのはの隣で、なのはの前に立って、彼女が笑っていられる場所を守りたかった……なのはを、一人にしたくなかった……」

 

 ユーノ・スクライアは高町なのはが戦わなくてもいいようにしたかった。

 闇の書事件で救えない悲しみを知って、それ以降どこか『人を救うためのシステム』のようになって、一人で立てるようになっていってしまう高町なのはに、違う道を教えたかった。

 

 その生き方でなくてもいいと、そう教えたかった。

 

 そこまで言って、ああ、とユーノが声を漏らした。

 

 ずっと心の奥にあったセルジオへの感情。

 

 セルジオのことを考えるたびに胸の奥で蠢いていたこの名前のつけられなかった、何か。

 

 今ようやくわかった。

 

「……僕はずっと貴方が羨ましかったのか」

 

 それは、羨望だった。

 

「なのはが空に戻ることを疑わず、なのはに前へ進むことを疑われない、貴方のことが羨ましかった」

 

 それは、なのはが背中を守る自分へ向ける信頼とは違うものだと、ユーノは感じていた。

 

 なのはがユーノへ向けるものは、振り返って微笑んで勇気づけるような、そんな『後ろにいる誰か』へと向けるもので。

 頼ってくれるけど、寄りかかってはくれない。

 

 なのはがセルジオへ向けるものは、遠いどこかを一緒に見上げているような、そんな『隣にいる誰か』へと向けるものだった。

 頼るのではなく、信じていた。彼ならこうすると、心の奥でわかっていた。

 

 隣にいるから教えられるものが、見せられる景色があると、三課に配属されて変わっていくなのはを見て、そう気づいた。

 

 ようやく答えられる。

 ずっとセルジオ・アウディをどう思っていたのか、その答えが出せる。

 

 

「僕はずっと、なのはの隣に立てる人(あなた)になりたかったんだ」

 

 

 きっと、ユーノ・スクライアは、ずっとセルジオ・アウディになりたかったのだ。

 

 羨ましかったから、知りたかった。

 自分じゃなれないと理解していたから、助けに来た。

 なのはにとって必要な人だと、そう思ったから。

 

 ユーノがセルジオを見つめる。

 もう先ほどまでの怒りは瞳にはない。

 

 ただただ水面のように静かな瞳で、セルジオを見つめている。

 

「なのははあなたを信じてるんだ。誰かを助けてきたから助けてもらえる、貴方を」

 

 だって。

 

「人が人に向ける信頼は、お互いに向け合って、託し合うものなんだから」

 

「……あ」

 

 信じて頼る。

 それは一人だけでは成立しないものだ。

 

 誰かがいて、誰かを信じる。そして頼る。

 そうしたとき人の間に関係が生まれ、それが目に見えない確かな繋がりとなる。

 

 そして、それは片方だけで成り立つものではない。

 

 お互いに自分の気持ちを託し合うことが大事なのだ。

 

 セルジオはずっと「色んな人に助けられてる」とそう思っていた。

 でもそれが「セルジオがその人を助けたから」、その感謝を信頼という形で返していてくれたのなら。

 

 セルジオ・アウディはずっと助け合っていたのではないだろうか。

 

 与えられるだけではなく、奪うだけではなく──セルジオもまた誰かに何かを与えられていたのでは、ないだろうか。

 

「貴方はずっと、誰かを助けてきたからこそ、周囲に助けて貰える人間だった。

 貴方が変われないのなら、その部分だってまだ貴方の中にあるんだよ」

 

 ユーノがセルジオの手首を──ずっとセルジオにエクリプスを供給し、同時にその負担をマルチタスクで抑えてもいるゼファーを、握る。

 

 セルジオはエクリプスに感染してから破壊衝動をその膨大なマルチタスクで抑えてきた。

 

 普通ならそんなことはできない。

 けれど、セルジオのマルチタスク技能は生まれの段階で「そうあるべし」と作られた故に膨大で高性能。

 それは普通の人間が肩代わりするにはあまりにも負担が多い。

 

 けれど、たった数年で無限書庫を整理し、司書長まで上り詰めたほどの情報処理能力が高いユーノ・スクライアは、そのセルジオのマルチタスクに並ぶほどのマルチタスク技能を発揮できる。

 

 高町なのはが信じる人だった。

 心の奥底で、羨ましいと思っていた人だった。

 自覚のないまま、憧れていた理想の形を見せてくれた人だった。

 

 だから、ユーノ・スクライアは託した。

 

 高町なのはを助けに行ける、その可能性を。

 

「だから、思い出せ、セルジオ・アウディ」

 

 そして、ユーノはエクリプスの破壊衝動を抑える無数のマルチタスク、その全てを一時的に肩代わりした。

 

「────あ」

 

 

