Force Detonater   作:世嗣

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今を戦う者たちへ

 

 

 

 スカリエッティの研究所で、侵入者を追うガジェットドローンが起動する。

 

「状況はどうだい」

 

「いつの間にかゲート付近の監視カメラの映像がダミーに差し替えられていました。先ほどルーテシア・アルピーノを捕らえている部屋付近に探知魔法の形跡もありましたから、もしかすれば」

 

「既にルーテシアの居場所はつかまれている、か。いや、わざと見つけやすくしていたとはいえ優秀じゃないか。

 いや、エクリプスで擬似的に魔法を代用できる今のセルジオ・アウディ君ならその程度できて当然なのかな?」

 

 ジェイルはモニターに映る生体反応とそれを追うガジェットドローンの群れをおもしろそうに見守る。

 

 エクリプスを起動したセルジオは数十体のガジェットをものの数分でスクラップにしてしまった。しかしそれは()()()()()()()成り立ったことでもある。

 ガジェットが二倍の数がいたならばセルジオがギリギリ正気を保っている間にも全滅はさせられなかったであろう。

 

 いま起動しているガジェットドローンはセルジオのもとに送った完全なAMF発生器付きのものではなく、その一つ前のバージョンの断続的にAMFを発動させるもの。運用としては数体でお互いの穴を埋め合い、数の力で相手を封殺するのが目的となる。

 性能としては5体もいればミッドチルダ式のAランク魔導師を一方的になぶり殺せるであろう。

 

 そしていま、そのガジェットドローンおよそ百体以上が一人の侵入者のために研究所から逃げ道を消すように動き出していた。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 荒い息で走る、走る、走る。

 探知魔法ですでに周囲がガジェットドローンに囲まれつつあるのは理解している。

 この数のガジェットドローン相手に囲まれれば成すすべはない。

 

 特にいまの自分はなおさらそうだ。

 

「ふう……」

 

 探知魔法を起動し、いまだガジェットドローンのいないルートを模索する。

 見つけ出した道を細心の注意を払って進み、そしてついにルーテシアのいると思わしき部屋に到着する―――が、部屋の前には当たり前のようにガジェットが陣取っていた。

 その数は凡そ十体ほど、無理をすれば戦って無理やり通れなくはないだろうが、帰り道のことを考えれば得策ではない。

 

「なら……」

 

 侵入ルートを再設定。条件に合う場所を捜索。発見、再び息をひそめて移動して、目的地のルーテシアの部屋、そこから一つ通路を挟んだ向かい側の部屋に滑り込んだ。

 壁に手を付けて、魔法を起動。彼我の距離、目的地の座標を取得し、魔方陣を構築する。

 

「―――短距離転移(ショートシフト)

 

 世界から存在が消失、光に包まれた体が百分の一秒(マイクロセカンド)のラグを以て、再び三次元世界へと実像を結んだ。

 目の前にはぐったりとしたルーテシアがおり、近くには甲殻が傷つき細かに羽を振るわせている。

 どちらも衰弱しているが、まだ無事なようだ。

 

 小さく息を吐いて近づこうとしたとき、突然背後から拍手の音が高く響いた。

 

「いやはや本当にたどり着くとはね、さすがだよ。おめでとう」

 

 痩躯を白衣で包み、無造作に伸ばされた紫の長髪の向こうでは、金の瞳が狂気に輝く。

 『無限の欲望(アンリミテッド・デザイア)』ジェイル・スカリエッティ。

 いつも通り愉しげに、まるで演劇を見に来た休日の紳士のような登場だった。

 

「……ジェイル・スカリエッティ」

 

「やあ、久しぶりだね」

 

 いやそれとも、とジェイルが瞳を細めて指を鳴らす。

 

「はじめまして、というべきかなユーノ・スクライア司書長」

 

 するとジェイルの背後にいたガジェットの一体が瞳を光らせ、AMFを発動させた。

 

 すると、いままでセルジオ・アウディの姿をしていた彼の姿が、揺らぐ。

 

 金髪は今までよりも暗く、瞳は赤混じりの翠から緑に、陸の制服からどこか部族的なバリアジャケットに変わっていく。

 

 そこにいたのは見間違えようがなく『セルジオ・アウディ』ではなく、『ユーノ・スクライア』だった。

 

「……気づいていたんですか」

 

「流石に最初は騙されたさ。君の変身魔法は完璧だった。見た目はもとより魔力反応の偽装までほとんど差異はない。スクライア一族は変身魔法の名手でもあると聞いていたが、なるほどどうやら嘘ではなかったようだ」

 

 微笑むジェイルとじり、と一歩引くユーノ。

 ユーノは探知魔法に続々とガジェットドローンが部屋の前に集まりつつあるのを感じながら、無数の魔法を組み立てていく。

 

 短距離転移―――座標の取得に使う探知魔法がAMFのせいで研究所の外まで届かない。長距離転移なら一気に逃げられるかもしれないが、そこまでの時間的猶予を与えてくれるか。

 結界―――発動までの準備時間でガジェットに近づかれれば終わりだし、そもそもAMFには無効化される可能性が高い。

 ならば直接戦闘―――ガジェットと自身の相性の悪さは先ほど痛いほど思い知った。

 

(……ダメだ、一か八か長距離転移を使うにしても、時間がない。なんとか、稼がないと)

 

 ユーノが脱出の算段を立てながら、ジェイルへとひとつの問いかけをした。

 

「自分で言うのもおかしな話だけど、僕の魔法にミスはなかったはずだ。でもあなたは僕がユーノ・スクライアだと分かった。なぜなのか聞いても」

 

「ああ、君の魔法は完璧だった。ただ、それ以外のところでひとつだけミスをしたのさ」

 

 ジェイルが丁寧に、出来の悪い生徒に答え合わせをする教師のようにユーノに語る。

 

「ルーテシア・アルピーノの部屋の前に来た時、ガジェットを見てわざわざルートを変更したね。あれは実にセルジオ・アウディ()()()()()()()

 

