Force Detonater   作:世嗣

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星と出会う一章。
星に思いを伝える二章。
星を見失い、喪失の代償を払う三章。
そして、星を見上げる第四章。

見えなかった星は、いま輝く。



星を見上げて

「捨てたんじゃない。彼は―――セルジオ・アウディは『何も捨てないために』、僕に任せることを選んだんだ」

 

 ジェイルが眉を寄せた時、巨大な爆発音が響いた。

 

()()……!」

 

 ユーノがニッと笑うと、懐の簡易デバイスに通信が入る。

 

『悪いなユーノ司書長、遅くなった。盾の守護獣ザフィーラ現着した。機械兵の殲滅を開始する』

 

「ありがとうございます! まだこの建物のどこかに囚われている女の子がいて―――」

 

『案ずるな。そちらも含めて、既に動いている』

 

 震、と空気が鳴る。

 無数のガジェットによるAMFで魔力を断絶する空間に、炎の刃という物理的な破壊がもたらされる。

 

「―――飛竜一閃」

 

 宣言と共に連結刃によって部屋の入り口付近にたむろしていたガジェットドローンがまとめて切り裂かれ、爆発していく。

 ガジェットドローンは魔力の結合を妨害するシステム。それは一度魔力から変換されてしまったものは対象とならず、故にこそ物理的な攻撃や、魔力変換資質はその天敵である。

 

「私を止めたいならこの十倍は持ってくることだ。もしくはAMFの濃度を倍にでもすれば、この刃鈍るかもしれんな」

 

 返す刀で爆炎を切り裂いて紫炎の騎士が機械仕掛けの剣を片手に現れる。

 

「地上本部陸士214部隊、剣の騎士シグナム、我が主と地上本部中将の命により現着した。……貴様がジェイル・スカリエッティだな」

 

 烈火の将シグナム、現着。

 

「これはこれは、驚きのお客さんだ。一応こういうことは地上本部はしないようになっていたはずだが……これほどの勝手が君たちに許されているのかな?」

 

「世迷い言を。一般人誘拐の緊急時だ。故に無制限の大規模魔法行使についての許可をレジアス・ゲイズ中将からいただいている。我が主からは手加減するなとも。貴様を捕縛することに、我が剣が陰ることはない」

 

「レジアス・ゲイズが? ふむ、彼が裏切るメリットはなかったはずだが」

 

 前方のシグナム、後方のユーノに挟まれながらもジェイルの態度は崩れない。

 柳に風が吹くように、ただ今の状況を不思議そうに観察していた。

 

 そんなジェイルにユーノは語りかける。

 

「メリットじゃない。動かしたんだ。彼の想いが、彼の言葉が、彼の生き方が」

 

「……はは。まさか、それがセルジオ・アウディだと言わないだろうね」

 

「言うさ。彼はずっとそういう風に生きてきた。打算じゃない。計略でもない。人を助けてきた彼だから、結果として人に助けられる」

 

「ありえない」

 

 ジェイルの金の瞳が細くなる。

 

「彼は私と同じ『無限の欲望』だ。己の手をどこまでも伸ばす存在だ。そうなんだ、そうであるはずなんだ。

 だから、ありえない、救うならば自分の手でのはず。自分の器を満たすための行動のはず。全ては彼の空虚さを埋めるための行動だ。それ以外の目的で動けるはずが……」

 

「じゃあ、貴方とセルジオ・アウディは同じじゃなかったんでしょうね」

 

 ―――貴様の無限の欲望は、常に貴様の方向にしか向いていない。

 

 いつかのゼストの言葉がジェイルの中に蘇る。

 

「……はは」

 

 ジェイルの顔から表情が消える。いつもの愉し気で、どこか目の前の人物と同じステージに立っていない超越者のような側面が消えうせ、まるで機械のような無機質さへと変わる。

 

 ともすれば不気味さすら感じるジェイルの態度だが、シグナムは特に揺らぐ様子もなく刃を鳴らした。

 

「何やら思うところがあるようだが貴様はここで逮捕させてもらう。逃げられると思わないことだ」

 

「……ああ、そういえば君たちに追い詰められていることになっているんだったね。あまりにどうでもいいことだから忘れていたよ」

 

「何……?」

 

 ぱちん、とジェイルが指を鳴らすとふっとジェイルの姿が透けていく。

 それと同時に先ほどまでユーノの探知魔法に確かに存在していたはずのジェイルの生体反応が消えていく。

 まるで、演劇の幕(シルバーカーテン)が閉じるように、ジェイルの存在自体が消えていく。

 

「これは、さっきのルーテシアさんに使っていた……」

 

「娘の能力の一つでね。そもそも私はこの場にもいなかった、というわけだ。まあこういうセルジオ・アウディが誰かを連れてくるという可能性を考えなかったわけじゃない」

 

 だが、とジェイルの幻影は消えかけながらどこかを見つめた。その方角はまさに今火災が起きている空港の方角だった。

 

「なるほど、彼は自分だけじゃなくて周囲の全てを巻き込んで、すべてを選んだわけだ。大した欲望だ。まさに、無限の欲望だ。興味深い。興味深いが―――」

 

 気に入らない、とそう言い残してジェイルの姿が掻き消える。

 

「……シャマル」

 

『悪いけどそっちは追えないわ。一応探してるけど反応はないし、そもそも幻影を使っているのならスカリエッティ本人は付近にはいないと考えた方がいいわね。もしかしたらその幻影を出してた術者の方は近くにいるのかもしれないけれど……』

 

『ならばそちらは俺が探そう。俺の鼻が役立つこともあるだろう』

 

「すまないなザフィーラ。シャマル、ヴィータはどうだ?」

 

『はやてちゃんのお願い通りクラナガン市街の救援に行ってくれたわ。教導隊は本局の所属だけどレジアス中将の口添えもあって円滑にいきそうよ』

 

「そうか。ならば私はこのままユーノ司書長と研究所の中をガジェットを掃討しながら要救助者を捜索する」

 

『おっとシグナム姐さん俺を忘れて貰っちゃ困りますぜ。

 陸士214部隊、ヴァイス・グランセニック、既に生体反応のある場所は見つけてます。

 まあさっきみたいにダミーの可能性もあるんで急いだほうがいいとは思いますが……』

 

「わかった。ならばそちらに急行する。

 ……悪かったな、お前を現場からこっちに連れてきて。

 相手の戦力が未知数なである以上、お前のある程度AMFを無視できる狙撃の腕が欲しかった」

 

