Force Detonater   作:世嗣

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四章最終話です。ではどうぞ。



起点となる者

 

 

 白光と暁光が弾ける。

 

「はああッ!」

 

「―――シッ!」

 

 白い光はセルジオ・アウディ。暁の光はゼスト・グランガイツ。

 

 バリアジャケットを翻し、銀の槍と黒の槍を閃かせ、風を抜き去って、二人の騎士は戦場を加速する。

 

「―――」

 

 二人の攻撃がぶつかり、僅かに距離ができたタイミングで、ゼストは自身のデバイスに魔力を纏わせる。今のセルジオ相手を落とすには単発の火力が足りないと判断し、それを魔力刃のエンチャントで上乗せしようとしたのだ。

 

 ゼストの手の中で槍が躍り、一呼吸の間に六つの斬撃を叩き込んでくる。

 

「アギト!」

 

『任せろ!』

 

 対するセルジオはアクセラレイターで加速した知覚の中で、ゼファーにアギトの炎が上乗せされる。そして丁寧に、ゼストから教わった槍技をなぞり、六つの攻撃を防ごうとする。

 

「く、限界、か……ッ」

 

 だが、ゼストの膂力はセルジオの想像以上、なんとか五つ目までは直撃を避けたものの、加速時間の制限時間が来たのもあって、六つ目の薙ぎ払いで腹部にもろに食らってしまう―――が、その隙間に炎のシールドが滑り込む。シールドは槍を防ぐまでに至らなかったものの、勢いをいくらか減衰させることに成功する。

 それでも尚、再構築されたセルジオのバリアジャケットがきしみ、ビリヤードのキューのようにセルジオの体が空中を滑っていく。

 

「―――っと」

 

 セルジオの体が空中で緩やかに止まる。

 途中でアギトが炎を踵から放出することでブレーキをかけてくれたおかげだった。

 

「いてて、ゼストさん相手だとアクセラレイターが切れるときついな。ありがとう、アギト。助かったよ」

 

『感覚鈍ってんのかもしれねーがもうエクリプスのバカみてーな治癒能力はないからな! 制御状態の今あそこまでの出力はもうそうそう出せない!』

 

 わかった、とセルジオが頷こうとしてゼストがふっと、自分たちから視線を外したに気づく。

 セルジオが病化特性『侵食変換』により生み出した魔力で、素早く解析魔法を発動させるのと、ゼストが加速したのはほとんど同時だった。

 

「た、たすけて……」

「管理局です、もう大丈夫、これから地上に行きますから。じゃあこれから―――」

 

 セルジオの解析魔法に、人の反応が引っかかる。

 

「アギト周囲に生存反応だ! ゼストさんを追うぞ!」

 

『ちっ、この反応救助中の局員とかだな。間が悪い』

 

「言ってる場合か! アクセス、フォーミュラシステム!」

 

『フォーミュラエネルギー、ドライブ!』

 

 燃えるように、セルジオの周囲にエネルギーが満たされる。

 

「アクセラ―――レイターァァアッ!」

 

 世界が歪む、全てが知覚の中で遅くなり、セルジオだけがその世界を自由に動く。

 

 目指すは今まさにゼストが槍を振り、切り捨てようとしている二つの命。

 間に合わなければ彼らは為すすべなく死ぬだろう。そしてそれを為すのは、セルジオの大切な人。

 

 そんなこと、許せるはずがない。

 

「―――」

 

「させるか!」

 

 セルジオがゼストに回り込んで、救助中の管理局員のもとにたどり着く前に槍を弾き飛ばす。

 

「あんたは、航空魔導隊の……」

 

「話はあとだ! 俺がこの人を止めるから貴方はこのままその人の救助を! 任せていいな!」

 

「あ、ああ! こっちは俺が! あんたも頑張れよ!」

 

 管理局員の励ましの言葉が届くより早く、セルジオとゼストは加速、戦場が移る。

 

 ゼストが目の前のセルジオを相手にしながらも時折レーダーに探知される生体反応へと向かうため、彼らの戦場はいつしか最下層から地上に近いところへと変わっていく。

 

 数十、数百の技の応酬。

 お互い、いままで積み重ねてきたすべてを吐き出すような槍技の駆け引きが行われるものの、決着はつかない。完全な膠着状態だった。

 

(攻め、きれない……ッ!)