「……それだけ?」

 

()()()()

 

 ユーノが呆気にとられたように言葉を失った。

 

「セルジオ・アウディは欲望の怪物だ。他者救済のシステムだ。そんな彼が『目の前に救える命がある』と認識した時迷わない理由がない。私が彼に与えた天秤にかける状況とは違う。目の前にあるただ一つの命、それがこぼれることに彼はひどい嫌悪感を抱く。それだけは認められない、とね。

 あとは簡単な推理と推測だ。セルジオ・アウディに変身できて、ルーテシア・アルピーノを助けにこれる、それでいてああいう状況で冷静に必要な魔法を選択できる人物。まあ彼の交友関係の中では君だけだ。君はさっきまで彼と一緒にいたようだしね」

 

 もっとも彼に殺されていなかったのは驚いたが、とジェイルは付け加える。

 

(それだけで僕のことまで……いや、それよりもこの人は……)

 

「く、くく、驚いているのかな、私が挙げた理由があまりに感情的だから」

 

 セルジオらしくなかったから疑った。セルジオらしくなかったから、誰ならああいうことをするか考えた。そして一つの答えを導き出した。

 

 それはまるでセルジオ・アウディのことを、信じているようだとすら、思える。

 

「私に言わせればそう感情的でもないのだがね。なにせ、私と彼は存在として非常に近い。作られた命。他人から与えられた生き方。満たされない無限の欲望を抱えた人でなし」

 

 最高評議会に生まれた段階で欲望を植え付けられた。

『欲を満たすため望むままに生きろ』と言われ、命じられたままに、望まれたように違法な研究に手を染めて、その結果無数の技術を生み出した。

 それでも器は満たされず、常に自分の無限の欲望を満たすために生きている。

 それが、ジェイル・スカリエッティ。

 

 違法研究者に生まれた段階で模倣することを植え付けられた。

『人を救え』とそう言われ、言われたとおりに母親の模倣を始めた。周囲は彼にそれを求めなかったが、それでも彼はその道を進んできた。

 それでも代わりになることなどできず、ずっと叶うはずのない願いに手を伸ばしている。

 それが、セルジオ・アウディ。

 

 生まれは同じ。育った過程はまるで別。けれど結果は同じ。

 

 その在り方の違いを、ジェイルはかつて自分を『先天性の無限の欲望』であり、セルジオを『後天性の無限の欲望』であると表現した。

 

 どちらも同じ、『人間ではない』と、ジェイルはそう言った。

 

「故に、私だから、私だけが彼のことがわかる」

 

 一瞬、ユーノの瞳にジェイルの表情に何かよくわからないものが浮かんできた気がした。

 けれどそんな揺らぎは次の瞬間には消えてしまって、ジェイルはいつも通り楽しそうにつづけた。

 

「この状況も想定の中の一つだ。あの空港にはゼスト・グランガイツがいて、無数の助ける人間がいて、そして高町なのはがいる。ならば彼があちらを選ぶのは道理だ。命の数ではあちらに天秤が傾き、管理局員のルールから考えてもいくべきなのはあちらだ。

 大方君はそんな彼を見てられずに助けに来た、というところかな」

 

 答え合わせを終えた教師のようにジェイルが語り終える。

 

「そろそろ長距離転移の準備はできたかな、ユーノ・スクライア君」

 

「―――」

 

「ああ、黙っていなくてもいい。時間を稼ぎたくてわざわざこうして話を始めたんだろう? そんな勿体ぶったところで意味もない。だから、逃げたかったら逃げたらいい。ただし、()()()()

 

「なんだって……?」

 

 ユーノが眉を寄せる。ルーテシア・アルピーノは手が届く距離にいる。わざわざ一人で転移する必要なんてない。

 

 だが、そんな考えをジェイルはあざ笑うように打ち砕く。

 

 クアットロ、とジェイルが低い声で指示を出すと、ユーノの背後のルーテシアとガリューの姿が掻き消えた。

 

「これは……」

 

「私の作品(むすめ)の一人のものでね。魔力痕跡はおろか、その存在さえも偽装できる。優秀な能力だよ」

 

「ルーテシア・アルピーノがここにいるというのも嘘だったのか」

 

「いいやそれは本当さ。この研究所のどこかにはいるから探したければ探すといい。

 最も、君がこのガジェットの群れから逃げられるのなら、だがね」

 

 ジェイルの背後で百体近くのガジェットが蠢いた。

 この群れを乗り越えていくことなど到底できないことは、わかりきっていた。

 

「これがセルジオ・アウディの選択の結果だ。妹を捨てて、無数の命を救うことを選んだ。父のもとに行くことを選んだ。故に彼は、守りたかったものを再び失う」

 

 ジェイルが踵を返して、部屋から出ていく。

 

「……やっぱり、あなたは全然彼のことをわかってない」

 

 その背中に向けて、ユーノは言葉を発しするとジェイルが足を止めて振り返る。

 金色の瞳は細く、まるで三日月のようにユーノを睨める。

 

「何……?」

 

 ジェイルの瞳がただ静かにユーノを見つめる。けれどユーノはひるまずに、毅然と言い放つ。

 

「捨てたんじゃない。彼は―――セルジオ・アウディは何も捨てないために、僕に任せることを選んだんだ」

 

 

 

 

 

 

 地上本部、その執務室の窓から空が紅く染まるのが見えていた。

 

「まさか、この状況で私に動くなというのですかっ!」

 

『勘違いするなレジアス。動かないのではない、お前は別件を引き受けるのだ』

 

『南方で現在()()違法魔導師が市街地で犯罪行為を行っているという情報が入った』

 

『付近には管理局地上本部の武装保管庫もあり、緊急度はこちらも高い』

 

「ですが、空港では……!」

 

『あちらにはあと二時間もすれば通信障害も落ち着くことになっている』

 

『それにいくつか秘密裏に確保しておきたいロストロギアがある。あと二時間はあの空港火災は()()()()()()()()()のだ』

 