『そういうのは言いっこないですよ姐さん。同じ部隊のよしみじゃないっすか』

 

 通信のヴァイスはいつものように軽く笑って見せる。

 

『……それに、俺はセルジオ先輩には借りがある。部隊長だって、俺の妹の一件もあって『アウディに恩を返せるのなら返してこい』って言ってくれましたしね』

 

「そうか。お前も我らと境遇は同じ、というわけか」

 

『シグナム姐さんもですかい?』

 

「私の方は仲間だ。リインが救われたことがあってな。その借りと、主の頼みでここまで来た。ちょうどミッドチルダにもいたものでな」

 

『ふ、あの人らしいぜ』

 

 シグナムたちがそれぞれルーテシアの捜索に動き始める。

 夜天の守護騎士四人のうち三人が動員されるとはなんとも贅沢な話だが、逆に言えばこのレベルでなければガジェット相手には足りないともいえた。

 

 いくら緊急時とはいえ、保護観察中のシグナムたちがここまで気兼ねなく魔法が使えることは本来はありえないのだが、そこはレジアスが中将という肩書でごり押しをしたようだ。

 

(……こっちは、任せてくれ。君の守りたいものは、僕らで守ろう)

 

 ユーノが遠くを見つめる。それはジェイルが先ほど見つめていた方向と同じ、空港だ。

 

(そして―――理想を見せてほしい。あなたにしかできない戦い方で)

 

 空は紅く、いまだ星は見えない。

 

 それでも、誰もがあきらめてはいない。

 

 誰もが、戦っていた。

 

 

 

 

第二十一話 「星を見上げて」

 

 

 

 

「部隊長C区画の避難完了しました!」

 

「よし、では次はD区画の陸士部隊に合流しろ。先ほど中将からそこで地盤崩落が起きていると連絡があった」

 

「了解!」

 

「部隊長、八神はやて陸尉の広範囲魔法による消火の件ですが……」

 

「それは私たちでは管轄しなくていいと連絡があった。通信の混乱を避けるため極力部隊単位での報告をメインにする。八神はやて達には本部のレジアス中将が直接指示を出す」

 

 了解、と去っていく部下に頷いた彼は、首都防衛隊の本部にしているトレーラーの窓から外を垣間見る。

 そこでは先ほどまで自分のそばにいた少女が大規模魔法を行使している姿が見えた。

 

 頼りになる指揮官が出て、ようやく彼女を一個人、一人の魔導師として使う余裕が出ていた。

 

「しかし……部隊長よかったのですか、これでは自分たちが陸に大きな顔をさせるような真似」

 

「相手は中将だ。それに責任はしっかりとると言っている。ならばそれにわざわざ反対する理由もない」

 

「そうかもしれませんが……さすがに急にやってきたセルジオ・アウディをあれほど好きにさせるのは……」

 

 言われて、部隊長の脳裏に少し前に現れた青年の姿が思い起こされる。

 

 ―――あいつの、高町なのはとゼスト・グランガイツのいる場所を教えてください。

 

 ―――助けたい。守りたい人たちがいるんです。

 

 ―――お願いします。

 

「私は、自らを犠牲にすることで何かを為せると考えている人間が嫌いだ」

 

 ふん、と彼は鼻を鳴らす。

 

「グランガイツはそういうところがあった。そしてあの倅もな」

 

 しかし、首都防衛隊、その部隊長としての立場にいる彼は思う。

 人間一人にできることなどちっぽけなのだと。

 そして、そのために管理局は部隊を作り、連携し、戦っている。

 

 そんなこともわからず一人で死ぬ人間など、労う気すらしない。

 死んで誰かを救うことに、いったい何の意味があるというのか。

 

「だが、あの時奴は私に頭を下げた。助けたいから力を貸してください。レジアス・ゲイズ中将の指示を聞いてください、とな。そういわれては断れるものか」

 

 あれは嘘やごまかしなどではなかった。本気でセルジオ・アウディは力を貸してほしいと言っていたのだ。

 あの、一人で何でもやろうとしていた、自己犠牲の化身のような男が。

 

「奴の目は一人で何かをしようとはしていなかった。だから私もあいつにかけることにした、それだけだ」

 

 そう話して、彼は目を細める。

 

 本部内のディスプレイの中では桜色の砲撃を撃つ魔導師が一人の少女を救い、燃える空港の中を白い光が駆け抜けているようだった。

 

「ふん、私の賭けもあながち分が悪くはなかったようだ」

 

 そして彼は吼える。

 

「だがこのまま陸にでかい顔されるのは御免だぞ! アウディにいい様にされるだけで終わるなよ!」

 

 星は見えない。

 

 それでもまだ誰も諦めていない。誰もが、自分にできることをやっていた。

 

 

 

 

 

 

 融合機アギトはベルカ式の純正ユニゾンデバイスである。

 夜天の書の管制人格である初代リインフォースをもとに作られた、ある意味でコピーともいえるリインフォース・ツヴァイとは違う、正真正銘、古代ベルカで作られたオリジナル。

 囚われていた違法研究所で付けられた識別コードは『烈火の剣精』。

 

 けれどアギトは自分の過去は思い出せない。度重なる実験で摩耗したメモリーは研究所にいるより前のことはわからなくなってしまっていた。

 

 そんなアギトを救い、主人(ロード)になってくれたのがゼストだった。

 

 ユニゾンした時の相性がいいとは言えなかったが、ゼストは今の時代に珍しい『騎士』だった。

 ベルカ式の優れた使い手というだけではなく、誰かを救おうという気高い在り方が騎士だったのだ。

 だからアギトはゼストについていくことを決めたし、そんな彼が今は光の道にいないことを知り、そんな彼を支えたいと思った。

 

 ゼストは寡黙な男だった。必要以上に話さないし、話したとしても口数は多くないせいであまり何を考えているかわからないタイプだった。

 でも、そんなゼストが時折口に出す名前があった。

 

 それは『セルジオ・アウディ』。

 聞けばゼストの養子であるらしく、槍の指南もしたことのある人物らしい。

 

 セルジオのことを話すとき、ゼストの表情は安らかだった。

 そしてことあるごとにアギトに「俺が死んだときは奴を頼れ」とも言った。

 