 

 レジアスから託されたフォーミュラ、完全制御のエクリプス、取り戻した魔法の力、上乗せされるアギトの炎、そのすべてを総動員しているはずなのに、それでもゼストの積み重ねた技には届かない。

 今のセルジオにあるものではゼストと互角に渡り合うのが精いっぱい。

 

 むしろ、相手の攻撃についていっているという状態なことを考えるとわずかにゼストが上とすらいえる。

 

『セルジオ、いまのうちに言っておくことがある』

 

『アギト?』

 

『今の旦那は正気じゃない。ジェイルのやつに操られてる。ここまではわかるな?』

 

『ああ。ゼストさんが本気でこんなことするはずがない。前戦ったときはまだ慈悲、いや、騎士としてのプライドみたいなものがあったけど、いまは違う。もっと機械的で、冷たい感じがする』

 

『だろうな。いまの旦那はジェイルのやつにウイルスコードとか言うやつを使われて正気を奪われてるんだ。そして、その起点にはリンカーコアに埋め込まれた『レリック』が使われている』

 

『―――レリック』

 

 その名前には聞き覚えがある。初めてトーレと戦ったときに展示されていたもので、同じシリーズのものが過去には暴走して大規模な事件を引き起こしたこともあるロストロギアである。

 

『レリックは高密度の魔力結晶体。使い方次第でどんな無茶な魔法でも実現させてしまう。それこそ、死者を一時的に蘇らせる、と言ったことでさえな』

 

『それは、つまり……』

 

『ああ。旦那は―――ゼスト・グランガイツはもう既に死んでいる。意識だけが蘇り、いままでレリックの力で無理やり体を動かしてた。でも、その意識もジェイルに洗脳されたときに消えた。いま目の前にいるのはもうゼストの旦那じゃない。旦那の記憶と経験を使っているだけの存在だ』

 

『……止めるにはどうしたらいい』

 

『ただの攻撃じゃダメだ。それじゃレリックが暴走して爆発する。そうしないためには旦那の防御を抜いて、魔力ダメージでレリックを弾き出す。それしかない』

 

『ゼストさんの、防御を抜いて……』

 

 ただでさえ伯仲する実力。その実力差をひっくり返し、均衡を崩すにはこのままではだめだ。

 

(使うしかない、ゼファーのフルドライブを)

 

 ゼファーに搭載されたセルジオの奥の手、『行動予測システム』。

 相手の戦闘データを集積し、分析し、それをもとに未来予知じみた行動予測を可能とするゼファーの機能。

 だが、エクリプスの負担のせいで随分長い間この機能も使えていなかった。起動するのはそれこそ数年ぶりになるだろう。

 かつてのように満足に扱えるかはわからない。

 

(でも、やるしかない)

 

 ふう、と小さく息を吐く。

 

「ゼファー、全力稼働(フルドライブ)

 

 紅と翠の瞳が、白く輝く。

 

「イグニッション―――解析(アナライズ)、三十八手」

 

 轟くように、魔力が炎へと変わる。

 

「アクセラレイターッ!」

 

 世界を置き去りにしてセルジオが加速する。

 彼の思考ではすでに数年に及ぶ『ゼストがどう動くか』の解析が終了し、自分が勝ちを掴むまでの予測は完了している。

 ならば後は、その空想の中の虚像を、実像へと変えるだけ。

 

「一、二、三、四、五ッ!」

 

 ゼストに肉薄したセルジオが手の中で槍を回すように技を繰り出した。

 セルジオの槍技が確かな鍛錬により裏付けされた実力があるが、それでもゼストを一方的に追い詰められるほどではない。

 そのため、ゼストは今までと同じように自分とよく似た技をいなして、回避しようとするが、その行動がわかっていたかのように、進行ルートに槍が差し込まれた。

 

「―――っ」

 

「かかった―――残り十一手!」

 

 ぎん、とゼストが少し荒っぽく攻撃をはじくと、そこに生じた隙にねじ込むようにさらなる追撃が重なる。

 ひとつ、ふたつ、みっつと重なる鉄の刃がついにゼストの槍を弾いて、セルジオの前に無防備な懐をさらさせる。

 

模倣解析(アナライズ・シュミレート)―――」

 

 セルジオの動きに記憶の中のゼストの動きが重なる。

 それはかつて見たゼスト最強無比の一撃『紫電一閃』。それを自分流にトレースして、落とし込む。

 ゼスト・グランガイツの槍技を、自分の体に当てはめる。

 