『わかっているな、レジアス。これも将来的に地上の平和と安寧を守るためだ』

 

『無数を救うための小さな犠牲、それを許容する勇気を持て』

 

『貴様が、真に地上のことを思う『英雄』であるのならば』

 

『そのために我らは貴様を見出し、アレも託したのだから』

 

『理解しろ、レジアス』

 

 通信が切れ、執務室の中に光が戻る。

 

「……儂はこの件に手を出すな、そういうことか」

 

「中将、最高評議会は……」

 

「いやそれは今はいい。何か連絡が来たのであろう、オーリス」

 

 レジアスが椅子に倒れこむように座り、こめかみを抑えた。そして机の引き出しの一つを見つめて、すぐに首を振った。

 そんなレジアスに、補佐官であるオーリスが今しがた送られてきた情報を報告する。

 

「先ほどクラナガン南部で違法魔法使用が確認されたと連絡が来ています。本局の首都防衛隊はいま空港に向かっていますから航空魔導隊に話が回ってくるかと思われますが……」

 

 何やらオーリスが言いよどんだ。

 

「どうした、何が気になる」

 

「あまりに不自然です。報告ではAAランク相当の魔導師集団とされていますが、魔力の反応を見る限りそれほどの集団にも思えません。それに次第に市街地からも離れているようにすら思えます」

 

「……どうやら最高評議会の仕込みのようだな」

 

 恐らく空港火災を終わらせないための理由づくりなのだろう。

 自分たちの手足として動くレジアスが空港に行かない理由、ともすれば『ただの火事』よりも大きな事件を起こし、そちらを解決した功績でレジアスに箔をつける、そんなところだろう。

 

 いやもしかすればこの状況もまた、レジアスが勝手に動かないための首輪にするつもりなのか。

 

「……オーリス、儂が指揮を執る。航空魔導隊に連絡を入れろ」

 

 馬鹿な考えだ。

 レジアスは既に親友を死なせている。親友の部下を死なせている。戦闘機人計画という人の命を軽んじる計画を黙認した。

 

 今さら、レジアス・ゲイズが最高評議会から手を切れるはずがないのに。

 

「……?」

 

 不意に、執務室のドアが叩かれる音がした。

 傍らのオーリスが眉を寄せ、扉の向こうにいる人物を確かめようとするが、それよりも早く扉は開かれた。

 

 そして、『彼』は一歩踏み出し、レジアス・ゲイズの前に立つ。

 

「……セルジオ」

 

 見慣れた顔の、親友の忘れ形見ともいえる青年がそこにいた。

 

 

 

第二十話 「今を戦う者たちへ」

 

 

 

 高町なのはのデバイス、『レイジングハート・エクセリオン』は戦闘用形態は大きく分けて三つ。

 

 ひとつめは射撃、誘導弾特化のシューティングモード。

 ふたつめは砲撃特化のバスターモード。

 最後に、フルドライブモードであるエクセリオン―――ではなく、エクシードモード。

 

 かつてレイジングハートにはエクセリオンモードという、カートリッジの使用をトリガーに、出力リミッターを撤廃することで爆発的な火力を引き出すシステムが搭載されていた。それは射撃、砲撃、切り札である収束魔力突撃(A.C.S.)などから、移動用の飛行魔法などすべての魔法を底上げするものだった。

 けれどそれはいまだ未完成の部分が大きく、なのはの体に大きく負担をかけてしまっていた。

 

 そんな問題を解決するためにエクセリオンに変わるフルドライブとして搭載されたのが『エクシードモード』。

 これは言ってしまえばエクセリオンモードの低燃費モード。使用魔法を砲撃、A.C.S.に特化することで負担を軽くし、なおかつカートリッジの使用なしでも起動できるようにしつつも、軽くなった負担の分を砲撃の威力のブーストに回している。

 負担は前までよりも軽く、けれど火力は以前よりも高く。それが『エクシードモード』のコンセプトである。

 

 だが、本当はあと一つだけレイジングハート・エクセリオンには隠された機能がある。

 まだ発展途上ながらも、エクセリオンモードの能力を引き継ぐシステムが。

 負担を軽く、扱いやすくしたのがエクシードモードなら、これはその逆、()()()()()()()()()()()()()()もの。

 

 その名を『ブラスターモード』。

『不屈のエース』最後の切り札にして、なのはの限界を無理やり超えさせるもの。

 故にその機能は全力稼働(フルドライブ)ではなく限界突破(リミットブレイク)と、そう呼ばれる。

 

 そしていま高町なのはは、ゼスト・グランガイツを前にして、そのトリガーを引いた。

 

「ディバイン、バスタぁぁーーー!」

 

《 Divine Buster 》

 

 魔力の嵐が吹き荒れる。

 感知した生体反応へとむけて空港内を飛行していたゼストに、なのはの限界を超えた砲撃が放たれた。

 

「―――」

 

 ゼストは今までと同じように炎熱付与した槍でそれを切り払おうとするが、できない。

 先ほどまでとはまるで違う魔力の収束密度に反対に受け止めた槍の方がきしみ始める。それはまるで天がそのままゼストを押しつぶそうとしているかと見まがうほどの威力。

 

 両者の魔力の拮抗は一瞬、次第に暁色の炎を桜色の光が押し込んでいく。

 

「―――blast」

 

 だが、決着がつくよりも早くにゼストは槍から左手を離し、炎を収束するとそれを簡易的な砲撃魔法として放出。僅かな間だけなのはのディバインバスターを受け止めることで、槍を浮かせるとそのまま加速、砲撃の下から抜け出した。

 

「―――ブリッツアクション」

 

「アクセルシューター!」

 

 ゼストが加速し、なのははそれを速射砲で迎撃する。

 

 だがゼストは周囲に炎熱を纏ったフィールド系のバリアを纏うと銃弾をかわすことなく焼焦がして、なのはへと槍を振り下ろした。

 だがなのはもまたそれを読んでいたのかあらかじめ置いておいた拘束盾(バインディングシールド)で槍を拘束する。

 