 でもアギトはそれが面白くなかった。だってアギトのロードはゼストなのだから、どこまでも一緒に行きたかった。それが融合機というものだし、アギト自身の望みでもあった。

 

 だって、アギトにとって、ゼスト以上の騎士などいるはずがないのだから。

 

「いつ、つ……」

 

 瓦礫の中でアギトは目を覚ました。

 

「ここは……それに、旦那は……」

 

 記憶がはっきりしない。体はなんだかずきずきと痛むし、そもそも近くにゼストがいない。

 

「そうかアタシ、スカリエッティの野郎に体をいじられて、操られた旦那と無理やりユニゾンさせられて……」

 

 そして、機械のように淡々と人を襲うゼストに力を使われて、一人の魔導師の砲撃魔法に吹き飛ばされた。

 どうやら魔力ダメージをゼストの分まで肩代わりした拍子にユニゾンが解けてはじき出されたらしい。

 

「旦那のところに、いかなきゃ……」

 

 30センチほどの小さな体を震わせながら瓦礫を魔法で押しのけると、ゼストの魔力反応がある空港階下へと向かう。

 

 だってこのままにするわけにはいかない。ゼストがジェイルに操られて誰かを殺すなど看過するわけにはいかない。

 

「だってあの人はアタシのロード。ベルカの騎士。そんな人の生き方が、存在が、自分のことしか考えてないヤツに汚されるなんて、許せるはずがないんだ……」

 

 羽を震わせて下へ下へと降りていく。

 そして、ゼストの反応が目前に迫ったとき、アギトは槍を手に立つ一人の『騎士』を見た。

 

 

 

 

 

 

 ギンガ・ナカジマにとって『セルジオ・アウディ』は憧れの人だった。

 

 お母さんに弟みたいにかわいがられてて、家にご飯を食べに来ることも少なくなかった。

 よく顔を合わせていたわけでもなかったけど、たまに家に来たときは学校の宿題を見てくれたり、一緒にストライクアーツの組み手をやったりした。

 ちょっとしたことでも「ギンガちゃんはすごいな」って頭を撫でてくれて、普段はかけてない眼鏡の奥で翠の目を細めて微笑んでくれた。

 

 たぶん、初恋だった。

 セルジオが家に来ると分かったときはちょっと髪をまとめたり、服に気を遣ったり、あらかじめお風呂に入って置いたり。

 今思い出すと浮かれっぷりが恥ずかしくなるくらいで、でも、あの時はそれが楽しかった。

 

 あのやさしく笑う人を好きでいられることが幸せだった。

 

 でも、それもクイントが死ぬまでのことだった。

 

 雨が降る日、セルジオはクイントを助けられなかったことを謝りに来た。

 父親のゲンヤはセルジオに「お前のせいじゃない」と声をかけた。妹のスバルはそんなセルジオに怒って、自分の癇癪をぶつけた。

 

 でも、ギンガは何も言えなかった。

 母親を守ってくれなかったセルジオが憎いのか、それとも自分と同じようにつらいはずと同情したいのか、それとももっと別の感情があるのか、ギンガは自分で自分のことがわからなかった。

 代わりに、セルジオのことを考えると辛くなった。あの人を好きだったという時間は確かに胸にあるのに、それを表に出そうとすると自分がどうしたいかわからなくなる。

 

 だから、自分も管理局員になることにした。

 両親と同じ道を進んで、セルジオと同じ道を進んで、自分みたいに家族を亡くすような悲しい出来事を減らせたら、いまのこの気持ちがわかる気がした。

 

 クイントが目指したものが、セルジオが何を思って管理局にいるのかが、わかるような気がしたから。

 

「みなさん集まってください!」

 

 ギンガが周囲の人たちを集めると、彼らを火の手から守るための簡易的な結界を施した。

 

「これは……」

 

「簡易的にではありますが結界です。これで空気や火の手の問題はしばらくは大丈夫だと思います」

 

「お嬢ちゃんはどうするんだい。まさか、下層に行くのかい?」

 

「はい。妹を探しているんです。まだ見つかってなくて、私が行かなくちゃ」

 

「しかしこれより下は火の手も強い。いくらお嬢ちゃんが魔導師だと言っても……」

 

「ご心配なく、私これでも局員候補生ですから。私頑丈ですし!」

 

 それに、もう家族を失うわけにはいかない、そう心の中だけで溢す。

 ぐ、と拳を握るギンガは、そのまま心配してくれたおじさんに笑いかける。

 

「それに、ほら、ここから数百メートルのところに魔導師の反応があります。きっと救助に来た魔導師ですよ」

 

 そう言ってギンガが反応のある方へと目を向けて、ふと違和感を感じる。

 

(これ、なんか早すぎる気が……)

 

 早いのはいい。だけど、あまりにもまっすぐにここに来すぎている気がする。

 おそらく壁や床などを砕いて来ているのだろうが、火災が起きて不安定になっている建物の中ではあまりにも不用心すぎる気がした。

 

 壁を抜くにしてもちゃんと計算して、それで細心の注意を払ってから行うべきことのはず。

 

 ぴしり、と天井にひびが入った。

 

(―――なにか、おかしい)

 

 その時のギンガの思考は言葉にできない。けれど、ただなんとなく()()()()()()()()()と感じて、自分の持ちうる最硬の防御魔法を展開する。

 

 そして、その論理的思考のない行動が正解だったと分かったのは一秒後。

 

「みなさん伏せて―――」

 

 暁の刃が、世界を食い荒らす。

 

 それは純然たる破壊の化身。ただ目の前にある命を刈り取るだけのシステム。そうあれと命じられ、ただそれを忠実に守るだけの傀儡。

 

「ゼストさん、なんで―――」

 

 無限の欲望に操られたゼスト・グランガイツが、天井を砕いて現れる。

 彼はそのまま加速すると眼前の生体反応の群れに槍を振るい、ギンガのバリアに激突した。

 

「くっ、アアっ!」

 

 ギンガのバリアとゼストの槍とが競り合い、ほどなくしてバリアの方に細かな亀裂が入り始める。あまりの圧にギンガの膝が折れて地面について、そのまま押しつぶされそうになる。

 

「だ、め、だ……」

 

 いまギンガの背後には結界に守られた人々がいる。

 このままバリアが壊されてしまえばこの破壊の嵐はそのまま命を食い荒らすだろう。

 

 それだけは、許されない。

 