「―――白光一刃ッ!」

 

 斬、と白く輝く刃は吸い込まれるようにゼストへと叩き込まれる。

 

「―――うそだろ」

 

 寸前、刃が()()()()()()()()()。槍を握らぬ空手、そのたった二本の指での刃を挟み込む白羽取り。

 ゼストはそのままゼファーを弾いて、槍を握りなおすとまるで竜巻のように体を半回転させ、そのまま槍をセルジオに叩き込む。

 

「あ、ぎっ」

 

 ゼストの一撃はバリアジャケットのフィールドバリアごと殴りぬき、セルジオを天井へと叩きつける。

 セルジオの体が天井を貫通し、ひとつ上の階の天井にめり込んで、止まる。

 

『おいセルジオ大丈夫か!』

 

「だい、じょうぶ、だ……」

 

 息も絶え絶え、といった様子でセルジオは声を漏らす。

 

 アクセラレイターの恩恵を得た槍のスピードはゼストをして視認するのは難しかったはずだ。それに言うまでもなく、先ほどの白光一刃にはアギトの炎、セルジオの魔力による上乗せもされている。

 にも関わらず、それをゼストはたった二本の指で受け止めた。

 

 なんてデタラメ、なんて無茶苦茶、これがかつて陸を支えるストライカーとも呼ばれたゼスト・グランガイツの実力。

 

(強いのはわかっていたけど、まさかフルドライブでも押し切れないとは)

 

 ぐい、とセルジオが口の端から漏れた血を袖で拭う。

 

『セルジオ、旦那が移動した! 今度は地上だ!』

 

「はあ、はあ、くそ、人のいる方に向かってるのか……止めなきゃ、だな」

 

『……まだ戦えるんだろうな?』

 

「戦うんだ。俺はそのために託されたんだから」

 

 セルジオが再び加速、周囲を解析魔法で索敵した後砲撃で天井を抜いて地上へと向かう。

 空港から外に出ると火災に紅く照らされていた空はいつの間にか端の方からわずかに白み始めていた。

 

 そして、その中で見つける、今まさに避難民の集まる仮設本部へと飛ぶゼストの姿を。

 

「アクセラッ! レイターッ!」

 

 ギイン、とゼストの前にゼファーが差し込まれ、そして二人はそのまま空へと向かう。

 人々の喧騒が、管理局員たちの姿が、燃える空港が、全てが遠ざかっていく。

 

 そして、セルジオとゼストは空に二人っきりになる。

 

「―――シッ!」

 

「は、ああああッ!」

 

 かつて、彼らが守った空で、白と黒の槍が交差する。

 

(これ以上、長引かせられない)

 

 病化特性『侵食変換』のおかげで魔力について不安はない。フォーミュラもぶっつけ本番にも関わらず問題なく稼働ができている。

 だが、先に体の方が悲鳴を上げ始めている。

 

 度重なる戦闘。無茶な身体改造。慣れないユニゾン。

 細かな負担はセルジオの体に少しずつ積み重なっている。

 

 きっと、次の攻撃がセルジオがゼストを倒すラストチャンス。

 

(でも、どうやったら勝てる、あの人はストライカー。俺の師匠。俺の技の全てはあの人から教えられたもの。現に俺の切り札の白光一刃も防がれた。なら二槍で……いや、あの人に渡りあうには両手での精密さがいる。それにそもそももう一つの槍はない)

 

 ゼストの一撃に吹き飛ばされたセルジオが空中でブレーキをかける。

 

(どうすればこの人に勝てる。どうすれば俺が、ストライカーに―――)

 

 答えは出ない。

 セルジオ・アウディの中にそれを導き出す方法はない。

 

『―――()()()()だ』

 

 だが、アギトは違った。

 

『アギト、それはどういう?』

 

『セルジオ、お前さっきゼストの旦那のコピーみたいな魔法使ってたろ』

 

『白光一刃のことか?』

 

『ああ、それだ。お前が旦那を倒す手段として槍を選んだのは悪くない。射撃にも砲撃にも瞬時に対応してくる旦那相手にはたぶん最適解に近い。でも、あれはダメだ。あれは、()()()()()()

 

『どういう……?』

 

『あれはゼスト・グランガイツの一撃だ。一人の騎士が至った極致だ。そして、それはお前のための技じゃない』

 