 盾に受け止められた槍が紐づけられた高速魔法に絡めとられていく―――が、ゼストはそれよりも早く槍から衝撃波を発動(ブレイクインパルス)、拘束を粉々に砕いて脱出する。

 そしてついでとばかりになのはの脇腹に蹴りを一発叩き込む。

 

「く、う―――」

 

 なのはの細い体が吹き飛ぶが、壁に叩きつけられる寸前にブレーキをかけて踏みとどまると、休むことなくゼストを追った。

 

「―――」

 

「―――」

 

 両者は激突し、距離を取って、再び加速し、射撃を、砲撃を、魔力刃をぶつけ合う。

 

 その戦闘はまさしく『エース』級。

 生半な気持ちで援護しようとすれば、それがかえってなのはの足を引っ張ることになりかねないというレベルの魔法戦闘。

 瞬きひとつの間に十の魔力砲が飛び交い、呼吸ひとつの間に二十の魔法が行使される。

 

 これがエース。

 『一人で戦況を左右しうる』と判断される、管理局における魔導師の頂点。

 

 高町なのははそういう存在だと、いま周囲に認められている。

 

 かつてのエース(ゼスト)と、いまのエース(なのは)

 

 その実力は概ね互角と言えたが、しかしそれは条件付きのものだった。

 

(やっぱり、ブラスターモードの継続使用はつらいかも)

 

 本来、いま起動しているブラスターモードは短期使用を目的とした機能である。

 砲撃を打つ際などに短時間だけ起動し、フルドライブの火力に更に威力を上乗せする。

 それが本来の運用方法であり、いまのなのはのように魔法の性能全てを底上げするものではない。

 なのはだって、本当はここまでの無理をするのは望んでいない。

 ブラスターモードの負担のせいで胸の奥のリンカーコアがずきずきと痛むし、頭は風邪をひいた時のように熱っぽい。どれほど息を吸っても肺に酸素が届いてないと思えるほど苦しい。

 

 でも、ブラスターモードに頼らなければなのははゼストと対等に戦うことすらできない。

 いまのゼストは、生来の槍術、戦闘経験に加えて、いまはユニゾンデバイスの炎熱による多彩な魔法まで使ってくる。

 同じエースという立場を持ちながらも、ここまで無理してようやく互角。

 

 それほどまでに、ジェイルに調整されたいまのゼストは強かった。

 

(今のままじゃ、押しきれない。それよりも早く、私の魔力が底をつく)

 

 ブラスターモードを起動してから五分経った頃、次第になのはの顔に白みが増し、額には玉のような汗が浮かび始める。

 

(もっと強い一撃がいる。ゼスト隊長の技術での切り払いを、炎熱の防御をまとめて打ち砕くようなそんな威力の一撃が)

 

 死力を尽くしても、限界すら超えてもまだゼストを倒すには力が足りない。

 いまの高町なのはでは、ゼスト・グランガイツを止めきれない。

 

「まだ、諦められない。だって助けられてない。私があの日誓ったものはまだ―――!」

 

 それでも心は折れない。

 目の前の人を救おうという意思はなくならない。

 

 不屈の心は、いまも彼女の心の奥で燃えている。

 

 例え勝ち目が見えなくても、無くならない想いがその胸にはあった。

 

「―――っ」

 

 ゼストとの戦いのなか生まれた僅かな余白。再びゼストがなのはへと襲い掛かるまでの数秒の猶予。なのははその中で、自身のデバイスへと語り掛ける。

 

「レイジングハートおねがい。あとすこしだけ、私の無茶に付き合って!」

 

《 Let's show our "full power".(行きましょう、私たちの「全力全開」で) 》

 

「うん、行こう!」

 

 がしゃん、とマガジンが装填(ロード)される。

 

「ブラスターモード―――()()()()()!」

 

 不屈の心が、また一段、限界を超えさせる。

 

 杖を構える。照準は今まさにこちらに向かって来ようとしているゼスト。

 

《 The first bullet can always be prevented with a spear.(初弾は必ず槍で防がれます。)

 The aim is(狙うのは)――― 》

 

「防がれた、次の瞬間!」

 

 魔力が、集う。

 

「ディバインバスター・エクステンション」

 

 レイジングハートから収束砲が放たれる。

 それをゼストは今まで通り槍と炎熱付与した防御で防ごうとしたが、寸前で()()()()()()()()()()()()()()()()と、判断する。

 

 故に、選択されたのは今までと同じ防御ではなく、いままで一度も行わなかった回避。

 

「―――短距離転移(ショートシフト)

 

 百万分の一秒(マイクロセカンド)の世界からの消失を以て、ゼスト・グランガイツが砲撃をかわし、高町なのはの背後に現れる。

 

 完全な死角からの、完全な不意打ち。振るわれる刃は無慈悲に白い少女へと向かう。

 

 防げない。躱せない―――相手が、高町なのは以外ならば、だが。

 

「―――ロック!」

 

 瞬間、ゼストの体が設置型のバインドに絡めとられた。視認もせず、まるでゼストがここに転移してくると確信していたかのように。

 

「その手は、三課で泣いちゃうくらい食らいましたから。彼と、あなたに」

 

 ふ、と瞬きの間、なのはがさみしそうに微笑み、そして振り返るとレイジングハートの砲身をバインドから抜け出そうとしていたゼストへとむけた。

 

「ディバインっ! バスターァァァアア!」

 

 

 

 

 

 

 

「……セルジオ」

 

 レジアスの前に、セルジオ・アウディがいる。

 親友の忘れ形見、自分が切り捨てることを、見捨てることを選んだ命が。

 

「レジアスさん」

 

 セルジオが前へと進もうとすると、レジアスとセルジオの間にオーリスが割り込んだ。

 

「セルジオ一尉何を考えているのですか、いまは緊急時で―――!」

 

「すみませんオーリスさん、緊急時なのは理解しています。でも、少しお時間をいただきたいんです」

 

「何を―――」

 

「よい、オーリス。セルジオに話させろ」

 