 ギンガが自分の後ろにいる人々を見る。自分を心配してくれた男性が、我が子を抱いた母親が、自分を心配そうに見つめる子どもがいる。

 

 この人たちを守らなきゃ、という思いがギンガの体に力を与える。

 

「や、ああああっ!」

 

 戦闘機人の体の限界の膂力を以てなんとか槍を弾き飛ばすと、ギンガはそのまま構えを取った。

 

「ゼストさん、あなたはお母さんと―――」

 

 底冷えのする機械のような冷たい瞳が、少女と、少女の守る命に狙いを定める。

 

「―――っ、このっ!」

 

 迷ったのは刹那。ギンガは自分たちの命が狙われていることを理解し、困惑しながらも母親譲りのシューティングアーツの右ストレートを数メートル離れたゼストに叩き込もうと走り出す。

 

 だが、ゼストはそれをかわすことなく、槍の穂先でちょこんとつついて逸らした。

 ギンガの体が泳ぎかけたが、ウイングロードの上で踏み込んでそのままジャブ、ストレートのコンビネーションにつなげていく。

 

 ゼストはそれを先ほどと同じように最小の動きで全部いなしたあと、槍の柄部分をつま先で跳ね上げて、コンビネーションの隙間、息をついたタイミングのギンガの腹部を強打した。

 

「お、ぐっ―――」

 

 苦悶の声と共にギンガの体がくの字に折れて、地面を転がり、未避難民を守る簡易結界の前で止まった。

 

「す、みま、せん……みなさんは、いまのうちに……」

 

「いやいいんだお嬢ちゃん! もういい君だけでも逃げなさい!」

 

「そんな、こと、できる、わけ……」

 

 ふらつく足で立ち上がろうとしたギンガの首筋に音もなく刃が添えられた。

 みれば、いつの間にか目の前にゼストがいた。数メートルあった距離は一秒もかからず消え失せてしまっていた。

 

「―――」

 

 ゲームセットだ。ギンガに勝てる相手ではない。ギンガはまだ若く、それ故にゼストに追いすがれるほどの経験も、想いもない。

 

(―――おかあ、さん)

 

 暁の刃が肌を食い破らんと迫る。

 ギンガは思わず目をつぶって、そして―――もう一つの暁の光が彼女を包む。

 

「―――よく頑張った」

 

 ゆっくり目を開くと、大きな背中が見えた。その人は昔ギンガが憧れた人で、近づきたいって思った人で、変わってしまったと思った人。

 彼は槍をはじくと、空いた片手でギンガを抱いてそのまま結界内の人々とまとめて短距離転移でゼストの射程距離から逃れた。

 

「―――いてて、ユーノ司書長がいくらかマルチタスク持ってくれてるとはいえ、さすがに負担が重いな」

 

 そういう彼の名前を、ギンガはぽつりとつぶやいた。

 

「セルジオ、さん」

 

「無事でよかった。怪我はない?」

 

「は、はい……」

 

 セルジオの手を取って立ち上がったギンガが、ハッとしたように口を開く。

 

「セルジオさん実はスバルがまだ見つかってなくて!」

 

「うん、聞いてるよ。そっちは高町に行ってもらっているから安心してくれ」

 

「なのはさんが……」

 

 なのはの名前を聞いて安心したように息をついた。

 なのは本人とかかわりがあったのもそうだが、不屈のエースの名前はギンガに少なくない安心感を与えたらしい。

 

「……このまま君たちを地上まで送っていきたいところだけど、少し厳しそうだな」

 

 そう言うセルジオの視線の向こうにはゼストがいる。

 

 いまのセルジオはユーノに一部のマルチタスクを代替してもらうことでなんとかエクリプスを制御できるようになっている。そのおかげでこうして短距離転移や加速をエクリプスの力で使えているが、全力には程遠く、短距離転移ではせいぜい20メートル程度を移動するのがせいぜいだ。

 

 かといって加速魔法の名手であるゼストから逃げ切るのはほとんど不可能に近い。

 

 なら、選ぶべきものはひとつ。

 

「なあギンガちゃん、この人たちを地上まで守ってあげてくれないか」

 

「わ、私が?」

 

 ギンガの目が丸くなる。

 

「うん。君に任せたい」

 

「で、でも私はさっきゼストさんに手も足も出なくて……」

 

「管理局員の仕事は敵を倒すことじゃない。人を守ることだ。少なくとも、クイントさんは俺にそう教えてくれたよ」

 

 セルジオが立ち上がり、槍を構える。

 

「行くんだ。君はクイントさんみたいに人を守るための管理局員になるんだろう?」

 

 ふ、とセルジオが笑った。その懐かしい微笑みに手を引かれるように、ギンガは強く頷いた。

 

「……はい! みなさん、ここからは私が案内します! 無事に地上まで行きましょう!」

 

 ギンガが未避難民を連れて遠ざかっていくのを感じながら、セルジオがゼストの前に立つ。

 

「ここから先は、絶対に通しません」

 

 ゼストの瞳に感情はない。ただ機械のようにセルジオを見つめる。

 

 セルジオの瞳に動揺はない。ただ凪いだ海のようにゼストを見つめる。

 

「―――」

 

「―――」

 

 二人が鏡合わせのように武器を構える。

 

 燃える空港の中、がらり、と瓦礫が崩れ、それが開戦の合図となった。

 

「「 加速機動 」」

 

 ゼストとセルジオが加速し、空気が弾ける。

 

 炎の中を飛び回り、加速するゼストに必死に食らいついていくセルジオの脳裏に、ユーノの声がよみがえる。

 

 

 ──僕が一時的に君のエクリプスの負担の一部を肩代わりをする。

 

 ──ゼファーに僕のデバイスを通信で連結するから、たぶん基本的な技能くらいは使えるようになる。

 

 ──でも覚えておいてくれ、おそらくこれは君がゼスト・グランガイツと一対一で戦うまでのことだ。

 

 ──一連の通信妨害はおそらくゼスト・グランガイツのデバイスが起点になっている。そして、僕の通信も彼の近くでは妨害されてしまう。

 

 ──だから君が戦う時になれば僕はもう君の負担を肩代わりできない。

 

 ──もう一度、君は一人であのエクリプスと戦わなきゃいけないんだ。

 

 は、とセルジオが息を吐く。

 

(案の定、ユーノ司書長との通信が切れてエクリプスの負担が戻ってきた……!)