 セルジオの使う『白光一刃』はゼストの紫電一閃をもとに、自分の体に合うようにトレースされたもの。

 周囲に「槍使いとしては大成しない」と言われたセルジオにとってそれは示された最適解であり、それゆえ今までずっと頼ってきたものであった。

 

 だが、『烈火の剣精』、純正なベルカ式の融合機であるアギトは、それではだめだと、そう言う。

 

『合わせるな。ゼスト・グランガイツの模倣をするな。そして信じろ。お前の、セルジオ・アウディの積み重ねたものを槍へと宿し、閃く一つの紫電と変えろ』

 

 古き騎士(ゼスト)から、ベルカの融合機を通して、若き騎士(セルジオ)へと技は受け継がれる。

 

『それがベルカの基本にして秘奥―――『紫電一閃』だ』

 

 模倣ではない完璧な紫電一閃。

 真似ではない、偽物ではない、セルジオ・アウディだけの極致。

 

 そのためには、自分を信じることが必要だと、アギトはそう言った。

 

(信じる、自分を―――セルジオ・アウディのことを)

 

 一瞬、セルジオが迷った。

 その時脳裏に過ったのは自分の犯した過ち。誰かの想いを裏切ったという後悔。消すことのできない罪の記憶。

 

 そして、ゼストの戦闘経験はそんなセルジオの感情の揺らぎを敏感に感じ取る。

 

「―――紫電一閃」

 

 放たれるはベルカの騎士の極致。ゼスト・グランガイツの到達点にして、必殺の一撃。

 

 

 二人っきりの空に、暁の光が輝いた。

 

 

 

 その光景を、地上の人々が見上げていた。

 

「セルジオ先輩」

 

 消火作業が落ち着いた八神はやてが空を見上げる。

 

「セルジオさん」

 

 避難民を地上まで無事つれてきたギンガが空を見上げる。

 

「セルジオ空尉」

 

 ミッドの郊外、無人の研究所からルーテシアを助け出したユーノが空を見上げる。

 

「―――セルジオ」

 

 間違い続けないために前線に出てきたレジアスが空を見上げる。

 

 娘たちの無事の連絡を聞いたゲンヤが、妹の恩を返すために戦ったヴァイスが、部下に鋭い指示を出す首都防衛隊の隊長が、レジアスの代わりにクラナガンの市街で指揮を執っていたオーリスが、海上でガジェットと戦っていたフェイトが、主の指示で戦いに出ていた守護騎士たちが、セルジオに救われた管理局員が、炎の中自分を守る白い光を見た人々が、空を見上げる。

 

 そして、助け出したスバルを抱いた彼女もまた、空を見上げる。

 

「―――セルジオくん」

 

 誰もが、空を見上げていた。

 

 まばゆい―――まるで星のように輝き燃える光を。

 

 

 

 紅い空で、セルジオは叫ぶ。

 

「俺は、信じる! みんなが信じてくれた俺を! みんなの意志を託してもらった、セルジオ・アウディをッ!」

 

 そして、セルジオ・アウディの瞳に光が走る。

 

「―――解析(アナライズ)、六手」

 

 強く、明るく、もう二度と絶えない意志の光が。

 

「終わりは見えた―――行くぞ、アギトッ!」

 

『ああ、行くぜマイロード!』

 

 セルジオにゼストの『紫電一閃』が迫る。

 空気を切り裂き、数秒後の相手の絶命の運命を宿す黒刃が肌に触れる。

 

「―――短距離転移(ショートシフト)

 

 しかし、その瞬間セルジオのマルチタスクに待機させていた魔法が発動する。

 

 セルジオが一時的に三次元世界から消失し、百万分の一秒(マイクロセカンド)のラグを以て、ゼストから数メートル離れた空に出現する。

 

「フォーミュラエネルギー、ドライブ」

 

 白い光が、焔のごとく身を包む。

 

「アクセラ―――レイターァァァァァァッ!」

 

 世界を置き去りにする。全てが遅くなる世界を支配する。

 

 音の壁を抜き去って、残った雑念を振り払い、信じた自分だけを刃のように研ぎ澄まし、閃く紫電の刃へと変える。

 

「―――」

 

 だがゼスト・グランガイツはそれでも尚反応する。

 

 自分の渾身の攻撃がかわされても、完全な死角に回られても、それが視認すら困難なスピードでも、ゼスト・グランガイツは反応する。

 

 彼は視認もせずただ直感のみで振り返ると、そのままセルジオを叩き落そうと槍を構えた。

 