「中将、しかし……」

 

「よい、良いのだ」

 

 オーリスはレジアスに反論しようとしたが、あまりにもレジアスの声が静かだったせいで何も言うことはできずに、言われるままに下がった。

 

 そして、レジアスはセルジオと向かい合う。

 

「どうやってここまで来た。空港がああだ。入るには中々に面倒な許可が必要だったと思うが」

 

「知り合いの転移魔法で近くまで。あとは、まあ三課の権限で半ば無理やり来ました」

 

「無茶をするな。……いや、そうしなければならない理由があったのか」

 

 そうでなければセルジオがここまで来ることはないはずだ。

 そして、いまのレジアスには何となく、なぜセルジオがここに来たのかわかる。

 

「時間がありません。なので単刀直入にお願いします」

 

 紅と翠の混じった瞳が静かにレジアスを見つめる。

 

「空港に行って指揮を執ってください。レジアスさんしかあの場の混乱は納められません」

 

 予想通りだった。

 

 現場の混乱はレジアスにまで報告は来ている。

 なんでも通信機器が軒並みジャミングを食らっており、臨時回線しか使用できない状況だと。しかしそんな状況では陸と海の部隊それぞれが円滑に動けるわけがない。

 

 だからこそセルジオはこうしてレジアスを頼ったのだろう。

 事実上の陸の総司令とすら言われ、セルジオとも縁が深いレジアスならばと、そう思ったのだろう。

 

 だが、いまのレジアスにそれはできないのだ。

 

 能面のような表情で、事務的にレジアスは答えた。

 

「儂はそちらに行くことはできん。クラナガン南部で違法魔導師が出ている。儂はそちらの指揮を執る必要がある」

 

「それは、レジアスさんが行かなければならないんですか」

 

「一尉、言葉が過ぎますよ。違法魔導師グループ、それもAAクラスです。中将レベルでないと対応できませんし、末端まで指示は通りません」

 

 オーリスが補足するようにレジアスの言葉を引き継ぐと、セルジオは「わかりました」と声を絞り出した。

 そして、小さく息を吐くと、再びレジアスに向き直る。

 

「なら、代わりに一つだけ質問させてください」

 

 セルジオの周囲の空気が変わった気がした。

 この雰囲気には覚えがある。この顔は、いままで何かを決意して、踏み込んでくるときの表情だ。

 それが、関係を壊すことになると理解した、退路を捨てた人間の覚悟。

 

 

「ジェイル・スカリエッティのことを、知っていますね」

 

 

 その言葉にレジアスは顔色一つ変えなかった。

 そう問い詰められる状況は何度も想定したし、それを否定する材料もいくらでも用意してある。

 慌てるほどのことではない。そう、誤魔化せばいいのだ。

 

 ずっと、そうしてきた。

 

 偽って、黙らせて、そうやってきた。

 

 だが、言葉が出てこない。セルジオの瞳に見つめられていると、用意してある言葉がどれも薄っぺらく感じてしまう。

 こんなこと言いたくないなど、柄にもなく、許されるはずのないことを思ってしまう。

 

 そんな様子を感じ取ってか、レジアスの代わりにオーリスが口を開いた。

 

「当たり前でしょう。奴は広域次元犯罪者、それなりの立場にいるなら知っています。それにそもそも二年前の三課壊滅の件は貴方からも報告をいただいているのですから私たちが知らないわけ―――」

 

「レジアスさん、知っていますか」

 

 オーリスの言葉をセルジオの言葉が留めた。

 そして、ただ静かな瞳でレジアスを見つめる。

 

 感情を表に出さず、問い詰めるわけでもなく、かといって何か確信があるわけでもなく、ただレジアスの言葉を信じて待っていた。

 

 レジアスはほんの少し黙して、それから遠くで燃える紅い空に目をやって、頷いた。

 

「知っている。儂は奴に力を貸していた」

 

 そして、ずっと隠していたその真実を口にした。

 

「中将何を! い、いいですかセルジオ一尉今のは」

 

「良い、もう、良いのだオーリス」

 

 オーリスは必死に取り繕ってレジアスをかばおうとするが、それを止めたのはレジアスだった。

 

 まるで死期を悟った老人のようにレジアスの顔は凪いでいた。いつか、この日がやってくるのを知っていたかのように。

 

 レジアスは椅子から立ち上がると振り返って窓の向こう、クラナガンの市街、遠くで燃える炎を見ながら続ける。

 

「セルジオ、『最高評議会』というものを知っているか」

 

「……管理局の最高意思決定機関と聞いています。ですがもう表立って管理局の経営方針には口を出されることはなく、いまは難事の際の相談役となっている、と」

 

「表向きはそうだ。だがな、最高評議会はずっと管理局を裏から支配しているのだ。幾人もの高官のバックにつき、時には表沙汰にできないようなことも行い、ミッドチルダの平和を維持している。バランスをとっているのだ、彼らは」

 

 窓ガラス越しにセルジオが見つめているのが見えて、レジアスは視線を下に向けた。

 地上本部、陸の管理局員たちが守ることを望んだ町並みが広がっている。

 

 そして、小さく息を吐いた。

 

「儂はな、その最高評議会と通じている。口添えをしてもらっていると言ってもいい」

 

 最高評議会がレジアスに初めて声をかけてきたのはセピア・アウディ―――セルジオの養母が死んだ事件の直後だった。

 彼らはレジアスに『地上の安寧を守るために手を汚す覚悟があるか』と問いかけ、レジアスはそれに頷いた。

 

 セピアはレジアスにとっても大切な友人だった。

 無茶しがちな後輩で、親友のゼストの大切な女性。まだ小さな息子だっていた。

 

 セピアが死んだ火災事件はセピアだけではなく、多くの人を傷つけた。

 無数の人が家族を、友人を、恋人を、大切な人たちを失った。

 

 そんなこと繰り返すわけにはいかないとレジアスは誓ったのだ。

 一刻も早く地上の平和を実現し、かつて友たちと語り合った世界を現実のものにする。

 