 

 ちかちかと視界が紅く染まり始める。

 

(だからどうした。まだやれるだろ。やれなきゃダメだろ。ようやく、わかったんだろ!)

 

 歯を食いしばって、ゼストに肉薄する。

 

 突き、薙ぎ、斬り、持てる全てを使ってゼストに迫る。

 けれど、ゼストはそのすべてをギンガにそうしたように、逸らして、躱して、カウンターで上位互換の一撃を叩き込んでくる。

 

「げほ―――」

 

 ぱっとセルジオの視界で血が舞って、セルジオの中のエクリプスの破壊衝動が増していく。

 

「まけて、たまる、か―――!」

 

 それでも、セルジオは必死に理性の細い糸を手放さない。

 もう何度も暴走して、やりたくないことをやって、誰かの掌の上で踊らされた。

 

 もうそんなのはごめんだ。だって、いまのセルジオの背中の向こうには守らなければならない人がいるのだから。

 

 セルジオの基本を守る忠実な技をゼストは躱して、くるりと手の中で槍を握りなおす。

 その動作に見覚えのあるセルジオが、瞬時に回避行動をとろうとしたが、それでは遅すぎる。

 

 放たれたのは神速の刺突。

 セルジオの動体視力で追うにはあまりにも速すぎる、武芸者の到達点。

 

 かつてまだ意識があったころのゼストに使われたときは成すすべもなくセルジオは吹き飛ばされ、エクリプスの暴走に至った、ゼスト・グランガイツの最強無比の一撃。

 

 それこそ―――。

 

「―――紫電一閃」

 

 ベルカの基本にして秘奥、紫電一閃。

 

「ぐ、が―――」

 

 ゼストの槍がセルジオの脇腹をえぐり、地面に叩き伏せた。

 見るのが二回目だったおかげでなんとか致命傷は避けたが、それでも血―――のような赤黒い液体がドボドボとこぼれていき、それに比例するようにセルジオの正気を削っていく。

 

 ちかちかちかちか、セルジオの瞳が紅く点滅する。

 

 思考ははっきりしない。紅い思考はしきりに殺せと訴えかけている。もう何のために戦っているかもあやふやになってきた。

 

もう、いいんじゃないか。好きに暴れよう。我慢する必要なんてない。どうせ俺は近い未来に死ぬんだ。我慢して何になる? 殺して、血を見て、ほら、想像するだけでも楽しそうだ。お前(おれ)だってそうしたいだろう?

 

 違う、とセルジオが槍を支えに立ち上がる。

 

「俺のやりたいことは、そうじゃ、ない。おれは、ずっと、もっと、大切なもののために……」

 

 ちかちかちかちか、紅い光が瞳の中で瞬いた。

 

 必死に理性で狂気を抑えようとするが、もう戦えるほどの意識がセルジオにはない。

 できるのは暴走しないように必死にこらえて、ゼストを通さないために立っておくだけ。

 

 まるで白昼夢を見るように、セルジオ・アウディはぼんやりとゼストの前に立っている。

 

「まもらなきゃ、いけない、んだ……」

 

 それでもセルジオは体を動かした。

 想いのままに、ふらり、とセルジオがゼストに殴りかかりはするものの、まるで力が入っておらずぺちぺちと体を叩くことしかできない。

 

 そして、ゼストの意識はその攻撃を()()()()()()()()()()()()()()

 

 殴る、というにはあまりにも弱すぎて、何かもっと違う攻撃の予兆だとでも考えたのだろうか。

 

「―――」

 

 やがてそんなじゃれつきも払われて、力まかせにセルジオの顔が殴りつけられる。

 ゴム毬のようにセルジオの体が弾み、壁へと叩きつけられる。

 

「ま、だ、お、れ、は……」

 

 セルジオを見てもゼストは全く揺らがない。

 

 ジェイル謹製のウイルスコードを用いた洗脳は完璧だ。

 例えどれほどのことが起きてもゼストの意識は戻らないし、手加減するなんて考えもしない。

 生前のゼストならば、騎士としてのプライドがあったが、そんなものは欠片も残っていない。

 

 このままゼストは、セルジオを無感情に殺すだろう。

 

「悪いがそれはやらせれねえよ、旦那」

 

 炎の壁が、現れた。

 

「―――」

 

 一目で魔力によるものだと分かる紫の炎はまるでゼストを包むように広がり、今まさに刈り取ろうとしていたセルジオの命を救った。

 

 そして、炎の中から剣の精霊が姿を見せる。

 

「お前が、セルジオ・アウディだな」

 

「きみ、は……」

 

「アタシはアギト。ゼストの旦那の相棒……だった。いまは違う。いまのあの人は、もうアタシの知ってる旦那じゃない」

 

 アギトは炎に閉じ込められたゼストに拘束を破壊されかけているのを見て、ちっと小さく舌を鳴らした。

 

「アタシの力じゃ長くは抑えておけないか」

 

 宙に浮かんだアギトはじっとセルジオのことを観察するように見下ろした。

 

 ゼストを追う中でアギトはセルジオのことを見ていた。

 

 ぼろぼろの体に鞭打って、勝てるはずのないゼストに食らいついて、人を守ろうと足掻いていた。

 どんなに頑張っても勝てないと少し考えればわかるだろうに、それでもあきらめずに必死に。

 

 アギトにとってゼスト以上の騎士はいない。もう出会えるはずもない。

 

 だからこそ、知りたい。あのゼスト・グランガイツの息子のことを、ゼストが後を託した人物のことを。

 

「お前、何でそこまでして戦うんだよ。お前じゃ旦那に勝てねえだろ」

 

 セルジオは紅い瞳を点滅させながらも、ふらふらと立ち上がる。

 

 そして、こぼれそうになる記憶を、心を、必死に掬い取って、ひとつの想いを形にした。

 

「守りたいからだ。あの人の生き方を、あの人が守りたいと思ったものを。俺の、託されたものを」

 

 紅い瞳の奥で、白い光が燃えている。

 

 まだ終わらないと、叶えたいものがあると、そう叫んでいる。

 

 ―――アギト、お前を俺の相棒と見込んで頼みがある。

 

 ―――セルジオのことを、見極めてやってくれ。そして奴がお前の眼鏡にかなうならば、力を貸してやってくれ。

 

 ―――それが、俺のたった一つの……。

 

 ゼストの最後の言葉がよみがえる。最後の最後、正気を失う前のゼストがアギトに託したたった一つ。

 