「『 そう来ると()()()()ッ! 』」

 

 (ゴウ)、とセルジオに焔の翼が現れた。

 

 それはアギトの炎による飛行魔法。ロードに飛翔の力を与える加速の炎。

 融合機の魔力が変換された紫炎が、若き主人(ロード)をさらにもう一段階加速させる。

 

 そして、セルジオがゼストの予測より一手だけ早く射程距離の内へと入る。

 

 魔力が燃える。デバイスが輝く。見据える予測が、いま確定した現実へと変わっていく。

 

「―――お、おおおおおッ!」

 

 意志は熱に。信頼は技に。不屈の想いは、刃に宿る。

 

 これこそベルカの騎士の基礎にして秘奥。若き騎士の到達点。

 

 白光は一筋の光芒へと変わり、全ての障害を抜き去る一撃となる。

 

 

「―――紫電一閃ッ!」

 

 

 それは一人の騎士の至った、誰の真似でもない、セルジオ・アウディだけの極致だった。

 

 

 

 

 

 星の見えない長い夜が明けていく。

 

「起点は、セルジオ・アウディだった」

 

 空を見上げて、レジアスは言う。

 

「奴は儂を動かし、首都防衛隊を、局員たちを、人々をその行動を以て動かした。そして、まるで弾けるように、爆発するように、状況を変えていった」

 

 レジアスだけではない。そのとき誰もが空を見上げていた。そこに見える光に惹かれるように。

 

「一人で状況を変えたわけではない。指揮して好転させたわけではない。だが、起点は奴だ。セルジオ・アウディの想いが、はじまりだった」

 

 誰からも認められる優れた者(エース)ではない。

 一人で困難を打破する者(ストライカー)でもない。

 

 けれど、セルジオは戦いの果てに、自らの存在を示した。

 

「故に、これからはセルジオ・アウディをこう呼ぼう」

 

 燃える星。白く輝く一等星。意志を継ぎ、不屈の想いに変えるもの。

 

 

「―――起点となる者(デトネイター)

 

 

 

 

 

最終話 「起点となる者(デトネイター)

 

 

 

 

 

 ゼストを抱きかかえたセルジオが、もうすっかり火の手が弱まった地上に降りる。

 

 セルジオの完全な紫電一閃はゼストのリンカーコアに癒着していたレリックを分離させた。

 

 もう、ゼストがジェイルに操られることはない。

 望まぬ殺しをすることも、ゼストの守りたかったものをゼスト自身が汚すこともない。

 

「……終わったな」

 

『……ああ。終わりだ』

 

 ゼストの体を壁にもたれさせてセルジオが静かにそう言ったのを、アギトも肯定する。

 

 レジアスの指揮、首都防衛隊の協力、臨時の魔導師たちの働きのおかげでもう火災自体は鎮火していた。あとは要救助者の確認だけだろうが、きっとそれもゼストが倒され通信が回復した今、スムーズに進むことだろう。

 

 セルジオがもう動かないゼストの前で膝をついて、頭を下げた。

 

「……ゼストさん、すみませんでした。俺、あなたに、結局何も返せなかった」

 

 答えはない。わかっている。だってゼストはもう死んでいると、そう言われた。

 だけど、何も言わないことだけはできなかった。

 

「俺はあなたに、本当にたくさんのものをもらっていたのに、俺は……」

 

 セルジオがぎゅっと拳を握ると、不意にその手が大きい武骨な手に包まれた。

 

「せるじ、お、だな……?」

 

「ゼスト、さん?」

 

 セルジオの目が丸くなる。

 いかな原理か、ゼストはうっすらと目を開いてセルジオのことを見つめている。

 

「ゼストさん無事なんですか! いや、よかった急いで病院に」

 

 慌てたようにセルジオが立ち上がろうとするのを、ゼストの手が引き留めた。

 だが、その手には驚くくらい力が入っていない。

 

「いい。無駄だ。自分の体のことは自分が一番わかる。俺の体はもう既に死んでいる。いまは、レリックの魔力が少しだけ体に残っているおかげで喋れるだけだ。俺はまたすぐに、物言わぬ死体となる」

 

「じゃあレリックを戻せばまだいい! まだあなたは死ななくていい! 死んじゃダメだ!」

 

「わがままを言うな、セルジオ」

 

 ゼストの手がセルジオの髪をくしゃっと撫でる。

 