 そのためにならば何でもする。自分の手を汚すことすら躊躇わなかった。

 故にレジアスは彼らの言葉に頷き、ずっとその手足となり動いてきた。

 

「ジェイル・スカリエッティは最高評議会の飼い犬でな。奴は最高評議会の命令をもとに様々な技術を作り出した」

 

 人造魔導師、戦闘機人、ガジェットドローン、それにセルジオの使う『ゼファー』などの一部のデバイス技術。全てジェイルの発明だ。

 そして、そうした技術は管理局にも恩恵を与えてきた。

 

 セルジオの手首の待機状態のデバイスを窓越しにレジアスが見る。

 

「だがその陰でスカリエッティは無数の犠牲を出してきた。人造魔導師の成りそこないたち、その技術を発展させた戦闘機人の実験での犠牲者。

 そして、儂は最高評議会に命じられるまま、その後始末をしていた。それは地上のためだという言葉を信じていたのもあったが……、何より儂は()()()()()が消費されていくことには、問題を感じなかったのだ」

 

 無意識にレジアスは拳を握っていた。

 

「部隊を動かし、任務を調整し、スカリエッティへと手が届かないように管理局を内側から動かした。時には内部から予算を流し、管理局の研究所と見せかけてスカリエッティの研究を援助した。

 ただ命じられるままに、それが何を生み出すかも考えず。

 そして、ようやく儂が自分のやってきたことの意味を知ったとき、すべては手遅れだった」

 

「意味、ですか」

 

「……お前たちのおかげだよ。三課はずっと戦闘機人や人造魔導師について調査していただろう、何の因果かな、貴様たちの報告書の中に儂にも知らされていなかった最高評議会の動きがあった」

 

 三課のような末端ではわからなかったかもしれないが、レジアスにはわかった。

 だってそれは、間違いなく儂が動かし、もみ消したものだったから。

 他の誰にもわからなくても、レジアスだけにはわかった。

 そうして、『今まで無視してきたもの』を調べ、実際に目で見て、レジアスは全てが遅かったことを知る。

 

「そこではな、無数の人造魔導師たちが生み出され、実験材料として使いつぶされていた」

 

 レジアスはあの日から忘れたことなどない。

 まだ年端もいかない命が無意味に生まれ、搾取され、すりつぶされて、誰にも知られずただ生ごみとして処理されていく姿を。

 

「罪など何もない、ただそう作られただけの命がゴミのように使い捨てられていた。

 そうだ、あれはモノではなかった。儂が守りたかった地上に生きる人と何ら変わりない人間だった」

 

 確かに彼らは愛されて生まれてきたのではない。でも、それでも人として生きていける可能性はあった。

 いま目の前にいる青年のように、生きていける可能性だってあったのだ。

 

「儂は、ずっと地上の平和を為したかった。

 そのためになら自分がどれほど汚れてもいいと思った。その果てに、儂の―――俺と、ゼストと、セピアの望んだ平和があるならそれでいいと」

 

 レジアスが振り返り、セルジオの視線を受け止める。

 

「だが、それが間違いだったのだ。本当に平和と安寧を望むのなら、自分の手を汚す勇気ではなく、誰かを犠牲にする勇気ではなく、誰のことも傷つけない勇気こそ持つべきだったのだ。

 ゼストや、セピアや、そして……セルジオ、お前のように」

 

 それは、懺悔だった。罪の告白だった。誰にも言えなかった後悔だった。

 直視できなかった、レジアス・ゲイズのこんなはずじゃなかった現実だった

 

「俺は、弱かったんだセルジオ。目の前にある甘い言葉に、楽な道を進む誘惑に耐えられなかったんだ」

 

 きっとレジアスには最高評議会の手を取らない選択肢もあった。

 ただただ正しい道を地道に一歩ずつ進んでいくような、届かない星に手を伸ばし続けるような、そんな選択肢が。

 

 でもそれはあまりにも夢みたいなことで、遠すぎる光で、だからこそレジアスは現実的な判断をした。してしまった。

 

「いままでの俺の全てが、間違いだった。間違い続けて、それを認められなかった日々だった」

 

 レジアスが最高評議会の手を取らなければゼストはまだ生きていたのか。

 セルジオがエクリプスの力を使うこともなかったのか。

 ジェイル・スカリエッティがここまで力を持つこともなかったのか。

 

 いま起きている空港火災もまた、起きていなかったのか。

 

 それともゼストはどちらにしろ自分の正義を信じた末に死んでしまうのか、セルジオが自分の身を犠牲にしてしまう道に進むのか、最高評議会は自分以外の誰かを見出して、どちらにしろスカリエッティに研究をさせたのか。

 

 わからない。

 

「俺はもう、最高評議会に従い続けるしかない……」

 

 ただわかるのは、レジアス・ゲイズは間違えたということだけだ。

 

 許しを請うように頭を下げるレジアスを見て、セルジオは静かに目を閉じる。

 そして、しばらくしてから「わかりました」と言った。

 

 そしてレジアスに背を向けて執務室から出ていこうとする。

 

「アウディ一尉、どちらへ」

 

「空港です。まだきっと俺にもできることがあるはずですから」

 

「魔法が使えないあなたが、ですか?」

 

 セルジオの足が止まる。

 

「いま現場は混乱している。そのうえで被害は大きく、そもそも戦えないできることなどないでしょう。それどころかいたずらに現場を困惑させ、足を引っ張るだけかもしれません。それでも、行くのですか」

 

「……そうですね。オーリスさんの言うことは正しいと思います」

 

 オーリスの厳しい言葉をセルジオは肯定する。

 

 そして、レジアスに背を向けたまま、つぶやいた。

 

「……俺も、間違いました」

 

 セルジオが口を開き、語り始める。

 自分の後悔と、罪と、無くならない間違いを。

 

「……俺は、あの日間違った。そのせいでたくさんの人を、悲しませた」

 