 脳が澄んでいく。

 

 ずっと奪われていた思考の主導権が返ってくる。

 

 自由になったマルチタスクが自分のために使える。

 

 エクリプスの負担のせいで忘れてしまった記憶を、思い出すために、マルチタスクを使ってやれる。

 

 それは、数年ぶりに勝ち得た『セルジオ・アウディ』の束の間の自由。

 

「……ここは」

 

 気がつけば、セルジオは記憶の中にいた。

 

 それは三課での思い出の中だった。

 かつて手の中にあった幸せな日々だった。

 

 クイントがいて、メガーヌがいて、ゼストがいて、仲間がいて、なのはがいた。

 そしてその中に、セルジオもいた。

 

 ──セルジオ君ー、ここの仕事なんだけどさー。

 

 ──クイント、貴女またセルジオ君を頼ってるわね。たまには最後まで自分でやってみなさい。

 

 ──隊長が差し入れ買ってきてくれたぞ! あの駅前のお高いやつ!

 

 ──よっしゃあ! 早い者勝ちじゃの!

 

 ──ちょっと、走ったら危ないですって! あ、高町はどうする?

 

 ──なのは……じゃなくて、私はそうだなぁ……。

 

 それをセルジオは俯瞰するように見つめている。

 

 もう取り戻せない幸せのカタチ。

 

 記憶は移ろう。

 気づけば記憶の中のセルジオはクイントと模擬戦をしていた。

 

 ──ふー、まーた私の勝ちね。どうする? 今日はこの辺にしとく?

 

 ──まだ、まだ……! もう一本お願いします! 今日こそ繋がらぬ拳(アンチェインナックル)を完全にものにしてみせます!

 

 ──その意気や良し! ま、でもあんまり肩に力を入れすぎないようにね。貴方はそのままでも十分人を助けられるんだから。

 

 ──そうでしょうか。俺はまだまだ力不足を痛感するばかりで。

 

 ──そんなことないって。だってあなたはギンガとスバルを助けられたでしょ? 感謝してるのよ、あなたのおかげで私は娘たちと会えた。

 

 ありがとうね、とクイントに頭を撫でられていた。

 この頃はまだ、セルジオの身長はクイントとそれほど変わらなかった。

 

 そういう、忘れてしまっていた日々があった。

 

 再び記憶は移ろう。

 今度は記憶の中のセルジオは子守りをしていたルーテシアを、メガーヌに抱き渡すところだった。

 

 ──ありがとね、今日は助かっちゃった。

 

 ──お礼なんてとんでもないです。メガーヌさんにはお世話になりましたから。このくらいなんでもありませんよ。

 

 ──こら、ちゃんとお礼の言葉は受け取りなさい。人が良いのは貴方の取り柄だけど、そういうところは良くないわよ。

 

 ──う、き、気をつけます……。

 

 ──わかればよろしい。そうだ、お礼ついでにこのあとうちで夕飯を食べて行かない? たぶんルーテシアも喜ぶわ。

 

 ──そ、そんなこと俺なんかが申し訳ないです。

 

 ──あ、また。そういうところだって言ってるのよ。ほら、もう言い訳は聞かないから早く荷物まとめて来なさい。

 

 姉に叱られるように、セルジオがすごすごと荷物をまとめに戻る。

 背中越しに、メガーヌの呆れ混じりの、でもやさしさのある「困った子ね」という独り言が聞こえていた。

 

 記憶は移る。移り続ける。忘れて、朧げになった日々をセルジオは思い出し続ける。

 

 ──ありがとな、セの字。今日はお前がいたからウチの部下どもも無事だった。

 

 ──隊長さーん! この前は助けてくれてありがとうですよー!

 

 ──ありがとうセルジオ君。この前リインちゃんを助けてくれたんでしょう?

 

 ──ありがとうセルジオ。君のおかげで犯人を捕縛できた。

 

 ──パイセン、ありがとうございました。おかげでラグナを撃たなくてすんだ。感謝しても、したりねえ。

 

 ──セルジオ先輩、あの時は砲撃からリインを守ってくれて、ほんまにありがとうございました。

 

 忘れてしまっていた記憶、朧げになった記憶の中にはたくさんの思い出があった。

 大切な人たちに信頼されている、何気ない毎日があった。

 

 たくさん言ってもらえた、「ありがとう」があった。

 

「ああ……そうだ、こんなことがたくさんあったんだ……俺のいままでは、誰かにありがとうと言ってもらえる、そんな意味があったんだ……」

 

 ずっと奪ったと思っていた。失ったと思っていた。

 

 その人の代わりに生きなきゃと、そう思っていた。

 

「けど、きっとそれは違うんだ。俺は代わりに生きることを求められたんじゃない。

 託されていた、あの人たちの想いを、受け継いでいたんだ」

 