「意識を奪われても、お前の声が聞こえていた。俺を止めようとしてくれている声が」

 

 浮かべた笑みは嫌になるほど優しい。

 

「セルジオ、お前は俺に勝ったんだ、胸を張れ。そして、前へと進め。俺じゃない、未来を見据えろ」

 

「そんなの、いやだ。おれは、まだ何もあなたに恩返しできてない。まだ、なにも……」

 

「そんなことはない。俺は、ずっとたくさんのものをセルジオに貰っていた」

 

 ゼストの息が少しずつ弱くなる。もう長くないことはだれの目に見ても明らかだった。

 

「セピアがセルジオを連れてきて、まるで家族のように過ごした日々は楽しかった。

 セピアがいなくなってから、必死に強くなろうとするお前を守りたかった。

 お前を弟子にとって、自分の積み重ねてきた技で導いてやれることに満たされていた。

 仲間と出会って成長していくお前を見るのは寂しくもあったが、誇らしかった。

 お前が俺にネクタイをくれた日、心の底から嬉しかった。

 セルジオ、俺はお前と出会えて幸福だった。だから、いいんだ。これでいいんだ」

 

 細くなった目の奥で鳶色の瞳を動かして、ゼストは語る。

 

「お前の母親は、セピアはお前に『人を救え』とそう言った。あれはな、きっとセピアの優しさだった」

 

 それはセピア・アウディの言い残した言葉の真の意味。

 いままでセルジオではちゃんと受け止められるか、生き方に迷ってしまうのではないかと思って言えなかった言葉を、いま伝える。

 

「誰かを真似することを宿命づけられたお前が、誰かを助けることで助けてもらえる人間になるように。そして、お前にそうやって幸せに生きてほしかったから、そう言ったんだ」

 

 でも、とゼストが遠くを見た。遠くで、セルジオが動かしたレジアスの指揮する局員たちの声が聞こえている。

 

「いまのお前はそんなことを言われなくても、そういう生き方ができている。誰かを助けてきたからこそ、自分も助けてもらえるような、そんな人間に」

 

 そして、ぐい、とゼストがセルジオの体を引き寄せて、強く抱いた。

 

「セルジオ、お前は俺とセピアの自慢の息子だ。お前がどんな道を進んでも、ずっとお前を愛してる」

 

 まるで父親が息子にそうするように、強く。温かく。

 

「お、れも……」

 

 ぽろり、とセルジオの瞳から涙がこぼれ出る。

 

「俺、も……幸せでした。……『父さん』」

 

 涙は、もう止まらなかった。

 

 セルジオは今まで一度も泣いたことがなかった。

 泣く人の気持ちがわからなくて、あのすべてを失った三課壊滅の日ですら涙は出なかった。

 

 だが、いまのセルジオは自然と涙を流していた。

 

 セルジオ・アウディの初めての涙は、悲しみの冷たい涙ではなく、父の愛を知ったあたたかい、喜びの涙だった。

 

 すとん、とそれまでセルジオを抱いていたゼストの腕から力が抜ける。

 セルジオが慌てて抱き起そうとするが、それをゼストは目で留める。

 

「……セルジオ、言い残すことがある。メガーヌたちの、ことだ」

 

「メガーヌさんたちの?」

 

 小さくゼストが頷く。

 

「あの日、ジェイルに騙されたあの日、俺たちは壊滅し、少なくない人間が死んだ。そして、死体は回収された。俺はそうしたものの一つだった。

 だが、中にはまだ()()()()()()()()()。俺は今までレジアスへの不信と、そいつらの命を首輪にして、動かされていた」

 

「な―――」

 

 伝えられたのは「メガーヌたちがまだ生きているかもしれない」という情報。

 

「きっと、レジアスも知らない。ジェイルは隠し事が多かったからな。だから、レジアスには……ああ、くそ、時間が、ない。思い出せない。……ほんとうに、しかたないな」

 

 ふ、とゼストは小さく息を吐いた。

 

「アギト、セルジオと一緒にいるんだろう」

 

「……うん。いるよ」

 

「そうか。もう目がよく見えなくてな。でもお前の熱は感じる。……セルジオは危なっかしいやつだ。お前が支えてくれると、嬉しい」

 

「……だな。旦那の息子らしい、危なっかしさだ」

 

「はは、言ってくれる」

 