 雨の中、かつて目指した(ゆめ)を見上げた。

 いつも見えていた星は見えなくなって、どこに進むべきかもわからなくなった。

 

 それは『人を救う』というセピア・アウディの夢を裏切ってしまったから。

 

 自分のせいで、多くの人を悲しませたから。

 

「ルーテシアから、ギンガちゃんから、スバルちゃんから、ゲンヤさんから、恭也さんから、あいつから、たくさんのものを奪った」

 

 忘れたことなどない。ずっとずっと、夢に見る。

 

「それは消せない俺の罪で、過ちです。間違いです」

 

 メガーヌを死なせ、ルーテシアからメガーヌを奪った。

 クイントを死なせ、ギンガとスバル、ゲンヤからクイントを奪った。

 無事に返すと約束したなのはを傷つけ、恭也を裏切った。

 あり得た未来を壊してしまって、『彼女』に一方的に別れを告げた。

 

「俺の人を救いたいという夢のせいで人が死んだ。もう何をするべきかもわからなかった。何をしたいかなんて残ってなかった。俺は、俺のすべきことがずっとわからなかった」

 

 はやての、シャマルの、そのほか多くの人の繋がりはほんの少しだけ、セルジオの歩く道を照らしてくれた。

 でも、決してセルジオ・アウディの罪は消えないし、あの日の間違いを悔やまない時などない。

 

 常にセルジオを苛む十字架であり続ける。

 

 ()()()

 

「もう()()()()()()()()()んです。同じ間違いをしないために、あの日と同じ悲しみを生み出さないために、俺は戦いたい」

 

 セルジオの罪はなくならない。無くした過去は取り戻せない。

 

 でもセルジオ・アウディの手の中には、まだ残っているものがあるから。

 

「俺は、そういうもののために戦いたい。いまを生きる、すべての人のために」

 

 ぎゅ、とセルジオが拳を握り、歩き出す。

 

「間違えた過去に報いるためじゃない。もう一度、いまを生きる、すべての人のために」

 

 まぶしい、とそう思った。

 レジアスにはその思いは純心過ぎて、そんなもの理想に過ぎないと、そう心のどこかが馬鹿にしていた。

 

 でも、だから、だからこそ、レジアス・ゲイズはその純粋な(オモイ)を美しいと、そう思う。

 

「待て、セルジオ」

 

 レジアスがセルジオを呼び止める。そして、机の引き出しの奥に目を落とす。

 

「お前に、渡したいものがある」

 

 

 

 

 

 

 

 空港の中で、レイジングハートを支えにしたなのはが壁によりかかるようにして立っている。

 視線の先にはディバインバスターに吹き飛ばされたゼストが叩きつけられた場所で舞う土煙。

 

《 Master! 》

 

「え、へへ、だいじょう、だよ……」

 

 レイジングハートの声になのはは笑って見せるがとても大丈夫と言える状態ではなかった。

 ブラスターシステムの長時間使用に、度重なるゼストの攻撃でなのはの体は限界だった。

 再びブラスターシステムを使って無理やり動いたとしてもゼストと戦おうとすれば一分もかからず落とされてしまうだろう。

 

「でも、なんとか、砲撃は当てた。私の全力、あれで倒せてなかったら……」

 

 がらり、と瓦礫が崩れる音がした。

 

「……うそ」

 

 土煙の中から、()()()ゼスト・グランガイツが現れた。

 

「こんなこと……」

 

 思わず言葉を失いそうになるなのはだったが、レイジングハートのデバイスコアがピカピカと光り語り掛けてきた。

 

《 No, take a closer look. The hair color is different.(いいえよく見てださい。髪の色が違います。) 》

 

「そっかゼスト隊長、ユニゾン、してたから……その分のダメージが、融合機さんに、はあはあ、いったんだね」

 

 ユニゾンデバイスと融合状態になると使用者とデバイスは完全に一体化する。

 それは基本、魔力ダメージもまたそうなのだが、どちらか片方が望むのなら一人だけでダメージをすべて肩代わりするということも可能である。

 

 どうやらなのはの全力の砲撃は全て融合機側に受け止められて、そのせいでゼストは無傷で乗り切ってしまったらしかった。

 

「―――」

 

 ゼストが土煙を払ってなのはに向かって歩みを進める。

 

「これは、もうひと、がんばり、しなきゃ、だね……」

 

 心配してくれるレイジングハートにごめんねと言って、なのはが杖を再び構える。

 だが、そのとき急にゼストがふらついて膝をついた。

 

「―――」

 

 ゼストは一瞬動揺したように自分の足を見たが、すぐに立ち上がって空港の更に奥、最下層へ飛び去ってしまった。

 

「ま、まって―――!」

 

 なのはがゼストを追いかけようとするが、もう既にゼストはなのはに興味もないのか視界から消えていく。ただ自分にダメージを与えたなのはを脅威には思ったのか、槍から魔力刃を飛ばした。

 

 魔力刃がなのはの頭上に突き刺さり、火災でもろくなっていた天井を崩落させた。

 

「しまっ―――」

 

 なのはが飛行してかわそうとするがブラスターシステムの負荷のせいで魔力がうまく引き出せなかった。

 そして、無数のコンクリートの塊がなのはに降り注いでいく。

 

「―――あ」

 

 避けれない。防げない。なのはでは、もうどうにもできない。

 

「―――加速機動」

 

 ひどく懐かしい声が、聞こえた。

 

 白と紅の混じった暁のエネルギー光。先ほどまで戦っていたゼストとよく似たバリアジャケット。いつからか濁ってしまった翠の瞳。そして、揺れる金の髪。

 

「……間に合ってよかった」

 

 かつて別れたセルジオ・アウディが、なのはを抱えて、そこにいた。

 

「なん、で……」

 

 セルジオはルーテシアを助けに行ったはずだ。彼は選べなくて、だからなのはは代わりに戦おうとした。

 なのに、どうして。

 

「大丈夫か、自分で立てるか」

 

「あ、う、うん、立てる、けど」

 

「ならよかった」

 