 確かにゼストも、クイントも、メガーヌも、仲間たちも、母親だって死んだ。

 

 でもそれが終わりなのではない。

 

 死んでいった人たちは想いを託したのだ。

 

 自分より後に生きる人たちを、セルジオ・アウディを信じて。

 セルジオがセルジオらしく生きていく中で、その意志を受け取ってくれればいいと思っていた。

 

 手のひらからこぼれ落ちてなんかいなかった。

 

 手の中に残っているものに、気づいていなかっただけだった。

 

 そして残ったものが何かを、いまの自分ならわかる。

 

 だって思い出せる。みんなの想いが、言葉が、この胸にあることを。

 

 ずっと、なくしてなんかいなかった。

 

 誰かを信じるから信じてもらえる。

 信じてくれる人たちなら、同じように信じていい。

 だって、セルジオ・アウディはずっとそうやって生きてきた。

 

 それを、記憶の中の人たちの「ありがとう」で理解した。

 

「俺の手の中にはこんなにもまだ、残っているものがあった」

 

 記憶の中からセルジオが帰ってくる。

 

 気づけば目の前にはユーノが荒い息でセルジオを見上げるようにしてそこにいた。

 

 セルジオはユーノに向き直ると、深く頭を下げる。

 

「空尉、なにを……」

 

「ありがとう。貴方のおかげで、思い出せたものがあった」

 

 ユーノが驚いたように目を丸くしたが、すぐにふっと表情を和らがせた。

 

「きっと、なのはに必要だと思った……いや、それだけじゃない。

 なのはの信じる貴方なら、僕のなりたかった貴方なら、立ち上がれるんじゃないかって、そう思った」

 

 そして何かに耐えるように拳を握り、自分の気持ちをゆっくりと言葉にする。

 

「もし、本当に貴方が変わってないのなら。まだなのはの信じる貴方が残っているのなら。

 僕に、見せて欲しい。貴方の戦い方を。僕の理想を、僕の手の届かなかったものを」

 

 ユーノが立ち上がり、セルジオに問う。

 

「まだ空港火災は終わってない。貴方の妹は攫われたままだ。なのははゼスト・グランガイツと一人で戦ってる。

 それでも、まだ立てますか?」

 

 ユーノに手を差し伸べられ、セルジオは自分の手のひらに視線を落とす。

 

 あの日、なのはを傷つけた手。仲間を守れなかった手。

 ジェイルの策略に絡め取られ、誰かと繋ぐことができなかったその手を。

 

 セルジオがユーノを見上げると、ユーノは澄んだ緑の瞳でただ黙って、セルジオの答えを待っていた。

 

 それは信頼だった。

 ユーノの瞳が「まだ僕らにはやれることがある」と、そう語りかけてきた。

 

 迷いは消えていった。

 

 セルジオがユーノの手を掴み、立ち上がる。

 そして遠い空港を見つめ、壊れたガジェットドローンを見渡し、最後にゼファーに目を向けて、ユーノに向き直る。

 

 翠と赤の混じった瞳の奥で、白い光が走る。

 

「ユーノ司書長、あなたに頼みたいことがある」

 

 

 

 

 

 

 

 ミッドチルダ郊外の廃棄都市。その一角にある研究所で、ジェイルはことの成り行きを見守る。

 

「……しかし、セルジオ君がガジェットを壊したせいで通信ができなくなったのはもったいなかったな。ゼファーへ中継して通信が送れない」

 

 つまらなさそうに手元の機器を操作して、空港のゼスト、海上のガジェットドローン、意識のないルーテシアなどの映像を投影して並べる。

 

「ゼスト・グランガイツは想像以上の仕上がりになった。ウイルスコードのおかげで技術に翳りはなく、その上ユニゾンデバイスの火力の底上げまでできる。おそらく空戦S+以上はあるだろうね」

 

 モニターに映るゼストが高町なのはを追い詰めていくのを眺めて、深い笑みを浮かべる。

 

 最高評議会に言われての実験だったが、思った以上に満足できるものとなった。

 この分なら他の魔導師にもこうした技術を使ってみるのも面白いかもしれない。

 

 くつくつと笑うジェイルは、ふと隣にウーノがやってきているのに気がつく。

 

「ドクター、研究所に侵入者です。おそらく、ルーテシア・アルピーノを取り返しにきたものかと」

 

「ほう……ということは、彼かい?」

 

 ウーノが頷き、手元の端末を操作し、研究所の監視カメラの映像を映し出した。

 

「……なるほどね、君はあちらを捨てたわけだ、セルジオ・アウディ」

 

 そこには、陸の制服を身につけた金髪の青年が一人、立っていた。

 

 

 

 

 




 
きっともう一度立ち上がれる。君なら。君となら。
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