「……なあ、きみ」

 

 セルジオがアギトに声をかけた。

 

「きみは、ゼストさんの、ユニゾンデバイスだったんだよな」

 

「ああ、それが何だって言うんだ」

 

「じゃあ、俺に力を貸してくれないか」

 

「はあ……?」

 

 アギトが目を細める。

 

「冗談か」

 

「違う、本気だ。本気で、きみに頼んでる」

 

「……お前、ミッドチルダ式の魔導師だろ。お前じゃアタシを使いこなせねえよ」

 

「それでも! それでも……!」

 

 セルジオがふらつく体を叱咤して、再び立ち上がりアギトと対峙する。

 

「守りたいものがあるんだ。それにきっと、君も、同じものを守りたいと思ってる」

 

 アギトの背後で、炎の壁に亀裂が入る。

 しかしアギトはそちらに気もやらず、セルジオの首元に近づくと襟をつかんで、睨んだ。

 

「お前、本気なんだろうな。旦那を止めたいと思ってんだろうな。マジで、勝つ気でいるんだろうな」

 

「……ああ。俺は、ゼストさんを止めたい。そして守りたい。そのために、ここに来た」

 

 アギトの瞳の中に炎が燃える。その名に相応しく、熱く、赤く。

 

「アタシの主人(ロード)の条件は『騎士』であること。いっちゃあなんだが、お前はまだまだだ。弱いし、技術も甘いし、そもそも旦那みたいにベルカ式の使い手ってわけじゃねえ」

 

 がん、と炎の壁が叩かれる。

 

「でも、お前の言う通りにするしか今は道がない」

 

 紫炎の壁が端から砕けていく。

 

「アタシ一人じゃ旦那は止められねえ。お前ひとりでも旦那は止められねえ」

 

 セルジオが立ち上がり、アギトに手を伸ばす。

 

「乗ってやる。アタシを使って旦那を止めて見せろ」

 

 アギトはそのセルジオの手に触れて、その想いに応える。

 

「お前のその心が、守るための騎士であるというならば、アタシを使って限界を超えてみろ!」

 

 そして、紡ぐ。

 

「「 ユニゾン・インッ! 」」

 

 セルジオの体を炎が包み―――姿()()()()()()()()()

 

「く、そ……!」

 

 それはセルジオがミッドチルダ式の魔導師だったから―――だけではなく、何かもっと根本的にアギトが不和を感じ取ったからだった。

 

(こいつの体になにか、ある。……エクリプス、そうかこいつがやたらと暴走していたのはこれのせいだな。アタシへの感染の心配はない。これはこいつの体に根付いたもんだ。それを理解してたからこいつも力を貸してほしいと言ってきた。現にアタシに負担は全くない)

 

 セルジオの体に溶け込んだ状態で、アギトはセルジオの体を分析していく。

 

(……なんでこいつ、ここまで進行して死んでねえんだ。普通のやつならとっくに発狂して死んでるレベルだぞ。何が、そこまで……)

 

 言いかけて、アギトが今の状態について理解した。

 

(違う。負担がないんじゃない。こいつはいまもアタシに負担が行かないようにしてるんだ。必死に制御して、アタシから力だけを借りようとしてる)

 

 炎の中で、セルジオが苦悶の表情を浮かべている。

 

 おそらくエクリプスの影響で意識はほとんど残ってないはずだ。

 そんな中でも、セルジオ・アウディはアギトに負担が行かないように、気遣おうとしていた。

 

(馬鹿じゃねえのか、お前死にかけてるんだぞ。そんなこと気にしてる場合じゃねえだろ)

 

 そして、アギトが気付く。

 セルジオの今の体に接続されているデバイスの中に眠る()()()()()()()()()()()の存在に。

 

(これ、なんかさっきからしきりに動いてるな。もしかしてこのエクリプスってやつの制御システムか)

 

 それはシャマルがゼファーに組み込んだエクリプスを制御するリアクターシステム、その未完成で捨てられた残骸。いまもセルジオのエクリプスの負担をわずかに軽くしているものだった。

 

 セルジオの中で、アギトはそのシステムに間接的に触れる。

 

(……まだ未完成だ。わけわかんねえ部分も多いし、そもそも無駄だらけだ。

 アタシならこれを応用して落とし込めるかもしれねえけど、でもこんな得体の知れねえモンを使ったら、アタシはたぶん、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ありえない、とアギトは首を振る。

 

 融合機は本能的に自分の主人(ロード)を求めている。

 アギトにとってそれは、純正ベルカ式のユニゾンデバイスとしての自分のロードを見つけることを意味する。

 

 そして、このシステムに手を出せば、アギトはきっと後戻りできなくなる。

 そこまでして、アギトがセルジオ・アウディに手を貸す理由はない。

 

(ワリいな、できることはやってやる。だが完全な融合は諦めてくれ。お前がベルカ式に適性があればまだ違ったかもしれないが……)

 

 できることはもうない、とアギトは目を伏せると、それを感じ取ったセルジオは静かに目を閉じた。

 炎の中、まだ完了しないユニゾンを制御しながら、自分の中にいる剣精に語り掛ける。

 

「ごめん、やっぱり今の俺じゃユニゾン、できない、みたいだな……」

 

『お前のせいじゃねえよ。元からお前にユニゾンできる素養はない。そういう、体なんだ』

 

「そうか。そういう体か。なら、()()()()()

 

 セルジオが、懐から一つの無針注射器を取り出した。

 その容器の中に満たされたのは無数の微粒子状の機械。

 知る人が見れば、高町なのはのレイジングハートに組み込まれていたナノマシンとわかるもの。

 

 その名を『フォーミュラナノマシン』。

 

 それは、この場にやってくるときレジアス・ゲイズから託されたもの。

 本来は最高評議会からレジアスの手駒になる人物に与えろと、そういわれて与えられていたもの。

 

 けれどレジアスは、それを、今を戦うお前に託すと、セルジオに預けた。

 ただ、セルジオ・アウディならば正しいことに使ってくれると思ったから。

 

 それは、レジアス・ゲイズが『最高評議会に従う』ためではなく、『間違い続けないため』に戦うと決めたことを示す、彼らへの反逆。

 

「―――は」

 

 そして、セルジオ・アウディは、その注射器の中身を自分の体に打ち込んだ。

 

「か、ぎ――――」

 

 どくん、と心臓が強く高鳴った。

 