 ユニゾンを解いたアギトがゼストと小さく笑い合う。

 そしてゼストはもう光が消えかかった瞳をセルジオに向ける。

 

「俺は、ここまでだ。だからここからはレジアスを頼れ。あいつの言葉を聞くことはできなかったが、この現場に出てきたあいつなら、罪を償える、はずだ。そして、きっと信じられる」

 

 ゼストはレジアスに最高評議会の手駒になった真意を問いただしたかった。

 そのために生き返り。ジェイル・スカリエッティに従ってきた。

 だがその生のロスタイムも、ここで終わる。

 

「セルジオ、あとはお前に託したい。お前に仲間を救ってほしい。約束、してくれるか」

 

 そして、セルジオはまた一つ想いを、願いを、意志を託される。

 

「……はい。俺が、必ず助けます」

 

 セルジオが強く頷く。

 かつてのようにただ言われたからそうするのではなく、自分の想いで、意志を受け継ぐことを選んだ。

 

「ありがとう。安心したよ、ほんとうに……」

 

 ゼストが空を見上げる。

 管理局に入ってからずっと守ってきた空だった。友と守ろうとした世界だった。

 

「ああ、クラナガンの空は、いい空だ」

 

 その目はどこか遠くを見つめている。

 

「レジアス、セピア、俺たちの空は、今日も本当に綺麗だ」

 

 そして、ゼスト・グランガイツは旅立った。

 

 かつて守った空の下、愛する息子に見守られながら。

 

 静かに、その長い戦いに幕を下ろした。

 

 

 明け方の空に、白い星が輝いた日のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セルジオが教会の脇、綺麗に手入れされた墓それぞれに花を供える。

 刻まれた名前はセピア・アウディ。その隣のものはゼスト・グランガイツ。

 

 セルジオの大切な両親の墓。

 

「……いままで、本当にありがとうございました」

 

 セルジオは目を閉じて静かに祈り、誓う。

 両親たちが安らかに眠ることを。二人に託された意志を胸に、自分の信じるもののために生きることを。

 

「私も、いいかな」

 

 そして、そこに一人の少女がやってくる。

 セルジオはそちらを見て、ただ「ああ」とだけ答えた。

 

 彼女は花を供えると、先ほどのセルジオと同じようにしばらく目を閉じて何かを思う。

 

「……ありがとな、わざわざ来てくれて」

 

「ゼストさんは私にとっても大切な人だったから」

 

 そう言って少女は―――高町なのはは微笑んだ。

 

「それに、ここに来たら君に会えるような気がしたから」

 

 水晶の瞳は昔から変わらない。ただ、静かに隣にいてくれた。

 その存在を感じながら、セルジオはぽつりとつぶやく。

 

「俺さ、ゼストさんと別れる時、初めて泣いたんだ。悲しくなかったのに、何故か涙が止まらなかった」

 

 「弱くてダメだな」と頭をかくセルジオに、なのはは首を振る。

 

「そんなことないよ。君が泣きたいなら、泣けるなら、いいんだよ。君は、泣いてもいいの」

 

「……そうなんだろうか」

 

「そうなんだよ。だれでも、そうなんだもん」

 

 昔そうしていたように、なのははセルジオの言葉をなぞって肯定する。

 

 そしてなのはは「誰もが知っている当たり前を」教えてあげた。

 

「だって涙は悲しい時だけじゃなくて、嬉しい時にも流れるものなんだから」

 

「──」

 

 ずっと、こうだ。

 彼女はいつも、セルジオの知らなかった「当たり前」を教えてくれる。

 その言葉に、優しさに、何度救われたことだろう。

 

「お前が変わったって言ったの、訂正しなきゃな」

 

 呟いて、セルジオは立ち上がる。

 そして、なのはの視線を正面から受け止めると、次に深く頭を下げた。

 

「ごめん。お前を傷つけて。そしてその責任も取らずに逃げ出して」

 

 そしてセルジオは語る。ずっと胸の奥にあった、偽らない本物の気持ちを。

 

「俺はお前を傷つけた自分が怖かった。いやそれよりも、なによりも、お前を傷つけたのが俺だってわかったとき、お前に嫌われるのが、怖かった」

 

 子どものような、幼い感情だった。

 あの子に嫌われたくないなんて、そんなちっぽけな、独りよがりな気持ちでセルジオは彼女を傷つけた。

 

「俺は、高町に嫌われたくなかったんだ。だから、離れた。ごめん。俺が全部悪かった」

 