 セルジオは助けるときに横抱きにしていたなのはを地面に下ろすと、なのはに背を向けて空港の階下へと一歩踏み出した。

 

「なんで、きみがここに」

 

 なのはがセルジオの背中に向けて問いかける。

 

「ルーちゃんは、もしかして―――」

 

「違う」

 

 短い否定の言葉と共に、セルジオは半身だけ振り返る。

 

「何も諦めたくなかったから、ここに来た」

 

 そして、燃える空港の中、なのはとセルジオのデバイスに―――この空港にいる本局(うみ)地上本部(りく)を問わないすべての管理局員に、通信が入る。

 

『総員に告ぐ! 儂は時空管理局地上本部中将レジアス・ゲイズ! これから全部隊は儂の指揮下に入ってもらう!』

 

 野太い声が臨時回線に殴りこんでくる。

 

『中将!? 現場に!?』

 

『というか緊急通信になんで……』

 

『いや待てこの人本当に中将なのか? というかそもそも首都防衛隊の俺たちが陸に従う必要なんてないんじゃ』

 

『失礼だが中将、我ら首都防衛隊は首都防衛隊の指揮権があり―――』

 

『やかましい! 貴様らの言い分など後で聞く! 責任などいくらでも後でとってやる! いまは一人でも多くの人間を救うことが求められる! いいから儂の言うことを聞け!』

 

『ちゅ、中将、少し穏便に……』

 

『ええい黙らんかオーリス! 貴様はクラナガン市街の指揮に集中せよ! 

 いいか、この場に儂より上の階級のやつがいるか? おらんな。ならば儂の指揮下に入れ。儂の指示で貴様らに人を救わせてやる』

 

 あまりに厚顔不遜な物言いで、誰もが言葉を失った。

 

 でもこの通信を聞いて多くの局員たちが、果ては本局所属の首都防衛隊の部隊長ですら『中将には意見できない』と、そう思った。

 

『よし、文句のあるやつはいなくなったな。ではこれより指示を出す。これより全局員は臨時回線を開き、それが本部からの指示だと考えよ。救助報告に関しては現場がまず直属の上司に報告、それから首都防衛隊、陸士部隊の部隊長だけが報告してくること。ではまず陸士部隊―――』

 

「……レジアスさんは相変わらず強引だなあ」

 

 セルジオがほんの少し苦く笑うと、先ほどゼストが飛び去った方向を見つめた。

 

「ゼスト隊長は、いま地下に……」

 

「ああ。わかってる。俺が行くよ」

 

「私も……!」

 

「ダメだ。お前は、もうゼストさんとは戦えないだろ」

 

 なのはが駆け寄ろうとするのをセルジオは制した。

 そんなことない、と否定しようとしたなのはをレイジングハートがデバイスコアを光らせて諫める。

 ブラスター2までつかったなのはの体は大きく消耗している。基本的な魔法を使うことはできるだろうが、おそらくもう先ほどのように高速戦闘が行えるほどの余力はないことを、レイジングハートは理解していた。

 

《 Please take good care of yourself.(ご自愛ください、マスター) 》

 

「でも……」

 

 それでもまだ納得できないなのはに、セルジオは言葉をかける。

 

「お前が行くのはこっちじゃない。出口を失った未避難民が多い。壁を抜ける威力の砲撃が使えるお前の力がいる」

 

 それに、とセルジオが続ける。

 

「来る途中に聞いたがスバルちゃんとギンガちゃんがまだ見つかっていないそうだ。きっと、この火災に巻き込まれている。助けてやってくれ、お前の力で」

 

 そしてセルジオは手首を叩くとブレスレットを槍に変形させて、ぶん、と振った。

 

「その代わりこっちは俺が行く。絶対にあの人を止める」

 

 翠の瞳はかつてのように澄んでいない。紅が混じった色合いはどこか濁っていて、しかし、その瞳の中に白い光が走っている。

 

「……勝てるの。ゼスト隊長は強かった。それに、いまきみは……」

 

「勝つ。そして止める。それに今はユーノさんが演算を肩代わりしてくれてるおかげでちょっとばかし無理もできてな」

 

「へ? なんでいまユーノ君の名前が出てくるの?」

 

「んー、まあ色々あったんだよ。いろいろな」

 

 なのはが首を傾げると、セルジオはふっと薄く笑った。

 その微笑みが、その誤魔化すような、からかうような表情があの頃とすごく似ていて、なのはもまた思わず笑ってしまった。

 

 だから、信じることにした。こういう顔をした時のセルジオを信じていた自分の気持ちを思い出して。

 

「わかった。なら絶対に勝ってね」

 

「ああ」

 

 なのはが微笑み、セルジオは頷く。

 そしてセルジオは飛び去ろうとして、とどまった。

 

 まだちゃんと言っておかないといけないことがあるような気がしたのだ。

 でも今は時間がない。悠長に話していられるほどの余裕はどこにもないのだ。

 

 だから、セルジオはなのはに向き直る。

 

「この事件が終わったら伝えたいことがある。お前さえよければ、時間をもらえないか」

 

 山ほど伝えなければならないことがあると思った。

 ずっと目をそらしていた間違いを、隠していたことを伝えなければならないと思った。

 

「やだ」

 

「えっ」

 

 だが、なのははそんなセルジオの頼みをサクッと断った。

 

 そして、出来の悪い子を叱るように腰に手を当てて「あのね」と前置き。

 

「一方的に言われるのはもうやだ。だから、お話にしよう。私も言いたいこと山ほどあるから」

 

「―――ああ、そうだな。そうだ、『お話』にしなきゃな」

 

 セルジオが頷くと、なのはが満足げに笑う。

 

「任せた、『高町』」

 

「任せるよ、『セルジオくん』」

 

 そして、二人は背を向けそれぞれの戦場に向かって飛んだ。

 

 いまだ空に星は見えず。

 

 けれど、二人の胸には不屈の想いが燃えていた。

 

 

 




 
この戦いが終わったら、あの日できなかった話をもう一度しよう。
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