 血管を通して異物が流れ込んでいく。それはセルジオのエクリプスに侵された体と癒着しながら、同時にまったく別種の変化も与えていく

 

 そして、それに一番最初に気づいたのは今まさに融合状態にあるアギトだった。

 

 なぜか()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 最初はほとんどゼロに近かったアギトとセルジオの魔力的なシンクロ率が、次第に上がっていく。

 

『お前、何やってんだ!』

 

()()()()()()()()、身体を……!」

 

『は?』

 

 アギトが呆気にとられたように目を丸くした。

 

「君はベルカ式のデバイスなんだろう! なら俺の体をベルカ式に合うように作りなおせばいい! 俺のエクリプスと、このフォーミュラならそういうことができるんだ!」

 

 昔、ジェイルのことをまだ教授と呼んでいたころ、セルジオは彼に言われていた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()かもしれない、と。そして、同時にどのような方法かも。

 

 あの言葉が嘘でないのはわかっている。ならばあとは実践するかどうかだ。

 

『そんなの、いくらお前の再生力でも制御できるわけねえだろ! それより先にお前の体に限界が来る! 死ぬぞ!』

 

「だとしても! それでも、やるんだ! だって俺は―――」

 

 セルジオの眼前で、ついにゼストの戒めが破壊される。

 

 槍を手にしたゼストが機械のような瞳でセルジオへと迫る中、叫ぶ。

 

「俺は、ゼストさんに救われてきた! だから! 俺は今、あの人を救いたいんだ! 君なら―――アギトならわかるだろッ!」

 

 それはシンプルな理屈だった。

 救われたから、救い返したい。恩返しがしたい。ただそれだけの単純な気持ち。

 

 それ故に、アギトの―――同じゼストに救われた融合機の心の奥深くまで届いた。

 

(アタシも、コイツと―――セルジオと一緒に戦いたい)

 

 炎が、逆巻いた。

 

(アタシには望みがある。でも、それよりもいまのアタシはセルジオの想いに共感してる。セルジオの言うことが正しいって、心の奥で感じている)

 

 それはいままでのセルジオを包んでいたものとは違った。

 もっと熱く、もっと純粋で、もっと澄んでいた。

 

(認める、こいつは―――セルジオ・アウディは『騎士』だ。誰かを守り戦う、そういうゼスト・グランガイツの遺志を継いでいる)

 

 セルジオの中のアギトが振り向くと、そこには白い大きな光があった。

 それは変質しきったセルジオのリンカーコア。そのそばには細くつながる糸がゼファーから伸びている。

 

 この糸を掴めばゼファーからアギトに向けてリアクターシステムが流れ、恐らくアギトはベルカ式デバイスとしての純正さを失う。

 

 でも、それでもいいと今は思えた。

 

 ゼスト・グランガイツの意志を継ぐこの青年と戦うためなら、それも悪くないとそう思った。

 

『もう一度だ。もう一度、ユニゾンしなおすぞ! セルジオ!』

 

「――ああッ! 行くぞアギトッ!」

 

 逆巻く炎の中、セルジオ/アギトが、叫ぶ。

 

 

「『 ユニゾン・インッ! 』」

 

 

 魔力の炎が、吹き荒ぶ。

 炎と共に、セルジオの体が作り変えられていく―――否、進化していく。

 

 身を包む炎が、エクリプスの黒鎧に収束する。

 支配していた紅い衝動が制御され、変質させたリンカーコアを真なる形に昇華する。

 体を走るフォーミュラナノマシンが体に適応し、バリアジャケットに純白のエネルギー経路が引かれる。

 そして、最後に瞳が光を宿す。左目はエクリプスを表す深紅に、そして右目は、セルジオ・アウディ本来の翠に。

 

 ―――エクリプスウイルスには、段階(ステージ)が存在する。

 

 一段階目は、感染。

 二段階目は、発症。

 この二つは、読んで字の如く、エクリプスウイルスに感染し、そして体がエクリプスウイルスに適応する形に作り変えられる過程を指す。

 三段階目の『適合』まで来てようやくエクリプスウイルスの適応者である『ECドライバー』と呼ばれる。この段階でのドライバーたちはその力を制御できず、ただその強すぎる力に溺れるように暴れることしかできない。

 今までのセルジオはこのステージであり、故にこそ抑えきれない破壊衝動にさいなまれていた。

 

 ほとんどの感染者はこの三段階目で終わる。人間の体には限界が存在し、自分の力だけではさらに次のステージには至れない。

 

 でも、本当は最後のステージがある。

 

 それが、病化。

 

 エクリプスは本来は制御できるはずもない世界を殺す毒。

 けれど、病化は『制御』の段階なのだ。

 

 外付けのリアクターを使って、負担を軽減し、殺人衝動を抑え込み、その体に()()()()を目覚めさせる。

 

 ゼファーに搭載されたリアクター理論はいまだ完成していない。

 けれどレジアスから託されたフォーミュラが、アギトというユニゾンデバイスが、そして数年間耐えに耐えて完成したエクリプスを受け入れる体が、最後のステージへの進化を完了させる。

 それと同時に今までセルジオの命を食いつぶしていたエクリプスが止まる。制御されていく。

 完全制御されたエクリプスは無利益に主人の命を食い潰さない。

 

 そして、その力を主人の命を侵すためではなく、戦うためのものに、今変える。

 

 すう、と息を吸った。短く、けれどまるで数年ぶりに息を吸ったかのよう深く。

 

 思考が、制御できる。

 

「―――セットアップ、ゼファー」

 

 セルジオの紅と翠の瞳が、白く輝いた。

 

「―――」

 

 何故だかわからないが『そのセルジオ・アウディ』に危険を覚えたゼストが加速する―――だが、セルジオはそれをまるであらかじめわかっていたかのように回り込んで、()()()()()()()

 

 それは紛れもなく、砲撃()()だった。

 リンカーコアが侵食され、魔法の力が消え失せたセルジオ・アウディが、この力を使えるはずがない。

 

 それでも、これは紛れもない砲撃魔法。

 

「ディバインカノンッ!」

 

「―――っ」

 

 ―――病化特性『侵食変換』。

 セルジオのリンカーコアは確かに一度エクリプスに侵食され、魔力を生み出す力を失った。

 けれど、一度侵食されたリンカーコアは、セルジオがエクリプスを制御する中で、真の力に目覚める。

 それは、自分の周囲のエネルギーを、()()()()()()()という能力。

 