 一秒か、十秒か、一分か。

 もっと長かったのかもしれないし、短かったのかもしれない。

 

 けれど確かに存在した二人の間の静謐を、なのはが破る。

 

「セルジオくん、顔を上げて」

 

 優しく声をかけられ、セルジオが弾かれるように顔を上げる。

 

「本当にすまない高ま―――」

 

「せやっ!」

 

「はぐっ」

 

 そして顔を上げた瞬間スナップの利いたまあまあいいビンタを頬に貰った。

 

 ぺたん、とセルジオが尻もちをついて目を丸くする。

 

「ほんとだよっ! なんでセルジオくんはいつも一人で何でも決めちゃうかな! 私たち相棒だったでしょ! ならちゃんと相談してよ! 

 なに、それともセルジオくんの中で相棒だなんだっていうのは私みたいな子どもを黙らせるための体のいい言い訳だったの?」

 

「いや、そういうわけでは……」

 

「じゃああの時も私に相談すべきだったよね。というかあれからもう三年になるんだけど! この三年間私がどんな気持ちでいたと思ってるのっ!」

 

「す、すみません……」

 

「まったくもう、セルジオくんはほんとうに仕方ないんだから」

 

 でも、となのはも目を伏せる。

 

「ほんとはね、私もずっと怖かった。セルジオくんの心が見えなくなって、いままで近かったはずのきみが遠くに行っちゃったみたいだった。だから、踏み込めなかった。

 セルジオくんも、つらかったはずなのに。ごめんね」

 

「……そんなことない。俺だけが悪かった。だから謝るのは俺だけだ。だからお前は謝らなくていい」

 

「いやいやいや私もきみにいろいろ言っちゃったし、なので謝ります!」

 

「いやいいって言ってんだろ強情だな。俺が悪かった。高町は悪くなかった。そうだろ」

 

「強情なのはセルジオくんの方でしょ! 私がごめんって言いたいんだからそれは受け取ってよ!」

 

「わかった一旦それは受け取ろう。でも悪かったのは俺だ、それはいいな?」

 

「一旦って何? 普通に受け取ってくれればいいじゃん」

 

 二人してごめんなさいの押し付け合い。わあわあとお互い自分の方が悪いと言いあう二人も声が響く。

 

「「 いやだから! 」」

 

 そして、二人の声が重なった。

 

「……ふふっ」

 

「……はは」

 

 なんとなく、二人が笑みをこぼす。

 

「とりあえず休戦にしようか。ここ、お墓だしね」

 

「だな。そもそもこのあとルーを迎えに行くことになってるんだ」

 

「あ、ルーちゃん私も会いたいな。ついていってもいい?」

 

「いいけど……俺バイクだぞ」

 

「んー、じゃあ久々に乗っけてよ。ヘルメットいつも二つ用意してたでしょ?」

 

「そりゃあるにはあるが……」

 

「じゃあ決定で~。あー、ルーちゃんと会うの楽しみだな~」

 

「って、ルーに会うのはいいがバイクに乗せるとは言ってないぞ!」

 

 いつかのように、でもちょっとだけ変わった関係で、二人は両親の墓を後にする。

 

 最後に、セルジオは一瞬だけ振り返る。

 

(……また来るよ。母さん、父さん)

 

 そして、セルジオはいつの間にかバイクに乗せることになっているなのはをあしらいながら、彼らの守った街に帰っていった。

 

 

 

 




 
燃える星(デトネイター) セルジオ・アウディ』
エクリプスが制御されある程度寿命問題が改善した。
最も汚染の酷かった瞳に関しては左目に紅い汚染が集められ、完全制御状態となった。
空港火災の一件のあとからメガネにかけた魔法で普段は両目とも翠に見えるようにしている。
再起し、再び戦うことを決めた一人の青年。
継がれた意志は、まるで燃えるように輝く。

『不屈のエース 高町なのは』
セルジオと一旦の和解をした。
ただ謝罪を受けとるかについての話はまだ終わっておらず、顔を合わせるたびに口論している。
友人曰く、そんな様子もまた楽しそうであるらしい。
堕ちた星を信じ続けようとした一人の少女。
胸の奥には今も不屈の心が宿っている。



これにて四章も一区切り。
セルジオの周囲の人々との幕間を一つ挟んで、次の章へと続きます。
お付き合いいただきありがとうございました。
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