『生涯無敗、それは言葉にするほど簡単なものではない。戦い身を投じ、何物にも負けず、勝ちを拾い続ける。それを自分が死ぬまで繰り返すのだ』
それは、突然始まった。
尸魂界における未曽有の大戦。その大戦の影響がまさか、あらぬ方向から覆されることになるとは、この時点では誰も思ってはいなかった。もちろん、当事者である彼でさえも。
「すまん…切ってしまった…」
尸魂界の離れに存在する監獄への入り口。本来ならば隠密起動や門番を始めとする死神によって厳重に守られているその場所は今、見るも無残な惨状を晒していた。霊圧を一切通さない巨大な殺気石の門は袈裟切りに切断され、集っていた殆どの死神は全て気絶し地面に伏してしまっている。
辛うじて呼吸はしているがその顔は誰もが悲壮そのものであり、まるで刀で切られたかのように胸や首を必死に抑えているものまでいた。彼らは、自分の身体が本当に繋がっているのか、彼らは恐ろしくて仕方がなかったのだ。自分が切られてしまうという映像、それを魂に無理やり刻み込まれたのだから。
「う…そだろ…こんなっ…ときに」
「なんで……あんなっ…奴まで…でてくんだ…よ」
滅却師が突如として襲来し、尸魂界は大混乱に陥っていた。もちろん此処『監獄』も例外ではなくその混乱は伝播し、看守らは冷や汗を掻きながらも本来の職務を全うしようとしていた矢先の出来事だった。
突如として『監獄』へと通じる門が切り裂かれたと思った瞬間、とぼけた顔の男が飛び出してきたのだ。
それが滅却師らの手引きによる物であれば、この戸魂界を混乱させるべく行われた者であれば彼らは理解できずとも報われただろう。だがそれは、敵によるものとは一切無関係。男は何物の力を借りることなく、ただ自力と呼ぶしかない力だけで無間を脱出せしめたのである。
彼らの記憶に新しい大罪人『藍染惣右介』、破面を従え現世、虚圏、そして戸魂界を巻き込んだ戦いに至る火種を作り、何十万人にも及ぶ人間を犠牲に王鍵を創成しようとたくらんだ歴史に名を遺す悪党。
その人知を超える化け物が封じられる『無間』から飛び出してきたという事実が、彼らの警戒度を一気に引き上げた。
しかし、『無間』に封じられる人物はおのずと限られてくる。故に、看守らにとって現れた人物が誰かを判別するのは容易だった。だったが故に、彼らは絶望する。
辛うじて立っていられた者が非常ベルを鳴らし、警鐘が鳴り響き、それを聞いた外の看守たちが慌てて門の前に集結した時にはすべてが遅かった。そしてその光景に驚愕するのだ。看守等にとって男は大罪人である前に、遥か昔に名を残した伝説の剣豪なのだから。歴史の教科書や伝記において何度も名を伝え聞いた人物その人に相対して彼らは冷や汗を流す。
何故なら彼らは知っているからだ。目の前にいる怪物がかつて護廷十三隊の最高とも言われる総隊長、『山本 元流斎 重國』と戦い、その卍解を身に受けながら重症を負わせたという事実を。それが本当ならば、むしろ『藍染惣右介』が脱獄してきた方が何倍もよかったかもしれないと。
彼らにとって、男もまた伝説の存在であり、手を出す事を躊躇してしまうもう一つの最強なのだ。
それほど現れた存在は異常でありすぎた。殺気と言う手段と男の放つ異様な剣士としての印象が、男の手元にすらりと伸びる一筋の刀を幻視させたのだ。それだけで、たったそれだけで幾度もの修行を積んできた精鋭たちが、足がすくんで動けなくなってしまう。殺気を受けていない者達でさえ、先ほどから震えが止まらなくなっていた。
本能が警鐘をならすのだ、あの存在に立ち向かってはならないと。
「滅却師が攻めてきているんだ、此処でこの男を解放すれば本当に尸魂界は傾いてしまう!!」
「行くぞ、皆!!この男を絶対に監獄から出してはならん!」
「う…うぉおおおおおっ!」
だが、彼らは隠密機動に属し他ならぬ監獄の看守と言う重大な任についている者達だった。いくら目の前の相手が到底かなわぬ相手であろうとも、その場に立ちすくみ大罪人を脱獄させてしまうのは彼らの誇りが許さなかったのだ。吠える事で恐怖を引き飛ばし、自らの相棒である斬魄刀を抜き始解させる。
其処には、一抹の油断があった。
例え歴史に名を遺す犯罪者とはいえ、自分の力である斬魄刀なしでは何も出来ないだろうと。そう、考えてしまったのだ。
そしてそれは至極当然の道理ではあった。死神である以上、斬魄刀は彼らの相棒であり自身の力の象徴だ。ならばこそ、それを奪われてしまえば鬼道や縛道、体術しか扱うことは出来ずやれることは大幅に制限されてしまう。なにより斬魄刀の能力を使われずに済むという点は、戦闘において大いに優勢に働くはずだった。
普通なら……
だが、相手は普通でない。
天下に名を馳せた大剣豪。
男は死神である前に、一介の兵法家であった。ここに来て彼らは、皮肉にも卍解を奪い慢心した滅却師と同じ轍を踏むことになってしまう。
腐っても隠密機動。その動きは流石と言うべきか他の死神に比べても洗練されており、予備動作が全く感じられないまさしく暗殺に特化したものだった。ものの数秒も満たないうちに彼らは男に迫り、刃は男に届きかけ……いつの間にか地面へ倒れ伏していたのだ。
「な……にがっ…」
「あ…あああっ」
突如として暗転した視界に混乱し慌てて起き上がろうとする彼らだったが、其処で初めて自分たちは切られていたのだと気が付いてしまう。あの一瞬の攻防の最中、男は彼らの動きをたった一振りした指で切り伏せてしまったのだ。
まさか斬魄刀を何処かに隠し持っていたのかと、彼らは痛みを堪えながら男を見た。その先で更なる絶望を見る事になる。とぼけた顔で何事も無かったかのように男は、その三白眼を見開き嗤う。その手の先には伸ばされた人差し指が彼らの血を吸って赤く輝いていたのだ。
まさか…ありえない…
ゆびで…ゆびで…おれたちを…きったのか…!?
「ふむ……矢張り塵芥か、お前たちからでは何も見えんな」
その場を立ち去ろうとする男は、あれらは手ごたえの無い砂利だ等と呟き、外に出たおかげで明確に察せられるようになった強者の霊圧へと目を向けて嗤う。彼には確かに見えていた、天高く舞う白いマントをひるがえした男の姿が……
「ああ……黄金だ、黄金が見える」