 ずっと魔力不足に悩み、持たざる者の戦い方をするしかなかったセルジオの手に入れた、新たな力。

 

「―――っ」

 

 ゼストはたまらずシールドで砲撃を防ごうとして―――その魔力がまとめて構成ごとほどかれた。

 

分断(ディバイド)

 

 それは、エクリプスの力。魔力自体の結合を否定する、『魔導殺し』。

 

 ゼストの体に砲撃が炸裂しそのまま吹き飛んでいくが、壁に激突する直前で停止する。

 今まで傷らしい傷のなかったゼストに入った、明らかなクリーンヒット。

 

「―――加速機動」

 

 ウイルスコードに支配された思考が、目の前の人物への脅威段階をひとつ引き上げた。

 ゼストはそのまま加速魔法を発動、セルジオへと肉薄する。

 

 そして構えて、神速の突きを放った。

 

 それはいままでのセルジオならば目で追うことはおろか、知覚することすらできなかったもの。

 

 でも、いまのセルジオには、どうすればゼストに追いすがれるのか、その方法がわかる。

 

 身体に、魔力ともエクリプスとも違う、まったく別種のエネルギーが満ちるのを感じる。

 

 フォーミュラナノマシンには固有の力がある。それは使用者の体感時間を引き延ばし、加速の力を与える機能。

 それをセルジオは、高町なのはを助けるために、何度も何度も何度も、いやになるくらい見続けた。

 

 ならば使える。

 

 だって、セルジオ・アウディは真似が得意なのだから。

 

 トリガーワードは、そう。

 

 

「―――『アクセラレイター』ァァァッ!」

 

 

 世界を置き去りにして、セルジオだけが加速する。

 

 知覚時間が引き延ばされ、全ての景色が遅くなる。

 この世界ならば、セルジオの目でもゼストの槍に反応できる。

 

 一秒、セルジオが槍を構える。

 二秒、構えた槍を弓を引くように大きく引く。

 三秒、己を狙う大丈夫の黒槍と刃を重ねた。

 

 四秒、加速が終わり、世界は動き出した。

 

 

「―――ッ」

 

「―――」

 

 

 二本の槍が激突し、競り合い、弾かれるように距離を取る。

 

 燃える世界で、鏡合わせの二人の男が対峙する。

 

「……俺はずっと空っぽだった。誰かに与えられたものをなぞるだけの、偽物だった。自分のやりたいことが、わからなった」

 

 炎を纏い、白い光に包まれて、自分の全てを制御するセルジオは語る。

 

 ユーノとの戦いで、レジアスとの対話で、彼女から託されたものに気づいた時、自分の心に芽生えた(オモイ)を。

 

「でも、気づいた。俺を信じてくれていた人たちがいた。ありがとうって言ってくれた人たちがいた。そして、信じて意志を託してくれた人たちが」

 

 誰も信じられず、信じてもらう価値もないと思っていた。全てを失ったと思っていたから。

 でも、残るものがあった。そう、気づかされたものがあった。

 

「俺はずっと託されていたんだ! クイントさんに! メガーヌさんに! みんなに! ゼストさんに! そして、母さんに!

 みんなが託してくれた想いが、願いが、夢が、俺に中身を与えてくれていた!」

 

 空っぽだと思っていた。偽物だと思っていた。誰かの代わりだと思っていた。

 

 でも、それは違うんだと、セルジオは叫ぶ。

 

「だから俺はここから『本物』を始める! 託されたものを! 俺の信じたものを嘘にしないために!」

 

 間違いを犯しても間違い続けないように。

 偽物であっても、偽物であり続けないように。

 

 

「俺は時空管理局地上本部所属、航空魔導隊三課部隊長『セルジオ・アウディ』」

 

 

 彼は名乗る。自らが『何』であるかを。

 

「セピア・アウディに導かれ、ゼスト・グランガイツの背中を見て育った! 貴方の息子!」

 

 翠の瞳が、強く輝く。どこまでも明るい、意志の光を宿して。

 

「俺は俺をいま信じてくれる人たちのために! 俺が信じたいと思うもののために! 俺に想いを託してくれた人たちのために!」

 

 槍を構える。いまの自分を作ってくれた、その構えを。

 

「俺のすべてで、貴方を止める!」

 

 あの日堕ちた星は、そうして再び輝いた。

 

 

 




 
『エクリプス』
ディバイダーを起動して以来セルジオの身体に巣食っていたもの。
残りの寿命を恐ろしい勢いで食い潰し、セルジオの未来を奪い、身体を作り替えていたもの。
しかしそれもリアクターの力により制御され、『侵食変換』を覚醒させるに至る。
エクリプスはセルジオの敵ではない。
エクリプスもまた、セルジオが前に進むための力。

それはセルジオの求めた力の一つ。「諦めないための力」。

『フォーミュラ』
なのはのレイジングハートから取り外され、管理局で保管されていたもの。
いまはセルジオの身体に癒着し、リアクターと共にエクリプスを制御するために使われている。
同時にセルジオの体との高いシンクロ率から、本家のアミティエたちには及ばないものの、極めて高度な加速能力「アクセラレイター」の使用も可能としている。
アクセラレイターの従来の加速魔法との違いは、加速時に思考速度の加速も起こること。故にセルジオは、加速中であればいままで見えなかった攻撃を視認し、それへの対応策を考える時間を獲得している。
そのため、マルチタスクによる状況把握と判断能力に優れたセルジオにとっては非常に使いやすい。

それはセルジオの求めた力の一つ。
傷つけられる人をそのままにしない、「誰よりも速く助けに行くための力」。

『魔法』
一度は失われた力も、エクリプスが制御されることによって新たな形でセルジオのもとに帰ってきた。
病化特性『侵食変換』は体内、周囲におけるエネルギーを望むエネルギーに変換する力。
セルジオは体内のエクリプスエネルギーを魔力に変換することに特化させて使っている。
厳密に『魔力そのもの』を作り出しているわけではないが、魔力に非常に近い性質を持つエネルギーに変えることで、セルジオは一度失った『魔導師』としての戦い方を取り戻した。

それは、最初に手に入れた「守るための力」。


いまのセルジオは三つの力を極めて高度に融合させ、融合機アギトの補助を用いて安定させている。
一人だけでは完成しなかった、セルジオ・アウディの再起の姿。

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